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前回「脱線後の現場で何が起きたのか|車両衝突・救助・多数傷病者への対応」で確認した論点を受け、この回では事故調査は何を明らかにしたのか | 2007年報告書とその後の検証について資料と証拠から何が確認できるのか。を扱う。
2005年4月25日に発生した福知山線列車脱線事故について、航空・鉄道事故調査委員会は2007年6月28日、鉄道事故調査報告書RA2007-3-1を公表した。[1]
事故から2年以上が経過していた。
報告書は、列車の運転記録、車両、軌道、ブレーキ、ATS、ダイヤ、運転士・車掌の行動、乗客の証言、シミュレーション、JR西日本の教育・管理方法などを積み上げ、事故がどのように発生したのかを再構成した。
CASE049-01から06では、その内容をテーマごとに分けて見てきた。
ここでは、一度それらを「事故調査」という枠へ戻す。
事故調査報告書は何を確定したのか。
何を「推定される」としたのか。
何を「考えられる」「可能性が考えられる」としたのか。
そして、なぜ報告書公表後に、その調査自体をもう一度検証する必要が生じたのか。
福知山線事故では、事故そのものだけでなく、事故を調べる仕組みも後に大きな問題となった。
しかし、そこで一つ注意が必要である。
調査過程に問題があったことと、2007年報告書の内容が無効だったことは同じではない。
2011年の後続検証は、情報漏えい、JR西日本による働きかけ、資料未提出などを調べたうえで、最終報告書の内容への影響は確認されなかったと評価した。
一方で、行為自体は公正であるべき事故調査への信頼を大きく損なったと厳しく批判した。
CASE049-07では、この二つを同時に扱う。
事故調査の目的は「責任追及」ではない
2007年の事故調査報告書は冒頭で、調査の目的を明確にしている。
事故の原因を究明し、事故の防止に寄与すること。
事故の責任を問うための調査ではない。
この区別は重要である。
刑事裁判や民事訴訟では、
誰に法的責任があるのか。
どの行為が違法だったのか。
誰に過失があったのか。
が問題になる。
事故調査は違う。
なぜ事故が起きたのか。
同じことを繰り返さないために何を変えるべきか。
を中心にする。
もちろん、同じ事実を刑事捜査や裁判が扱うことはある。
しかし事故調査の目的まで責任追及にしてしまうと、関係者が自分の不利益を恐れて情報を出しにくくなる。
福知山線事故の後続検証でも、事故調査と刑事捜査の関係は大きなテーマになった。
報告書の言葉には「強さ」がある
事故調査報告書を読むと、「認められる」「推定される」「考えられる」「可能性が考えられる」という表現が繰り返し出てくる。
これは単なる文体の違いではない。
事故調査では、証拠の強さに応じて表現を変えている。
後の運輸安全委員会資料では、概ね次のように整理されている。
断定できる場合は「認められる」。
断定できないが、ほぼ間違いない場合は「推定される」。
可能性が高い場合は「考えられる」。
可能性がある場合は「可能性が考えられる」。
福知山線事故を正確に読むには、この4段階を崩さないことが必要になる。
たとえば、
「事故列車が事故曲線へ約116km/hで進入した」
という事実と、
「運転士管理方法が運転士の注意状態に関与した可能性が考えられる」
という分析は、同じ証拠強度ではない。
どちらも報告書に書かれているからといって、同じ「確定事実」として並べてはいけない。
報告書が示した事故の中心線
2007年報告書の原因記述の中心は明確である。
事故列車は、運転士のブレーキ使用が遅れたため、制限速度70km/hの右曲線へ約116km/hで進入した。
その結果、1両目が左へ転倒するように脱線し、続いて2両目から5両目が脱線したものと推定された。
これが事故発生の物理的な中心線である。
CASE049-02で確認したように、事故調は実車に近い車両モデルを用いたシミュレーションも行い、速度超過による遠心力で1両目が外側へ傾き、転覆方向へ進む挙動を検証した。
ここは後の検証でも大きく覆っていない。
