Golden State Killer事件で2018年に注目されたのが、investigative genetic genealogy――捜査遺伝子系譜である。
この手法はしばしば、
親族のDNAから犯人を見つける技術
と説明される。
方向としては間違っていない。
しかし、その表現だけでは重要な工程が抜け落ちる。
遺伝子系譜捜査は、犯罪現場DNAを入れると犯人名が返ってくる検索機能ではない。
また、DNAが似ている親族を一人見つければ、そこから犯人が自動的に決まるわけでもない。
より正確には、
通常の法執行DNAデータベースで人物名に届かなかった未知DNAについて、より多くの遺伝的マーカーを使って親族関係の手掛かりを探し、伝統的な系譜調査と捜査情報を組み合わせて、調べるべき人物候補を徐々に絞る手法
である。
U.S. Department of Justice(DOJ)は2019年のInterim Policyで、forensic genetic genealogyを、DNA分析とtraditional genealogy researchを組み合わせて未解決暴力犯罪のinvestigative leadを作る方法と定義している。
この「leadを作る」という部分が最も重要である。
遺伝子系譜捜査は、最終確認そのものではない。
CODISとは、そもそも見ているDNA情報が違う
CASE066-04では、CODISが主に法執行DNAデータベース内の登録済みプロファイルを照合する仕組みであることを確認した。
DOJの2019年policyは、従来のforensic DNA typingとFGGの違いをかなり明確に説明している。
従来のCODIS系DNA鑑定では、歴史的に13〜20、現在はそれ以上を含むSTR markerを比較してきた。
一方、DOJ policyが説明するFGGでは、50万を超えるSNP(single nucleotide polymorphism)を調べる。
SNPは、一つの塩基位置に現れるDNA配列の違いである。
なぜ大量のSNPを見るのか。
目的が違うからである。
CODIS型のSTR比較では、
犯罪現場DNAと、この人物DNAは一致するか。
という個人識別・照合が中心になる。
FGGでは、
この未知DNAと、系譜データベース内の人物は、どの程度の親族関係にある可能性があるか。
を見る。
同じ「DNA捜査」でも、問いが違う。
SNPで見るのは「完全一致」ではなく、共有しているDNAの範囲
親族はDNAの一部を共有する。
近い親族ほど、一般に大きなDNA区間を多く共有する。
遠い親族になるほど、世代を重ねる過程でrecombination、つまりDNAの組み換えが進み、共有する区間は短く、少なくなっていく。
DOJ policyは、FGGが50万を超えるSNPを使うことで、未知試料と潜在的親族の間に存在するshared blocks of DNAを調べ、親族関係について推定できると説明している。
ここで得られるのは、
「この人物が犯人」
ではない。
得られるのは、
「この利用者と未知試料の人物は、
何らかの親族関係にある可能性がある」
というgenetic associationである。
つまり最初の出力は「容疑者」ではなく、「家系へ入る入口」に近い。
centiMorganは「親族の近さ」を考える手掛かりになる
DOJ policyは、genetic genealogy serviceが、遺伝的に関連する利用者と、推定関係、場合によっては共有DNA量を示すと説明している。
共有DNA量はcentiMorgan(cM)で表される。
一般に、共有DNA量が多いほど近い親族関係の可能性が高くなる。
ただし、
500 cMなら必ずこの続柄
のように一意に決まるわけではない。
同程度の共有量が複数の親族関係で起こり得るため、年齢、世代、家系情報、複数matchとの関係などを組み合わせる必要がある。
したがって、DNA matchは答えではない。
家系図を作るための座標である。
実際の作業は「親族を見つけて終わり」ではない
Sacramento County District Attorney’s Officeは、investigative genealogyの現実的な作業をかなり具体的に説明している。
同Officeによれば、ケースによっては、
- 複数のfamily treeを構築する
- 多数のfamilial lineageを扱う
- 各lineageを候補に入れる/外す
- 系統上の人物を特定する
- どの枝へ捜査を集中すべきか絞る
という工程が必要になる。
これは「DNA検索」という言葉から受ける印象より、かなり人力の調査に近い。
たとえば、未知DNAとある利用者に遠い親族関係が示されたとしても、その利用者本人が容疑者とは限らない。
捜査対象は、その人物の親、祖父母、曾祖父母、兄弟姉妹、子孫、いとこ系統などへ広がる可能性がある。
そこから公的記録や系譜資料を使って家系図を伸ばし、
- 年齢が合わない
- 性別が合わない
- 犯行時期に生まれていない
- 地理的に不可能
- 家系が別方向へつながる
といった条件で枝を落としていく。
一つのmatchから一人へ直線で進むのではない。
