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テネリフェ空港事故当日に何が起きたのか1977年3月27日の時系列

テネリフェ空港事故当日に何が起きたのか|1977年3月27日の時系列

航空事故

1977年3月27日のテネリフェ空港事故は、最後の数秒だけを見れば単純に見える。Pan Am1736便がまだ滑走路上にいる間に、KLM4805便が離陸滑走を開始し、17時06分47.44秒に衝突した。

しかし、その36秒前にはKLM機のブレーキ解除があり、さらに約20秒前には「まだATCクリアランスがない」という副操縦士の確認があった。Pan Am機も、衝突の20秒ほど前まで「まだ滑走路を走行中」であることを管制へ伝え続けていた。

この事故の時系列を理解するうえで重要なのは、秒単位で記録された最後の数分と、それ以前の「おおよその順序」しか分からない時間帯を分けることである。FAA公開教材では16時58分以降のCVR・管制交信は秒単位で確認できる一方、Las Palmas再開以前の細かな時刻は同じ精度では示されていない。

本記事では、時刻確定/時刻近似/順序のみの3段階で、3月27日の朝から17時06分47秒までを再構成する。最後の約66秒については、FAAが公開するKLM・Pan AmのCVRと管制記録を軸に追う。

CASE FILE 02|テネリフェ空港事故特集(全7回)

この特集では、衝突の瞬間だけを切り取らない。Las Palmas空港爆破とダイバート、事故当日の時系列、1977年当時の滑走路・誘導路、霧・管制交信・乗員判断、公式事故調査、安全対策までを全7回で整理する。

  1. 第1回|テネリフェ空港事故とは?583人が死亡したジャンボ機衝突事故の全貌
  2. 第2回|なぜ2機のジャンボ機はテネリフェにいたのか|空港爆破とダイバートの連鎖
  3. 第3回|現在の記事:テネリフェ空港事故当日に何が起きたのか|1977年3月27日の時系列
  4. 第4回|テネリフェ空港事故の現場はどこ?滑走路と誘導路を地図で確認
  5. 第5回|なぜ2機のボーイング747は衝突したのか|霧・管制交信・乗員判断を分析
  6. 第6回|テネリフェ空港事故の調査報告|公式報告は原因をどう認定したのか
  7. 第7回|テネリフェ空港事故は航空安全に何を残したのか|CRM・管制用語・滑走路安全

先に確認|この時系列には3種類の精度がある

区分 意味
時刻確定 CVR・管制記録に秒単位で残る 17:06:11.08 KLMブレーキ解除
時刻近似 FAAが分単位で示す 16:56 KLMがtaxi許可を要求
順序のみ 出来事の前後関係は確認できるが、本記事で秒単位固定しない Las Palmas閉鎖→ダイバート→再開→出発準備

この区別をしないと、資料が秒単位で示していない出来事まで「○時○分」と固定してしまう。特に午前から午後の待機時間は、最後のCVR記録ほど精密な時刻を付けない。

3月26日17:29|Pan Am1736便がロサンゼルスを出発

Pan Am1736便は3月26日17時29分、ロサンゼルス国際空港を出発した。翌27日1時17分にニューヨークJFKへ到着し、給油と乗員交代を行った。

27日2時42分、Pan Am機はLas Palmasを目的地としてJFKを出発した。ここではまだTenerifeへ向かう計画はない。

3月27日09:00|KLM4805便がアムステルダムを出発

KLM4805便は3月27日9時00分、アムステルダム・スキポール空港を出発した。目的地はPan Amと同じLas Palmasだった。

2機は別々の出発地から、同じ観光地へ向かっていた。事故現場となるLos Rodeosは、本来の飛行計画に入っていなかった。

午前~午後|Las Palmasで爆発、空港閉鎖

2機がLas Palmasへ向かっている間に、同空港の旅客ターミナルで爆発が発生した。第二の爆発の可能性が警戒され、ターミナルは避難、空港は閉鎖された。

Las Palmasへ到着予定だった多数便が、代替空港へ振り分けられた。その多くがTenerife島のLos Rodeosへ向かい、通常以上の航空機が一つの空港へ集中する。

