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JR福知山線脱線事故ATSはなぜ事故を止められなかったのかATS-SWとATS-P、速度照査の空白

ATSはなぜ事故を止められなかったのか|ATS-SWとATS-P、速度照査の空白|REAL CASE FILE イメージビジュアル
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THE QUESTION

ATSはなぜ事故を止められなかったのか | ATS-SWとATS-P、速度照査の空白について、この回が担う固有の論点は何か。

STORY SO FAR

前回「なぜブレーキ操作は遅れたのか|伊丹駅オーバーランから事故まで」で確認した論点を受け、この回ではATSはなぜ事故を止められなかったのか | ATS-SWとATS-P、速度照査の空白について、この回が担う固有の論点は何か。を扱う。

2005年4月25日、快速5418Mは制限70km/hの右曲線へ約116km/hで進入した。[3]

CASE049-03では、必要な地点でブレーキ操作が始まらなかった背景として、運転士の注意が運転からそれていたと事故調が分析したことを確認した。

そこで次に生じる疑問は明快である。

人が減速を忘れたとき、ATSはなぜ列車を止めなかったのか。

「ATS」という言葉だけを見ると、自動的に危険を検出し、速度超過ならブレーキをかける装置を想像しやすい。

しかし、2005年当時のJR西日本で使われていたATSは一種類ではなかった。

事故当日の福知山線で5418Mが実際に使用していたのはATS-SWだった。一方、事故現場を含む福知山線尼崎~新三田間では、より高度なATS-Pを導入する工事が進められていたが、まだ使用開始前だった。

