1947年10月14日、Bell X-1を操縦したチャック・イェーガーはMach 1.06へ到達した。
NASA、U.S. Air Force、Smithsonianなどの公式史では、この飛行は人類初の有人・制御された超音速飛行として扱われている。
しかし航空史には、別の名前が繰り返し登場する。
George “Wheaties” Welch。
North American Aviationのchief test pilotであり、後のF-86 SabreとなるXP-86の最初のpilotだった人物である。
Welchは1947年10月1日にXP-86を初飛行させた。これはYeagerのX-1飛行より13日前だった。
そして後年、
「Welchはその初飛行で、すでにMach 1を越えていたのではないか」
「10月14日にも、Yeagerより先にXP-86で超音速へ入ったのではないか」
という説が広く語られるようになった。
もしこれが事実なら、「最初に音速を越えた人物」はYeagerではなくWelchということになる。
では本当にそうなのか。
CASE055-07の結論を先に示す。
George Welchが1947年10月1日または10月14日にXP-86でMach 1を越えた可能性を主張する証言や後年の議論は存在する。しかし、その飛行をMach 1超過と確定できる同時代の計測データは確認されていない。現存する公式flight-test recordsが示す1947年のWelchの最高値は、11月13日のpower diveでMach 0.93である。したがって、記録によって確認された最初の有人・制御超音速飛行としては、1947年10月14日のYeager/Bell X-1を維持するのが妥当である。
重要なのは、Welch説を嘲笑したり、逆に陰謀論として「記録が隠された」と断定したりしないことだ。
この問題は「どちらのpilotが優秀だったか」ではない。
歴史上の“first”を、どの証拠で確定するのか。
そこが論点である。
George Welchは、そもそもどんなpilotだったのか
Welchは無名のpilotではない。
第二次世界大戦開戦時、真珠湾攻撃の当日にP-40で出撃したことで知られ、その後太平洋戦線で戦果を重ねたcombat pilotだった。
戦後はNorth American Aviationのtest pilotとなる。
1947年、North Americanが開発した新型jet fighter prototype XP-86のchief test pilotとして、Murocで試験を始めた。
XP-86は後のF-86 Sabreにつながる機体である。
Bell X-1がMach 1付近を調べるための専用research aircraftだったのに対し、XP-86は実用fighterへ発展するprototypeだった。
その設計はX-1とは大きく異なる。
35度のswept wing。
automatic leading-edge slats。
turbojet propulsion。
通常の地上離着陸。
Smithsonianは、ドイツから得られた高速空力データを取り入れ、後退翼によって高亜音速域のcompressibility effectsを遅らせる設計だったと説明している。
つまり1947年秋、Murocにはほぼ同時期に二つの高速機が存在した。
一方は、Mach 1研究専用のrocket-powered Bell X-1。
もう一方は、次世代実用fighterのprototype XP-86。
この状況が、「実用fighterの方がX-1より先に音速を越えていたのではないか」という疑問を生みやすくした。
XP-86の初飛行は1947年10月1日
XP-86のfirst flightは1947年10月1日。
pilotはGeorge Welch。
この日付自体には大きな争いはない。
U.S. Air Forceの写真資料、Smithsonian、NASAの後年史も一致している。
YeagerのMach 1.06飛行は10月14日なので、XP-86初飛行は13日前である。
後年のWelch先行説では、この10月1日の初飛行中にhigh-speed diveへ入り、Mach 1へ達した、あるいは少なくとも一時的に超音速になったとする話が出てくる。
さらに10月14日にもWelchが飛び、YeagerのX-1より少し前に再びMach 1を越えたという主張が語られることがある。
問題は、ここから先である。
その日のMach数を確定する同時代のinstrument recordがあるのか。
ここを確認しなければならない。
「sonic boomを聞いた」という証言は、何を証明できるか
Welch先行説を支える話としてよく登場するのが、地上でsonic boomのような音を聞いたという証言である。
