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電力・水・CO2をどう切り詰めたのか|アポロ13号を生かした即席の生命維持策

宇宙事故

Aquariusを救命艇として使う。

1970年4月13日、Apollo 13の乗員とMission Controlは、事故から数時間でその方針へたどり着いた。

しかし、それは「安全な宇宙船へ避難できた」という意味ではない。

月着陸船Aquariusは、本来2人が月面着陸のために短期間使用する宇宙船だった。

そこへ3人が移り、地球へ戻るまで約4日間使う。

酸素は足りる。

では電力は。

水は。

そして、3人が吐き続ける二酸化炭素を取り除く装置は。

一つでも先に尽きれば、帰還軌道に乗っていても意味がない。

Apollo 13の後半戦は、残された資源を「何時間使えるか」に変換し、地球再突入時刻より後まで寿命を伸ばす作業だった。

その途中では、宇宙船内に十分なCO2吸収材が残っているにもかかわらず、形が違うため使えないという問題まで起きる。

今回はAquariusの電力、水、二酸化炭素除去を、残量と消費率から追っていく。


CASE FILE 14

アポロ13号特集|全10回

  1. 第1回 アポロ13号とは?|月面着陸から「生還ミッション」へ変わった6日間
  2. 第2回 アポロ13号は何をするはずだったのか|3人の乗員とフラ・マウロ月面着陸計画
  3. 第3回 「Houston, we’ve had a problem」|アポロ13号で酸素タンクが爆発した夜
  4. 第4回 なぜアポロ13号の酸素タンクは爆発したのか|地上試験から事故までを追う
  5. 第5回 月着陸船Aquariusはどう「救命艇」になったのか|壊れたOdysseyからの脱出
  6. 第6回 電力・水・CO2をどう切り詰めたのか|アポロ13号を生かした即席の生命維持策【現在の記事】
  7. 第7回 アポロ13号はどう地球へ戻ったのか|月を回る自由帰還軌道とエンジン噴射
  8. 第8回 停止していたOdysseyを再起動せよ|アポロ13号、再突入から太平洋着水まで
  9. 第9回 アポロ13号事故は何を変えたのか|事故調査委員会の結論と酸素タンク再設計
  10. 第10回 映画『アポロ13』はどこまで実話なのか|人物・台詞・Mission Controlを史実と比較

Aquariusで最初に計算されたのは「いつまで持つか」だった

事故後、Mission ControlがAquariusを救命艇として使う方針を決めると、各システム担当者は残量と消費率の計算を始めた。

必要なのは「まだ電池があります」「まだ水があります」という確認ではない。

現在の使用量なら何時何分まで持つのか。

そして、その時刻は予定される地球帰還より後なのか。

宇宙船の消耗品は、すべて時間へ変換して考えなければならなかった。

資源 役割 主な問題
電力 生命維持・通信・誘導・計器など LMのバッテリーだけで数日間運用する必要
飲料・電子機器の冷却 初期計算では帰還前に不足する恐れ
酸素 呼吸・船内気圧維持 比較的余裕あり
LiOH 二酸化炭素の除去 LM用だけでは3人×4日間に不足

計算の結果、酸素については比較的余裕があることが分かった。

問題になったのは、主として電力・水・二酸化炭素除去能力だった。

電力|最初の使用率では地球まで持たない

Aquariusの電力源はバッテリーである。

Command and Service Moduleが持っていた燃料電池とは異なり、消費した分を新しく発電することはできない。

残量は減る一方だった。

Aquariusへの移行直後には、誘導装置、通信、生命維持装置など多数の機器が必要だった。

NASAのMission Operations Reportでは、事故後早い段階でLMの消費電流が約35Aの状態にあり、このままでは電力寿命は飛行時間127時間付近までと見積もられていた。

予定されていた帰還は140時間を超える。

そのままでは足りない。

Mission Controlは、必要な機器と不要な機器を一つずつ分けた。

必要なのは、

  • 生命維持
  • 最低限の通信
  • 必要時の誘導
  • 必要時の姿勢制御

など。

常時使う必要のない装置は停止する。

送信機の出力も必要に応じて落とす。

ヒーター類も停止する。

誘導・航法装置も、必要な時間帯以外は可能な限り低電力状態に置く。

その結果、NASAの記録では82時間30分ごろには、LMの平均電流を約12.5Aまで低下させることができた。

初期の約35Aから考えると、およそ3分の1である。

この節電によって、Aquariusの電力寿命は地球帰還より後まで伸びていった。

「全部OFF」にすればいいわけではない

節電と聞くと、使わない機器をすべてOFFにすればよいように見える。

実際には、そこにも限界がある。

宇宙船はただ漂っていればよい物体ではない。

地球との通信が必要。

船内の空気を循環させなければならない。

CO2を除去しなければならない。

必要な時刻にはエンジンを噴射し、そのために姿勢と航法を確認しなければならない。

さらに電力を使う機器の一部は、熱源でもある。

電力を削れば削るほど、宇宙船内部で発生する熱も減る。

その結果、Aquariusの内部は次第に冷えていった。

NASAの資料では、低電力状態が続いた船内は40°F前後、摂氏数度程度まで冷えたと記録されている。

通常なら快適性のために使用するヒーターへ電力を回す余裕はない。

乗員は冷えた船内で帰還を待つことになる。

節電すると、水も節約できた

電力を減らすことには、もう一つ効果があった。

冷却水の消費も減った。

Aquariusの電子機器は作動すると熱を発生する。

その熱は、環境制御システムを通して宇宙船外へ捨てなければならない。

Apollo Lunar Moduleでは、この熱処理に水を使用する。

したがって、電力を大量に使えば、

消費電力増加 → 発熱増加 → 冷却水消費増加

となる。

反対に低電力化すれば、発生する熱が減り、水の消費量も下がる。

Mission Operations Reportでは、Aquariusの水使用量は、パワーアップ状態では一時毎時7.7ポンドほどだった。

構造物全体が冷えた後、12.5A前後の低電力状態では、毎時2.5~2.8ポンド程度まで低下している。

電力と水は別々の問題ではなかった。

同じ運用変更で両方を改善できたのである。

水が一番危ないと見積もられた

NASAのApollo 13公式解説では、消耗品の中で特に問題視されたのがだった。

ある時点の計算では、現在の消費量が続けば、地球大気圏への再突入より約5時間前に水が尽きると予測された。

しかも水は機器冷却だけではない。

3人が飲むためにも必要である。

そこで乗員の飲料水も強く制限された。

NASAによれば、一人あたりの飲料水は1日6オンス、約180mLまで削減された。

通常量のおよそ5分の1だった。

食事でも、水で戻す必要のある食品を極力避ける。

果汁や、最初から水分を含む食品を利用する。

Mission Reportでは、飲料可能な水は飲用とジュースの復元へ優先して使われ、再加水が必要な食品には使用しなかったと記録されている。

乗員は脱水状態になっていった。

NASAの記録では、ラヴェルは飛行中に14ポンド、約6.4kg体重を落とし、3人では合計31.5ポンド、約14.3kgの減少となった。

これは「節水に成功した」という結果の裏側にあった身体的な負担でもある。

水は本当に尽きたのか

最終的には尽きなかった。

厳しい節水とLMの低電力運用によって、予測された消費量を下げることができた。

Mission Operations Reportによれば、Aquariusを切り離す飛行時間141時間30分の時点でも、使用可能な水は28.2ポンド残っていた。

その残量から計算される寿命は147時間06分。

Apollo 13は142時間台で地球へ帰還する。

つまり最終段階では、必要時刻より先まで水を持たせることができた。

事故直後の「帰還前に尽きる」という見積もりを、運用によって安全側へ動かしたのである。

酸素は最大の問題ではなかった

事故そのものは酸素タンクから始まった。

そのため「Apollo 13では酸素不足が最も危険だった」と考えやすい。

しかしAquariusへ移った後については事情が違う。

月着陸が中止されたため、Aquariusに搭載していた月面活動用の酸素を生命維持へ利用できた。

Mission Operations Reportでは、LMを切り離した141時間30分時点でも使用可能な酸素が28.5ポンド残っており、計算上の寿命は265時間30分まであった。

帰還時刻に対して十分な余裕である。

つまり「呼吸する酸素」より早く問題になったのは、

電池を使い切ること、水を使い切ること、そして吐き出したCO2を処理できなくなること

だった。

酸素があっても、CO2を除去できなければ生きられない

人間は酸素を吸い、二酸化炭素を吐き出す。

密閉された宇宙船では、その二酸化炭素を外へそのまま捨てるわけにはいかない。

空気を循環させ、水酸化リチウム(LiOH)を入れたカートリッジを通す。

LiOHが二酸化炭素を吸収することで、船内のCO2濃度を低く保つ。

問題は、Aquariusに積まれたLiOHの量だった。

月着陸船は2人用。

Apollo 13では3人。

しかも使用期間は大幅に延長されている。

LM側にあるカートリッジだけでは、地球まで3人分のCO2を処理できないことが分かった。

Odysseyには吸収材が大量に残っていた

ところが、宇宙船全体で見ればLiOHが不足していたわけではない。

停止したOdysseyには、Command Module用のLiOHカートリッジが残っていた。

帰還まで使える量もある。

問題は機械的な互換性だった。

Odyssey用のカートリッジは角形。

Aquarius側のシステムは丸形カートリッジを使う。

同じLiOH。

同じ目的。

しかし、そのまま差し込めない。

Apollo計画を象徴する「square peg in a round hole――丸い穴へ四角い栓を入れる」問題である。

なぜ同じApollo宇宙船なのに形が違ったのか

Command ModuleとLunar Moduleは、同じApollo計画で使用する宇宙船だが、別々の機体である。

設計目的も製造会社も異なる。

Command ModuleはNorth American Aviation。

Lunar ModuleはGrumman。

それぞれ独立した環境制御システムを持ち、LiOHカートリッジの形状も統一されていなかった。

通常のミッションなら問題にならない。

OdysseyのカートリッジはOdysseyで使う。

AquariusのカートリッジはAquariusで使う。

一方から他方へ移植する必要など、本来の運用には存在しない。

しかしApollo 13では、その「本来不要な互換性」が必要になった。

CO2濃度が上がり始めた

Mission Operations Reportでは、LMの一次LiOHカートリッジを使用している間に、船内のCO2分圧が14.9mmHgまで上昇したことが記録されている。

