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エストニア号事故後、海難安全は何が変わったのかRo-Ro船の安全対策と残された教訓

エストニア号事故後、海難安全は何が変わったのか|Ro-Ro船の安全対策と残された教訓

海難事故

1994年9月28日、エストニア号がバルト海へ沈み、852人が死亡した。

事故原因を調べるだけなら、船首バイザーの固定構造が波浪荷重で破壊され、バウランプが開き、車両甲板へ大量の海水が流れ込んだ――という技術的なシーケンスを明らかにすればよい。

しかし事故調査の本来の目的は、その先にある。

同じ事故を、もう一度起こさないために何を変えるのか。

エストニア号事故から5日後の1994年10月4日、国際海事機関(IMO)ではRo-Ro旅客船の安全性を全面的に検討する専門家パネルの設置が提案された。

その後、船首扉、損傷時復原性、救命設備、船内放送、乗客情報、乗員の訓練、救助、航海記録まで、多方面の安全対策が国際的に見直されていく。

1995年11月にはSOLAS(海上人命安全条約)の大規模な改正が採択され、既存のRo-Ro旅客船にも新しい復原性基準が段階的に適用されることになった。

さらにバルト海・北西ヨーロッパでは、車両甲板へ実際に海水が滞留する状態まで考慮した、より厳しい地域基準が導入される。

ただし、エストニア号事故後に登場した制度をすべて「この事故が初めて作った」とするのも正確ではない。

Ro-Ro船の危険性については、1987年のHerald of Free Enterprise号転覆事故などを受け、すでに改革が始まっていた。

エストニア号事故がもたらした最大の変化は、それまで個別に進んでいた安全対策を、船体構造から避難・救助まで含む包括的な問題として一気に加速させたことだった。

CASE FILE 44

エストニア号沈没事故 1994|全10回

最終回では、エストニア号事故後に国際海事機関(IMO)と欧州各国が進めた
Ro-Ro旅客船の安全対策を追う。
船首構造、損傷時復原性、救命設備、避難、乗員教育、ストックホルム協定までを整理し、
CASE44全体を事故後の「再発防止」で締めくくる。

  1. 第1回 エストニア号沈没事故とは?|852人が死亡したバルト海フェリー事故の全貌
  2. 第2回 エストニア号はどんな船だったのか|Ro-Roフェリーの構造とタリン―ストックホルム航路
  3. 第3回 沈没まで何が起きたのか|1994年9月27日夜〜28日未明の時系列
  4. 第4回 船首バイザーはなぜ壊れたのか|ロック機構とバウランプ破損を検証
  5. 第5回 なぜ短時間で転覆・沈没したのか|車両甲板への浸水と復原性喪失
  6. 第6回 なぜ多くの人が脱出できなかったのか|避難・救命設備・救助活動を追う
  7. 第7回 事故調査は何を突き止めたのか|1997年JAIC報告と「単一原因ではない」事故構造
  8. 第8回 沈没船はなぜ海底に残されたのか|墓所保護・引き揚げ判断と事故後の扱い
  9. 第9回 2020年に見つかった船体損傷は何だったのか|2025年再検証と衝突・爆発説
  10. 第10回 エストニア号事故後、海難安全は何が変わったのか|Ro-Ro船の安全対策と残された教訓[現在の記事]