もしXP-86の飛行中に明確なsonic boomが発生したなら、超音速に入っていた可能性を考える理由にはなる。
ただし、歴史記録としては慎重に扱う必要がある。
第一に、音を聞いたという証言だけでは、その発生源を確実にXP-86と特定できるとは限らない。
Murocでは同じ時期に複数のhigh-speed aircraft、research aircraft、military test aircraftが飛んでいた。
第二に、sonic boomの目撃証言は、Mach数、高度、flight path、時間を直接数値として残すinstrumentationではない。
第三に、後年の回想は、当時の出来事を思い出して語られたものであり、同時代に取得されたrecordとは証拠強度が異なる。
だから「boomを聞いた」という話を無価値と切り捨てる必要はない。
一方で、それだけで「Mach 1.02だった」「Yeagerより13日前に確実に超音速だった」と数値まで確定することもできない。
証言は可能性を示す資料にはなり得る。
しかし単独では速度を確定する計測記録にはならない。
最も重要なのは、NASAが示す1947年の公式記録である
NASAが2022年に刊行した『NACA to NASA to Now』は、Welch論争を明確に扱っている。
そこでは、XP-86の初飛行が1947年10月1日だったこと、WelchがYeagerより先に超音速飛行を行ったと主張する人々がいることを紹介したうえで、official flight test recordsへ話を移す。
NASAの整理では、1947年にWelchが到達した最高Mach数として公式記録が示すのは、
1947年11月13日、45,114ftからのpower diveでMach 0.93
である。
これは非常に重要な点である。
Welch先行説が正しいなら、10月1日または10月14日にMach 1超過という重大な速度へ達していたことになる。
しかしNASAが参照するofficial flight-test record上では、それより後の11月13日でさえ記録値はMach 0.93。
さらにNASAは、WelchがYeagerより先にsupersonic flightを行ったと結論づけられるconclusive dataは存在しないとする。
NACAのWalt Williamsがこの主張へ対して求めたものも、要するに一つだった。
dataを見せてほしい。
歴史上の速度記録を確定するうえで、これは非常に強い基準である。
では「11月13日にMach 0.93」なら、Welch説は完全に否定されるのか
ここも慎重であるべきだ。
official recordで11月13日にMach 0.93だったことは、
「10月1日に絶対Mach 1へ達していない」
ことを数学的に証明するものではない。
異なる日。
異なる高度。
異なるflight condition。
異なるmeasurement condition。
だから、後日の0.93だけから過去の全flightを論理的に排除することはできない。
重要なのは別の点である。
「Welchが先だった」と歴史上のfirstを変更するには、その主張側が10月1日または10月14日のMach 1超過を裏づける十分な証拠を提示する必要がある。
しかしNASAの調査では、そのconclusive dataが確認できない。
つまり論理構造は、
「0.93だからWelchは絶対に超音速でなかった」
ではない。
「先行超音速を確定するだけの同時代のdataがないため、公式記録を覆せない」
である。
この違いは重要である。
XP-86は当時、エンジン性能にも制約があった
初期XP-86はAllison J35-C-3 turbojetを搭載していた。
Smithsonianは、このengineのthrustを3,750lbとしている。
後のproduction F-86Aでは、より強力なGeneral Electric J47-GE-1が使われた。
NASAの2022年史は、X-1 chase pilotでもあったBob HooverらがWelch先行説に反対した理由として、初期XP-86がunderpoweredだったことを挙げている。
つまり空力的に高速へ向いたswept-wing aircraftではあったが、1947年秋のprototypeがどこまで実際に加速できたかは、airframeだけでなく当時のengine性能にも左右される。
ここでも注意が必要である。
「engineが弱いから絶対Mach 1へ行けない」と、単純な机上計算だけで歴史を確定するのも危険である。
aircraftはdiveによってgravityからもenergyを得られる。
だから水平飛行性能だけを見てsupersonic可能性を完全排除することはできない。
しかし、実際の記録を検討するときは、
airframe capability
