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誰がパナマ運河を造ったのか労働者・賃金制度・建設現場の実像

クレブラ・カットで複数の労働者が作業する20世紀初頭のステレオ写真
The American Stereoscopic Co. / Library of Congress, Prints and Photographs Division 出典 No known restrictions on publication

パナマ運河の建設史には、蒸気ショベル、巨大閘門、ガトゥン・ダム、土砂列車といった機械が並ぶ。

だが、機械は自分では動かない。

発破孔をあける。 ダイナマイトを扱う。 ショベルを運転する。 線路を敷く。 崩れた斜面を片づける。 コンクリートを打つ。 資材を運ぶ。 列車を走らせる。 機械を修理する。 食事を作る。 病院を動かす。 排水溝を維持する。

その一つ一つを人間が担った。

パナマ運河庁の公式集計では、1904~1913年の建設に従事した人は合計56,307人。その内訳は、ヨーロッパ出身11,873人、西インド諸島出身31,071人、米国出身11,000人、その他未分類69人とされている。[1]

人数だけを見れば、西インド諸島出身者が最大の集団だった。

しかし「西インド諸島の労働者が多かった」という事実だけでは、彼らがどのように働いていたのかは見えない。

運河建設組織では、従業員がゴールド・ロール(Gold Roll)とシルバー・ロール(Silver Roll)という二つの給与・雇用体系へ分けられた。

公式上は職種、技能、給与通貨などを基準とする制度として説明された。

だがNational Archivesに残る文書を調べると、制度は次第に人種・国籍・市民権と結びつき、賃金だけでなく住宅、学校、食堂、交通、休暇、年金、公共施設の利用まで分ける社会的な境界になったことが分かる。[2]

つまり、パナマ運河は巨大な工学システムであると同時に、巨大な労働システムでもあった。

そのシステムは効率だけで組まれていたわけではない。

20世紀初頭の米国社会に存在した人種差別と植民地的な統治構造も、建設現場へ持ち込まれていた。

第7回では、技術者の名前ではなく、工事を実際に動かした人々と、その人々を分けた制度を見る。


記事概要

項目 内容
主対象 パナマ運河建設の労働力
主対象期間 1904~1914年
建設従事者総数 56,307人(1904~1913 ACP集計)
西インド諸島出身 31,071人
欧州出身 11,873人
米国出身 11,000人
最大契約供給地 バルバドス(ACP契約労働統計 19,900人)
主制度 ゴールド・ロール/シルバー・ロール
制度の実態 職種・給与区分から、人種・国籍・市民権と結びつく分離制度へ
米国建設期死亡 ACP英語資料・2014年年報では5,609人(疾病・事故)
この回の問い 誰が運河を造り、その労働はどのように組織されたのか

この回の問い

パナマ運河を実際に造ったのは誰で、なぜ同じ建設事業の中で労働者の待遇が大きく分かれていたのか。

答えは、単純に「米国人技術者と西インド諸島の労働者」という二分法では説明できない。

現場には、

  • 米国人
  • バルバドスなど西インド諸島出身者
  • スペイン
  • イタリア
  • ギリシャ
  • マルティニーク
  • グアドループ
  • トリニダード
  • パナマ
  • コロンビア
  • キューバ

など多くの地域から人が集まった。[3]

職種も一様ではない。

技術者、監督者、機械工、機関士、電気技師、事務員、医師、看護師、教師、職人、線路工、発破作業員、一般労働者が必要だった。

その多様な労働者を組織するため、運河当局はゴールド・ロール/シルバー・ロールという区分を使った。

しかしその区分は、効率的な給与管理だけに留まらなかった。

National Archivesの記録が示すように、ゴールド・ロールとシルバー・ロールは次第に「誰がどの施設を使えるか」「どこに住むか」「どれだけ休暇を得るか」「どの学校へ子どもを通わせるか」まで左右する制度になった。[2]


1. 巨大工事はどれほどの人手を必要としたのか

1,000人から4万人規模へ

米国が工事を引き継いだ1904年5月、パナマ運河庁の労働統計では人員は約1,000人だった。[3]

同年11月には約3,500人。

1905年11月には17,000人。

1907年10月には31,967人。

1910年3月には38,676人。

1913年8月には39,962人。[3]

