2010年9月。
サンホセ鉱山の地上では、三台のまったく異なる掘削機が動き始めていた。
Plan A――Strata 950。
Plan B――Schramm T-130。
Plan C――RIG-421。
目的は同じだった。
地下にいる33人まで、救出カプセルが通れる大きさの穴を造る。
しかし、三つのプランは同じ方法ではなかった。
掘削機も違う。
狙う地下地点も違う。
最初に掘る孔の太さも違う。
そして、最終径まで拡大する方法も違った。
救助チームは、最も優れた一方式だけを選ばなかった。
三つを同時に走らせ、最初に安全な出口を完成させた方法を使う。
それが、33人を地上へ戻すために選ばれた戦略だった。
今回は、地下約700mへ向けて進められた三つの掘削計画と、なぜ最終的にPlan Bが救出孔になったのかを追う。
CASE FILE 32|チリ鉱山33人救出 2010(全10回)
- 第1回|チリ鉱山33人救出とは?
- 第2回|なぜサンホセ鉱山は崩落したのか
- 第3回|生存確認までの17日間
- 第4回|どうやって地下の33人を見つけたのか
- 第5回|地上と地下をどうつないだのか
- 第6回|33人の出口をどう掘ったのか|Plan A・B・C、三つの救出坑掘削作戦【現在の記事】
- 第7回|Fénix 2はどう設計されたのか
- 第8回|33人はどう地上へ戻ったのか
- 第9回|救出成功のあと何が問われたのか
- 第10回|映画『チリ33人 希望の軌跡』はどこまで実話なのか
先に結論|三つのプランは「速度」ではなく、失敗リスクを分散するために並行した
33人の救出には、最終的におよそ66~70cm級の孔が必要だった。
探査時に使った十数cmの孔では、人間を収容するFénixカプセルは通れない。
問題は、
地下600~700mまで、約70cmの孔を正確に造ること自体が簡単ではない
ということである。
掘削機は故障する。
ドリルビットは摩耗する。
孔は岩盤の中で曲がる。
途中に金属部材があれば損傷する可能性がある。
地下の目標地点から外れる可能性もある。
そのため、一つの方式だけにすべてを賭ければ、
その方式が止まった瞬間に救出日程全体が止まる。
三つのプランを並行させた最大の意味は、ここにあった。
| 計画 | 主な掘削機 | 開始 | 考え方 |
|---|---|---|---|
| Plan A | Strata 950 | 8月31日 | 鉱山用Raise Borerで細孔を掘り、後から拡径 |
| Plan B | Schramm T-130 | 9月5日 | 既存の探査孔を利用し、段階的に拡径 |
| Plan C | RIG-421 | 9月21日 | 石油掘削用大型リグで、最終径に近い孔を直接掘削 |
三つの掘削計画を断面で確認する場合は、2010年9月に公開された救出計画図を参照できる。
Plan A・B・Cの断面図を見る(Graphic News)
この外部図は当時の救出計画を整理した報道図であり、最終的なPlan Bの実孔軌跡や、地下坑道の精密測量断面を示すものではない。
Plan A|最初に始まったStrata 950
最初に本格的な救出孔掘削へ入ったのがPlan Aだった。
Codelcoの公式時系列では、掘削開始は8月31日。
使用されたのはStrata 950。
鉱山で立坑などを施工するために使われるRaise Borer系の大型掘削機だった。
目標深度は約702m。
Plan Aの基本方針は、
最初から70cmの穴を掘るのではなく、まず細い孔を到達させ、その後に拡大する
というものだった。
当時の運用では、およそ30~38cm級の孔を先に作り、それを最終的に約66~70cmまで拡大する計画とされた。
一度に巨大な孔を掘るよりも、細い孔で目標への到達を先に確定できる。
ただし、二段階施工になるため、時間はかかる。
Plan Aの弱点|702mを二度作業する必要がある
Plan Aが目標へ到達しただけでは救出孔は完成しない。
最初の孔を通した後、さらに拡径作業が必要になる。
つまり、
「地下へ到達する」工程と「人間が通れる径にする」工程が別
だった。
そして掘削によって発生した岩石は、地下側へ落下する。
そのため33人自身も、坑内へ落ちてくる大量の掘削くずを処理しなければならないと想定された。
救助される側が、救出孔施工の一部を担当する。
サンホセ鉱山救出の特徴の一つだった。
Plan B|すでにある「当たった孔」を利用する
Plan A開始から5日後。
9月5日、Plan Bが始まった。
