メアリー・セレスト号の船倉には、1,701樽ものアルコールが積まれていた。
そして、船が無人で発見されたあと、積荷を調べると、そのうち9樽が空になっていた。
この二つの事実は、150年以上にわたって一つの説を生み続けてきた。
アルコールが漏れ、船倉に可燃性の蒸気がたまり、爆発または爆発への恐怖によって10人が船を離れたのではないか。
この説には大きな利点がある。
殺人も海賊も必要ない。
経験あるブリッグス船長が、妻と2歳の娘を含む全員を救命艇へ移す理由も作れる。
さらに、実際には沈まなかった船を、なぜ一時的にでも離れたのかという問題にも答えられる可能性がある。
しかし、一つ大きな反論がある。
メアリー・セレスト号には、
大規模な火災や爆発による明白な焼損がなかった。
それなら、本当にアルコールが原因だったと言えるのか。
今回は、
- 何を積んでいたのか
- 9樽が空だったことは何を意味するのか
- アルコール蒸気は船倉にたまり得るのか
- 火災痕がなくても爆発は成立するのか
- 実際に爆発した証拠はあるのか
- 爆発しなくても「爆発すると思った」だけで退船理由になるのか
を分けて検証する。
- 1,701樽のアルコールはどのような積荷だったのか
- 9樽が空だったことは確認事実なのか
- 「船員が酒を飲んだ」という反乱説が弱い理由
- 赤オーク製の樽が漏れやすかったという現代的解釈
- アルコール蒸気爆発は物理的に成立し得るのか
- なぜ明白な焼損がなくても爆発説が残るのか
- 2026年の模型実験が何を示し、何を証明していないのか
- アルコール説を最終的にどのEvidence Classへ置くべきか
← 第6回|なぜブリッグス船長は船を離れた可能性があるのか|ポンプ・浸水判断・天候・航法を検証
第7回|1,701樽のアルコールは原因だったのか|漏洩・蒸気・爆発恐怖説を検証【現在の記事】
積荷は約1,700樽のアルコールだった
1872年11月、メアリー・セレスト号はニューヨークからイタリアのジェノヴァへ向かった。
その船倉を埋めていた主な積荷がアルコールだった。
Royal Museums Greenwichは約1,700樽、後世の詳細な史料整理では1,701樽と記録している。
これは乗組員が航海中に飲むための酒ではない。
商業用の貨物として輸送されていた高濃度のアルコールだった。
イタリアではワインの酒精強化などにも利用できる商品である。
したがって、第5回で扱った古い反乱説のように、
「船員が酒樽を開けて酔い、船長一家を殺した」
と単純に考えることには問題がある。
積荷としてアルコールが存在したことはFACT。
船員がそれを飲んだことは確認されていない。
1,701樽のうち、9樽が空だった
事件を考えるうえでもっとも重要なのが9樽である。
後の積荷確認では、1,701樽のうち9樽が空になっていたことが判明した。
1,701樽中9樽。
割合にすると約0.53%である。
圧倒的大多数の樽には中身が残っていた。
このため、
「船倉のアルコールが大量に消失していた」
と表現するのは適切ではない。
一方で、9樽が空だったこと自体は無視できない。
中身はどこへ行ったのか。
漏れたのか。
誰かが開けたのか。
そして漏れたアルコールが蒸発していれば、船倉の気相環境に影響した可能性はある。
9樽は「飲まれた」のか
19世紀の犯罪説では、空の樽が乗組員による飲酒と結び付けられることがあった。
しかし、この説明には直接証拠がない。
樽を意図的に開けた記録はない。
船内から大量飲酒を示す物証も確認されていない。
さらに、後世の再検証では別の説明が提示された。
空になった9樽だけが、残りの多数とは異なる木材で作られていた可能性である。
赤オーク製の9樽
海事史研究者アン・マグレガーによる現代的再検証では、空になった9樽はred oak(赤オーク)製だったとされている。
他の多くの樽にはwhite oak(ホワイトオーク)が使われていた。
この違いは単なる色ではない。
木材の組織構造が異なる。
一般にホワイトオークは液体保持性に優れ、樽材として広く使用される。
一方、赤オークは導管構造の関係から液体を通しやすい。
そのためマグレガーは、
9樽が空になったのは、誰かが酒を飲んだからではなく、樽から自然に漏洩したためではないか
と考えた。
この説明なら、
「なぜ1,701樽のうち特定の少数だけが空になったのか」
