現実世界のCASE FILE 現実世界のCASE FILE

D.B.クーパー事件の捜査FBIが調べた証拠・目撃証言・残された物品

D.B.クーパー事件の捜査|FBIが調べた証拠・目撃証言・残された物品

詐欺・特殊犯罪

1971年11月24日23時ごろ、ノースウエスト・オリエント航空305便がネバダ州リノへ着陸したとき、ハイジャック犯の姿はすでに機内になかった。残っていたのは、犯人を長時間見た客室乗務員の記憶、黒いネクタイ、使われなかったパラシュート、紙幣番号が記録された20万ドルの身代金、そして旅客機内から回収された多数の鑑識資料だった。

FBIはこの捜査をNORJAK(Northwest Hijacking)と呼び、全米から寄せられる情報を追いながら、目撃証言と物証から身元不明の男を絞り込もうとした。事件から5年の時点で800人を超える人物が検討され、後年にはDNA鑑定など1971年には使えなかった技術も投入された。

それでも、2016年にFBIが積極的な捜査リソースの投入を終了するまで、クーパーと決定的に結び付く人物は確認されなかった。証拠が「何もなかった」事件ではない。むしろ、多くの手掛かりがありながら、その一つ一つに本人性・完全性・識別力の限界があったことが、この事件の捜査を難しくした。

この第5回では、FBIが実際に扱った目撃証言、似顔絵、ネクタイとDNA、パラシュート、航空券、身代金、指紋、吸い殻や毛髪などの鑑識資料を整理し、何が分かったのか、そしてなぜそれでも犯人を特定できなかったのかを確認する。

CASE FILE 05|D.B.クーパー事件特集(全9回)

この特集では、1971年11月24日のハイジャックを入口に、305便で起きた出来事、ボーイング727の後部エアステア、推定降下地点、FBIの捜査、1980年に発見された身代金、犯人候補、生存可能性、後世に広まった俗説までを全9回で整理する。未解決事件であるため、確認できる記録と後年の推測は分けて扱う。

  1. 第1回|D.B.クーパー事件とは?20万ドルを奪い飛行機から消えた男の未解決事件
  2. 第2回|D.B.クーパー事件当日の時系列|305便の搭乗から飛行中に消えるまで
  3. 第3回|D.B.クーパーはなぜ飛行機から飛び降りられたのか|305便とボーイング727の後部階段
  4. 第4回|D.B.クーパーはどこで飛び降りたのか|305便の飛行ルートと推定降下地点を地図で確認
  5. 第5回|現在の記事:D.B.クーパー事件の捜査|FBIが調べた証拠・目撃証言・残された物品
  6. 第6回|D.B.クーパーの身代金はどこで見つかったのか|1980年に発見された紙幣の謎
  7. 第7回|D.B.クーパーの正体は誰だったのか|FBIが調べた容疑者と有名な候補者を整理
  8. 第8回|D.B.クーパーは生き延びたのか|パラシュート降下・天候・装備から生存可能性を検証
  9. 第9回|D.B.クーパー事件の謎はどこまで事実か|有名な説・誤解・FBI資料を検証

この記事で分かること

このページの中心疑問は、「FBIにはどんな証拠があり、なぜ45年の捜査でもD.B.クーパーを特定できなかったのか」である。結論を先に言えば、目撃証言や物証は複数存在したものの、本人だけに結び付く決定的な識別情報が不足していた。以下では、証拠を単に列挙せず、その証明力と限界を一つずつ確認する。

リノへ着いた305便は「犯人のいない犯罪現場」になった

305便がリノへ到着した時点で、捜査の性格は大きく変わった。機内で犯人を逮捕する段階は終わり、FBIは「名前も住所も分からない人物が残した痕跡」から本人像を再構成しなければならなくなった。犯人が航空券に使った名前はDan Cooperだったが、これは実名として確認されたものではない。

そのため、捜査の入口は大きく二つに分かれた。一つは、客室乗務員や空港関係者が覚えていた外見・声・行動などの人的証拠。もう一つは、機内に残されたネクタイ、パラシュート、航空券、指紋採取資料、身代金番号などの物的証拠である。

National Archives at Seattleが所蔵する連邦検事事件ファイルには、FBIの初期報告、容疑者の似顔絵、さらに米空軍とFBIが行った実験資料などが含まれている。つまり、捜査は「似顔絵を配って犯人を探した」だけではなく、飛行条件や降下可能性まで含む複数分野の検証として進められた。

