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ウェーコの火災は誰が起こしたのか出火点・FLIR映像・FBI発砲説を検証する

ウェーコの火災は誰が起こしたのか|出火点・FLIR映像・FBI発砲説を検証する

武装対立・包囲事件

1993年4月19日、午後0時07分41秒。

マウント・カーメル南東側、2階。

FBI航空機の赤外線映像に、最初の火災が現れた。

1分08秒後。

建物中央部1階、食堂付近にも火災が確認された。

さらに56秒後。

東側1階、礼拝堂付近に3つ目の火災が現れる。

最初の火災確認から約3分20秒後の午後0時11分には、
巨大なマウント・カーメルは急速に炎へ包まれ始めていた。

1993年の公式火災調査は、
この離れた3つの火災が短時間に発生したことを重視した。

さらに焼け跡や生存者の衣服から、
ガソリン、灯油、キャンプストーブ用燃料などの石油系可燃性液体が検出された。

火災から生還したBranch Davidian構成員の証言にも、
燃料の移動や、
「火をつけろ」
という趣旨の言葉が施設内で出ていたという内容があった。

これらを組み合わせ、
1993年の政府調査は
「火災は施設内部の人物によって意図的に起こされた」
と結論づけた。

しかし、話はそこで終わらなかった。

6年後の1999年。

FBIが4月19日に、
それまで政府が使用を否定していた
発火式の軍用催涙弾を3発使用していた
ことが明らかになる。

さらにFBI航空機のFLIR映像には、
銃口炎にも見える短い閃光が多数映っていた。

「政府は本当に火をつけていないのか」

「逃げようとした人々をFBIが撃ったのではないか」

という疑惑が再燃した。

そこで2000年、
元上院議員ジョン・ダンフォース率いる特別調査が、
火災、発火式催涙弾、FLIR映像、政府側発砲を改めて検証する。

ウェーコ事件を調べるうえで重要なのは、
1993年の公式結論と、1999年に発覚した新事実と、2000年の再調査を一つに混ぜないこと
である。

この記事で分かること

  • 1993年の火災調査が「放火」と判断した根拠
  • 3つの出火地点はどこだったのか
  • なぜ「一つの事故火災」では説明しにくいとされたのか
  • 可燃性液体は本当に検出されたのか
  • 生存者は火災について何を証言したのか
  • Graeme Craddockの証言をどこまで読めるのか
  • CS剤そのものは火災原因になり得たのか
  • 1999年に発覚した発火式催涙弾とは何だったのか
  • なぜその存在が6年間公表されなかったのか
  • 発火式催涙弾は火災発生地点へ撃ち込まれたのか
  • FLIR映像の閃光は本当に銃口炎だったのか
  • FBIが逃げるBranch Davidiansを射撃した証拠はあるのか
  • Danforth調査は何を確認し、何を否定したのか

CASE FILE 19|ウェーコ包囲事件特集(全10回)


  1. 第1回|ウェーコ包囲事件とは?|ATFの令状執行から51日間の包囲と炎上まで

  2. 第2回|ブランチ・ダビディアンとは何者だったのか|デビッド・コレシュとマウント・カーメル

  3. 第3回|なぜATFはマウント・カーメルを捜索しようとしたのか|武器捜査・潜入・令状まで

  4. 第4回|ATFの令状執行はなぜ銃撃戦になったのか|1993年2月28日の現場を追う

  5. 第5回|51日間の包囲で何が起きていたのか|FBIへの指揮移管と交渉の時系列

  6. 第6回|なぜウェーコの交渉は終結しなかったのか|「七つの封印」とFBIの圧力戦術

  7. 第7回|なぜFBIは4月19日に強制終結へ動いたのか|CSガス投入計画とジャネット・リノの決断

  8. 第8回|1993年4月19日、マウント・カーメルで何が起きたのか|作戦開始から火災まで

  9. 第9回|現在の記事:ウェーコの火災は誰が起こしたのか|出火点・FLIR映像・FBI発砲説を検証する

  10. 第10回|ウェーコ事件は何を残したのか|裁判・議会調査・Danforth報告と法執行機関への影響

先に結論|現在もっとも強く支持されるのは「内部からの複数放火」だが、政府説明には重大な信頼問題が残った

証拠を一つずつ分けると、結論は次のようになる。

論点 証拠から確認できること
火災は何か所から始まったか 1993年火災調査では少なくとも3か所
偶発的な単一火災だったか 3地点の距離と時間差から非常に説明しにくいとされた
可燃性液体は存在したか 焼け跡・衣服など複数試料からガソリン、灯油等を検出
内部で燃料が移動された証言はあるか 生存者Graeme Craddockなどの証言あり
内部で放火を指示する言葉があったか 複数生存者がその趣旨の言葉を聞いたと証言
Koresh本人が直接「火をつけろ」と命じたことは確認できるか 確定できない
FBIは発火式催涙弾を使ったか YES。3発使用したことが後年確認された
その3発が火災を起こしたか Danforth調査は否定。時刻・場所とも火災との直接関係を支持しない
FBIは4月19日にBranch Davidiansへ銃撃したか 1993年DOJ・2000年Danforth調査とも否定
FLIRの閃光は銃口炎だったか Danforth調査の専門家分析は、太陽光・熱反射などで説明できると判断