さらにACPの建設史では、特殊工事の請負労働者などを含めた「実際に就業していた人数」の最大値として、1913年3月26日に44,733人が現場にいたと説明している。[4]

同じ「労働者数」でも統計の定義が異なる。

年次表は特定時点のwork force。

44,733人は請負工事を含めた実働最大値。

56,307人は1904~1913年を通じて建設に従事した総人数。

これらを混同すると、人数が矛盾して見える。

完成構造物より大きい「生活システム」

4万人規模の労働者を現場へ集めるには、仕事だけ用意すればよいわけではない。

食料。

水。

宿舎。

病院。

交通。

衣料。

郵便。

店舗。

学校。

娯楽。

衛生。

給与支払い。

これらが必要になる。

パナマ運河庁は、4万人を超える従業員と家族へ食料を供給するため、冷蔵倉庫、パン工場、鉄道の冷蔵車、ホテル、食堂、厨房などを整備したと記している。[5]

つまり労働力の確保は「募集」だけではない。

人を現地で生活させ続ける巨大な都市運営だった。


2. 労働者はどこから来たのか

世界各地から集める

運河建設には、現地だけで必要人数を確保できなかった。

そのためIsthmian Canal Commissionは国外から労働者を集めた。

ACPの契約労働統計では、スペイン、イタリア、ギリシャ、バルバドス、マルティニーク、グアドループ、トリニダードなど多様な地域から契約労働者が到着している。[3]

ただし、この表は「米国から直接採用された人」を含まない。

また、自費でパナマへ来た人や契約制度外の移動を完全に表すものでもない。

したがって、契約労働者表をそのまま全労働人口と同一視してはいけない。

ヨーロッパ労働者も多数いた

パナマ運河建設を「米国人と西インド諸島出身者だけの工事」とする説明も正確ではない。

ACPの統計では1906~1908年にスペインから多数の契約労働者が入り、イタリア、ギリシャなどからも労働者が来ている。[3]

運河当局は、労働力不足への対策として複数地域から人を集めた。

しかし職種、給与、待遇は同じではなかった。

この差がゴールド・ロール/シルバー・ロール制度と重なる。


3. 西インド諸島からの労働力

31,071人

ACPのFAQは、1904~1913年の建設従事者56,307人のうち、31,071人を西インド諸島出身者としている。[1]

半数を超える。

さらに契約労働者の地域別集計では、バルバドスからの契約労働者が19,900人と際立って多い。[3][4]

ACPは、バルバドス政府が大規模募集を認めたことで大量採用が進んだと説明している。[4]

一方、Jamaicaについては注意が必要である。

「パナマ運河はジャマイカ人が造った」という説明が見られるが、ACPは、Jamaica政府が大規模な契約募集を制限していたため、公式契約統計ではJamaicaからの人数は小さく、Jamaicaから来た人の多くは職人などとして自力で移動したと説明する。[4]

したがって、「西インド諸島=Jamaica」とまとめるのは不正確である。

なぜパナマへ来たのか

National Archivesは、西インド諸島出身者がバルバドス、Jamaica、Grenada、マルティニーク、トリニダードなどから仕事を求めて運河地帯へ来たことを記録している。[6]

背景には、島々の経済状況、土地不足、失業、農業不況などがあった。

一方、パナマの仕事は危険で、差別的な制度があり、生活環境も厳しかった。

それでも賃金は、出身地で得られる収入より高い場合があった。[7]

人々は「工学史のため」にパナマへ来たわけではない。

生活を改善するための仕事として来た。

この視点を忘れると、労働者は巨大プロジェクトを完成させるためだけに存在した人々のように見えてしまう。

単純な「非熟練労働者」ではない

西インド諸島出身者の多くが肉体労働へ配置されたのは事実である。

National Archivesは、土地の掘削、伐採、整地、ミラフローレス閘門やガトゥン・ダムの建設に関わる重労働へ多くの西インド諸島出身者が就いたと説明している。[6]

しかし全員が同じ仕事をしたわけではない。

National ArchivesのGold/Silver記録には、黒人従業員の中に事務職、販売職、監督的な仕事、教師などがいたことも示されている。[2]

