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映画『アポロ13』はどこまで実話なのか人物・台詞・Mission Controlを史実と比較

映画『アポロ13』はどこまで実話なのか|人物・台詞・Mission Controlを史実と比較

宇宙事故

「Houston, we have a problem.」

1995年公開の映画『アポロ13』によって、この言葉はApollo計画を知らない人にも広く知られるようになった。

トム・ハンクス演じるジム・ラヴェル。ケヴィン・ベーコンのジャック・スワイガート。ビル・パクストンのフレッド・ヘイズ。ゲイリー・シニーズのケン・マッティングリー。そしてMission Controlを率いるエド・ハリスのジーン・クランツ。

ロン・ハワード監督の映画は、1970年に起きたApollo 13事故と帰還を約2時間20分の作品へ再構成した。

しかし、映画で最も有名な二つの言葉――

「Houston, we have a problem」

と、

「Failure is not an option」

は、どちらも1970年の実際の記録そのままではない。

一方で、月着陸船Aquariusの救命艇化、四角いLiOHカートリッジ、ケン・マッティングリーによる再起動手順の検証、サービスモジュールの損傷、再突入時の通信途絶など、映画の中心部分には実際のApollo 13がかなり忠実に残されている。

では、どこまでが史実で、どこからが映画の脚色なのか。

最終第10回では、映画そのものを根拠にするのではなく、NASAの通信記録、Mission Report、関係者の証言と照合する。


CASE FILE 14

アポロ13号特集|全10回

  1. 第1回 アポロ13号とは?|月面着陸から「生還ミッション」へ変わった6日間
  2. 第2回 アポロ13号は何をするはずだったのか|3人の乗員とフラ・マウロ月面着陸計画
  3. 第3回 「Houston, we’ve had a problem」|アポロ13号で酸素タンクが爆発した夜
  4. 第4回 なぜアポロ13号の酸素タンクは爆発したのか|地上試験から事故までを追う
  5. 第5回 月着陸船Aquariusはどう「救命艇」になったのか|壊れたOdysseyからの脱出
  6. 第6回 電力・水・CO2をどう切り詰めたのか|アポロ13号を生かした即席の生命維持策
  7. 第7回 アポロ13号はどう地球へ戻ったのか|月を回る自由帰還軌道とエンジン噴射
  8. 第8回 停止していたOdysseyを再起動せよ|アポロ13号、再突入から太平洋着水まで
  9. 第9回 アポロ13号事故は何を変えたのか|事故調査委員会の結論と酸素タンク再設計
  10. 第10回 映画『アポロ13』はどこまで実話なのか|人物・台詞・Mission Controlを史実と比較【現在の記事】

映画『アポロ13』とは

映画『Apollo 13』は1995年に公開されたアメリカ映画である。

監督はロン・ハワード。

原作はジム・ラヴェルとジェフリー・クルーガーが1994年に出版した『Lost Moon: The Perilous Voyage of Apollo 13』で、実際のApollo 13船長であるラヴェル自身の視点が制作の出発点にある。

映画 内容
公開 1995年
監督 ロン・ハワード
ジム・ラヴェル トム・ハンクス
ジャック・スワイガート ケヴィン・ベーコン
フレッド・ヘイズ ビル・パクストン
ケン・マッティングリー ゲイリー・シニーズ
ジーン・クランツ エド・ハリス
原作 Jim Lovell / Jeffrey Kluger『Lost Moon』