したがって、
物理的な出火原因について最も証拠が集中しているのは施設内部からの意図的放火
である。

ただし、

「火災を政府が起こしていない」

ことと、

「政府の説明・対応に何の問題もなかった」

ことはまったく別である。

FBIが発火式催涙弾を使用した事実を1999年まで正確に公表できなかったことは、
政府への信頼を大きく損なった。

そして、それがウェーコをめぐる火災疑惑を長期間消えなくした大きな理由の一つになった。

証拠1|火は3か所で、ほぼ同時に始まった

1993年の火災調査チームが最も重視したのが、
火災の開始地点だった。

FBI航空機が撮影したFLIR映像、
地上のニュース映像、
静止写真などを時間同期して解析した結果、
少なくとも3つの独立した出火地点が特定された。

ここで、1993年当時のマウント・カーメル1階の配置を確認しておく。


1993年の米財務省報告に掲載されたマウント・カーメル1階平面図。Dining、Chapelなどの配置を示す

平面図|マウント・カーメル1階の配置
1993年9月の米財務省報告に掲載された1階平面図。元Branch Davidian構成員David Blockの記憶を基礎にした概略図で、図自体にも「NOT TO SCALE」とある。
DOJの1993年Arson Reportでは、第2出火点は1階中央部の食堂(Dining)付近、第3出火点は1階東側の礼拝堂(Chapel)付近と特定されている。
第1出火点は2階前方・南東隅で、この1階平面図には表示されない。
また、2000年Danforth調査で確認された発火式催涙弾の標的は、主居住棟西側のコンクリート建設ピットで、居住区から約75ft離れていた。この平面図にはその外部ピットは描かれていないため、図から着弾地点や正確な距離を推定しない。
画像:U.S. Department of the Treasury, September 1993 / Public Domain / Wikimedia Commons

出火地点 最初に確認された時刻
① 南東側・2階 12:07:41
② 中央部1階・食堂付近 12:08:49
③ 東側1階・礼拝堂付近 12:09:45

第1地点から第3地点まで、
約2分しかない。

しかも3地点は建物内で離れている。

火災調査チームは、
一つの火災が通常の延焼だけで短時間のうちにこれらの場所へ移動したとは考えにくいと判断した。

第2地点については、
映像に初めて現れた時点ですでに火勢がある程度進んでいたため、
実際の着火は12時08分49秒より前だった可能性が高い。

つまり、

複数の場所で別々に着火が行われた可能性

が非常に高いというのが公式火災調査の判断だった。

一つの事故で3地点を説明できるのか

仮に、
ランタンが倒れた。

燃料が漏れた。

CEVが可燃物を破損した。

Ferret弾が何かへ当たった。

こうした一つの事故から火災が始まったとする。

その場合、
まず一地点で着火し、
そこから熱や炎が隣接する部屋へ移るはずである。

しかし映像解析では、
離れた場所で短時間にそれぞれ火災が現れている。

このため1993年の火災調査は、
単一の偶発的着火を主原因とする説明を否定
した。

証拠2|現場から可燃性液体が検出された

焼け跡では、可燃性液体を検知する犬を使った調査も行われた。

犬は出火地点を含む多数の場所で反応した。

その後、約100点の火災残骸や衣服などが科学分析へ回された。

すべての試料で成分を特定できたわけではない。

しかし複数の試料から、

  • ガソリン
  • 灯油
  • キャンプストーブ用燃料
  • チャコールスターター系燃料
  • 重質石油留分

などが検出された。

建物内にあった土、カーペット、コンクリート、衣服、装備品など、
複数種類の証拠品から石油系成分が確認されている。

「燃料があった」だけでは放火の証明ではない

ここも区別が必要である。

マウント・カーメルでは、
ランタン、ストーブ、発電機などに燃料を使っていた。

施設内にガソリンや灯油が存在すること自体は、
それだけで放火を証明しない。

さらに4月19日午前、
CEVが建物内部へ大きな物理的損傷を与えている。

その過程で燃料容器が倒れたり、
液体がこぼれたりした可能性も完全には排除できない。

1993年のArson Report自身も、
建物への大きな損傷によって一部の可燃性液体が偶然こぼれ、
後の火災拡大へ寄与した可能性は否定できないとしている。

したがって、

「可燃性液体を検出した」=「その地点へ誰かが放火目的で撒いたことが単独で証明された」

ではない。

意味を持つのは、
複数出火地点、証言、映像、燃料分布などと組み合わせたときである。

証拠3|生存者は火災について何を話したのか

4月19日の火災から生還したBranch Davidianは9人だった。

そのうち複数人が、
事件直後のFBIやTexas Rangersによる聞き取りで火災に関する発言をしている。

たとえばRenos Avraamは、
施設内で
「火がつけられた」
という趣旨の言葉を聞いたと話した。

Clive DoyleはTexas Rangersへ、
Coleman系燃料が施設内の特定地点に配置され、
それを使って火災が始められたという趣旨の説明をしたと司法省報告に記録されている。

