Golden State Killer事件には、一見すると不思議な空白がある。
2001年にはDNAによってEast Area Rapistと南カリフォルニアの複数殺人が結びついていた。
2016年にはFBIが、捜査側は犯人のDNAを把握しているが、そのDNAに対応する「顔や名前」がないという状態を公に説明していた。
それでも逮捕は2018年まで実現しなかった。
では、なぜDNAプロファイルが存在していたのに、警察のDNAデータベースで人物を特定できなかったのか。
答えは単純である。
DNAデータベースは、登録されていない人物の名前を自動的に生成する装置ではない。
CODISは非常に強力な仕組みだが、基本的には「あるDNAプロファイルを、別の登録済みDNAプロファイルと比較する」システムである。
犯罪現場の未知DNAと一致する既知人物のDNAがデータベース内に存在すれば、捜査は大きく前進する。
存在しなければ、未知DNAは未知のまま残る。
Golden State Killer事件の長期停滞は、この構造を理解すると見えやすくなる。
CODISは「全国民DNA名簿」ではない
CODISはCombined DNA Index Systemの略称で、FBIが開発したDNAデータベース検索システムである。
National DNA Index System(NDIS)はその全国レベルにあたり、連邦・州・地方の参加法科学研究所が提供するDNAプロファイルを扱う。
FBIのCODIS and NDIS Fact Sheetは、性的暴行事件を例に基本的な検索構造を説明している。
犯罪現場の証拠から、加害者とみられる未知DNAプロファイルを作成する。
そのプロファイルを、州データベース内の
- convicted offender profiles
- arrestee profiles
などと検索する。
候補一致が出れば、研究所が所定の確認手続きを行い、確認後に人物のidentityへ到達する。
同時に、犯罪現場由来の未知DNAはForensic Index、つまり他の事件現場由来プロファイルとも比較される。
この構造を簡略化すると、こうなる。
犯罪現場の未知DNA
↓
CODISで検索
↙ ↘
既知人物DB 他の犯罪現場DNA
↓ ↓
一致候補 事件間リンク
↓
確認手続
↓
人物identity
ここで決定的なのは、左側の「既知人物DB」である。
一致する人物プロファイルが登録されていなければ、検索結果から人物名は生まれない。
CODISに入っているのは、法的に収集・登録されたプロファイルである
CODISには誰のDNAでも自由に入れられるわけではない。
FBIのFact SheetとNIJの教材は、データベース内に複数のindexがあることを説明している。
代表的なのは、
- Convicted Offender Index
- Arrestee Index
- Forensic Index
である。
Convicted Offender Indexには、法令に基づいて収集された有罪者のDNAプロファイルが入る。
Arrestee Indexは、州法などで認められた対象逮捕者のプロファイルを扱う。
Forensic Indexには、犯罪現場証拠から得られた未知人物などのDNAプロファイルが入る。
つまり、CODISの人物検索能力は、誰のDNAが法的に収集され、登録されているかに依存する。
データベース外の人物については、単純な照合だけでは名前が出ない。
この点は、Golden State Killer事件の「DNAはあるのに人物がいない」という状況と一致する。
Sacramento County District Attorney’s Officeは現在、investigative genetic genealogyを、
DNAは存在するが、CODISに一致がないケース
で利用する手法として説明している。
同Officeは、Joseph DeAngeloをGolden State Killerとして特定したgenealogy teamの一部だったことも明記している。
つまり、Golden State Killer事件で重要だったのは、CODISに未知DNAを入れて突然DeAngeloの名前が返ってきたことではない。
CODIS検索で人物名へ届かない状態が先にあった。
CODISができる二つの大きなこと
CODISの役割をGolden State Killer事件に当てはめるなら、大きく二つに分けられる。
1. 犯罪現場と登録人物をつなぐ
事件現場DNA
↓
CODIS検索
↓
登録済み人物DNAと候補一致
↓
確認
↓
人物へ接続
これは非常に強力である。
もし未知犯のDNAプロファイルと一致する人物がOffender IndexやArrestee Indexに存在すれば、捜査は大きく前進する。
2. 犯罪現場同士をつなぐ
事件AのDNA
↓
Forensic Index
↓
事件BのDNA
↓
同一未知人物へのリンク
人物名が分からなくても、事件同士を結びつけられる。