この部分は事故の背景時系列であり、本記事では爆発発生の秒単位時刻を新たに固定しない。確実なのは、両機がLas Palmasへ着陸できず、Los Rodeosへダイバートしたという順序である。

Los Rodeos到着後|5機がRunway 12側の待機エリアへ

Los Rodeosでは、ダイバート便が集中したため駐機場が混雑した。FAAの事故教材には、Runway 12側のholding areaに5機が並び、KLMとPan Amがその後方側に位置した概略配置が示されている。

KLMは待機中に乗客を降ろした一方、Pan Amは機内待機を続けた。Las Palmas再開後、前方の3機は順次出発したが、Pan Amの進路にはKLMが残った。

Las Palmas再開後|Pan Amは出発したいが動けない

Las Palmasへの運航が再開すると、Pan Am乗員は本来の目的地へ向かう準備を始めた。しかしFAAによれば、滑走路へ向かう経路は前方のKLM機によって塞がれていた。

平行誘導路側も、主エプロンの航空機混雑によって通常どおり使えない。Pan Amは「行き先が再開したのに、KLMが動くまで出発できない」状態になった。

その後|KLMが55,500Lを追加給油

KLM4805便は追加給油を行った。FAA記録では55,500リットル、約14,700ガロンで、作業には約30分を要した。

この間もPan Amは待機した。給油は公式調査の基本原因ではないが、2機の出発時刻と順番を固定する背景条件になった。

16:56|KLMがtaxi許可を要求

FAAによれば、16時56分、KLM4805便が管制塔へ地上走行の許可を求めた。その数分後、Pan Amもエンジン始動許可を求め、許可された。

ここから事故まで約11分である。16時58分以降はCVR・管制記録によって、秒単位で出来事を追える。

16:58:14.8|KLMが管制へ連絡

16時58分14.8秒、KLMはTenerife Approachへ連絡した。続いてRunway 12をbacktrackし、反対側のRunway 30から離陸したい旨を伝える。

管制とのやり取りの結果、KLMは滑走路をまっすぐ端まで進み、そこで180度旋回してRunway 30の離陸位置へ向かうことになった。この時点ではPan Amはまだ後方で出発準備中だった。

16:59:10|KLMが「滑走路上」と報告

16時59分10秒、KLMは自機が滑走路上に入ったことを報告した。その後も、どの誘導路を使うのかについて管制と確認が続く。

16時59分32.2秒、管制はKLMに対し、そのまま滑走路端まで進んでbacktrackするよう改めて指示した。

17:01:57|Pan Amが管制へ連絡

17時01分57秒、Pan Am1736便がTenerifeへ連絡する。17時02分03.6秒、Pan Amは「滑走路を進むよう指示されているが、それで正しいか」と確認した。

17時02分08.4秒、管制は滑走路へ入り、左側の「3番目」の交差路から離れるよう指示する。Pan Amは「third to the left」と復唱した。

17:02台|視界が急速に悪化

この時間帯、低い雲が空港へ入り、視界が大きく低下した。FAAは、滑走路上をtaxiする2機や駐機中の一部航空機を、管制塔から視認できない状態になったと説明している。

事故調査では、事故17分前には滑走路視程2~3kmだったのに対し、その12分後には約300mまで低下したとされる。一定した濃霧ではなく、短時間で条件が変わる視界だった。

