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なぜATFはマウント・カーメルを捜索しようとしたのか武器捜査・潜入・令状まで

なぜATFはマウント・カーメルを捜索しようとしたのか|武器捜査・潜入・令状まで

武装対立・包囲事件

1992年5月、テキサス州マクレナン郡保安官事務所からATFへ一本の情報が入った。

ウェーコ郊外の宗教共同体マウント・カーメルに関係する人物たちへ、銃器、弾薬、不活性化された手榴弾の部品、黒色火薬などが大量に配送されているというものだった。
配送先のひとつは、共同体から数マイル離れた金属製建物「Mag Bag」だった。

ただし、この時点で「大量の武器を買った=犯罪」と決まったわけではない。
アメリカでは合法的に購入・所持できる銃器や部品も多く、不活性の訓練用手榴弾なども、それだけで直ちに違法とは限らない。

ATFが調べる必要があったのは別の問題だった。

購入された銃器や部品が、連邦法で厳しく規制される全自動機関銃や「破壊装置」に違法に転用・製造されているのではないか。

この疑いを確認するため、ATFは約9か月にわたって配送記録、販売記録、元構成員の証言、技術専門家の評価を集め、やがてマウント・カーメルの向かい側に潜入捜査拠点まで設置した。

1993年2月25日、連邦判事はその資料を検討し、デビッド・コレシュの逮捕令状とマウント・カーメルなどの捜索令状を発付した。

2月28日の銃撃戦は、何もないところから突然始まったわけではない。
その前には、約9か月間の捜査があった。

この記事で分かること

  • ATFがブランチ・ダビディアンの捜査を始めたきっかけ
  • 大量の銃器所有そのものが捜査理由だったのか
  • 配送記録や販売記録から何が確認されたのか
  • 元構成員の証言はどのように使われたのか
  • ATFがマウント・カーメル向かいに潜入拠点を作った理由
  • 潜入捜査官ロバート・ロドリゲスが何をしていたのか
  • 逮捕令状と捜索令状は何を対象としていたのか
  • 児童虐待疑惑と火器捜査をなぜ分けて考える必要があるのか
  • 令状が発付されたことと、犯罪が確定したことの違い

CASE FILE 19|ウェーコ包囲事件特集(全10回)


  1. 第1回|ウェーコ包囲事件とは?|ATFの令状執行から51日間の包囲と炎上まで

  2. 第2回|ブランチ・ダビディアンとは何者だったのか|デビッド・コレシュとマウント・カーメル

  3. 第3回|現在の記事:なぜATFはマウント・カーメルを捜索しようとしたのか|武器捜査・潜入・令状まで

  4. 第4回|ATFの令状執行はなぜ銃撃戦になったのか|1993年2月28日の現場を追う

  5. 第5回|51日間の包囲で何が起きていたのか|FBIへの指揮移管と交渉の時系列

  6. 第6回|なぜウェーコの交渉は終結しなかったのか|「七つの封印」とFBIの圧力戦術

  7. 第7回|なぜFBIは4月19日に強制終結へ動いたのか|CSガス投入計画とジャネット・リノの決断

  8. 第8回|1993年4月19日、マウント・カーメルで何が起きたのか|突入開始から火災まで

  9. 第9回|ウェーコの火災は誰が起こしたのか|出火点・FLIR映像・FBI発砲説を検証する

  10. 第10回|ウェーコ事件は何を残したのか|裁判・議会調査・Danforth報告と法執行機関への影響

先に結論|問題は「銃をたくさん持っていたこと」ではなく、規制対象の武器を違法に製造・所持している疑いだった

ATFがマウント・カーメルを捜査した理由を「宗教集団が大量の銃を持っていたから」と説明すると、重要な部分が抜け落ちる。

アメリカでは、合法的に購入・所持できる銃器や弾薬は多い。
大量購入であっても、それだけで直ちに犯罪になるわけではない。

ATFが問題視したのは、購入・配送された物品の組み合わせ、元構成員の証言、販売店の記録などから、
合法な半自動式銃器などを規制対象の全自動機関銃として違法に所持している可能性や、連邦法上の「destructive device(破壊装置)」に該当する物を違法に製造・所持している可能性
が生じたことだった。

