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前回「複数の呼称はどう一つにつながったのか|East Area RapistからGolden State Killerへ」で確認した論点を受け、この回ではDNAは何をつないだのか | 複数地域の事件を結びつけた法科学について、この回が担う固有の論点は何か。を扱う。
Golden State Killer事件では、「DNAが事件を解決した」という表現がよく使われる。
しかし、捜査の時間軸を分解すると、DNAが最初に解決したのは犯人の名前ではない。
DNAが先に解決したのは、
離れた地域で起きた複数の事件に、同じ未知人物が関与しているのか。
という問題だった。
FBI Law Enforcement Bulletinは2002年、2001年のDNA分析によって、East Area Rapistが1980年3月から1986年5月までに南カリフォルニアで起きた6件の殺人に結びついたと記録している。[1]
この時点で事件史は大きく変わった。
北部の連続事件と南部の殺人系列を、「似た犯行かもしれない」という行動上の推測だけではなく、同じ人物由来のDNAという科学的な共通点で再構成できるようになったからである。
だが、それでも逮捕は2018年まで実現しなかった。
この17年の空白を理解するには、DNAができることを二つに分ける必要がある。
事件と事件をつなぐこと。
そして、
未知DNAを特定の人物名につなぐこと。
この二つは同じではない。
DNAプロファイルは「名前」ではなく、比較するための情報である
法科学で使われるDNAプロファイルは、人間のDNAすべてを読み取った「個人の完全な設計図」ではない。
National Institute of Justice(NIJ)の法科学教材は、forensic identity testingでは、あるDNAプロファイルを、犯罪現場資料や既知人物の試料から得た別のDNAプロファイルと比較すると説明している。
つまり基本動作は比較である。
未知試料AのDNAプロファイル
↓ 比較
未知試料BのDNAプロファイル
↓
一致するか/除外できるか
あるいは、
犯罪現場の未知DNA
↓ 比較
容疑者Xの既知DNA
↓
一致を検討/除外
という形になる。
現在の刑事法科学ではSTR(Short Tandem Repeat)解析が代表的なDNAプロファイリング手法として用いられている。NIJは、STRを核DNA上の特定領域を調べ、複数の座位を組み合わせて個人識別力を高める技術として説明している。
ただし、ここで重要なのはGolden State Killer事件の2001年リンクがどの具体的な検査セット・ラボ手順で行われたかを、この記事の一般資料から勝手に補わないことである。
CASE066-03で確定して扱えるのは、FBIが公式に、
2001年にDNAがEARを南カリフォルニアの6殺人へ結びつけた
と記録している点である。
そのリンクを説明するために、一般的な法科学DNAの比較原理をNIJ資料で補助する。
事件固有のラボ工程が一次資料で確認できない部分は推測しない。
事件Aと事件Bをつなぐ「case-to-case linkage」
DNAがこのCASEで最初に強い力を発揮したのは、case-to-case linkage、つまり事件間リンクである。
たとえば、離れた二つの事件現場から生物学的資料が回収され、それぞれから比較可能なDNAプロファイルが得られたとする。
その二つが同一由来と評価されれば、
事件Aと事件Bには、同じ人物が関与した可能性が極めて高い。
という科学的な接続が生まれる。
ここでは、その人物の氏名を知る必要はない。
人物名が完全に不明でも、
未知人物XのDNA
という共通キーを作ることはできる。
Golden State Killer事件で重要だったのは、この「名前のない共通キー」である。
1970年代から1980年代の事件は、
- 発生地域が違う
- 担当捜査機関が違う
- 呼称が違う
- 発生時期が離れている
- 犯行類型も完全には同じではない
という条件を抱えていた。
DNAはその一部に対して、地理や名称とは独立した比較軸を与えた。
2001年のDNAリンクは何を変えたのか
FBI Law Enforcement Bulletinの2002年VICAP Alertは、非常に短い文章の中で重要な区別を残している。
FBIは、
- 2001年にDNAがEast Area Rapistを南カリフォルニアの6殺人へリンクした
- さらに犯行方法が追加の地域殺人への関与を示した
と別々に記述している。
この二つを一つにしてはいけない。
DNAで直接リンクされたもの
科学的なDNA比較に基づいて事件同士が結びついた範囲。
犯行方法などから関連が疑われたもの
modus operandi、現場特徴、時間・地理、行動パターンなどを総合して、同一犯の可能性が検討された範囲。
どちらも捜査上重要だが、証拠の種類が違う。
この区別を保持すると、Golden State Killer事件が「DNAだけで全部の事件が一括確定した」のではないことが分かる。
むしろ実際の捜査は、
科学的に強くつながる事件
と
捜査上関連が疑われる事件
を分けながら、事件系列全体を更新していった。
DNAは「同じ人」を示せても、「誰か」は別問題だった
ここがCASE066-03の中心である。
FBI Special Agent Marcus Knutsonは2016年、East Area Rapistについて、捜査側はDNAを特定しているが、そのDNAに対応する顔や名前を持っていないという趣旨を説明している。
これは矛盾ではない。
むしろDNA捜査の基本構造をそのまま表している。
DNAプロファイルは、既知の人物台帳のように、
DNA = Joseph James DeAngelo
と文字列で返してくるものではない。
比較対象が必要になる。
2016年のFBI資料では、捜査官は候補者が浮上すると、
- 犯行時期にその地域へ存在できたか