目撃証言はかなり一致していた|それでも名前までは分からない

この事件で人的証拠の中心になったのは、クーパーと近距離で長く接した客室乗務員だった。FBIが2007年に公開した説明では、特に長時間クーパーと接した2人の客室乗務員は、事件当夜に別々の都市で聞き取りを受けながら、かなり近い人物像を示したとされる。

FBIが紹介した特徴は、身長がおよそ5フィート10インチから6フィート(約178〜183cm)、体重170〜180ポンド(約77〜82kg)、40代半ば程度、茶色の目というものだった。地上で接触した人物から得られた説明も、大筋で矛盾しなかったとFBIは述べている。

この一致は捜査上重要だった。名前が偽名でも、「年齢、身長、体格、顔つきが大きく違う候補」を除外することはできるからである。実際、後年有名になった候補者の中にも、FBIが目撃証言との不一致を理由の一つとして除外した人物がいる。

ただし、人物描写は身元識別番号ではない。似た年齢・体格の男性は多数存在し、目撃者が覚えている顔も写真のように完全ではない。したがって目撃証言は「候補を絞る」力はあっても、それだけで「この人物が305便の犯人だ」と証明する力は持たなかった。

有名なクーパーの顔は写真ではない|似顔絵の役割と限界

D.B.クーパー事件で最もよく知られている顔は、本人を撮影した写真ではない。目撃者の記憶を基に作られたFBIの似顔絵(artist rendering)である。1972年のFBI Law Enforcement Bulletinにも、サングラスあり・なしの人物像と身体的特徴が掲載され、情報提供を求めている。

似顔絵は、身元不明事件では非常に有効な入口になる。写真が存在しなくても、一般市民や捜査機関に「このような人物を知らないか」と具体的に提示できるからである。D.B.クーパー事件が全米規模で知られるようになった過程でも、この顔は大きな役割を果たした。

一方で、似顔絵は目撃記憶を視覚化したものにすぎない。目、鼻、髪型などの細部を写真と同じ精度で比較することはできず、「似顔絵に似ている」こと自体は犯人性を証明しない。第7回で扱う多数の候補者を評価するときも、この限界を前提にする必要がある。

機内に残った物証|ネクタイ・パラシュート・航空券

黒いJ.C. Penneyのネクタイ|数十年後にDNA資料へ変わった

機内に残された物品の中で、後年もっとも注目されたものの一つが黒いネクタイである。FBIは、このネクタイをクーパーがハイジャック中に着用し、降下前に外した物品として公開している。J.C. Penneyで販売されていた黒いクリップ式ネクタイで、事件後も証拠として保存された。

1971年当時、このネクタイから直ちに個人名を割り出すことはできなかった。しかしDNA鑑定技術が発達した後、証拠としての意味が変わる。FBIは2007年の再捜査紹介で、2001年にネクタイからDNA試料を得たと説明しており、その試料は少なくとも候補者の除外に使われた。

代表例がDuane Weberである。死の直前に自分がD.B.クーパーだったと語ったとされる人物だが、FBIはネクタイから得たDNAとの比較などにより候補から除外したと説明している。これはDNAが「犯人を直接当てる」だけでなく、「候補ではない人物を落とす」ためにも有効だったことを示している。

しかし、ネクタイから得たDNA=クーパー本人だけの完全なDNAプロファイルと単純化してはいけない。衣料品は製造・販売・使用・回収・保管の過程で複数の人が触れうる。FBIの公開説明も、試料を利用したことは示しているが、そのDNAだけで犯人本人を一意に確定したとは述べていない。したがってDNAは強力な比較材料であっても、この事件を単独で解決する「鍵」にはならなかった。

4つのパラシュート|証拠は犯人の能力まで問い直した

クーパーは20万ドルとともに4つのパラシュートを要求した。FBIの現在の事件解説では、クーパーはそのうち2つを持って機体を離れ、残ったパラシュートの一つからコードを切り取って、身代金をまとめるために使ったと説明されている。

重要なのは、持ち出した2つの中に、訓練用で縫い閉じられていたパラシュートが含まれていたとFBIが説明している点である。事件直後には「大胆な夜間降下を実行したのだから熟練したスカイダイバーではないか」という見方が生まれたが、後年のFBIはこの選択を熟練者像と矛盾する材料の一つとして扱った。

