あさま山荘事件を象徴する映像がある。
雪の残る山荘。
その壁へ向かって振り下ろされる、大きな鉄球。
周囲からは大量の水が噴きつけられ、機動隊員が盾の後ろで身を低くしている。
1972年2月28日。
10日間続いた籠城を終わらせるため、警察が最終突入を始めた。
後世に残った映像だけを見ると、巨大な鉄球で山荘を壊し、その穴から警察官が突入した作戦のように見える。
しかし、実際の作戦はそれほど単純ではない。
警察が解かなければならなかった問題は複数あった。
窓へ近づけば撃たれる。
玄関にはバリケードがある。
建物は斜面に建ち、進入経路が限られている。
山荘内には人質がいる。
そして犯人側は屋根裏や各所に移動しながら、銃器と爆発物で抵抗できる。
そこで警察は、一つの装備ですべてを解決しようとはしなかった。
放水。
催涙ガス。
特型車。
クレーン車。
鉄球による壁面破壊。
複数方向からの突入。
異なる役割を持つ手段を重ね、山荘の防御を一つずつ崩す作戦が組み立てられた。
この記事で分かること
- なぜ2月28日に強行突入へ切り替えたのか
- 最終作戦で警察が設定した三つの重点
- 突入前にも投降勧告を繰り返した理由
- 放水が何のために使用されたのか
- 催涙ガス弾の役割
- 特型車が何のために使われたのか
- 鉄球は本当に「決定打」だったのか
- なぜ建物を壊してまで別の進入口を作ったのか
- 複数の階・経路から進入する必要があった理由
先に結論|最終突入は「鉄球作戦」ではなく、複数の制約を崩す複合作戦だった
2月28日の作戦を整理すると、基本構造は次のようになる。
投降勧告
↓
放水・催涙ガス
犯人側の射撃・行動を妨害する
↓
クレーン・鉄球等による建物破壊
通常の入口以外に進入路を作る
↓
階段・内部移動経路を制御
犯人側の移動範囲を狭める
↓
複数箇所から機動隊が進入
↓
階ごと・区画ごとに制圧
↓
人質救出・5人逮捕
つまり、鉄球は作戦を構成した装備の一つにすぎない。
目的は山荘を派手に破壊することではなかった。
人質を巻き込まず、犯人側から撃たれにくい新しい進入経路を作り、建物内部を区画ごとに制圧すること。
そのための建物破壊だった。
なぜ2月28日に強行突入へ切り替えたのか
警察は2月19日の事件発生直後から、強行突入だけを考えていたわけではない。
包囲した。
説得した。
家族からも投降を呼びかけた。
特型車などを使って山荘へ接近し、内部の状況や人質の安否を把握しようとした。
しかし5人は投降しなかった。
人質の安否を警察が十分に確認できる方法も拒否した。
東京高裁判決によれば、2月27日までに確認された犯人側の発砲だけでも約80発に達していた。
警察官も負傷した。
一般人も撃たれた。
事件発生から9日が過ぎ、人質は長期間監禁されている。
裁判所は、警察側が人質の心身状態が極限に近づいていると判断したと認定している。
事件直後の国会報告でも、警察庁は、人質の精神的・肉体的状態が「きわめて憂慮される」状況となり、救出のためには山荘内へ立ち入らざるを得ないと判断したと説明している。
ここで警察の判断が変わった。
「投降を待つ」段階から、「こちらから入って人質を救出する」段階へ。
FACT CHECK|「10日目だから予定通り突入した」のではない
東京高裁判決と事件直後の国会報告では、人質の安否を十分確認できない状態が長期化し、人質の心身への懸念が増したことが強行突入判断の重要な要因として記録されている。
単純に「10日経過したから」という日数だけで決められたものではない。
最終作戦には三つの重点が設定された
東京高裁判決は、2月28日の強行開始に当たり、警察側が三つの重点を置いたと認定している。
- 人質救出の確保
- 犯人全員の逮捕
- 受傷事故の絶無
この三つを同時に達成しようとしていた。
特に三つ目は重要である。
警察官自身にも犠牲を出さない。
つまり、作戦目標は単に、
「建物へ突入して5人を捕まえる」
ではない。
人質を守る。
5人を生きたまま逮捕する。
そして警察側にも死傷者を出さない。
非常に厳しい条件だった。
結果として三つ目を完全に達成することはできなかった。
しかし、作戦設計時点で警察官の安全まで明確に目標へ含まれていたことは重要である。
突入直前まで投降勧告は続けられた
2月28日になったからといって、突然警察が攻撃を始めたわけではない。