さらに重要なのは、ATS-SWにもATS-Pにも、設置条件によって「曲線の速度超過を防止する機能」を持たせることができたという点である。

事故曲線には、そのどちらの曲線速度照査機能も働いていなかった。

だからCASE049-04の答えは、「ATSが存在しなかったから」ではない。

ATSは存在していたが、事故曲線で約116km/hという速度超過を自動的に検知し、曲線進入前に減速させる機能が整備されていなかった。

この違いを理解しないと、事故当時の安全システムが何を守り、何を守っていなかったのかが見えない。


ATSは一つの装置ではない

ATSはAutomatic Train Stop、自動列車停止装置の略である。

名称だけを見れば、「危険な速度なら自動的に停止させる装置」と思える。

しかしATSの基本的な出発点は、信号冒進の防止だった。

赤信号を見落とす。

停止信号の手前で十分に減速できない。

そうした運転士の見落としや操作ミスをバックアップするため、地上側から信号情報などを列車へ伝え、必要に応じて警報やブレーキを作動させる。

国土交通省も後年の説明で、ATS設置義務化の出発点は信号見落とし対策だったと整理している。

一方、急曲線の速度制限は、信号のようにその都度現示が変わるものではない。

曲線の場所も制限速度も固定されている。

そのため事故以前の制度では、曲線速度は基本的に運転士が線路条件を把握し、決められた速度まで自ら減速することで安全を確保するという考え方が強かった。

事故以前、急曲線で速度超過を防止するATS機能の設置は全国一律には義務づけられていなかった。

ここに、福知山線事故を理解するうえでの大きな前提がある。


事故当日の福知山線はATS-SWを使用していた

事故調査報告書は、JR西日本のATSとして、

  • ATS-S形
  • ATS-SW形
  • 全線型ATS-P
  • 拠点型ATS-P

を整理している。

事故当日の福知山線は、地上側にSW設備がある線区だった。

5418Mの先頭車両にはSW車上装置だけでなくP車上装置も搭載されていた。

事故調によると、当時、福知山線尼崎~宝塚間を走る列車の先頭車両の89%にはP車上装置が搭載されていた。

それでも事故当日の福知山線で使われていたATSはSWだった。

なぜなら、ATS-Pは車両側だけあれば機能する装置ではないからだ。

地上側にもP地上子などの設備が必要であり、線区としてATS-Pを使用開始する工事と運用切替が必要になる。

つまり「事故列車にATS-P装置が載っていた」という事実と、「事故現場でATS-P曲線速度照査が働いていた」という事実は全く別である。

事故当日は後者ではなかった。


ATS-SWは何をしていたのか

ATS-SWは、従来のATS-S系をJR西日本が改良したシステムである。

信号冒進防止を中心に、地上子から情報を受けた車上装置が警報やブレーキ動作につなげる。

さらに設備を追加すれば、分岐器や曲線など特定地点での速度超過を照査する機能も持たせることができた。

ここで重要なのは、SWを導入しただけで全ての曲線に自動速度制限がかかるわけではないということだ。

曲線速度照査を行うには、その曲線を対象に必要な地上設備を設置しなければならない。

事故調査報告書によれば、JR西日本でATS-SWによる曲線速度超過防止機能が初めて使用開始されたのは2002年3月だった。

しかし整備対象は限定されていた。

JR西日本が後年まとめた事故当時の問題点では、ATS-SWによる曲線速度超過防止機能は、最高運転速度130km/hの線区の曲線区間で使用開始されていた一方、最高速度120km/hの福知山線尼崎~宝塚間には未整備だったと明記している。

つまり、福知山線にはATS-SWがあった。

しかし、事故曲線にはSW曲線速度照査機能がなかった。


「ATSが作動しなかった」のではなく「作動する対象ではなかった」

事故について「ATSが故障していた」「速度超過を検知したが作動しなかった」と理解すると誤りになる。

事故曲線の約116km/h進入に対して、曲線速度超過防止用ATSが異常動作したわけではない。

そもそも、その曲線の速度を照査する機能が整備されていなかった。

これは安全装置を考える際に大きな違いである。

故障とは、本来働く設計の装置が期待どおり動かなかった状態を指す。

福知山線事故の場合、本来そこにあるべきだったかどうかという安全設計上の議論はあるが、事故当時の構成としては、事故曲線の過速度を監視する機能自体が存在しなかった。

したがって5418Mが曲線へ接近しても、ATS-SWは「この先は70km/hのR304曲線だから、今の速度では高すぎる」と判断して自動的に非常ブレーキをかける状態にはなっていなかった。

運転士が減速操作を開始しなければ、高い速度を保ったまま曲線へ進入できるシステム構成だった。


ATS-SWの曲線速照は「点」で速度を見る

事故後の運輸安全委員会による解説では、ATS-SW曲線速度照査のイメージがATS-Pとの比較で示されている。

ATS-SW方式では、曲線手前の複数地点に地上子を配置し、その地点で列車の速度が設定された照査速度を超えているかを判定する。

速度超過なら非常ブレーキを作動させる。

言い換えると、列車が特定のチェックポイントをどの程度の時間で通過したかなどから速度を照査し、その地点で危険な速度なら強制的に止める仕組みである。

この方式は比較的既存のATS-SWへ追加しやすい。

一方で、照査は地上側に設定した地点と速度の組み合わせに依存する。

線路全体で連続的に「今の速度ならこの先の曲線までに安全に止まれるか」を計算しているわけではない。

事故後、JR西日本がATS-SW曲線速照を緊急整備したのは、この既存システムを使って曲線速度超過へのバックアップを早期に増やせるからだった。


ATS-Pは「速度パターン」を作って監視する

ATS-Pは考え方が異なる。

P地上子から先の信号や速度制限に関する情報を車上装置へ送り、列車側で速度パターンを計算する。

曲線速度照査の場合、列車は「この地点から減速を始めれば、曲線入口までに制限速度以下になれる」という上限速度のパターンを車上で持つ。

実際の速度がそのパターンを超えると、ATS-Pが常用最大ブレーキを動作させる。

速度が制限以下へ下がればブレーキを緩め、列車はそのまま曲線を通過できる。

事故後の運輸安全委員会の解説が強調するのは、ATS-P曲線速照は必ず列車を停止させるシステムではないという点だ。

目的は、曲線入口までに必要な速度へ落とすことにある。

非常ブレーキで停止させて復帰手続きを行う方式ではなく、常用最大ブレーキで速度を制御するため、通常運転への影響を抑えながらバックアップできる。

この「先の制限から逆算した速度パターン」という考え方が、ATS-SWの地点照査との大きな違いになる。


福知山線にはATS-P導入工事が進んでいた

事故当時、福知山線にATS-Pが全く計画されていなかったわけではない。

JR西日本は、事故現場を含む福知山線尼崎~新三田間に拠点型ATS-Pを導入する計画を進めていた。

事故後のJR西日本資料では、福知山線のATS-Pは2005年6月に使用開始予定だったとされている。

事故発生は4月25日。

つまり、使用開始予定のおよそ2か月前だった。

運輸安全委員会の検証報告でも、事故時にはATS-Pへの切替工事が進められており、完成間近で、事故現場の曲線にもP曲線速度照査機能が整備される予定だったと説明されている。

