STORY SO FAR
前回「なぜイェーガーが選ばれたのか|テストパイロットとNACA・空軍・Bellのチーム」で確認した論点を受け、この回ではMach 1直前まで何が起きていたのか | 1947年8月から10月10日までのX-1試験飛行について、この回が担う固有の論点は何か。を扱う。
1947年10月14日のBell X-1は、突然Mach 1へ飛び込んだわけではない。
チャック・イェーガーが軍側のX-1-1で最初に行ったのは、ロケットを点火しないglide flightだった。8月6日、7日、8日の3日間、まずは母機から切り離された機体が、推力なしでどう滑空し、どう着陸するかを確認した。
最初のpowered flightは8月29日。到達Mach数は0.85。
そこから9月に4回のpowered flightを重ね、Mach 0.89、0.91、0.92へ少しずつ速度を上げる。10月に入ってさらに試験を続け、10月8日にはMach 0.925。10月10日の第8回powered flightでは、操縦席の表示上はMach 0.94だったが、飛行後に機体周囲の圧力場による計器誤差を補正すると真のMach数は0.997だった。[2]
あと0.003。
数字だけなら、「次は少し推力を増やせばMach 1を越えられる」と見える。
しかし10月10日の飛行で、X-1はMach 1突破にとって最も重要な問題の一つを実際に示した。
昇降舵がほとんど効かなくなったのである。
衝撃波が水平尾翼上を後方へ移動し、elevator hinge line付近へ達した結果、control columnを動かしても機体姿勢がほとんど変化しない領域が現れた。
CASE055-05の核心は、Mach 0.85から0.997までの数字を並べることではない。
各飛行で「次へ進んでもよい」という根拠を一つずつ増やし、最後に従来の昇降舵では足りないことまで実機で確認したことにある。
10月14日のMach 1.06は、10月10日に見つかった問題を無視して強行した飛行ではなかった。[1]
むしろ、そこで見つかった問題に対して、X-1が最初から備えていた調整式水平安定板を使うという答えが確認できたから、次の一歩へ進めた。
まず8月6・7・8日、ロケットを使わず機体を覚えた
Yeager、Jack Ridley、Bob Hooverらは1947年7月末にMurocへ入り、BellからX-1のfamiliarizationを受けた。
その次に行われたのが、X-1-1のglide flightだった。
NASAのFirst Generation X-1と公式flight logは、Yeagerが8月6日、7日、8日に3回のAir Force glide flightを行ったと記録している。
目的はpilot familiarization。
つまり、最初から最高速へ挑むのではなく、まずX-1という機体を推力なしで扱えるか確認する。
空中発進された後の姿勢。
速度の落ち方。
control response。
approach。
着陸。
X-1は通常の戦闘機とは違う。
胴体は小さく、翼は薄い。
ロケット推進剤を使い切れば、最終的にはgliderとして乾湖へ戻らなければならない。
だからpowered flightへ進む前に、エンジンがなくても確実に帰還できることをpilot自身が確認する意味があった。
この順番は、飛行試験として合理的である。
推進系を使うと、問題が起きたときに原因候補が増える。
まずairframeとpilotの組み合わせだけを確認する。
次にpropulsionを加える。
その後、速度を上げる。
X-1の試験は、機能を一度に全部試すのではなく、リスクを段階的に増やす構造になっていた。
powered flight開始が8月29日まで遅れたのは、B-29側の事情だった
glide flightが終わった後、すぐにpowered flightへ移れたわけではない。
NASAの『Probing the Sky』によれば、B-29の部品不足のため約3週間待つ必要があった。
X-1は単体だけで飛行試験が完結しない。
母機B-29が正常でなければ、X-1を試験高度へ持ち上げることもreleaseすることもできない。
CASE055-03で見たように、X-1のair launchは性能上の補助ではなく、試験システムの一部である。
したがって母機側のavailabilityも、そのままX-1 programのscheduleになる。
8月29日、ようやくYeagerの最初のpowered flightが行われた。
最高速度はMach 0.85。
この値は重要である。
BellはすでにX-1のairworthinessをMach 0.8付近まで実証していた。Yeagerの第1回powered flightは、その既知領域から少し先へ出る最初の軍側flightだった。
いきなり0.95へ行くのではない。
Bellが確認した領域のすぐ先へ出て、ロケット推進状態での安定性、操縦性、機体挙動を確認する。
Mach 0.85は記録として派手ではない。
だが、accelerated programにとっては「政府側チームがX-1を自分たちの手順で飛ばし、未知領域の入口まで問題なく持っていける」ことを確認する最初の実証だった。