1993年2月25日に発付されたコレシュの逮捕令状も、宗教活動そのものを理由にしたものではない。
司法省の報告では、逮捕令状は破壊装置の違法所持容疑を対象とし、捜索令状はマウント・カーメルで違法な全自動機関銃と破壊装置に関する証拠を捜索することを認めていた。

一方で、令状が発付されたことは「捜査段階ですでに犯罪が確定していた」という意味でもない。

令状は、捜査官が提出した資料を判事が検討し、捜索・逮捕を認めるだけのprobable cause(相当な理由)があると判断したことを意味する。
最終的な有罪・無罪を決める裁判とは役割が異なる。

1992年5月|始まりはUPSの配送情報だった

ATFの現在の公式年表では、捜査の出発点を1992年5月としている。

マクレナン郡保安官事務所のダニエル・ウェイエンバーグ首席副保安官が、ATFオースティン支局へ情報を伝えた。
マウント・カーメルの住民に関係する人物へ、不審とみられるUnited Parcel Service(UPS)の配送が続いているという内容だった。

確認された配送物には、1万ドルを超える銃器類、不活性化された手榴弾の外殻、大量の黒色火薬などが含まれていた。

配送先として使われていた場所のひとつが「Mag Bag」と呼ばれる金属製の建物だった。
これはマウント・カーメル本体とは別の場所にあり、共同体の住民が使用していた。

保安官側はほかにも、共同体がコンクリートブロック造りの建物を建設していること、スクールバスを地中へ埋めて射撃場や防護施設のように使っているとみられること、武器を備蓄しているように見えることなどをATFへ伝えた。

ただし、これらはあくまで捜査を始めるきっかけである。

この段階でATFが「違法な機関銃がある」と直接確認したわけではなかった。
そのため、配送記録や銃器販売記録を追う作業が始まった。

6月|捜査官デイビー・アギレラが購入記録を追う

1992年6月、ATFオースティン支局の特別捜査官デイビー・アギレラが本格的に調査を進めた。

アギレラは地元保安官事務所から、1987年にヴァーノン・ハウエル――後のデビッド・コレシュ――とジョージ・ローデンの勢力との間で起きた銃撃事件など、共同体の過去について説明を受けた。

さらに配送伝票などを確認すると、マウント・カーメル関係者が多数の銃器部品や、爆発物に関連し得る物品を購入していることが分かってきた。

ATF側が注目した品目には、AR-15系の部品だけでなく、M16用として販売される部品セットや、訓練用手榴弾、黒色火薬などがあった。

ここでも重要なのは、個々の部品を所有しているだけで直ちに違法と判断されたわけではないことである。

問題は、何が実際に組み立てられていたのか、規制対象の武器が存在したのか、それらが必要な登録を受けていたのかという点だった。

ATFは、コレシュや関係者が連邦銃器販売業者・製造業者として必要な免許を持っているか、National Firearms Actで規制される武器が登録されているかなども確認した。

7月|銃器販売店の記録から購入量が見えてくる

1992年7月、ATFの担当者は銃器販売店Hewitt Hand Gunsを調査した。

ATFの年表によると、この販売店は「David Koresh」ではなく本名のVernon Howellに36丁の銃器を販売していた。
さらに、コレシュの関係者にも複数の銃器を販売していた。

在庫記録では65個のAR-15ロワーレシーバーが帳簿上存在する一方、店舗内にはなく、その後の記録からVernon Howellへ販売されていたことが確認されたとATFは整理している。

ATFはこうした記録を単独で見るのではなく、

配送伝票 → 販売店記録 → 部品の種類 → 登録状況 → 証言

という形で重ねていった。

つまり、捜査は「大量の銃を持っているらしい」という噂だけで進められたものではなかった。
少なくとも令状申請までには、商取引の記録や具体的な物品リストが重要な資料になっていた。

元構成員の証言|武器の存在だけでなく、共同体内部の状況も調べた

1992年後半になると、ATFはマウント・カーメルを離れた元構成員への聞き取りを増やした。

そこでは多数の銃器を見たという証言、射撃訓練への参加、武装した警戒態勢などについて情報が集められた。
ATFの年表では、元構成員の一人が24時間体制で武装警備が行われていたと語ったことなども記録されている。