東京高裁判決では、強行作戦開始前に三度の投降勧告・事前警告が行われたと認定されている。
| 時刻 | 内容 |
|---|---|
| 午前8時51分 | 投降勧告・事前警告 |
| 午前9時25分 | 再度の勧告・警告 |
| 午前9時55分 | 最後の勧告・警告 |
| 午前10時 | 強行措置決行を下命 |
国会での警察庁報告でも、午前9時に警察部隊の現場配備を完了し、警告を開始したこと、9時55分から最後の警告を繰り返したことが説明されている。
しかし山荘側は投降しなかった。
むしろ銃撃によって抵抗を続けた。
ここで、説得による終結という選択肢は事実上閉じた。
作戦1|放水で山荘側の行動を妨害する
最終突入時、最も目立つ装備の一つが放水だった。
映像を見ると、山荘へ大量の水が噴射され続けている。
放水には、単に建物を濡らす以上の意味があった。
東京高裁判決では、警察が放水と催涙ガス弾を山荘へ撃ち込み、犯人側の銃撃に対抗したと認定されている。
高圧の水を窓や開口部へ向ければ、その付近で外を狙っている人間の行動を妨害できる。
視界も悪くなる。
窓際や開口部へ長時間とどまることも難しくなる。
建物の一部を破壊・弱体化させる効果もある。
そして警察官が山荘へ接近する際、犯人側の射撃機会を少しでも減らすことができる。
つまり放水は、消火活動ではない。
突入部隊が建物へ近づくための制圧手段の一つだった。
なぜ警察は銃撃で制圧しなかったのか
相手が銃を撃ってくるなら、こちらも銃撃して窓際から遠ざければよい。
軍事的にはそう考えられる。
しかし山荘内には人質がいる。
犯人と人質の正確な位置は分からない。
壁の向こうに誰がいるかも完全には確認できない。
そのため、警察側の銃器使用には大きな制約があった。
放水は、銃弾とは異なる方法で犯人側の動きを阻害できる。
この点で、人質事件に適した制圧手段だった。
POINT|放水は「犯人を倒す装備」ではない
目的は、犯人へ致命傷を与えることではなく、外部への射撃・監視・抵抗を妨害し、警察官が接近する条件を改善することだった。
作戦2|催涙ガスで建物内部の行動を制限する
放水と同時に使用されたのが催涙ガス弾だった。
これも警察庁・裁判資料の双方で確認できる。
催涙ガスが建物内に入れば、目や呼吸器への刺激によって、犯人側が一定の場所にとどまり続けることを難しくできる。
窓や銃眼から警察を狙い続ける能力を低下させることも期待できる。
ただし、ここにも人質問題がある。
山荘内には人質もいる。
したがって、際限なく使用すればよいわけではない。
あくまで突入を支援する制圧手段の一つだった。
作戦3|特型車で「人間をむき出しにしない」
最終突入以前から、警察は特型車を使用していた。
東京高裁判決によれば、特型車を山荘へ接近させ、
- 犯人側の実態把握
- 人質の安否確認
- 山荘への偵察
を試みている。
これは、銃撃を受ける場所へ警察官をそのまま歩かせるより、防護された車両を介して接近するためである。
しかし特型車を使えば安全が保証されるわけではなかった。
犯人側は特型車の後ろから接近する警察官にも発砲した。
車両や盾自体も銃撃によって損壊した。
それでも、むき出しの警察官を直接近づけるより、防護車両を使う意味はある。
最終作戦でも、こうした車両・防護物を利用しながら部隊を山荘へ接近させた。
一般に「あさま山荘の装甲車」と呼ばれることがあるが、公式・司法資料では「特型車」という表現が確認できるため、本シリーズではそちらを基本表記とする。
作戦4|通常の入口を諦め、建物そのものに新しい入口を作る
ここが、2月28日の作戦の大きな特徴である。
普通なら、建物への突入は玄関や窓を使う。
しかしあさま山荘では、それらが犯人側に監視されている。
バリケードも築かれている。
銃眼も作られている。
警察官が「入口」へ集まれば、犯人側にとって撃つ場所が予測しやすくなる。
そこで警察が採った考え方は逆だった。
安全な入口がないなら、新しく作る。
そのために建物の壁を物理的に破壊した。
この役割を担った手段の一つが、後に有名になる鉄球だった。
鉄球は何をしていたのか
東京高裁判決では、午前10時30分過ぎごろ、警察が放水・催涙ガス弾を撃ち込みながら、
鉄球で山荘玄関付近の壁面を破壊し始めた
と認定している。
テレビ中継で繰り返し映されたのは、この作業だった。
