THE QUESTION
なぜ列車は曲線で脱線したのか | R304・70km/h・約116km/hを読み解くについて、この回が担う固有の論点は何か。
STORY SO FAR
前回「JR福知山線脱線事故で何が起きたのか|2005年4月25日の5418Mを追う」で確認した論点を受け、この回ではなぜ列車は曲線で脱線したのか | R304・70km/h・約116km/hを読み解くについて、この回が担う固有の論点は何か。を扱う。
2005年4月25日、JR福知山線の快速5418Mは、尼崎駅手前の右曲線へ約116km/hで進入した。[3]
その曲線の制限速度は70km/h。半径は304mだった。
CASE049-01では、9時18分54秒ごろに1両目が左へ転倒するように脱線し、続いて2両目から5両目までが脱線したという事故の時間軸を確認した。
では、なぜ「116km/hでR304の曲線へ入る」ということが、あれほど大きな脱線につながったのか。
ここで注意したいのは、「速度超過=即脱線」という単純な式では説明できないことである。
鉄道車両が曲線を走るときには、車両を曲線外側へ押し出そうとする力と、それに対抗する重力、レールの高低差であるカント、車体・台車・空気ばねの動き、車輪とレールの接触、乗客の質量移動などが同時に作用する。
事故調査では、単に「速かったから」と結論づけたわけではない。
事故現場の軌道形状を測り、207系車両の実測値を使い、空気ばねや台車の動きをモデル化し、乗客の重心移動まで含めた脱線シミュレーションが行われた。
その結果、1両目の脱線は、速度超過によって生じた大きな遠心力により、車体が曲線外側、つまり進行方向左側へ傾き、転倒するように脱線したものと解析された。
CASE049-02では、この「転倒するような脱線」がどう起きたのかを、事故調査報告書の技術解析に沿って追う。
運転士がなぜブレーキを遅らせたのかはCASE049-03、ATSがなぜ止めなかったのかはCASE049-04、組織的な背景はCASE049-05で扱う。
ここでは車両と軌道の物理に集中する。
事故曲線は「半径304m」だった
鉄道の曲線は、一般に半径が小さいほど急になる。
直線は半径が無限大の曲線と考えることができる。そこから半径が小さくなるほど、同じ速度で走ったときに車両を曲線外側へ押し出そうとする作用は強くなる。
事故現場の円曲線は半径304mだった。
事故調査報告書によれば、事故現場付近の軌道は軌間1,067mm、50kgNレール、PCまくら木を使用したバラスト軌道で、半径304mの円曲線には97mmのカントが設けられていた。
さらにスラックは10mmだった。
カントとは、曲線で外側のレールを内側より高くする高低差である。
道路のバンクと似た役割を持つ。
列車が曲線を通ると、慣性のため車体は曲線外側へ移ろうとする。そこで外側レールを高くして車両全体を曲線内側へ傾けることで、車両と乗客が受ける横方向の作用を小さくする。
ただし、どんな速度でもカントだけで遠心力を打ち消せるわけではない。
ある半径と速度に対し、遠心力と重力の合力がレール面にほぼ直角になるカントを「均衡カント」という。
事故調査報告書によれば、このR304m曲線を70km/hで走る場合の均衡カントは135.4mmだった。
実際のカントは97mmなので、その差であるカント不足量は38.4mm。
これは207系について設定されていた許容カント不足量60mm以内だった。
つまり、70km/hで走ることを前提とすれば、この曲線のカント設定自体が異常だったわけではない。
事故調査でも、事故前の軌道検査結果や整備後の検査に、脱線原因となるような異常は確認されていない。
ここは重要である。
事故は「壊れた線路へ高速で進入した」事故ではない。
通常の速度条件を前提に管理されていた曲線へ、列車が大幅な速度超過で進入した事故だった。
70km/hと116km/hでは、横方向の作用はどれほど違うのか
曲線を走る物体に必要な向心加速度は、単純化すると
v² / R
で表される。
vは速度、Rは曲線半径である。
ここで重要なのは、速度が2倍になれば横方向の作用も2倍になるのではなく、速度の二乗に比例して増えることだ。
事故曲線のR=304mに対して単純計算すると、
70km/hは約19.4m/sなので、v²/Rは約1.24m/s²。
116km/hは約32.2m/sなので、約3.42m/s²となる。
つまり、カントや車体の傾きなどをいったん無視した単純な比較でも、116km/h時の曲線通過に必要な横方向加速度は70km/h時の約2.75倍になる。
これは事故調査報告書がそのまま示した「転覆限界値」ではない。