「西インド諸島出身=無技能」という固定的な説明は、当時の雇用制度そのものが持っていた偏見を再生産しかねない。


4. ゴールド・ロールとシルバー・ロール

名前だけ見れば給与通貨の違い

ゴールド・ロール/シルバー・ロールという名称は、もともと給与をどの通貨基準で支払うかという区分と結びついていた。

National Archivesは、技術者・監督者などの熟練職がGold、一般労働などがSilverとして整理されたと説明している。[2]

しかし制度はそれだけでは終わらなかった。

ゴールド・ロール/シルバー・ロールの分類が、

  • 給与
  • 休暇
  • 年金
  • 住宅
  • 学校
  • 図書館
  • 娯楽施設
  • 交通
  • トイレ
  • 飲料設備
  • 売店・窓口

などへ影響した。[2]

給与区分が生活空間の区分へ拡大した。

「職種だけで決まった」とはいえない

運河当局は、公式には仕事の技能や職種がゴールド・ロール/シルバー・ロールを決めると説明していた。

しかしNational Archivesが紹介する一次文書には、その説明では整理できない例が残っている。[2]

1906年には、有色人種の従業員をゴールド・ロールの時給基準からSilverへ移す方針が出された。

さらに、技能のある黒人事務員や教師がシルバー・ロールに留められた記録もある。

このためNational Archivesは、ゴールド・ロール/シルバー・ロール制度について、職種だけでなく人種と市民権が実際の運用へ強く影響したと分析している。[2]

つまり、

制度上の説明と、実際の運用は一致していなかった。

1909年のシルバー・ロールの賃金表

当時の *Canal Record* には、シルバー・ロールの従業員の標準時給表が掲載されている。[8]

そこではLaborer “A”から上位のlaborer / artisan gradeまで複数の等級が設定され、仕事の強度、責任、技能などによって時給を変える仕組みになっている。

重要なのは、シルバー・ロール内部にも職種・技能差があったことだ。

「シルバー・ロール=全員同じ低賃金労働者」ではない。

一方で、制度全体としてゴールド・ロール側とシルバー・ロール側の生活・福利厚生に大きな差があったことはNational Archives資料から確認できる。[2]


5. 人種と国籍が待遇をどう分けたのか

ゴールド・ロール/シルバー・ロールが社会的な境界になる

National Archivesの記録で最も重要なのは、ゴールド・ロールとシルバー・ロールが給与明細の分類を越えたことである。

別の住宅。

別の学校。

別の待合・交通設備。

別のサービス窓口。

別の休暇・福利厚生。

制度は、運河地帯の日常生活を分ける仕組みになった。[2]

当時の米国ではJim Crowと呼ばれる人種隔離が広範に存在していた。

運河地帯でも、米国側の人種観が雇用制度へ反映された。

ただしゴールド・ロール=白人、シルバー・ロール=黒人と完全に一対一で固定されていたわけではない。

欧州人でシルバー・ロールに入る人もいた。

黒人の米国市民でゴールド・ロール契約を持つ例もあった。

だからこそ制度には矛盾が多かった。

黒人の米国市民という矛盾

National Archivesの文書には、黒人の米国市民がゴールド・ロール制度上の権利を持ちながら、見た目でシルバー・ロール側へ誘導される事例が残されている。[2]

つまり「市民権」と「人種」のルールが衝突した。

運河当局はその場ごとの例外や特別契約で処理した。

この記録から見えるのは、制度が単純な能力主義ではなかったことである。

労働制度を「当時だから」で終わらせない

20世紀初頭の人種差別を、現代の価値観だけで断罪して説明することも、逆に「当時は普通だった」と処理してしまうことも、歴史理解として不十分である。

重要なのは、一次記録で何が行われていたかを確認することだ。

National Archivesには、当時の従業員自身が不公平を訴え、制度をめぐって当局内でも議論があった記録が残る。[2]

つまり、当時の人々も矛盾を認識していた。

制度は無意識に存在しただけではなく、運用され、批判され、維持された。


6. 危険な現場で何をしていたのか

発破孔をあける

クレブラ・カットでは硬い岩を発破で破砕する。

そのため圧縮空気式の三脚式削岩機(tripod drill)を使って孔をあけた。

Smithsonian National Postal Museumは、1912年に撮影された西インド諸島出身労働者の作業写真をもとにした1951年の記念切手を紹介し、三脚式削岩機(tripod drill)を使うような重労働が主として西インド諸島出身者によって担われたと説明している。[9]