engine thrust
dive angle
altitude
temperature
instrument correction
を含めて評価しなければならない。
後年の「XP-86は高速機だったのだから、きっと越えていた」という印象だけでは不十分である。
Smithsonianも「XP-86がMach 1を越えた」のは1948年4月としている
Smithsonian National Air and Space MuseumのF-86解説では、XP-86がMach 1を越えた時期を1948年4月としている。
NASAの2022年史はさらに具体的に、
1948年4月26日
にXP-86がsupersonic flightを達成したとする。
つまり、主要な公式・公的航空史では、
1947年10月14日:Yeager/Bell X-1
1948年4月26日:XP-86の公式supersonic flight
という整理が維持されている。
Air & Space Forces MagazineのF-86開発史も、1948年4月26日のshallow diveでXP-86がMach 1を越え、最初のU.S. fighterとしてsound barrierを破ったとしている。
ここで重要なのは「最初」の種類が違うことだ。
X-1はresearch aircraftとしてのfirst controlled piloted supersonic flight。
XP-86はfighter prototypeとして、後に公式確認されたsupersonic flight。
この二つは競合するだけでなく、それぞれ異なる航空史上の意味を持つ。
「Welch自身が先行記録を公式に主張した」のか
この点も、後年の物語では曖昧になりやすい。
Welch先行説は、主として後年の著作、証言、元North American関係者の回想などから広がった。
1990年代末にはAl Blackburnの著作やAir & Space Magazineの記事などを通じて、一般にも広く知られるようになった。
ただしここで大切なのは、
「後年Welch先行説が存在する」
ことと、
「1947年当時にWelchのMach 1超過を公式なtest dataとして申請・確定した」
ことは同じではないという点である。
後者を裏づける決定的な同時代recordが見つからないことこそ、NASAがYeagerの公式firstを維持する理由になっている。
後年の研究や回想によって歴史解釈が変わることはある。
だが、その場合でも必要なのは新しい証拠である。
記憶の鮮明さや物語の魅力ではない。
なぜYeagerのX-1には「記録」が残ったのか
CASE055-05と06で見たように、Bell X-1は速度記録のためだけの機体ではない。
飛行するinstrumented research platformだった。
10月14日のX-1にはNACA instrumentationが搭載されていた。
cockpit Mach meterだけでなく、飛行中のpressure、airspeed、altitude、controlなどのdataが記録される。
そしてflight後、NACAがdata reductionを行う。
さらに10月10日のMach 0.997でも、indicated valueとcorrected valueを区別していた。
これは非常に重要である。
Mach 1付近では、aircraft自体のpressure fieldやshock waveがspeed measurementに影響する。
だから「airspeed indicatorがこれくらいだった」というだけでは、真のfree-stream Mach numberを確定できない。
X-1 programは、そのmeasurement errorまで含めて扱っていた。
10月14日にYeagerがfirstとして認定された最大の理由は、歴史的な物語が魅力的だったからではない。
その飛行が専用の研究計画として計測され、データとして残り、補正・解析されていたからである。
「最初」を決めるには、定義も必要になる
さらに複雑なのは、「最初の超音速飛行」と一口に言っても定義が複数あり得ることである。
たとえば、
有人か無人か。
水平飛行か急降下か。
一瞬でもMach 1を越えればよいか。
機体全体として制御状態だったか。
計測記録が必要か。
意図的な試験だったか。
再現可能なデータが残っているか。
で答えが変わる。
砲弾やrocket projectileは航空機よりはるか以前に超音速で飛んでいる。
第二次世界大戦期のaircraftが急降下中に局所的・一時的にMach 1を越えていたのではないかという議論もある。
しかし航空史でBell X-1が基準点になったのは、
pilotが搭乗し、意図的にMach 1を通過し、controlを維持し、計測dataを得て、安全に帰還した