飛行時間は約85時間25分。

そこで予備のPLSS系カートリッジへ切り替えた。

しかし、それも恒久的な解決にはならない。

Mission Controlでは、その前からOdysseyの角形カートリッジをAquariusで使う方法を考えていた。

残されているのは、宇宙船内に実際に積まれている物だけである。

新しい部品を宇宙へ送ることはできない。

Houstonの技術者たちは、乗員が手元に持っている材料だけを使って接続装置を作らなければならなかった。

地上では、宇宙船と同じ材料を机に集めた

この問題を担当したのは、NASA Manned Spacecraft CenterのCrew Systems Divisionを中心としたチームだった。

Robert E. “Ed” Smylie、James Correale、James LeBlancらが関わり、宇宙船に搭載されている物品の複製を使って方法を検討した。

条件は厳しい。

「地上なら手に入る便利な部品」を使ってはいけない。

乗員が宇宙船内で同じものを再現できなければ意味がない。

最終的な構成に使用されたのは、

  • Command Module用の角形LiOHカートリッジ
  • 宇宙服用ホース
  • 液冷下着収納用のビニール袋
  • フライトプランなどの厚紙
  • テープ

など、Apollo 13内部に存在する物だった。

どうやって「角形」をLMの空気循環へ接続したのか

目的は単純である。

Aquariusの空気を、Odysseyの角形LiOHカートリッジへ強制的に通す。

そのため、LMの宇宙服用換気ホースを利用した。

角形カートリッジを袋で覆い、ホースを接続する。

ただし袋が吸引によってカートリッジ表面へ張り付き、空気の流路を塞いではいけない。

そこで厚紙をアーチ状にして内部へ入れ、袋が潰れないよう空間を確保した。

接合部をテープで密閉する。

LMのSuit Fanを動かせば、船内の空気がホースからこの装置を通り、Command Module用LiOHへ流れる。

CO2を除去した空気を再び船内へ戻せる。

NASAのMission Reportに掲載された図を見ると、これは「カートリッジを削って丸くする」装置ではない。

形が違うフィルターへ、空気の流路そのものを作り直すアダプターだったことが分かる。

Houstonで作り、試してから宇宙へ手順を送った

地上チームは案を考えただけではない。

実際に同じ材料で装置を組み立て、試験設備でCO2を除去できることを確認した。

その結果をもとに作業手順を作る。

そしてCapComが、一工程ずつApollo 13へ読み上げた。

「袋のこの位置を切る」

「ホースをここまで入れる」

「この場所をテープで固定する」

宇宙飛行士は口頭で送られる手順を聞きながら、狭いAquariusの中で装置を組み立てた。

NASAに残る通信記録では、完成した際にスワイガートが、自分たちの「do-it-yourself lithium hydroxide canister change」が完成したとHoustonへ報告している。

約93~95時間|即席アダプターが実際に使われた

Apollo 13 Review Boardの報告では、乗員は飛行時間93時間前後に改造装置を組み立てた。

Mission Operations Reportでは、CO2分圧が再び7.5mmHgへ達した約94時間53分にCommand Module用カートリッジを使用する構成へ切り替えたことが記録されている。

効果はすぐに現れた。

Review Boardによれば、改造後にCO2分圧は7.5mmHgから0.1mmHgまで急速に低下した。

その後は追加のCommand Module用カートリッジを接続しながら運用し、地球帰還までCO2を安全な範囲へ抑えることができた。

「四角いフィルターを丸い穴へ入れた」という有名な逸話の実態は、

既存のファン・ホース・フィルターを組み替え、別機体の消耗品を使える空気循環系を即席で構築した

というシステム変更だった。

これは「宇宙飛行士の工作力だけ」で解決したのか

違う。

乗員が宇宙船内で装置を作ったことは事実である。

しかし、形状を考え、使用可能な材料を確認し、地上で組み立て、実際にCO2除去能力を試験し、手順書へ落とし込んだのはMission Control側の技術者たちだった。

地上で考える。

模擬装置で試す。

手順にする。

宇宙へ送る。

乗員が実行する。

そしてテレメトリで結果を確認する。

Apollo 13では、このサイクルが何度も繰り返された。

LiOHアダプターは、その最も目に見えやすい例である。

「あり合わせで作った」からこそ、事前の準備が重要だった

Apollo 13の即席対応は、ときに「その場のひらめき」による奇跡として語られる。

しかしNASAのMission Operations Reportには、事故前から最低電力状態でLMを運用する検討や、異常時手順のシミュレーションが行われていたことも記されている。

もちろんApollo 13とまったく同じ事故が想定されていたわけではない。

それでも、

  • LMを低電力で使う知識
  • CSMとLMそれぞれのシステム知識
  • シミュレーター
  • 実機と同じ部品のモックアップ
  • 地上試験設備
  • 宇宙船内の搭載品リスト

があった。

その土台があったから、予定外の問題に対して短時間で実行可能な手順を作ることができた。

「何でもその場で考えた」のではない。

既知のシステムを、未知の使い方へ組み替えた。

低電力化の代償は、冷え切った宇宙船だった

電力と水の寿命を延ばすため、Aquariusでは最低限の機器しか動かさなかった。

その結果、船内は非常に寒くなった。

Mission Operations Reportでは、長時間の低電力状態で船内温度がおよそ45~50°F、約7~10℃程度まで下がった区間が記録されている。

別のNASA解説では、さらに低い約38°F、約3℃まで下がったとの記述もある。

時刻や測定位置によって値に差はあるが、共通しているのは、乗員が防寒を必要とするほど船内が冷えたことである。

それでもヒーターを積極的に使うことはできなかった。

暖かさより、地球まで電池を残すことが優先された。

睡眠にも影響した

Mission Reportでは、当初は停止したCommand Moduleを睡眠場所として利用する計画もあった。

しかしOdysseyの内部も急速に冷えた。

窓には水滴が付き、結露が増えていった。

最終的には3人ともAquariusで過ごす時間が長くなる。

LMも冷え切り、NASAのMission Reportでは帰還前約16時間は寒さのため十分な睡眠が困難だったと記録されている。

電力を節約するという工学的に正しい判断は、乗員の休息という別の余裕を削っていた。

最終的に、どれだけ残ったのか

Aquariusを切り離したのは飛行時間約141時間30分。

NASAのMission Operations Reportには、その時点での使用可能な消耗品が残されている。

資源 LM切り離し時の残量 計算上の寿命
電力 189.6Ah 146:00 GETまで
28.2lb 147:06 GETまで
酸素 28.5lb 265:30 GETまで
LM/PLSS用LiOH 37時間分 CMカートリッジ併用で帰還まで対応

事故直後には「足りない」と見積もられた資源が、最後には帰還時刻より先まで残った。

これは宇宙船に新しい電池や水が追加されたからではない。

使用率そのものを変えたからである。

FACT CHECK|CO2問題は「酸素不足」だった?

違う。

Aquarius側には呼吸に必要な酸素は十分残っていた。

問題は、人間が吐き出した二酸化炭素を船内から除去するLiOHカートリッジの処理能力だった。

酸素が十分でもCO2が蓄積すれば人体へ悪影響を及ぼす。

生命維持は「酸素を供給する」だけでは成立しない。

FACT CHECK|四角いカートリッジを丸く削った?

削っていない。

Command Module用LiOHカートリッジを袋で覆い、LMの宇宙服用ホースを接続し、Aquariusの空気を角形カートリッジへ通す流路を作った。

厚紙は袋が潰れて空気経路を塞ぐのを防ぐための支持構造として使用された。

形状そのものを合わせたのではなく、流体経路を合わせたと考える方が正確である。

FACT CHECK|NASAはこの装置を宇宙飛行士へ即興で考えさせた?

違う。

地上チームが宇宙船にある物と同じ材料で装置を製作し、試験を行った。

そのうえで作業手順をMission Controlから乗員へ送っている。

Apollo 13の対応では、地上で検証できない案をそのまま宇宙船へ試させることを避ける姿勢が一貫していた。

FACT CHECK|乗員は水を1日180mLしか使えなかった?