17:02:59.9|KLMへ「滑走路端で180度旋回」

17時02分49.8秒、管制はKLMに何本の誘導路を通過したか確認した。KLMはCharlie 4を通過したと思うと答える。

17時02分59.9秒、管制はKLMに、滑走路端で180度旋回し、ATCクリアランスを受ける準備ができたら報告するよう指示した。

17:03台|Pan Amは「3番目」がどこかを再確認

Pan Amコックピットでは、管制が指定した「third intersection」がどこなのか確認が続いた。乗員は最初の出口が90度、別の出口が45度であることを見ながら数えている。

17時03分29.3秒、Pan Amは「3番目を左でよいか」と管制へ改めて確認した。17時03分36.4秒、管制は「one, two, three, third」と明確に答えた。

Pan Amは指示を理解したと応答したが、事故時点までに滑走路を離れられなかった。したがって、指示理解と実際のrunway clearは別の段階として見る必要がある。

17:03:47.6|管制は「滑走路を離れたら報告」と指示

17時03分47.6秒ごろ、管制はPan Amに滑走路を離れたら報告するよう指示する。これは重要で、管制側もPan Amがまだrunway clearではない前提で運用していたことを示す。事故直前までPan Amから「離れた」という報告はない。

17:04:58.2|滑走路中心線灯が使用不能と通知

17時04分58.2秒、管制はKLMとPan Amの双方へ、runway centerline lightingがout of serviceであると伝えた。

視界が変動していた状況で、中心線灯が使えないことは離陸可否の気象条件にも関係する。FAAは、Pan Amにはこの条件で800mの視程が必要だった例を示している。

17:05台前半|Pan Amは出口を探し続ける

17時05分22秒以降、Pan Am乗員は左側の交差路を目視しながら数え続ける。17時05分40秒には「Maybe he counts these are three」という会話が残る。

つまり衝突の約1分前でも、Pan Amはまだ滑走路上で、指定された離脱地点を探していた。この時点ではKLM側も正式なrunway clear報告を受けていない。

17:05:41.5|KLM副操縦士「まだATCクリアランスがない」

17時05分41.5秒、KLM副操縦士は機内で、まだATCクリアランスを受けていないことを指摘した。機長はそれを認め、取得するよう指示した。

17時05分44.6秒、副操縦士は管制へ、自機がready for takeoffでATC clearanceを待っていると送信する。

ここで求めているのは、まだ離陸許可そのものではなく、離陸後の経路に関するATCクリアランスである。

17:05:53.4|管制がKLMへ経路クリアランスを発出

17時05分53.4秒、管制はKLMにPapa beaconまでの経路、高度、離陸後の右旋回などを指示する。これがATC route clearanceである。この通信には「今、離陸してよい」というtakeoff clearanceは含まれていない。

17:06:09.6|KLMが経路を復唱、「at takeoff」を含む送信

17時06分09.6秒、KLM副操縦士は経路クリアランスを復唱し、最後に「we’re now at takeoff」と聞こえる表現を加えた。

FAAによれば、スペイン・米国・オランダの調査チームが最初に管制録音を一緒に聞いた際、この言葉を「いま離陸している」という意味に理解した者はほとんどいなかった。管制側も「離陸位置にいる」という意味だと受け取った可能性がある。

17:06:11.08|KLMがブレーキを解除

17時06分11.08秒、KLM4805便のブレーキが解除された。17時06分12.25秒には機長が推力確認を指示し、14秒にはエンジン加速音が記録されている。

この時点で、Pan Am1736便はまだ同じ滑走路をtaxiしている。KLMには正式な離陸許可は出されていない。

17:06:18.19|管制が「Okay」

17時06分18.19秒、管制側から「Okay」という応答が入る。事故後、この一語がなぜ返されたかが検討された。調査は、管制官がKLMの「at takeoff」を「takeoff positionにいる」という意味で理解した可能性を示しており、直後に管制は待機を指示しようとする。

17:06:20.08|TowerとPan Amの送信が重なる

17時06分20.08秒、管制はKLMへ「stand by for takeoff、こちらから呼ぶ」という内容を送信する。同じ瞬間、Pan Amも「まだ滑走路をtaxiしている」と送信した。