また、児童への身体的・性的虐待をめぐる証言も集められた。

この部分は、ウェーコ事件を扱う際に非常に混同されやすい。

児童虐待に関する情報はATFの捜査資料の一部に含まれていたが、1993年2月28日に執行しようとした連邦逮捕・捜索令状の中心的な法的対象は火器・爆発物関連の違反だった。

司法省資料によれば、児童虐待についてはテキサス州当局も以前から調査を行っていた。
しかし、ATFは児童保護機関ではない。

したがって、

児童虐待・性的虐待をめぐる疑惑

共同体の背景情報として捜査資料に含まれる

連邦火器・爆発物法違反の疑い

ATFが逮捕・捜索令状を申請する直接の法的問題

と分けた方が、1993年2月28日の作戦目的を正確に理解できる。

1993年1月11日|道路の向かい側に潜入捜査拠点を作る

年が明けた1993年1月11日、ATFは捜査を新しい段階へ進めた。

マウント・カーメルの向かい側に家を確保し、そこを潜入・監視拠点として使用し始めた。

目的は、外から建物を見るだけでは分からない共同体内部の状況を把握することだった。

担当した潜入捜査官の一人がロバート・ロドリゲスだった。

ロドリゲスは、デビッド・コレシュの聖書講義に興味がある人物として共同体へ接触した。
司法省の後年の記録では、令状執行前に何度も施設内へ入って情報を集めていたことが確認されている。

これは単純な遠距離監視とは違う。

ロドリゲスはコレシュ本人と会い、聖書の話を聞き、共同体の人々と接触する立場まで入っていた。

後の51日間の包囲でも、コレシュは何度も「ロドリゲスと話したい」とFBIへ要求することになる。
それほど彼は、事件前のコレシュと直接関係を築いていた。

1月28日|コレシュ本人から武器について情報を得る

ATF公式年表によれば、1月28日には潜入捜査官がコレシュと接触し、聖書講義へ参加した。

コレシュは捜査官を射撃へ誘い、別の捜査官も加わった。
この接触を通じてATFは、コレシュが武器に詳しく、複数の銃器を自分の所有物として扱っていることなどを確認したとしている。

ATF側から見れば、これは大きな意味を持った。

それまで集めていた配送記録や第三者証言だけではなく、潜入捜査官がコレシュ本人と直接接触し、武器への関心や所有状況を確認する機会を得たからである。

一方、ここでも「コレシュが銃を所有していると確認した=違法銃器を確認した」と置き換えてはいけない。

潜入捜査の目的は、ほかの証拠と合わせて令状申請に必要な事実関係を積み上げることにあった。

ATFはなぜコレシュを外で逮捕しなかったのか

後にウェーコ事件をめぐって繰り返し問われるのが、

「大規模な強制捜索をせず、コレシュが外へ出たところを逮捕できなかったのか」

という問題である。

ATFの現在の年表でも、捜査初期にはコレシュを施設外へ誘い出すことが作戦成功の重要な要素として考えられていたことが記録されている。

しかしATF側は、コレシュが施設を離れないという情報から、その方法を断念していったとしている。

同時に、戦術担当者は長期包囲にも強い懸念を持っていた。
共同体には大量の武器があると考えられ、時間を与えれば防御態勢を整えられる可能性がある。
さらに元構成員からは、包囲した場合に集団自殺へ進む危険を指摘する情報も寄せられていた。

こうしてATF内部では、

「コレシュだけを外で拘束する」案でも、「長期包囲」でもなく、奇襲的に施設へ入り武器へ到達する前に制圧する

という作戦構想が強くなっていった。

ただし、この作戦判断そのものが適切だったかどうかは別問題である。

それは第4回で、2月28日当日に得られた情報と「奇襲性が失われた可能性」があるなかで、なぜ作戦が継続されたのかという問題と合わせて検証する。

2月25日|ついに逮捕令状と捜索令状が発付される

1993年2月25日、特別捜査官アギレラは、連邦検察官の協力を受けて作成した宣誓供述書へ署名した。

これを審査したテキサス西部地区連邦地方裁判所の判事が、デビッド・コレシュに対する逮捕令状と、マウント・カーメルおよびMag Bagを対象とする捜索令状を発付した。