第2回powered flight、Mach 0.89へ
公式flight logによれば、9月4日のAir Force flight 2でX-1は約Mach 0.89へ到達した。
NASAの1948年conference回顧でも、second flightでMach 0.89へ到達したとされる。
ここから先、試験の目的は単純なmaximum speed contestではなくなる。
Mach数を少しずつ増やしながら、
- stability
- control
- elevator effectiveness
- stabilizer effectiveness
- wing load
- horizontal-tail load
- buffeting
を見ていく。
特に重要だったのが、maximum Mach付近でpull-upを行う試験である。
一見すると、最高速度へ向かうなら水平飛行だけすればよさそうに思える。
しかしpull-upすると迎角や荷重が変わり、翼と尾翼へかかる空力条件も変わる。
あるMach数で軽いmaneuverを行い、そのときの機体応答を見ることで、次にさらに高いMach数へ進んだときの傾向を予測できる。
NASAのconference記録は、この時期の試験を「small incremental increases in Mach number」と表現し、maximum Machでpull-upしながら、少し高いMach数でどのようなcharacteristicsが現れるか予測したと説明している。
つまり速度を上げるだけではない。
速度を上げ、その速度で機体を少し動かし、その応答を測り、次の速度で起きることを推定する。
これが試験の基本サイクルだった。
9月4日の遠隔測定の不具合は「速度達成」と「試験成功」が別だと示した
9月4日のflightではMach 0.89へ到達した。
しかし公式flight logには、telemeter failure required repeat of this flightと記録されている。
これは研究飛行を理解するうえで重要である。
航空機が予定の速度まで飛べたとしても、必要なdataが取得できなければ、その試験点は完全には成立しない。
研究機の目的は「行って帰る」だけではない。
機体の状態を記録し、飛行後に解析できることが必要である。
だから9月8日のflight 3は、flight 2のrepeatになった。
これは無駄な飛行ではない。
同じ条件をもう一度作り、欠落したdataを取り直す。
制御設計や設備試験で言えば、動作そのものは成功してもloggingが欠けたため、acceptance testとしては再実施するのと同じである。
X-1の歴史は「毎回最高速度を更新した一直線の成功物語」ではない。
計測系の不具合があれば同じ試験点へ戻る。
この地味な反復が、後でMach 1突破を「計測された工学的事実」として成立させる。
9月10日、Mach 0.91でstability and controlを調べる
9月10日のflight 4ではMach 0.91へ到達した。
公式logの目的はstability and control investigation。
CASE055-02で見たように、Mach 0.9付近では翼や尾翼上の局所超音速域、衝撃波、圧力分布変化が無視できなくなる。
だからMach 0.91へ行けたという結果だけでは足りない。
その速度で機体が正の安定性を保っているか。
意図したcontrol inputに対して予測可能なresponseを返すか。
急激なtrim changeが出ないか。
これらを確認する必要がある。
当時はMach 1付近で航空機が突然pitch upする、あるいはpitch downする可能性も懸念されていた。
さらに高速になるとelevatorが効かなくなる可能性も予測されていた。
だから0.91で「まだ操縦できた」という事実は、単なるpilot impressionではなく、次の試験点へ進むためのengineering 証拠になる。
9月12日、Mach 0.92でelevatorとstabilizerを明示的に試す
9月12日のflight 5は、さらに目的が具体的である。
公式flight logには、
Mach 0.92。
Check of elevator and stabilizer effectiveness。
Also buffet investigation。
とある。
ここではX-1最大の安全装置の一つだったadjustable stabilizerが、実際にどの程度有効なのかを確認している。
昇降舵だけを動かす。
stabilizerの設定を変える。
必要ならstabilizerを使ってpull-upする。
NASAのconference資料は、複数のstabilizer settingでrunを行い、実際にstabilizerを使ったpull-upまで実施したと説明している。
これは10月10日の問題を考えると決定的に重要である。
10月10日になって突然「elevatorが効かない。そういえばstabilizerを動かせた」と気づいたのではない。
9月の段階から、
