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チェルノブイリ原発事故⑦放射線被害はどこまで確認されているのか――UNSCEARが追った健康影響

チェルノブイリ原発事故⑦|放射線被害はどこまで確認されているのか――UNSCEARが追った健康影響

原子力事故

「チェルノブイリ原発事故では、結局何人が死亡したのか」

この問いには、
一つの数字だけでは答えられない。

事故直後に死亡した人。

大量被ばくによって急性放射線症を発症し、
数週間から数か月後に死亡した人。

子どものころに放射性ヨウ素へ被ばくし、
数年後に甲状腺がんを発症した人。

数十万人の事故処理作業員。

汚染地域に暮らした数百万人。

そして、
将来発生する可能性のあるがんを
統計モデルで推計した数字。

これらはすべて、
同じ「チェルノブイリの被害」という言葉の中で語られることがある。

しかし科学的には、
まったく違う種類の数字である。

国連科学委員会UNSCEARは、
事故後数十年にわたり、
被ばく線量、疾患発生率、死亡率、
疫学研究を検討してきた。

そこから見えてくるのは、
「被害はなかった」という結論でも、
「何十万人もの死亡が確認された」という結論でもない。

確認度の高い影響と、
まだ不確実性の大きい影響がある。

今回はその境界を見る。

CASE FILE 38|第7回

今回の問い

チェルノブイリ事故による健康影響について、
現在までに科学的に強く確認されているものは何か。

そして、
「症例数」「放射線による増加」「将来死亡数推計」は
なぜ同じ数字として扱えないのか。

最初に分けるべき4種類の数字

チェルノブイリの人的被害を理解するとき、
最初に数字の種類を分ける必要がある。

“`

“`

数字 意味
確認された症例 実際に診断された疾病 134人の急性放射線症
確認された死亡 個人単位で死亡が確認されたもの ARS患者28人の早期死亡
疫学的に増加が確認された疾病 集団として事故被ばくとの関連が支持されるもの 小児・青年期被ばく者の甲状腺がん
統計的推計 被ばく線量とリスクモデルから将来の過剰症例・死亡を計算 数千人規模の将来がん死亡推計