- 収監中ではなかったか
- 血液型など他の条件で除外できないか
- それでも残る場合、本人へ接触する
- 同意を得たDNA試料を事件由来DNAと比較する
という捜査を行っていた。
この流れから分かるのは、DNAが非常に強力でも、比較すべき人物候補を別の方法で作らなければならないということだ。
「一致」と「除外」は両方とも重要だった
DNA捜査は「一致した瞬間」だけが注目されがちである。
しかし長期未解決事件では、除外も重要な機能を持つ。
NIJの解説では、疑問試料と既知試料のDNAプロファイルが一致しなければ、異なる由来と評価でき、その候補を除外できる。
FBIも2016年、複数の犯罪現場から得たDNAが、容疑者候補を肯定または除外するために利用できると説明していた。
Golden State Killer事件では、これは極めて実務的な意味を持つ。
40年間にわたり、多くの人物が情報提供、目撃情報、経歴、類似犯罪、地域との接点などから候補になり得る。
その全員を直感だけで残し続けることはできない。
DNAが一致しなければ、その人物を強く除外できる。
つまりDNAは、
正しい人物を見つける技術
であると同時に、
誤った人物を候補から外す技術
でもあった。
この除外能力が、長期コールドケースの捜査線を整理する。
事件間リンクと個人照合は、入力が違う
DNA利用を整理すると、少なくとも二種類の比較がある。
事件間比較
事件Aの未知DNA
↕
事件Bの未知DNA
一致すれば、同じ未知人物が複数事件に関与した可能性を強く示す。
この段階では名前は不要。
既知人物との比較
事件現場の未知DNA
↕
候補者Xの既知DNA
一致しなければ候補者Xを除外できる。
一致が得られれば、統計評価、証拠管理、他の捜査情報などと合わせて次の法的・捜査的判断へ進む。
Golden State Killer事件では、前者が事件系列を統合し、後者が候補者検証に使われた。
問題は、
比較するべき「候補者X」をどう見つけるか。
だった。
この空白が2018年まで残る。
DNAが強力でも、証拠そのものが保存されていなければ使えない
DNAは、事件から何十年経っても自動的に残る魔法の情報ではない。
NIJのcrime scene and DNA教材は、現場の記録、保護、保存、証拠の収集方法がDNA分析の前提になることを強調している。
これはGolden State Killer事件を考えるうえで重要である。
事件の一部は、現在のDNA技術が存在しない1970年代に発生している。
FBIも2016年、犯行当時にはDNA検査が利用できなかったと説明している。
つまり後年のDNAリンクが成立するには、
- 当時、何らかの生物学的証拠が回収される
- それが証拠として維持される
- 後年、利用可能になった法科学技術で再分析できる
- 複数事件のプロファイルを比較できる
という長い連鎖が必要だった。
新しい分析技術だけでは足りない。
古い証拠が残っていること自体が、コールドケース再捜査のインフラである。
DNAプロファイルは万能な「指紋」ではない
「DNAは一致すれば100%同一人物」と単純化するのも避ける必要がある。
法科学DNAでは、試料の状態、混合、量、分解、汚染リスク、得られたプロファイルの完全性、統計評価などが分析結果の意味に影響する。
NIJはDNA分析について、DNAプロファイルが一致した場合でも、集団データを用いてrandom match probabilityなどの統計的評価を行うと説明している。
つまり「一致」という言葉は、日常語の「まったく同じだから終了」とは違う。
法科学では、
- どの試料を比較したのか
- どの範囲のプロファイルが得られたのか
- 除外か包含か
- 一致の統計的重みはどの程度か
- 証拠の採取・保存・分析に問題はないか
を評価する必要がある。
CASE066では、公開一次資料が示さないラボ内部数値を推測して補わない。
Golden State Killer固有の記事で必要なのは、FBIが2001年のDNAリンクを公式に記録していること、そして2016年にも同じ未知DNAを容疑者比較に使い続けていたことである。[1]
2001年の成功が、そのまま2001年の逮捕にならなかった理由
ここまでを一つの流れにすると、2001年時点の到達点が見える。
複数の事件現場
↓
保存された生物学的証拠
↓
DNAプロファイルの比較
↓
北部・南部の一部事件が同一未知人物へリンク
↓
「一人の犯人」が科学的に強く支持される
↓
しかし氏名は不明
DNAは事件の地図を描き直した。
しかし、地図の中心にいる人物へ名前を付ける機能は、まだ不足していた。
FBIが2016年に全国キャンペーンを行い、一般からの情報提供を求め続けていたこと自体が、その限界を示している。
もし2001年のDNAリンクだけで人物特定まで自動的に完了していたなら、2016年の大規模な公開捜査は必要なかった。
「DNAデータベースに入れれば名前が出る」は半分だけ正しい
ここで次の記事につながる疑問が生まれる。
DNAプロファイルがあるなら、警察のDNAデータベースで検索すればよかったのではないか。
この考え方には重要な前提が抜けている。
データベース検索は、比較対象となるプロファイルがデータベース側に存在する場合に力を発揮する。
未知試料を検索しても、適切な比較対象が登録されていなければ、人物名には到達しない。
ただし、CODISにどの種類のプロファイルが登録され、どのような照合が行われるのか、familial searchingと何が違うのかは、この記事の範囲を超える。
それはCASE066-04の主題である。
CASE066-03では、ここまでを固定する。
DNAプロファイルを持っていることと、そのプロファイルの人物名を知っていることは別である。
CASE066-D02|DNAができること/できないこと
この記事と次の記事で共通して使う図は、DNA捜査を三段階に分ける。
この図で最も重要なのは、AとBとCを一本の自動処理として描かないことである。
事件間リンクが成立しても、候補者が自動生成されるわけではない。