そして特に詳しい記録が残っているのがGraeme Craddockである。

Graeme Craddock|燃料容器が動かされていた

Craddockは、
CEVが正面付近へ入ってきた際、
施設内にあった燃料容器を複数の人が移動していたと証言した。

彼の説明では、
およそ1ガロンのランタン燃料容器が十数個あり、
人々がそれを別の場所へ運んでいた。

礼拝堂側の窓付近にも、
いくつかの容器が移されたという。

さらに、
燃料が室内へこぼれたことについて話している人物もいたと証言している。

「火をつけろ」と「火をつけるな」

Craddockの証言でもっとも重要なのは、
施設内で火災開始をめぐる言葉を聞いたという部分である。

彼は、

「火をつけろ」

という趣旨の言葉と、

「火をつけるな」

という趣旨の言葉の両方を聞いたと述べている。

Texas Rangersへの聞き取りでは、
「start the fires」
という指示が伝えられ、
さらに「make sure」という言葉も聞いたとされる。

重要なのは、
Craddockはこの発言をDavid Koresh本人の言葉だとは特定していない
ことだ。

1993年DOJ報告も、
「火をつけろ」と「火をつけるな」という発言をKoreshまたは特定個人へCraddockが帰属させたという一部報道を明確に否定している。

では「Koreshが放火を命令した」はFACTなのか

ここまでの証拠から確実に言えるのは、

  • 施設内部で燃料が移動していたという証言がある
  • 放火開始を示唆する言葉を聞いたという証言がある
  • 複数地点で短時間に火災が発生した
  • 石油系可燃性液体が多数の試料から検出された