ただし、ここから「クーパーは初心者だった」と断定することもできない。第3回で確認したように、彼はボーイング727の後部エアステアを利用するための飛行条件を具体的に要求している。航空機への一定の知識と、パラシュート技量の程度は別問題であり、証拠は両者を同時には解決していない。

さらに決定的なのは、クーパーが実際に使用したと考えられる主パラシュートが発見されていないことである。使用した装備を回収できていれば、損傷状態、付着物、位置などから降下後の状況を検討できた可能性があるが、その照合材料は存在しない。

航空券と身代金番号|「Dan Cooper」と20万ドルを追跡できた

FBIが現在も公開している物証の一つに、ポートランドで購入された305便の航空券がある。そこに記録されている名前はDan Cooperであり、「D.B. Cooper」ではない。D.B.という呼び名は報道を通じて定着したもので、犯人本人がその名を名乗った記録ではない。

航空券は犯人が実際に搭乗手続きで使った情報を残しているが、その名前自体が身元へ直結しなかった。一方、身代金には別の追跡可能性があった。20万ドルは20ドル紙幣10,000枚で用意され、そのシリアル番号が記録されていたため、事件後に紙幣が出れば照合できる状態になっていた。

この仕組みが現実に機能したのが1980年である。コロンビア川沿いで見つかった20ドル紙幣の束は、番号照合によってクーパーへ渡された身代金の一部だと確認された。総額は5,800ドルだった。逆に言えば、番号が記録されていなければ、約8年後に砂中から出てきた劣化紙幣をこの事件へ確実に結び付けることは困難だった。

ただし、紙幣番号が犯人の身元を示すわけではない。確認できるのは「この紙幣は1971年にクーパーへ渡された現金である」というところまでである。誰がTena Barへ運んだのか、いつそこへ到達したのかは別問題であり、第6回で詳しく検証する。

指紋だけではない|吸い殻・毛髪までFBI Laboratoryへ送られた

FBI Vaultの公開捜査記録を見ると、305便から回収された鑑識資料は、一般に知られるネクタイやパラシュートだけではない。犯人がいたと考えられた後部座席周辺、後部ドア、その周辺、化粧室ドアなどでは潜在指紋の採取が行われ、FBI Laboratoryへ送られた。

しかし、1971年12月のラボ報告をまとめた捜査記録では、これらの採取物から鑑識上有用な指紋は得られなかったとされている。旅客機は多数の乗客・乗員・整備関係者が接触する場所であり、そもそも痕跡が見つかったとしても「それがクーパーのものか」という本人性の問題が残る。指紋は存在すれば強い比較材料になり得るが、この事件では決定打にはならなかった。

同じ記録には、犯人が使用したとされた灰皿の内容物もFBI Laboratoryで調べられたとある。灰皿には8本の吸い殻があり、そのうち7本はRaleighの85mmフィルター付きたばこ、残る1本も同型とみられた。一方、灰皿の内容物から潜在指紋は検出されなかった。

さらに、後部座席付近から回収されたタオルからは茶色の頭髪片と体毛が確認され、顕微鏡比較用に保存された。ただし、この毛髪がクーパー本人由来だと確定したわけではない。ここでも「現場から回収したもの」と「犯人本人の生体試料」は同義ではない。

この点は、未解決事件の鑑識を考えるうえで重要である。証拠品の数が多くても、由来する人物が確定できなければ識別力は弱くなる。305便のような公共交通機関では、その問題が特に大きかった。

回収できなかった重要証拠|爆弾と最初のメモ

逆に、事件の中心にありながら、後から直接鑑定できなかったものもある。クーパーは客室乗務員にアタッシェケースを開いて見せ、内部には赤い棒状の物体と配線のようなものがあったと証言された。乗員は爆発物として対応したが、その装置そのものはリノで回収されていない。

したがって、爆弾が実際に起爆可能な装置だったのか、外見だけを再現した偽物だったのかは確定していない。確認できる事実は「クーパーが爆弾だと示し、乗務員がその脅威を現実のものとして受け止めた」ことまでである。

ハイジャック開始時に客室乗務員へ渡されたメモも、犯人の筆跡を後から直接調べる決定的資料にはならなかった。FBI関連記録では、クーパーがメモを回収したとされる。もし本人の書字資料が十分な状態で残っていれば、後年の候補者との比較材料になった可能性はあるが、その条件は成立しなかった。