CASE066-03で扱ったのはこちらの側面である。
2001年のGolden State Killer事件では、DNAが北部のEast Area Rapist系列と南部の複数殺人を結びつけた。
しかし「同じ未知犯」と分かったことと、「その未知犯が誰か」は別だった。
「ヒットがない」という結果にも意味がある
CODIS検索で一致が出ないと、「何も分からなかった」ように見える。
だが実務上はそうではない。
一致がないという結果は、
現時点で検索対象データベース内に、確認可能な一致候補がない。
という情報を与える。
これは、
このDNAを持つ人物が存在しない。
という意味ではない。
犯人は犯罪歴がない。
と断定できるわけでもない。
過去に一度も警察と接触していない。
と証明するわけでもない。
DNA登録制度には時代・法域・対象犯罪・採取条件などが関係するため、人物が実在していても、比較可能なプロファイルがデータベースに存在しないことはあり得る。
Golden State Killer事件では、この「比較対象が存在しない壁」が長く残った。
familial searchingと普通のCODIS検索は同じではない
ここでよく混同されるのがfamilial searchingである。
通常のCODIS検索では、犯罪現場DNAと登録DNAについて、本人同士の一致候補を探す。
familial searchingは別の考え方を使う。
FBIのCODIS Archiveは、familial searchingについて、データベース内に完全一致がない場合に、近親者である可能性を示す候補を意図的に探す方式として扱っている。
ただし、FBIはfamilial searchingはNDIS、つまり全国レベルでは現在実施していないと説明している。
さらに重要なのは、familial searchingとforensic genetic genealogyを明確に別物としている点である。
この区別を崩すと、Golden State Killer事件の技術的な意味が分からなくなる。
familial searchingとgenetic genealogyは何が違うのか
FBIはCODIS Archiveで、forensic genetic genealogyについて次の点を明確にしている。
- CODISのfamilial searchingとは異なる
- non-law-enforcement DNA databasesを利用する
- CODIS law-enforcement offender databaseとは異なるDNA markersを使う
- 親族やfamily treeを探す目的で第三者データベースへDNAを提供した人々のデータが関係する
- この方式が2018年のGolden State Killer特定につながった
つまり、
CODIS / familial searching
= 法執行DNAデータベース側の仕組み
Forensic Genetic Genealogy
= CODISとは別のデータ環境・マーカー・系譜探索
という境界がある。
両方とも「親族」という言葉が出るため似て見える。
しかし運用基盤は同じではない。
Golden State Killer事件では、何が不足していたのか
2016年時点の捜査状況を整理すると、かなりの材料が揃っていた。
- 複数事件が同じ未知犯へリンクされていた
- 犯罪現場由来DNAプロファイルが存在した
- 候補者が浮上すればDNA比較で除外できた
- 複数捜査機関が情報を共有していた
- FBIが全国キャンペーンを行っていた
それでも人物名が分からなかった。
不足していたのは、
DNAそのものではなく、比較すべき実在人物への入口
だった。
CODISで直接一致する既知人物がいない。
通常の情報提供や経歴捜査で候補が出ても、DNAで次々に除外される。
未知DNAは存在している。
だが、そのDNAから現実世界の候補者群を十分効率的に作る手段が足りない。
2018年にinvestigative genetic genealogyが埋めたのは、まさにこの空白だった。
D02で見る「どこで止まっていたのか」
CASE066-03で作成したD02は、この記事では中央から右側を見る。
Golden State Killer事件の長期停滞は、Cの「一致候補なし」の状態として理解できる。
問題はDNAの精度ではなく、検索対象側に対応する人物プロファイルが存在するかだった。
それでもCODISは無力だったわけではない
「CODISで見つからなかった」という事実から、
CODISは役に立たなかった。
と結論するのも誤りである。
CODIS型データベースの価値は、
- 犯罪現場同士をつなぐ
- 登録済み人物との候補一致を出す
- 他地域の事件と共通DNAを見つける
- 既知候補を除外するための捜査基盤を作る
という点にある。
Golden State Killer事件では、DNAによる事件統合自体が、後のinvestigative genealogyを可能にする前提だった。