つまり、福知山線事故について後年さまざまな論争や問題が出たからといって、「なぜ脱線したのかが分からなくなった」わけではない。
なぜブレーキ使用が遅れたとされたのか
事故調は次に、その一段前を見る。
なぜ必要な地点でブレーキを使わなかったのか。
報告書は、運転士の注意が運転からそれていたことによるものと考えられるとした。
その注意逸脱には、
車掌と輸送指令員との交信へ特段の注意を払っていたこと。
自分の失敗について言い訳を考えていたこと。
が関係したものと考えられると整理した。
さらに、交信内容をメモしようとしていたことが関与した可能性も示した。
ここでは、運転士本人が事故で死亡しているという大きな制約がある。
本人へ「何を考えていたのか」と確認することはできない。
だから事故調は、
運転記録。
車掌の口述。
輸送指令員の記録。
過去の行動。
会社制度。
を組み合わせて認知状態を推定した。
この部分は、車両速度のように直接記録された物理データより不確実性が大きい。
だから言葉も慎重になる。
日勤教育はどう書かれたのか
福知山線事故の社会的な議論では、「日勤教育」が極めて大きく扱われた。
しかし事故調査報告書は、「日勤教育が事故の直接原因だった」と単純に結論づけてはいない。
報告書は、本件運転士が停止位置行き過ぎなどに対して日勤教育を受けていたこと、その内容に精神論的なレポートが多く、実践的な運転技術教育が少なかったことを分析した。
そのうえで、
運転士が車掌と輸送指令員との交信へ注意を向けたり、自分の失敗について言い訳を考えたりしていたことに、日勤教育や懲戒処分等を行うJR西日本の運転士管理方法が関与した可能性が考えられる
とした。
「可能性が考えられる」である。
CASE049-03と05で、この表現を強くしなかった理由がここにある。
ATSについては比較的強い結論が示された
事故調査は、事故曲線に曲線速度照査機能がなかったことも重要な安全上の問題として扱った。
CASE049-04で確認したように、事故当日の福知山線ではATS-SWが使われていた。
事故列車にはATS-P車上装置もあったが、福知山線のATS-Pはまだ使用開始前だった。
事故曲線には、速度超過を自動的に検出して減速させる曲線速度照査機能が働いていなかった。
後の運輸安全委員会による解説では、事故調査報告書は、事故曲線でATS曲線速度照査機能が使用開始されていれば、事故の発生は回避できたものと推定されるとしたことが整理されている。
ここでは「可能性が考えられる」より強い。
事故の物理条件と、速度照査機能が果たす役割の関係が比較的明確だからである。
報告書は「運転士一人」で終わっていなかった
事故調査報告書の「原因」部分だけを短く読むと、運転士のブレーキ遅れが中心に見える。
しかし報告書全体には、そこから外側へ広がる分析が含まれている。
ダイヤ。
停止位置行き過ぎ後の報告。
運転士管理。
日勤教育。
ATS。
曲線の線形変更。
安全管理。
過去のインシデント。
それらが事実・分析・所見として記載されている。
2011年の検証報告書は、この点について、「事故原因」をどこまで広く捉えるべきかという方法論そのものを議論した。
一つの操作ミスだけでなく、その操作ミスを生み、または重大事故へ拡大させた組織的・構造的要因まで事故調査が踏み込む必要があるのではないか。
福知山線事故の後、運輸安全委員会の事故調査はその方向へ改善を進めることになる。
2009年、事故調査そのものへの疑念が生じた
2007年に最終報告書が出てから約2年後、重大な問題が明らかになった。
福知山線事故の調査過程で、当時の航空・鉄道事故調査委員会の委員が、JR西日本側からの働きかけに応じ、調査状況などの情報を漏えいしていたことが判明した。
事故調査機関は、事故を起こした事業者から独立し、公正・中立でなければならない。
その委員が調査対象となる企業側と接触し、非公開の情報を伝えていた。
結果として報告書の文章が変わったかどうか以前に、事故調査への信頼を大きく損なう問題だった。
運輸安全委員会自身も、後の会見で、この問題によって事故調査に対する国民の信頼を大きく失墜させたと認めている。