ことである。

一方、

David Koresh本人が特定の時刻に「火をつけろ」と命令したこと

を直接証明する証拠とは別である。

Koreshが以前、
警察との最終対決で全員が死亡する可能性について話していたという証言はある。

しかし、
それと4月19日の具体的な着火命令を同一視することはできない。

1993年の結論|内部からの意図的放火

1993年のFire Investigation Teamは、

火災は人為的に、施設内部から意図的に起こされた

と結論づけた。

主な根拠は、

① 離れた3か所の出火地点

② 約2分という短い時間差

③ 可燃性液体の検出

④ 生存者の証言

⑤ 外部から火災開始を目撃したFBI要員の証言

だった。

ただし1993年報告には、
後に重大な問題となる一つの前提があった。

1993年報告|「FBIが使った催涙剤投射方式は非発火式」

1993年のArson Reportは、
FBIが使用した催涙剤投射方法について検討している。

報告が認識していた主な方式は2つだった。

CEVのMark Vによる液体CS剤噴射。

そしてM79ランチャーから撃つFerret弾。

前者は二酸化炭素を推進力として使い、
後者も燃焼や爆発によってCS剤を散布する方式ではない。

このため1993年の火災調査は、
FBIの催涙剤投入システムは火災を起こす性質を持たなかった
と結論づけた。

ところが6年後、
この説明が完全ではなかったことが明らかになる。

1999年|FBIは発火式催涙弾も使っていた

1999年8月、
FBIが4月19日に
軍用の発火式催涙弾を使用していた
ことが公になった。

これは非常に重大だった。

なぜなら、

「発火装置は使っていない」

という政府側のそれまでの説明と矛盾したからである。

これによって、

「政府が火をつけていた証拠ではないか」

という疑惑が一気に強まった。

発火式催涙弾とは何が違うのか

通常のFerret弾は、
液体の催涙剤を物理的に内部へ届ける。

一方、軍用の発火式催涙弾は、
内部の火薬・発熱反応を使って催涙剤を放出する

そのため周囲に可燃物があれば、
着火リスクを持つ。

「発火式」という言葉だけを見れば、
火災原因として疑われるのは当然だった。

問題は、
どこへ、何時に使用されたかである。

確認されたのは3発|8時08分ごろ

後のDanforth調査によって、
FBI HRTが使用した発火式軍用催涙弾は
3発
と確認された。

発射時刻は午前8時08分ごろ。

火災が始まった午後0時07分台より、
約4時間前である。

また標的は、
木造の主居住棟内部ではなかった。

施設西側にあった
コンクリート製の建設途中のピット
だった。

Branch Davidiansが地下通路などを使ってそこへ移動する可能性を防ぐため、
通常のFerret弾より貫通力の高い軍用弾を使おうとした。

3発は建設ピットへ入ったのか

Danforth調査によれば、
発射された3発はコンクリート構造を十分に貫通しなかった。

屋根などへ当たって跳ね返り、
一部はピット外の溝付近へ落ちた。

少なくとも1発は催涙剤を放出し、
白いガス雲が映像に記録された。

この位置は、
正午過ぎに火災が始まった3つの出火地点とは異なる。

時間差は約4時間

発火式催涙弾。

午前8時08分ごろ。

最初の火災。

午後0時07分41秒。

約4時間の差がある。

その間、
該当区域で火災が継続していたことを示す映像証拠も確認されなかった。

この時刻と位置関係をもとに、
Danforth調査は、
3発の発火式催涙弾が正午の火災を開始または拡大させたという説を否定
した。

では、なぜ1993年に報告されなかったのか

ここがウェーコ事件への不信を決定的にした部分である。

FBI内部には、
発火式催涙弾を使ったことを知っていた人間がいた。

無線記録にも使用許可・発射に関する会話が残っていた。

物証も存在していた。

それにもかかわらず、
FBI・司法省は長年にわたり、
4月19日に発火式装置を使っていないという趣旨の説明を繰り返した。

1999年になるまで、
この事実は公に訂正されなかった。

火災原因ではなくても「重大な問題」だった

Danforth調査の重要な点は、

「発火式催涙弾は火災を起こしていない」

という結論だけではない。

同時に、
6年以上この使用事実を正確に説明できなかったことが政府への信頼を大きく損なった
と厳しく扱っている。

ここは二つに分ける必要がある。

問い 答え
発火式催涙弾を使ったか YES
1993年の政府説明はこの点で完全だったか NO
その3発が正午の火災を起こした証拠があるか Danforth調査はNO

政府説明の誤りは、
そのまま火災原因の証明にはならない。

しかし、
政府のその他の説明まで疑われる大きな理由にはなった。

もう一つの疑惑|FLIR映像の「白い閃光」

ウェーコ事件でもう一つ有名なのが、
FBI航空機のFLIR映像である。

FLIRは赤外線を利用し、
温度差を映像化する。

4月19日の映像を詳細に見ると、
施設外の地面付近などに一瞬だけ強く光る「フラッシュ」が多数確認できる。

一部の映像専門家や政府批判者は、
これを
FBI側から発射された銃の銃口炎
だと主張した。

なぜ銃口炎に見えたのか

FLIR上の閃光は、
短時間だけ高温・高輝度の点として現れる。

銃を撃てば、
銃口付近では火薬燃焼による熱が瞬間的に発生する。

そのため、

「閃光が出る」

「複数地点に繰り返し現れる」

という特徴は、
一見すると銃撃のようにも見える。

もしこれがFBI要員による射撃なら、
1993年政府報告の

「4月19日にFBIは一発も撃っていない」

という説明は崩れる。

さらに、
逃げようとするBranch Davidiansを外へ出さないために射撃したのではないか、
という疑惑にもつながる。

Danforth調査|FLIRを再実験する

この疑惑は映像の見た目だけでは決着できなかった。

そこでDanforth特別調査は、
映像・赤外線・弾道など複数分野の専門家を使って再検証した。

実際のFBI FLIR装置と同種の条件を再現し、
銃撃を含む比較試験も行われた。

さらに、
映像に映る閃光の位置を、
4月19日の現場写真にある金属片、ガラス、建物破片などと照合した。

結論|閃光は銃撃の証拠ではない

Danforth調査に参加した画像解析専門家は、
FLIR映像の閃光について、

銃撃を示す証拠ではない

と結論づけた。

主な説明は、
太陽光や熱が金属片・ガラスなどの破片へ反射し、
FLIR装置特有の撮像方式によって短い閃光として記録されたというものだった。

さらに、
閃光の周囲には、
銃を撃つ人間に対応する動きが確認できないとされた。

「光ったから銃撃」では足りない

FLIR映像を証拠として扱うには、
少なくとも、

  • 閃光の形状
  • 持続時間
  • 温度特性
  • 人間の存在
  • 発射方向
  • 弾道証拠
  • 薬莢
  • 現場写真

などを組み合わせる必要がある。

Danforth調査は、
FLIR閃光だけから政府側銃撃を立証することはできず、
その他の物証・証言もFBI発砲を支持しないと判断した。

では、FBIの狙撃手は本当に一発も撃たなかったのか

1993年DOJ報告と2000年Danforth報告は、
どちらも4月19日にFBI要員がBranch Davidiansへ発砲したことを否定している。

Danforth調査ではFLIRだけではなく、

  • FBI・軍関係者への聞き取り
  • Branch Davidian生存者への聞き取り
  • 弾道証拠
  • 薬莢
  • 写真・映像
  • 音声記録
  • 検視記録