最後の「推計」は、
死亡者名簿ではない。

一方、
疫学的に個々の患者について
「この人のがんは事故が100%原因だった」
と証明することも通常はできない。

放射線による健康影響は、
こうした異なるレベルの証拠を使って評価される。

最も明確な急性影響――134人の急性放射線症

事故直後の健康影響については、
比較的明確な数字が残っている。

4月26日未明、
高線量区域にいた発電所職員や消防隊員などの初動対応者が
大量の放射線を受けた。

症状や血液検査などから
237人が急性放射線症の疑いとして評価され、
その後、
134人が急性放射線症――ARSと診断された。

WHO・UNSCEARの整理では、
この人々が受けた全身線量は
およそ0.8~16Gyの範囲だった。

そのうち
28人が事故後最初の約3か月に死亡した。

これは統計モデルによる推計ではない。

事故直後の高線量被ばく、
臨床症状、
死亡経過が確認された集団である。

FACT CHECK|「チェルノブイリの放射線による死亡者は28人」なのか

その言い方も不十分である。

28人は、
急性放射線症と診断された134人のうち、
事故直後の数か月に死亡した人数である。

それ以降に発生した甲状腺がんなどの健康影響や、
将来的ながん死亡リスクを含む数字ではない。

逆に、
数千人規模の将来死亡推計を
「事故直後に数千人が放射線で死亡した」
と読むことも誤りである。

なぜ消防隊員と発電所職員だけ線量が桁違いだったのか

事故後の被ばくは、
全員が同じように受けたわけではない。

事故当夜、
消防隊員や発電所職員は
破壊された炉心のすぐ近くで活動した。

屋根。

タービン建屋。

原子炉建屋内部。

地面に散乱した炉心物質の周辺。

一部では非常に高い線量率となっていた。

数分から数十分の滞在でも、
全身へGy単位の線量を受け得る環境だった。

これに対し、
プリピャチやさらに遠方の一般住民では、
被ばく経路も線量の大きさも異なる。

したがって、
チェルノブイリについて
「人間が16Gy被ばくした」
という数字を一般住民まで拡張してはいけない。

一般住民で特に問題になったのはヨウ素131だった

事故によって、
多種類の放射性核種が環境へ放出された。

その中でも、
事故直後の健康影響を考えるうえで
特に重要だったのが
ヨウ素131である。

ヨウ素131の物理学的半減期は約8日。

長期間環境に残る核種ではない。

しかし人体には、
ヨウ素を積極的に集める器官がある。

甲状腺である。

甲状腺は、
甲状腺ホルモンを作るために
血液中のヨウ素を取り込む。

そのとき、
安定ヨウ素なのか放射性ヨウ素なのかを
区別することはできない。

ヨウ素131を摂取すると、
甲状腺へ集まり、
そこでベータ線・ガンマ線を放出する。

牛乳が重要な被ばく経路になった

放射性ヨウ素は、
大気から地表へ沈着した。

牧草にも付着する。

牛がその草を食べる。

ヨウ素が牛乳へ移行する。

そして、
その牛乳を人が飲む。

特に影響を受けたのが子どもだった。

子どもの甲状腺は成人より小さい。

同じ量の放射性ヨウ素が取り込まれれば、
単位質量当たりの線量が大きくなりやすい。

また牛乳の摂取量も重要になる。

4号炉からヨウ素131放出

牧草へ沈着

牛が摂取

牛乳へ移行

子どもが摂取

甲状腺へ集積

甲状腺の内部被ばく

WHOは、
事故後の旧ソ連の一部地域で
汚染された食品や牛乳への規制が遅れたことが、
子どもの高い甲状腺線量につながったと整理している。

事故から4~5年後、甲状腺がんが増え始める

事故直後には、
小児甲状腺がんの大規模な増加は見えていなかった。

しかし1990年代に入ると、
事故当時に子どもだった集団で
甲状腺がんの増加が明確になった。

特に影響が大きかったのは、
ベラルーシ、
ウクライナ、
ロシアの高汚染地域だった。

WHOによれば、
事故当時に子どもまたは青年だった集団では、
2005年までに6000件を超える甲状腺がんが診断された。

UNSCEARは、
その増加と
個人の推定甲状腺線量との間に
線量反応関係が存在することを確認している。

つまり、
チェルノブイリ事故後に観察された健康影響の中でも、
小児・青年期の放射性ヨウ素被ばくと甲状腺がん増加の関係は、
最も強く確認された長期影響の一つ
である。

「6000件=6000件すべてが放射線によるがん」ではない

ここでも数字を分ける必要がある。

6000件を超える甲状腺がんが
その集団で実際に診断されたことと、
6000件すべてが
チェルノブイリ事故によって発生したことは同じではない。

甲状腺がんは、
放射線被ばくがなくても自然に発生する。

さらに事故後には
大規模な甲状腺検診が行われた。

検査回数が増えれば、
以前なら見つからなかった小さながんも発見されやすくなる。

したがって研究では、

自然発生分
+ 検診強化による発見増加
+ 放射線による増加

を区別する必要がある。

後のUNSCEAR評価では、約2万件まで増えた

観察期間が延びるにつれ、
症例数そのものも増えた。

UNSCEARの後年の評価では、
1986年当時に19歳未満だった
ベラルーシ、ウクライナ、
ロシアの最も影響を受けた地域の集団について、
1991~2015年に約2万件の甲状腺がんが記録された。

ただしこの2万件も、
すべて事故によるものではない。

UNSCEARは増加要因として、

  • 事故による放射線被ばく
  • 対象集団が年齢を重ねたことによる自然発生率の上昇
  • 事故後の健康意識向上
  • 医学的監視・検診能力の向上

を挙げている。

放射線へ帰属できる割合には
大きな統計的不確実性が残る。

したがって
「チェルノブイリで2万人が甲状腺がんになった」
とだけ書くと、
観察症例と事故による過剰症例を混同することになる。

FACT CHECK|「チェルノブイリで2万人が甲状腺がんになった」は正しいか

条件を付けなければ不正確である。

約2万件という数字は、
事故当時19歳未満だった最も影響を受けた地域の集団で、
1991~2015年に観察された甲状腺がん症例数である。

そこには自然発生分や、
強化された医学的監視によって発見された症例も含まれる。

UNSCEARは、
そのうち相当部分が放射線被ばくに帰属すると評価しているが、
帰属割合には大きな不確実性がある。

甲状腺がんは増えたが、死亡率は症例数ほど大きくない

「がんが6000件以上」という数字だけを見ると、
同規模の死亡が発生したようにも見える。

しかし甲状腺がんは、
適切な治療を受けた場合の生存率が比較的高い。

UNSCEARの後年の整理では、
事故当時に子ども・青年だった集団で確認された
6000件を超える甲状腺がんのうち、
少なくとも初期の追跡期間で確認された死亡は
症例数に比べて少数だった。