多数の枝を作り、消し、交差させる作業である。
一人の親族候補だけに頼るわけではない
遺伝子系譜捜査で強いのは、複数の親族候補を組み合わせられる場合である。
仮に未知DNAについて、
- match Aは父方の遠縁らしい
- match Bは別の遠縁らしい
- match Cは母方につながる可能性がある
という手掛かりが得られたとする。
系譜調査によって、それぞれの家系を遡り、共通祖先や婚姻関係を調べる。
そして、複数の系統が交差する子孫群を探す。
概念的には次のようになる。
Match A
↓
家系A ─────────┐
│
├─ 候補となる子孫群
│
家系B ─────────┤
↑ │
Match B │
│
家系C ─────────┘
↑
Match C
この交差によって、数百・数千人規模の家系から、現実的に調査可能な候補群へ絞っていく。
ただし実際の案件では、matchの距離、家系資料の量、養子縁組、非公表の親子関係、記録の欠落などによって難易度は大きく変わる。
DNAだけでは、家系図は作れない
遺伝子系譜という名前から、すべてがDNAデータで完結するように見える。
実際にはそうではない。
DOJはFGGを、
DNA analysis + traditional genealogy research
の組み合わせとして説明している。
traditional genealogy researchには、案件や法的条件によって、
- 出生・死亡・婚姻に関する記録
- censusなどの公的記録
- obituary
- 新聞資料
- 公開系譜情報
- 住所・年代・家族関係に関する記録
などが使われ得る。
重要なのは、DNAが直接これらを「知っている」わけではないことだ。
DNAは親族関係の方向を示す。
人間の調査が家族関係を再構築する。
そして警察捜査が、事件時期・地域・人物属性との整合を確認する。
三つの作業は別である。
「家系上の候補」と「捜査上の容疑者」も同じではない
家系図から条件に合う人物が現れても、その時点ではまだ遺伝的な手掛かりから導かれた候補にすぎない。
DOJ policyは明確である。
genetic associationはinvestigative leadとしてのみ使用される。
そして、GG serviceが示した遺伝的関連だけを根拠にsuspectを逮捕してはならないとしている。
なぜか。
系譜matchは、
ある家系に近い
ことを示しても、
この特定人物が犯罪現場DNAの供給者である
ことを直接確認するものではないからだ。
したがって候補者が出た後には、
- 犯行時期の年齢
- 居住地
- 勤務歴
- 移動可能性
- 車両や生活史
- 既存事件情報
- 他の除外条件
など、通常捜査が必要になる。
DNA系譜は通常捜査を置き換えない。
通常捜査の入口を作る。
最後は再びSTR DNAへ戻る
FGGの流れで特に重要なのがここである。
DOJ policyでは、genetic associationを経てsuspectが特定された場合、STR DNA typingを行い、その人物のSTR profileを、以前CODISへ登録されたforensic profileと直接比較することを求めている。
つまり工程は円環のように見える。
犯罪現場STR DNA
↓
CODISで人物一致なし
↓
FGG用SNP profile
↓
親族候補
↓
家系図
↓
人物候補
↓
通常捜査
↓
候補者STR DNA
↓
元の犯罪現場STR profileと直接比較
FGGはSTRを捨てる技術ではない。
むしろ、STR/CODISで氏名に届かなかったケースについて、別のDNA表現と系譜調査で候補者を探し、その後もう一度従来型の直接DNA比較へ戻す。
この構造を理解すると、
系譜DNAが犯人を証明した
という表現が不正確であることが分かる。
なぜCODISのデータをそのまま系譜検索できないのか
CODISとFGGはデータの形式も用途も違う。
FBIは、forensic genetic genealogyについて、
- non-law-enforcement DNA databasesを使う
- CODISの20 offender markersとは異なるmarkerを使う
- familial searchingとは異なる
と明記している。
DOJ policyも、FGGSで得られた情報はCODIS DNA Indexへupload、search、retainできないとしている。
つまり、
CODIS profile
↓
そのまま家系サイトへ検索
という単純な変換ではない。
FGGにはFGG用のSNP profile生成が必要になる。
2019年DOJ policyでは、当時Department laboratoriesが通常のforensic caseworkでSNP解析を行っていなかったため、適切な案件ではvendor laboratoryへのoutsourcingが必要になると説明していた。
この部分は2019年時点のDOJ運用説明であり、Golden State Killer事件の2018年当時にどのvendor・どの具体的方法が用いられたかをこの記事から逆算してはいけない。