事故は、その整備が使用開始される前に発生した。

この時間関係は重い。

「ATS-Pを導入する意思がなかった」わけではない。

「導入計画はあり、工事も進んでいたが、事故時点ではまだ使えなかった」のである。


事故曲線にATS-Pがあれば事故は防げたのか

この問いについて、事故調査報告書はかなり強い表現を使っている。

後の運輸安全委員会の検証資料によれば、事故調査報告書は、事故現場の曲線でATS曲線速度照査機能が使用開始されていれば、本事故の発生は回避できたものと推定されると記述している。

ここでは「可能性が考えられる」ではない。

「推定される」である。

事故調が採用した証拠強度の中ではかなり強い。

その理由は、事故の物理が明確だからだ。

事故はR304・制限70km/hの曲線へ約116km/hで進入したことから始まった。

もし曲線手前で速度超過を検出し、自動ブレーキによって曲線入口までに十分に減速できれば、事故を生み出した条件そのものがなくなる。

ただし、ここでも言葉を正確に扱う必要がある。

「ATS-Pなら世の中のあらゆる事故を絶対防げる」という意味ではない。

また、ATS-Pという名称の装置を車両へ搭載しているだけで防げたという意味でもない。

事故曲線に対して適切な曲線速度照査機能が使用開始されていればという条件付きの話である。


なぜ事故曲線には速度照査がなかったのか

ここから先は、設備仕様ではなく安全対策の選択の問題になる。

JR西日本は事故以前にも曲線速度超過というリスクを全く知らなかったわけではない。

ATS-Pには曲線速度照査機能があり、ATS-SWにも2002年から曲線速度照査機能を導入していた。

しかし、その整備は全曲線へ一律に広げられてはいなかった。

JR西日本が2021年に整理した「事故当時の問題点」では、ATS-SW曲線速照は最高速度130km/h線区を中心に整備され、最高速度120km/hの福知山線尼崎~宝塚間は対象になっていなかったとしている。[1]

さらに、福知山線の速達化施策とATS-P整備の計画変更が別個に検討されていたことも問題点として挙げている。

この部分はCASE049-05で詳しく扱う。

04で重要なのは、技術的に曲線速度超過をバックアップする手段が存在していた一方、その機能を事故曲線へ適用する判断には至っていなかったということだ。


当時、曲線用ATSは法令で一律義務ではなかった

事故後、「なぜ国の基準でATSを付けさせていなかったのか」という問題も問われた。

国土交通省は後年、事故以前の考え方を説明している。

ATSの設置義務は、もともと信号の見落としなどをバックアップする目的から発展した。

急曲線については、場所と速度制限が固定されているため、資格を持つ運転士が制限速度を守って運転することを基本としていた。

したがって、福知山線事故以前は、急曲線の速度超過防止用ATSを全国一律に設置する義務はなかった。

事故は、この安全思想の弱点を露呈した。

運転士が制限速度を知っていること。

適切な地点でブレーキを操作すること。

その前提が崩れたとき、曲線速度超過を最後に止める独立した防護層が事故地点にはなかった。

これは、運転士の責任と設備の責任をどちらか一方に置き換える話ではない。

安全システムでは、一つの防護が失敗したときに次の防護が働く「多重防護」が重要になる。

福知山線事故では、人による速度遵守という防護が破れたあと、それを自動で止める曲線速度照査という防護が事故地点には存在していなかった。


事故から14日後、国は急曲線ATS対策を決めた

事故発生から2週間後の2005年5月9日、国土交通省の福知山線事故対策本部は、急曲線手前で速度超過を防止するATSシステムの改良を鉄道事業者へ義務づける方針を決定した。

5月27日には、具体的な緊急整備の考え方が示された。

曲線では本来、制限速度を守ることで安全を確保する。

しかし今回の事故を踏まえ、「速度超過が起こることを想定した対策」へ方針が変わった。

ここが制度上の重要な転換点である。

事故前は、

運転士が曲線速度を守ることを前提にする。

事故後は、

運転士が速度を超える可能性も前提にして、ATSでバックアップする。

という方向へ安全対策が強化された。

事故からわずか1か月ほどでこの方針が示されたことは、福知山線事故が「曲線速度超過に対して人間だけに依存してよいのか」という全国的な問題を突きつけたことを示している。