したがって、

甲状腺がん症例数

甲状腺がんによる死亡数

も分けなければならない。

セシウム137は、ヨウ素131とは別の問題を作った

ヨウ素131は、
半減期が約8日と短い。

そのため事故直後の甲状腺被ばくでは重要だが、
数十年後まで環境中に大量に残り続ける核種ではない。

一方、
長期的な汚染で重要になったのが
セシウム137である。

物理学的半減期は約30年。

土壌や森林などへ沈着し、
長期間にわたり外部被ばくや食品経由の内部被ばくへ寄与した。

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核種 半減期 チェルノブイリで特に重要だった影響
ヨウ素131 約8日 事故直後の甲状腺内部被ばく
セシウム137 約30年 長期的な土壌汚染・外部/内部被ばく

「放射能汚染」と一つの言葉でまとめると、
核種ごとの時間軸と臓器への影響が見えなくなる。

事故処理作業員――数十万人が同じ線量を受けたわけではない

事故後、
破壊された原子炉周辺の除染、
瓦礫撤去、
道路・建物の洗浄、
石棺建設などへ
大量の人員が投入された。

一般に
「リクビダートル」
と呼ばれる事故処理作業員である。

登録された事故処理作業員は
最終的には数十万人規模に達した。

WHOでは、
1986~1990年に登録された約53万人の
事故処理作業員について、
平均線量を約120mSvとしている。

ただし、
20mSv程度から500mSv程度まで
個人差は大きい。

そして事故当夜の消防隊員のように
数Gy以上を受けた集団とは
被ばくレベルがまったく異なる。

事故処理作業員では、白血病増加を示す研究がある

放射線被ばく後に比較的早く増加が現れ得る疾患として、
白血病は長く追跡されてきた。

一般住民については、
UNSCEARは
チェルノブイリ事故による白血病の明確な増加を
確認していない。

一方、
比較的高い線量を受けた一部の事故処理作業員では、
白血病リスクの増加を示唆する研究結果がある。

WHOも、
高線量のロシア人事故処理作業員などで
白血病増加を示す証拠が出ていると整理している。

つまり、


一般住民で白血病が大幅に増加した

という話と、


高線量の事故処理作業員で増加を示す研究がある

という話は同じではない。

白内障も、事故処理作業員で重要になった

放射線による健康影響は
がんだけではない。

眼の水晶体も放射線の影響を受ける。

急性放射線症から生存した人々や
事故処理作業員の研究から、
放射線による白内障が確認された。

さらにチェルノブイリの追跡研究は、
それ以前に考えられていたより低い線量でも
水晶体混濁が生じる可能性を示す重要なデータとなった。

これは後の放射線防護基準を考えるうえでも
重要な知見となっている。

では、他のがんは増えなかったのか

この問いにも、
「増えた」「増えなかった」の二択だけでは答えにくい。

UNSCEARは長年、
乳がん、
肺がん、
消化器がん、
白血病など
さまざまな疾患を検討してきた。

その中で、
甲状腺がんほど
事故による放射線被ばくとの関係が明確に確認された
一般住民の固形がん増加は見つかっていない。

だからといって
「放射線による他のがんは絶対に1件も発生していない」
という意味でもない。

低線量被ばくによる小さなリスク増加は、
自然発生する大量のがんの中から
疫学的に検出することが非常に難しい。

なぜ低線量の影響は「見えにくい」のか

仮に人口10万人の集団で、
通常1万人が生涯にがんで死亡するとする。

そこへ放射線被ばくによって
数十~数百人程度の追加死亡が起きたとしても、
実際の観測では

生活習慣
喫煙
飲酒
食生活
年齢構成
医療制度
検診率

などの影響と重なる。

個人についても、
ある肺がんが
放射線によるものなのか、
喫煙によるものなのか、
自然発生なのかを
通常の病理診断だけで区別することはできない。

そのため大規模集団を長期間追跡し、
線量の高い集団と低い集団で
発生率に差があるかを見る必要がある。

FACT CHECK|「統計的に増加を確認できない」=「被害ゼロ」なのか

同じ意味ではない。

小さなリスク増加は、
自然発生する疾病の変動に埋もれて
疫学研究で有意差として検出できないことがある。

したがってUNSCEARが
「明確な増加を確認していない」とする場合、
それは科学的証拠の強さについての表現であって、
個々の放射線誘発症例が絶対に存在しないという意味ではない。