証拠は多かったが「本人だけを指す証拠」が不足していた

ここまでの証拠を並べると、D.B.クーパー事件にはかなり多くの情報が残っていたことが分かる。しかし、捜査上重要なのは証拠の「数」ではなく、どれだけ特定の人物へ排他的に結び付けられるかである。

証拠・資料 分かったこと 限界
客室乗務員の目撃証言 年齢、身長、体格、目などの人物像 氏名や固有の身元情報までは分からない
FBI似顔絵 候補者探索・情報提供募集に使える 写真ではなく記憶の再構成
黒いネクタイ 事件後も保存できた着用品 物品単体では所有者の氏名を示さない
ネクタイ由来DNA試料 一部候補者の比較・除外に利用 クーパー本人だけに由来する完全な識別情報とは断定できない
パラシュート 選択・準備・技量を検討する材料 実際に使用した主パラシュートは未発見
航空券 搭乗時に「Dan Cooper」と名乗ったこと 偽名とみられ、本人の実名へ結び付かない
身代金紙幣番号 後日発見された紙幣を事件物証と確認できる 紙幣だけでは所持者・移動経路を特定できない
指紋採取資料 機内の複数地点を鑑識対象にした FBI記録では有用な潜在指紋を得られなかった
吸い殻・毛髪 当時のFBI Laboratoryで検査対象になった クーパー本人由来と確定できない
爆弾・最初のメモ 目撃証言から犯行方法を再構成できる 現物を後から直接鑑定できなかった

この表で共通しているのは、証拠が「候補を絞る」「説を除外する」「事件当日の行動を再構成する」ことには役立つ一方、最後の一歩である本人確認に届かなかった点である。ある人物が似顔絵に似ていても、DNAやアリバイが合わなければ除外される。逆に航空やパラシュートの知識があっても、それだけでは305便の犯人とは言えない。

5年で800人以上|大量の「似ている人」をどう除外したのか

FBIによれば、事件から5年の時点で800人を超える人物が候補として検討され、その大部分が除外されていた。D.B.クーパー事件では、外見が似ている人物、突然金を持った人物、航空経験者、パラシュート経験者、本人を名乗る人物など、さまざまな情報が寄せられた。

しかし、捜査では「それらしい物語」があるかではなく、事件記録と一致するかが必要になる。FBIはRichard Floyd McCoyのような有名候補についても、目撃者の身体的特徴との不一致などを理由に除外した。Duane Weberも、FBIの公開説明ではDNA比較によって除外された。

2016年のFBI発表は、この問題を明確に説明している。一般から寄せられた情報には、外見の類似、もっともらしい説、説明のつかない突然の富などが含まれていたが、いずれも犯人性を決定的に証明するには至らなかった。未解決事件では「候補を挙げること」と「法的・科学的に本人だと証明すること」の間に大きな距離がある。

2007年の再活性化と2016年の転換|新技術でも最後の壁は越えられなかった

事件から36年後の2007年、FBIは新しい技術と一般からの情報を使ってD.B.クーパー事件を再び強く周知した。似顔絵、ネクタイ、回収された身代金、パラシュート、捜査地図などを公開し、DNA鑑定など事件当時には存在しなかった手法も候補者評価へ利用した。

古い事件でも、保存された物証に新技術を適用すれば、新しい情報が得られる可能性がある。ネクタイのDNA試料はその代表例だった。しかし、新しい分析技術は「元の証拠が何者由来か」という問題を自動的に解決してくれるわけではない。試料の本人性が不確実なら、分析精度が上がっても証明力には限界が残る。

そして2016年7月8日、FBIは45年間にわたるNORJAK捜査の後、D.B.クーパー事件へ割り当てていた捜査リソースを他の優先案件へ振り向けた。これは「事件を解決した」「犯人は死亡したと結論付けた」という発表ではない。FBIは、今後もパラシュートや身代金など特定の物的証拠が現れた場合には連絡するよう呼び掛けている。