もし犯罪現場DNAが残されていなければ、2018年の新しい系譜捜査へ進むこともできなかった。
つまり、
CODISで名前が出なかったこと
と
CODIS型DNA捜査が無意味だったこと
は全く違う。
2018年の突破は「検索対象を変えた」ことにある
従来の法執行DNA検索では、主に法的に登録されたプロファイルを相手に比較する。
investigative genetic genealogyでは、発想が変わる。
犯人本人が法執行DNAデータベースに登録されていなくても、遠縁を含む親族につながる遺伝的手掛かりを探し、そこから家系図を構築する。
Sacramento County DAは、この作業について、複数のfamily treeと多数のfamilial lineageを組み立て、候補系統を一つずつ絞る複雑な工程になり得ると説明している。
この時点でも、まだ「犯人確定」ではない。
得られるのは捜査候補である。
候補者が絞られた後、通常捜査と確認DNAが必要になる。
詳細はCASE066-05と06へ送る。
CASE066-04で固定したいのは、
2018年の新しさは、未知DNAそのものが突然高性能になったことではなく、未知DNAを比較する「相手の探し方」が変わったこと
である。
なぜこれはプライバシー問題にもつながるのか
CODISは法執行データベースとして、登録対象、研究所、データ形式、検索運用などの制度枠の中で動く。
一方、forensic genetic genealogyは、法執行機関外のDNAデータベースや系譜情報を捜査へ接続する。
この違いは、技術的な問題だけではない。
本人が警察へDNAを提供していなくても、親族が系譜サービスへ提供したデータから、ある家系へ捜査が近づく可能性がある。
そのため、DOJは2019年にforensic genetic genealogyに関するinterim policyを公表し、この手法を未解決重大犯罪の捜査リード生成に利用する一方、privacyとcivil libertiesとの均衡が必要だと明示した。
この制度的論点はCASE066-08で詳しく扱う。
ここでは、CODISの限界を超えた新しい手法が、同時に新しい統治問題を生んだことだけ押さえる。
FACT CHECK|CODISをめぐる5つの誤解
犯罪現場DNAをCODISに入れれば、誰でも名前が出る
不正確。
一致する登録プロファイルが存在する場合に候補へ到達できる。データベース外の人物を氏名付きで生成する機能ではない。
CODISには全国民のDNAが入っている
不正確。
登録対象は法令・index・法域などに基づく。Convicted Offender、Arrestee、Forensicなど複数の区分がある。
CODISで一致しなければ、その人物は犯罪歴がない
不正確。
一致なしは、検索対象データベース内で確認可能な一致候補がないことを示す。人物の全経歴を証明するものではない。
familial searchingとgenetic genealogyは同じ
不正確。
FBIは明確に区別している。forensic genetic genealogyはnon-law-enforcement DNA databasesと異なるmarker系を用いる別方式である。
Golden State KillerはCODISの親族検索で見つかった
不正確。
FBIはGolden State Killerについてforensic genetic genealogyによる特定例として説明している。Sacramento County DAも、CODIS一致がないDNA事件にinvestigative genetic genealogyを用いる枠組みでDeAngelo特定を説明している。
DNAがあるのに捕まらなかった理由
Golden State Killer事件で、DNAは不足していなかった。
少なくとも2001年には、複数地域の事件をつなぐ力を持っていた。
2016年には、捜査官が候補者をDNAで除外できる状態にもあった。
それでも人物名には届かなかった。
理由は、
DNAプロファイルがあれば、その人物の名前が自動的に分かる。
という前提が間違っているからである。
CODISは比較システムである。
比較対象となる既知プロファイルが存在すれば強力に機能する。
存在しなければ、未知DNAは未知のまま残る。
2018年の突破は、法執行DNAデータベースに本人がいない状況でも、親族関係を利用して「誰を調べるべきか」を作れる別の経路を捜査へ持ち込んだことにある。
次のCASE066-05では、そのinvestigative genetic genealogyが、どのように親族候補から家系図を作り、未知DNAから人物候補を絞るのかを、CODISとの違いを保ったまま分解する。
Sources
-
Federal Bureau of Investigation, “CODIS and NDIS Fact Sheet.”