にも一定の説明がつく。
FACT:後の積荷確認で9樽が空だった。
現代の史料再検証:空の9樽は赤オーク製だったと報告されている。
THEORY:赤オークの透過性によってアルコールが徐々に漏洩した。
したがって「9樽から漏洩したことが1872年の審問で原因として確定した」という意味ではない。
漏れたアルコールはどこへ行くのか
仮に樽からアルコールが漏れたとする。
液体のまま船底へ流れるだけではない。
アルコールには揮発性があるため、一部は蒸発して気体となる。
密閉または換気の悪い空間なら、蒸気濃度が上昇する可能性がある。
一定濃度の可燃性蒸気と空気が混ざり、そこへ着火源が加われば燃焼が起きる。
着火源としては、
- 裸火
- ランプ
- 喫煙
- 金属同士の接触による火花
などが理論上考えられる。
つまり、
アルコール漏洩 → 蒸気発生 → 可燃性混合気形成 → 着火
という現象そのものは物理的に理解できる。
問題は、それがメアリー・セレスト号で実際に起きたかである。
最初の大きな反論|発見者は強い蒸気臭を報告していない
アルコール蒸気説には、史料上の弱点がある。
12月4日に船へ乗り込んだデイ・グラティア側の乗組員は、
強烈なアルコール蒸気の臭い
を重要な異常として報告していない。
さらに、アン・マグレガーの再検証では、発見時の主ハッチが閉じられていたことも指摘されている。
もし大規模な漏洩によって船倉全体が危険な濃度のアルコール蒸気で満たされ続けていたのなら、
約9日後に乗船した人々が何も気付かなかったのはなぜか。
これはアルコール説が説明しなければならない問題になる。
もっとも、失踪から発見までには時間がある。
その間に換気された、温度が変化した、蒸気が拡散した可能性もある。
したがって、
発見時に臭わなかった=11月25日前後にも蒸気が存在しなかった
とは断定できない。
しかし、積極的な裏付けがないことは確かである。
第二の大きな反論|爆発の跡がない
さらに分かりやすい問題がある。
発見されたメアリー・セレスト号には、
大規模な火災による焼失跡がなかった。
船倉が爆発したのであれば、
- 焦げた木材
- 焼けたハッチ
- 大規模な船体変形
- 火災の痕跡
が残っていてもよさそうに思える。
そのため長い間、
「爆発していたなら痕跡があるはずだ」
という点がアルコール蒸気説への強い反論になってきた。
しかし、この部分については21世紀になって興味深い実験が行われている。
2006年、燃焼痕を残さない爆発は可能か
2006年、University College Londonの化学者アンドレア・セラは、メアリー・セレスト号のアルコール蒸気仮説を検討するため、模型を用いた実験に関わった。
この初期実験では、実際のエタノールそのものではなく、ブタンなどを利用して急速な気相燃焼を再現した。
そこで示されたのは、
可燃性蒸気の急速な燃焼が、長時間燃え続ける火災とは異なる現象になり得る
ということだった。
瞬間的な圧力波と炎が生じても、その後燃料供給が続かなければ、船全体が火災になるとは限らない。
ただし、この2006年実験には限界がある。
実船とはサイズも構造も違う。
実際の積荷条件も完全には再現していない。
そして何より、
「その現象が起こり得る」ことを示す実験と、「1872年に起きた」ことの証明は別である。
2026年、木製模型とエタノールで再び検証された
そして2026年、この仮説についてさらに実船条件へ近づけた模型実験が行われた。
マンチェスター大学の化学者ジャック・ロウボサムとフランク・メアは、メアリー・セレスト号を模した1/18スケールの木製模型を使用した。
今回はブタンではなく、実際の積荷に対応するエタノールを使った。
まず、ニューヨーク出航時の冬季に近い低温条件では、模型船倉内へエタノールを噴霧して火花を発生させても爆発しなかった。
次に、アゾレス諸島付近のより暖かい環境を想定して、模型とエタノールを加温した。
そこで着火すると、
急速な蒸気爆発が発生した。
ハッチは吹き飛び、甲板には変形が生じた。
しかし、木製模型に明確な焦げや持続的な火災痕はほとんど残らなかった。
つまり実験は、
「アルコール蒸気爆発が起きたなら必ず船内が黒焦げになる」
という前提が必ずしも正しくないことを示した。
エタノール蒸気
+
十分な温度
+
空気との適切な混合
+