という条件が揃ったからである。
だから「物理的に最初にMach 1へ触れた人間」を100%証明する問いと、
「記録によって確認された最初の有人・制御超音速飛行」
は分けて考えるべきである。
CASE055で扱う“first”は後者である。
10月1日のWelch説が魅力的なのはなぜか
Welch説が長く残る理由は理解できる。
まず、XP-86は実際に非常に高速な機体だった。
後退翼を持ち、後のF-86へ発展し、ほどなく公式にMach 1を越える。
そして初飛行の日付がYeagerより13日前。
同じMurocで二つの高速programが並行していた。
そこへsonic boomらしき音を聞いたという証言や、後年のtest pilotたちの回想が加わる。
物語としては非常に強い。
「実は政府のsecret X-planeより、実用fighterが先に突破していた」
という構図も人を引きつける。
しかし、魅力的なstoryと、歴史記録として確定できる事実は分ける必要がある。
公的な航空史でWelch説が採用されていない理由は、物語が不都合だからではない。
少なくともNASAが示す理由は明確である。
決定的なdataがない。
「公式記録だから絶対正しい」と考える必要もない
一方で、公的資料を無批判に信じる必要もない。
公的記録にも誤記や欠落はある。
CASE055-05でも、NASA資料間でflight dateに差があった。
CASE055-06でも42,000ftと43,000ftという高度表記差があった。
歴史資料は常に比較・検証する必要がある。
もし将来、
1947年10月1日のXP-86に搭載されていた計器記録。
ground tracking record。
calibration data。
同時代のsigned 飛行試験報告書。
などが発見され、Mach 1超過を十分な精度で示すなら、歴史評価が変わる可能性はある。
しかし現時点で「可能性」を「確認済みの事実」へ昇格させる根拠はない。
したがって、公的記録を維持するという判断は、
「政府資料だから正しい」
ではなく、
現時点で比較できる証拠の中で、Yeager/X-1側の記録体系が最も強い
という証拠評価に基づくべきである。
NASAの2022年史がこの論争を無視していない意味
Welch説について、「公式機関は都合が悪いから触れない」と思われることがある。
しかしNASAの2022年史は、この議論を明示的に紹介している。
Welchの名前。
1947年10月1日のXP-86初飛行。
先行超音速を主張する人々。
sonic boomを聞いたという話。
Bob Hooverらの反論。
1947年11月13日のofficial Mach 0.93。
1948年4月26日のofficial supersonic flight。
これらを並べたうえで、conclusive 証拠がないと評価している。
この整理は、Welch説そのものを「存在しなかったこと」にしていない。
むしろ、
論争は存在する。しかし、論争が存在することと、記録が覆ることは別である
という立場である。
CASE055でも同じ扱いを採る。
FACT CHECK|WelchとYeagerをめぐる主張
George WelchはYeagerより前にXP-86を飛ばしていた?
はい。
XP-86のfirst flightは1947年10月1日で、YeagerのX-1 Mach 1.06飛行は10月14日である。
10月1日のXP-86 flightでWelchがMach 1を越えたという話は存在する?
存在する。
後年の著作や証言では、その可能性が主張されている。
それを証明する公式Mach recordは残っている?
現時点でNASAが確認する範囲では、ない。
NASAの2022年史は、Welchの先行supersonic flightを裏づけるconclusive dataは存在しないと整理している。
1947年のofficial flight-test recordsではWelchの最高Machはいくつ?
NASAの整理では、11月13日のpower diveでMach 0.93。
高度は45,114ftとされる。
sonic boomを聞いた人がいるなら、超音速だった証拠では?
可能性を支持する状況証拠にはなり得るが、単独ではflight Mach numberを確定するinstrument recordではない。
音源特定、時刻、高度、flight pathなどの問題もある。
XP-86は最終的にMach 1を越えた?
はい。
NASA、Smithsonianとも1948年4月にXP-86がMach 1を越えたことを認めており、NASAの2022年史は日付を4月26日としている。
Yeagerは「物理的に史上最初に一瞬でもMach 1へ達した人間」と100%証明されている?