CASE066-05では一般原理としてのみ扱う。
遠い親族からでも絞り込みが可能になる理由
本人が系譜データベースに登録していなくても、遠い親族が登録していれば、共有DNA区間が手掛かりになる場合がある。
ここがCODISとの大きな違いである。
CODIS型の直接照合は、基本的に「その人物自身の登録プロファイル」があると強い。
FGGは、
本人がいなくても、家系のどこかに遺伝的な接点があれば、候補系統を作れる可能性がある。
ただし、親族が遠くなるほど共有DNAは小さくなり、同じ共有量に対応する親族関係の候補も増える。
そのため、
遠い親族を見つける力があること
と
遠い親族から簡単に一人を特定できること
は別である。
後者には大量の系譜調査が必要になる。
Sacramento County DAが「複数のfamily tree」「多数のfamilial lineage」と説明するのは、このためである。
参照DNAは家系の枝を確認するためにも使える
Sacramento County DAは、community membersの協力によるreference testingが、時間を節約し、事件解決の可能性を高めると説明している。
これは最終容疑者DNAだけを意味しない。
家系図上で、
この系統が本当に未知DNAにつながるのか
を確認するため、第三者親族からreference sampleを得ることが有効な場合がある。
DOJ policyも、より近い親族関係にある第三者が系譜調査で見つかった場合、その人のreference sampleが未知試料提供者の特定に役立つ可能性を示している。
ただし第三者は容疑者ではない。
この点は重要である。
遺伝子系譜捜査では、捜査対象ではない親族のDNAや家系情報が捜査工程へ関わる。
これがCASE066-08で扱うprivacy問題につながる。
D03|遺伝子系譜捜査の工程
CASE066-D03では、FGGを「魔法の検索」として描かない。
六つの段階へ分ける。
図の中心は5番である。
FGGの「genealogy」は飾りではない。
SNP matchと最終DNA確認の間に、家系を再構築する大きな人間作業が存在する。
FACT CHECK|遺伝子系譜をめぐる6つの誤解
系譜データベースに犯人本人がいなければ使えない
不正確。
親族とのshared DNAから、家系へ入る手掛かりを得られる可能性がある。
一番近いDNA matchが犯人である
不正確。
matchは親族関係の可能性を示す。利用者本人が犯人とは限らない。
SNP matchだけで逮捕できる
不正確。
DOJ policyはgenetic associationだけによる逮捕を認めず、伝統的系譜調査、通常捜査、最終STR比較を必要としている。
CODISのDNAをそのまま家系サイトへ入れる
不正確。
CODISとFGGはmarker、database、algorithm、用途が異なる。FGGにはSNP-based profileが使われる。
遺伝子系譜は完全自動化された検索である
不正確。
自動比較は親族候補を作る部分に使えるが、その後の家系図構築と候補除外には大規模なtraditional genealogy researchが必要になる。
Golden State Killerの2018年捜査も2019年DOJ policy通りに行われた
そのようには言えない。
DOJ Interim Policyは事件後に制定された一般的な連邦運用指針である。この記事ではFGGの仕組みを説明するために使用し、2018年のDeAngelo捜査の各工程をretroactiveに証明する資料としては使わない。
遺伝子系譜が変えたのは「人物候補を作る工程」だった
DNA捜査の従来モデルでは、未知DNAと一致する人物が登録データベースにいなければ、捜査は別の方法で候補者を作る必要があった。
遺伝子系譜は、その空白に新しい経路を作った。
本人のDNAが直接登録されていなくても、親族の共有DNAから家系へ入る。
家系図を広げる。
複数の枝を比較する。
年代、地域、性別、生活史などで候補を減らす。
そして現実の人物候補が出た後、通常捜査と直接DNA確認へ戻る。
だからFGGは、
「DNAから犯人名を出す技術」ではなく、「DNAから調べるべき家系と人物候補を作る捜査手法」
と理解する方が正確である。
Golden State Killer事件でこの一般原理が実際にどのようにJoseph James DeAngeloへ収束したのかは、別の問題である。
次のCASE066-06では、遠縁の遺伝的手掛かりから家系をたどり、どのようにDeAngeloが捜査候補となり、最終確認DNAへ進んだのかを、公開一次資料で確認できる範囲に限定して追う。
Sources
-
U.S. Department of Justice, “Interim Policy: Forensic Genetic Genealogical DNA Analysis and Searching,” approved September 2, 2019; effective November 1, 2019.