2つの無線が重なり、KLMコックピットでは約4秒間の甲高い干渉音が発生した。これによって、待機指示とPan Amの「まだ滑走路上」という情報が明瞭に聞こえにくくなった。

ただし、FAA掲載の事故報告は、この干渉によって通信が完全に理解不能になったとはしていない。重要情報が不明瞭になった、という位置づけである。

17:06:25.47|Tower「Pan Am、滑走路を離れたら報告」

17時06分25.47秒、管制はPan Amへ、runway clearになったら報告するよう指示する。25.59秒、Pan Amは「clearになったら報告する」と応答した。この通信はKLM側でも聞こえており、Pan Amがまだ滑走路を離れていない可能性を示す情報は、無線干渉の後にも残っていた。

17:06:32.43|KLM航空機関士が疑問を口にする

17時06分32.43秒、KLM航空機関士は「彼はまだclearではないのか」という趣旨の疑問を示した。機長が聞き返したため、34.70秒に「Pan Americanはまだclearではないのか」と再度確認する。17時06分35.70秒、KLM機長は強い調子で、すでにclearだという認識を示し、副操縦士と航空機関士からその後の反対はなかった。

公式調査は、この場面で機長の高い威信が、他の乗員がさらに異議を唱えにくくした可能性を指摘している。時系列上は、この確認が衝突前に残った最後の明確な乗員内チェックの一つだった。

17:06:35.70から衝突まで約12秒

航空機関士の最後の確認に対する機長の返答から、衝突まで約12秒しかない。KLM機はすでに高速で離陸滑走中だった。

Pan Am側はまだ誘導路へ完全に離脱できていない。視界は低い雲によって制限され、互いの機体は最後まで長時間見えていなかった。

衝突約9.5秒前|Pan AmがKLMを視認

Pan AmのCVRから、乗員が霧の中から接近するKLM機を認識したのは衝突のおよそ9.5秒前と調査された。これは独立した時計イベントではなく、CVR内容から事故調査側が算出した推定である。

Pan Am側はエンジン出力を上げ、滑走路左側へ逃れようとした。KLM側もPan Amを認識し、機首を上げて早く浮き上がろうとした。

しかし747同士がこの距離まで高速接近した後では、回避する時間も空間もほとんど残っていなかった。

17:06:47.44|衝突

17時06分47.44秒、KLM4805便とPan Am1736便が衝突した。KLM機がブレーキを解除してから約36.36秒後だった。

KLM機では248人全員が死亡した。Pan Am機では335人が死亡し、61人が生存した。合計583人が死亡する航空史上最悪の単一事故となった。

最後の66秒を一覧にする

時刻 出来事 安全上の意味
17:05:41.5 KLM副操縦士「ATC clearanceがない」と確認 まだ必要な許可が揃っていない認識
17:05:44.6 KLMがATC clearanceを要求 経路許可を待つ
17:05:53.4 Towerが経路クリアランス発出 takeoff clearanceではない
17:06:09.6 KLMが復唱、「at takeoff」を含む 意味が曖昧
17:06:11.08 KLMブレーキ解除 無許可の離陸滑走開始
17:06:20.08 Tower待機指示+Pan Am「まだ滑走路上」が同時送信 約4秒の干渉音
17:06:25.47 TowerがPan Amへrunway clear報告を要求 Pan Am未離脱を示す
17:06:25.59 Pan Am「clearになったら報告」 KLMでも聞こえる
17:06:32.43 KLM航空機関士がPan Am未離脱を疑問視 最後のクロスチェック
17:06:35.70 KLM機長がPan Amはclearとの認識を示す 離陸継続
約17:06:38 Pan AmがKLMを視認したと推定 衝突約9.5秒前
17:06:47.44 2機衝突 583人死亡