そのような絶対的表現は避けるべきである。
歴史上、未計測の急降下などで先行していた可能性を完全に排除することは難しい。
CASE055で維持するのは、記録・計測によって確認された最初の有人・制御超音速飛行としてのYeager/X-1である。
Welch説を紹介することは、Yeagerの記録を否定すること?
違う。
論争を紹介し、証拠強度を比較した結果として、Yeagerの公式firstを維持することができる。
逆に「公式だからYeagerが絶対正しい」で終えてよい?
それも不十分。
歴史記録はsource comparisonが必要であり、Welch説がどの資料から生じたのか、公式記録が何を残しているのかを分けて見るべきである。
証拠を強い順に並べるとどうなるか
この論争を整理するため、証拠を大まかに階層化するとわかりやすい。
A|同時代のinstrumented flight data
Mach数、pressure、altitude、time、calibrationなどが記録され、後から検証可能なもの。
YeagerのX-1 flightはこちらに属する。
B|同時代のofficial 飛行試験報告書
試験組織が記録したflight result。
WelchについてNASAが参照する1947年11月13日のMach 0.93はこのレベルに近い。
C|同時代のground observation・複数証言
sonic boom、目視、trackingなど。
重要な補強材料になり得るが、単独ではMach数確定が難しい場合がある。
D|後年の回想・interview
当事者や関係者の記憶。
歴史理解には価値があるが、時間経過による記憶変化やstory formationの影響を受ける。
E|後年の推定・再構成
「この機体性能なら、このdiveなら、Mach 1へ達したはず」というanalysis。
物理的可能性の検討には有用だが、実際にそのflightが同じ条件だったことを別途証明する必要がある。
Welch先行説は、C〜Eの材料を中心に議論されてきた。
一方、Yeagerの10月14日はA〜Bの記録が揃っている。
この差が公式評価の差になる。
「誰が最初だったか」より重要なこと
ここまで検証すると、WelchとYeagerを競馬の着順のように扱うこと自体に限界がある。
YeagerのX-1とWelchのXP-86は、目的が違う。
X-1はMach 1付近の研究そのものが任務。
XP-86は実用fighter development。
X-1はrocket-poweredでB-29 air launch。
XP-86はturbojet-poweredで地上離陸。
X-1は大量のinstrumentationを積み、Mach 1通過のdataを取ることが中心。
XP-86はproduction fighterへつながる性能・handlingを確認する。
仮にWelchが10月1日に一瞬Mach 1を越えていたとしても、X-1 programの科学的・工学的価値は消えない。
逆に、Yeagerが公式firstだからといって、XP-86とWelchの高速飛行試験の価値が下がるわけでもない。
1947年のMurocで重要だったのは、複数の航空機開発が同時にtransonic領域へ到達し始めていたことである。
航空技術全体が、Mach 1を「未知の壁」から「設計対象」へ変えつつあった。
CASE055としての判定
CASE055では、以下をCanonical conclusionとする。
1. 1947年10月14日、Chuck YeagerがBell X-1でMach 1.06へ到達した飛行は、専用instrumentationとpost-flight data reductionによって確認された。
2. George WelchがXP-86で1947年10月1日または10月14日に先行してMach 1へ達したという主張は存在する。
3. しかしNASAが確認するofficial flight-test recordsでは、Welchの1947年最高記録は11月13日のMach 0.93であり、先行supersonic flightを確定するconclusive dataは示されていない。
4. XP-86の公式supersonic flightは1948年4月26日とするNASA記録を採用する。
5. よって「記録・計測によって確認された最初の有人・制御超音速飛行」はYeager/Bell X-1の1947年10月14日を維持する。
これは「Welchが絶対にMach 1を越えていなかった」という判定ではない。
証明されていることと、可能性として語られていることを分ける判定である。
歴史記事で最も危険なのは、未確定の可能性を面白さのために確定事実へ変えることだ。
逆に、公式記録に合わない話を存在しなかったことにするのも適切ではない。
Welch説は存在する。
だが、現時点で記録を覆すだけのdataはない。
それが資料から導ける最も堅い結論である。
次は、Mach 1突破の「その後」へ進む
1947年10月14日にMach 1.06へ到達したことで、X-1 programは終わらなかった。