カント、車体重心、台車、空気ばね、乗客移動などを省略した説明用の比較である。
しかし、「46km/hオーバー」という数字だけを見るより、なぜ速度差が重大だったのかを理解しやすい。
列車にとって70から116への増加は、横方向の作用が46/70だけ増えたという話ではない。
曲線運動では、速度の増加が二乗で効いてくる。
カント97mmは116km/hを前提にしたものではない
事故曲線には97mmのカントがあった。
それなら、車両は傾いているので高速でも曲がれたのではないか、と考えることもできる。
しかし、カントには設計上の前提速度がある。
事故調査報告書の数値から分かるように、70km/h走行時ですら均衡カントは135.4mmで、実際の97mmより38.4mm大きい。
つまり70km/hでも、遠心力を完全に相殺する設定ではない。
その不足分を、車両が安全に走行できる範囲として許容している。
ところが速度が116km/hまで上がれば、必要となる均衡カントは70km/h時よりはるかに大きくなる。
レールの高低差はその瞬間だけ大きくなるわけではない。
97mmのままである。
その結果、曲線外側へ向かう作用をカントでは吸収しきれなくなる。
事故調査の図では、この曲線の「均衡速度」は約59.25km/hとして示されている。
これはカント97mmだけで遠心力と重力の合力がレール面に直交する目安の速度である。
もちろん均衡速度を超えた瞬間に脱線するわけではない。
鉄道車両には一定のカント不足を許容して走れる範囲があるからだ。
70km/h制限は、その安全性、乗り心地、線路条件、車両性能などを踏まえて設定されている。
問題は、5418Mがその制限を少しだけ超えたのではなく、約116km/hで曲線へ入ったことだった。
「外側へ飛び出した」のではなく、車体が左へ傾いていった
事故曲線は右曲線だった。
列車が右へ曲がるとき、車体には曲線外側、つまり進行方向左側へ向かう作用が生じる。
事故調査報告書の原因記述では、1両目は左へ転倒するように脱線したとされている。
ここでいう「転倒するように」が重要である。
鉄道の脱線には複数のタイプがある。
たとえば、車輪のフランジがレールへ乗り上がる「乗り上がり脱線」、軌間が広がって車輪が内側へ落ちる「軌間内脱線」、線路上の障害物へ乗り上げる脱線などがある。
しかし福知山線事故の1両目について、事故調査が示した主要なメカニズムは、速度超過による大きな遠心力で車体が曲線外側へ傾き、車輪荷重のバランスが崩れ、転覆する方向へ進んだというものだった。
車体が外側へ傾けば、曲線内側、つまり右側の車輪にかかる荷重は減る。
反対に外側、左側の車輪側へ荷重が偏る。
さらに傾きが大きくなると、内側車輪がレールから浮き上がる方向へ進む。
そして車体全体の重心とレールから受ける支持力の関係が崩れていけば、車体を元へ戻すモーメントより外側へ倒そうとするモーメントが大きくなる。
事故調査では、この過程を車両運動シミュレーションで確認している。
事故調査は「207系」を詳細にモデル化した
脱線の原因を検証するには、単純な質点モデルだけでは足りない。
鉄道車両は、車体がそのまま車輪の上に載っているわけではない。
車体の下には台車があり、台車には輪軸がある。
車体と台車の間には空気ばねなどの懸架装置がある。
曲線へ入ると、これらがそれぞれ動く。
そこで事故調査では、事故車両である207系の1両目と2両目について、かなり詳細な車両モデルを構築した。
報告書には、台車の左右動・上下動のストッパ、空気ばねの異常上昇止め、非線形ばね・ダンパ、高さ調整弁、差圧弁などをモデル化したことが記載されている。
車輪も理想化された円盤ではない。
実際の修正円弧踏面形状を用い、事故車両で実測された車輪径も反映した。
1両目の車輪径は786mm、2両目は783mm。
さらに、空車状態での車体重心の前後・左右の偏りも考慮された。
つまり「R304を115km/hで走らせたらどうなるか」という単純計算ではなく、実際の事故車両に近い運動特性を再現しようとした。
乗客の移動までモデルに入れた理由
事故調査のシミュレーションで特徴的なのは、立っていた乗客の重心移動まで考慮したことである。
列車が急な曲線へ高速で入れば、車内の乗客も曲線外側へ動く。
乗客は車体に固定された荷物ではない。
立っている人は、横方向の作用を受ければ姿勢を保とうとしながら移動する。
その人々の質量が車体の外側へ移れば、車両全体として見た重心位置にも影響する。
事故調査では、死傷者数などを基に乗車人数を推定し、1両目は93人、2両目は133人として計算した。