などを総合して検討した。

その結果、
4月19日に米政府要員が施設へ銃撃したという証拠はない
と結論づけた。

火災中に聞こえた銃声は何だったのか

火災開始後、
施設周辺のFBI捜査官は多数の「ポン」「パン」という音を聞いている。

一部は、
火災の熱によって弾薬が加熱され、
自然に破裂する
cook-off
だった可能性がある。

一方、
明らかに一定のリズムで発砲されているように聞こえたというFBI捜査官の証言もある。

検視では、
銃創を伴う遺体も複数確認された。

しかし、

誰が誰を撃ったのか。

自殺なのか。

他者による殺害なのか。

逃亡阻止だったのか。

すべての死亡者について一つずつ完全に再構成できたわけではない。

「政府が撃って逃げられなくした」という説

FLIR発砲説と結びついて、

「FBIが施設外へ出ようとするBranch Davidiansを銃撃し、
火災から逃げられないようにした」

という主張も広がった。

Danforth調査はこれを否定した。

映像だけでなく、
生存者証言や弾道証拠からも、
政府側が避難者へ銃撃したという証拠を確認できなかったとしている。

実際、
火災開始後に9人のBranch Davidianが施設外へ脱出し、
FBI HRTが救助した人物もいた。

このこと自体が政府側発砲説を完全に数学的に否定するわけではないが、
「出口に近づいた者を政府が一律に撃っていた」という説明とは整合しにくい。

CS剤そのものは燃えるのか

ここも用語が混乱しやすい。

「催涙ガス」

と言っても、
実際にはCSという固体化学物質を何らかの方法で空気中へ分散させる。

FBIが主に使用したMark Vは、
液体キャリアに混ぜたCSを二酸化炭素で噴射した。

Ferret弾も、
燃焼で催涙剤を撒く通常の焼夷弾とは異なる。

1993年火災調査は、
この2方式について
火災の着火源にならず、火災を強めたとも考えられない
とした。

ただし「発火式催涙弾」は別物だった

だからこそ1999年の発覚は重大だった。

主に使われたMark VとFerretが非発火式でも、
FBIが別に3発の発火式軍用催涙弾を使用していた。

1993年報告の説明だけを読めば、
この事実は分からない。

Danforth調査は、

「使った事実」

「火災原因だったか」

を分離した。

前者はYES。

後者はNO。

CEVが火災拡大へ与えた影響はゼロだったのか

これも重要な論点である。

1993年火災調査は、
CEVが火をつけたとは認定していない。

一方で、
午前中のCEV作業によって外壁へ複数の大きな穴が開いたことは、
火災拡大を助ける要因の一つ
として挙げている。

4月19日は強風だった。

壁が開けば、
そこから大量の新鮮な空気が入る。

酸素供給と風によって炎が強くなる。

Arson Reportは、
CEVが作った開口部と強風が、
火災拡大に寄与したとしている。

したがって、

FBIが着火した証拠はない

ことと、

FBI作戦が火災の燃え方へ一切影響しなかった

ことも同じではない。

火災を急速に広げた5つの条件

1993年Arson Reportは、
火災が極端な速度で拡大した要因として複数の条件を挙げた。

要因 影響
複数の出火地点 建物の別々の区画で同時に火災が進行
可燃性液体 火勢を強めた
建物構造 防火区画などが不十分で延焼しやすかった
強風 火災を強く拡大させた
CEVによる大型開口 大量の空気が建物内部へ入り、炎を助長する要因となった
大量の可燃物 干し草・紙など燃えやすい物が多数存在した
消火開始の遅れ 消防が近づける時点には火災が大規模化していた

なぜ消防車はすぐ来なかったのか

火災が始まったのは12時07分台。

12時13分にはFBI前方指揮所から消防支援要請が出された。

12時15分、消防部隊へ出動命令。

12時34分ごろ消防車両が現場へ到着した。

12時41分ごろ、建物跡へ接近する。

最初の火災から約30分以上が経過していた。

FBIは、
施設内から銃撃音が続いている状況で消防士を近づければ、
消防士自身が射撃を受ける可能性があるとして、
事前に消防車を施設直近へ置かなかった。

この判断も後に批判対象になった。

一方、
1993年火災調査は、
建物全体が極端な速度で燃え広がったため、
より早く到着したとしても有効な内部消火・救助が可能だったかは疑問としている。

Danforth調査はなぜ必要になったのか

1993年の調査だけなら、
結論はすでに出ていた。

火災は内部放火。

FBIは発砲していない。

催涙剤投射手段は火災原因ではない。

しかし1999年、
発火式催涙弾使用の事実が判明した。

政府の過去の説明の一部が誤っていた。

そうなると、

「ほかにも隠していることがあるのではないか」

という疑問が当然生まれる。

そこで司法長官Janet Renoは、
元共和党上院議員John C. DanforthをSpecial Counselに任命した。

調査対象には、

  • 政府が発火式・焼夷装置を使ったか
  • 政府が火災を起こしたか
  • 政府が火災拡大へ関与したか
  • 政府要員が4月19日に発砲したか
  • 情報を隠蔽したか
  • 軍を違法に利用したか