検証メンバーには遺族・被害者も参加した
情報漏えい問題が明らかになった後、運輸安全委員会は、福知山線事故調査報告書そのものの信頼性を検証することにした。
検証には学識経験者だけでなく、事故の遺族・被害者も加わった。
検証対象は単に「情報が漏れたか」だけではなかった。
JR西日本による事故調委員への働きかけ。
事故調委員による情報漏えい。
JR西日本から事故調へ提出されなかった資料。
JR西日本社長から委員への再考・修正要請。
そして、これらが最終報告書へ影響したかどうか。
さらに、事故調査報告書全体の信頼性と、今後の事故調査制度のあり方まで対象になった。
検証は関係者ヒアリングだけではなく、当時の委員会審議の音声記録、事故調査資料、未提出資料、運輸安全委員会側の説明資料、運転士アンケートなどを用いて行われた。
2007年報告書と2011年検証は「同じ調査」ではない
ここを分けておくと、後続検証の意味が理解しやすい。
2007年の事故調査報告書は、2005年4月25日に起きた列車脱線事故そのものを対象にした。[1]
車両はどう動いたのか。
軌道はどうなっていたのか。
運転士はどのような操作をしたのか。
ATSは何をしていたのか。
何が事故発生に関与したのか。
そして再発防止のため何を改善すべきか。
これを明らかにするのが2007年調査である。
一方、2011年の検証は、列車事故をゼロから再調査して新しい物理原因を探すことだけを目的にしたものではない。
主な対象は、2007年報告書を作る過程だった。
事故調委員とJR西日本側の接触。
情報漏えい。
未提出資料。
修正・再考要請。
それらが最終報告書へ影響したか。
さらに、そうした問題を許した事故調査制度をどう改革するか。
この違いがある。
だから2011年検証で「最終報告書への影響なし」と評価されたことは、2007年報告書をもう一度最初から作り直したという意味ではない。
当時の審議音声、関係資料、ヒアリング、未提出資料、運転士アンケートなどを用いて、報告書が不当な働きかけによって歪められていないかを検証したのである。
また、そこで新たに浮かび上がった制度上の問題を、今後の事故調査の改善へつなげた。
この二段構造を理解すれば、
「調査過程に不祥事があったから2007年報告書は無効」
という理解も、
「最終報告書への影響がなかったから不祥事は問題ではない」
という理解も、どちらも不十分だと分かる。
未提出資料は報告書を変えたのか
検証で問題になった一つが、ATS-P導入に関係するJR西日本内部資料の一部が事故調へ提出されていなかったことだった。
ATS-Pの整備時期や、過去の曲線速度超過事故に対する会社の認識は、福知山線事故の背景を分析するうえで重要である。
もし重要資料が意図的に隠され、それによって事故調が事実を誤認していたなら、報告書の信頼性に直接影響する。
検証メンバーは、未提出資料の内容と、事故調が別経路ですでに入手していた資料を比較した。
その結果、問題となったATS-P関連資料の一部については、同等の情報を事故調が鉄道局からすでに入手していたことなどから、未提出による調査報告書の内容への影響はなかったものと考えられると評価した。
これは「資料を提出しなくても問題ない」という意味ではない。
調査対象者が求められた資料を完全に提出することは当然である。
問題行為そのものと、最終報告書へ実際に影響したかどうかを分けて評価した結果である。
社長からの修正要請は報告書を変えたのか
もう一つ大きな問題になったのが、JR西日本の山崎正夫社長から事故調委員への働きかけだった。
検証報告では、山崎社長の要請を受けた委員が、事故調査報告書の審議で修正意見を述べたことが確認された。
しかし、審議音声を検証した結果、その修正意見は採用されなかった。
また、最終報告書にも、その委員の発言に基づく修正は行われていなかった。
そのため検証メンバーは、調査報告書の内容への影響はなかったと判断した。
ただし、同じ箇所で検証報告は、そのような行為は結果の如何を問わず、公正であるべき事故調査活動を歪めたものとして到底容認できない、と厳しく評価している。