映画が公開されたのは事故から25年後。

しかも制作にはNASA関係者が協力し、実際の宇宙飛行士やFlight Controllerへの取材も行われた。

そのため「史実をほとんど無視して作られた実話映画」ではない。

むしろApollo 13を扱った劇映画としては、宇宙船、Mission Control、技術的問題、飛行の大きな流れをかなり正確に再現している。

ただし、正確な再現と映画としてのドラマは別である。

まず結論|映画の「出来事」はかなり正しい

映画とNASA記録を大きな単位で比べると、主要な流れはほぼ一致する。

映画で描かれる出来事 史実 判定
マッティングリーが打ち上げ直前に交代 実際にSwigertへ交代 ほぼ史実
酸素タンク攪拌後に事故発生 55時間53分台のファン作動後に発生 史実
Aquariusを救命艇として使用 実際に約4日間利用 史実
角形LiOHをLMで使う装置を製作 地上チームが実際に開発 史実
LMのエンジンで帰還軌道を変更 DPSを複数回使用 史実
MattinglyがCM再起動手順へ関与 実際にシミュレーターで手順を検証 史実。ただし映画は役割を集約
損傷したService Moduleを目視 切離し後に大規模損傷を確認 史実
耐熱シールドを心配 実際に懸念された 史実
再突入中に通信途絶 実際にブラックアウト発生 史実
乗員間の強い対立 映画用に強められた部分あり 脚色
「Failure is not an option」 当時Kranzが言った記録なし 映画由来