などが含まれた。

2000年Danforth最終報告|4つの大きな結論

2000年11月8日、
Danforthは最終報告を提出した。

公表された主要結論は明確だった。

① 米政府要員はウェーコの火災を開始していない

② 米政府要員は4月19日にBranch Davidiansへ発砲していない

③ 米軍の利用について重大な違法行為は確認されなかった

④ 大規模な政府陰謀・組織的隠蔽を裏付ける証拠は確認されなかった

ただし、
この結論を

「政府には何の問題もなかった」

と読み替えてはいけない。

発火式催涙弾使用を6年間正確に説明できなかった問題は残っている。

政府が一度誤った説明をしたから、すべて疑うべきなのか

ウェーコは、
証拠評価の難しさをよく示している。

1999年に
「FBIは発火式催涙弾を使用していた」
ことが判明した。

それ以前の説明が間違っていた。

すると、

「火災原因についても嘘なのではないか」

「発砲についても嘘なのではないか」

と考えるのは自然である。

しかし調査では、
疑惑ごとに証拠を分けなければならない。

発火式催涙弾を使った証拠がある。

だから政府側発砲もあった。

だから政府が放火した。

という三段論法は成立しない。

それぞれ別の物証が必要である。

証拠の強さを並べる

証拠・主張 強度 理由
3つの独立出火地点 非常に強い FLIR・映像の時刻解析で確認
石油系可燃性液体の存在 強い 複数試料の科学分析
内部で燃料を移動したという証言 中~強 生存者証言。ただし記憶・供述評価が必要
内部で「火をつけろ」という趣旨の言葉 中~強 複数証言。ただし発言者の特定には限界
Koresh本人が直接着火命令した 未確定 直接証拠が不足
FBIが発火式催涙弾を3発使用 FACT 映像・無線・物証・当事者証言
その3発が正午火災を開始した 支持されない 時刻・場所・映像が整合しない
FLIR閃光=FBI銃口炎 支持されない 再実験・画像解析で反射等と評価
FBIが4月19日に施設へ銃撃 支持されない 映像・弾道・証言等の再調査で確認されず
政府説明に重大な情報管理問題があった FACT 発火式催涙弾使用の長期未公表

FACT CHECK|ウェーコ火災をめぐる主要主張

主張 判定 確認できること
火災は一か所から始まった FALSE 1993年火災調査は離れた3地点を特定
3地点は数十分かけて順番に燃え移った FALSE 約2分の間に3地点で火災を確認
現場から可燃性液体は検出されなかった FALSE ガソリン、灯油、キャンプ燃料等を複数試料から検出
可燃性液体があっただけで放火者まで特定できる FALSE 燃料の存在だけでは人物特定はできない
生存者は全員「政府が火をつけた」と証言した FALSE 複数生存者が内部の燃料・着火指示について供述している
CraddockはKoreshが「火をつけろ」と命じたと特定した FALSE DOJ報告は発言者を特定していないと明記
FBIは発火式催涙弾を一切使用しなかった FALSE 後年3発の使用が確認された
発火式催涙弾が使われた事実は1993年から公に説明されていた FALSE 1999年まで正確な公表がなされなかった
3発は木造主居住棟へ正午直前に撃ち込まれた FALSE 約8:08、コンクリート建設ピット方向へ使用
発火式催涙弾使用=それが火災原因という証明 FALSE Danforth調査は位置・時刻・映像等から因果を否定
FLIRに閃光がある FACT 複数の短い閃光が映像に存在
閃光が存在するだけで銃撃が証明される FALSE 再分析は太陽・熱反射などで説明可能と判断
Danforth調査は政府側発砲を確認した FALSE 逆に政府要員は4月19日に発砲しなかったと結論
CEVによる建物損傷は火災拡大と無関係とされた FALSE 1993年Arson Reportは大型開口と強風を延焼の寄与要因として挙げる
「政府が火をつけなかった」=4月19日の政府対応に問題はなかった FALSE 着火原因と、戦術判断・情報管理・建物損壊・消防配置の評価は別問題