座っていた乗客の重心は左右に移動しないと仮定し、立っていた乗客の重心移動をモデル化した。
115km/hの場合、1両目の立位乗客の重心移動量は、計算条件上、1.88秒後で21.3cm、4秒後には48.9cmとされた。
もちろん、全員が同じように滑って移動したという意味ではない。
人体を一人ずつ再現したものでもない。
多数の乗客がいる車両全体について、横方向の質量移動が車体運動へ与える影響を近似するためのモデルである。
この扱いが示しているのは、転覆脱線を考える際に、車両重量だけ見ればよいわけではないということだ。
実際に走っていた営業列車には乗客がいた。
その質量と移動も、事故時の動力学の一部になる。
軌道も「理想的なR304」だけではなかった
シミュレーションでは、車両だけでなく軌道側も事故現場に合わせた。
基本モデルは、
直線300m → 緩和曲線60m → 半径304mの円曲線188m → 緩和曲線60m → 直線
という構成だった。
円曲線のカントは97mm。
さらに、事故前に実際に測定されていた軌道変位も反映された。
これは重要である。
現実の線路は、数学上の完全な円弧ではない。
保守基準の範囲内でも、レールの位置や高さには小さな変位が存在する。
事故調査ではそれを無視せず、事故現場の実測データをモデルに入れた。
一方で、事故前の軌道狂い検査や、その後の軌道整備後の検査結果には異常は確認されていない。
したがって、「大きな軌道欠陥があり、それが直接列車を脱線させた」という構図ではない。
事故現場の実軌道条件を入れたうえで、速度超過による車両運動を評価したのである。
115km/hのシミュレーションで脱線挙動が再現された
事故調査では、1両目について105km/h、110km/h、115km/hの一定速度走行に加え、事故車両の記録から得られた速度変化を模した条件でもシミュレーションを行った。[1]
2両目については110km/hと115km/hで計算している。
付図に示された1両目115km/hのケースでは、曲線へ進入したあと車体が徐々に曲線外側へ傾き、最終的に脱線へ至る姿勢変化が再現されている。
事故時の実際の進入速度は約116km/hだった。
さらに実列車は曲線内でブレーキを使用し、速度を落としながら走っていたため、一定115km/hのシミュレーションと実事故は完全に同一条件ではない。
だから、115km/hを「この速度を1km/h超えれば必ず転覆する絶対限界」と読むのは誤りである。
シミュレーションの目的は、単一の魔法の限界速度を求めることではない。
実車・実軌道に近い条件で、事故時に観察された「左へ転倒するような脱線」が、速度超過による遠心力で説明できるかを検証することにある。
事故調査報告書は、その結果を踏まえて1両目の脱線を速度超過に起因する遠心力によるものと解析した。
脱線判定は「車輪が100mmずれたか」で行われた
コンピューター上で車両を走らせる場合、「いつ脱線したと判定するか」という基準が必要になる。
事故調査のシミュレーションでは、左レール頭頂面中心に対する左車輪の踏面中心の左右変位が100mmを超えた場合を脱線と判定した。
また、車両が転覆へ至る過程では、外軌側の車輪が踏面とフランジの2点でレールへ接触する状態もモデル化した。
この100mmは、現実の事故で「車輪が100mmずれた瞬間に物理法則上必ず脱線する」という一般的な速度基準ではない。
シミュレーション上で、レール上に正常に支持されている状態から明確に外れたと判断するための判定条件である。
技術解析を見るときは、このように「現実の計測値」と「モデル上の判定条件」を分ける必要がある。
事故時の約116km/hは記録・解析から推定された実事故の速度。
100mmはシミュレーションの脱線判定条件。
両者は別の種類の数字である。
1両目と2両目では脱線の仕組みが同じではない
事故では先頭から5両目までが脱線した。
しかし、5両すべてが全く同じ理由で同時にレールを外れたわけではない。
検証報告書が事故調査報告書の解析を整理した部分では、1両目の脱線は速度超過に起因する遠心力によるものとされている。
一方、2両目は超過遠心力に加えて、先に脱線した1両目から左向きの力を受けたことが関与したと整理されている。
ここから、列車脱線が連鎖現象であることが分かる。
先頭車が脱線すれば、連結器を通じて後続車両へ力が伝わる。
車両同士は独立して走っているわけではない。
1両目の運動が崩れれば、2両目以降の運動条件も変わる。
さらに後方車両では、前方車両から受ける力、レールとの接触状態、ブレーキ力、連結器力などが重なっていく。