着火源
↓
短時間の急速な燃焼・圧力上昇は成立し得る
↓
その後、持続火災や明白な炭化痕をほとんど残さない条件も模型では再現できた。
ただし、2026年実験も「事件解決」ではない
ここは非常に重要である。
模型で現象を再現できたからといって、
メアリー・セレスト号で同じことが起きたことにはならない。
実験によって確認できるのは、
「物理的に不可能ではない」
ということだけである。
1872年の船内で、
- どれだけアルコールが漏れたのか
- 蒸気濃度がどこまで上昇したのか
- 船倉の温度はいくつだったのか
- 換気状態はどうだったのか
- 着火源が存在したのか
- 実際に圧力波が発生したのか
を直接測定したデータは存在しない。
さらに2026年の実験は、歴史的事故を完全再現した査定試験ではなく、テレビ・科学コミュニケーションの文脈で行われた模型実験である。
したがって、
「2026年に真相が解明された」
と表現するのは行き過ぎである。
実際に爆発していなくても退船は説明できる
ここで、アルコール説にはもう一つ別の形がある。
実際には爆発しなかった。
しかしブリッグスが、
「爆発するかもしれない」
と判断したというシナリオである。
これなら、船内に爆発痕がないことは問題にならない。
例えば、
- 船倉から異臭がする
- 一部の樽から漏洩している
- 荒天によって樽が動いた可能性がある
- ハッチ周辺に圧力・異常を感じる
といった兆候があれば、船長は予防的に船倉から距離を取ろうとする可能性がある。
特に妻と幼児を乗せている。
そこで、
本船と救命艇をロープでつなぐ
↓
全員を一時的に艇へ移す
↓
船倉を換気する
↓
危険がなくなれば戻る
という運用なら、
「航行可能な船を永久に捨てた」
よりは理解しやすい。
問題は、これを示す直接記録がないことである。
アルコール説とポンプ説は競合するとは限らない
第6回では、
- 荒天
- 浸水
- 水位測定
- ポンプ能力への不安
- 船位認識の不確実性
- サンタマリア島の視認
を検討した。
今回のアルコール説は、それとは別の完全独立原因とは限らない。
実際の船上判断では、
複数の異常が同時に存在した
可能性がある。
例えば、
長期間の荒天
↓
船内への浸水
↓
排水状態が分かりにくい
↓
積荷からアルコール漏洩の疑い
↓
船倉を開けて確認
↓
蒸気・臭気への警戒
↓
近くにサンタマリア島を発見
↓
今なら一時退船できる
という複合シナリオも成立する。
事故原因を一つに固定するより、実際にはこちらの方が人間の意思決定として自然な場合がある。
ハッチの状態は爆発説と矛盾するのか
爆発説では、
「船倉内の圧力でハッチが吹き飛んだ」
という描写が使われることがある。
しかし、発見時の記録を見ると慎重になる必要がある。
Royal Museums Greenwichは、前後の貨物ハッチが開かれ、そのカバーが甲板に置かれていたことを記している。
一方、現代のマグレガーによる再検証では、主ハッチの状態から、単純な「巨大爆発でハッチが吹き飛んだ」という説明には疑問を呈している。
つまり発見状況から、
大規模な船倉爆発が確実に起きた
とは言えない。
2026年実験で「爆発は可能」と分かっても、この史料上の問題は消えない。
9樽だけで危険濃度になるのか
ここも簡単には答えられない。
「9樽が空」
という情報だけでは、
9樽分すべてが一度に船倉へ流出したのか、
長期間かけて少しずつ漏れたのか、
途中で蒸発・換気されたのか、
分からない。
もし航海期間を通じて少しずつ木材を透過したなら、一時点で大量の液体が船底へ流れ込んだとは限らない。
逆に、荒天や樽の移動によって漏洩が急増した可能性も理論上はある。
したがって、
「9樽が空だった」だけから船倉内の蒸気濃度を計算することはできない。
必要な初期条件が足りないからである。
アルコール説が説明しやすいもの
| 確認事実 | アルコール説との整合 |
|---|---|
| 1,701樽のアルコールを積載 | 原因物質となり得る貨物が実在 |
| 9樽が空 | 漏洩が起きた可能性と整合 |
| 10人全員が退船した可能性 | 船全体に関わる危険認識なら説明しやすい |
| 船体は沈没しなかった | 「実害」より「危険認識」で退船したなら整合 |
| 明白な殺人痕跡なし | 犯罪を仮定する必要がない |
