2016年4月26日、ヒルズボロの新たな検死審問は、当時の96人について「unlawful killing」という結論を出した。
陪審は、警察の試合前計画、当日の警備、指揮官の判断、Gate C開放時の対応に事故へ寄与する誤りや不作為があったと認定し、サポーターの行動については事故原因でも寄与要因でもなかったと判断した。
この結論だけを見ると、次に当然起きるのは「警察指揮官の有罪判決」のように思える。
しかし、実際の刑事裁判はそうならなかった。
当日のmatch commanderだったDavid Duckenfieldは、95人についてgross negligence manslaughterで起訴された。
2019年の最初の裁判では陪審が評決へ達せず、同年の再審では無罪となった。
事故後の警察官accounts修正に関わったPeter Metcalf、Donald Denton、Alan Fosterもperverting the course of justiceで裁判を受けたが、2021年に裁判官が「no case to answer」として審理を終了させた。
元警察幹部Norman Bettisonへの起訴は、裁判開始前の2018年に打ち切られた。
一方、Sheffield Wednesday FCのSecretary兼safety officerだったGraham Mackrellは、入場用ターンスタイルの配置に関するHealth and Safety at Work etc. Act 1974違反で有罪となった。
2012年以降の大規模再調査から刑事有罪判決に至ったのは、このMackrellの事件だった。
では、なぜ2016年に「unlawful killing」と認定されたのに、警察官は刑事裁判で有罪にならなかったのか。
それは「2016年の評決が後で否定された」からではない。
検死審問、刑事裁判、安全衛生法違反、perverting the course of justiceという各手続きが、別の人物について、別の法的問いを、別の証拠要件で判断していたためである。
第9回では、2012年以降の再調査から生まれた刑事事件を人物ごとに整理し、「誰が裁かれ、何について争われ、最終的に何が刑事責任として成立したのか」を確認する。
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ヒルズボロの悲劇 特集(全10回)
群集事故そのものだけでなく、事故以前の安全上の前兆、Leppings Lane側の構造と群集流動、警察・救急の対応、事故後の情報、2012年以降の再調査と司法判断までを資料から再構成します。
- 第1回 ヒルズボロの悲劇とは?|1989年の群集事故と36年にわたる真相究明
- 第2回 ヒルズボロでは何度も危険が起きていた|1981年の圧迫事故と見直されなかった安全性
- 第3回 1989年4月15日、ヒルズボロで何が起きたのか|入場開始から試合中止までの時系列
- 第4回 なぜ中央ペンに人が集中したのか|Gate C・トンネル・Pen 3・4を図解する
- 第5回 群集圧迫はなぜ止められなかったのか|警察指揮と救急・救助対応を検証する
- 第6回 なぜリヴァプールサポーターが責められたのか|事故後の警察説明と報道を追う
- 第7回 ヒルズボロ独立委員会は何を明らかにしたのか|2012年、過去の記録を再検証する
- 第8回 2016年のヒルズボロ評決は何を認定したのか|「Unlawful Killing」とサポーター無責任の結論
- 第9回 ヒルズボロでは誰が裁かれたのか|Duckenfield裁判と刑事責任の結末 [現在の記事]
- 第10回 ヒルズボロの悲劇は何を変えたのか|スタジアム安全改革から「Hillsborough Law」法案まで
2012年以降の再調査から、6人が刑事訴追された
2012年のHillsborough Independent Panel報告後、事故当日までを調べるOperation Resolveと、事故後の警察行動を調べるIPCC(後のIOPC)の大規模調査が始まった。
両調査は、事故以前のスタジアム安全、警察計画、当日の群集管理、救急対応だけでなく、事故後の警察官accounts修正や公的説明までを調べ、証拠をCrown Prosecution Service(CPS)へ送った。
その結果、2017年6月に6人が刑事訴追されることになった。
| 人物 | 1989年当時の立場 | 主な起訴内容 | 最終結果 |
|---|---|---|---|
| David Duckenfield | SYP Chief Superintendent/match commander | 95件のgross negligence manslaughter | 2019年再審で無罪 |
| Graham Mackrell | Sheffield Wednesday FC Secretary/safety officer | HSWA 1974違反ほか | HSWA違反で有罪 |
| Norman Bettison | SYP officer、後にChief Constable | misconduct in public office 4件 | 2018年に起訴打ち切り |
| Peter Metcalf | SYPの法務助言を担当したsolicitor | perverting the course of justice | 2021年 no case to answer |