したがって、現在の公式状態は「犯人が判明した事件」ではなく、犯人未特定のまま、FBIが常時の積極捜査からリソースを移した事件と理解するのが正確である。

FACT CHECK|証拠についてどこまで確定しているのか

D.B.クーパー事件では、物証の存在と「その物証から導かれる犯人像」が混同されやすい。最後に、今回扱った主要な主張を事実・評価・未確定に分ける。

主張 判定 根拠・注意点
クーパーを長時間見た2人の客室乗務員の人物描写はかなり一致していた FACT FBIが2007年の再捜査紹介で説明
有名なD.B.クーパーの顔は本人写真である FALSE FBIが目撃証言を基に作成した似顔絵
黒いネクタイからDNA試料が得られた FACT FBIは2001年に試料を得たと説明
ネクタイのDNAがクーパー本人だけの完全なDNAだと確定している 確認されていない FBI公開情報はDNA試料の利用を示すが、本人由来の一意な完全プロファイルとはしていない
機内から有用なクーパーの指紋が得られた 確認できない FBI Vaultのラボ記録では、対象地点の潜在指紋から有用なものは得られなかった
灰皿の吸い殻や座席周辺の毛髪が鑑識対象になった FACT 1971年12月のFBI Laboratory関連記録に記載
それらの吸い殻・毛髪がクーパー本人由来と確定した 確認されていない 回収場所と本人性は別問題
クーパーが見せた爆弾が本物だった 不明 装置そのものが回収されておらず、客室乗務員の目撃記録が中心
2016年にFBIが犯人を特定して事件を終了した FALSE 捜査リソースを他案件へ移したのであり、犯人特定の発表ではない

まとめ|未解決の理由は「証拠ゼロ」ではなく、証拠の識別力にあった

D.B.クーパー事件には、比較的詳しい目撃証言、FBIの似顔絵、黒いネクタイ、DNA試料、パラシュート、航空券、身代金紙幣番号、機内鑑識資料など、多数の手掛かりが残った。FBI Vaultを読むと、指紋だけでなく吸い殻や毛髪まで検査されていたことも分かる。

しかし、それぞれの証拠には限界があった。目撃証言は氏名を示さず、似顔絵は写真ではない。ネクタイからDNA試料は得られたが、それだけで犯人本人を一意に確定できたわけではない。機内の潜在指紋からは有用なものが得られず、吸い殻や毛髪もクーパー由来と確定していない。使用した主パラシュートや爆弾そのものも回収されていない。

つまり、NORJAK捜査の難しさは「何も残っていなかった」ことではない。候補者を評価・除外できる証拠は多かったが、最後に一人だけを指し示す証拠がなかったことにある。その結果、800人を超える候補者を検討し、新しい鑑識技術を投入しても、犯人の身元を確定できなかった。

ただし、物証の中には事件から年月が経ってから突然意味を持ったものもある。1980年、コロンビア川沿いのTena Barで見つかった5,800ドルの20ドル紙幣である。次回はこの発見だけに焦点を絞り、どのように身代金と確認されたのか、なぜ発見場所が事件の地理を複雑にしたのかを検証する。


前の記事/次の記事

← 前の記事:D.B.クーパーはどこで飛び降りたのか|305便の飛行ルートと推定降下地点を地図で確認

次の記事:D.B.クーパーの身代金はどこで見つかったのか|1980年に発見された紙幣の謎 →


D.B.クーパー事件特集 全9回

  1. 第1回|D.B.クーパー事件とは?20万ドルを奪い飛行機から消えた男の未解決事件
  2. 第2回|D.B.クーパー事件当日の時系列|305便の搭乗から飛行中に消えるまで
  3. 第3回|D.B.クーパーはなぜ飛行機から飛び降りられたのか|305便とボーイング727の後部階段
  4. 第4回|D.B.クーパーはどこで飛び降りたのか|305便の飛行ルートと推定降下地点を地図で確認
  5. 第5回|現在の記事:D.B.クーパー事件の捜査|FBIが調べた証拠・目撃証言・残された物品
  6. 第6回|D.B.クーパーの身代金はどこで見つかったのか|1980年に発見された紙幣の謎
  7. 第7回|D.B.クーパーの正体は誰だったのか|FBIが調べた容疑者と有名な候補者を整理
  8. 第8回|D.B.クーパーは生き延びたのか|パラシュート降下・天候・装備から生存可能性を検証
  9. 第9回|D.B.クーパー事件の謎はどこまで事実か|有名な説・誤解・FBI資料を検証

出典・参考資料

本記事は、FBIの事件解説、2007年の再捜査紹介、2016年の公式発表、FBI VaultのNORJAK捜査記録、National Archives所蔵資料案内を照合して構成しています。機内から回収された指紋・吸い殻・毛髪やネクタイ上のDNAについては、「現場から得られた資料」と「D.B.クーパー本人由来と確定した資料」を区別しています。また、パラシュートの選択から導かれる犯人の技量や、爆弾の真正性は確定事実として扱っていません。