司法省の1993年報告では、コレシュの逮捕令状は破壊装置を違法に所持している容疑に関するものだった。

捜索令状は、約77エーカーのマウント・カーメル敷地などについて、
違法に所持された全自動機関銃と破壊装置に関係する証拠
を探すことを認めていた。

ATFの公式年表によると、令状申請資料では次のような物品の購入・配送情報が挙げられていた。

種類 令状資料に記載された例
AR-15/M16関連 多数のアッパーレシーバー群、AR-15レシーバーユニット、M16関連部品セット
弾薬・弾倉 数千発の弾薬、多数のM16/AR-15・M14用弾倉、100発ドラムマガジン
グレネード関連 M31訓練用ライフルグレネード、不活性訓練用手榴弾、グレネードランチャー
火薬・化学物質 黒色火薬、硝酸カリウム、マグネシウム粉、アルミニウム粉など
その他の銃器 複数口径の拳銃・長銃など

ここで表にしたのは、令状資料に記載された購入・配送情報の概要である。

「購入記録に記載されていた物品」と「捜索で実際に発見された物品」と「裁判で違法と認定された物品」は同じカテゴリーではない。

この3つを混同すると、捜査段階の疑いをそのまま確定事実として扱うことになる。

令状が出た=有罪だった、ではない

ウェーコ事件では、その後の惨事があまりにも大きいため、2月28日以前の捜査も結果から逆算して語られやすい。

しかし法的には、

情報提供・捜査開始

配送記録・販売記録・証言・潜入捜査

宣誓供述書

判事がprobable causeを審査

逮捕令状・捜索令状

令状執行

押収・捜査

起訴・裁判

という段階がある。

1993年2月25日の時点で進んでいたのは「令状発付」の段階だった。

したがって、「令状が出たのだからATFの主張はすべて証明済みだった」という理解も、「まだ裁判前だからATFには何の根拠もなかった」という理解も正確ではない。

判事は捜査資料を審査し、強制捜索・逮捕を認めるだけの相当な理由があると判断した。

その令状を実際にどう執行するかは、さらに別の問題だった。

新聞「Sinful Messiah」が作戦日程へ影響する

令状が出る直前、ATFには別の時間制約も生じていた。
地元紙Waco Tribune-Heraldが、コレシュとBranch Davidiansについて長期取材を進めていたのである。

記事シリーズのタイトルは「The Sinful Messiah」。
児童虐待、コレシュの性的関係、武器などを扱う内容だった。

ATFは新聞記事が公表されれば、共同体側が警戒態勢を強め、潜入捜査や令状執行に影響すると懸念していた。

ATF公式年表によれば、2月24日には新聞社側が2月27日からシリーズを掲載する方針を決定した。
また、別の情報から当局による行動が近いと記者側にも察知され始めていた。

こうした状況のなかでATFは、予定していた令状執行の日程を1993年2月28日の日曜日へ変更した。

2月27日、「Sinful Messiah」の第1回が紙面に掲載された。

その翌朝、ATFはマウント・カーメルへ向かう。

FACT CHECK|「なぜATFが来たのか」を整理する

主張 判定 確認できること
ATFはBranch Davidiansが宗教団体だったため捜査した FALSE 捜査の中心は連邦火器・爆発物法違反の疑いだった
大量の銃を所有していただけで違法とされた FALSE 問題とされたのは全自動機関銃や破壊装置の違法製造・所持の可能性であり、単純な所有数ではない
捜査は1993年2月に突然始まった FALSE ATF公式年表では1992年5月に捜査開始
購入・配送記録は存在した FACT UPS配送記録、銃器販売店の帳簿などが捜査資料となった
ATFはマウント・カーメルへ潜入捜査官を入れていた FACT ロバート・ロドリゲスらがコレシュへ接触し、施設を複数回訪問した
ATFは児童虐待事件の令状を執行しようとしていた FALSE 虐待情報は存在したが、2月28日の連邦逮捕・捜索令状は火器・爆発物関連だった
逮捕・捜索令状はATFが自分で発行した FALSE ATFが宣誓供述書を提出し、連邦判事が審査して令状を発付した
令状が出た時点でコレシュの有罪が確定していた FALSE 令状発付は捜索・逮捕のためのprobable causeの判断であり、有罪判決ではない
ATFはコレシュを施設外で逮捕する可能性をまったく検討しなかった FALSE ATF年表では施設外へ誘い出す案も検討したが、実行困難と判断して断念したとされている