大きな鉄球をクレーンから吊り下げ、壁へぶつける。
壁が壊れれば、警察は本来存在しなかった方向から建物内部へアクセスできる。
さらに外から内部の一部を直接確認できるようになる。
つまり鉄球の本質は、
「犯人を鉄球で攻撃すること」ではなく「山荘側が準備していない進入口を作ること」
だった。
「鉄球が事件を解決した」は正確ではない
あさま山荘事件について最も残りやすい誤解の一つがこれである。
巨大な鉄球の映像があまりにも印象的だったため、
「鉄球で壁を壊したら警察が一気に突入し、事件が終わった」
という記憶になりやすい。
実際には違う。
鉄球使用後も犯人側の銃撃は続いた。
警察官は建物内へ少しずつ進入した。
一階を制圧する。
次に二階。
さらに三階。
屋根裏。
談話室。
ベッドルーム。
区画ごとに進む必要があった。
しかもその過程で警察官2人が銃撃を受け、後に死亡する。
鉄球は突破口を作った。
しかし、突破口を作ることと、その向こう側を制圧することは別だった。
FACT CHECK|鉄球=最終兵器ではない
鉄球は山荘玄関付近などの壁面破壊に使用された。
しかし事件終結には、放水、催涙ガス、クレーン作業、複数方向からの機動隊進入、階・区画ごとの制圧が必要だった。
「鉄球一発で事件が解決した」という理解は適切ではない。
クレーン車は「壁を壊すだけ」ではなかった
事件直後の国会報告には、さらに興味深い記録がある。
警察庁によれば、午前10時47分からクレーン車による作業を開始した。
そこで最初に行ったのは、単なる外壁破壊だけではない。
三階から二階へ通じる階段を閉塞する作業が行われた。
その後、三階便所の窓や管理人室の壁などを破壊している。
これは作戦の目的を理解する重要な手掛かりになる。
犯人側が建物内部を自由に上下移動できれば、警察が一階へ入っても上階から銃撃される。
あるいは警察の進入に合わせて、人質とともに別区画へ移動される可能性もある。
そこで階段などの移動経路を制限し、犯人側の行動範囲を狭める。
外壁破壊と内部移動の遮断を組み合わせる。
建物を「一つの山荘」として攻略するのではなく、複数の区画に分けていく考え方だった。
作戦5|一か所から全員が入るのではなく、複数方向から進入する
一つの穴だけから大勢の警察官が入れば、その場所が犯人側の射撃点になる。
そのため警察は、建物の複数箇所を破壊して進入口を作った。
事件直後の国会報告によれば、三階管理人室への進入と同時に、一階、二階でも窓などを破壊して警察官が突入している。
これは人数優位を建物内部でも生かすために重要だった。
一方向だけなら、狭い通路で少人数ずつしか入れない。
複数方向から入れば、犯人側は一つの場所だけを守ることができない。
三階側
壁・窓を破壊
↓
管理人室方面へ進入
+
一階側
新たな開口部から進入
+
二階側
窓等を破壊して進入
↓
複数区画を同時並行で制圧
第5回で見た「人数優位を建物内部へ持ち込めない」という問題に対する答えの一つが、進入口を増やすことだった。
なぜ山荘を丸ごと破壊しなかったのか
壁を壊せるなら、もっと大規模に建物を破壊してしまえばよいようにも見える。
しかし山荘の中には人質がいる。
どの壁の向こうに人質がいるかを完全に把握できていない。
建物を無秩序に破壊すれば、崩落によって人質が負傷する可能性もある。
犯人側が人質を別の部屋へ移動する可能性もある。
したがって目的は「山荘を壊すこと」ではない。
警察官が必要な場所へ安全に進入できる範囲で、必要な部分を破壊することだった。
山荘の構造に対して、警察はどう答えたのか
第5回で確認した山荘側の強みと、2月28日の警察側の対策を並べると分かりやすい。
| 山荘側の条件 | 警察側の対策 |
|---|---|
| 窓・銃眼から射撃できる | 放水・催涙ガスで行動を妨害 |
| 通常の入口がバリケード化 | 壁・窓を破壊して新しい進入口を作る |
| 建物が斜面上で接近しにくい | 特型車・クレーン車等を使用 |
| 階を移動して抵抗できる | 階段など内部経路を閉塞 |
| 一方向を集中して守れる | 複数箇所から同時に進入 |
| 人質によって警察の火力を制限 | 致死的火力以外の制圧手段を組み合わせる |
こうして見ると、2月28日の作戦は「力任せ」に見えて、実際には山荘側の条件へ一つずつ対応している。