NASAが記録している「1人1日6オンス、約180mL」は、主として乗員が飲むために割り当てられた水の厳しい制限を示す。

一方、宇宙船全体では電子機器の冷却にも水を消費している。

したがって「LM全体で1人180mL分しか水を消費しなかった」という意味ではない。

乗員用の飲料水と、宇宙船システムが使用する冷却水を分けて理解する必要がある。

何がApollo 13を生かしたのか

この段階だけを見ても、「一つの発明が3人を救った」という説明では足りない。

電力は、35A前後だった消費率を約12.5Aまで落とした。

水は、機器の低電力化で冷却消費を減らし、乗員の飲料量まで削った。

酸素は、月面着陸が中止されたことでAquariusに余裕があった。

CO2は、Odysseyに残ったLiOHをAquariusで使えるよう空気経路を作り直した。

それぞれ別の問題に見える。

しかし共通する考え方は同じだった。

「残っている物を、本来とは異なる方法で使う」

Aquariusそのものがそうだった。

月着陸用の電池を帰還用へ。

月面活動用の酸素を3人の生命維持へ。

宇宙服用ホースをCO2除去装置へ。

Command Module用カートリッジをLunar Moduleへ。

フライトプランの厚紙を構造材へ。

通常運用では別々だった機能を、帰還という一つの目的へ組み替えていった。

まとめ|問題は「残量」ではなく「消費率」だった

Aquariusを救命艇として起動した直後、Apollo 13にはまだ電力も、水も、酸素も、LiOHも残っていた。

しかし、そのままの使用率では地球まで持たない。

Mission Controlは各資源を残量ではなく「あと何時間使用できるか」で管理した。

電力消費は平均約12.5Aまで削減。

それによって発熱と冷却水使用量も低下した。

飲料水は1人1日約6オンスまで制限された。

酸素には十分な余裕があったが、3人が吐き出すCO2を処理するLM用LiOHカートリッジが不足することが分かった。

Odysseyには十分な角形カートリッジがある。

しかしAquariusは丸形。

そこで地上チームは、袋、厚紙、テープ、宇宙服用ホースなど、乗員が持っている物だけでアダプターを開発した。

乗員がその手順どおりに組み立てると、CO2分圧は急速に低下した。

Aquarius切り離し時には、電力、水、酸素のすべてが帰還時刻より先まで残っていた。

事故直後には不足すると考えられた資源を、新しい補給なしで持たせたのである。

しかし、生命維持が可能になっても、Apollo 13はまだ地球へ向かっているとは限らなかった。

事故発生時、宇宙船はフラ・マウロへ向かうため、自由帰還軌道から外れていた。

次に必要なのは、Aquariusの降下用エンジンを使い、月の重力も利用しながら、宇宙船そのものの進路を地球へ戻すことだった。



CASE FILE 14|アポロ13号特集 全10回

  1. 第1回 アポロ13号とは?|月面着陸から「生還ミッション」へ変わった6日間
  2. 第2回 アポロ13号は何をするはずだったのか|3人の乗員とフラ・マウロ月面着陸計画
  3. 第3回 「Houston, we’ve had a problem」|アポロ13号で酸素タンクが爆発した夜
  4. 第4回 なぜアポロ13号の酸素タンクは爆発したのか|地上試験から事故までを追う
  5. 第5回 月着陸船Aquariusはどう「救命艇」になったのか|壊れたOdysseyからの脱出
  6. 第6回 電力・水・CO2をどう切り詰めたのか|アポロ13号を生かした即席の生命維持策【現在の記事】
  7. 第7回 アポロ13号はどう地球へ戻ったのか|月を回る自由帰還軌道とエンジン噴射
  8. 第8回 停止していたOdysseyを再起動せよ|アポロ13号、再突入から太平洋着水まで
  9. 第9回 アポロ13号事故は何を変えたのか|事故調査委員会の結論と酸素タンク再設計
  10. 第10回 映画『アポロ13』はどこまで実話なのか|人物・台詞・Mission Controlを史実と比較

出典・参考資料

  • NASA「Mission Operations Report Apollo 13」
    LMの電力消費、12.5A低電力運用、水消費率、LiOHカートリッジ運用、LM切り離し時の電力・水・酸素残量の確認に使用。
  • “`

  • NASA「Apollo 13: Mission Details」
    水不足の予測、1人1日6オンスの飲料水制限、乗員の体重減少、CMとLMのLiOHカートリッジ形状差、アダプター材料の確認に使用。
  • Apollo 13 Mission Report
    LM環境制御システム、水酸化リチウムの不足、CM用カートリッジを使用する補助CO2除去システム、飲料水運用、船内の低温状態の確認に使用。
  • Report of Apollo 13 Review Board
    LM用LiOHのみでは不足すること、改造装置の製作、CO2分圧7.5mmHgから0.1mmHgへの低下、その後のCO2管理の確認に使用。
  • NASA「Houston, We’ve Had a Problem」
    Ed Smylie、James Correale、James LeBlancらを中心とした地上チームがCM用LiOHをLMで使用する手順を開発・試験した経緯の確認に使用。
  • NASA「Apollo 13 LiOH Canister Breakthrough Test」
    地上試験によってCM用LiOHカートリッジをLM環境制御系で使用できることを確認し、交換時期まで検証した技術試験の確認に使用。
  • “`

資料について

本記事では、乗員用飲料水とLunar Module環境制御システムが冷却に使用する水を区別しています。「1人1日6オンス」は乗員の飲料水制限であり、宇宙船全体の水使用量ではありません。

CO2濃度については、Mission Operations Reportに記録された一次LMカートリッジ使用時の14.9mmHg、予備カートリッジへの切替、その後CM用カートリッジを使用し始めた約94時間53分時点の7.5mmHgを区別しています。

また、いわゆる「square peg in a round hole」は角形カートリッジそのものを丸形へ加工したものではありません。NASAのMission Reportにある構成図のとおり、袋、厚紙、テープ、宇宙服用ホースを使って、CM用カートリッジへLMの空気を通す流路を作った装置です。

アポロ13号はどう地球へ戻ったのか|月を回る自由帰還軌道とエンジン噴射

宇宙事故

酸素は確保した。

電力と水の消費も落とした。

二酸化炭素を除去する方法もできた。

しかし、それだけではApollo 13は地球へ帰れない。

事故が起きた1970年4月13日、宇宙船はすでに約32万km離れた月へ向かっていた。

しかも、その軌道は「何もしなくても月を回って地球へ戻れる軌道」から意図的に外されていた。

本来の目的だったフラ・マウロへの月面着陸を実現するためである。

サービスモジュールの主エンジンは、事故後の損傷状態が分からず使用できない。

そこでNASAが使ったのは、月着陸船AquariusのDescent Propulsion System――月面へ降りるためのエンジンだった。

事故から約5時間半後、34秒。

月を回った約2時間後、約4分24秒。

さらに地球へ向かう途中でも小さな軌道修正を加える。

Apollo 13の生還は、「月の重力に任せて戻った」のではない。

月の重力と残されたエンジンを組み合わせ、帰還可能な軌道を段階的に作り直した結果だった。


CASE FILE 14

アポロ13号特集|全10回

  1. 第1回 アポロ13号とは?|月面着陸から「生還ミッション」へ変わった6日間
  2. 第2回 アポロ13号は何をするはずだったのか|3人の乗員とフラ・マウロ月面着陸計画
  3. 第3回 「Houston, we’ve had a problem」|アポロ13号で酸素タンクが爆発した夜
  4. 第4回 なぜアポロ13号の酸素タンクは爆発したのか|地上試験から事故までを追う
  5. 第5回 月着陸船Aquariusはどう「救命艇」になったのか|壊れたOdysseyからの脱出
  6. 第6回 電力・水・CO2をどう切り詰めたのか|アポロ13号を生かした即席の生命維持策
  7. 第7回 アポロ13号はどう地球へ戻ったのか|月を回る自由帰還軌道とエンジン噴射【現在の記事】
  8. 第8回 停止していたOdysseyを再起動せよ|アポロ13号、再突入から太平洋着水まで
  9. 第9回 アポロ13号事故は何を変えたのか|事故調査委員会の結論と酸素タンク再設計
  10. 第10回 映画『アポロ13』はどこまで実話なのか|人物・台詞・Mission Controlを史実と比較

そもそも「自由帰還軌道」とは何か

Apollo 13は地球を出発した直後、free-return trajectory――自由帰還軌道と呼ばれる軌道へ投入されていた。

この軌道では、宇宙船が月へ接近したあと月の重力によって進行方向を曲げられ、月の裏側を回って再び地球方向へ戻る。

重要なのは、月周回軌道へ入るための主エンジン噴射ができなくても、基本的には地球へ戻る方向へ向かうことである。

簡略化すると、次のような軌道になる。

地球
  \
   \
    \
     →→→ 月
          ↘
           ↘ 月の裏側を回る
          ↙
       ←←
     /
   地球

「月の重力を使ったUターン」と考えると理解しやすい。

エンジンが完全に使えなくなった場合でも地球へ戻れるため、有人月飛行では重要な安全策だった。

ところがApollo 13は、事故前に自由帰還軌道から外れていた

Apollo 13も打ち上げ直後は自由帰還軌道を飛んでいた。

しかし、事故が発生した時点では違った。

飛行開始から約30時間41分。

サービスモジュールのService Propulsion System、SPS主エンジンを約3.5秒噴射し、速度を約23.2ft/s変化させている。

これは異常への対応ではない。

予定どおりの軌道変更だった。

目的はフラ・マウロへの月面着陸である。

自由帰還軌道のままでは月への接近条件に制約があり、予定していた着陸軌道へ移るためには別の軌道へ変更する必要があった。

NASAはこれをハイブリッド軌道、あるいはnon-free-return trajectoryとして扱っている。

通常なら、この後SPSエンジンを使って月周回軌道へ入る。

しかし55時間台で酸素タンク事故が起きた。

月面着陸は中止。

サービスモジュールは損傷。

そしてApollo 13は、何もしなければ安全に地球へ戻れない軌道上にいた。

なぜサービスモジュールの主エンジンを使わなかったのか

ApolloのCommand and Service Moduleには、Service Propulsion Systemと呼ばれる大型エンジンがある。

本来なら月周回軌道への投入、月周回軌道からの離脱など、主要な速度変更を担当するエンジンだった。

帰還だけを考えれば、このSPSを使う案も考えられる。

しかし事故後、Mission Controlにはサービスモジュール内部の損傷範囲が分からなかった。

酸素タンク2番は破損している。

外板にも大きな損傷がある可能性がある。

推進剤タンクや配管、エンジンそのものに問題がないと保証できない。

損傷したSPSを作動させ、さらに重大な破壊が起きれば、別の帰還手段まで失う。

そこでMission Controlは、使用実績のある別系統へ切り替えた。

AquariusのDescent Propulsion System、DPSである。

月面着陸用エンジンで、3機つながった宇宙船を動かす

DPSは、本来Aquariusの降下段を月面へ降ろすためのエンジンである。

事故後のApollo 13では、

  • Command Module Odyssey
  • 損傷したService Module
  • Lunar Module Aquarius

がドッキングした状態にある。

その全体を、最後尾ではなく月着陸船側のDPSで押す。

通常のApollo月飛行とは異なる構成だった。

ただし、この方法そのものが完全な思いつきだったわけではない。

NASAではService Propulsion Systemが使用できなくなった場合に、Lunar ModuleのDescent Propulsion Systemを使ってドッキング状態の宇宙船を動かす緊急手順が検討されており、Apollo 9でも関連する運用が試験されていた。

