1986年4月26日午前1時23分04秒。
チェルノブイリ原子力発電所4号炉で、
タービン発電機8号機の停止弁が閉じられた。
安全試験が始まった。
停止へ向かうタービン発電機の惰性回転から、
主循環ポンプへどこまで電力を供給できるのか。
試験開始とともに、
タービン発電機8号機から電力を受けていた4台の主循環ポンプは
少しずつ回転数を落としていった。
冷却水流量が低下する。
炉心内の蒸気量が増える。
RBMKには正のボイド係数がある。
ここだけを並べれば、
試験開始と同時に原子炉が暴走し始めたように見える。
しかし、後の事故調査が示した経過は少し違う。
試験開始後およそ30秒間、
原子炉出力や蒸気ドラムの圧力、水位などは、
運転員の介入を必要とするほど異常には変化していなかった。
そして午前1時23分40秒。
4号炉の制御室で、
原子炉を停止させるためのEPS-5――一般にAZ-5と呼ばれるボタンが押された。
その数秒後、
原子炉出力は急激に上昇する。
本来なら事故を止めるための操作が行われた直後だった。
なぜ、原子炉を停止させる操作のあとに、
4号炉は破壊されたのか。
チェルノブイリ事故の中心にある
数秒間を追う。
CASE FILE 38|第4回
今回の問い
01時23分40秒にAZ-5が作動したあと、
RBMK-1000の炉心内部で何が起こり、
なぜ緊急停止系は4号炉を停止させることができなかったのか。
事故直前――出力200MW、ORMは約8本
試験開始直前の4号炉は、
通常運転から大きく離れた炉心状態にあった。
熱出力は約200MW。
RBMK-1000の定格熱出力3200MWに対し、
約6%にすぎない。
事故後、
01時22分30秒の炉心状態をPRIZMAプログラムで再計算した結果、
運転反応度余裕――ORMは
8本相当だった。
さらに炉心内部では、
軸方向の中性子束分布が大きく二つのピークに分かれていた。
つまり、
炉心を一つの均一な発熱体として扱える状態ではない。
上部と下部で出力分布が大きく異なる、
不均一な状態になっていた。
そして制御棒の多くは、
炉心から大きく引き抜かれていた。
第2回で見た
「正のスクラム効果」が発生し得る条件が整っていた。
01時23分04秒――試験開始
01時23分04秒。
タービン発電機8号機の緊急停止弁が閉じられた。
タービンへの蒸気供給が止まり、
タービンと発電機は惰性で回転を続ける状態へ入った。
同時に、
この発電機から電力を受けていた4台の主循環ポンプも
徐々に回転数を落としていく。
その結果、
ポンプの吐出量も減少する。
INSAG-7によれば、
試験開始から約35秒後には、
総冷却材流量は初期値から約10~15%低下していた。
冷却材の流量が下がれば、
炉心で水が蒸気へ変わる割合は増える。
RBMKでは、
その蒸気増加が正の反応度を加える可能性がある。
ではこの時点で、
原子炉はすでに暴走し始めていたのか。
後の調査では、
そうとは確認されなかった。
FACT CHECK|試験開始と同時に出力暴走が始まったのか
INSAG-7の再評価では、その説明は支持されていない。
試験開始後、
タービン惰性回転によって冷却材流量は徐々に低下し、
炉心の蒸気量は増えた。
しかし解析では、
この段階で生じた正のボイド反応度は小さく、
制御棒の短い移動で補償可能だったとされる。
また試験開始からAZ-5作動まで、
原子炉出力や蒸気ドラム圧力などに、
運転員または自動安全系による緊急介入を要求する変化は確認されていない。
01時23分30秒――まだ決定的な異常信号は出ていない
試験開始から約26秒。
01時23分30秒には、
それまで記録されていた
「One overcompensation upwards」
信号が消えた。
少なくとも記録された主要パラメータ上では、
この段階まで明確な出力暴走は確認されていない。
INSAG-7の事故再評価委員会は、
試験開始からEPS-5が押されるまでに
「隠れた暴走」のような事故開始現象を確認できなかったとしている。
これは重要である。
チェルノブイリ事故を
「ポンプ流量が落ちる
→ 蒸気が増える
→ 出力が暴走する
→ 慌ててAZ-5を押した」
という一本道で説明すると、
後の再評価とは合わない。
実際には、
AZ-5が押された時点まで、
記録上の原子炉は少なくとも急激な暴走状態には入っていなかった。