機械化された現場でも、人間の身体は機械のそばにある。

ドリル。

発破。

列車。

ショベル。

崖。

土砂。

事故の危険は常に存在した。

鉄道と掘削

第6回で扱った工事鉄道は高速に土砂を動かす一方、作業員がいる狭い現場を大量の列車が往来するシステムだった。

線路を敷く人。

線路を移す人。

貨車の周囲で働く人。

機関車を整備する人。

土砂処分場で働く人。

物流能力が高いほど、現場には大量の移動機械が存在する。

巨大工事の生産性と危険性は、同じ機械化から生まれることがある。

画像から人種を推測しない

今回の07.jpgはLibrary of Congress所蔵の *Laborers at work on the パナマ運河 at the クレブラ・カット* と一致する。[10]

写真にはクレブラ・カットで働く複数の人物が写る。

しかしLibrary of Congressのタイトルは彼らを単に“Laborers”と記録しており、国籍・民族・雇用区分を特定していない。

したがって、写真の外見だけを根拠に「西インド諸島出身者」「シルバー・ロール労働者」と断定しない。

歴史写真では、この区別が重要である。


7. 住宅・食事・生活環境

同じ運河地帯でも同じ生活ではない

運河当局は労働力を安定させるため、住宅、食堂、医療、店舗などを整備した。

ACPは、米国人独身者向けのホテル・レストラン、欧州労働者向け食堂、西インド諸島出身労働者向け厨房などが別々に整えられたことを説明している。[5]

欧州労働者向けの食事は一日40セント、西インド諸島出身者向け厨房では一日30セントという説明もある。[5]

価格差だけでは、食事の量や質を単純比較できない。

しかし、生活サービスが集団別に組織されていたことは分かる。

住宅差

National Archivesは、ゴールド・ロール/シルバー・ロール区分によって住宅の質や利用可能な施設が異なったことを記録している。[2]

後年の *Canal Record* でも、白人米国人と西インド諸島出身者の官舎居住者が別集計されている。[11]

ただし、1914年以降の記録を1904年の状態へそのまま遡及させるべきではない。

建設期間中にも住宅整備は変化している。

本記事では「ゴールド・ロールとシルバー・ロールの生活条件が制度的に分かれていた」という点を確定事項とし、特定の年の宿舎設備を全期間の標準とはしない。

生活を自分たちで作る

当局が提供する施設だけが生活の全てではない。

西インド諸島出身者の地域社会は教会、互助、音楽、飲食、商業など独自の社会生活を形成した。

University of Floridaのパナマ運河博物館コレクションは、シルバー・ロールに属した西インド諸島系住民の宗教・社会活動に関する資料を保存している。[12]

労働者は「工事期間だけ存在した匿名の人員」ではない。

家族を持ち、コミュニティを形成し、その後のパナマ社会にも影響を残した人々だった。


8. 死亡者数をどう読むべきか

5,609人という数字

パナマ運河庁の英語版 *End Of The Construction* は、病院記録に基づき、米国建設期に疾病・事故で5,609人が死亡したとしている。[13]

ACPの2014 Annual Reportも同じ5,609人を掲載している。[14]

一方、ACPスペイン語版の現行ページには5,611人という数字がある。[15]

二人の差だが、RCFでは無視しない。

同じ組織の現行資料でも数値が一致していない。

そのため本記事では、複数のACP資料で一致する5,609人を本文基準値とし、5,611という異同を検証ノートへ残す。

これは「労働災害死亡者数」ではない

5,609人は、事故だけの数字ではない。

疾病と事故を合わせた建設期死亡数である。[13]

第2回で見たように、マラリアなどの疾病は大きな死因だった。

したがって、この数字を「建設事故で5,609人死亡」と表現してはいけない。

フランス時代と単純合算しない

ACPはフランス時代を加えると総死亡数は約25,000人とする推計を紹介しているが、フランス側は病院で発生した死亡を中心に記録しており、真の総数は不明としている。[13]