遺伝的影響は確認されたのか

大規模な放射線事故が起きると、
しばしば
「子どもや孫の世代に遺伝的異常が大量発生する」
という懸念が語られる。

これは重要な研究対象になった。

しかしUNSCEARは、
チェルノブイリ事故後の一般住民について
放射線被ばくに起因する遺伝性疾患の明確な増加を示す
科学的証拠は確認されていない

と評価している。

出生異常についても、
地域・時期による変動や登録制度の変化などを考慮すると、
事故放射線との明確な因果関係は確立していない。

この分野も、
「絶対に影響がない」と証明されたという意味ではない。

現在の疫学データから
事故による明確な増加を確認できていない、
という位置づけである。

精神的・社会的影響は「放射線障害」とは別に大きかった

チェルノブイリが人間へ与えた影響を
放射線生物学だけで評価することもできない。

避難。

故郷の喪失。

仕事の喪失。

「汚染地域出身者」という社会的烙印。

将来がんになるのではないかという不安。

子どもへの影響に対する恐怖。

地域社会の分断。

WHOやチェルノブイリ・フォーラムは、
こうした心理・社会的影響を
事故の重大な健康上・社会上の結果として指摘している。

これは
「放射線の影響は心理的なものだけだった」
という意味ではない。

甲状腺がんなど、
放射線による身体的影響は実際に確認されている。

同時に、
避難や社会政策そのものが
長期間にわたり住民の健康と生活へ影響した、
ということである。

「4000人死亡」という数字は何なのか

チェルノブイリについて検索すると、
よく
「最終的に4000人が死亡する」
という数字が出てくる。

これは
「4000人の死亡が事故後に確認された」
という数字ではない。

2000年代の国連チェルノブイリ・フォーラムでは、
比較的高い被ばくを受けた
事故処理作業員、
避難者、
高汚染地域住民など
約60万人について、
被ばく線量と放射線リスクモデルから
生涯に最大約4000人程度の過剰ながん死亡が起こり得る
と推計された。

これは、
自然に発生するがん死亡に加えて
統計的に予測される追加分である。

FACT CHECK|4000人は「確認済みのチェルノブイリ死者」なのか

違う。

約4000人という数字は、
特定の高被ばく集団について
放射線リスクモデルを適用した将来予測である。

4000人全員を個人名で特定し、
「この人はチェルノブイリの放射線で死亡した」
と確認した数字ではない。

さらに対象人口、
対象地域、
線量モデル、
リスクモデルを変えれば
推計値も変わる。

なぜ「9000人」「1万6000人」など別の数字も存在するのか

推計対象を広げれば、
理論上の追加症例数も増える。

たとえば、
より広い旧ソ連の汚染地域住民まで対象に含める研究、
ヨーロッパ全域まで対象に含める研究もある。

IARCなどによるモデル研究では、
対象人口を約600万人へ広げれば約9000人、
さらにヨーロッパ全域まで評価すると
より大きな過剰がん死亡数が推計された例もある。

ここで重要なのは、

4000
9000
1万6000

のどれか一つだけが
「正しい死者数」という関係ではないことである。

計算対象の人口と地域が違う。

さらに低線量領域では、
小さな個人リスクを
非常に大きな人口へ適用するため、
モデル仮定の影響も大きくなる。

モデルによる将来推計と、疫学観察は役割が違う

低線量被ばくについて、
実際の疫学調査だけでは
増加を検出できない場合がある。

そこで放射線防護では、
既存の線量反応データを使って
将来リスクを推計する。

これは防護政策を考えるうえで必要である。

しかし、
その推計値を
「実際に観測された死亡数」
へ置き換えてはいけない。

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種類 具体例 証拠の意味
臨床確認 134人のARS 個人単位で症例を確認
死亡確認 ARS患者28人の早期死亡 個人単位で確認
疫学的関連 若年被ばく者の甲状腺がん増加 線量と発生率の関係を集団で確認
示唆的証拠 一部事故処理作業員の白血病 関連を示す研究あり、継続評価が必要
未確認 一般住民の大規模な白血病増加など 明確な事故由来増加は確認されていない
モデル推計 将来の過剰がん死亡数 個々の死亡者ではなく統計的予測