問題は、Apollo 13の現在位置と損傷状態に合わせて、具体的な噴射時刻・姿勢・速度変化を計算することだった。

61:29:43|最初の34秒で自由帰還軌道へ戻した

事故発生から約5時間35分。

飛行時間61時間29分43秒

AquariusのDPSが点火された。

燃焼時間は約34.2秒。

速度変化は約37.8ft/s、約11.5m/sだった。

大きな速度変化ではない。

しかし宇宙空間では、この小さな速度差が何十万km先の位置を大きく変える。

NASA Mission Reportでは、この噴射によってApollo 13は再びfree-return trajectoryへ戻ったと記録されている。

項目 内容
時刻 61:29:43 GET
使用エンジン Aquarius Descent Propulsion System
燃焼時間 約34.2秒
速度変化 約37.8ft/s(約11.5m/s)
目的 自由帰還軌道へ復帰

これによって、最悪でも「月を通過したあと地球付近へ戻れる」という最低限の安全策が確保された。

では、この34秒だけで帰還できたのか

理論上は、地球へ戻ることはできた。

ただし、それは最適な帰還ではなかった。

NASAのMission Reportによれば、この自由帰還軌道のまま進むと、Command Moduleは飛行時間約152時間でモーリシャス島南方のインド洋へ着水する計算だった。

事故後の限られた電力と水でそこまで持つかという問題がある。

さらにApollo 13の主回収艦USS Iwo Jimaは南太平洋側に配置されていた。

NASAが欲しかったのは、

「地球へ戻れる軌道」

ではない。

「できるだけ早く、回収可能な南太平洋へ戻れる軌道」

だった。

そのため、月の裏側を回った後にさらに大きな噴射を行う計画が立てられた。

なぜ、すぐに大きな噴射をしなかったのか

事故直後にDPSを長時間噴射して、直接地球へ向きを変える案も検討された。

しかし大きな速度変更には推進剤を大量に使う。

さらに損傷したCommand and Service Moduleを月着陸船で押すという運用には、不確定要素もあった。

そこでNASAは、月そのものを利用した。

Apollo 13を月へ向かわせたままにし、月の重力で宇宙船の進行方向を地球側へ曲げる。

その後、効率のよい地点でDPSを噴射して帰還時間を短縮する。

いわゆるlunar slingshot、月を使った重力アシストである。

言い換えれば、

エンジンで180度Uターンするのではなく、月の重力に大部分の方向転換をさせた。

月の裏側へ入る――地球との通信が途絶えた

Apollo 13は月へ接近した。

月の裏側へ回ると、宇宙船と地球の間に月そのものが入る。

電波は月を通過できない。

そのためMission Controlとの通信は一時的に途絶える。

これは事故による通信障害ではなく、月飛行では通常起こる現象である。

しかしApollo 13では意味が違った。

地球側から状況を監視できない時間帯に、損傷した宇宙船が月を回る。

Mission Controlにできるのは、通信が回復するのを待つことだけだった。

Apollo 13は、人類史上最も地球から遠い地点へ到達した

事故によってフラ・マウロ着陸は中止されたが、Apollo 13は月の裏側を通常の着陸ミッションより高い高度で通過した。

その結果、地球からの距離は約248,655マイル、約400,000kmに達した。

この距離は長く、有人宇宙飛行で人間が地球から到達した最遠記録として残った。

皮肉にも、月面へ降りられなかったApollo 13が、結果として人類を地球から最も遠い場所まで運んだのである。

月を回ったあと、「そのまま帰る」選択肢は捨てられた

月の重力によってApollo 13の進路は地球方向へ曲がった。

これで最低限の自由帰還軌道は成立している。

しかしMission Controlは、さらにDPSを使う。

計画されたのがPC+2 maneuverだった。

PCはPericynthion、月への最接近点。

「+2」は、その約2時間後という意味である。

月を回って地球方向へ向き始めたあとに加速することで、帰還時間を短縮する。

PC+2の前に、別の問題があった――自分たちは正しい方向を向いているのか

エンジンは、正しい方向へ向けて噴射しなければならない。

数度ずれただけでも、何十万km先では大きな位置ずれになる。

通常、Lunar Moduleでは星を観測して誘導装置の基準を確認できる。

ところがApollo 13では、それが難しかった。

酸素タンク事故によって放出された多数の破片が、宇宙船の周囲を漂っていた。

太陽光を反射する破片は、窓や光学装置から見ると星のように光る。

本物の星を識別するのが難しい。

そこでNASAは別の基準を利用した。

太陽である。

太陽を使って誘導装置を確認した

飛行時間約74時間。

PC+2噴射へ備えて、Aquariusの誘導プラットフォームの精度を確認した。

コンピューターに太陽の方向を計算させ、Alignment Optical Telescopeで実際の太陽位置を確認する。

NASA Mission Reportによれば、確認されたずれは許容値1度に対して約半分程度だった。

再アラインメントを行う必要はないと判断された。

宇宙船が計算された姿勢を正しく認識していることが確認できた。

PC+2噴射を実行できる。

79:27:39|約4分24秒のPC+2噴射

飛行時間79時間27分39秒

AquariusのDPSが再び点火された。

今度は34秒ではない。

263.8秒――約4分24秒にわたる長時間噴射だった。

速度変化は約860.5ft/s。

約262m/sに相当する。

最初の自由帰還復帰噴射の約23倍の速度変化である。

自由帰還復帰 PC+2
時刻 61:29:43 79:27:39
燃焼時間 約34秒 約264秒
速度変化 約37.8ft/s 約860.5ft/s
目的 自由帰還軌道へ戻す 帰還短縮・南太平洋へ着水地点変更

この噴射によって、予定帰還時刻は約152時間から142時間台へ短縮された。

約9時間の短縮である。

同時に着水予定地点もインド洋から南太平洋へ移された。

そこにはUSS Iwo Jimaを中心とする回収部隊が待機できる。

PC+2は「地球へ戻るため」だけの噴射ではなかった

ここは整理しておきたい。

61時間29分の噴射で、Apollo 13はすでに自由帰還軌道へ戻っている。

したがってPC+2をしなければ絶対に地球へ戻れなかった、という意味ではない。

PC+2の主な役割は、

  • 地球への帰還時間を短縮する
  • 限られた電力・水の消費時間を短くする
  • 着水地点をインド洋から南太平洋へ移す

ことだった。

この意味でPC+2は、軌道問題と第6回で扱った消耗品問題をつなぐ操作だった。

9時間早く帰ることは、そのまま9時間分の生命維持資源を節約することにもなる。

エンジン噴射後、宇宙船をゆっくり回転させた

PC+2噴射後、Apollo 13は地球へ向かう長い航行へ入った。

そこで必要になったのがPassive Thermal Controlだった。

宇宙空間では太陽が当たり続ける側は熱くなり、反対側は冷える。

宇宙船の一面だけを太陽へ向け続けると、温度差が大きくなる。

そこで機体全体をゆっくり回転させ、太陽光を均等に当てる。

俗に「barbecue roll」と呼ばれる運用である。

ただしApollo 13は通常のCommand and Service Moduleだけではない。

Odyssey、Service Module、Aquariusが接続された長い構成で、しかも重心条件も通常と異なる。

Mission Reportでは、この状態で安定した回転を作るのが難しく、姿勢制御に工夫が必要だったことが記録されている。

地球へ向かえば、あとは放置できるのか

できない。

PC+2噴射後も、地球へ近づくにつれて軌道誤差を修正する必要があった。

地球大気への再突入は、単に地球へ衝突すればよいわけではない。

極めて狭い角度で大気へ入らなければならない。

角度が浅すぎれば、大気上層をかすめて再び宇宙側へ飛び出す可能性がある。

急すぎれば、減速度や熱負荷が大きくなる。

そこでNASAは追跡データからApollo 13の軌道を再計算し、小さな修正噴射を加えた。

105:18:28|わずか約14秒の軌道修正

飛行時間105時間18分28秒

AquariusのDPSが3回目に使用された。

燃焼時間は約14秒。

速度変化はわずか約7.8ft/s、約2.4m/s。

しかし目的は速度そのものではない。

地球大気へ入るflight-path angle――飛行経路角を修正することだった。

Mission Reportでは、この噴射によって再突入角は約-6.52度へ修正されたと記録されている。

月を回るための大きな軌道設計から、最後は数m/s単位の精密調整へ。

帰還が近づくほど、許される誤差は小さくなっていった。

最後の軌道修正はDPSではなく小型スラスターだった

さらに飛行時間137時間39分52秒ごろ。

再突入を前に最後の小さな軌道修正が行われた。

ここではDPSではなく、AquariusのReaction Control System――姿勢制御用小型スラスターが使用された。

燃焼時間は約21.5秒。

速度変化は約3ft/s、約0.9m/s。

非常に小さい。

しかし、その修正後に予測された再突入角は約-6.49度。

目標に極めて近い値となった。

Apollo 13の帰還軌道を4段階で見る

段階 時刻 GET 推進系 役割
事故前 30:40:50 Service Module SPS 月面着陸用のnon-free-return軌道へ変更
61:29:43 LM DPS 自由帰還軌道へ復帰
79:27:39 LM DPS PC+2。帰還時間短縮・南太平洋へ変更
105:18:28 LM DPS 再突入角を修正
137:39:52 LM RCS 再突入前の最終微修正