時系列を見ると「一つの誤解」ではないことが分かる

KLMがATC route clearanceをtakeoff clearanceとして受け取った、という説明だけでは、最後の約30秒を十分に説明できない。Towerの待機指示、Pan Amの「まだ滑走路上」という送信、runway clear報告要求、航空機関士の疑問が、その後も存在しているからである。

つまり、最初の認識違いの後にも離陸を止める情報は複数あった。事故は「一回聞き間違えたら即衝突」ではなく、誤解 → 通信干渉 → 再確認情報 → 乗員内疑問 → それでも継続という連鎖だった。

Pan Amの第3交差路問題を時系列で見る

17時02分08.4秒、管制はPan Amに「左の3番目」から滑走路を離れるよう指示した。その後、Pan Am乗員は何度も出口位置を確認し、17時03分29.3秒に改めて「3番目でよいか」と管制へ確認している。

17時05分台になってもPan Amは出口を探していた。公式調査は、Pan Amが第3交差路を使わなかったことを寄与要因に挙げたが、時系列上、Pan Amはrunway clearを報告していない。

したがってKLM側には、「もうPan Amが滑走路を離れた」と判断できる正式な報告は存在しなかった。

視界の悪化は何分間で起きたのか

事故調査では、衝突17分前には滑走路視程が2~3kmだったのに対し、その約12分後には300mへ低下したとされる。衝突直後には約1kmまで改善している。

これはLos Rodeosの視界が一定の霧に固定されていたのではなく、低い雲が移動して数分単位で大きく変化していたことを示す。

視界悪化によって、管制塔・KLM・Pan Amの3者は「目で確認して無線の誤解を修正する」という独立した安全手段を失った。

なぜ事故は17:06台に集中したのか

KLM側には乗務時間制限、悪化する視界、乗客の遅延などへの心理的圧力があったと事故調査は評価している。FAA掲載報告では、KLM機長はTenerife滞在中にAmsterdamの運航部門へ連絡し、乗務時間限界について確認していた。

これは「時計に間に合わせるため故意に規則違反した」と断定する材料ではない。公式調査も、心理的要因として意思決定へ影響した可能性を指摘している。

時系列を見ると、17時05~06分台には、悪化する視界の中で「早く離陸したい」という方向の圧力と、「Pan Amがまだ滑走路上かもしれない」という安全確認が衝突していた。

FACT CHECK|時系列で誤解されやすい点

主張 判定 理由
KLMは17:06:11.08にブレーキを解除した FACT FAA掲載CVR・記録
その時点でtakeoff clearanceが出ていた FALSE 発出されたのはATC route clearance
Pan Amは17:06:20ごろ「まだ滑走路上」と送信した FACT Tower送信と重なった
同時送信で全通信が完全に聞こえなくなった FALSE / 過剰表現 約4秒不明瞭になったが、後続通信は聞こえた
KLM航空機関士はPan Am未離脱を疑問視した FACT 17:06:32.43、34.70に確認
Pan Amは事故前にrunway clearを報告した FALSE 「clearになったら報告」と応答
Pan AmがKLMを見たのは衝突約9.5秒前 FACT / 調査推定 Pan Am CVRから算出
KLMの離陸開始から衝突まで約36秒 FACT 17:06:11.08→17:06:47.44
視界は事故中ずっと一定だった FALSE 2~3km→約300m→事故後約1kmと変動

事故当日の流れを一続きにすると

3/26 17:29  Pan Am ロサンゼルス発
      ↓
3/27 01:17  JFK着
      ↓
     02:42  Pan Am Las Palmasへ出発
      ↓
     09:00  KLM アムステルダム発
      ↓
Las Palmas旅客ターミナルで爆発
      ↓
第二爆発への警戒・空港閉鎖
      ↓
両機Los Rodeosへダイバート
      ↓
Las Palmas再開
      ↓
KLM給油・Pan Am待機
      ↓
16:56 KLM taxi要求
      ↓
16:59 KLM滑走路上をbacktrack
      ↓
17:02 Pan Amも滑走路へ
      ↓
視界急速悪化
      ↓
17:05:53 KLMへATC route clearance
      ↓
17:06:11 KLM離陸滑走開始
      ↓
17:06:20 TowerとPan Amの同時送信
      ↓
17:06:32 KLM航空機関士が未離脱を疑問視
      ↓
約17:06:38 Pan AmがKLMを視認
      ↓
17:06:47.44 衝突