01時23分40秒――AZ-5
01時23分40秒。
上級原子炉制御技師が
EPS-5の手動緊急停止ボタンを押した。
一般には、
ロシア語表記から
AZ-5として知られる操作である。
なおチェルノブイリ原発公式年表では
テレタイプ記録から01時23分39秒、
INSAG-7のDREG基準時刻では01時23分40秒とされる。
約1秒の違いは記録系統の違いによるもので、
事故の因果関係を変えるものではない。
重要なのは、
この操作が本来の緊急停止操作だったことである。
AZ-5を押せば、
すべての制御・保護棒が炉心へ挿入され、
大量の負の反応度が加わる。
核分裂連鎖反応は抑えられ、
原子炉は停止する。
そう設計されているはずだった。
なぜAZ-5を押したのか
ここにも有名な物語がある。
「原子炉の出力上昇を見た運転員が、
慌ててAZ-5を押した」
しかしINSAG-7の事故再評価委員会は、
なぜAZ-5が押されたのかを確定できなかったとしている。
チェルノブイリ原発側の後年の説明では、
試験終了に伴って原子炉を停止するための
通常の操作だったとしている。
つまり、
「すでに暴走していたので非常停止を押した」
と断定できる記録はない。
試験を終え、
予定どおり原子炉を停止するために押された可能性が高い。
FACT CHECK|AZ-5はパニック状態で押されたのか
確認されていない。
INSAG-7は、
AZ-5を押した直接の理由を確定できなかったとしている。
また事故再評価では、
AZ-5作動前に運転員が対応しなければならないほどの
急激な出力暴走は記録されていない。
したがって
「暴走を見て慌ててAZ-5を押した」
という説明を確定事実として扱うことはできない。
制御棒が動き始める
AZ-5信号が入ると、
制御棒と緊急保護棒が上部から炉心へ向かって動き始めた。
通常なら、
ここから原子炉出力は下がっていく。
しかし1986年当時のRBMKでは、
制御棒が大きく引き抜かれた状態から挿入された場合、
最初の数秒に逆の現象が起こり得た。
制御棒には、
中性子を吸収する吸収部だけでなく、
長い黒鉛ディスプレーサが取り付けられていた。
制御棒が上限付近まで引き抜かれていると、
炉心下部の制御棒チャンネルには水が残る。
そこへ制御棒を挿入すると、
最初に黒鉛ディスプレーサがその水を押し出す。
RBMKでは、
水は冷却材である一方、
中性子を吸収する物質でもある。
その水が黒鉛へ置き換われば、
局所的に中性子吸収が減少する。
つまり、
原子炉を停止するために制御棒を入れ始めた瞬間、
炉心の一部では正の反応度が投入される。
上では出力が下がり、下では上がった
さらに事故当時の炉心は、
均一な出力分布ではなかった。
キセノンの影響などによって、
炉心上部と下部に出力ピークを持つ
複雑な中性子束分布になっていた。
その状態で制御棒が挿入された。
吸収部が入り始めた上部では、
中性子束が低下する。
一方、
黒鉛ディスプレーサが水を置換した下部では、
中性子束が上昇する。
原子炉全体が均一に
「出力上昇」したわけではない。
まず炉心内部の出力分布そのものが
大きく変形した。
AZ-5作動
↓
制御棒が上部から挿入開始
↓
上部:吸収材によって反応度低下
↓
下部:水を黒鉛ディスプレーサが置換
↓
炉心下部へ正の反応度投入
↓
下部の局所出力が急上昇
出力表示だけでは、炉心内部を捉えきれなかった
ここでも計測系の問題がある。
炉心外側の電離箱から得られる
総出力表示だけを見れば、
制御棒挿入直後には一度小さな出力低下が記録され、
その後出力が上昇している。
しかし後の計算解析では、
その間に炉心下部へ出力が集中していた可能性が示された。
つまり制御室の一つの出力表示が、
巨大な炉心内部で起こっている局所的な変化を
即座にすべて示していたわけではない。
事故解析では、
後に残された信号記録と
炉心物理モデルを組み合わせ、
この数秒間が再構成された。
約3秒後――暴走信号
01時23分43秒。
側面の電離箱が、
原子炉出力の急激な上昇を検出した。
INSAG-7の時系列では、
この時点で
出力上昇率に関する緊急保護信号と
過出力信号が作動した。
記録上の熱出力は
530MWを超えていた。
ただし、この数字を
「炉心全体が530MWだった」とだけ理解すると不十分である。
炉心内部の出力分布はすでに大きく崩れており、