こうして見ると、Apollo 13は一度の「大逆転噴射」で帰還したわけではない。

まず生存可能な軌道へ戻す。

次に帰還時間と着水地点を改善する。

その後、再突入角を細かく修正する。

問題を段階に分解し、その時点で必要な精度だけを確保していった。

なぜ軌道計算はMission Control側で行えたのか

Apollo 13の乗員が、自分たちだけで月と地球の位置から噴射時間を計算したわけではない。

地上の追跡局は宇宙船との通信信号などから位置と速度を測定し、Mission Controlへデータを送る。

地上側の計算機で将来の軌道を予測し、

  • 何時に
  • どちらを向き
  • どのエンジンを
  • 何秒間

使えばよいかを計算する。

その数値を乗員へ送り、Aquariusの誘導コンピューターへ入力する。

実際の噴射結果は再び地上から追跡し、必要なら次の修正を計算する。

制御系で言えば、一度値を決めて終わるopen-loopではない。

追跡 → 予測 → 噴射 → 再計測 → 再修正

を繰り返す閉ループに近い運用だった。

しかもNASAは通信・追跡電力まで節約していた

Aquariusの電力を守るため、通信設備も常時フルパワーで運用していたわけではない。

Mission Reportでは、宇宙船側の電力増幅器を多くの時間で停止していたため、通常より少ない測距データで航法を続けたことが記録されている。

それでも地上追跡データをまとめて処理することで、Apollo 12とほぼ同等の航法精度を維持できたという。

ここでも、

「最大性能で常時監視する」

のではなく、

「最低限の電力で必要な精度を確保する」

という事故後の運用思想が現れている。

FACT CHECK|Apollo 13は何もしなくても月を回って帰れた?

事故発生時点では違う。

Apollo 13は打ち上げ直後には自由帰還軌道だったが、飛行時間30時間40分ごろの予定された軌道修正でnon-free-return軌道へ移っていた。

そのため事故後、61時間29分のDPS噴射で自由帰還軌道へ戻す必要があった。

FACT CHECK|月の重力だけで帰った?

月の重力は重要だったが、それだけではない。

月の重力によって宇宙船の方向を地球側へ曲げるcircumlunar trajectoryを利用した。

ただし、事故後には自由帰還軌道へ復帰するDPS噴射、PC+2噴射、さらに2回の細かな軌道修正を行っている。

FACT CHECK|PC+2が自由帰還軌道へ戻す噴射だった?

違う。

自由帰還軌道への復帰は、61時間29分の約34秒噴射で行われた。

PC+2は月最接近後約2時間で実施され、主に帰還時間を約9時間短縮し、着水地点をインド洋から南太平洋へ変更するための噴射だった。

FACT CHECK|サービスモジュールの主エンジンは壊れていた?

事故後にSPSそのものが完全に故障していたことが飛行中に確認されたわけではない。

問題は、酸素タンク事故によるサービスモジュール全体の損傷範囲が不明だったことだった。

そのためNASAはSPSへ依存することを避け、AquariusのDPSを主要な帰還用推進系として使用した。

FACT CHECK|再突入角はなぜ重要なのか

地球へ近づくだけでは帰還成功にならない。

Command Moduleは秒速約11kmという高速で大気圏へ入る。

浅すぎる軌道では十分に減速できず、深すぎる軌道では熱・減速度が過大になる。

そのため最後の軌道修正では、速度を大きく変えることではなく、再突入時の飛行経路角を適切な範囲へ入れることが重要だった。

まとめ|Apollo 13は「地球へ向ければ帰れる」状況ではなかった

Apollo 13は打ち上げ時には自由帰還軌道へ投入された。

しかしフラ・マウロ着陸のため、事故前の30時間40分ごろにはnon-free-return軌道へ変更されていた。

55時間台で酸素タンク事故が発生した時点では、月面着陸をやめるだけでは地球へ安全に戻れなかった。

そこで事故から約5時間半後、Aquariusの降下用エンジンを34.2秒噴射。

Apollo 13を自由帰還軌道へ戻した。

しかし、そのままでは約152時間でインド洋へ着水する。

消耗品にも余裕がない。

月の裏側を回ったあと、79時間27分にPC+2噴射を実施。

約4分24秒の燃焼で速度を約262m/s変化させ、帰還を約9時間短縮し、着水地点を南太平洋へ移した。

さらに105時間18分には約14秒のDPS噴射。

137時間39分にはAquariusの小型スラスターによる最終修正。

こうして大気圏へ入る角度を整えた。

Apollo 13の帰還は、一つの大胆な操作ではない。

「まず帰れる状態へ戻す」「次に早く帰す」「最後に正確に地球へ入れる」という段階的な軌道設計だった。

しかし、軌道が正しくても最後の問題が残る。

地球大気へ再突入できるのはAquariusではない。

事故直後から約3日半、ほぼ電源を落としていたCommand Module Odysseyを再び起動しなければならない。

しかもサービスモジュールを切り離して初めて、乗員は事故で機体がどれほど壊れていたのかを見ることになる。



CASE FILE 14|アポロ13号特集 全10回

  1. 第1回 アポロ13号とは?|月面着陸から「生還ミッション」へ変わった6日間
  2. 第2回 アポロ13号は何をするはずだったのか|3人の乗員とフラ・マウロ月面着陸計画
  3. 第3回 「Houston, we’ve had a problem」|アポロ13号で酸素タンクが爆発した夜
  4. 第4回 なぜアポロ13号の酸素タンクは爆発したのか|地上試験から事故までを追う
  5. 第5回 月着陸船Aquariusはどう「救命艇」になったのか|壊れたOdysseyからの脱出
  6. 第6回 電力・水・CO2をどう切り詰めたのか|アポロ13号を生かした即席の生命維持策
  7. 第7回 アポロ13号はどう地球へ戻ったのか|月を回る自由帰還軌道とエンジン噴射【現在の記事】
  8. 第8回 停止していたOdysseyを再起動せよ|アポロ13号、再突入から太平洋着水まで
  9. 第9回 アポロ13号事故は何を変えたのか|事故調査委員会の結論と酸素タンク再設計
  10. 第10回 映画『アポロ13』はどこまで実話なのか|人物・台詞・Mission Controlを史実と比較

出典・参考資料

  • NASA「Apollo 13 Mission Report」
    自由帰還軌道、事故前のnon-free-return軌道、61:29:43のDPS噴射、79:27:39のPC+2噴射、105:18:28・137:39:52の追加軌道修正、再突入角の確認に使用。
  • “`

  • NASA「Houston, We’ve Had a Problem」
    事故時に自由帰還軌道から外れていた理由、AquariusのDPSを使用する判断、月周回、PC+2、着水地点変更の確認に使用。
  • NASA「Apollo 13: Mission Details」
    自由帰還軌道への復帰、DPSによる帰還、太陽を使ったLM誘導プラットフォーム確認、帰還計画全体の整理に使用。
  • NASA Mission Operations Report Apollo 13
    帰還方法のリアルタイム検討、DPS・LM誘導系・消耗品を組み合わせたabort profileの確認に使用。
  • NASA「Apollo 13 Mission Challenged Crew, Launch Team」
    月を利用した自由帰還と、帰還のための推進操作・消耗品管理が主要課題だったことの確認に使用。
  • “`

資料について

本記事では、「自由帰還軌道へ戻す噴射」と「PC+2噴射」を区別しています。61時間29分43秒のDPS噴射が自由帰還軌道への復帰、79時間27分39秒のPC+2噴射が主として帰還時間短縮と南太平洋への着水地点変更を目的とした操作です。

速度変化、燃焼時間、軌道修正時刻はApollo 13 Mission ReportのManeuver Summaryを基準としています。Mission Reportでは自由帰還復帰噴射を37.8ft/s・34.2秒、PC+2を860.5ft/s・263.8秒と記録しています。

また、サービスモジュールのSPSについては「事故によってエンジン自体が破壊された」とは断定していません。飛行中にはService Moduleの損傷範囲を確認できず、安全性を保証できなかったため、帰還計画ではLunar ModuleのDPSを使用しました。

停止していたOdysseyを再起動せよ|アポロ13号、再突入から太平洋着水まで

宇宙事故

1970年4月17日。

Apollo 13は地球へ戻ってきた。

月面着陸船Aquariusの電力と酸素、水を節約し、二酸化炭素を除去し、降下用エンジンで軌道を修正する。

事故発生から約3日半、3人はそこまでたどり着いた。

しかし、まだ帰還は終わっていない。

Aquariusは地球大気圏へ再突入できない。

最後に3人を守れるのは、事故直後からほぼ電源を落としたまま保存していた司令船Odysseyだけだった。

問題は、そのOdysseyが約3日半、ほとんど眠った状態にあったことである。

船内は冷え、壁や機器には結露が生じていた。

再突入用バッテリーには限界がある。

さらに、サービスモジュールを切り離すまで、酸素タンク事故で宇宙船がどれほど損傷しているのか、乗員自身も見ることができなかった。

地球へ近づいた最後の数時間。

Apollo 13には、まだ三つの大きな課題が残されていた。

Odysseyを再起動すること。

耐熱シールドが無事であること。

正しい角度で大気圏へ入ること。

そして1970年4月17日、飛行開始から142時間54分41秒。

Odysseyは南太平洋へ着水した。


CASE FILE 14

アポロ13号特集|全10回

  1. 第1回 アポロ13号とは?|月面着陸から「生還ミッション」へ変わった6日間
  2. 第2回 アポロ13号は何をするはずだったのか|3人の乗員とフラ・マウロ月面着陸計画
  3. 第3回 「Houston, we’ve had a problem」|アポロ13号で酸素タンクが爆発した夜
  4. 第4回 なぜアポロ13号の酸素タンクは爆発したのか|地上試験から事故までを追う
  5. 第5回 月着陸船Aquariusはどう「救命艇」になったのか|壊れたOdysseyからの脱出
  6. 第6回 電力・水・CO2をどう切り詰めたのか|アポロ13号を生かした即席の生命維持策
  7. 第7回 アポロ13号はどう地球へ戻ったのか|月を回る自由帰還軌道とエンジン噴射
  8. 第8回 停止していたOdysseyを再起動せよ|アポロ13号、再突入から太平洋着水まで【現在の記事】
  9. 第9回 アポロ13号事故は何を変えたのか|事故調査委員会の結論と酸素タンク再設計
  10. 第10回 映画『アポロ13』はどこまで実話なのか|人物・台詞・Mission Controlを史実と比較