1992年5月から1993年2月28日まで|捜査の流れ

時期 出来事
1992年5月 マクレナン郡保安官事務所が不審なUPS配送についてATFへ情報提供。ATFが捜査開始
1992年6月 特別捜査官デイビー・アギレラが配送記録、銃器部品、登録状況などの調査を進める
1992年7月 ATFがHewitt Hand Gunsの記録を調査し、Vernon Howellや関係者への多数の銃器販売を確認
1992年秋 元構成員などへの聞き取りを拡大。武器、共同体内部、児童虐待などについて情報を収集
1992年12月 元構成員から武装警備や多数の武器について追加証言を得る
1993年1月 銃器専門家の技術評価などを進め、捜査から令状執行を前提とした計画へ移行
1月11日 マウント・カーメル向かいにATFの潜入・監視拠点を設置
1月28日 潜入捜査官がコレシュと接触し、聖書講義や射撃を通じて情報を収集
2月11~12日 ATF側が令状取得に向けて連邦検察側へ捜査情報を提示
2月24日 Waco Tribune-Heraldの記事掲載時期などを背景に、令状執行日程が切迫
2月25日 アギレラが宣誓供述書へ署名。連邦判事がコレシュの逮捕令状と施設の捜索令状を発付
2月27日 Waco Tribune-Heraldが「Sinful Messiah」第1回を掲載
2月28日 ATFがマウント・カーメルで令状執行を開始。銃撃戦へ発展

捜査の根拠と作戦の妥当性は、別々に評価する必要がある

ここまで確認すると、ATFの捜査が単なる噂だけで行われていたわけではないことが分かる。

配送記録、銃器販売店の帳簿、元構成員への聞き取り、登録状況の確認、銃器専門家による評価、潜入捜査。

これらが重ねられ、最終的には連邦判事が逮捕・捜索令状を発付した。

しかし、

「捜索する法的根拠があった」ことと、「2月28日に採用された令状執行方法が適切だった」ことは同じではない。

この二つを混同すると、ウェーコ事件を二択でしか評価できなくなる。

ATFに捜査根拠があったからといって、すべての戦術判断が自動的に正当化されるわけではない。
逆に、2月28日の作戦に重大な問題があったとしても、それだけで令状そのものに根拠がなかったことにはならない。

実際、事件後の政府検証ではATFの作戦計画や当日の意思決定について厳しい検討が行われることになる。

そして、その問題が最も重要になるのが1993年2月28日の朝だった。

まとめ|9か月の捜査は、2月28日朝に「捜査」から「作戦」へ変わった

ATFがBranch Davidiansの捜査を始めたのは1992年5月だった。

きっかけは、銃器、不活性手榴弾、黒色火薬などの配送に関する地元保安官からの情報だった。

そこから約9か月、ATFは配送記録、販売記録、元構成員の証言、銃器技術者の評価、潜入捜査を組み合わせて情報を集めた。

1993年1月にはマウント・カーメル向かいに潜入拠点を設け、ロバート・ロドリゲスらがコレシュ本人へ接触していた。

そして2月25日、連邦判事がデビッド・コレシュの逮捕令状とマウント・カーメルなどの捜索令状を発付した。

この時点までなら、事件はまだ「連邦火器捜査」である。

問題は、その令状をどう執行するかだった。

約75人のATF捜査官。
牛運搬用トレーラー。
屋根へ向かうチーム。
ヘリコプター。
武器庫を短時間で確保するという計画。

そして作戦当日の朝、潜入捜査官ロバート・ロドリゲスは、コレシュがATFの行動について知った可能性があることに気づく。

本来の前提だった「奇襲」は、すでに失われていたのか。

それでも、作戦は中止されなかった。

次回は1993年2月28日の約2時間半を追う。

ATF部隊がマウント・カーメルへ到着してから、令状執行が銃撃戦へ変わり、4人のATF捜査官が死亡するまで。

ウェーコ包囲事件が実際に始まった朝である。

今回出てきた言葉

ATF
当時のBureau of Alcohol, Tobacco and Firearms。銃器、爆発物、酒類・たばこなどに関する連邦法を担当していた機関。1992年5月からBranch Davidiansの火器・爆発物捜査を進めた。