1993年から2000年まで|火災論争の流れ

時期 出来事
1993年4月19日 Mount Carmel火災。3地点で短時間に出火
1993年4月下旬 Fire Investigation Teamが焼け跡調査、可燃性液体等を分析
1993年10月 DOJ報告公表。施設内部からの意図的放火と結論
1990年代中盤 政府火災説・ヘリコプター発砲説・FLIR発砲説などが拡大
1995年 米議会がWacoに関する大規模公聴会・調査
1999年8月 FBIが4月19日に発火式軍用催涙弾を使用していた事実が表面化
1999年9月 Janet Reno司法長官がJohn DanforthをSpecial Counselに任命
2000年 FLIR再分析、再現試験、弾道・火災・毒性等を専門家が再検証
2000年7月 Danforth Interim Report
2000年11月8日 Danforth Final Report提出。政府による放火・4月19日の政府発砲を否定

では「誰が火をつけたのか」

個人名まで完全に特定する問いと、
火災がどちら側から始められたのかという問いは分けた方がよい。

現在確認できる証拠を積み重ねると、

火災はMount Carmel内部の複数地点で人為的に開始された

という結論を支持する証拠は強い。

一方で、

どの人物が各地点へ実際に着火したのか。

誰が最終命令を出したのか。

全員が火災計画を知っていたのか。

反対した人がいたのか。

という内部の細部まで、
完全に確定できたわけではない。

「集団自殺」と一言で呼んでよいのか

ここも慎重に扱う必要がある。

火災が内部から意図的に起こされたとしても、
建物内にいた全員が同じ意思で死を選んだことにはならない。

成人。

子ども。

Koreshに強く従っていた人物。

退出したかった人物。

実際に火災開始を知っていた人物。

知らなかった人物。

それぞれの意思は同じではない可能性がある。

1993年の司法省事後評価自身も、
火災で死亡した人々のうち、

自発的に残った者。

退出を妨げられた者。

銃撃を受けて逃げられなかった者。

がそれぞれどの程度いたのか、
完全には確定できないとしている。

したがって本シリーズでは、
「全員が集団自殺した」
という短い一文で最終日を説明しない。

ウェーコで最も重要な教訓は「公式か陰謀論か」の二択ではない

ウェーコ事件では、
二つの極端な説明が生まれやすい。

一つは、

「政府報告が放火と言った。だから疑問は存在しない」

という見方。

もう一つは、

「政府は発火式催涙弾について嘘をついた。だから政府が放火・銃撃した」

という見方である。

どちらも証拠評価としては粗い。

発火式催涙弾の未公表は政府側の重大な問題だった。

しかし、
その弾が約4時間前に離れたコンクリート構造へ使用されたことも確認された。

FLIR映像には閃光がある。

しかし、
それが銃撃であることを支持する他の物証は確認されなかった。

複数の出火地点と可燃性液体、生存者証言は、
内部放火を支持する。

しかし、
Koresh本人が具体的に誰へ着火を命じたかまで完全に確認されたわけではない。

証拠は、一つずつ別々に評価する必要がある。

まとめ|火災原因の証拠は内部放火を強く支持する。しかし政府の説明失敗が疑惑を長生きさせた

1993年4月19日午後0時07分41秒。

Mount Carmel南東側2階で火災が確認された。

約1分後、中央部1階。

さらに約1分後、東側礼拝堂。

離れた3地点で火災が短時間に始まった。

焼け跡や衣服からは、
ガソリン、灯油、キャンプ用燃料などが検出された。

生存者の複数証言には、
燃料の移動、
「火をつけろ」
という趣旨の言葉、
火災開始を示す発言が含まれていた。

これらの証拠から、
1993年の火災調査は内部からの意図的放火と結論づけた。

しかし1999年、
FBIが3発の発火式軍用催涙弾を使っていた事実が明らかになった。

政府はそれまで正確に説明していなかった。

疑惑が再燃するのは当然だった。

Danforth特別調査は、
その3発が午前8時08分ごろ、
主居住棟から離れたコンクリート建設ピットへ撃たれ、
正午の火災を開始・拡大させなかったと判断した。

FLIRの閃光も再検証され、
銃口炎ではなく反射などで説明できるとされた。

政府要員が4月19日にBranch Davidiansへ発砲した証拠も確認されなかった。

現在の証拠から最も強く支持されるのは、
Mount Carmel内部の人物が複数地点へ意図的に着火した
という結論である。

しかし、
それは政府対応全体の免責を意味しない。

ATFの2月28日作戦。

FBIの交渉と圧力戦術。

4月19日の建物損壊。

消防体制。

そして発火式催涙弾を6年間正確に説明できなかった情報管理。

火災原因とは別に、
検証されるべき問題は残った。

そして事件後、
その検証は法廷、議会、公的調査へ移っていく。

次回は最終回。

生存者の刑事裁判、1995年議会調査、Danforth報告、そしてWaco事件が米法執行機関に残したもの
を追う。

今回出てきた言葉

Point of Origin
出火地点。1993年の火災調査では、Mount Carmel内部に少なくとも3つの独立した出火地点が特定された。

Accelerant
火災の発生・拡大を助ける可燃性液体など。焼け跡・衣服からガソリン、灯油、キャンプ燃料等が検出された。

Pyrotechnic Tear Gas Round
火薬・発熱反応を利用して催涙剤を散布する軍用弾。FBIが4月19日朝に3発使用していたことが後に確認された。