使用されたのはSchramm T-130。
本来は深井戸などの掘削にも使われる大型エアドリルだった。
Plan Bの大きな特徴は、
ゼロから新しい軌道を狙わなかったこと
にある。
すでに地下へ到達していた探査孔をガイドとして利用する。
探査段階で一度地下までつながっている孔なら、
「この方向へ進めば本当に坑道へ届く」
ことが分かっている。
地下の目標を新たに狙うより、位置ずれのリスクを大幅に減らせる。
Plan Bも一度では70cmにしない
Plan Bでも、最初から救出カプセルが通る太さに拡大したわけではない。
既存の細い探査孔を、
まず約30cm級まで広げる。
そこから改めて、
約70cm級まで再拡径する。
二段階の拡径だった。
最初の約30cm級の孔が地下へ到達したのは9月17日。
しかしこれは、
「Plan Bが完成した日」ではない。
まだFénixは通らない。
本当の勝負は、ここから始まる拡径工程だった。
FACT CHECK|「9月17日に救出孔が完成した」は誤り
9月17日に地下へ到達したのは、Plan Bの最初の拡径段階だった。
人を地上へ運ぶためには、そこからさらに約66~70cm級まで広げる必要があった。
実際に最終径の孔が地下へ貫通したのは10月9日である。
Plan Bは順調だったわけではない|9月9日に掘削部品が破損
Plan Bは後に成功したため、
「最初から最速だった方式」
のように見える。
実際には何度も停止している。
9月9日。
約268mまで進んだ段階で、掘削用の部品が破損し、孔の中へ残った。
掘削を再開するには、まずその部品を回収しなければならない。
磁石で取り出そうとする方法も試されたが、坑内の磁鉄鉱などの影響もあり簡単にはいかなかった。
最終的には即席の回収工具まで使い、数日かけて除去した。
この時点では、
Plan Bそのものを放棄する可能性
さえ考えられていた。
だからPlan AとPlan Cを止めなかった
ここで三系統並列の意味が見えてくる。
Plan Bが故障した。
しかし救出計画全体が停止したわけではない。
Plan Aは掘削を続けている。
さらにPlan Cの準備も進んでいる。
当時、鉱業相ローレンス・ゴルボーンも、
機械には技術的トラブルが起こり得るため、複数の救出計画を持っている
という趣旨を説明している。
設備設計として考えれば、
一台停止=救出停止
という単一故障点を作らなかったことになる。
Plan C|石油掘削機で最終径を直接掘る
三番目に投入されたのがPlan Cだった。
使用されたのは大型の石油掘削リグRIG-421。
Codelcoの公式記録では、掘削開始日は9月21日としている。
この方式の最大の特徴は、
最初から約66cm級、つまり救出に使える径に近い孔を掘れる
ことだった。
Plan AやPlan Bのように、
細孔を通す。
その後で拡径する。
という二段階を省略できる可能性がある。
理論上は非常に魅力的だった。
ただし大径孔は、方向修正が難しい
孔を太くすれば、必ず有利になるわけではない。
直径が大きいほど一度に破砕しなければならない岩盤量は増える。
さらに地下数百mを掘削する間に孔が少しずつずれた場合、
大型の掘削系は方向を修正することも難しい。
Plan Cでも実際に軌道のずれが問題になった。
10月初旬、約204m付近まで進んだ段階で偏位が確認され、方向修正を行うために孔径を小さくする対応まで取られた。
最終径を一気に造れることは大きな長所だった。
しかし同時に、
大径のまま600m近く正確に狙い続ける
という難しさも抱えていた。
三つの方式を比較すると何が違ったのか
| Plan A | Plan B | Plan C | |
|---|---|---|---|
| 機械 | Strata 950 | Schramm T-130 | RIG-421 |
| 想定距離 | 約702m | 約622~630m | 約597m |
| 基本方式 | 細孔→拡径 | 既存孔→段階拡径 | 大径で直接掘削 |
| 長所 | 鉱山用として実績のある方式 | すでに到達した孔を利用できる | 後工程の拡径を減らせる |
| 弱点 | 距離が長く二段階施工 | 機器破損・拡径工程が必要 | 大型で方向修正が難しい |
地下の33人も、Plan Bの工事に参加した
Plan Bの掘削では、破砕された岩石の一部を地下側へ落とすことができた。
これは地上へ大量の掘削くずを排出する必要を減らし、掘削速度を上げる利点になる。
ただし当然、