局所的には平均値よりはるかに大きい発熱が発生していたと考えられている。
INSAG-7に収録された計算では、
AZ-5作動後の約5秒間に
原子炉全体の出力が事故前の値の数十倍へ増加した結果も示されている。
局所的な燃料の線出力は、
さらに大きな値になった。
正のスクラムと正のボイド係数が接続する
ここで第2回の二つの設計特性が、
同じ事故シーケンスの中で接続する。
最初は制御棒の黒鉛ディスプレーサによって、
炉心下部へ正反応度が入る。
局所出力が上がる。
燃料から冷却材への熱流束が増える。
水が急激に沸騰する。
蒸気――ボイドが増える。
RBMKでは大きな正のボイド係数が存在する。
蒸気が増えるほど、
さらに正の反応度が加わる。
AZ-5
↓
黒鉛ディスプレーサが炉心下部の水を置換
↓
局所的な正反応度
↓
炉心下部の出力上昇
↓
燃料・冷却材の急激な加熱
↓
蒸気量増大
↓
正のボイド効果
↓
さらに出力上昇
停止系による最初の正反応度と、
原子炉物理による正のボイド効果が
正帰還として接続した。
数秒で燃料が耐えられない領域へ入る
出力が急上昇すると、
燃料温度も急激に上がる。
通常の原子炉では、
燃料から発生した熱を
冷却材へ一定の条件で移動させる。
しかし数秒という時間スケールで
局所出力が何倍、何十倍にもなれば、
熱を運び出す速度が追いつかない。
INSAG-7に収録された事故解析では、
炉心下部の高出力領域で
燃料要素が破損する条件へ達したと評価されている。
燃料が損傷し、
高温の燃料が冷却水と直接接触する。
蒸気生成はさらに急激になる。
燃料チャンネル内部の圧力が上がる。
そして燃料チャンネルそのものが
破壊され始めた。
RBMKでは、数本のチャンネル破損が全体破壊につながり得た
RBMKは、
一つの巨大な圧力容器の内部に
すべての燃料を収める原子炉ではない。
多数の圧力管――燃料チャンネルに分けて
冷却水を流す構造だった。
これは通常運転ではさまざまな利点を持つ。
しかし事故時には、
別の問題を生んだ。
複数の燃料チャンネルが同時に破裂すると、
高圧の蒸気が原子炉空間へ一気に放出される。
当時のRBMKの原子炉空間の圧力逃がし能力は、
多数のチャンネルが同時破断する事象を十分に処理できる設計ではなかった。
INSAG-7では、
わずか数本の燃料集合体の重大損傷でも、
条件によっては原子炉構造そのものの破壊へ進み得る問題が指摘されている。
01時23分47秒――圧力と流量の記録が崩れ始める
01時23分46秒から46.5秒にかけて、
惰性回転試験に参加していた
主循環ポンプの一部が切り離された。
01時23分47秒。
記録には急激な変化が現れる。
試験に参加していなかった主循環ポンプの流量が
約40%急低下。
試験中のポンプの一部では、
流量計の値そのものが信頼できなくなった。
蒸気ドラムでは、
圧力と水位が急激に上昇した。
二つの主レンジ自動制御装置から
計測系異常信号も出ている。
制御システムが追っていた
通常のプロセス変数が、
一斉に通常領域から外れ始めていた。
01時23分49秒――「燃料チャンネル破断」
01時23分49秒。
DREGには、
原子炉空間の圧力上昇を示す
緊急保護信号が記録された。
事故時系列では、
これは
燃料チャンネル破断を示す信号
として記録されている。
同時に、
制御棒駆動機構の電源異常や
自動出力制御装置のアクチュエータ異常などの信号も残された。
すでに、
原子炉を通常の制御系で停止させられる段階ではなくなっていた。
制御棒が途中で止まる
原子炉運転員の記録には、
01時24分として
「激しい衝撃」と
制御・保護棒が下端まで到達せず停止したことが残されている。
なぜ棒が止まったのか。
制御棒駆動装置が単独故障したからではない。
炉心内部で複数の圧力管が破壊され、
原子炉構造そのものが変形したことで、
制御棒を挿入する経路自体が失われていったと考えられている。
つまりこの時点では、
「制御棒をもっと入れる」という操作そのものが
物理的に成立しなくなっていた。
上部構造が持ち上げられた
複数の燃料チャンネルが破損すると、
大量の高圧蒸気が原子炉空間へ放出される。
圧力は急激に上昇する。
RBMKには、
多数のチャンネルが同時に破断した場合の圧力を
十分に逃がす能力がなかった。
その結果、
原子炉上部の巨大な構造物が持ち上げられ、
さらに多くの燃料チャンネルが破壊された。