ここでも二つを同時に見る必要がある。
最終報告書の結論は変えられていなかった。
しかし、調査対象企業の社長から委員へ働きかけがあり、委員がそれを受けて審議で発言したという行為自体は重大だった。
「最終報告書への影響なし」は「調査に問題なし」ではない
2011年の検証結果は、しばしば「報告書に影響はなかった」という一文だけで紹介される。
しかし、それだけでは検証の意味を取り違える。
確かに、情報漏えい、未提出資料、修正要請について、最終報告書の内容がそれによって変更されたという影響は確認されなかった。
運輸安全委員会も後の会見で、最終報告書への影響はなかったことが確認されたとしている。
一方で、事故調査制度そのものには改善すべき重大な問題があるとされた。
調査の透明性。
委員の倫理。
調査対象者との接触。
被害者・遺族への情報提供。
事故原因の捉え方。
組織的・構造的要因へどこまで踏み込むか。
報告書の分かりやすさ。
事故調査と刑事捜査の関係。
これらが改革対象になった。
つまり検証は、2007年報告書を全面否定したのではない。
報告書の中身への直接的な改変は確認されなかったが、その報告書を作る制度とプロセスには改善が必要だったという結論に近い。
なぜ「分かりやすい報告書」まで問題になったのか
2011年の検証では、事故調査報告書の文章そのものについても議論が行われた。
専門的な事故調査報告書は、技術者や鉄道事業者にとって必要な情報を含む。
その一方で、事故の遺族・被害者や一般の読者にとって、専門用語や複雑な記述が理解しづらいという問題がある。
運輸安全委員会は福知山線事故について、検証メンバーの意見を踏まえ、事故調査報告書の内容を一般向けに解説する資料も作成した。
その解説では、
事故調査報告書は事故再発防止の専門資料であると同時に、
遺族・被害者や一般市民が事故の状況と原因を知るための公的な記録であり、
後世へ残す歴史的記録でもある、
という考え方が示されている。
福知山線事故後の調査制度改革は、「正しい結論を出す」だけでなく、「その結論を社会へどう説明するか」まで含むようになった。
事故原因をどこまで広げるべきか
2011年検証の重要な論点の一つが、事故原因の捉え方だった。
直接の引き金だけを見るのか。
その引き金を生み出した人間の認知まで見るのか。
さらに、その認知に影響した教育・管理制度まで見るのか。
設備投資や経営判断まで見るのか。
福知山線事故では、この層が非常に深い。
事故を最も狭く捉えれば、
運転士のブレーキが遅れた。
で終わる。
もう一段広げれば、
オーバーラン後の交信や言い訳に注意が向いた。
となる。
さらに広げれば、
ミスを小さく報告しようとする運転士管理・報告文化。
曲線速照がないATS。
余裕の少ないダイヤ。
速達化と安全対策を別々に検討した意思決定。
という話になる。
2011年の検証は、事故再発防止のためには、個人のエラーだけでなく組織的・構造的な要因をより深く調べる必要があるという方向を示した。
報告書は「完全な真実」ではなく、その時点の証拠評価である
事故調査報告書を読むとき、もう一つ重要なのは、報告書を「全てが絶対確定した最終真実」と見ないことである。
事故調査は、その時点で入手できる証拠、記録、口述、技術解析を基に最も合理的な説明を作る。
だから、証拠が直接ある部分と、推定・可能性に基づく部分が混在する。
福知山線事故では、運転士本人の口述が得られない。
事故直前の認知状態にはどうしても推定が入る。
一方、列車速度、軌道条件、ATS構成など、客観的記録や設備資料で確認できる部分も多い。
事故調査の価値は、不確実な部分を無理に断定することではない。
どこまで分かり、どこから先が推定なのかを明示することにある。
その意味で、「推定される」「考えられる」「可能性が考えられる」という言葉は、弱さではない。
証拠の限界を明示するための重要な仕組みである。
後続検証で報告書の結論は覆ったのか
結論から言えば、事故の基本的な原因構造が2011年検証で覆されたわけではない。
約116km/hでR304の曲線へ進入したこと。