なぜ最後にOdysseyへ戻らなければならないのか

事故後のApollo 13では、Aquariusが事実上の主宇宙船になっていた。

酸素。

電力。

水。

二酸化炭素除去。

通信。

誘導。

姿勢制御。

そして地球へ戻るためのエンジン。

それらの多くをAquariusが担当した。

しかし、月着陸船には決定的に存在しないものがある。

地球大気圏への再突入能力である。

地球へ戻る宇宙船は、秒速約11kmという速度で大気へ突入する。

空気との衝突によって機体前方には極めて高温の環境が生じる。

Command Module Odysseyには、その熱から乗員を守るための耐熱シールドが備えられていた。

Aquariusにはない。

したがってApollo 13の帰還計画は、最初から、

  1. Aquariusで地球付近まで生き延びる
  2. Odysseyを再起動する
  3. Service Moduleを切り離す
  4. Aquariusを切り離す
  5. Odysseyだけで再突入する

という形にならざるを得なかった。

そのためOdysseyは、事故直後から「保存」されていた

酸素タンク事故後、Odysseyを通常状態のまま使い続ければ再突入用バッテリーを消耗する。

そこで飛行時間58時間40分ごろ、Command Moduleは大幅にパワーダウンされた。

照明。

誘導装置。

計器。

環境制御。

通常なら使用する多数の機器を停止する。

目的は、約3日半後の再突入時に必要な電力を残すことだった。

しかし電源を切るということは、宇宙船を暖める熱源も失うことを意味した。

Odysseyは徐々に冷えていった。

電源を切ったOdysseyでは、結露が始まった

Apollo宇宙船内には乗員の呼吸や生活から水蒸気が発生する。

電気機器が作動している通常状態では、船内には一定の熱がある。

しかしOdysseyは数日間ほぼ停止した。

船内温度が低下すると、水蒸気は壁や機器表面で水滴になる。

NASAの記録では、再起動時のCommand Moduleは非常に冷え、壁、天井、床、ワイヤーハーネス、パネルなどに水滴が付着していた。

船内温度は約38°F、約3℃まで下がっていた。

問題は快適性だけではない。

水分が付いた電気機器へ再び電力を入れる。

短絡やアークが発生しないかという懸念があった。

NASAはApollo 1火災後にCommand Moduleの配線や電気安全性を改善していた。Apollo 13の再起動では結露がありながら、重大なアークや短絡は発生しなかった。

通常なら数か月かける再起動手順を作り直した

Odysseyを再起動するといっても、通常のチェックリストをそのまま使うことはできなかった。

通常手順は、サービスモジュールの燃料電池から十分な電力が供給されていることを前提としている。

Apollo 13では燃料電池は使えない。

限られたCommand Moduleのバッテリーだけで、再突入に必要なシステムを順番に立ち上げなければならない。

機器を早く入れすぎれば電力が足りなくなる。

しかし遅すぎれば、誘導装置の調整や再突入準備が間に合わない。

Mission Controlでは、電力負荷を一つずつ計算しながら新しい起動手順を作った。

NASAは後年、この手順について、通常なら約3か月かけて作る内容を約3日でまとめたと説明している。

地上では手順をシミュレーターで検証し、実際に使用可能であることを確認したうえでApollo 13へ送った。

AquariusからOdysseyへ電力を戻した

さらにNASAは、Command Moduleの電力を少しでも確保するため、本来とは逆方向の電力運用を行った。

通常、月着陸船を起動するときにはCommand and Service Module側からLMへ電力を供給できる。

Apollo 13では、この経路を利用してAquariusからOdyssey側へ電力を送り、Command Moduleの再突入用バッテリーを充電した。

月着陸船を生かすために司令船の電力を使う本来の構成を逆転させ、今度は月着陸船の電力を司令船の帰還へ移す。

事故後のApollo 13で繰り返された「本来とは違う使い方」の一つだった。

サービスモジュールを切り離すまでは、事故の全体像が見えなかった

もう一つの不安があった。

耐熱シールドは無事なのか。

酸素タンク2番はService Module内部で破損した。

事故直後、乗員には大きな音と振動が伝わり、外部へガスが流出した。

しかしCommand ModuleとService Moduleは接続されたままである。

乗員は窓からサービスモジュールの事故部分を直接見ることができない。

どこまで機体が壊れているのか分からない。

そしてCommand Moduleの耐熱シールドは、Service Moduleと接続している後端側にある。

事故の衝撃がそこまで及んでいれば、大気圏再突入で初めて問題が表面化する可能性がある。

耐熱シールドを飛行中に詳しく検査する方法はなかった。

なぜService Moduleをもっと早く捨てなかったのか

損傷したService Moduleが不要なら、事故直後に切り離せばよいようにも見える。

しかしNASAは、地球へかなり接近するまでService Moduleを残した。

理由の一つは、Command Module後方にある耐熱シールドを宇宙空間へ長時間直接さらすことへの懸念だった。

事故後は通常より長い期間、宇宙船が非常に低温の状態に置かれている。

Service Moduleを残しておけば、少なくとも再突入直前まで耐熱シールドを外部環境から覆うことができる。

さらにOdysseyの電力節約のためにも、分離作業は必要な時刻まで遅らせた。

約138時間|Service Moduleを切り離した

1970年4月17日。

飛行開始から約138時間。

再突入まで約4時間半。

Service ModuleがCommand Moduleから切り離された。

OdysseyとAquariusは、離れていくService Moduleの横を通る。

そこで3人は初めて、酸素タンク事故による外部損傷を直接見ることができた。

機体側面の一つのパネルが、ほぼ丸ごと失われていた。

NASAの写真には、Service Module Sector 4周辺が大きく開き、内部構造が露出している姿が残されている。

酸素タンク2基、燃料電池3基、水素タンク2基が配置されていた区画である。

高利得アンテナ周辺にも損傷が見えた。

ラヴェルは後に、実際の損傷を見て、隣接するCommand Moduleの耐熱シールドまで影響を受けているのではないかと心配したと回想している。

しかし耐熱シールドは、まだ見ることができない

Service Moduleを切り離したことで損傷の大きさは分かった。

それでも、最も知りたいものは確認できなかった。

Command Moduleの耐熱シールドである。

機体構造上、乗員が窓から後方のシールド面を直接詳細に観察することはできない。

損傷しているかどうかの最終的な答えは、再突入するまで得られない。

ここまでのApollo 13では、問題が発生するたびに地上で数値を測り、別の方法を考えることができた。

しかし耐熱シールドについては違う。

再突入して機能するかどうかを見るしかなかった。

再突入2時間30分前|Odysseyを本格的に起動する

NASAのMission Operations Reportでは、Command Moduleの本格的なパワーアップはEntry Interfaceの約2時間30分前から開始された。

スワイガートを中心に、地上から送られた新しい手順でOdysseyの各システムを起動する。

ヘイズもOdysseyへ移り、作業を支援した。

電源。

通信。

誘導コンピューター。

計器。

姿勢制御。

再突入に必要なシステムを、決められた順序で復帰させる。

Mission ControlにはOdysseyからのテレメトリが再び届き始める。

各システムは正常に動いた。

約3日半の「cold soak」を経たCommand Moduleが、地球帰還用宇宙船へ戻っていった。

Aquariusから誘導情報をOdysseyへ引き継ぐ

再突入では、Command Module自身の誘導装置が正しい姿勢と軌道を認識していなければならない。

しかしOdysseyの誘導システムは長時間停止されていた。

事故後の大部分で姿勢と航法を担当していたのはAquariusである。

NASAは地球接近前にAquariusのPrimary Guidance and Navigation Systemを正確に調整し、その情報をCommand Module側の誘導システムへ移す手順を採った。