つまり映画を見ると、Apollo 13で「何が起きたか」はかなり正しく理解できる。

注意が必要なのは、誰が考えたのか、誰が言ったのか、人物同士がどう対立したのかという部分である。

検証1|「Houston, we have a problem」は実際の台詞ではない

映画『アポロ13』を代表する言葉が、

「Houston, we have a problem.」

である。

しかしNASAのAir-to-Ground Transcriptに記録された実際の第一報は少し違う。

飛行時間55時間55分20秒。

最初にHoustonへ異常を報告したのは、ラヴェルではなくジャック・スワイガートだった。

実際の通信は、

「Okay, Houston, we’ve had a problem here.」

である。

Houston側が聞き返した後、今度はラヴェルが、

「Houston, we’ve had a problem.」

と繰り返している。

映画では現在形の「we have a problem」に変更され、ラヴェル役のトム・ハンクスが印象的に発する。

意味は大きく変わらない。

しかし、

  • 最初に報告した人物
  • 文法
  • 通信の流れ

は実際の記録とは異なる。

なぜ台詞を変えたのか

映画では、短く現在進行形にした方が状況を直感的に伝えやすい。

しかも物語の中心人物であるラヴェルに言わせることで、観客が危機発生を一度で理解できる。

史実を完全に別の出来事へ変えた脚色ではない。

実際に存在した通信を、映画用に整理した例と見るのが適切である。

検証2|マッティングリーは「風疹になった」のではない

映画前半では、Apollo 13のCommand Module Pilotだったケン・マッティングリーが打ち上げ直前にクルーから外される。

この出来事自体は史実である。

ただし理由を正確に言えば、マッティングリーが風疹を発症していたわけではない。

バックアップクルーのチャールズ・デュークが風疹を発症し、主乗員が曝露した可能性が生じた。

検査の結果、ラヴェルとヘイズには免疫が確認された。

マッティングリーには免疫がなかった。

NASAは、感染していた場合に月周回軌道で症状が出る可能性を考え、1970年4月10日にスワイガートへの交代を正式に発表した。

結果としてマッティングリーは風疹を発症しなかった。

映画の「飛べる本人を医学的リスクのため地上へ残した」という基本構造は正しい。

検証3|スワイガートは「ほとんど訓練していない代役」ではない

映画では打ち上げ直前にスワイガートが入ったことで、チームとしての不安が強調される。

交代が前日だったのは事実である。

しかしスワイガートは、突然選ばれた宇宙飛行士ではない。

もともとApollo 13のバックアップCommand Module Pilotだった。

バックアップクルーは、主乗員が飛べなくなった場合に備えて同じミッションの訓練を行う。

さらにNASAによれば、スワイガートはCommand Moduleの故障時手順作成に深く関わっており、そのシステムを非常によく理解していた。

交代後にはラヴェル、ヘイズとの集中シミュレーションも行われ、NASAは3人でミッションを遂行できると判断している。

したがって、

「前日に来た経験不足の代役」

という理解は正確ではない。

検証4|乗員同士は映画ほど衝突していたのか

ここは映画と史実の差が比較的大きい。

映画では事故後、疲労と緊張が高まるなかでスワイガートとヘイズの間に険悪な空気が生まれる。

スワイガートがタンクを攪拌した操作について責任を問うような場面も含まれ、ラヴェルが3人を落ち着かせる。

しかしフレッド・ヘイズ本人は後年NASAのインタビューで、このような映画上の対立に不満を持ったことを語っている。

実際に酸素タンク攪拌が行われたとき、ラヴェルとヘイズはテレビ中継で使用した機材を片付けるためAquarius側にいた。

スワイガートはOdysseyへ戻り、Mission Controlからの指示どおり通常作業としてタンク攪拌を行った。

事故原因はスワイガートの操作ミスではない。

損傷していた酸素タンク2番内部で、通常のファン作動が発火の契機になったのである。

NASAの事故調査でも、スワイガートへ責任を帰す結論にはなっていない。

映画に追加された人物間の緊張は、危機下の人間関係を画面で見せるためのドラマと考えるべきである。

検証5|「Failure is not an option」は史実ではない

映画でジーン・クランツを演じるエド・ハリスの代表的な台詞が、

「Failure is not an option.」

である。

現在ではGene Kranz本人と結び付けられることも多い。

しかし、1970年のApollo 13でクランツがこの言葉を発した記録はない。

そしてKranz本人がNASAのインタビューで、この表現はHollywoodによって作られたものだと説明している。

映画制作時、Flight Dynamics OfficerだったJerry BostickらApollo関係者への取材内容から、脚本側がMission Controlの姿勢を一文へ凝縮した。

つまり、この台詞は逐語的な史実ではない。

一方で、Kranz本人は「その言葉は当時のチームの期待や姿勢をよく表している」という趣旨で受け入れている。

後には自身の回想録のタイトルにも使用した。

したがって分類すると、

発言としてはフィクション。

Mission Controlの精神を表す表現としては当事者にも受け入れられた。

という位置になる。

検証6|映画ではMission Controlが小さく見える

映画『アポロ13』では、Mission Controlの中心人物としてGene Kranzが強く描かれる。

映画としては分かりやすい。

しかし実際のApollo 13を「Kranzと数人の管制官が救った」と理解すると、範囲が狭すぎる。

Apolloミッションでは複数のFlight Director Teamが交代しながら24時間体制で管制する。

Apollo 13でも、

  • Gene Kranz
  • Glynn Lunney
  • Gerry Griffin
  • Milton Windler

らFlight Directorと、それぞれの管制チームが交代している。

事故直後にAquariusを救命艇として使う実際の移行を指揮した中心人物の一人は、Glynn Lunneyだった。

さらにMission Controlの建物だけでも終わらない。

North American Rockwell。

Grumman。

MITの誘導・ソフトウェア関係者。

宇宙服・生命維持系技術者。

各地のシミュレーター。

追跡局。

回収部隊。

多数の技術者と組織が並行して作業していた。

Fred Haiseも後年、映画について「大きな意味ではチームが自分たちを帰還させた姿は伝わっている」と評価する一方、実際のチームは映画で描かれるよりはるかに大きかったと指摘している。

なぜ映画ではGene Kranzへ役割が集まったのか

140分ほどの映画で、実際に存在したFlight Director、Flight Controller、NASA技術者、メーカー技術者をすべて登場させれば、観客は人物を追えなくなる。