JR西日本はATS-SW曲線速照を緊急整備した

JR西日本は事故後に策定した「安全性向上計画」で、ATS-SWの速度照査機能を曲線へ緊急整備する方針を示した。

基準の一つは、線区の速度と曲線通過時の制限速度との差が30km/h以上の曲線だった。

JR西日本は、このATS-SW整備を概ね1年以内に完了させる方針とした。

同時にATS-Pの整備促進も進めた。

事故時点ではATS-Pへの切替工事中だった福知山線でも、事故後の運転再開にあわせて必要な速度照査機能が整備された。

国全体でも整備は急速に進められた。

国土交通省の2006年4月時点の集計では、緊急整備対象は49事業者、2,945箇所となり、2005年度末までに1,691箇所、約6割が整備済みだった。[8]

さらに、事故時のような条件で特に緊急性が高い対象については、2006年度末までに整備が完了したと2007年に公表されている。

福知山線事故の影響は、一つの曲線だけにATSを付けたという範囲を超え、全国の急曲線速度超過対策へ波及した。


2006年には技術基準そのものが改正された

事故直後の緊急整備は行政指導として進められた。

しかし、それだけでは同じ考え方が将来まで制度として残るとは限らない。

そのため国は技術基準の見直しを進め、2006年7月には急曲線での速度超過防止を含む安全対策を技術基準へ反映した。

国土交通省は後年の会見で、福知山線事故以前は急曲線用ATSの設置を義務づけていなかったが、事故を受けて2006年7月に技術基準を改正し、急曲線で速度超過を防止するATS設置を義務づけたという経緯を説明している。

つまり事故後の変化は、

緊急対策 → 各社の設備整備 → 技術基準への制度化

という段階を踏んだ。

これはCASE049-08で改めて整理する。


ATS-PとATS-SWは「どちらが上か」だけではない

ATS-Pは連続的な速度パターンを車上で作り、より滑らかに列車を減速させられる。

ATS-SW曲線速照は、設定された地点で速度を照査し、超過していれば非常ブレーキを作動させる。

技術的にはATS-Pの方が高度な制御を行える。

しかし安全対策を考えるとき、「高性能なシステムをいつか導入する」というだけでは十分ではない。

事故当時、福知山線ではATS-Pの工事が完成間近だった。

それでも事故はその前に起きた。

一方、ATS-SW曲線速照は既存設備へ追加でき、事故後の緊急対策として広く展開された。

このことは、安全対策に二つの時間軸があることを示している。

長期的には高度で統合されたシステムを導入する。

しかし、その完成までに危険が残るなら、暫定的でも早く導入できる対策を入れる。

福知山線事故では、この「完成するまでの期間」のリスクが現実の事故として表面化した。


「ATS-P工事中だった」は免責にも断罪にもならない

事故時にATS-P工事が進んでいたという事実は、評価の仕方によって両極端に使われやすい。

一方では、「もうすぐATS-Pが入る予定だったのだから仕方がなかった」。

他方では、「ATS-Pをもっと早く入れなかったことが事故の全原因だった」。

どちらも単純すぎる。

事故調査報告書は、ATS曲線速度照査が使用開始されていれば事故は回避できたと推定した一方で、当時JR西日本がその危険性を、曲線速度照査の整備を急ぐ必要があるほど緊急性の高いものとして認識することは必ずしも容易ではなかったとも整理している。

後の運輸安全委員会による検証では、この「危険性の認識」「ATS-P導入計画」「未提出資料」などが改めて検討された。

そしてJR西日本自身も後年、リスクを事前に抽出する仕組みが構築できていなかったこと、速達化などの経営施策とATS整備を別個に検討していたことを事故当時の問題点として整理している。