チェルノブイリの「死者数」が一つに決まらない理由

結局、
チェルノブイリ事故について
「死者は何人だったのか」
と聞かれて数字がばらつく最大の理由は、
数えているものが違うからである。

事故直後の外傷死だけを数えるのか。

ARSの早期死亡まで含めるのか。

甲状腺がんによる死亡を含めるのか。

事故処理作業員の将来がん死亡推計まで含めるのか。

旧ソ連の汚染地域住民まで含めるのか。

ヨーロッパ全域の低線量被ばくまでモデル化するのか。

対象を変えれば、
答えも変わる。

「死者数」を見るときの確認項目

チェルノブイリの死亡数を示す数字を見たら、
少なくとも次を確認する必要がある。

  1. 実測・確認値か、将来推計か
  2. 何年までの観察か
  3. 誰を対象にしているか
  4. どの地域まで含めているか
  5. 放射線への帰属をどう計算しているか

これを確認しなければ、
数十人と数万人という数字を
同じ尺度で比較してしまう。

UNSCEARが現在まで強く支持している健康影響

これまでの評価を整理すると、
チェルノブイリ事故による健康影響で
証拠が比較的強いものは次のようになる。

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健康影響 評価
初動要員の急性放射線症 確認
ARS患者の早期死亡 確認
若年被ばく者の甲状腺がん増加 明確な増加・線量との関連を確認
事故処理作業員の白内障 放射線との関連を支持
一部高線量事故処理作業員の白血病 増加を示す証拠あり
一般住民の白血病 明確な増加は確認されていない
一般住民の甲状腺以外の固形がん 事故放射線による明確な大規模増加は確認されていない
遺伝性疾患 事故放射線に起因する明確な増加は確認されていない