そこで映画は複数の人物・チームの機能を、Gene Kranzを中心とする少数の登場人物へ集約した。

これは「Kranzが何もしていなかった」という意味ではない。

彼はApollo 13で実際にFlight Directorを務め、White Teamを率いた重要人物である。

ただし映画のGene Kranz=Apollo 13地上チーム全体として見る必要がある場面が多い。

検証7|LiOHの「四角を丸へ」は本当にあった

映画の中でも特に有名なのが、Mission Controlの技術者たちが机の上へ部品を広げ、

「この四角いものを、この丸い穴で使えるようにしなければならない」

という問題へ取り組む場面である。

これは基本的に史実である。

Aquarius用のLiOHカートリッジは、3人を長期間支えるには不足した。

Odysseyには十分な交換用LiOHがある。

しかしCommand Module用は角形。

Lunar Module側は丸形カートリッジを使う設計だった。

そのまま交換することができない。

地上チームは、Apollo 13に実際に搭載されている物だけを使うという条件でアダプターを開発した。

映画と違うのは「誰が作ったか」

映画ではMission Control内部の技術者たちが短時間で解決策を組み立てる。

実際にもHouston側で作られた。

ただしNASAの記録では、Crew Systems DivisionのRobert “Ed” Smylie、James Correale、James LeBlancらを中心としたチームが具体的な開発・試験を担当している。

使用したのは、

  • CM用LiOHカートリッジ
  • 宇宙服用ホース
  • ビニール袋
  • 厚紙
  • テープ

など。

地上で実際に組み立てて機能を試験した後、その手順が宇宙船へ読み上げられた。

映画は実際の技術課題をかなり正確に描く一方、開発に関わった具体的な人員を圧縮している。

検証8|ケン・マッティングリーは本当に地上から帰還を助けた

映画では、飛べなかったマッティングリーが地上のCommand Module Simulatorへ入り、Odysseyを限られた電力で起動する方法を探す。

物語として非常にきれいな構造になっている。

そして、この部分の中心は史実である。

実際のマッティングリーは打ち上げを外された後もNASAに残り、Apollo 13帰還作業へ参加した。

NASAの帰還記録によれば、再突入前にはCommand Module Simulatorで長時間作業し、Odyssey再起動手順の最終化に関わった。

実際の交信でも、複雑なCommand Module再起動手順を乗員へ送る段階でMattinglyがCapComを担当している。

したがって、

「月へ行けなかったMattinglyが地上から帰還を助けた」

という構造は映画だけの創作ではない。

ただしMattingly一人で再起動手順を発明したわけではない

ここはMission Controlと同じである。

映画は人物を理解しやすくするため、作業をMattinglyへ集中させている。

実際にはMattinglyだけではなく、バックアップクルー、他の宇宙飛行士、シミュレーター担当、電力・誘導・Command Module各システムの技術者たちが手順検証へ参加した。

NASA関係者のオーラルヒストリーでも、Mattinglyが重要な中心人物だったことと同時に、シミュレーター側で複数人が作業していたことが確認できる。

したがって判定は、

Mattinglyの貢献=史実。

ほぼ一人で解決したように見える構図=映画的集約。

となる。

検証9|サービスモジュールを見て耐熱シールドを心配したのは本当

映画終盤ではService Moduleを切り離した後、乗員がその大規模な損傷を見る。

パネルが大きく失われ、内部が露出している。

これは実際のApollo 13で撮影された写真と一致する。

そして、その損傷を見たラヴェルらがCommand Moduleの耐熱シールドを心配したことも史実である。

酸素タンクが存在したService Module Sector 4は大きく破壊されていた。

Command Moduleの耐熱シールドはそのすぐ隣にある。

事故の衝撃がそこまで及んでいる可能性を、飛行中に完全には排除できなかった。

耐熱シールドを外から詳しく検査する手段もない。

映画が描く「再突入するまで分からない」という不安には、実際の技術的根拠があった。

検証10|再突入ブラックアウトは本当に長引いたのか

映画のクライマックスでは、Odysseyが地球大気へ突入し、通信ブラックアウトへ入る。

予定された通信回復時刻になっても声が戻らない。

Mission Controlで秒数が過ぎる。

そしてようやくOdysseyから通信が入る。

通信ブラックアウトそのものは完全な史実である。

高速再突入時には、Command Module周囲に形成される電離気体によって電波通信が遮られる。

では「予定以上に長く返事がなかった」という部分はどうか。

NASA Johnson Space Centerの後年のPodcastで、Ground ControllerのBill Fosterがこの映画場面について説明している。