したがって「116km/hなら5両とも同じ転覆をした」という説明は正確ではない。
事故の出発点は1両目の転覆方向の脱線であり、それが編成全体の運動を乱して後続車両の脱線へ連鎖した、と見る方が事故調査の整理に近い。
ブレーキはかかっていたが、脱線前に十分な速度まで落ちなかった
CASE049-01で確認したように、5418Mは曲線へ入った後にブレーキ操作が行われている。
事故調査報告書では、9時18分50秒ごろからB1、B3またはB4、B5、B6、B7と段階的なブレーキ操作が記録され、その後B8が使用された。[1]
しかし、1両目が脱線したのは9時18分54秒ごろ。
曲線へ約116km/hで進入した後、41号柱付近を約105km/hで通過するころにはB8が使用されていたが、その直後に1両目が左へ転倒するように脱線した。
ここから分かるのは、「ブレーキが全く作動しなかった事故」ではないことだ。
問題は、曲線へ入る前に必要な速度まで落とせていなかったことである。
列車が曲線へ入ってから強くブレーキをかけても、速度は瞬時には70km/hへ落ちない。
鉄道車両には大きな質量がある。
しかも乗客を乗せた7両編成である。
ブレーキを操作した瞬間と、車両の速度が十分に下がる瞬間の間には時間と距離が必要になる。
だから鉄道運転では、曲線の手前にある適切な地点から減速を始めなければならない。
事故調査報告書が「ブレーキ使用が遅れた」とするのは、この意味である。
なぜ遅れたかは次回CASE049-03で扱う。
「車体が軽かったから転覆した」という説明は十分ではない
事故後、207系の車体が軽量だったことや、ステンレス車体であったことが事故原因として語られることがある。
確かに、車両の質量、重心高さ、台車構造、ばね特性は転覆運動に関係する。
事故調査も、車体重心や空気ばね特性を詳細に計算へ入れている。
しかし、「軽量車体だったから事故が起きた」と単独原因化するのは適切ではない。
鉄道車両は、設計された運転条件の中で走ることを前提に安全性が評価される。
事故現場の曲線には70km/hという速度制限があった。
事故列車はそこへ約116km/hで進入した。
事故調査の原因認定の中心は、この大幅な速度超過と、それによって生じた遠心力である。
車体特性は「その条件下でどう動いたか」を決める重要な要素ではあるが、「車体が軽い」という一語へ事故原因を置き換えることはできない。
同様に、「乗客が片側へ寄ったから脱線した」という説明も不正確である。
乗客重心移動はシミュレーションで考慮されたが、それは速度超過によって生じた車両運動をより現実的に再現する要素の一つである。
原因と条件を入れ替えてはいけない。
軌道に異常がなかったことは何を意味するのか
事故現場では、事故前の軌道検測が行われていた。
2005年2月18日に高速軌道検測車による軌道狂い検査が行われ、その結果に異常は確認されていない。
2月23日と4月10日には軌道整備作業が行われ、その後の検査でも異常は見られなかった。
この事実は、「線路は完全だった」という意味ではない。
鉄道軌道には保守上許容された微小な変位があり、シミュレーションでも実測された軌道変位を使っている。
重要なのは、事故原因として別個に説明しなければならないような大きな軌道異常が確認されなかったことである。
もしレール破断、著しい軌間拡大、異常な通り変位などが先に存在し、それによって低速でも脱線する状態だったなら、事故の物理構図は全く違ったものになる。
しかし事故調査はそう認定していない。
正常な管理範囲にあるR304の曲線へ、制限速度を大幅に超える速度で進入した列車が、速度超過に起因する遠心力によって転覆方向へ進んだ。
これが1両目についての基本構造である。
では「何km/hなら絶対に脱線しなかった」のか
ここで多くの人が知りたくなるのが、脱線する境界速度である。
70km/hなら安全だった。
116km/hで事故が起きた。
では、80、90、100、110km/hならどうだったのか。
事故調査では105、110、115km/hなど複数条件でシミュレーションを行っているが、これを使って「絶対安全速度」と「絶対脱線速度」を一本の境界線として示すのは適切ではない。
現実の車両挙動は、速度だけで決まらないからだ。
乗車人数、乗客位置、車体重心、車輪径、空気ばね、摩擦係数、軌道変位、ブレーキによる減速度など、多数の条件が影響する。
事故調査で115km/hケースが重要なのは、実事故の約116km/hに近い条件で、観察された転覆方向の脱線挙動を再現できたからである。
一方、実際の鉄道運転で必要なのは「限界ぎりぎりまでなら走ってよい速度」ではない。
安全余裕を持った運転速度である。