まず重要なのは「すべてがエストニア号から始まった」わけではないこと

Ro-Ro旅客船の安全問題は、1994年に突然発見されたわけではない。

1987年3月、英国のRo-Ro旅客船Herald of Free Enterpriseがベルギーのゼーブルッヘ港を出港した直後に転覆し、193人が死亡した。

この事故では船首扉を開いたまま出港し、車両甲板へ海水が流れ込んだことが転覆につながった。

事故後、IMOは船首・船尾などの扉が閉じているかを船橋で確認する表示装置や、Ro-Ro甲板への浸水を監視する設備などを要求するSOLAS改正を採択した。

さらに1988年には、損傷した旅客船がどの程度の傾斜まで耐えられるかを強化した「SOLAS 90」と呼ばれる損傷時復原性基準が採択されている。

つまりエストニア号が沈没した1994年には、すでにRo-Ro船の安全強化は進行中だった。

それでもエストニア号事故は、既存の対策が十分ではないことを示した

エストニア号事故が衝撃的だったのは、Herald of Free Enterprise号事故から7年後だったことである。

船首扉の監視や損傷時復原性について国際的な改善が進んでいたにもかかわらず、今度は北バルト海で大型フェリーが短時間に転覆した。

しかもエストニア号では、単純に「扉を閉め忘れた」わけではない。

航海中に閉鎖されていた船首バイザーの固定構造そのものが波浪荷重によって破壊され、内側のバウランプまで開いてしまった。

これは、Ro-Ro船についてさらに踏み込んだ問題を突き付けた。

  • 船首扉を閉めているかだけで十分なのか
  • 閉じた扉そのものに必要な構造強度はあるのか
  • 事故で車両甲板へ水が入った後も船は生き残れるのか
  • 既存船にも新しい安全基準を適用すべきではないか
  • 短時間の大傾斜でも乗客を避難させられるのか
  • 海へ出た数百人を救助できる体制があるのか

エストニア号事故後の改革は、これらをまとめて再検討するものとなった。

事故から5日後、IMOで専門家パネル設置が提案された

IMOによると、1994年10月4日、エストニア号事故からわずか5日後に、Ro-Ro旅客船の安全性を全面的に検討する専門家パネルの設置が提案された。

同年12月5〜9日に開かれたIMO海上安全委員会(MSC)は正式に専門家パネルを設置した。

パネルは1995年5月までに検討結果を提出し、その勧告をもとに同年11月、Ro-Ro旅客船に関する大規模な国際規則改正が行われる。

事故から国際条約改正まで約1年という、海事規制としては非常に速い展開だった。

1995年、IMO総会はRo-Ro船に関する5つの決議を採択

1995年11月の第19回IMO総会では、Ro-Ro旅客船の安全に直接関係する5つの決議が採択された。

決議 主な内容
A.792(19) 旅客船を取り巻く安全文化
A.793(19) Ro-Ro旅客船の外板扉の強度、固定・ロック装置
A.794(19) Ro-Ro旅客船の検査・点検
A.795(19) Ro-Roフェリー運航の航海ガイダンス・情報
A.796(19) 旅客船船長の意思決定支援システム

第4回で見たエストニア号事故の問題と並べると、この決議の方向性は分かりやすい。

事故では、バウバイザー固定構造の強度不足が重大な問題となった。

その後の国際ルールでは、単に扉が閉じているかではなく、扉そのものの強度、固定装置、ロック装置、そしてそれを定期的に検査することまで明確な安全課題として扱われるようになった。

1995年11月29日|SOLASが大きく改正された

最も大きな制度変更が、1995年11月29日に採択されたSOLAS改正である。

改正は1997年7月1日に発効した。

IMOはこの改正について、1994年12月に設置されたRo-Ro旅客船安全専門家パネルの提案に基づくものと説明している。

変更は復原性だけではない。

分野 主な変更
損傷時復原性 SOLAS 90基準を既存Ro-Ro旅客船へ段階的に拡大
大型旅客船 400人以上を乗せるRo-Ro旅客船へ追加の生存性要求
船内放送 Ro-Ro旅客船へのPA(公衆放送)システム要求
救命設備 Ro-Ro旅客船向け救命設備・配置要求を強化
乗客情報 乗船者の詳細情報を把握する要求
ヘリ救助 旅客船にヘリコプターの吊り上げ・着船等を考慮した場所を要求
船内コミュニケーション Ro-Ro旅客船で共通の作業言語を設定