関係者の説明では、Odysseyそのものはほぼ予定どおりブラックアウトを抜けていた可能性が高い

一方、当時再突入地点付近で通信を受け持った航空機が宇宙船の信号を再捕捉するまで時間を要したため、Mission Control側では通信回復が遅れたように見えたという。

したがって、映画の沈黙には現実の通信状況に対応する背景がある。

ただし、

「耐熱シールドのため予定より長くプラズマ中に閉じ込められた」

と理解するのは正確ではない。

検証11|映画の無重力はCGではなかった

映画『アポロ13』には、宇宙船内で俳優たちが実際に浮いているように見える場面が数多くある。

この表現には、当時として非常に特殊な撮影方法が使われた。

NASAのKC-135による放物線飛行である。

航空機を急上昇させた後、放物線状の自由落下軌道へ入れると、機内では短時間の微小重力状態が生まれる。

NASAは本来この方法を、宇宙飛行士の訓練や微小重力実験に使用していた。

『アポロ13』のキャストとスタッフもNASAのKC-135へ乗り、機内に宇宙船セットを組んで無重力場面を撮影した。

NASAには、

  • Tom Hanks
  • Bill Paxton
  • Kevin Bacon
  • Gary Sinise
  • Ron Howard

らがKC-135内部で浮いている公式写真も残されている。

つまり映画で物が浮く場面の少なくとも一部は、ワイヤーで「無重力らしく」動かしたものではない。

俳優自身が短時間、本当に自由落下状態に置かれていた。

なぜ無重力場面が自然に見えるのか

微小重力状態では、俳優だけでなく衣服、紙、コード、腕の動きまで同じ物理状態になる。

ワイヤー撮影では、人間だけを吊るすと、衣服や小物の動きとの微妙な違いが出る。

KC-135ではセット内部そのものが自由落下する。

そのため映画には、1990年代の作品でありながら、現在見ても独特の実在感が残っている。

これは「史実の正確さ」とは別の話だが、Apollo 13という技術的な出来事を映像化するためにNASAの実際の訓練環境を利用した例である。

検証12|本物のジム・ラヴェルも映画に出演している

映画の最後、3人を乗せたヘリコプターが回収艦へ到着する。

トム・ハンクス演じるラヴェルを迎える海軍士官の一人。

この人物は、本物のジム・ラヴェルである。

NASAの公式解説でも、ラヴェル本人が映画でUSS Iwo Jimaの艦長Leland Kirkemo役としてカメオ出演したことが記されている。

事故から25年後、実際にApollo 13を指揮した人物が、自分自身を演じる俳優を地球で迎える構図になっている。

実際の乗員は映画をどう評価しているのか

少なくともFred Haiseの評価は、単純な「正確」「不正確」ではない。

HaiseはNASAの後年のインタビューで、最初に映画を見た際には技術的な誤りや実際にはなかったドラマが気になったと語っている。

特に、

  • 乗員同士の対立
  • 実際より小さく見える地上チーム
  • 一部の技術描写

について指摘している。

一方で何度か見るうちに、

「宇宙船で危機に陥った3人を、大きな地上チームが帰還させた」

というApollo 13全体の構図はよく伝わっていると評価している。

これは映画を史実検証するときの重要な見方でもある。

映画が変更したのは「技術」より「人間関係」だった

映画『アポロ13』の変更点を並べると、一つの傾向が見える。

酸素タンク事故。

Aquariusへの避難。

電力不足。

水不足。

CO2。

LiOHアダプター。

自由帰還。

再起動。

Service Moduleの損傷。

再突入。

こうした物理的・技術的な問題の骨格は比較的忠実である。

一方、映画として調整されたのは、

  • 誰が台詞を言うか
  • 誰が解決策を考えるか
  • 人物同士が対立するか
  • 誰をMission Controlの代表として描くか

という人間関係の部分が多い。

理由は分かりやすい。

実際のApollo 13は、数百・数千人規模の専門家が並行して動く巨大なシステムだからである。