elevatorが弱くなる可能性を前提に、stabilizerを実際のpitch controlとして使えるか確認していた。
試験では、バックアップ機能が「図面上に存在する」だけでは不十分である。
実際の飛行条件で操作できること。
期待した方向にmomentを出せること。
pilotが扱えること。
そこまで確認して初めてbackupになる。
X-1 programは、その確認をMach 1へ達する前に済ませていた。
10月3日、同じ領域をもう一度飛ぶ
公式flight logでは、flight 6は10月3日で、内容はflight 5と同じと記録されている。
ここには資料間の小さな食い違いがある。
NASAの『Probing the Sky』本文では、9月の4 powered flightsの後に「October 5 and 8」の2 flightsと記載される。
一方、NASAの公式flight-history table『On the Frontier』ではflight 6をOctober 3としている。
CASE055では、個別flightの日付を扱う場合、一覧表形式で整理された公式flight logの10月3日をCanonical dateとする。
この違いは、記事の結論を変えるものではない。
重要なのは、9月12日のMach 0.92で一度確認して終わりではなく、同じ領域でmaneuvering、elevator/stabilizer effectiveness、buffet傾向を繰り返し見ていたことである。
加速試験だからといって、毎flight必ず最大Mach数を更新する必要はない。
次へ進む根拠が不足していれば、同じ速度域を再度飛ぶ。
「accelerated」と「無確認」は同義ではなかった。
10月8日、Mach 0.925――目的はairspeed calibration
flight 7は10月8日。
公式logではairspeed calibration flightとされ、Mach 0.925へ到達している。
ここで注目したいのはcalibrationである。
Mach 1付近では、速度を測ること自体が簡単ではない。
通常、航空機はpitot/static pressureなどからairspeedやMach数を求める。
しかし機体が高速になると、機体自身が作る圧力場、衝撃波、静圧孔付近の流れの変化が計測へ影響する。
つまりcockpit instrumentに表示されたMach数が、そのままfree-stream true Mach numberとは限らない。
この問題は10月10日に表面化する。
だからflight 7でairspeed calibrationを行っていたことは、次の飛行でMach 1へどこまで近づいたかを判定する前提作業だった。
「音速を越えたかどうか」を決めるには、機体が速く飛ぶだけでは足りない。
その速度を正しく測定できなければならない。
10月10日、表示はMach 0.94だった
10月10日、Air Force powered flight 8。
YeagerはX-1-1をさらに高速へ持ち込んだ。
この飛行について、NASA資料には一見矛盾する二つの数字が出てくる。
indicated Mach 0.94。
corrected Mach 0.997。
どちらかが誤りなのではない。
意味が違う。
飛行中の表示ではMach 0.94付近だった。
しかし飛行後、aircraft pressure fieldがspeed indicationへ与える影響を補正すると、実際のMach数は約1に近く、tabulated valueは0.997だった。
この差は非常に大きい。
Mach 1近傍では、機体自身が作る圧力場のために、計器がそのままfree-stream状態を読めない。
10月14日のflightでも、bow waveがstatic-pressure holesを通過することでairspeedとaltitude indicationに典型的なjumpが現れたことがNASA conferenceで説明されている。
つまりX-1 programは、Mach 1へ到達するだけでなく、
Mach 1へ到達したことをどう測るか
というmeasurement problemも同時に解かなければならなかった。
Mach 0.997でも「音速突破」としなかった
post-flight correctionで0.997。
測定誤差や大気条件まで考えれば、極めてMach 1に近い。
それでもteamは10月10日を「supersonic flight達成」とは扱わなかった。
NASA conference記録は、It wasn’t felt that it was a clear-cut case of a sonic flightと明記している。
つまり、曖昧な境界値で記録を主張するより、次の飛行で明確に越えることを選んだ。
この判断は重要である。
X-1 programはspeed recordを狙っていた面を持つが、研究計画でもある。
「おそらく越えた」で歴史的結論を出すより、
再現可能な手順で、
少しだけ条件を上げ、
計測上も明確にMach 1より高い値を得る。
その方が工学的に強い。
だから10月14日のflight planは、10月10日を大幅に超える無謀なものではなかった。