https://www.fbi.gov/how-we-can-help-you/dna-fingerprint-act-of-2005-expungement-policy/codis-and-ndis-fact-sheet -
Federal Bureau of Investigation, “CODIS Archive.”
https://le.fbi.gov/science-and-lab/biometrics-and-fingerprints/codis-2 -
National Institute of Justice, “What is CODIS?”
https://nij.ojp.gov/nij-hosted-online-training-courses/codis/collecting-dna-evidence-at-property-crime-scenes/what-codis -
National Institute of Justice, “Profile Types.”
https://nij.ojp.gov/nij-hosted-online-training-courses/codis/collecting-dna-evidence-at-property-crime-scenes/profile-types -
National Institute of Justice, “Database Files.”
https://nij.ojp.gov/nij-hosted-online-training-courses/what-every-investigator-and-evidence-technician-should-know/codis/database-files -
Sacramento County District Attorney’s Office, “The Cold Case Science and Technology Unit.”
https://www.sacda.org/in-the-courtroom/the-cold-case-science-and-technology-unit/ -
U.S. Department of Justice, “Department of Justice Announces Interim Policy on Emerging Method to Generate Leads for Unsolved Violent Crimes,” September 24, 2019.
https://www.justice.gov/archives/opa/pr/department-justice-announces-interim-policy-emerging-method-generate-leads-unsolved-violent -
U.S. Department of Justice, “Interim Policy: Forensic Genetic Genealogical DNA Analysis and Searching,” approved September 2, 2019.
https://www.justice.gov/olp/page/file/1204386/dl?inline=
Source note
- FBI CODIS/NDIS Fact Sheet is the controlling source for the basic search model: forensic unknown profiles can be searched against convicted offender/arrestee indices and against the Forensic Index.
- NIJ sources are used to explain database levels and profile categories; they are not used to claim that any specific GSK profile was eligible for any specific index at a specific historical date unless the case source says so.
- Sacramento County DA explicitly describes its investigative genetic genealogy work as being used in cases where DNA exists but CODIS has no match, and states that the office participated in the genealogy team that identified Joseph DeAngelo.
- FBI CODIS Archive is the controlling source for distinguishing familial searching from forensic genetic genealogy and for the statement that national-level NDIS familial searching is not currently conducted.
- The article does not claim that DeAngelo had or did not have any particular prior DNA-collection eligibility history; that is unnecessary to explain why the reviewed official record describes the case as a no-CODIS-match genealogy case.
- DOJ 2019 policy is used only to show the later institutional response to FGG’s privacy/civil-liberties implications; CASE066-08 handles that issue in depth.
Golden State Killer――遺伝子系譜で追い詰めるまで 第4回 全8回 全8回を見る
- 01 Golden State Killerとは何だったのか|40年以上続いた捜査の全体像
- 02 複数の呼称はどう一つにつながったのか|East Area RapistからGolden State Killerへ
- 03 Golden State Killer|DNAは何をつないだのか|複数地域の事件を結びつけた法科学
- 04 Golden State Killer|なぜDNAがあっても捕まらなかったのか|CODISと長期未解決捜査の壁
- 05 Golden State Killer|遺伝子系譜捜査とは何か|DNAデータベースにない人物を親族から絞る仕組み
- 06 Golden State Killer|遺伝子系譜からデアンジェロ特定まで
- 07 Golden State Killer|逮捕後、何が司法で確定したのか|有罪答弁と終身刑
- 08 Golden State Killer事件は捜査をどう変えたのか|遺伝子系譜とプライバシー