ブレーキ使用が遅れたこと。
速度超過に起因する遠心力で1両目が転覆方向へ脱線したこと。
曲線速度照査がなかったこと。
事故調が示したこれらの基本線は維持された。
2011年検証が大きく変えたのは、事故の物理的原因ではなく、
事故調査の公正性をどう担保するか。
調査対象企業との関係をどう管理するか。
未提出資料をどう防ぐか。
被害者・遺族をどう調査制度へ位置づけるか。
組織要因へどこまで踏み込むか。
報告書をどう社会へ伝えるか。
という「事故を調べるシステム」の側だった。
調査への信頼は、結果だけでは守れない
福知山線事故の検証が示した最も重要な教訓の一つは、公正な調査は「最終的に正しい結論が出た」だけでは足りないということだ。
調査対象企業と委員が非公開で接触する。
調査中の情報が漏れる。
提出すべき資料に欠落がある。
修正要請が委員へ伝わる。
結果として最終報告書が変わらなかったとしても、それらが明らかになれば、社会は「本当に影響がなかったのか」と疑う。
だから事故調査には、
実際に公正であること。
外から見ても公正だと確認できること。
の両方が必要になる。
2011年の検証後、運輸安全委員会は透明性向上、情報発信、被害者対応、委員倫理、業務改善などを進めた。
福知山線事故は、鉄道安全だけでなく、事故調査機関自身の制度改革にもつながった。
事故調査は何を明らかにしたのか
CASE049-07の問いへ戻る。
2007年事故調査報告書は、事故列車が制限70km/hのR304曲線へ約116km/hで進入し、速度超過による遠心力で1両目が左へ転倒するように脱線したという事故の中心線を示した。[1]
ブレーキ使用が遅れたのは、運転士の注意が運転からそれたことによるものと「考えられる」とした。
その注意逸脱に、交信、言い訳、運転士管理方法がどのように関与したかについては、さらに慎重な証拠強度を用いた。
曲線速度照査機能が使用開始されていれば、事故は回避できたものと「推定される」とした。
そして2011年の検証は、事故調査過程に情報漏えい、働きかけ、資料未提出などの重大な問題があったことを確認した。
しかし、それらによって2007年最終報告書の内容が変更されたという影響は確認されなかった。
同時に、事故調査制度そのものについて、透明性、被害者対応、組織要因の分析、情報発信、倫理などを改善する必要があると提言した。
つまり福知山線事故では、
列車事故の原因を調べる調査。
そして、その調査が信頼できるものだったかを調べる検証。
という二重の調査が行われた。
その結果、事故の基本的な原因構造は維持された一方、事故調査の仕組みは変わることになった。
次回CASE049-08では、最後に事故後20年以上の変化を追う。
ATS。
安全マネジメント。
ヒューマンファクター。
リスクアセスメント。
事故現場の保存と継承。
2005年の事故を受けて、何が制度・設備・組織文化として変わり、現在まで何が続いているのか。
CASE049を「事故の記録」から「事故後の安全」へ閉じる。
FACT CHECK|出典・参考資料
JR福知山線脱線事故|なぜ列車は制限速度を超え、曲線で脱線したのか 第7回 全8回 全8回を見る
- 01 JR福知山線脱線事故で何が起きたのか|2005年4月25日の5418Mを追う
- 02 JR福知山線脱線事故|なぜ列車は曲線で脱線したのか|R304・70km/h・約116km/hを読み解く
- 03 JR福知山線脱線事故|なぜブレーキ操作は遅れたのか|伊丹駅オーバーランから事故まで
- 04 JR福知山線脱線事故|ATSはなぜ事故を止められなかったのか|ATS-SWとATS-P、速度照査の空白
- 05 JR福知山線脱線事故|事故の背景に何があったのか|ダイヤ・日勤教育・報告制度・安全管理
- 06 JR福知山線脱線事故|脱線後の現場で何が起きたのか|車両衝突・救助・多数傷病者への対応
- 07 JR福知山線脱線事故|事故調査は何を明らかにしたのか|2007年報告書とその後の検証
- 08 JR福知山線脱線事故|福知山線事故後、鉄道安全はどう変わったのか|ATS・安全管理・事故継承