最大の変更1|新造船だけでなく「既存船」にも復原性強化を求めた

エストニア号事故後のSOLAS改正で特に重要なのが、既存船への適用である。

SOLAS 90と呼ばれる損傷時復原性基準は、1990年以降に建造されるRo-Ro旅客船にはすでに適用されていた。

しかしエストニア号は1980年建造である。

新しい基準を「これから造る船だけ」に適用しても、同じ時代に建造された多数のフェリーはそのまま残る。

1995年改正では、SOLAS 90基準を既存のRo-Ro旅客船にも段階的に適用することが決まった。

船の既存適合度に応じて期限が設定され、最終的には2005年10月までに対象船が新しい基準へ移行する方式が採られた。

必要な場合、既存船も改造・補強を求められる。

事故以前の「新しい規則は古い船には適用しない」が変わった

第7回で触れたように、エストニア号建造後には船首扉の船級規則が強化されていた。

しかし当時の一般的な運用では、新しい規則ができても既存船へ遡って自動的に適用されるわけではなかった。

そのため1980年建造のエストニア号は、後年ならより厳しい設計基準が求められる時代になっても、建造当時の基準を前提に運航を続けた。

事故後の既存船への段階適用は、この問題への重要な回答だった。

「新造船が安全になるまで何十年も待つ」のではなく、現在運航している船の安全水準そのものを引き上げる方向へ進んだのである。

最大の変更2|400人以上のRo-Ro旅客船へ追加要求

1995年SOLAS改正では、新しいRegulation 8-2が追加された。

対象は400人以上を乗せるRo-Ro旅客船である。

目的は、大規模な浸水事故が発生した場合でも、船が簡単に転覆しない生存能力を確保することだった。

IMOは、この規則について、一つの主区画しか浸水に耐えられない古い考え方の船を段階的に排除し、二つの主要区画が浸水しても転覆せず生き残れる能力を確保することを狙ったものと説明している。