https://www.justice.gov/olp/page/file/1204386/dl?inline= -
U.S. Department of Justice, “Department of Justice Announces Interim Policy on Emerging Method to Generate Leads for Unsolved Violent Crimes,” September 24, 2019.
https://www.justice.gov/archives/opa/pr/department-justice-announces-interim-policy-emerging-method-generate-leads-unsolved-violent -
Federal Bureau of Investigation, “CODIS Archive.”
https://le.fbi.gov/science-and-lab/biometrics-and-fingerprints/codis-2 -
Sacramento County District Attorney’s Office, “The Cold Case Science and Technology Unit.”
https://www.sacda.org/in-the-courtroom/the-cold-case-science-and-technology-unit/ -
Office of Justice Programs / Forensic Technology Center of Excellence, “An Introduction to Forensic Genetic Genealogy Technology for Forensic Science Service Providers,” September 2022.
https://www.ojp.gov/library/publications/introduction-forensic-genetic-genealogy-technology-forensic-science-service -
National Institute of Justice, “Just Science: DNA: Just Investigative Genetic Genealogy,” October 2019.
https://nij.ojp.gov/library/publications/just-science-dna-just-investigative-genetic-genealogy
Source note
- DOJ’s 2019 Interim Policy is the controlling general-mechanics source for this article: STR/CODIS versus SNP-based FGG, more than half a million SNPs, genetic associations, centiMorgans, genealogy research, lead-generation status and confirmatory STR comparison.
- The policy postdates the 2018 Golden State Killer arrest. It is therefore used to explain the method generally, not to assert that every 2018 step, vendor, database or procedure matched the later policy.
- FBI CODIS Archive is used to distinguish FGG from CODIS familial searching and to establish that FGG uses non-law-enforcement databases and different markers.
- Sacramento County DA is used for the operational reality of constructing multiple family trees and ruling familial lineages in or out, and for its statement that its office participated in the DeAngelo genealogy team.
- This article deliberately avoids naming a specific genealogy database as the definitive 2018 GSK search platform. Database-specific history is reserved for CASE066-06 only if supported by sufficiently strong case-specific sources.
- FGG produces investigative leads, not a standalone finding of guilt. The final direct comparison with crime-scene DNA remains a separate evidentiary step.
Golden State Killer――遺伝子系譜で追い詰めるまで 第5回 全8回 全8回を見る
- 01 Golden State Killerとは何だったのか|40年以上続いた捜査の全体像
- 02 複数の呼称はどう一つにつながったのか|East Area RapistからGolden State Killerへ
- 03 Golden State Killer|DNAは何をつないだのか|複数地域の事件を結びつけた法科学
- 04 Golden State Killer|なぜDNAがあっても捕まらなかったのか|CODISと長期未解決捜査の壁
- 05 Golden State Killer|遺伝子系譜捜査とは何か|DNAデータベースにない人物を親族から絞る仕組み
- 06 Golden State Killer|遺伝子系譜からデアンジェロ特定まで
- 07 Golden State Killer|逮捕後、何が司法で確定したのか|有罪答弁と終身刑
- 08 Golden State Killer事件は捜査をどう変えたのか|遺伝子系譜とプライバシー