それを約140分の映画で完全再現することはできない。

「誰が救ったのか」を一人へ決めると史実から離れる

映画では、ジム・ラヴェル、Gene Kranz、Ken Mattinglyらが物語を進める中心人物になる。

実際にも全員が重要だった。

しかしApollo 13の記事第5~9回までを振り返ると、必要だった専門分野は非常に広い。

Aquariusを起動する。

軌道を計算する。

DPS噴射を設計する。

水と電力を計算する。

LiOHアダプターを作る。

Odysseyの電源手順を作り直す。

誘導装置を調整する。

通信を維持する。

着水地点へ回収艦を配置する。

どれも専門分野が異なる。

したがって「Apollo 13を救った一人」を探すこと自体が、実際の出来事の構造から離れていく。

事故原因もシステムの連鎖だった。

生還もシステムの連携だった。

そこがApollo 13という出来事の特徴である。

映画で正しい部分/脚色された部分をまとめる

項目 判定 補足
マッティングリーの交代 ほぼ史実 発症ではなく曝露+免疫なし
スワイガートの直前参加 史実 ただしバックアップとして訓練済み
酸素タンク攪拌後の事故 史実 通常操作が発火契機
Houston, we have a problem 台詞変更 実際はSwigertが「we’ve had…」と第一報
乗員間の激しい口論 脚色 Haise本人が映画上のドラマと指摘
Aquarius=救命艇 史実 実際に約4日間3人を支えた
角形LiOH問題 史実 開発チームは映画より大きい
Gene Kranz中心のMission Control 役割を集約 実際は複数Flight Director Team+多数組織
Failure is not an option 映画由来 Kranz本人もHollywoodの創作と説明
Mattinglyのシミュレーター作業 史実 ただし多人数の作業を人物へ集約
Service Moduleの大破 史実 NASA写真でも確認可能
耐熱シールドへの不安 史実 再突入まで完全には確認不能
再突入ブラックアウト 史実 映画は通信再捕捉の遅れを強く演出
無重力映像 実際の微小重力 NASA KC-135で撮影
ラヴェル本人の出演 事実 USS Iwo Jima艦長役でカメオ出演

FACT CHECK|映画を見ればApollo 13の史実は分かる?

全体像を理解する入口としては非常に優れている。

しかし映画だけを史料として使うことはできない。

実際の通信時刻、事故原因、人物の役割、Mission Controlの組織構造まで確認する場合は、NASA Mission Report、Air-to-Ground Transcript、Apollo 13 Review Boardなどへ戻る必要がある。

FACT CHECK|Gene KranzがApollo 13を一人で指揮した?

違う。

Kranzは重要なFlight Directorだったが、Apollo 13ではGlynn Lunney、Gerry Griffin、Milton Windlerら複数のFlight Directorとチームが交代している。

さらにNASA外の契約企業や多数の技術者も帰還作業へ参加した。

FACT CHECK|Ken Mattinglyの活躍は映画の創作?

創作ではない。

Mattinglyが地上のCommand Module Simulatorで再起動手順を検証し、帰還時にCapComとして乗員へ手順を送ったことはNASA記録で確認できる。

ただし映画では、多人数で行われた作業がMattinglyへ集約されている。

FACT CHECK|「Failure is not an option」は本物のNASA標語?

少なくともApollo 13当時にGene Kranzが発した台詞としての記録はない。

Kranz本人も後年NASAのインタビューで、映画制作から生まれた言葉だと説明している。

現在ではNASA文化を象徴する表現として使われることがあるが、1970年の逐語記録とは分ける必要がある。

FACT CHECK|映画の宇宙船内は本当に無重力だった?