| Donald Denton | SYP Chief Superintendent | perverting the course of justice | 2021年 no case to answer |
| Alan Foster | SYP Detective Chief Inspector | perverting the course of justice | 2021年 no case to answer |
この一覧だけでも、ヒルズボロの刑事責任を「警察対遺族」という一つの裁判として考えられないことが分かる。
事故当日の死亡について問われたDuckenfield、スタジアム入場安全について問われたMackrell、事故後の説明について問われたBettison、警察官accountsの修正について問われたMetcalf・Denton・Fosterでは、犯罪類型そのものが異なっていた。
David Duckenfield|95件のgross negligence manslaughter
David Duckenfieldは、1989年4月15日のSouth Yorkshire Policeのmatch commanderだった。
Police Control Boxから準決勝の警備全体を指揮する最高責任者の一人であり、事故原因をめぐる調査では長く中心人物となった。
2016年の新検死審問は、警察指揮官の行為・不作為がWest Terraceのcrushへ寄与したと認定し、exit gates開放時のPolice Control Boxにも事故へ寄与する誤りがあったとした。
その後Operation Resolveの証拠を検討したCPSは、Duckenfieldをgross negligence manslaughterで起訴した。
起訴は95件だった。
当時の死亡者数は96人として知られていたが、Tony Blandについては起訴されていない。
Blandは事故から約4年後の1993年3月3日に死亡している。
1989年当時の英国法には、死亡が原因行為から「一年と一日」を超えた場合、殺人・故殺として訴追できないyear and a day ruleが存在した。
このルールは1996年に廃止されたが、Duckenfieldには1989年当時の法律が適用されたため、Blandの死亡についてmanslaughter chargeを提起できなかった。
FACT CHECK|なぜ96人ではなく95件だったのか
Tony Blandが事故から1年と1日を超えて死亡したためである。
「96人目について証拠がなかった」という理由ではない。
1989年当時のyear and a day ruleによって、その死亡をmanslaughterとして訴追できなかった。
Andrew Devineは2021年に死亡したため、当然ながら2019年のDuckenfield裁判の起訴対象にも含まれていない。
2019年1月|最初の裁判は評決に達しなかった
Duckenfieldの最初の刑事裁判は2019年1月にPreston Crown Courtで始まり、Graham Mackrellの事件も同時に審理された。
Duckenfieldについて陪審は審理の末、全員一致でも多数決でも評決へ達することができなかった。
2019年4月3日、裁判はhung jury、つまり評決不能で終了した。
無罪でも有罪でもない。
刑事責任について結論が出なかった状態である。
CPSは再審を求め、裁判所はこれを認めた。
そのため同年10月、Duckenfieldは再びgross negligence manslaughterの裁判を受けることになった。
2019年11月28日|再審でDuckenfieldは無罪となった
再審は2019年10月7日に始まり、11月28日、陪審はDuckenfieldを無罪とした。
この無罪評決によって、「1989年の警察計画や指揮に問題はなかった」と2016年の検死評決が取り消されたわけではない。
刑事裁判で問われたのは、より限定された問いだった。
検察は、Duckenfield個人が死亡者に対して負っていた注意義務に重大な違反をし、その違反が死亡を引き起こし、その過失の程度がgross negligence manslaughterという犯罪を成立させるほど重大だったことを刑事裁判として立証する必要があった。
一方、Goldring Inquestsでは、事故全体について警察計画、当日警備、指揮、Gate C、スタジアム構造、救急など複数の要素を評価し、死亡がunlawful killingだったと結論づけていた。
検死審問はDuckenfield一人を刑事被告人として有罪・無罪にする手続きではない。
したがって、
「96人はunlawfully killedだった」
という2016年の結論と、
「Duckenfieldについてgross negligence manslaughterは刑事有罪と証明されなかった」
という2019年の結論は、法的には両立する。
「無罪=事故への責任がなかった」ではない
刑事裁判の無罪評決は、起訴された犯罪について刑事有罪にできないという結論である。
組織事故を理解するとき、ここを行政・検死・懲戒・刑事責任と混同しない必要がある。
2025年IOPC・Operation Resolve最終報告は、刑事裁判の結論を変更していない。
Duckenfieldは刑事法上無罪である。
その一方、最終報告は、彼が1989年の準決勝を指揮する準備・経験・引継ぎに問題を抱え、事故当日のcommand & controlでも重大な失敗があったという調査上の評価を示している。