つまり、

  • 米国期:病院記録を基礎とする比較的明確な集計
  • フランス期:記録範囲が不完全で推計を含む

で証拠の強さが違う。

「パナマ運河建設で25,000人が死亡した」と一つの精密な確定値のように書くのは避ける。

人種・国籍別死亡率にも定義が必要

ゴールド・ロール/シルバー・ロールで疾病・死亡リスクが異なることを論じる研究はある。

しかし比較には年齢、職種、居住地、疾病、統計母集団などの定義が必要になる。

本記事では、一次統計の定義をそろえずに「シルバー・ロールの労働者はGoldの何倍死亡した」といった単純比較は行わない。

数字が強い印象を持つテーマほど、分母の確認が必要である。


9. 公式の成功物語から消えやすい人々

名前が残る人、残らない人

運河建設史には、

George W. Goethals。 John F. Stevens。 ウィリアム・C・ゴーガス。 David DuBose Gaillard。

といった名前が残る。

彼らは重要な責任者だった。

一方、3万人を超える西インド諸島出身者の大部分は、一般的な運河史では個人名まで登場しない。

National Archivesには、Sailing Lists of Contract Laborers、Labor Service Contracts、Service Record Cardsなど、個々の労働者を追える記録群が残されている。[6][16]

これらを使えば、巨大工事を「数万人」という集団だけでなく、一人ずつの履歴として見ることができる。

「誰が造ったか」という問い

「パナマ運河を誰が造ったのか」と聞けば、答えは一つではない。

米国政府が事業主体だった。

米国の技術者が設計・管理した。

欧州出身の技能・一般労働者も多数参加した。

西インド諸島出身者が最大の労働集団を形成した。

パナマやコロンビアなど周辺地域の人々も働いた。

企業が特殊工事を担当した。

一つを選んで他を消す必要はない。

正確な答えは、

多国籍の労働者を、米国が統治・管理する巨大組織へ組み込み、その労働の上に運河が完成した

である。

「成功」の中に不平等も含まれる

パナマ運河は工学的には大きな成功だった。

予想を超える掘削。

巨大閘門。

大規模水利。

衛生改善。

物流統合。

しかし、その成功を支えた労働制度には明確な不平等が存在した。

工学的成果を評価することと、社会制度を検証することは両立する。

どちらか一方を消す必要はない。


10. 巨大工事を人間の側から見る

パナマ運河を機械の歴史として見れば、20世紀初頭の工学力が見える。

人間の側から見れば、別の構造が見える。

バルバドスから来た労働者。

スペインから来た労働者。

米国から来た技術者。

運河地帯で暮らす家族。

ゴールド・ロールに入る人。

シルバー・ロールに入る人。

同じ工事に関わりながら、賃金も住宅もサービスも異なる人々。

この巨大な差を含んだまま、工事は毎日進んだ。

労働力も「システム」だった

この連載では、これまで各設備をシステムとして見てきた。

衛生。

掘削。

ダム。

湖。

閘門。

鉄道。

労働力も同じである。

募集。

輸送。

契約。

給与。

住宅。

食事。

医療。

休暇。

教育。

職種配置。

人員の補充。

これらが連続して初めて、数万人規模の現場が維持される。

ただし機械システムと違い、人間には権利、家族、希望、不満がある。

効率だけを指標にすれば、ゴールド・ロール/シルバー・ロール制度の差別的な側面は見えなくなる。

巨大工事の「コスト」は金額だけではない

パナマ運河の建設費は約3億7,500万ドルとされる。

掘削量は約2億3,884万立方ヤード。

数字で工事を測ることはできる。

しかし人間側のコストは、それだけでは表せない。

病気。

事故。

家族との離別。

移住。

差別。

低賃金。

厳しい労働。

一方で、新しい収入、技能、コミュニティ、移住後の生活を得た人もいる。

労働者の経験は一つではない。

RCFで必要なのは、巨大工事を英雄物語にも被害だけの物語にもせず、資料が示す複数の現実を並べることである。


まとめ|パナマ運河を造ったのは、名前の残らない数万人でもあった

パナマ運河は、設計図だけでは完成しない。

蒸気ショベルを操作する人がいる。

発破孔をあける人がいる。

線路を敷く人がいる。

土砂を運ぶ人がいる。

コンクリートを扱う人がいる。

病院を動かす人がいる。

食事を作る人がいる。

数万人の労働が、毎日積み重なって構造物になる。

1904~1913年の建設従事者は56,307人。

そのうち31,071人が西インド諸島出身とACPは記録する。

この数字だけでも、運河建設を「米国人技術者の事業」とだけ呼ぶことが不十分だと分かる。

一方、彼らは同じ条件で働いていたわけではない。

ゴールド・ロール。

シルバー・ロール。

制度上は職種・給与体系として説明されながら、実際には人種・国籍・市民権と結びつき、住宅、学校、休暇、交通、公共施設の利用まで分けた。

National Archivesの記録は、その矛盾を当時の文書から直接示している。

パナマ運河の完成を理解するには、巨大な閘門と同じくらい、この労働制度を見る必要がある。

工学的成功と社会的不平等は、別々の歴史ではない。

同じ工事現場で同時に存在していた。

そして1914年、その長い工事は最終段階へ入る。