Mag Bag
マウント・カーメルから離れた場所にあり、共同体関係者が使用していた金属製建物。銃器・部品などの配送先のひとつとしてATFの捜査対象となった。

National Firearms Act(NFA)
機関銃、短銃身の特定銃器、消音器、破壊装置など一定の武器を連邦レベルで規制する法律体系。ウェーコ事件の火器捜査を理解するうえで重要となる。

Destructive Device
連邦法上の「破壊装置」。一定の爆弾、手榴弾などがこの分類に含まれる。コレシュの逮捕令状では、この種の装置の違法所持が容疑として扱われた。

Probable Cause
逮捕や捜索を認める際の法的基準となる「相当な理由」。令状発付は有罪判決ではなく、強制捜査を行うための法的根拠が認められた段階を意味する。

ロバート・ロドリゲス
ATFの潜入捜査官。Branch Davidiansへ接触し、コレシュの聖書講義へ参加するなどして情報収集を行った。2月28日以降もコレシュが繰り返し彼との会話を要求した。

The Sinful Messiah
Waco Tribune-Heraldが1993年2月27日から掲載したBranch Davidiansとデビッド・コレシュに関する調査報道シリーズ。公開時期はATFの作戦日程にも影響した。


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出典・参考資料

  • Bureau of Alcohol, Tobacco, Firearms and Explosives — Timeline of Events / Remembering Waco

    1992年5月の捜査開始、配送情報、販売店調査、元構成員への聞き取り、潜入拠点設置、1月28日の潜入捜査、作戦計画、2月25日の令状発付までのATF側時系列確認に使用。
  • Bureau of Alcohol, Tobacco, Firearms and Explosives — Remembering Waco

    ATF捜査で把握された銃器、弾薬、AR-15/M16関連部品、訓練用グレネード、火薬等について、後年のATF公式整理を確認するために使用。
  • U.S. Department of Justice — Report to the Deputy Attorney General on the Events at Waco, Texas: Introduction

    デビッド・コレシュの逮捕令状が破壊装置の違法所持容疑に関するものであったこと、捜索令状が違法な全自動機関銃・破壊装置に関する証拠を対象としていたことを確認するために使用。
  • U.S. Department of Justice — Chronology: February 28 to April 19, 1993

    ロバート・ロドリゲスが令状執行前に複数回マウント・カーメルへ入っていたこと、包囲開始後もコレシュが彼との会話を繰り返し要求したことの確認に使用。
  • U.S. Department of Justice — Child Abuse

    児童虐待・性的虐待に関する元構成員証言がATFの宣誓供述書等にも含まれていたことを確認し、火器・爆発物令状との法的役割を混同しないために使用。
  • U.S. Department of Justice — Report to the Deputy Attorney General on the Events at Waco, Texas: Executive Summary

    2月28日に執行された逮捕・捜索令状の目的と、その後の事件概要の補助確認に使用。

本記事は1992年5月から1993年2月25日までの捜査経緯について、ATFの後年公式年表を主要資料として使用しています。
ATFはウェーコ事件の直接の当事者であり、同機関の年表は捜査側から再構成された資料です。そのため、ATF自身による作戦評価と、配送記録・令状発付・日付など比較的確認しやすい事実を同一の証拠強度では扱っていません。

また、令状資料に記載された購入・配送物、実際に施設内に存在した物、後の押収・鑑定で確認された物、刑事裁判で違法性が争われた物は区別しています。
本記事では「令状が発付された」という事実から、捜査段階のすべての主張が確定したとは扱っていません。

2月28日の作戦計画、奇襲性喪失の認識、ロバート・ロドリゲスから現場指揮系統への情報伝達、作戦中止判断の可否については次の記事で分離して検証します。