IOPCは、もし当時の警察懲戒制度のもとで現在も手続き可能な立場だったなら、複数の点でgross misconductについてcase to answerがあったと判断した。
これは「無罪なのに実質有罪」という意味ではない。
評価制度が違う。
刑事責任、警察懲戒上の責任、事故調査上の責任は、それぞれ別に扱う必要がある。
Graham Mackrell|後年の再調査から出た唯一の刑事有罪
Graham Mackrellは、1989年当時Sheffield Wednesday FCのSecretaryであり、Hillsborough Stadiumのdesignated safety officerでもあった。
Operation Resolveは、スタジアムのSafety Certificate、Green Guide、入口配置、ターンスタイル、安全管理についてクラブと設計者の責任も調査した。
その中でMackrellは、Safety of Sports Grounds Act 1975(SSGA 1975)に関する2件と、Health and Safety at Work etc. Act 1974(HSWA 1974)に関する1件で起訴された。
SSGA 1975の2件については、裁判途中で裁判官が証拠不十分として陪審に判断させるのは適切ではないとし、審理対象から外れた。
一方、HSWA 1974の事件では有罪となった。
中心となったのは、1988年と1989年のFAカップ準決勝の間で行われたLeppings Lane側23基のターンスタイル割当変更だった。
1989年には、West TerraceとNorth West Terraceの立見チケットを持つ10,100人が、わずか7基のターンスタイルを使用する配置になっていた。
1基のターンスタイルが処理できる人数には上限があるため、この配置ではすべての観客をキックオフまでに安全に入場させることが難しく、入口外に大群衆が形成される危険を予測できたと裁判では判断された。
2019年4月3日、陪審はMackrellをHSWA 1974上の義務を果たさなかった罪で有罪とした。
5月13日、裁判所は6,500ポンドの罰金と5,000ポンドの訴訟費用支払いを命じた。
2025年IOPC・Operation Resolve最終報告は、2012年以降の調査から生じた刑事裁判について、警察官には有罪判決がなく、MackrellのHSWA違反が刑事有罪となったことを明記している。
「誰も有罪にならなかった」は誤り
ヒルズボロの刑事裁判を説明するとき、「最終的に誰も有罪にならなかった」と書かれることがある。
これは正確ではない。
David Duckenfieldは無罪。
Metcalf、Denton、Fosterはno case to answer。
Bettisonの起訴は打ち切り。
警察官について刑事有罪判決が出なかった、という意味なら正しい。
しかし、Graham MackrellはHealth and Safety at Work etc. Act違反で有罪となっている。
FACT CHECK|ヒルズボロでは「誰も有罪にならなかった」のか
誤り。
2012年以降のOperation Resolve・IOPC調査に関連する刑事裁判では、Sheffield Wednesday FCの元Secretary兼safety officer Graham MackrellがHSWA 1974違反で有罪となった。
正確には「警察官の刑事有罪判決は出なかった」とする必要がある。
Norman Bettison|4件で起訴されたが、2018年に打ち切り
Norman Bettisonは、1989年当時South Yorkshire Policeのofficerで、その後Merseyside PoliceおよびWest Yorkshire PoliceのChief Constableを務めた人物である。
2017年6月、Bettisonはmisconduct in public office 4件で起訴された。
主な論点は、ヒルズボロ事故後に自分が果たした役割や、リヴァプールサポーターの責任についての発言が虚偽だったのではないかというものだった。
しかし2018年、証拠の再検討を受け、CPSは訴追を継続しないと決定した。
特に、Bettisonが自分の役割を「peripheral」と説明したとする重要証言について、証人自身がその正確な表現をBettisonから聞いたのか確信できないとする追加証言を行ったことなどが問題になった。
2018年8月、起訴は正式に打ち切られた。
この決定はVictims’ Right to Reviewの対象となり、別のprosecutorによって再検討されたが、打ち切り判断は維持された。
したがってBettisonについては、「無罪判決」が出たわけではない。
刑事裁判そのものが開始される前に、CPSが証拠を再評価して訴追を継続しなかった事件である。
供述書修正をめぐる3人|Peter Metcalf、Donald Denton、Alan Foster
第6回・第7回で扱ったように、事故後SYP警察官のaccountsはTaylor Inquiryへ提出される前に大量に見直され、一部では警察指揮や通信、過去のPen管理について重要な記述が削除・変更されていた。
IOPCは修正作業の規模と一貫性を調べ、関係者をCPSへ送致した。
その結果、SYPへ法務助言を行っていたsolicitor Peter Metcalf、SYP Chief Superintendent Donald Denton、Detective Chief Inspector Alan Fosterの3人がperverting the course of justiceで起訴された。