これによってOdyssey側の再調整に必要な時間を短縮できた。

再突入直前になって、宇宙船の「頭脳」もAquariusからOdysseyへ戻された。

最後までAquariusを残した理由

Odysseyが起動したあとも、Aquariusはすぐには切り離されなかった。

理由は電力だった。

LMを接続している間は、可能な限りAquarius側のシステムを利用し、Command Moduleのバッテリー使用を遅らせることができる。

NASAはLMを再突入約1時間前まで残した。

事故発生直後から4日近く3人を支えた「救命艇」を、本当に不要になる最後の時点まで使ったのである。

141:30|「Farewell, Aquarius」

飛行時間約141時間30分。

地球からの高度は約12,946マイル。

3人全員がOdysseyへ移った。

ラヴェルはAquariusを無人状態で安定させ、Odysseyとの間のハッチを閉鎖した。

通常の月面ミッションとは異なる方法で分離する必要があった。

NASAの記録では、2機の間のトンネル部分を部分的に減圧し、残った圧力を分離する力として利用した。

そしてAquariusが離れていく。

CapComのジョー・カーウィンは、地上から別れの言葉を送った。

「Farewell, Aquarius, and we thank you.」

Apollo 13は、ついにOdysseyだけになった。

Aquariusはその後どうなったのか

Aquariusには耐熱シールドがない。

分離後、そのまま地球大気へ突入した。

Service Moduleも同様に大気圏で破壊された。

NASAの軌道計算では、Aquariusの一部は完全には燃え尽きず、サモアとニュージーランドの間の外洋へ落下したと考えられている。

一方、Odysseyは再突入用の姿勢へ入った。

142:40:46|地球大気へ突入

飛行時間約142時間40分46秒

Odysseyは高度約400,000フィート、約122kmのEntry Interfaceへ到達した。

速度は約36,210ft/s

秒速約11.0km、時速にすると約39,700kmに相当する。

ここから大気による本格的な減速が始まる。

Command Moduleは耐熱シールド側を進行方向へ向け、大気との抵抗によって速度を落としていく。

急激な減速によって、乗員には最大約5.2Gの荷重がかかった。

数日間の低温、睡眠不足、節水の後に、3人は最後の物理的負荷を受ける。

通信が途絶えた

大気へ高速で突入すると、宇宙船周囲の空気は加熱され、電離する。

機体を取り囲むプラズマによって電波通信が困難になる。

通信ブラックアウトである。

これはApollo 13固有の故障ではない。

Apolloの再突入で通常発生する現象だった。

しかしApollo 13では、耐熱シールドが事故で損傷していないかを事前に確認できていない。

そのため通信が再び戻ることは、単なる通信復旧ではなく、Odysseyが再突入の高熱と減速を通過したことを地上側が確認する重要な瞬間でもあった。

数分間、地上から宇宙船の声は聞こえなかった。

そして通信が戻った。

耐熱シールドは機能した

事故の衝撃がCommand Moduleの耐熱シールドへ致命的な損傷を与えていた場合、それを飛行中に修理する方法はなかった。

実際の再突入で正常に減速したことで、初めてシールドが必要な性能を維持していたことが確認された。

冷え切ったOdysseyも正常に動作した。

NASAのMission Operations Reportは、再突入中のCommand Module各システムについて正常に機能したと記録している。

24,000フィート|2個のドローグシュートが開く

再突入によって速度が十分に落ちると、次はパラシュートによる降下へ移る。

高度約24,000フィート、約7.3km。

2個のドローグシュートが展開された。

小型のパラシュートでCommand Moduleをさらに減速させ、姿勢を安定させる。

その後、約10,000フィート、約3kmで3個のメインパラシュートが展開。

オレンジと白の巨大なパラシュートの下に、Odysseyが姿を現した。

USS Iwo Jima周辺の回収部隊やテレビカメラからも降下が確認できた。

142:54:41|南太平洋へ着水

1970年4月17日。

飛行時間142時間54分41秒

Odysseyは南太平洋へ着水した。

打ち上げから約5日22時間54分。

予定していた月面着陸は実現しなかった。

しかしラヴェル、スワイガート、ヘイズの3人は地球へ戻った。

帰還イベント 時刻(GET)
最終軌道修正 約137:40
Service Module切離し 約138:02
Odyssey本格再起動開始 Entry Interface 約2時間30分前
Aquarius切離し 約141:30
Entry Interface 約142:40:46
ドローグシュート 高度約24,000ft
メインパラシュート 高度約10,000ft
着水 142:54:41

着水地点は予測から約1海里だった

Odysseyの着水地点は、南緯約21.63度、西経約165.37度。

南太平洋である。

NASAのApollo by the Numbersによれば、実際の着水地点は目標地点から約1.0海里

主回収艦USS Iwo Jimaから約3.5海里、通常のマイルにすると約4マイルだった。

事故によって本来の飛行計画を失い、月の裏側を回り、月着陸船のエンジンで複数回軌道を作り直した宇宙船が、最終的には回収艦から数kmという範囲へ戻ってきたことになる。

着水から約45分後、3人はUSS Iwo Jimaへ

着水後、海軍の回収チームがOdysseyへ接近した。

潜水員がCommand Moduleを安定させ、乗員を救命いかだへ移す。

ラヴェル、スワイガート、ヘイズはヘリコプターで回収された。

NASAの記録では、着水から約45分後には3人ともUSS Iwo Jimaに収容されていた。

Mission Operations Reportは、乗員の状態をgood conditionと記録している。

Apollo 13の飛行は、ここで終了した。

なぜ「再突入成功」は最後まで確定していなかったのか

Apollo 13では、帰還軌道が正しく計算された時点でも生還は確定していない。

Aquariusの消耗品が足りると分かった時点でも同じである。

最後まで残っていた不確定要素は、主に次のようなものだった。

課題 なぜ問題だったのか
Odyssey再起動 長期間低温・結露状態で停止されていた
バッテリー 再突入まで電力を残す必要があった
耐熱シールド 酸素タンク事故の影響を直接確認できなかった
誘導 再突入角を狭い許容範囲へ合わせる必要
分離 Service ModuleとAquariusを適切な時刻に切り離す必要
再突入・パラシュート Command Moduleの通常帰還システムが最後まで正常に働く必要

したがって「月を回って地球へ向かった時点で助かった」という見方も正確ではない。

帰還軌道は必要条件の一つにすぎなかった。

FACT CHECK|Odysseyそのものが壊れていた?

Command Module Odysseyの乗員区画そのものが爆発したわけではない。

事故の中心はService Moduleの酸素タンク2番だった。

しかし酸素供給と燃料電池を失ったため、Command and Service Moduleを通常どおり運用できなくなった。

Odysseyは再突入能力を残すため意図的に停止されていた。

FACT CHECK|Service Moduleを切り離した時点で耐熱シールドの無事を確認できた?

完全には確認できない。

Service Moduleの大規模損傷は目視・撮影できた。

しかしCommand Module後端の耐熱シールドを詳細に検査することはできなかった。

再突入が正常に進んで初めて、耐熱シールドが必要な性能を保っていたことが事実上確認された。

FACT CHECK|再突入中の通信途絶は新たな故障だった?

違う。

高速で大気へ入ると、Command Module周辺に電離した気体が形成され、通信が一時的に遮断される。

Apolloの再突入では想定されていた現象である。

Apollo 13では耐熱シールドへの不安があったため、通信回復を待つ時間の意味が通常以上に大きかった。

FACT CHECK|Aquariusがそのまま着水した?

着水したのはOdysseyである。

Aquariusは再突入約1時間前に分離された。

地球大気へ再突入する耐熱構造を持たないため、その後大気圏で破壊された。

FACT CHECK|着水地点はUSS Iwo Jimaから1マイルだった?

数字を分ける必要がある。

NASAの最終的な整理では、着水地点は予定目標地点から約1海里

USS Iwo Jimaからは約3.5海里、約4通常マイルだった。

「1マイル」は目標地点との誤差、「約4マイル」は回収艦までの距離である。

「successful failure」は、どこで成立したのか

Apollo 13は本来の目的を達成していない。

フラ・マウロへ着陸していない。

月面の岩石を採取していない。

ALSEPも設置していない。

月面着陸ミッションとしては中止された。

一方、事故発生後の目的は一つだった。

3人を地球へ帰すこと。

そのために、

  • Aquariusを救命艇にする
  • 電力と水を節約する
  • CO2除去装置を改造する
  • 月着陸船のエンジンで軌道を修正する
  • Command Moduleのバッテリーを保存・充電する
  • 停止したOdyssey用に新しい再起動手順を作る
  • 損傷範囲が分からない状態で再突入を実行する

という別のミッションが組み立てられた。

その意味でNASAが後にApollo 13を「successful failure」と表現したとき、成功したのは月面着陸ではない。

事故後に再定義された帰還ミッションだった。

まとめ|最後に役割はAquariusからOdysseyへ戻った

Apollo 13の事故後、Odysseyは再突入用の電力を残すため約58時間40分で大幅にパワーダウンされた。

それから約3日半。

3人の生命維持と宇宙船の制御を担ったのはAquariusだった。

地球へ近づくと、まずService Moduleを切り離した。

そこで乗員は初めて、酸素タンク事故によって機体側面のパネルが大きく失われていることを確認した。

しかしCommand Moduleの耐熱シールドが無事かどうかは分からない。

Entry Interface約2時間30分前から、地上で新しく作られた手順を使ってOdysseyを再起動した。

冷え切り、結露した宇宙船の各システムは正常に立ち上がった。

そして141時間30分。

4日近く3人を支えたAquariusを切り離す。

残ったのはOdysseyだけだった。

142時間40分台で地球大気へ突入。

通信ブラックアウトを通過し、2個のドローグシュート、3個のメインパラシュートを展開。

飛行時間142時間54分41秒、南太平洋へ着水した。

月着陸船の役割は、月面へ降りることから3人を地球の入口まで運ぶことへ変わった。

司令船の役割は、一度停止され、最後の14分間のために復活した。

Apollo 13の帰還は、一つの宇宙船が最後まで耐えた結果ではない。

OdysseyとAquariusに残された機能を、時間ごとに入れ替えながら使い切った結果だった。

3人は帰還した。

だがNASAには、もう一つの仕事が残っていた。

酸素タンク2番で起きた事故を公式に説明し、同じ事故を次のApolloで起こさないよう宇宙船を改修することである。



CASE FILE 14|アポロ13号特集 全10回

  1. 第1回 アポロ13号とは?|月面着陸から「生還ミッション」へ変わった6日間
  2. 第2回 アポロ13号は何をするはずだったのか|3人の乗員とフラ・マウロ月面着陸計画
  3. 第3回 「Houston, we’ve had a problem」|アポロ13号で酸素タンクが爆発した夜
  4. 第4回 なぜアポロ13号の酸素タンクは爆発したのか|地上試験から事故までを追う
  5. 第5回 月着陸船Aquariusはどう「救命艇」になったのか|壊れたOdysseyからの脱出
  6. 第6回 電力・水・CO2をどう切り詰めたのか|アポロ13号を生かした即席の生命維持策
  7. 第7回 アポロ13号はどう地球へ戻ったのか|月を回る自由帰還軌道とエンジン噴射
  8. 第8回 停止していたOdysseyを再起動せよ|アポロ13号、再突入から太平洋着水まで【現在の記事】
  9. 第9回 アポロ13号事故は何を変えたのか|事故調査委員会の結論と酸素タンク再設計
  10. 第10回 映画『アポロ13』はどこまで実話なのか|人物・台詞・Mission Controlを史実と比較