地下側には大量の岩石が落ちてくる。
33人は交代で、その掘削くずを移動させた。
掘削担当者へ、
落ちてきた岩石の大きさ。
金属片の有無。
水や粉じんの状態。
などを伝える役割も担った。
つまりPlan Bは、
地上の掘削チームだけで完結する工事ではなかった。
地下にいる33人も施工側の一部になっていた。
なぜPlan Bが先行できたのか
最終的にPlan Bが先行した理由を、一つの要素だけで説明することはできない。
しかし構造的には大きな利点があった。
それは、
すでに地下へ届いている探査孔を利用したこと
だった。
新しい軌道をゼロから狙う場合、
「本当に地下坑道へ命中するか」
というリスクが残る。
Plan Bでは、そのリスクの大部分を探査段階ですでに消していた。
あとは、
既存経路を壊さず、必要な直径まで拡大できるか
という問題になる。
これは容易ではなかったが、目標位置そのものを探す工程を省けた意味は大きかった。
10月6日|残り約100m
10月6日。
Plan BのT-130は、最終拡径工程で約535mまで進んだ。
目標まで、約100m。
すでに事故から2か月が過ぎていた。
地上では救出カプセルFénixの準備も進み、救出チームも集結し始めている。
地下でも33人は救出に備えて運動を続けていた。
しかし、この段階でも、
孔が最後まで無事に完成する保証はない。
ドリル部品を交換するだけでも、数百m分のロッドを一度引き上げて再投入する必要がある。
最後の数十mで孔を失えば、それまでの作業が大きく後退する可能性もあった。
10月9日 8時05分|Plan Bが622m地点へ貫通した
2010年10月9日。
早朝からT-130は最終区間を掘り続けた。
掘削速度を落とし、地下側の状態も確認しながら慎重に進む。
そして午前8時05分。
Plan Bの最終径の掘削ヘッドが、深さ622mの坑内作業場へ抜けた。
地上ではサイレンが鳴った。
Plan A。
Plan B。
Plan C。
三つの方式による競争は、
Plan Bの貫通
で決着した。
FACT CHECK|622m?630m?700m?
サンホセ鉱山救出では複数の数字が使用される。
33人の位置は一般的には「地下約700m」と説明される。
一方、Plan Bが到達した坑内の作業場については622mとする記録がある。
施工計画段階の記事では約630mと表現されることもある。
これは、
- 地表からの垂直深度
- 掘削孔そのものの長さ
- 坑内のレベル
- 計画値と実到達値
が同じものではないためである。
本記事ではPlan Bの最終貫通地点について、当時の救助当局発表に基づき622mを使用する。
「穴が開いた」だけでは、まだ人を通せない
10月9日の貫通は巨大な節目だった。
しかし鉱業相ローレンス・ゴルボーンは、その時点で救出完了を宣言していない。
むしろ重要なのは、
ここから孔の安全性を確認すること
だった。
壁面が崩れないか。
大きな突起がないか。
Fénixが途中で引っ掛からないか。
鋼管で全面的に補強する必要があるか。
カメラを使って孔内を確認し、技術チームが判断した。
その結果、622m全体を鋼管で覆うのではなく、
上部96mのみを鋼管で補強する
方針が採用された。
16本の鋼管を接続し、地表付近の不安定要素を補強する。
残る526mは岩盤面をそのまま使用する。
なぜ全部を鋼管で覆わなかったのか
全面的に鋼管を入れれば安全そうに見える。
しかし622mすべてをケーシングするには時間がかかる。
さらに鋼管自体を長い孔へ確実に挿入する作業にもリスクがある。
孔内調査の結果、救助チームは下部の岩盤状態について、
全面ケーシングは不要
と判断した。
そこで危険度の高い上部約96mだけを補強する。
必要な部分へだけ対策を入れ、救出開始までの時間を短縮する。
これも、速度だけではなく、
残存リスクと追加作業リスクを比較した判断
だった。
三つ掘ったのに、使ったのは一つ。それは「無駄」だったのか
結果だけを見ると、
Plan AとPlan Cは33人の救出には使われなかった。
ならば最初からPlan Bだけに集中した方が効率的だったのではないか。
そう考えることもできる。
しかし、それは結果を知っている現在だから言えることである。
9月9日にはPlan Bの掘削部品が孔内で破損した。
その時点では、Plan Bが復旧できる保証はなかった。
Plan Cも、後に軌道ずれが発生した。
Plan Aにも機械停止や保守が必要だった。
どの方式が最初に完成するかは、開始時には分からない。