「大きな公衆衛生影響がない」という文言の読み方

UNSCEARの資料には、
甲状腺がん増加を除けば、
一般住民について
放射線による大規模な公衆衛生影響を示す証拠はない、
という趣旨の表現がある。

これを

「チェルノブイリでは健康被害がなかった」

と読むのは誤りである。

134人のARS。

28人の早期死亡。

若年被ばく者の甲状腺がん増加。

事故処理作業員の白内障。

これらは実際に確認されている。

一方、

「汚染地域住民のあらゆる疾病が放射線によって大幅に増加した」

という説明も、
現在の科学的評価では支持されていない。

両極端を避けなければならない。

「見えない被害」を数字で扱う難しさ

チェルノブイリの健康影響を理解しにくくしているのは、
放射線障害の多くが
事故現場の火傷や外傷のように
原因と結果を直接つなげにくいからである。

ARSのような高線量影響なら、
事故直後の被ばくと症状を比較的明確に結びつけられる。

しかし、
事故から10年後に一人の住民ががんになった場合、
そのがんが

放射線によるものか。

生活習慣によるものか。

自然に発生したものか。

個人単位では通常判断できない。

そこで集団を使う。

被ばく線量が高かった人ほど
疾病発生率が高いか。

年齢によって差があるか。

事故前の発生率と比較してどうか。

別地域と比較してどうか。

そうやって、
個人では見えない差を統計的に探す。

だから「確認されたこと」と「推計されたこと」を混ぜてはいけない

チェルノブイリについて
極端に小さい死者数と
極端に大きい死者数が同時に語られる理由は、
科学的結論が完全に対立しているからだけではない。

多くの場合、
別の種類の数字を比較している。

28人。

これはARSによる早期死亡。

6000件超。

これは2005年までに
事故当時子ども・青年だった特定集団で観察された
甲状腺がん症例数。

約2万件。

これは観察期間を2015年まで延ばした
同種集団の甲状腺がん症例数。

約4000人。

これは高被ばく集団について
リスクモデルから予測された
生涯の追加がん死亡数。

数字の意味が全部違う。

同じ「死者数」の欄へ並べることはできない。

まとめ|チェルノブイリの健康影響は「ゼロ」でも「一つの巨大な数字」でもない

チェルノブイリ事故による健康影響には、
確実性の異なる複数の層がある。

事故当夜に高線量を受けた
発電所職員や初動対応者では、
134人が急性放射線症と診断され、
28人が事故後最初の数か月に死亡した。

これは直接確認された急性影響である。

一般住民について、
最も明確に確認された長期影響は、
事故当時に子ども・青年だった集団の
甲状腺がん増加だった。

放射性ヨウ素、
特にヨウ素131を
汚染された牛乳や食品から摂取したことが
重要な被ばく経路になった。

一方、
一般住民全体での白血病、
甲状腺以外の固形がん、
遺伝性疾患などについては、
事故放射線による大規模な増加を示す
明確な証拠は現在まで確認されていない。

比較的高い線量を受けた事故処理作業員では、
白血病や白内障との関連を示す研究がある。

そして数千人規模で語られる
将来がん死亡数は、
観察済み死亡者の集計ではなく、
線量とリスクモデルから計算された統計的推計である。

チェルノブイリの放射線被害を正確に見るには、


確認された症例
+ 疫学的に確認された増加
+ 示唆段階の影響
+ 将来リスク推計

を分けなければならない。

「死者はたった数十人だった」
でもない。

「何十万人もの放射線死が確認された」
でもない。

証拠の強さが違う数字を、
それぞれの意味のまま読む必要がある。

そして事故後、
この放射線環境の中へ
さらに数十万人規模の人々が投入された。

瓦礫を撤去する。

屋根を除染する。

汚染土壌を剥がす。

破壊された4号炉を囲う。

次回は、
リクビダートルと呼ばれた事故処理作業員たちが、
壊れた原子炉をどう封じ込めたのか
を見る。

現場の位置|30km立入制限区域

チェルノブイリ原発周辺の現在位置。
1986年の汚染は同心円状に均一に広がったわけではなく、
実際の放射性物質沈着量は風向・降雨等により地域ごとに大きく異なる。


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出典・参考資料

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  • United Nations Scientific Committee on the Effects of Atomic Radiation,
    UNSCEAR 2008 Report, Annex D: Health effects due to radiation from the Chernobyl accident.
    急性放射線症、事故処理作業員、
    甲状腺がん、白血病、その他の健康影響についての主要評価に使用。
  • United Nations Scientific Committee on the Effects of Atomic Radiation,
    Chernobyl 2017 White Paper: Evaluation of data on thyroid cancer in regions affected by the Chernobyl accident.
    1991~2015年の甲状腺がん症例、
    放射線へ帰属可能な割合とその不確実性の更新確認に使用。
  • United Nations Scientific Committee on the Effects of Atomic Radiation,
    The Chornobyl Accident.
    UNSCEARによるチェルノブイリ健康影響の現行要約、
    6000件を超える甲状腺がん、
    一般住民の健康影響評価の確認に使用。
  • World Health Organization,
    Radiation: The Chernobyl Accident.
    134人のARS、
    28人の早期死亡、
    事故処理作業員の線量、
    甲状腺がん・白血病・白内障についてクロスチェックに使用。
  • World Health Organization,
    Health Effects of the Chernobyl Accident and Special Health Care Programmes.
    UN Chernobyl Forum Expert Group “Health”。
    長期健康影響と心理・社会的影響、
    将来がんリスク評価の確認に使用。
  • “`

※「症例数」と「放射線に起因する症例数」は同じではない。
甲状腺がんについては、
事故後の検診強化、自然発生率、年齢構成等も観察症例数へ影響する。

※約4000人等の将来がん死亡数は、
特定集団の線量と放射線リスクモデルから求められた統計的推計であり、
個々の死亡者について原因を確認した集計値ではない。
対象人口・地域・モデルによって推計値は異なる。

※「明確な増加が確認されていない」は
「事故放射線による症例が絶対に存在しない」という意味ではない。
低線量による小さなリスク増加は、
自然発生疾病の背景変動の中から疫学的に検出することが難しい。

※甲状腺がんの後年症例数について、
UNSCEARの2017 White Paperおよび後続資料では
1991~2015年に約20,000件が観察されたとされる。
これは20,000件すべてが放射線によるという意味ではないため、
本文では観察症例数と帰属症例を明確に分離した。