炉心内部の局所的な反応度事故は、
ここで原子炉全体の機械的破壊へ変わった。
| 時刻 | 記録された出来事 |
|---|---|
| 01:23:04 | タービン発電機8号機の停止弁閉鎖。惰性回転試験開始 |
| 01:23:10 | 設計基準事故を模擬する試験信号 |
| 01:23:30 | 「One overcompensation upwards」信号終了 |
| 01:23:39~40 | AZ-5/EPS-5作動。制御・保護棒が炉心へ挿入開始 |
| 01:23:43 | 急激な出力上昇を検出。過出力信号。記録上530MW(th)超 |
| 01:23:46~46.5 | 惰性回転中の主循環ポンプが順次切離し |
| 01:23:47 | ポンプ流量急変。蒸気ドラム圧力・水位急上昇 |
| 01:23:49 | 原子炉空間圧力上昇/燃料チャンネル破断信号 |
| 01:24ごろ | 激しい衝撃。制御棒が下端へ到達できず停止 |
「爆発」は一度だったのか
4号炉では、
大きな爆発音が複数回聞かれた。
チェルノブイリ原発の公式年表では、
「二回または三回の爆発」と表現されている。
ただし、
それぞれの爆発について
「第1爆発は完全にこれ、第2爆発は完全にこれ」と
すべての機構が確定しているわけではない。
事故解析で強く支持されているのは、
急激な出力暴走による燃料損傷、
燃料チャンネル破断、
大量の蒸気生成と圧力上昇、
原子炉構造の機械的破壊が連続して起きたことである。
その後の化学反応や水素の寄与を含め、
最終的な破壊現象の細部には解析上の不確実性が残る。
FACT CHECK|チェルノブイリは「水素爆発」で壊れたのか
事故後には、
水素爆発を含む複数の事故シナリオが検討された。
しかしINSAG-7に収録された再評価では、
制御棒ディスプレーサによる反応度投入と
正のボイド効果による急激な出力上昇が
事故進展の中心として扱われている。
化学反応が後続する爆発へ寄与した可能性まで否定する必要はないが、
「水素が突然爆発して原子炉事故が始まった」
という説明は事故経過を正確に表していない。
「AZ-5を押さなければ事故は起きなかった」のか
ここまで読むと、
一つの疑問が残る。
AZ-5を押さなければ、
4号炉は爆発しなかったのではないか。
INSAG-7は、
制御棒挿入が最終的に事故を破壊的な段階へ押し進めた可能性を
重く見ている。
しかし、
だからといって
「AZ-5を押した運転員が事故を起こした」
という結論にはならない。
AZ-5は、
原子炉を安全に停止させるための装置である。
原子炉を停止させようとしたときに、
その停止装置が逆方向の反応度を与え得ること自体が
設計上の問題だった。
しかもこの現象は、
事故当夜の運転員へ十分知らされていなかった。
運転員に要求されるべきなのは、
「緊急停止装置を押さないこと」ではない。
本来なら、
どの許容運転状態から作動させても、
緊急停止系は設備を安全側へ移行させなければならない。
安全装置を使うと危険になる状態を許していた
制御システムの観点から見ると、
チェルノブイリ4号炉の状態は極めて異常である。
安全機能は、
通常制御が失敗したときに最後に残る防護層である。
ところがRBMKでは、
低いORM
+ 特定の制御棒配置
+ 不均一な炉心出力
+ 大きな正のボイド係数
という条件が重なると、
安全機能の作動開始そのものが
一時的に危険側の入力になり得た。
しかもその危険状態を
インターロックによって自動排除する仕組みもなかった。
ORMが下限を割っても、
それだけで原子炉が自動停止する設計ではない。
運転員が低ORMの安全上の意味を完全に理解するための情報も不足していた。
これは単なる「操作ミス」では説明できない。
危険な状態へ入れる。
その状態を自動検出して停止できない。
そして最後の停止操作にも危険な挙動が存在する。
複数の防護層が、
同じ設計条件によって弱くなっていた。
事故の決定的な数秒
試験直前
200MW / ORM約8本 / 不均一な炉心
↓
01:23:04
タービン惰性回転試験開始
↓
冷却材流量が徐々に低下
↓
01:23:40
AZ-5作動
↓
制御棒挿入開始
↓
炉心下部の水を黒鉛ディスプレーサが置換
↓
炉心下部で正反応度
↓
局所出力急上昇
↓
蒸気生成急増
↓
正のボイド効果
↓