NASA conferenceは、10月10日のflightを「repeat the previous flight, but to a slightly higher speed」と説明している。
0.997まで来た。
次は同じことを、少しだけ速くやる。
それがMach 1.06だった。
しかし10月10日の本当の問題は「0.997」ではなくelevatorだった
10月10日の飛行で最も重要だったのは、Mach数そのものではない。
Yeagerがcontrol columnを引いたとき、機体がほとんど反応しなかったことである。
NASAの『Probing the Sky』によれば、shock waveがhorizontal stabilizer上を後方へ移動し、elevator hinge line付近へ達した。
その結果、elevator effectivenessが失われた。
Yeagerのflight 報告書では、control columnはほとんど力をかけず左右限界まで動かせる一方、airplane attitudeのresponseは非常に遅かったと記録されている。
CASE055-02で説明した「Mach 1付近で従来の昇降舵が効かなくなる」という懸念が、実機で現れた瞬間である。
通常なら、これはSTOP要因になり得る。
pitch controlを失えば、Mach 1付近で予想外のnose-upやnose-downが発生したとき回復できない。
それでもprogramが続行できたのは、X-1にもう一つのpitch-control pathがあったからである。
adjustable horizontal stabilizer。
水平安定板全体のincidenceを変える仕組みだった。
stabilizerは「念のため」付けた装置ではなかった
X-1が設計された段階から、Mach 1付近でelevator effectivenessが低下する可能性は予測されていた。
だからBell X-1には、horizontal stabilizer全体の角度を変えられる機構が入っていた。
さらにAir ForceとNACAは、Mach 1へ近づく実機試験でも、そのstabilizer effectivenessを確認していた。
NASA conferenceによれば、runごとに異なるstabilizer settingを使い、stabilizerを使ったpull-upも試している。
そしてNACAは、AAFの要請を受けてLangleyの8-foot high-speed tunnelで1/16 scale X-1 modelをMach 0.945まで試験していた。
『Probing the Sky』は、その結果からX-1がsound speedを通過するにはadjustable stabilizerを使う必要があることが示されていたとする。
つまり10月10日のelevator lossは、完全なsurpriseではなかった。
実機で「予測されていた問題が、本当にこの速度域で起きる」と確認された。
そこで既に試験してあった別のcontrol authorityを使う。
これは理想的なflight-test progressionに近い。
未知をゼロにすることはできない。
しかし、
予測する。
代替手段を設計する。
低いリスク領域で先に試す。
実際の問題発生を確認する。
代替手段が有効か確かめる。
その上で次へ進む。
という順序なら、未知を管理できる。
「NACAから見ると速すぎた」と「段階的だった」は矛盾しない
NASA資料には、NACA engineersから見るとYeagerとAir Forceがin haste、急いでいるように見えたという記述がある。
一方、1948年conferenceではAir Force側の試験もsystematic step-by-step approachだったと説明されている。
これは矛盾ではない。
比較対象が違う。
NACAは同じMach数でturn、pull-up、side slip、pressure distribution、loadsなど多数の試験点を取り、詳細なdata mapを作る研究文化だった。
Air Force accelerated programは、Mach 1到達という目標に必要なstability/control傾向を確認し、安全と判断できれば次のMach incrementへ進む。
NACAから見れば速い。
しかしAir Force側でも、Mach 0.85からいきなり1.0へ行ったわけではない。
0.85。
0.89。
repeat。
0.91。
0.92。
repeat。
0.925。
0.997。
という段階がある。
だから正確には、
NACAより粗い刻みで進むaccelerated programだったが、無計画な一発勝負ではなかった。
となる。
1947年8月29日から10月10日までの試験系列
公式NASA flight logを基準にすると、軍側powered flightは次のように整理できる。
| Powered Flight | Date | 主な到達値・目的 |
|---|---|---|