裁判は2021年4月19日に始まった。
検察側の主張の中心は、Taylor Inquiryへ提出する警察官accountsを修正することで、警察に不利な内容を弱め、公的な司法手続きを誤導しようとしたのではないかというものだった。
しかし、この事件には大きな法律上の壁があった。
Taylor Inquiryは「course of public justice」ではなかった
perverting the course of justiceという犯罪が成立するには、問題となる行為が「course of public justice」、つまり司法手続きの進行を妨害する性質を持つ必要がある。
ところがTaylor Inquiryは、法令に基づく裁判・検死のような司法手続きではなく、政府によって設置されたnon-statutory departmental inquiryだった。
裁判に先立つ法的判断で、Taylor Inquiryそのものはcourse of public justiceには当たらないとされた。
したがって検察側は、
「Taylor Inquiryへ提出するaccountsを修正した」
という事実だけでは足りず、
その修正がその後のPopper Inquests、またはWest Midlands Policeによるcriminal investigationといった実際のcourse of public justiceへ影響を与える意図を持っていたことを示さなければならなくなった。
2021年5月26日、Mr Justice William Davisは、検察側がそのつながりを示す十分な証拠を提出できていないと判断した。
3人についてno case to answerとし、裁判を終了させた。
「No case to answer」は、供述書修正がなかったという意味ではない
この2021年判決は、ヒルズボロの刑事裁判の中でも特に誤解されやすい。
裁判官は、
「警察官accountsは改変されていなかった」
「すべての修正は適切だった」
「事故後の責任転嫁は存在しなかった」
と判断したわけではない。
判断したのは、起訴されたperverting the course of justiceという特定犯罪について、陪審へ事件を委ねるだけの証拠があるかどうかだった。
IOPCによれば、検察が提出した68件のamended accountsについて、裁判官は4件については、Taylor Inquiryがcourse of justiceであったなら誤導につながり得るほど重要な修正だったと考えた。
一方、残る大部分については、その犯罪を成立させる性質が認められないとした。
Metcalfが作成したdraft statementについても、証人本人へ「自分の記憶と一致する場合だけ採用するように」と明確に示されている場合、draftを作る行為自体では司法妨害にならないと判断された。
Dentonについては、修正内容の性質や範囲を認識し、積極的に関与していたことを示す十分な証拠がないとされた。
そして最終的には、Taylor Inquiryと後の検死・刑事捜査をつなぐ犯罪上必要な証拠が不足した。
FACT CHECK|2021年判決で「警察の供述書改変はデマ」とされたのか
されていない。
accountsが修正された事実自体は大量の文書で確認されている。
2021年裁判で問題になったのは、その修正が起訴されたperverting the course of justiceという犯罪を成立させるかどうかだった。
Taylor Inquiry自体がcourse of public justiceではなかったため、検察には後の検死・刑事捜査を妨害する意図とのつながりを立証する必要があり、裁判官はその証拠が不足していると判断した。
なぜ「道徳的に問題があること」と「犯罪になること」は同じではないのか
ヒルズボロの裁判を読むと、事故調査で重大な失敗が認定されているのに、刑事責任が成立しない場面が何度も現れる。
ここで必要なのが、評価の階層を分けることだ。
| 評価の種類 | 主な問い | ヒルズボロの例 |
|---|---|---|
| 事故調査 | 何が事故を引き起こし、どのシステムが失敗したか | Taylor Inquiry、HIP、Operation Resolve |
| 検死審問 | 死亡者がどのように死亡したか | 2016年 Unlawful Killing |
| 警察懲戒 | 警察職員としての行為が職務基準に反したか | 2025年IOPC case-to-answer評価 |
| 刑事裁判 | 特定被告が起訴された犯罪の全要件を満たしたか | Duckenfield、Metcalfらの裁判 |
| 安全衛生法 | 安全責任者等が法定義務を果たしたか | MackrellのHSWA 1974違反 |
事故調査では「もっと早くトンネルを閉めるべきだった」という結論が成立しても、それだけで特定個人のmanslaughterが成立するわけではない。
供述書に重大な削除があったとしても、その行為が特定の刑事犯罪の構成要件へ当てはまることを別途証明しなければならない。
刑事法は「何かがおかしかった」という一般評価を処罰する制度ではない。
誰が、どの犯罪について、どの行為をし、必要な故意・過失・因果関係があるのかを個別に立証する必要がある。
このため、大規模組織事故では「組織的な失敗は明らかなのに、個人の刑事責任は成立しない」という結果が起こり得る。
ヒルズボロはその典型例になった。