むしろそこからが研究の本番だった。
NACAはX-1-2を使ってtransonicからsupersonicの詳細なdataを蓄積する。
1948年3月4日にはHerbert H. HooverがMach 1.029へ到達し、NACA pilot/civilianとして最初のsupersonic flightを行う。
X-1 seriesはさらに改良される。
そして1953年、YeagerはX-1AでMach 2.44へ到達する。
速度をMach 2級へ上げると、Mach 1付近とは異なるstability problemも現れる。
さらにX-plane programはX-2、X-3、X-4、X-5、X-15へ続き、高速、高高度、可変翼、宇宙空間との境界まで研究範囲を広げていく。
CASE055-08では、1947年のMach 1.06を「記録達成」で終わらせず、
その飛行がNACA/NASAの研究方法、後続X-plane、実用supersonic aircraftへ何を残したのか
を追う。
「最初は誰か」という問いは航空史を面白くする。
しかし、航空技術を変えたのは一着の名前だけではない。
再現可能なdataを残し、そのdataを次の設計へ渡したこと。
そこにX-1のより大きな遺産がある。
出典・参考資料
-
NASA, “NACA to NASA to Now: The Frontiers of Air and Space in the American Century”
https://www.nasa.gov/history/history-publications-and-resources/nasa-history-series/naca-to-nasa-to-now/ -
NASA, “First Generation X-1”
https://www.nasa.gov/aeronautics/first-generation-x-1/ -
NASA Armstrong Flight Research Center, “History”
https://www.nasa.gov/armstrong/history/ -
U.S. Air Force Historical Support Division, “1947 — Breaking the Sound Barrier”
https://www.afhistory.af.mil/FAQs/Fact-Sheets/Article/459015/1947-breaking-the-sound-barrier/ -
Smithsonian National Air and Space Museum, “North American F-86A Sabre”
https://airandspace.si.edu/collection-objects/north-american-f-86a-sabre/nasm_A19620066000 -
Smithsonian National Air and Space Museum, “Building the U.S. Air Force: The Legacy of World War II Aces”
https://airandspace.si.edu/stories/editorial/building-us-air-force-legacy-world-war-ii-aces -
Air & Space Forces Magazine, “The Fielding of the F-86”
https://www.airandspaceforces.com/article/1297fielding/ -
Smithsonian Air & Space Magazine, “The Mach 1 Whodunit”
https://www.smithsonianmag.com/air-space-magazine/mach-1-whodunit-180958702/
チャック・イェーガー|人類はどう音速の壁を越えたのか 第7回 全8回 全8回を見る
- 01 チャック・イェーガーはどう音速の壁を破ったのか|1947年Bell X-1初の有人超音速飛行
- 02 チャック・イェーガー|「音速の壁」とは何だったのか|遷音速で起きる圧縮性・衝撃波・操縦性の問題
- 03 チャック・イェーガー|Bell X-1はなぜ弾丸の形だったのか|薄翼・調整式水平安定板・XLR11ロケット
- 04 なぜイェーガーが選ばれたのか|テストパイロットとNACA・空軍・Bellのチーム
- 05 チャック・イェーガー|Mach 1直前まで何が起きていたのか|1947年8月から10月10日までのX-1試験飛行
- 06 チャック・イェーガー|1947年10月14日、Mach 1.06へ|Bell X-1音速突破飛行の全経過
- 07 本当にイェーガーが「最初」だったのか|George Welch説と記録が示すこと
- 08 チャック・イェーガー|音速突破の後に何が変わったのか|NACA研究・X-1A・Xプレーンへ続いた遺産