午前10時と「実際に建物が壊れ始めた時刻」は同じではない
時刻についても注意が必要である。
東京高裁判決では午前10時に強行措置の決行が下命された。
しかし、鉄球による壁面破壊が始まったのは午前10時30分過ぎごろと認定されている。
一方、事件直後の警察庁国会報告では、クレーン車による作業開始を午前10時47分としている。
資料間で記載対象や基準時点に違いがある。
したがって本シリーズでは、
「午前10時=鉄球が壁へ衝突した瞬間」
とは扱わない。
| 時刻 | おおまかな段階 |
|---|---|
| 午前9時まで | 部隊配置 |
| 午前8時51分~9時55分 | 投降勧告・事前警告 |
| 午前10時 | 強行措置決行 |
| 午前10時30分過ぎ | 放水・催涙ガス・鉄球等による破壊作業が本格化 |
| 午前11時台 | 複数箇所から突入開始 |
分単位の詳細は資料によって表現差があるため、第8回では同じ資料体系に統一して時系列を組む。
計画上は「受傷事故の絶無」だった
この作戦を後から見ると、警察官2人が殉職したことを知っている。
しかし作戦を設計した時点で、警察側がその犠牲を当然視していたわけではない。
東京高裁判決に残る重点目標の一つは、
「受傷事故の絶無」
だった。
放水。
催涙ガス。
防護車両。
壁面破壊。
複数方向からの突入。
これらは人質救出のためだけではなく、突入する警察官の被害を減らす目的も持っていた。
それでも、銃撃される建物へ人間が入る最後の段階では危険を消し切れなかった。
計画と実際の間に、最も大きな差が現れることになる。
「鉄球」だけが記憶された理由
作戦には多数の装備と部隊が投入された。
それでも一般に最も記憶されているのは鉄球である。
理由は分かりやすい。
映像として非常に強い。
巨大な鉄球が吊り下げられる。
振り子のように動く。
壁へ衝突する。
建物の一部が崩れる。
その様子がテレビで生中継された。
複雑な作戦指揮や内部配置より、一目で「突入が始まった」と分かる。
結果として、鉄球は作戦全体を象徴する映像になった。
しかし歴史的に事件を理解するときは、象徴と実際の機能を分けたほうがよい。
鉄球は事件を終わらせた象徴ではあるが、事件を単独で終わらせた装備ではない。
突入作戦をシステムとして見る
2月28日の警察作戦は、次のような多層構造だった。
第1層|最後の説得
投降すれば実力行使を回避できる
↓
第2層|遠距離からの制圧
放水・催涙ガス
↓
第3層|防御構造の破壊
鉄球・クレーン等で壁・窓を破壊
↓
第4層|内部移動の制限
階段・通路を遮断
↓
第5層|複数方向からの進入
↓
第6層|階・区画単位の制圧
↓
最終目標|人質救出+5人逮捕
この構造を見ると、事件を「鉄球対山荘」と理解することがなぜ不十分なのかが分かる。
作戦は計画どおり進んだのか
ここまでは「どう入ろうとしたか」である。
しかし、計画を実際に始めれば、犯人側も動く。
放水されれば別の場所へ移動する。
壁が壊されれば屋根裏から撃つ。
警察官が階段を上がれば、別の開口部から狙撃する。
建物内部には手製爆弾もある。
最終突入は、一方的な建物解体作業ではなかった。
警察側の作戦に対し、山荘側も銃撃と爆発物で抵抗した。
その結果、午前中の早い段階から警察官に死傷者が出始める。
一階・二階を制圧しても、事件は終わらない。
5人は三階と屋根裏を中心に抵抗を続ける。
最終的に5人が逮捕されるのは夕方になる。
そこまでには、さらに数時間の攻防が必要だった。
まとめ|鉄球は「答え」ではなく、複数ある工具の一つだった
1972年2月28日。
警察は10日間続けてきた包囲と説得から、強制的な人質救出へ移った。
背景には、人質の安否を十分に確認できない状態が長期間続き、心身への懸念が高まっていたことがある。
作戦の重点は三つ。
人質を救出する。
犯人5人を全員逮捕する。
警察官にも負傷者を出さない。
そして最後の投降勧告を行った。
それでも5人は出てこなかった。
そこで実力行使が始まる。
放水で射撃・監視を妨害する。
催涙ガスを使用する。
特型車などで警察官を防護する。
通常の入口だけに依存せず、壁や窓を破壊する。
鉄球によって新たな進入口を作る。
階段を閉塞し、犯人側の移動を制限する。
一階、二階、三階の複数方向から部隊を進入させる。
つまり最終突入とは、巨大な鉄球で建物を壊す作戦ではない。