| 救命艇・航海計器がない | 計画的な一時退船とも整合 |
アルコール説が説明しにくいもの
| 問題 | 残る不確実性 |
|---|---|
| 大火災・明白な焼損がない | 短時間の気相燃焼なら可能との実験はあるが、実船で起きた証拠ではない |
| 発見者が強烈なアルコール蒸気を報告していない | 失踪から約9日あり、当時の濃度を復元できない |
| 爆発を記録した航海日誌がない | 最後の記録後に発生した可能性はあるが直接証拠なし |
| ハッチ状態が決定的ではない | 巨大爆発説を直接支持する物証ではない |
| 9樽の漏洩量・漏洩速度不明 | 危険濃度へ達したか計算不能 |
Evidence Ledger|アルコール説
| 区分 | 内容 |
|---|---|
| FACT | メアリー・セレスト号は約1,700樽、詳細記録では1,701樽のアルコールを積載していた |
| FACT | 後の積荷確認で9樽が空だった |
| MODERN FINDING | 空の9樽が赤オーク製だったとする史料再検証がある |
| THEORY | 赤オーク製樽からアルコールが自然漏洩した |
| SCIENTIFICALLY PLAUSIBLE | 一定条件下でエタノール蒸気と空気の混合気は急速燃焼・爆発的圧力上昇を起こし得る |
| EXPERIMENT | 2026年の木製模型実験では、エタノール蒸気の急速燃焼と、顕著な炭化痕をほぼ残さない状態が再現された |
| THEORY | メアリー・セレスト号でも実際に蒸気爆発が発生した |
| THEORY | 実際の爆発ではなく、爆発を恐れて一時退船した |
| UNSUPPORTED | 船員が9樽のアルコールを飲み、酔って反乱を起こした |
現時点では「爆発説」より「危険認識説」の方が説明負荷が小さい
アルコールを原因候補として考える場合、二つのシナリオを分ける必要がある。
A|実際に蒸気爆発が発生した
漏洩したアルコールから蒸気が発生。
着火。
瞬間的な燃焼または圧力上昇。
驚いた乗船者が救命艇へ避難。
という説明である。
2026年の模型実験によって、明白な焼損をほとんど残さない急速燃焼が物理的に成立する可能性は補強された。
しかし、実船で爆発が発生した直接証拠がない。
B|爆発すると思って一時退船した
アルコール漏洩または臭気を認識。
船倉内での火災・爆発を警戒。
ハッチを開ける、換気する。
その間、家族を含む全員を救命艇へ移す。
本船とは索でつないでおく。
という説明である。
こちらなら、実際の爆発痕を必要としない。
したがって現時点では、
「実際に巨大爆発が起きた」より、「船長が積荷に何らかの危険を認識し、一時的な退避を選んだ」シナリオの方が、追加仮定は少ない。
ただし、後者にも直接証拠はない。
アルコールだけを「唯一の原因」にする必要はない
事故を一つの原因だけで説明しようとすると、無理が生じることがある。
メアリー・セレスト号の場合も同じである。
アルコールだけで考えるより、
第6回までに確認した船の状態と合わせた方が自然かもしれない。
例えば、
荒天
↓
浸水
↓
水位・排水能力への不安
↓
積荷からの漏洩または異臭
↓
船体状態を実際以上に危険と判断
↓
近くにサンタマリア島を確認
↓
救命艇へ一時退避
という複数要因の連鎖である。
そしてその後、
本船と救命艇をつないでいた何らかの接続が失われる。
これなら、
なぜ船が残り、
なぜ人だけがいなくなり、
なぜ救命艇がなく、
なぜ航海計器まで持ち出され、
なぜ船内に殺人痕跡がないのか、
を一つの連鎖で説明できる。
しかし、「説明できる」ことは「起きた」ことではない。
では、アルコール説はどの程度有力なのか
証拠だけから評価すると、
アルコールが積まれていたことは確実。
9樽が空だったことも確認されている。
アルコール蒸気の急速燃焼が物理的に成立し得ることも分かっている。
ここまでは比較的強い。
しかし、
1872年11月25日前後に危険濃度の蒸気が存在した。
爆発した。
ブリッグスがその危険を理由に退船した。
となると、証拠はない。
したがってアルコール説は、
荒唐無稽な説ではない。
しかし、
「現在もっとも科学的だから真相」と確定できる説でもない。
という位置になる。
まとめ
メアリー・セレスト号には1,701樽のアルコールが積まれていた。