ここから先は、単なる装置の話ではない。

「どの危険を、どの時点で、安全投資の対象とするか」という組織の意思決定になる。

それが次回CASE049-05のテーマである。


ATSが担うのは「人間が間違えること」を前提にした最後の防護

鉄道運転では、運転士が速度制限を守ることが基本である。

これは事故後も変わらない。

ATSがあるから速度制限を無視してよい、という関係ではない。

しかし、安全設計は「人は必ず正しく操作する」という一つの前提だけで成立させるべきではない。

運転士が見落とす。

注意がそれる。

制動開始地点を誤る。

制限速度を勘違いする。

そうした人間の失敗が起きた場合でも、重大事故へ直結させないための独立した防護層が必要になる。

ATS曲線速度照査は、その一つである。

福知山線事故では、人の操作という防護が崩れた。

その次にあるべき曲線速度照査の防護が事故地点にはなかった。

その結果、約116km/hの5418Mはシステムによって自動停止・自動減速されず、R304mの曲線へ進入できた。


なぜATSは事故を止められなかったのか

CASE049-04の問いには、設備上の答えがある。

事故当日の福知山線にはATS-SWが存在した。

5418MにはP車上装置も搭載されていた。

しかし事故曲線には、約116km/hという速度超過を検出して曲線入口までに減速させるSW曲線速照機能もP曲線速照機能も使用されていなかった。

ATS-Pは尼崎~新三田間で導入工事中で、2005年6月使用開始予定だった。

ATS-SW曲線速照は他の一部線区では既に実用化されていたが、最高速度120km/hの福知山線尼崎~宝塚間には整備されていなかった。

だから、運転士が必要な地点で減速しなかったとき、事故曲線でそれを止める自動的な速度防護が存在しなかった。

事故調は、曲線速度照査機能が使用開始されていれば、本事故は回避できたものと推定した。

事故後、国と鉄道事業者は考え方を変えた。

「制限速度を守るのは運転士」という前提だけではなく、

「運転士が制限速度を超える可能性も含めて、システムでバックアップする」

という方向へ対策を強化した。

ここで新たに残る問いがある。

技術的には曲線速度超過を防ぐ手段が存在し、福知山線へのATS-P導入も計画されていた。

それなのに、なぜ事故までにこの曲線は自動防護の対象にならなかったのか。

次回CASE049-05では、ダイヤ、速達化、日勤教育、報告制度、安全投資、リスク認識を同じ時間軸に置き、事故の「組織側」を追う。


FACT CHECK|出典・参考資料

  1. [1] 航空・鉄道事故調査委員会「鉄道事故調査報告書 RA2007-3-1 西日本旅客鉄道株式会社 福知山線塚口駅~尼崎駅間 列車脱線事故」2007年6月28日
  2. [2] 運輸安全委員会「福知山線列車脱線事故 事故調査報告書に関する解説」
  3. [3] 運輸安全委員会「JR西日本福知山線事故調査に関わる不祥事問題の検証と事故調査システムの改革に関する提言」2011年4月15日
  4. [4] JR西日本「将来にわたる鉄道の安全の実現に向けて―福知山線列車事故の反省と安全の実現に欠かせない視点の継承―」
  5. [5] JR西日本「安全性向上計画」
  6. [6] 国土交通省「急曲線に進入する際の速度制限に関する対策等について」2005年5月9日
  7. [7] 国土交通省「急曲線に進入する際の速度制限に関する対策について~速度超過防止用ATS等の緊急整備~」2005年5月27日
  8. [8] 国土交通省「急曲線における速度超過防止用ATS等の整備状況について」2006年4月21日・2007年4月20日
  9. [9] 国土交通省「事務次官会見要旨」2009年7月9日
  1. 01 JR福知山線脱線事故で何が起きたのか|2005年4月25日の5418Mを追う
  2. 02 JR福知山線脱線事故|なぜ列車は曲線で脱線したのか|R304・70km/h・約116km/hを読み解く
  3. 03 JR福知山線脱線事故|なぜブレーキ操作は遅れたのか|伊丹駅オーバーランから事故まで
  4. 04 JR福知山線脱線事故|ATSはなぜ事故を止められなかったのか|ATS-SWとATS-P、速度照査の空白
  5. 05 JR福知山線脱線事故|事故の背景に何があったのか|ダイヤ・日勤教育・報告制度・安全管理
  6. 06 JR福知山線脱線事故|脱線後の現場で何が起きたのか|車両衝突・救助・多数傷病者への対応
  7. 07 JR福知山線脱線事故|事故調査は何を明らかにしたのか|2007年報告書とその後の検証
  8. 08 JR福知山線脱線事故|福知山線事故後、鉄道安全はどう変わったのか|ATS・安全管理・事故継承

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