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CASE72

ヒンデンブルク号爆発事故|巨大飛行船はなぜ着陸直前に炎上したのか

1937年5月6日のヒンデンブルク号事故では何が起き、事故原因として何が最も支持され、何が未解決のままなのか。

全8回 総読了時間 約158分
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DISASTER ZONE|事故・災害北アメリカ1930年代

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  1. 01 巨大飛行船ヒンデンブルク号はどんな機体だったのか1937年5月6日、ニュージャージー州Lakehurstで炎上したLZ 129ヒンデンブルク号は、しばしば「水素を入れた巨大飛行船」と一言で説明される。たしかに、水素は事故の火災を理解するうえで外せない。しかし、事故原因を考える出発点としては、それだけでは粗すぎる。ヒンデンブルク号は、巨大な一枚の袋に水素を満たした気球ではなかった。金属骨格、複数の独立したガスセル、外皮、通路、エンジン、電気設備、バラスト、係留索を一つの運航システムとして組み合わせた「硬式飛行船」である。 19分
  2. 02 ヒンデンブルク号爆発事故|最終飛行はなぜ遅れ、Lakehurst上空で着陸を待ったのかヒンデンブルク号の事故は、1937年5月6日夕方の数十分だけを切り取ると、「雷雨の中へ巨大飛行船が無理に着陸し、そのまま炎上した」という単純な物語に見えやすい。しかし、当時の記録を時系列に戻すと、実際の判断はもっと段階的だった。最終便は5月3日夜にドイツを出発し、大西洋横断中の向かい風で予定より遅れ、5月6日午後に米国東海岸へ到達した。その後Lakehurst周辺では寒冷前線と雷雨が通過し、地上側は一度着陸を延期するよう勧告している。機側もその勧告を受け入れ、沿岸側で待機した。 20分
  3. 03 着陸直前、ヒンデンブルク号では何が起きていたのか前の記事では、Lakehurstの気象が時間とともに変化し、地上側が16時42分にいったん着陸延期を勧告した後、17時台から条件を再評価し、18時08分に「条件は明確に改善した」として可能な限り早い着陸を勧めたところまで確認した。ここから事故発生までは十数分しかない。しかし、この短い時間の中では、旋回、減速、ガス放出、バラスト投下、乗員移動、係留索の投下といった複数の操作が並行して行われている。 19分
  4. 04 最初の炎から地上接触まで、ヒンデンブルク号はどう崩壊したのか1937年5月6日18時25分EST、Lakehurstで着陸作業中だったヒンデンブルク号に火が見えた。ここから先の出来事は、事故映像や有名な写真によって広く知られている。しかし、映像が残っていることと、火災の開始から崩壊までを秒単位で完全に観察できることは同じではない。 19分
  5. 05 ヒンデンブルク号爆発事故|水素はなぜ漏れたと考えられたのかヒンデンブルク号の原因を追うとき、最も混同しやすいのは「水素が漏れていたと考えられること」と「ガスセルがなぜ損傷したか分かっていること」である。この二つは同じではない。 20分
  6. 06 ヒンデンブルク号爆発事故|水素・空気混合気には何が点火したのか――静電放電説を検証する船体後部のガスセル4・5付近で異常な水素漏洩が起こり、上部船尾に水素と空気の可燃混合気が形成されたという点までは、米国とドイツの公式調査がほぼ共通して支持した。しかし、可燃混合気が存在するだけでは燃焼は始まらない。最後に必要なのは、混合気へ十分な点火エネルギーを与える現象である。 20分
  7. 07 ヒンデンブルク号の外皮は「ロケット燃料」のように燃えたのか――Incendiary Paint Theoryを検証するヒンデンブルク号の事故映像を見ると、銀色の外皮が炎に包まれ、燃える布片のようなものも確認できる。したがって「外皮はまったく燃えなかった」という説明は成り立たない。一方で、外皮が燃えたという事実から、その外皮が最初に着火し、さらに巨大な飛行船を数十秒で失わせた主燃料だったと結論することもできない。 20分
  8. 08 ヒンデンブルク号事故で結局何が起きたのか――確定事実と推定を分けて原因連鎖を再構成するヒンデンブルク号の事故について、「原因は水素だった」「静電気だった」「外皮だった」「張線が切れた」と一語で説明すると、証拠の強い部分と弱い部分が同じ確度に見えてしまう。 21分

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