33人の生命がかかったシステムで、
「最も速そうな一方式」に全リスクを集中しなかった。
それが三計画並列の意味だった。
救出MISSIONとして見れば、Plan A・B・Cは冗長系だった
設備システムとして考えると、この構成は分かりやすい。
Plan Aが止まっても、Plan Bが動く。
Plan Bが故障しても、Plan AとCが残る。
Plan Cが軌道を外しても、AとBは進められる。
三台を動かすには、
- 人員
- 燃料
- スペアパーツ
- 設置スペース
- 地質・測量担当
- 物流
が余分に必要になる。
効率だけを見れば不利である。
しかし目的関数は、
「最小コストで穴を一本開ける」
ではなかった。
「33人の生命を失う前に、安全な出口を一本完成させる」
ことだった。
その条件では、冗長性そのものに価値があった。
10月11日|T-130を撤去し、今度は「引き上げる設備」を置く
孔が完成し、上部の補強が終わる。
すると地上側の設備構成は大きく変わる。
Codelcoの時系列では10月11日、
役目を終えたT-130が撤去された。
代わりに設置されたのは、
Fénixを上下させるための巻上げ設備とプラットフォーム
だった。
ここで作戦は、
「穴を造るフェーズ」
から、
「人間を運ぶフェーズ」
へ切り替わった。
しかし、直径約70cmの孔だけでは人は救えない
出口はできた。
だが地下622mから人間をロープだけで引き上げることはできない。
狭い孔の中で身体を保持し、
壁面との接触を抑え、
酸素を確保し、
地上と通信し、
万一途中で停止した場合には脱出できる仕組みも必要になる。
つまり次に必要なのは、
この孔を安全に通過できる「一人乗りの搬送装置」
だった。
それがFénixである。
次回|Fénix 2はどう設計されたのか
完成した救出孔は約70cm級。
そこへ入れるカプセルには、さらに厳しい寸法制約があった。
太すぎれば孔を通らない。
細すぎれば人間を安全に固定できない。
途中で回転したらどうするのか。
カプセルが止まったらどうするのか。
通信が切れたらどうするのか。
内部の人間が体調を崩したらどうするのか。
救出孔の完成によって、
次の工学問題が具体化した。
第7回「Fénix 2はどう設計されたのか|一人ずつ地上へ運ぶ救出カプセルの構造」
では、Codelco、ASMAR、NASAなどが関わった救出カプセルの設計を追う。
出典・参考資料
-
Codelco, Reporte de Sustentabilidad 2010 / Operación San Lorenzo
― Plan A・B・Cの開始日、Strata 950、T-130、RIG-421、10月11日のT-130撤去と巻上設備設置を確認。 -
Codelco, “Codelco en el rescate”
― André Sougarretを中心とした救出組織、複数案の評価、Plan B設計関係者について確認。 -
PBS NOVA / Emergency Mine Rescue
― Plan BのT-130、9月5日の開始、ドリル破損、9月17日の第一段階貫通、その後の拡径工程、10月9日の最終貫通を確認。 -
La Tercera, 2010年9~10月当時報道
― Plan A・B・Cの進捗、機械停止、Plan Cの軌道修正、10月9日8時05分のPlan B貫通を確認。 -
BioBioChile / AFP当時報道
― Strata 950、T-130、RIG-421の目標距離、孔径、故障、拡径工程を補足。 -
Cooperativa.cl
― Plan B完成後の孔内検査、上部96mのみをケーシングする最終判断を確認。
資料上の注意:
Plan A・B・Cの孔径については、30cm、33cm、38cm、66cm、70cm、71cmなど資料ごとに表現差がある。
これはインチからの換算、掘削ヘッドの公称径、実孔径、第一段階と最終段階をどこで区切るかが資料によって異なるためである。
本記事では技術思想を優先して「約30cm級→約66~70cm級」と整理した。
Plan Bの距離についても計画段階では630~632mとする資料がある一方、2010年10月9日の最終貫通は622m地点と当局が発表しているため、最終到達値は622mを採用した。
またPlan Cの開始日は、当時報道では9月19日前後から作業開始とする記録もあるが、Codelcoの2010年公式時系列では9月21日となっている。本記事では公式時系列を基準とした。