01:23:43以降――出力暴走
↓
燃料損傷
↓
複数の燃料チャンネル破断
↓
原子炉空間の急激な圧力上昇
↓
4号炉構造破壊
事故が始まった「一つの瞬間」を決めることは難しい
チェルノブイリ事故では、
「何時何分何秒に事故が始まったのか」
という問いにも注意が必要である。
01時23分04秒に試験は始まった。
01時23分40秒にAZ-5が作動した。
01時23分43秒には急激な出力上昇が検出された。
その数秒後には燃料・圧力管が破壊され、
原子炉全体の破壊へ進んだ。
しかし原因の形成は、
その数秒前ではない。
RBMKの設計は何年も前から存在していた。
正のスクラム効果は事故以前にも観測されていた。
前日から出力状態は変化し、
深夜にはキセノン中毒と低ORM状態へ入った。
最後の数秒は、
それまで積み上がっていた条件が
一度に接続された時間だった。
まとめ|原子炉を止める操作のあと、4号炉は止まらなかった
1986年4月26日01時23分04秒、
チェルノブイリ4号炉でタービン惰性回転試験が始まった。
ポンプ流量は徐々に低下し、
蒸気量は増えていった。
しかし後の事故再評価では、
試験開始直後から出力暴走が起きていたことは確認されていない。
01時23分40秒。
AZ-5が押され、
原子炉を停止するためにすべての制御・保護棒が炉心へ入り始めた。
ところが事故時の制御棒配置と炉心状態では、
黒鉛ディスプレーサが炉心下部の水を置換し、
最初に正の反応度を与えた。
局所出力が上昇する。
水が蒸気になる。
正のボイド係数によって、
さらに反応度が増える。
01時23分43秒には
急激な出力上昇が検出された。
その後数秒で燃料が損傷し、
複数の燃料チャンネルが破断。
大量の蒸気による圧力上昇が
原子炉構造そのものを破壊した。
チェルノブイリ事故で異常だったのは、
単に「安全装置が間に合わなかった」ことではない。
安全装置を作動させた最初の瞬間に、
その装置自身が危険側へ作用し得る炉心状態が存在した。
そして、その状態へ入ることを
設計も保護システムも確実には防げなかった。
爆発によって4号炉の屋根と原子炉構造は破壊された。
高温の燃料、黒鉛、構造材が露出し、
建屋の複数箇所で火災が始まる。
しかし現場へ向かっていた消防隊員たちは、
巨大な原子炉事故へ出動しているとは知らなかった。
次回は、
爆発後のチェルノブイリで最初の数時間に何が起きたのかを見る。
誰が火災を消そうとしたのか。
どこに極端な高線量区域があったのか。
そしてなぜ、
事故直後の現場で原子炉が完全に破壊されたという認識が
すぐには共有されなかったのか。
出典・参考資料
-
International Atomic Energy Agency,
The Chernobyl Accident: Updating of INSAG-1, Safety Series No.75-INSAG-7.
01時23分04秒以降の事故時系列、
EPS-5作動、炉心出力分布、
制御棒挿入による反応度変化、
燃料損傷・燃料チャンネル破壊の解析に使用。 -
Chornobyl Nuclear Power Plant,
Background, Chronology of the Accident.
試験開始、AZ-5作動、
出力上昇信号、爆発までの公式時系列の確認に使用。 -
Chornobyl Nuclear Power Plant,
Reasons and Scale of the Accident.
AZ-5作動時の炉心状態、
制御・保護棒の設計特性と
事故後の原因評価の確認に使用。
“`
“`
※AZ-5作動時刻について、INSAG-7のDREG基準時刻は01時23分40秒、
テレタイプ記録およびチェルノブイリ原発公式年表の一部では01時23分39秒となっている。
本文ではシリーズタイトルとの整合とINSAG-7の基準時刻から01時23分40秒を使用した。
※INSAG-7は、EPS-5が押された直接の理由を確定していない。
そのため「原子炉がすでに暴走していたため運転員が緊急停止を押した」とは断定していない。
※爆発の詳細な物理・化学メカニズムには不確実性が残る。
本文では、後の解析で強く支持されている
反応度上昇 → 局所出力上昇 → 燃料損傷 → 圧力管破損 → 原子炉構造破壊
という範囲を中心に記述し、個々の爆発を水素爆発・蒸気爆発等へ断定していない。