| 1 | 1947-08-29 | Mach 0.85。最初のpowered flight |
| 2 | 1947-09-04 | 約Mach 0.89。遠隔測定の不具合でrepeat必要 |
| 3 | 1947-09-08 | Flight 2のrepeat |
| 4 | 1947-09-10 | Mach 0.91。stability/control |
| 5 | 1947-09-12 | Mach 0.92。elevator/stabilizer effectiveness、buffet |
| 6 | 1947-10-03 | Flight 5相当のrepeat |
| 7 | 1947-10-08 | airspeed calibration。Mach 0.925 |
| 8 | 1947-10-10 | stability/control。corrected Mach 0.997 |
| 9 | 1947-10-14 | Mach 1.06。初の明確な有人超音速飛行 |
この表で重要なのは、最高Mach数だけ見れば単調に増えていないことだ。
repeatがある。
calibrationがある。
stability/control専用flightがある。
それぞれが次の速度点へ進むための条件を確認している。
Flight 2でtelemetryが失敗したからrepeatする。
0.9付近でelevator/stabilizer傾向を見る。
airspeedをcalibrateする。
0.997でelevator lossを確認する。
stabilizerという別経路でpitch controlできる見通しを持つ。
この積み重ねの最後が10月14日である。
この8週間で「未知」は何が減ったのか
8月初めの段階では、Air Force teamにとってX-1-1は、自分たちがまだ飛ばしたことのない特殊なrocket research airplaneだった。
10月10日までに、少なくとも次のことが実飛行で確認された。
1. 母機からreleaseして安全に滑空・着陸できる
3回のglide flightで確認。
2. XLR-11を使ったpowered flightを軍側teamで運用できる
8月29日以降のpowered flightsで確認。
3. Mach 0.85から0.9台前半まで、致命的なbuffetや急激なtrim breakなしに進める
複数flightでstability/control、buffetを確認。
4. elevator effectivenessはMach数とともに変化する
0.9台で継続的に評価。
5. adjustable stabilizerを実際のpitch controlへ使える
複数setting、stabilizer pull-upで確認。
6. 高速域のMach indicationにはaircraft pressure field correctionが必要
airspeed calibrationと10月10日のpost-flight correctionで確認。
7. Mach 1直前ではelevatorがほぼ無効になる領域がある
10月10日に実機で確認。
8. それでもstabilizerという別のcontrol pathが残る
Mach 1を通過するための設計上の回答が実運用へ接続。
これだけの項目を一つずつ閉じた後なら、「次は少し速度を上げてMach 1を明確に越える」という判断は、8月時点とは意味がまったく違う。
10月14日は未知への最初の飛び込みではない。
未知領域の直前まで境界を押し広げ、最後に残った0.003を越える飛行だった。
検証ポイント|Mach 1直前の試験を誤解しやすい点
Yeagerは8月29日の最初のpowered flightからMach 1を狙った?
違う。
最初のpowered flightはMach 0.85。その後、0.89、0.91、0.92付近へ段階的に進み、stability/controlやelevator/stabilizer effectivenessを確認している。
毎回、前回より最高速度を更新した?
違う。
遠隔測定の不具合によるrepeat、同じMach領域でのmaneuvering、airspeed calibrationなどが含まれる。flight-test objectiveは最高速度更新だけではない。
10月10日はMach 0.94だった? 0.997だった?
両方の記述が存在するが、意味が違う。
飛行中のindicated valueは約Mach 0.94。機体周囲のpressure-field influenceを補正したpost-flight valueが0.997だった。
CASE055では、10月10日の到達Mach数を記述する場合はcorrected Mach 0.997をCanonical valueとする。
0.997なら実質Mach 1だから、10月10日を音速突破日にしてもよい?
しない。
当時のteam自身がclear-cut sonic flightとは扱わなかった。歴史上の基準点は、次の10月14日に明確なMach 1超過として記録されたMach 1.06である。
10月10日にelevatorが効かなくなったのは想定外だった?