2016年のUnlawful Killingと2019年無罪は矛盾しない
第8回から続く最大の疑問を、もう一度整理する。
2016年:
死亡者はunlawfully killedだった。
2019年:
Duckenfieldはgross negligence manslaughterについてnot guiltyだった。
二つを同じ問いへの反対回答と見ると矛盾する。
しかし、実際には質問が異なる。
| 2016年 Goldring Inquests | 2019年 Duckenfield刑事裁判 | |
|---|---|---|
| 中心的な問い | 96人はどのように死亡したか | Duckenfield個人がgross negligence manslaughterを犯したか |
| 対象 | 事故全体と複数組織・複数要因 | 一人の刑事被告人 |
| 判断 | Unlawful Killing | Not Guilty |
| 意味 | 死亡は違法な人間行為・不作為を伴って生じた | 起訴されたmanslaughterを刑事有罪として立証できなかった |
したがって、2019年無罪によって2016年評決が消えたわけでも、2016年評決によって2019年の無罪を無視できるわけでもない。
両方を同時に記録する必要がある。
2025年最終報告が出ても、刑事裁判の結果は変わっていない
2025年12月2日、IOPCとOperation Resolveは最終報告を公表した。
報告は、事故前の計画、スタジアム安全、当日の指揮、救急対応、警察官accounts、責任転嫁などについて膨大な調査結果をまとめている。
この最終報告は刑事裁判をやり直す判決ではない。
Duckenfieldの2019年無罪、Mackrellの2019年有罪、Metcalf・Denton・Fosterの2021年no case to answerという司法結果はそのままである。
そのうえでIOPCは、調査から確認された警察行動の問題や、仮に当時の懲戒手続きが可能ならcase to answerがあったと判断した警察官について公表した。
つまり、最終報告の意味は「裁判で有罪にできなかった人物を別の形で有罪扱いすること」ではない。
刑事裁判では判断されなかった、または犯罪要件とは別の組織的失敗まで含め、調査記録を公的に残すことにある。
刑事責任の最終的な結末
2012年から始まった再調査と、その後の刑事手続きを最終結果だけで整理すると次のようになる。
| 対象 | 最終結果 | 注意点 |
|---|---|---|
| David Duckenfield | 2019年 not guilty | 2016年Unlawful Killing評決が取り消された意味ではない |
| Graham Mackrell | 2019年 HSWA 1974違反でguilty | ターンスタイル入場配置に関する安全義務違反 |
| Norman Bettison | 2018年 prosecution discontinued | 無罪評決ではなく、裁判前にCPSが訴追を打ち切り |
| Peter Metcalf | 2021年 no case to answer | accounts修正が存在しなかったという判断ではない |
| Donald Denton | 2021年 no case to answer | 起訴犯罪の証拠要件を満たさず |
| Alan Foster | 2021年 no case to answer | 起訴犯罪の証拠要件を満たさず |
これが、2026年時点でのヒルズボロに関する後年の刑事手続きの結末である。
結論|「責任が認められた」ことと「刑事有罪」は別だった
ヒルズボロでは、事故原因について何も分からなかったから刑事有罪が出なかったわけではない。
Taylor Inquiryは1989年に警察統制の失敗を指摘した。
2012年HIPは事故後の証拠処理と救命可能性を再検証した。
2016年新検死審問は、当時の96人がunlawfully killedだったと結論づけ、サポーターの行動が事故原因ではなかったと認定した。
2025年IOPC・Operation Resolve最終報告も、警察計画・指揮・事故後対応の重大な問題を詳しく確認した。
それでも刑事裁判では、特定人物について個別犯罪を成立させるための立証が必要だった。
Duckenfieldは再審で無罪。
供述書修正をめぐるMetcalf・Denton・Fosterはno case to answer。
Bettisonの起訴は打ち切られた。
一方で、安全責任者Mackrellについては、Leppings Lane側のターンスタイル配置に関するHealth and Safety at Work etc. Act違反が成立した。
この結果を、
「結局、誰にも責任はなかった」
とも、
「2016年に警察の犯罪が確定した」
ともまとめることはできない。
より正確には、事故と死亡に至る組織的・制度的責任は複数の公式手続きで認定されたが、それを個々の刑事犯罪として立証できた範囲は非常に限定的だった、ということになる。
そして、この「公的機関の重大な失敗が明らかになっても、遺族が事実へ到達するまで数十年を要した」という経験が、ヒルズボロの最後の論点につながる。
最終回では、Taylor Report以後のスタジアム安全改革、2025年IOPC・Operation Resolve最終報告、そして公的機関へcandourと説明責任を求める「Hillsborough Law」法案までを追う。
ヒルズボロがサッカー場の安全だけでなく、英国の公的機関そのものへ何を残したのかを整理する。