まとめ|最後の36秒だけでは、事故の全体像は見えない

3月27日の朝、KLM4805便とPan Am1736便は、別々の都市からLas Palmasへ向かっていた。爆発による空港閉鎖でLos Rodeosへ迂回し、Las Palmas再開後も駐機混雑と給油によって出発が遅れた。

16時56分、KLMがtaxiを要求する。16時59分にはKLMが滑走路へ入り、17時02分にはPan Amも同じ滑走路を進み始める。低い雲が入り、管制塔から両機を見失う。

17時05分41.5秒、KLM副操縦士は「まだATCクリアランスがない」と確認した。53.4秒に受けたのは離陸後の経路クリアランスであり、takeoff clearanceではなかった。

それでも17時06分11.08秒、KLMはブレーキを解除した。20.08秒にはTowerの待機指示とPan Amの「まだ滑走路上」という送信が重なり、その後もPan Amが未離脱であることを示す通信は続いた。

32.43秒、KLM航空機関士がPan Amはまだclearではないのか疑問を示す。しかし離陸は止まらない。Pan Amが接近するKLMを見たのは衝突約9.5秒前で、17時06分47.44秒、2機は衝突した。

時系列から見えるのは、事故が「一回の聞き間違い」ではないことである。最後の約1分には、離陸を止め得る情報が複数存在した。次回は、その情報がなぜ伝わりにくく、Pan Amがどこから滑走路を離れる予定だったのかを、1977年当時の滑走路・誘導路配置から確認する。


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テネリフェ空港事故特集 全7回

  1. 第1回|テネリフェ空港事故とは?583人が死亡したジャンボ機衝突事故の全貌
  2. 第2回|なぜ2機のジャンボ機はテネリフェにいたのか|空港爆破とダイバートの連鎖
  3. 第3回|現在の記事:テネリフェ空港事故当日に何が起きたのか|1977年3月27日の時系列
  4. 第4回|テネリフェ空港事故の現場はどこ?滑走路と誘導路を地図で確認
  5. 第5回|なぜ2機のボーイング747は衝突したのか|霧・管制交信・乗員判断を分析
  6. 第6回|テネリフェ空港事故の調査報告|公式報告は原因をどう認定したのか
  7. 第7回|テネリフェ空港事故は航空安全に何を残したのか|CRM・管制用語・滑走路安全

出典・参考資料

本記事は、FAAが公開しているTenerife事故のCVR・管制交信記録を時系列の最優先資料として使用しています。16:58以降はFAA掲載記録の秒単位タイムスタンプを使用し、17:06:11.08のKLMブレーキ解除、17:06:20.08のTower待機指示とPan Am送信の重複、17:06:32.43のKLM航空機関士の疑問、17:06:47.44の衝突を固定しました。一方、Las Palmas爆発、Los Rodeosへの到着・待機、Las Palmas再開など、同じFAAページで秒単位の時刻が示されていない部分は、本記事独自に分単位時刻を付けず「順序のみ」としています。Pan AmがKLM機を視認した「衝突約9.5秒前」はCVRから事故調査側が算出した推定であり、独立した時計記録ではありません。視界についても「常時300m」ではなく、事故17分前2~3km、約12分後300m、事故直後約1kmと変動した調査結果を反映しています。ATC route clearanceとtakeoff clearanceを明確に分け、17:05:53.4に発出された経路クリアランスを離陸許可とは扱っていません。