水がクレブラ・カットへ入り、閘門が試験され、船が運河全体を通り始める。

次の記事では、八つに分けて見てきたシステムが一つへつながる瞬間を追う。

パナマ運河は、いつ、何をもって「完成した」と言えるのか。


[1] Autoridad del Canal de Panamá — Preguntas Frecuentes

  • Organization: Autoridad del Canal de Panamá / Panama Canal Authority
  • Title: *Preguntas Frecuentes*
  • Source type: Official FAQ
  • Primary or Secondary: Secondary official summary
  • URL: https://pancanal.com/preguntas-frecuentes/
  • Claims supported:
  • 1904~1913年の建設従事者総数56,307
  • 11,873 Europeans
  • 31,071 West Indies
  • 11,000 United States
  • 69 unclassified

[2] U.S. National Archives — The Panama Canal

  • Organization: National Archives and Records Administration
  • Author: Patrice Brown
  • Title: *The Panama Canal: The African American Experience*
  • Publication: Prologue Magazine, Summer 1997
  • Source type: Archival historical analysis based on RG 185
  • Primary or Secondary: Secondary analysis with direct archival evidence
  • URL: https://www.archives.gov/publications/prologue/1997/summer/panama-canal
  • Claims supported:
  • Gold / Silver Rollの制度的区分
  • 給与、住宅、学校、図書館、交通、公共施設、休暇、年金等への影響
  • 制度運用に人種・国籍・市民権が関係したこと
  • 1906年以降の黒人従業員に関するRoll再分類
  • 黒人米国市民と制度運用の矛盾
  • skilled occupationでもSilverへ置かれた例
  • Note:
  • 記事内の歴史的差別語は原資料の引用としてのみ存在。本稿では必要以上に再掲しない。

[3] Autoridad del Canal de Panamá — Work Force

  • Organization: Autoridad del Canal de Panamá
  • Title: *Work Force*
  • Source type: Official historical statistics
  • Primary or Secondary: Secondary official statistical compilation
  • URL: https://pancanal.com/en/work-force/
  • Claims supported:
  • 年別maximum work force
  • Spain / Italy / Greece / Barbados / Martinique / Guadeloupe / Trinidad等のcontract labor statistics
  • Barbados契約労働者19,900
  • West Indies contract totals
  • Limitation:
  • 表はcontract laborersであり、米国採用者やすべての自発移住者を含む総労働人口表ではない。

[4] Autoridad del Canal de Panamá — American Canal Construction

  • Organization: Autoridad del Canal de Panamá
  • Title: *American Canal Construction*
  • Source type: Official historical narrative
  • Primary or Secondary: Secondary official history
  • URL: https://pancanal.com/en/american-canal-construction/
  • Claims supported:
  • Barbadosから約19,900人の大規模募集
  • Martinique / Guadeloupe等からの募集
  • 1907年の大量契約採用
  • Jamaicaからの公式大規模募集が制限されたこと
  • 1913-03-26の最大effective force 44,733
  • Note:
  • ACP自身の歴史叙述であり、労働条件の評価はNARA等の別資料と併読する。