後の積荷確認では9樽が空になっていた。
これはアルコール漏洩・蒸気説を考えるための実在する証拠である。
一方、9樽が空だったからといって、乗組員が酒を飲んだ証拠にはならない。
現代の史料再検証では、空の9樽がより液体を通しやすい赤オーク製だったとされ、自然漏洩の可能性が指摘されている。
漏れたアルコールから可燃性蒸気が生じれば、条件次第で急速な燃焼が起こること自体は化学的に成立する。
2026年には、木製1/18模型と実際のエタノールを使用した実験でも、短時間の蒸気爆発と、明白な炭化痕をほとんど残さない状態が再現された。
したがって、
「船が黒焦げになっていないからアルコール蒸気爆発は絶対にあり得ない」
とまでは言えない。
しかし、模型実験は1872年の出来事を証明しない。
メアリー・セレスト号で実際に爆発が起きたことを示す直接的な物証や航海記録は存在しない。
現時点でもっとも慎重な評価は、
積荷のアルコールは、乗船者が船を危険と判断した要因になり得る。しかし、それが実際の退船原因だったことは証明されていない。
となる。
そしてメアリー・セレスト号には、アルコール以外にも多くの説が存在する。
海賊。
反乱。
サルベージ詐欺。
海震。
巨大波。
海上竜巻。
次回は、それらを一つずつ紹介するのではなく、
同じ証拠、同じ評価基準にかけて比較する。
どの説が確認事実とよく整合し、どの説が説明のために追加仮定を大量に必要とするのか。
CASE39全体の仮説比較へ進む。
CASE FILE 39|全記事
- メアリー・セレスト号とは?|航行可能な船から10人が消えた1872年の未解決事件
- 最後の航海に乗っていたのは誰か|ブリッグス船長一家と7人の乗組員
- 1872年11月25日まで何が記録されていたのか|ニューヨーク出航から最後の航海日誌
- 発見時のメアリー・セレスト号はどんな状態だったのか|Dei Gratia乗組員が見た無人船
- ジブラルタルの海事審問は何を疑ったのか|殺人・反乱・詐欺説と「証拠」の検証
- なぜブリッグス船長は船を離れた可能性があるのか|ポンプ・浸水判断・天候・航法を検証
- 1,701樽のアルコールは原因だったのか|漏洩・蒸気・爆発恐怖説を検証
- 海賊・反乱・海震・海上竜巻説はどこまで成立するのか|主要仮説を証拠で比較
- 「幽霊船メアリー・セレスト」はどう作られたのか|コナン・ドイルと後世の脚色
- 10人はどこへ消えたのか|確認事実・最有力仮説・未解決部分を最終整理
出典・参考資料
- Royal Museums Greenwich「The mystery of the Mary Celeste」― 約1,700樽のアルコール積荷、船内・ハッチの発見状況、アルコール蒸気爆発説が後世の主要仮説の一つであることを確認。
- Smithsonian Magazine「Abandoned Ship: The Mary Celeste」― 1,701樽中9樽が空だったこと、空の9樽が赤オーク製だったというAnne MacGregorの史料再検証、赤オークの透過性、発見者が強い蒸気臭を報告していないことを参照。
- Chemistry World「Chemists think they know what happened on board the Mary Celeste」(2026)― Jack Rowbotham / Frank Mairによる1/18木製模型とエタノールを用いた蒸気爆発再現実験、温度条件、急速燃焼後に顕著な炭化痕が残らなかった結果を参照。
- Andrea Sella / 2006年模型実験― 気相燃焼が持続的な船内火災とは異なる形を取り得るという先行実験。2026年実験との比較資料として使用。
本記事では、「1,701樽を積載」「9樽が空だった」という確認情報と、「樽から漏れた」「船倉に危険濃度の蒸気が形成された」「実際に爆発した」「ブリッグスが爆発を恐れて退船した」という仮説を分離しています。2026年の模型実験は、木製模型とエタノールを用いて、顕著な炭化痕を残さない短時間の蒸気燃焼が物理的に成立し得ることを示したものですが、1872年のメアリー・セレスト号で同じ現象が発生したことを証明するものではありません。また、赤オーク製9樽についても現代の史料再検証に基づくため、1872年当時に「赤オークからの漏洩が事故原因」と認定されたものではありません。