データベース検索をしても、適切な既知プロファイルが存在しなければ終わる。
2018年の遺伝子系譜捜査は、この「候補者生成」の空白へ別の方法を持ち込んだ。
検証ポイント|DNAについて混同しやすい5点
DNAで事件がつながったなら、犯人も特定できていた
不正確。
2001年にはFBIがEARと南部6殺人のDNAリンクを記録しているが、2016年時点でもFBIは未知DNAに対応する顔と名前を持っていなかった。[1]
DNAは人物の名前を含む個人情報ファイルである
不正確。
法科学DNAプロファイルは、他のDNAプロファイルと比較するための遺伝的指標である。人物名との接続には既知試料、登録プロファイル、捜査候補など別の情報が必要になる。
DNA一致と犯行パターン一致は同じ証拠である
不正確。
FBIの2002年資料自体が、DNAでリンクした6殺人と、method of operationによって追加関与が疑われた事件を分けている。
DNAは一致判定にしか使えない
不正確。
不一致によって候補者を除外することも重要な用途である。FBIは2016年、候補者のDNAをEAR試料と比較して除外捜査を行っていた。
新しいDNA技術さえあれば古い事件は解決できる
不正確。
比較可能な証拠が回収・保存されていることが前提になる。証拠管理と保存は、後年の再分析を可能にする条件である。
DNAが解いたのは「一人なのか」という問いだった
Golden State Killer事件でDNAが果たした第一の役割は、犯人名を表示することではなかった。
DNAが強く答えたのは、
離れた地域の事件は、同じ未知人物につながっているのか。
という問いである。
2001年、その答えの一部が科学的に「YES」へ変わった。
北部のEast Area Rapist系列と南部の6件の殺人がDNAで接続された。
その後、捜査側は一つの未知DNAを中心に候補者を調べ、除外を続けた。
だが2016年になっても、FBIはそのDNAに対応する名前を持っていなかった。
ここから次の問題が始まる。
なぜ、犯人のDNAがあるのに、法執行機関のデータベースはJoseph James DeAngeloという名前へ到達できなかったのか。
CASE066-04では、CODISを中心に、DNAデータベースが何を照合でき、どこで止まるのかを整理する。
FACT CHECK|出典・参考資料
- [1] FBI Law Enforcement Bulletin (2002) is the controlling case-specific source for the statement that DNA linked the East Area Rapist to six southern California murders in 2001
- [2] The same FBI alert separately says modus operandi implicated the offender in additional murders; CASE066-03 does not convert those additional behavioral links into DNA-confirmed links
- [3] FBI 2016 material is used to establish that investigators possessed crime-scene DNA capable of linking or eliminating suspects and were still seeking the name/face associated with that DNA
- [4] NIJ material explains general forensic DNA comparison, inclusion/exclusion, STR profiling, statistics and evidence preservation. It is not used to invent undocumented Golden State Killer laboratory procedures
- [5] CASE066-03 does not state which exact STR kit, loci set, laboratory workflow or statistical value produced the 2001 GSK linkage because the reviewed case-specific official source does not provide those details
- [6] CODIS architecture, database eligibility and familial searching are deliberately deferred to CASE066-04
Golden State Killer――遺伝子系譜で追い詰めるまで 第3回 全8回 全8回を見る
- 01 Golden State Killerとは何だったのか|40年以上続いた捜査の全体像
- 02 複数の呼称はどう一つにつながったのか|East Area RapistからGolden State Killerへ
- 03 Golden State Killer|DNAは何をつないだのか|複数地域の事件を結びつけた法科学
- 04 Golden State Killer|なぜDNAがあっても捕まらなかったのか|CODISと長期未解決捜査の壁
- 05 Golden State Killer|遺伝子系譜捜査とは何か|DNAデータベースにない人物を親族から絞る仕組み
- 06 Golden State Killer|遺伝子系譜からデアンジェロ特定まで
- 07 Golden State Killer|逮捕後、何が司法で確定したのか|有罪答弁と終身刑
- 08 Golden State Killer事件は捜査をどう変えたのか|遺伝子系譜とプライバシー