大型フェリーでは、船そのものが浮力と復原性をできるだけ長く維持することが、乗客の避難時間を直接増やす。

エストニア号事故で明らかになった「避難時間がほとんど残らなかった」という問題への、構造側からの対策でもある。

最大の変更3|「車両甲板に水がある状態」まで考える

エストニア号事故では、車両甲板へ入った水が復原性を急速に奪った。

これを受けて北西ヨーロッパ・バルト海地域では、SOLASの損傷時復原性基準よりさらに厳しい考え方が導入された。

それがストックホルム協定である。

正式な協定は1996年2月28日にストックホルムで締結された。

この協定の重要な特徴は、船体が損傷した状態だけではなく、

損傷したRo-Ro車両甲板上に海水が滞留している状態まで復原性計算へ含める

ことにある。

通常の損傷時復原性
船体区画が損傷・浸水した状態を評価

ストックホルム協定の考え方
損傷状態

Ro-Ro車両甲板上へ海水が滞留した状態

それでも船が十分な復原性を維持できるか確認

なぜ「波の高さ」まで安全基準へ入ったのか

ストックホルム協定では、その船が航行する海域の有義波高が重要なパラメータになる。

海が穏やかな航路と、冬季に大きな波が発生する北バルト海では、事故後に車両甲板へ入り得る水の量も同じとは限らない。

そこで、

  • 事故後に残る乾舷の高さ
  • 航路で想定される有義波高

などから、損傷した車両甲板上へどの程度の海水が滞留する可能性があるかを計算する。

つまり、「船はどこを走るのか」という航路の海象条件そのものを復原性要求へ結び付けた。

北バルト海を航行していたエストニア号事故の教訓を強く反映した考え方である。

ストックホルム協定は後にEU共通基準へ広がった

地域的なストックホルム協定の考え方は、その後さらに広い制度へ取り込まれた。

EUは2003年、Ro-Ro旅客船の特別な復原性要求についてDirective 2003/25/ECを制定した。

この指令では、EU加盟国の港へ定期国際航路で出入りするRo-Ro旅客船について、船籍にかかわらず特別な復原性基準を適用する枠組みが設けられた。

その計算方法はストックホルム協定を基礎としている。

つまり事故後にバルト海周辺で強化された安全思想は、その後欧州全体のRo-Roフェリー安全へ広がっていった。

最大の変更4|船内放送を「非常時の安全設備」として明確化

第6回で見たように、エストニア号では事故発生後、乗客全体へ状況と避難行動を明確に説明する一般放送が十分に行われなかった。

事故が急速に進行したこともあるが、乗客に何をすべきか知らせる仕組みそのものが重要な安全要素であることが明らかになった。

1995年SOLAS改正では、Ro-Ro旅客船へ公衆放送システムを設ける要求が追加された。

これは単なる船内アナウンス設備ではない。

非常時に乗客へ警報・指示を伝え、避難を開始させるための安全システムとして位置付けられる。

最大の変更5|乗客が「何人、誰が乗っているか」を把握する

事故後の救助・安否確認では、船に誰が乗っていたのかという情報も極めて重要になる。

1995年SOLAS改正では、旅客船について乗船者の詳細情報を保有する要求が加えられた。

事故が起きれば、

  • 何人乗っていたのか
  • 何人救助されたのか
  • 誰が行方不明なのか

を迅速に確定する必要がある。

これは救助活動だけでなく、事故後の家族への連絡や被害者確認にも関係する。

最大の変更6|救命設備とヘリ救助も見直された

エストニア号では船体傾斜が急速に増え、搭載されていた救命艇を通常の方法で降ろすことができなかった。

多くの生存者は救命いかだへ入り、その後ヘリコプターで救助されている。

1995年SOLAS改正では、Ro-Ro旅客船の救命設備と配置について要求が強化された。

また旅客船には、ヘリコプターによる吊り上げや着船などを考慮した場所を設ける要求も導入された。

事故後の安全は「船から脱出するまで」では終わらない。

海面へ出た人を発見し、回収し、救助機関へ引き渡すところまでを考える必要があるという方向へ制度が広がった。

乗員教育では「群衆を避難させる能力」も重視された

旅客船事故では、乗員自身が避難するだけでは足りない。

数百人から数千人の乗客を誘導しなければならない。

IMOのSTCW条約は1995年に大幅改正され、旅客船乗員について、非常時の群衆管理などを含む特別な訓練要求が整備された。

傾いた船、停電、煙、混雑、言語の違いといった状況で、多数の一般乗客を誘導する能力を「経験だけ」に頼らない考え方である。

これはエストニア号だけを原因とする制度ではないが、1990年代に進んだ旅客船安全改革の重要な一部となった。

「共通の作業言語」も国際ルールになった

国際旅客船では、乗員の国籍が複数にまたがることも珍しくない。

非常時に船橋、機関部、甲板員などの意思疎通が成立しなければ、状況把握と避難対応が遅れる。

1995年SOLAS改正では、Ro-Ro旅客船にestablished working language――あらかじめ定めた共通の作業言語を持つことが要求された。

平常時の利便性ではなく、事故時に組織として機能するための安全要求である。

AISやVDRなど、その後の安全技術にも検討が広がった

1995年のSOLAS会議では、その場で条約へ追加された規則だけでなく、今後検討すべき課題についても複数の決議が採択された。

IMOは後年、その中に、

  • AIS(船舶自動識別装置)
  • VDR(航海情報記録装置)
  • 避難・脱出経路
  • その他の旅客船安全対策

が含まれ、その後の作業が完了したと説明している。

ここでも注意が必要で、AISやVDRそのものを「エストニア号事故だけを理由に発明した」とするのは正確ではない。

事故後のRo-Ro安全レビューが、こうした技術の国際的検討を加速する一つの契機になったと理解する方が適切である。

船首扉については「閉じているか」から「壊れないか」へ

エストニア号事故以前にも、船首扉が開いていることを船橋で確認するインジケータは導入されていた。

しかしエストニア号では、問題は閉め忘れではない。

閉鎖されていたバウバイザーの固定装置そのものが壊れた。

そのため事故後の安全対策では、

  • 外板扉の構造強度
  • ロック装置の強度
  • 固定状態
  • 検査
  • 既存船の補強

までが重視されるようになった。

2025年のエストニア号再評価でも、事故後の重要な教訓として船首構造、船舶復原性、既存船の補強、救命設備に関する共通ルールが新たに作られ、実施されたことが挙げられている。

安全対策を「事故の防護層」で見る

CASE44で追ってきた事故の各段階と、その後の安全対策を対応させると分かりやすい。

1994年に起きた問題 事故後に強化された方向
バウバイザー固定構造が破壊 外板扉・固定・ロック構造の強度要求
弱点が検査で発見されなかった Ro-Ro旅客船の検査・点検強化
車両甲板へ大量浸水 損傷時復原性基準の強化
車両甲板上の水で急傾斜 ストックホルム協定の「water on deck」評価
大傾斜で避難時間を喪失 船そのものの生存性向上
乗客への情報伝達不足 公衆放送システム・警報の強化
組織的避難が成立せず 旅客船乗員の群衆管理・非常時訓練
救命艇を正常に降ろせず Ro-Ro旅客船の救命設備・配置改善
海上からの大量救助が困難 ヘリコプター救助・SARを含む総合的見直し
事故時の情報把握 乗客情報、作業言語、後のAIS・VDR等の整備