FLIR
Forward Looking Infrared。赤外線によって熱源を映像化する装置。出火時刻の解析とFBI発砲説の双方で重要な証拠となった。

John C. Danforth
元米上院議員。1999年、Waco再調査のSpecial Counselに任命され、2000年11月に最終報告を提出した。

Special Counsel
特定の重大案件を独立性の高い立場から調査するために任命される特別調査担当者。Danforthには政府による放火・発砲・証拠隠蔽等を調査する権限が与えられた。

Cook-off
火災などの熱によって弾薬が加熱され、引き金を引かなくても破裂・発火する現象。火災中に聞かれた一部の破裂音について検討された。


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出典・参考資料

  • U.S. Department of Justice — Report to the Deputy Attorney General on the Events at Waco, Texas: The Events of April 19, 1993

    3つの出火地点、外部目撃証言、火災中の銃声、生存者Renos Avraam・Clive Doyle・Graeme Craddockの初期供述、消防活動、1993年時点のFBI発砲否定を確認するために使用。
  • U.S. Department of Justice — Appendix D: Arson Report

    出火地点と秒単位の時間差、可燃性液体検知犬、科学分析で確認されたガソリン・灯油・キャンプ燃料等、CEV開口・強風・建物構造が火災拡大へ及ぼした影響を確認するための主要資料。
  • U.S. Department of Justice — The Aftermath of the April 19 Fire

    1993年の火災調査が3つの離れた出火地点と可燃性液体を根拠に意図的放火と結論した経緯を確認するために使用。
  • U.S. Department of Justice — Evaluation of the Handling of the Branch Davidian Stand-Off in Waco, Texas

    火災原因についての行政評価、生存者証言、政府側発砲の評価、死亡者が自発的に残ったか等を完全には確定できないという留保の確認に使用。
  • John C. Danforth, Special Counsel — Final Report to the Deputy Attorney General Concerning the 1993 Confrontation at the Mt. Carmel Complex, Waco, Texas, November 8, 2000

    3発のpyrotechnic tear gas round、使用時刻・地点、政府による火災開始説、4月19日の政府発砲説、FLIR映像、情報隠蔽疑惑についての再調査結果に使用。
  • Office of Special Counsel — Summary of Expert Findings / FLIR Image Analysis

    4月19日のFLIR映像の閃光について、銃撃ではなく太陽光・熱反射と装置特性で説明できるとした画像解析結果の確認に使用。
  • Office of Special Counsel — November 8, 2000 Final Report News Release

    Danforth最終報告の主要結論――政府による放火、4月19日の政府発砲、違法な軍利用、大規模陰謀・隠蔽についての結論確認に使用。

本記事では、「1993年政府報告がそう結論したこと」「1999年に新たに判明した事実」「2000年Danforth再調査が出した結論」を時系列上も証拠上も分離しています。

1993年のFire Investigation Teamは3つの独立出火地点、可燃性液体、生存者証言などから施設内部での意図的放火と結論しました。一方、同年の政府報告はFBIが使用した催涙剤投入方式を実質的に非発火式として説明していました。しかし後に、午前8時08分ごろ3発のpyrotechnic tear gas roundsが使用されていた事実が確認されています。このため1993年報告のみをもって「政府説明に誤りは一切なかった」とは扱っていません。

Danforth特別調査は、3発の発火式催涙弾が主木造建物から離れたコンクリート建設ピット付近へ使用され、正午過ぎの出火地点・時刻と直接結びつかないと判断しました。またFLIR映像の閃光についても、専門家による画像解析・再現試験等から政府側銃撃の証拠ではないと結論しています。

一方で、「政府が火をつけていない」という結論から、4月19日の戦術判断、CEVによる建物損壊、消防配置、情報管理まで適切だったと推論することはしていません。Arson Report自体、CEVが作った大型開口部と強風を火災拡大の寄与要因として挙げています。

また、生存者Graeme Craddockが「火をつけろ」「火をつけるな」という趣旨の言葉を聞いたことは政府報告に記録されていますが、Craddockはその発言者をDavid Koreshとは特定していません。そのため本記事では「Koresh本人による直接の放火命令」を確定事実としていません。

現在の証拠は施設内部からの複数の意図的着火を強く支持しますが、各出火地点の具体的な着火者、内部の全員が計画を知っていたか、死亡者それぞれが自発的に残ったかといった細部まで完全に確定したわけではありません。