現象そのものは重大だったが、elevator effectiveness低下は事前に懸念されていた。
そのためX-1にはadjustable horizontal stabilizerがあり、実機試験でもstabilizer effectivenessを先に確認していた。
Air Force programはNACAより急いでいたので、危険確認を省略していた?
その表現は正確ではない。
NACAより速いペースでMach incrementを上げるaccelerated programだったが、Air Force側でもrepeat、maneuvering、stability/control、buffet、calibration、stabilizer checkを実施している。
October 3とOctober 5のどちらが正しい?
NASA資料内に差がある。
『Probing the Sky』本文はOctober 5 and 8とする一方、NASAの公式X-1 flight-history table『On the Frontier』はAir Force flight 6をOctober 3と記録している。
本記事では個別flight dateについて一覧表形式のflight logを優先し、October 3をCanonical dateとした。
10月10日の時点で、次の飛行の意味は変わっていた
8月29日なら、「Mach 1までまだ遠い」。
9月なら、「0.9付近で機体の傾向を見ている」。
10月8日なら、「速度測定の精度まで確認する」。
そして10月10日。
corrected Mach 0.997。
elevatorはほぼ効かない。
しかし、その問題は予測されていた。
adjustable stabilizerは用意されている。
その効果も事前に試している。
機体は破壊されていない。
暴力的なbuffetで制御不能にもなっていない。
ここまで来ると、10月14日の課題は「Mach 1で何が起こるかまったくわからない」ではなくなる。
既に確認した手順を、ほんの少し高いMach数まで延長できるか。
これが次の問いになる。
だから10月14日の歴史的飛行を正しく理解するには、10月14日だけを見てはいけない。
本番の4日前、X-1はすでにMach 0.997まで到達していた。
そしてその飛行で、Mach 1突破に必要となる最後の重要なcontrol issue――elevator effectiveness loss――まで実機で表面化させていた。
「音速の壁」は一度の勇気で突破されたのではない。
0.85から0.997まで、失敗した計測をやり直し、同じ速度を繰り返し、操縦系を試し、計器を補正しながら、未知の領域を少しずつ既知へ変えた結果として突破された。
次のCASE055-06では、その積み重ねを前提に、1947年10月14日の朝、B-29への搭載からrelease、rocket ignition、Mach 1.06、glide landingまでを時系列で再構成する。[1]
FACT CHECK|出典・参考資料
- [1] NASA, “First Generation X-1”
- [2] NASA, “On the Frontier: Flight Research at Dryden, 1946–1981”
- [3] NASA, “Probing the Sky: Selected NACA Research Airplanes and Their Contributions to Flight”
- [4] NASA, “Air Force–NACA Conference on XS-1 Flight Research”
- [5] NASA, “NACA Conference on the XS-1”
- [6] NASA, “Research Airplanes and Flight Test”
- [7] NASA History, “Research in Supersonic Flight and the Breaking of the Sound Barrier”
チャック・イェーガー|人類はどう音速の壁を越えたのか 第5回 全8回 全8回を見る
- 01 チャック・イェーガーはどう音速の壁を破ったのか|1947年Bell X-1初の有人超音速飛行
- 02 チャック・イェーガー|「音速の壁」とは何だったのか|遷音速で起きる圧縮性・衝撃波・操縦性の問題
- 03 チャック・イェーガー|Bell X-1はなぜ弾丸の形だったのか|薄翼・調整式水平安定板・XLR11ロケット
- 04 なぜイェーガーが選ばれたのか|テストパイロットとNACA・空軍・Bellのチーム
- 05 チャック・イェーガー|Mach 1直前まで何が起きていたのか|1947年8月から10月10日までのX-1試験飛行
- 06 チャック・イェーガー|1947年10月14日、Mach 1.06へ|Bell X-1音速突破飛行の全経過
- 07 本当にイェーガーが「最初」だったのか|George Welch説と記録が示すこと
- 08 チャック・イェーガー|音速突破の後に何が変わったのか|NACA研究・X-1A・Xプレーンへ続いた遺産