しかし事故後のルールだけで「絶対に沈まない船」にはならない

船舶安全規則は、事故を完全にゼロにする仕組みではない。

規則を強化しても、

  • 設計
  • 建造
  • 検査
  • 整備
  • 運航
  • 乗員教育
  • 事故情報の共有

のどこかで実際の運用が形骸化すれば、安全余裕は再び失われる。

2025年のエストニア号最終再評価が強調したのも、この点だった。

事故は、一つの部品、一つの判断、一つの規則不足から生じたのではない。

規制の不足、設計・建造、十分でなかった検査、認証上の異常、業界慣行、安全文化が連鎖していた。

そのため「事故後に新しい基準を作った」だけでは、本質的な再発防止にはならない。

新しい知見が得られたとき、それを既存船へ反映し、事故・インシデント情報を業界全体で共有し、現場で実際に機能させる必要がある。

エストニア号事故以前にも、警告は存在していた

第4回・第7回で見たように、エストニア号事故以前にもRo-Ro船のバウバイザーに関するトラブルは複数発生していた。

近い設計を持つDiana IIでも船首バイザー固定装置が損傷している。

しかし、その経験は既存Ro-Ro船全体の体系的な点検や補強にはつながらなかった。

JAICは、バウバイザー事故の情報が業界で体系的に収集・分析・共有されていなかったと結論づけた。

この点こそ、エストニア号事故から残る最も普遍的な教訓の一つである。

重大事故が起きてから規則を変えるのではなく、小さな異常や先行事故の段階で危険を認識し、既存設備へ反映する。

これは船舶に限らず、航空、鉄道、化学プラント、原子力、産業機械などにも共通する安全管理の考え方である。

「人がミスしない」ではなく、「ミスや故障が起きても破局させない」

エストニア号事故を一人の乗員判断へ還元することが適切でない理由もここにある。

事故では、異常音が確認されたあと速度を十分に落とさなかったこと、船首の状態を船橋から直接確認できなかったこと、警報と避難が事故進展に追いつかなかったことなど、人間側の問題も存在した。

しかし安全設計は、「人間が必ず正しい判断をする」ことだけを前提にはできない。

一つの判断が遅れても船首構造が破壊しない。

船首が損傷しても大量浸水へ直結しない。

浸水しても短時間に転覆しない。

傾斜しても避難時間を確保する。

船外へ出ても救助できる。

安全性とは、このような複数の防護層を重ねることで成立する。

FACT CHECK|エストニア号事故後に何が変わったのか

  • 事故5日後からIMOでRo-Ro安全の包括的再検討が始まった。
  • 1995年11月、船首扉の強度・固定、検査、安全文化などに関するIMO決議が採択された。
  • 同月のSOLAS会議で、損傷時復原性基準が既存Ro-Ro旅客船へ段階的に拡大された。
  • 400人以上を運ぶRo-Ro旅客船について追加の生存性要求が導入された。
  • 公衆放送、救命設備、乗客情報、ヘリコプター救助設備などが強化された。
  • Ro-Ro旅客船に共通の作業言語を定めることが要求された。
  • 1996年のストックホルム協定では、損傷後に車両甲板へ滞留する海水まで考慮する復原性基準が導入された。
  • その考え方は後にEUのRo-Ro旅客船復原性基準へ広がった。
  • ただしSOLAS 90や船首扉監視、ISM Codeなど、一部の改革はエストニア号事故以前から進んでいた。

2025年、事故調査機関は「30年以上の安全運航」を一つの結果として挙げた

2025年12月に公表された3か国共同再評価では、エストニア号事故後に新しい共通ルールが作られたことが改めて記録された。

特に挙げられたのが、

  • 船首構造
  • 船舶の復原性
  • 既存船の補強
  • 救命設備

である。

調査機関は、事故後30年以上にわたり北欧・バルト海地域で旅客フェリーが安全に運航されてきたことを、事故から得られた教訓が海上安全改善へつながった一つの証左として挙げている。