[5] Autoridad del Canal de Panamá — Fuerza Laboral

  • Organization: Autoridad del Canal de Panamá
  • Title: *Fuerza Laboral*
  • Source type: Official historical summary
  • URL: https://pancanal.com/fuerza-laboral/
  • Claims supported:
  • 4万人超の従業員・家族への食料供給体制
  • 冷蔵倉庫、食品供給、Panama Railroad refrigerated cars
  • Americans / European workers / West Indian workers向けの別生活サービス
  • European mess 40 cents/day, West Indian kitchen 30 cents/day
  • Limitation:
  • 価格差を食事品質差へ自動的に換算しない。

[6] U.S. National Archives — West Indian Canal Employee Records

  • Organization: National Archives and Records Administration
  • Title: *In Celebration of 100 Years of the Panama Canal: West Indian Canal Employee Records*
  • Source type: Archival guide / institutional history
  • Primary or Secondary: Secondary guide to primary records
  • URL: https://rediscovering-black-history.blogs.archives.gov/2014/08/26/in-celebration-of-100-years-of-the-panama-canal-west-indian-canal-employee-records/
  • Claims supported:
  • Barbados / Jamaica / Grenada / Martinique / Trinidad等からの労働者
  • manual-intensive jobsへの配置
  • Miraflores Locks / Gatun Dam等での仕事
  • racial discrimination, lower-wage jobs, poorer housing
  • Sailing Lists / Labor Service Contracts等のrecord series

[7] U.S. National Archives — A Callin’ from Colón

  • Organization: National Archives and Records Administration
  • Title: *A Callin’ from Colón: Photographs of Black Employees Working on the Panama Canal*
  • Source type: Archival historical article
  • URL: https://rediscovering-black-history.blogs.archives.gov/2014/11/18/a-callin-from-colon-photographs-of-black-employees-working-on-the-panama-canal/
  • Claims supported:
  • West Indian migrationの経済背景
  • 危険・差別・生活環境を知りつつ就労へ向かったこと
  • 10 cents/hourが一部出身地で得られる農業賃金より高かったという説明
  • Limitation:
  • 一つの時点・全職種の標準賃金とはみなさない。

[8] The Canal Record — Silver wage schedule

  • Organization: War Department / Canal Zone Government
  • Publication: *The Canal Record*
  • Source type: Contemporary U.S. government publication
  • Primary or Secondary: Primary
  • URL: https://www.govinfo.gov/content/pkg/GOVPUB-W79-1b4fc6c188f4891f7d964508d8365f9a/pdf/GOVPUB-W79-1b4fc6c188f4891f7d964508d8365f9a.pdf
  • Claims supported:
  • 1909 Silver Roll hourly grade system
  • Laborer / Artisan grades with different rates
  • Silver Roll内部にも技能・責任による複数等級があったこと
  • Note:
  • 個別労働者の実受取額をこの表だけで断定しない。

[9] Smithsonian National Postal Museum — West Indian Labor

  • Organization: Smithsonian National Postal Museum
  • Title: *10-cent West Indian Labor (1951)*
  • Source type: Museum interpretation based on historical photo
  • Primary or Secondary: Secondary institutional
  • URL: https://postalmuseum.si.edu/exhibition/canal-zone-stamps-commemoratives/10-cent-west-indian-labor-1951
  • Claims supported:
  • West Indian laborersがtripod air drills等の重労働を担ったこと
  • 1912年の労働写真をもとに記念切手が制作されたこと

[10] Library of Congress — Laborers at work on the Panama Canal at the Culebra Cut

  • Organization: Library of Congress, Prints and Photographs Division
  • Title: *Laborers at work on the Panama Canal at the Culebra Cut*
  • Publisher/Copyright: The American Stereoscopic Co.
  • Date: c1904
  • Medium: stereograph
  • Source type: Primary visual source
  • URL: https://www.loc.gov/item/2003677394/
  • Digital ID: stereo 1s34960
  • Reproduction Number: LC-DIG-stereo-1s34960 / LC-USZ62-74559
  • Rights Advisory: No known restrictions on publication
  • Claims supported:
  • 07.jpgのsource identity
  • Culebra Cutで複数のlaborersが作業する視覚資料
  • Important limitation:
  • LOC recordは人物の国籍・民族・Gold/Silver区分を特定していない。画像だけから推定しない。
  • Record contains unverified old data from caption cardとの注記あり。