CASE FILE 15|全記事
- 第1回 ヒルズボロの悲劇とは?|1989年の群集事故と36年にわたる真相究明
- 第2回 ヒルズボロでは何度も危険が起きていた|1981年の圧迫事故と見直されなかった安全性
- 第3回 1989年4月15日、ヒルズボロで何が起きたのか|入場開始から試合中止までの時系列
- 第4回 なぜ中央ペンに人が集中したのか|Gate C・トンネル・Pen 3・4を図解する
- 第5回 群集圧迫はなぜ止められなかったのか|警察指揮と救急・救助対応を検証する
- 第6回 なぜリヴァプールサポーターが責められたのか|事故後の警察説明と報道を追う
- 第7回 ヒルズボロ独立委員会は何を明らかにしたのか|2012年、過去の記録を再検証する
- 第8回 2016年のヒルズボロ評決は何を認定したのか|「Unlawful Killing」とサポーター無責任の結論
- 第9回 ヒルズボロでは誰が裁かれたのか|Duckenfield裁判と刑事責任の結末 [現在の記事]
- 第10回 ヒルズボロの悲劇は何を変えたのか|スタジアム安全改革から「Hillsborough Law」法案まで
出典・参考資料
-
Independent Office for Police Conduct / Operation Resolve — Criminal trials that resulted from the investigations
2017年の6人の起訴、Duckenfield・Mackrell・Bettison・Metcalf・Denton・Fosterの裁判・訴追結果を確認。 -
Independent Office for Police Conduct — About the Hillsborough investigations
Duckenfieldの95件のgross negligence manslaughter、Tony Blandとyear and a day rule、Mackrell有罪の公式整理を確認。 -
IOPC / Operation Resolve — From the Hillsborough disaster to the new investigations
再調査から刑事裁判へ進んだ人物と、警察官には刑事有罪がなくMackrellがHSWA 1974違反で有罪となったことを確認。 -
IOPC / Operation Resolve — The Operation Resolve investigation
1989年ターンスタイル配分とMackrellの有罪判決の基礎となった安全上の問題を確認。 -
IOPC / Operation Resolve — Responsibilities for stadium safety
Mackrellに対するSSGA 1975・HSWA 1974の各起訴と、SSGAの訴因が証拠不足で陪審判断へ進まなかったことを確認。 -
Independent Office for Police Conduct — The trial of Mr Metcalf, Ch Supt Denton and DCI Foster
2021年のperverting the course of justice裁判、Taylor Inquiryがcourse of public justiceではなかったこと、no case to answerの理由を確認。 -
Courts and Tribunals Judiciary — R v Metcalf, Denton, Foster
2021年5月26日のMr Justice William Davisによるno case to answer rulingの原判断を確認。 -
Independent Office for Police Conduct — The charges against Norman Bettison
Bettisonの4件のmisconduct in public office起訴と、2018年のCPSによる訴追打ち切り、Victims’ Right to Review後も判断が維持された経緯を確認。 -
Independent Office for Police Conduct — Nature and scale of the amendments
警察官accountsの修正そのものが文書上確認されていることと、刑事裁判のno case to answerを区別するために使用。 -
Home Office — Determinations and findings of the Hillsborough inquests
2016年Unlawful Killing評決が刑事責任を確定するものではないこと、検死審問と刑事裁判の役割分離を確認。
本記事は、2025年IOPC・Operation Resolve最終報告、IOPCのHillsborough investigation資料、2021年R v Metcalf, Denton and Foster判決、2016年新検死審問の政府公表資料を照合して構成しています。
「unlawful killing」「not guilty」「prosecution discontinued」「no case to answer」はそれぞれ異なる法的意味を持つため、同一の「無罪・有罪」という尺度へ単純化していません。
また、Graham MackrellのHSWA 1974違反による有罪判決が存在するため、「ヒルズボロでは誰も有罪にならなかった」とは記述していません。