人質、銃器、地形、バリケード、銃眼、内部移動という六つの問題を、異なる装備と部隊で一つずつ崩していく作戦だった。
しかし計画には、一つだけ解消できない問題が残っていた。
最後には、人間が山荘の中へ入らなければならない。
そしてその瞬間、外からの放水も、鉄球も、車両も完全には警察官を守れない。
2月28日午前。
機動隊員が破壊した壁の向こうへ進み始める。
そこから事件は最も激しい段階へ入った。
次回は作戦図ではなく、時計を動かす。
午前10時の実力行使開始から、夕方の人質救出・5人全員逮捕まで。
二人の警察官はいつ撃たれたのか。
一階、二階、三階はどの順番で制圧されたのか。
そして人質は、どこで発見されたのか。
最終突入の一日を時系列で追う。
CASE FILE 37|全10回
- あさま山荘事件とは何だったのか|10日間の籠城と人質救出の全体像
- なぜ連合赤軍5人はあさま山荘へ逃げ込んだのか|山岳アジト発覚から軽井沢まで
- 2月19日、あさま山荘で何が起きたのか|人質確保と籠城開始
- 警察はなぜすぐ突入しなかったのか|「人質の安全」を最優先した包囲作戦
- なぜ籠城は10日間も続いたのか|厳寒・地形・銃器・山荘構造
- 説得はなぜ成立しなかったのか|家族の呼びかけと山荘内の断絶
- 2月28日の突入作戦はどう組み立てられたのか|放水・装甲車・鉄球【現在の記事】
- 最終突入で何が起きたのか|殉職・負傷・人質救出・5人逮捕
- なぜ日本中がテレビに釘付けになったのか|生中継とカップヌードル
- あさま山荘事件は何を残したのか|裁判・警察装備・社会的記憶
今回出てきた言葉
- 特型車
- 警察が偵察・接近などに使用した防護性を持つ特殊車両。一般記事では「装甲車」と呼ばれることもあるが、本シリーズでは裁判記録に合わせて「特型車」を基本表記とする。
- 放水
- 高圧の水を山荘へ噴射する作戦。東京高裁判決では、催涙ガス弾とともに犯人側の銃撃へ対抗するため使用されたことが認定されている。
- 鉄球
- クレーンから吊り下げて山荘の壁面などを破壊するため使用された大型の鉄球。犯人を直接攻撃するためではなく、新たな進入路を作る建物破壊手段だった。
- 催涙ガス弾
- 刺激性のガスを発生させ、人間の視覚・行動を妨げる警察装備。本件では放水などと組み合わせて山荘内の犯人側の抵抗を抑制するため使用された。
- 区画制圧
- 建物全体へ一度に進入するのではなく、一階、二階、三階や各部屋などを順次警察側の支配下に置いていく方法。本記事では作戦構造を説明するための用語として使用している。
出典・参考資料
- 第68回国会 参議院地方行政委員会 第2号(1972年3月3日)
事件終結3日後の警察庁による公式報告。2月28日に強行措置へ切り替えた理由、午前9時の部隊配置、最後の警告、約1,000人の警備体制、クレーン車による階段閉塞・壁面破壊、複数階への進入について主要資料として参照。 - 東京高等裁判所 昭和57年(う)1330号判決
2月27日までの約80発の発砲、人質の状態への警察側の懸念、2月28日午前10時の強行決定、三度の投降勧告、放水・催涙ガス弾・鉄球による壁面破壊、各階への進入について主要資料として参照。 - 警察庁『昭和48年 警察白書』第7章「公安の維持」
人命尊重を第一義とした10日間の警備、銃器・爆発物への対応、人質救出・5人全員検挙、事件後の警察装備上の課題について参照。 - 警察庁『昭和63年 警察白書』
5人が10日間にわたり銃器・爆発物を使用して警察部隊と対峙し、最終的に全員検挙された事件全体の確認に参照。
鉄球について:
本記事では、鉄球を「事件を解決した決定兵器」とは位置づけていません。裁判記録では鉄球による山荘玄関付近の壁面破壊が確認できますが、それと並行して放水、催涙ガス、クレーン作業、複数方向からの警察官進入が実施されています。
「装甲車」という表記について:
記事タイトルは一般読者の検索語として「装甲車」を残していますが、本文では司法資料で確認できる「特型車」を優先しています。車種・防弾性能等を資料以上に推定していません。
時刻について:
東京高裁判決と事件直後の国会報告では、破壊作業等の細かな時刻の表現に差があります。本記事では午前10時の強行措置決行を基準とし、鉄球・クレーン作業の細部については資料ごとの時刻を無理に一本化していません。