すべての場面がそうだという意味ではないが、主要な無重力場面の撮影にはNASAのKC-135による実際の放物線飛行が使われている。

その短時間、俳優とセットは実際に自由落下状態となっていた。

では映画『アポロ13』は「正確な映画」なのか

史実映画に「正確/不正確」の二択を当てはめると、この作品の特徴を捉えにくい。

事故の原因と帰還技術については、かなり多くの実際の要素が残されている。

酸素タンク。

燃料電池。

Aquarius。

LiOH。

自由帰還軌道。

DPS。

Command Moduleの再起動。

Service Moduleの損傷。

再突入。

こうした「問題→対策」というMISSIONの骨格は大きく崩されていない。

一方、実際の組織では人数が多すぎる。

会話も細かすぎる。

数日間の作業をすべて再現することもできない。

そこで映画は、

人物を減らす。

役割を統合する。

台詞を短くする。

実際には弱かった人物間対立を強くする。

という方法で映画として成立させた。

結果として、技術の骨格はかなり残しながら、人間ドラマの部分でフィクションを増やした作品になっている。

まとめ|映画と史実の間にあるもの

映画『アポロ13』は、1970年のApollo 13をそのまま記録したドキュメンタリーではない。

「Houston, we have a problem」は実際の通信から変更された。

「Failure is not an option」はHollywoodで作られた。

乗員同士の対立も強められている。

Mission Controlの巨大な組織は、Gene Kranzら少数の人物へ圧縮された。

Ken Mattinglyの役割も、実際に存在した重要な仕事を中心にしながら、地上チーム全体の作業が一人へ集約されている。

一方で、事故そのものは大きく変えられていない。

通常の酸素タンク攪拌後に事故が始まる。

燃料電池を失う。

Odysseyを停止する。

Aquariusへ移る。

電力と水を節約する。

CO2が増える。

角形LiOHを使うアダプターを作る。

月着陸船のエンジンで地球へ戻る。

停止していたOdysseyを再起動する。

損傷したService Moduleを見る。

耐熱シールドの状態が分からないまま再突入する。

通信ブラックアウトを抜ける。

そして3人が太平洋へ帰還する。

この基本構造は、NASAの記録にかなり近い。

だから映画『アポロ13』は、史料そのものではない。

しかしApollo 13を知り、そこから実際のMission Reportや通信記録へ入っていく入口としては非常に強い作品である。

そしてNASAの記録まで読み進めると、映画よりさらに大きなApollo 13が見えてくる。

一人の宇宙飛行士が救ったのでもない。

一人のFlight Directorが救ったのでもない。

一つの即席装置が救ったのでもない。

酸素、電力、水、CO2、軌道、誘導、推進、通信、再突入。

異なる問題を、宇宙船と地上の別々の専門家が一つずつ処理した。

Apollo 13で最も映画的に見える部分こそ、実際には「巨大なチームによる問題解決の積み重ね」だった。

1970年4月11日に始まったApollo 13は、月面へ降りることはできなかった。

4月17日、3人は地球へ戻った。

そして事故原因の調査と宇宙船の改修を経て、Apollo計画は再び月へ向かった。

CASE FILE 14|Apollo 13 完



CASE FILE 14|アポロ13号特集 全10回

  1. 第1回 アポロ13号とは?|月面着陸から「生還ミッション」へ変わった6日間
  2. 第2回 アポロ13号は何をするはずだったのか|3人の乗員とフラ・マウロ月面着陸計画
  3. 第3回 「Houston, we’ve had a problem」|アポロ13号で酸素タンクが爆発した夜
  4. 第4回 なぜアポロ13号の酸素タンクは爆発したのか|地上試験から事故までを追う
  5. 第5回 月着陸船Aquariusはどう「救命艇」になったのか|壊れたOdysseyからの脱出
  6. 第6回 電力・水・CO2をどう切り詰めたのか|アポロ13号を生かした即席の生命維持策
  7. 第7回 アポロ13号はどう地球へ戻ったのか|月を回る自由帰還軌道とエンジン噴射
  8. 第8回 停止していたOdysseyを再起動せよ|アポロ13号、再突入から太平洋着水まで
  9. 第9回 アポロ13号事故は何を変えたのか|事故調査委員会の結論と酸素タンク再設計
  10. 第10回 映画『アポロ13』はどこまで実話なのか|人物・台詞・Mission Controlを史実と比較【現在の記事】