[11] The Canal Record — Government quarters / labor-force reporting

  • Organization: Panama Canal / U.S. Government publication
  • Source type: Contemporary official record
  • URL: https://www.govinfo.gov/content/pkg/GOVPUB-W79-026036a721139920c1d88e25d5e3d2ca/pdf/GOVPUB-W79-026036a721139920c1d88e25d5e3d2ca.pdf
  • Claims supported:
  • 後期Canal Zoneでwhite AmericansとWest Indiansのgovernment quarters居住者が別集計されていたこと
  • Limitation:
  • 後期記録を1904~1914全期間へ一律に遡及しない。

[12] University of Florida — Panama Canal Centennial / Voices

  • Organization: George A. Smathers Libraries, University of Florida
  • Title: *VOICES | Panama Canal Centennial Online Exhibit*
  • Source type: Museum/archive exhibition
  • URL: https://exhibits.uflib.ufl.edu/canal100/voices.html
  • Claims supported:
  • Gold / Silver制度が給与区分からsegregation systemへ発展したという展示解説
  • Panama Canal Museum CollectionにGold / Silver payroll records等が残ること

[13] Autoridad del Canal de Panamá — End Of The Construction

  • Organization: Autoridad del Canal de Panamá
  • Title: *End Of The Construction*
  • Source type: Official historical narrative
  • URL: https://pancanal.com/en/end-of-the-construction/
  • Claims supported:
  • 米国建設期の疾病・事故による死亡 5,609
  • フランス期は病院死亡記録中心で真の総数は不明
  • 両期間合計約25,000はGorgas推計を含む概算

[14] Autoridad del Canal de Panamá — Annual Report 2014

  • Organization: Autoridad del Canal de Panamá
  • Title: *Annual Report 2014*
  • Source type: Official annual report
  • URL: https://pancanal.com/wp-content/uploads/2021/08/annual-report-2014.pdf
  • Claims supported:
  • 56,307人の建設従事者内訳
  • 米国建設期死亡5,609
  • 西インド諸島出身労働者への公式な歴史的再評価

[15] Autoridad del Canal de Panamá — Culminación de la Construcción

  • Organization: Autoridad del Canal de Panamá
  • Title: *Culminación de la Construcción*
  • Source type: Official Spanish historical narrative
  • URL: https://pancanal.com/culminacion-de-la-construccion/
  • Claims supported:
  • 疾病・事故による死亡数を5,611とする現行別表記
  • Important:
  • 英語版・2014 Annual Reportの5,609と2人差があるため、本稿ではSOURCE CONFLICTとして扱う。

[16] U.S. National Archives — Panama Canal Personnel Records

  • Organization: National Archives and Records Administration
  • Title: *How to use Panama Canal Personnel Records at the National Archives*
  • Source type: Archival research guide
  • URL: https://rediscovering-black-history.blogs.archives.gov/2015/01/27/part-i-how-to-use-panama-canal-personnel-records-at-the-national-archives-my-grandfather-worked-on-the-panama-canal/
  • Claims supported:
  • Sailing Lists of Contract Laborers 1905–1910
  • Labor Service Contracts 1905–1913
  • Service Records等の存在
  • 個人レベルでWest Indian employeesを追跡できること

  1. 01 パナマ運河建設 1904–1914|大陸を分ける巨大運河はどう造られたのか
  2. 02 パナマ運河建設と黄熱病・マラリア|巨大工事を支えた衛生対策
  3. 03 クレブラ・カット|パナマ運河最大の掘削と地滑りとの戦い
  4. 04 ガトゥン・ダムとガトゥン湖|パナマ運河を成立させた巨大水利システム
  5. 05 パナマ運河の閘門|巨大船を持ち上げる水のエレベーターはどう動くのか
  6. 06 パナマ運河建設の鉄道物流|掘削土を運び続けた巨大輸送システム
  7. 07 誰がパナマ運河を造ったのか|労働者・賃金制度・建設現場の実像
  8. 08 パナマ運河開通 1914|SS Ancon初通航と10年に及ぶ巨大工事の完成

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