もちろん、それは将来の重大事故が起きないことを保証するものではない。

しかし1994年の事故前と現在とでは、Ro-Ro旅客船を取り巻く規則、構造基準、監視、訓練、復原性評価の考え方は明確に変化した。

CASE44を振り返る――事故はどこで止められたのか

全10回を通して見ると、エストニア号事故には一つだけの「事故発生点」があるわけではない。

物理的な事故開始点は、船首バイザー固定構造の破壊だった。

しかし、そこへ至る前にも多数の分岐点があった。

適切な設計荷重を設定する

十分な強度で建造する

検査で弱点を発見する

過去の類似事故から既存船を補強する

異常音を受けて早期に減速する

バウランプが開いても大量浸水を防ぐ

浸水しても復原性を維持する

早期に乗客へ警報する

船外へ避難する時間を確保する

荒天下でも海面から多数を救助する

このどこか一つで事故の進展を止められれば、結果は違った可能性がある。

だからこそ、2025年の再評価は事故を「Systemic Failure」と表現した。

「原因が分かった事故」ほど、その後を見る意味がある

エストニア号事故は、現在も「謎の沈没」「新しい穴」「爆発説」といった形で語られることがある。

しかし2025年までの公式調査を踏まえると、沈没の基本メカニズムについては強い技術的結論が存在する。

船首構造が波浪荷重で破壊した。

バウランプが開いた。

車両甲板へ大量の水が入った。

船は復原性を失い、進行浸水によって沈没した。

そして、その直接的な事故シーケンスの背後には、設計、建造、検査、認証、業界の情報共有、安全文化の弱点が存在していた。

事故の「謎」を追うだけでは、この後半部分を見落とす。

一方、事故後に何が変わったのかまで追えば、なぜ852人が死亡した事故が海事史上重要なのかが見えてくる。

エストニア号事故が残したもの

1994年9月28日午前1時50分ごろ、エストニア号はバルト海から姿を消した。

しかし事故そのものは、その時点では終わらなかった。

翌日から事故調査が始まった。

船首バイザーが回収された。

Ro-Ro旅客船の国際規則が見直された。

既存船にも新しい復原性基準が適用された。

バルト海では車両甲板上の水まで考慮した安全基準が導入された。

そして2020年、新しい船体損傷が公開されると、30年近く経ってから再び船体そのものが調査された。

2025年、その再評価は右舷損傷を海底接触によるものと結論づけ、船首構造破壊から始まる事故シーケンスを改めて支持した。

同時に、事故原因を一つの部品や一人の判断へ求めるのではなく、安全を支えるシステム全体を見る必要があることを明確にした。

エストニア号事故の最も重要な教訓は、「Ro-Roフェリーには危険がある」というだけではない。

小さな異常、過去の事故、設計上の弱点を、重大事故が起きる前に安全対策へ変換できる仕組みを持てるか。

事故から30年以上が過ぎても、その問いは変わっていない。

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第9回|2020年に見つかった船体損傷は何だったのか|2025年再検証と衝突・爆発説

CASE44 最初の記事:

第1回|エストニア号沈没事故とは?|852人が死亡したバルト海フェリー事故の全貌

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  1. エストニア号沈没事故とは?|852人が死亡したバルト海フェリー事故の全貌
  2. エストニア号はどんな船だったのか|Ro-Roフェリーの構造とタリン―ストックホルム航路
  3. 沈没まで何が起きたのか|1994年9月27日夜〜28日未明の時系列
  4. 船首バイザーはなぜ壊れたのか|ロック機構とバウランプ破損を検証
  5. なぜ短時間で転覆・沈没したのか|車両甲板への浸水と復原性喪失
  6. なぜ多くの人が脱出できなかったのか|避難・救命設備・救助活動を追う
  7. 事故調査は何を突き止めたのか|1997年JAIC報告と「単一原因ではない」事故構造
  8. 沈没船はなぜ海底に残されたのか|墓所保護・引き揚げ判断と事故後の扱い
  9. 2020年に見つかった船体損傷は何だったのか|2025年再検証と衝突・爆発説
  10. エストニア号事故後、海難安全は何が変わったのか|Ro-Ro船の安全対策と残された教訓[現在の記事]

出典・参考資料

本記事では、IMO公式資料を国際的な制度変更の中心資料とし、EUのRo-Ro旅客船復原性指令、1997年JAIC最終報告、2025年3か国共同再評価を照合しています。SOLAS 90、船首扉監視、ISM Codeなどエストニア号事故以前から存在した改革と、事故後に採択・加速された対策を区別しました。また、ストックホルム協定は1995年SOLAS会議が地域的な追加復原性要求を認めたことを受け、1996年2月28日に締結されたものとして整理しています。