事故現場の営業上の制限速度は70km/hだった。
運転士が「理論上どこまで耐えられるか」を試す場ではない。
この区別は、事故を工学的に理解するときに非常に重要である。
事故の物理と「原因」を分ける
ここまでを見ると、CASE049-02の問いには比較的明確に答えられる。
1両目は、R304m・カント97mmの右曲線へ約116km/hという大幅な速度超過で進入した。
そのため、曲線外側である左方向への大きな作用が生じた。
207系車両の車体、台車、空気ばね、車輪、乗客移動などを考慮した事故調査のシミュレーションでも、実事故に近い115km/h条件で車体が左へ大きく傾き、脱線へ至る挙動が再現された。
事故調査は、この速度超過に起因する遠心力によって1両目が左へ転倒するように脱線したものと解析している。
ここまでが「どう脱線したか」である。
しかし「なぜ約116km/hで入ったのか」は別の問いだ。
物理は、列車がその速度で曲線へ入れば何が起きるかを説明する。
物理だけでは、なぜブレーキが適切な地点から使用されなかったかは説明できない。
同じように、物理だけでは、なぜ速度超過を自動的に防止する設備が事故曲線で作動しなかったのかも説明できない。
そこには人間の行動と安全システムの問題がある。
R304・70km/h・約116km/hが示すもの
事故を三つの数字へ戻してみる。
R304m。
これは事故現場の曲線半径である。
70km/h。
これはその曲線の制限速度だった。
約116km/h。
これは5418Mが曲線へ進入した速度である。
R304という線形は、70km/hを前提とした運転では直ちに危険な曲線だったわけではない。
実際のカント97mmに対し、70km/h時のカント不足量38.4mmは207系の許容範囲内だった。
軌道検査にも事故原因となる異常は確認されていない。
ところが約116km/hでは、曲線外側へ働く作用が大きく増える。
単純なv²/R比較だけでも、70km/h時の約2.75倍になる。
そして実車条件を詳細に入れたシミュレーションでは、実事故に近い速度で転覆方向の脱線挙動が再現された。
したがって、この事故の物理を「カーブを曲がり切れなかった」とだけ表現すると重要な部分が抜ける。
鉄道車両は自動車のようにタイヤのグリップが切れて外へ滑ったのではない。
レール上を走る車両が、速度超過による大きな遠心力を受け、車体・台車・車輪の荷重状態を変化させながら、曲線外側へ転倒する方向へ進んだ。
そして先頭車の脱線が後続車両へ力を伝え、2両目以降の脱線へ連鎖した。
それが事故調査の技術解析から見える5418Mの脱線である。
次に残る問い――なぜ減速できなかったのか
CASE049-02で確認したのは、事故の「結果側」にある物理である。
約116km/hでR304mの曲線へ入ったこと。
速度超過に起因する大きな遠心力。
左へ傾いていく1両目。
そして後続車両への脱線連鎖。
しかし、事故を防ぐために本当に重要なのは、その一段前にある。
なぜ列車は、曲線へ入る前に70km/hまで減速できなかったのか。
事故直前、運転士はどこへ注意を向けていたのか。
伊丹駅でのオーバーランはその後の行動にどう影響したのか。
車掌との車内電話、輸送指令との列車無線、日勤教育への懸念は、事故調査報告書でどのように位置づけられたのか。
次回CASE049-03では、そこを秒単位の時系列へ戻す。
物理的な脱線の入口が「約116km/h」だったとすれば、次の問いは、その116km/hがなぜ残っていたのかである。
FACT CHECK|出典・参考資料
JR福知山線脱線事故|なぜ列車は制限速度を超え、曲線で脱線したのか 第2回 全8回 全8回を見る
- 01 JR福知山線脱線事故で何が起きたのか|2005年4月25日の5418Mを追う
- 02 JR福知山線脱線事故|なぜ列車は曲線で脱線したのか|R304・70km/h・約116km/hを読み解く
- 03 JR福知山線脱線事故|なぜブレーキ操作は遅れたのか|伊丹駅オーバーランから事故まで
- 04 JR福知山線脱線事故|ATSはなぜ事故を止められなかったのか|ATS-SWとATS-P、速度照査の空白
- 05 JR福知山線脱線事故|事故の背景に何があったのか|ダイヤ・日勤教育・報告制度・安全管理
- 06 JR福知山線脱線事故|脱線後の現場で何が起きたのか|車両衝突・救助・多数傷病者への対応
- 07 JR福知山線脱線事故|事故調査は何を明らかにしたのか|2007年報告書とその後の検証
- 08 JR福知山線脱線事故|福知山線事故後、鉄道安全はどう変わったのか|ATS・安全管理・事故継承