出典・参考資料

  • NASA「Detailed Chronology of Events Surrounding the Apollo 13 Accident」
    Swigert、Lovellによる実際の「we’ve had a problem」通信と事故直後の時刻確認に使用。
  • “`

  • NASA「Apollo 13: Mission Details」
    乗員交代、事故、Aquarius救命艇化、LiOH、消耗品、帰還など映画で描かれる主要事実の照合に使用。
  • NASA「Apollo 13 and German Measles」
    Charles Dukeの風疹、Mattinglyの免疫、Swigertへの交代経緯の確認に使用。
  • NASA「Houston, We’ve Had a Problem」
    LiOHアダプター、Ed Smylie、James Correale、James LeBlancら地上チームの役割、複数Flight Director Teamの確認に使用。
  • NASA「Apollo 13 Crew Returns Safely to Earth」
    MattinglyがCMシミュレーターで再起動手順を検証したこと、Service Module損傷、Aquarius切離し、再突入・帰還の確認に使用。
  • NASA「Call Sign: White Flight」
    Gene Kranz本人による「Failure is not an option」が映画で作られた言葉であるとの証言確認に使用。
  • NASA「Apollo Legend to Shuttle Trailblazer」Fred Haise interview
    Haise本人による映画評価、実際にはなかった人物間対立、実際の地上支援チームが映画より大きかったことの確認に使用。
  • NASA「Can You Hear Me Now?」
    映画終盤の再突入ブラックアウトと、実際の通信再捕捉遅延についてのNASA Ground Controllerの説明を確認するために使用。
  • NASA「Behind the Lens: Meet NASA Johnson’s Photographers」 / NASA Microgravity資料
    映画『Apollo 13』のキャスト・スタッフがNASAのKC-135で微小重力場面を撮影したことの確認に使用。
  • American Film Institute「Apollo 13」
    1995年公開、Ron Howard監督、出演者、上映時間、Jim Lovell / Jeffrey Kluger『Lost Moon』を原作とする映画基本情報の確認に使用。
  • Smithsonian National Air and Space Museum「Apollo 13 Film Discussion」
    映画が史実をどのように再構成したかを検討する補助資料として使用。
  • “`

映画と史実について

本記事では映画『アポロ13』そのものを史実の根拠には使用していません。映画描写を比較対象とし、史実側はNASAのMission Report、Air-to-Ground Transcript、NASA History Office、関係者オーラルヒストリー等から確認しています。

映画上の人物間対立については、「実際の乗員に対立が一切なかった」と一般化するのではなく、Fred Haise本人が映画で描かれた特定のSwigertとの対立を実際とは異なるドラマとして指摘している範囲で記述しています。

再突入ブラックアウトについても、映画の「予定より長い沈黙」とNASAの後年の説明を区別しています。NASA Johnson Space Centerのインタビューでは、Command Module自体は予定どおりブラックアウトを抜け、通信を担当した航空機が信号を再捕捉するまで時間を要した可能性が説明されています。これは後年の関係者による説明であり、本記事では事故当日の確定原因としては扱っていません。

「Failure is not an option」はApollo 13当時のGene Kranzの逐語記録ではありません。Kranz本人が後年、映画制作過程から生まれた表現だと説明しています。一方で本人は、その言葉がFlight Control Teamに求めた姿勢をよく表している趣旨でも語っています。