出典・参考資料

  • NASA「Apollo 13 Mission Report」
    Service Module分離、Lunar Module分離、Entry Interface、再突入速度、着水時刻・位置など最終帰還フェーズの確認に使用。
  • “`

  • NASA「Mission Operations Report Apollo 13」
    Command Moduleパワーアップ開始時刻、誘導系の移行、LMを再突入直前まで保持した理由、再突入時のシステム状態、乗員回収の確認に使用。
  • NASA「Apollo 13 Crew Returns Safely to Earth」
    AquariusからCommand Moduleへの電力利用、Odyssey再起動、LM切離し、再突入、ブラックアウト、パラシュート展開、USS Iwo Jimaによる回収の確認に使用。
  • NASA「Apollo 13: Mission Details」
    冷えたCommand Moduleと結露、再起動手順の開発、Service Module切離し、耐熱シールドへの懸念の確認に使用。
  • NASA「Damaged Apollo 13 Service Module」
    Service Module Sector 4の外板パネル喪失と内部損傷を写したNASA公式画像・説明の確認に使用。
  • NASA「Apollo by the Numbers」
    Entry Interface 142:40:45.7、再突入速度36,210.6ft/s、着水142:54:41、着水座標、目標地点・USS Iwo Jimaとの距離、回収時間の確認に使用。
  • “`

資料について

本記事ではNASAの最終Mission Reportを中心に帰還時刻を整理しています。リアルタイムのMission Operations ReportなどではService Module・Lunar Module分離時刻や着水時刻に数秒~数十秒程度の表記差があります。これは記録・イベント定義の違いによるもので、本記事では秒単位の差が記事の論点にならない箇所は「約138時間2分」「約141時間30分」のように丸めています。

耐熱シールドについては「事故で損傷していた」とは記述していません。Service Moduleの大規模損傷を見たことで乗員・NASAが耐熱シールドへの影響を懸念しましたが、飛行中にシールドの損傷が確認されたわけではありません。正常な再突入によって必要な性能が維持されていたことが結果として確認されました。

また、再突入中の通信ブラックアウトはApollo 13事故による新たな故障ではなく、高速再突入時の電離気体によって発生する通常の通信途絶として扱っています。

アポロ13号事故は何を変えたのか|事故調査委員会の結論と酸素タンク再設計

宇宙事故

1970年4月17日。

Apollo 13のOdysseyが南太平洋へ着水したその日、NASAでは次の仕事が始まった。

なぜ事故が起きたのかを確定し、次のApolloで同じ事故を起こさないこと。

月面着陸は失敗した。

3人は生還した。

しかし「無事に帰れたから終わり」にはできない。

サービスモジュールの酸素タンク2番は、月へ向かう途中で突然破損した。

その結果、酸素だけではなく、燃料電池による電力、水まで失われた。

もし同じ設計の宇宙船をそのままApollo 14へ飛ばせば、同じ事故が再発する可能性を否定できない。

NASAは着水当日の4月17日、Apollo 13 Review Boardを設置した。

委員長はNASAラングレー研究センター所長のエドガー・M・コートライト。

約7週間にわたり、事故時のテレメトリだけでなく、酸素タンクの製造記録、1968年の取り扱い事故、1970年3月の地上試験、設計変更、電気回路、材料、警報、NASAと請負企業の情報伝達までが調べられた。

そして6月15日、最終報告書が公表される。

委員会が出した結論は、「運の悪い部品故障」ではなかった。

複数のミスと、故障に対して十分寛容ではない設計が組み合わさった事故だった。

Apollo 13の事故は、酸素タンクだけでなく、その後のApollo宇宙船の設計と運用そのものを変えることになる。


CASE FILE 14

アポロ13号特集|全10回

  1. 第1回 アポロ13号とは?|月面着陸から「生還ミッション」へ変わった6日間
  2. 第2回 アポロ13号は何をするはずだったのか|3人の乗員とフラ・マウロ月面着陸計画
  3. 第3回 「Houston, we’ve had a problem」|アポロ13号で酸素タンクが爆発した夜
  4. 第4回 なぜアポロ13号の酸素タンクは爆発したのか|地上試験から事故までを追う
  5. 第5回 月着陸船Aquariusはどう「救命艇」になったのか|壊れたOdysseyからの脱出
  6. 第6回 電力・水・CO2をどう切り詰めたのか|アポロ13号を生かした即席の生命維持策
  7. 第7回 アポロ13号はどう地球へ戻ったのか|月を回る自由帰還軌道とエンジン噴射
  8. 第8回 停止していたOdysseyを再起動せよ|アポロ13号、再突入から太平洋着水まで
  9. 第9回 アポロ13号事故は何を変えたのか|事故調査委員会の結論と酸素タンク再設計【現在の記事】
  10. 第10回 映画『アポロ13』はどこまで実話なのか|人物・台詞・Mission Controlを史実と比較

着水したその日に、事故調査委員会が設置された

Apollo 13が帰還した1970年4月17日、NASA長官トーマス・O・ペインと副長官ジョージ・M・ロウは、事故を調査するApollo 13 Review Boardの設置を決めた。

委員長に任命されたのは、NASAラングレー研究センター所長のエドガー・M・コートライト

委員会にはNASA内部だけでなく政府機関の専門家も参加し、元Apollo 11宇宙飛行士ニール・アームストロングもメンバーに加わった。

目的は単なる「壊れた部品探し」ではない。

NASAから与えられた任務には、

  • 事故の状況を調査する
  • 事故原因または推定原因を確定する
  • 飛行中・地上で行われた救命措置を評価する
  • 関連する設計・製造・試験・管理上の要因を調べる
  • 再発防止策を勧告する

ことが含まれていた。

事故そのものと、生還できた理由の両方が調査対象だった。

4つのパネルが、事故を別々の角度から調べた

調査は約7週間続いた。

Review Boardの下には、事故の異なる側面を担当する4つのパネルが置かれた。

調査領域 主な対象
Mission Events 飛行中に何が、どの順番で起きたか
Manufacturing and Test 酸素タンクの製造・組立・試験・取扱履歴
Design 酸素タンク、電気系統、材料、保護回路などの設計
Project Management NASA、主契約企業、下請企業間の管理・情報共有

この構成からも分かるように、NASAは最初から「壊れた部品だけ交換すればよい」と考えていなかった。

なぜその設計になったのか。

なぜ地上試験の異常を検出できなかったのか。

なぜ異常が発生したタンクを飛ばす判断になったのか。

それぞれを分けて調べた。

調査対象になったのは、飛行中の約2秒だけではなかった

事故そのものは飛行時間55時間55分前後に発生した。

しかし原因調査は数秒間のテレメトリだけを見ても成立しない。

Review Boardは酸素タンク2番の履歴を数年前までさかのぼった。

第4回で見たように、調査によって次の流れが再構成された。

酸素タンク2番を含む棚は、もともと別のサービスモジュールに搭載されていた。

1968年、取り外し作業中に棚が約2インチ落下した。

その後Apollo 13用サービスモジュールへ搭載された。

1970年3月のCountdown Demonstration Test後、タンク2番だけ正常に液体酸素を排出できなくなった。

残った酸素を抜くため、地上設備の65V電源でヒーターを約8時間使用した。

しかしヒーター回路のサーモスタットスイッチは、28Vでの作動を前提としたままだった。

スイッチ接点が溶着してヒーターを停止できなくなり、内部温度は設計想定を大きく超えた。

その熱によって、ファン配線のテフロン絶縁が損傷した可能性が高い。

そして飛行中、ファンへ通電した際に短絡・アークが発生し、高圧酸素中で燃焼が始まった。

この一連の経緯が、事故調査の中心になった。

事故は「偶然壊れた部品」ではなかった

1970年6月15日、コートライトはApollo 13 Review Boardの最終報告書を公表した。

そこで事故について示された評価は重要である。

Review Boardは、Apollo 13事故を統計的な意味での偶然の故障ではなく、

「通常ではない複数のミスと、やや不十分で故障に寛容でない設計の組み合わせ」

によって生じたものと整理した。

つまり、

「不良品の酸素タンクが一つ混じっていた」

ではない。

部品。

設計変更。

電圧仕様。

試験方法。

温度計の測定範囲。

部品履歴の把握。

組織間の情報共有。

複数の要因が互いを補強する形で事故条件を作っていた。

Review Boardが問題視した「設計」

酸素タンク内部には、重大事故へつながり得る三つの条件が同居していた。

強力な酸化剤である高圧酸素。

燃焼可能な材料。

電気的な着火源。

タンク内部にはテフロン絶縁された配線があり、モーターやヒーターなど電気機器も存在した。

正常時には問題なく機能する。

しかし配線が損傷して短絡すると、純度の高い酸素環境の中で火災へ進展する可能性があった。

しかも一度タンク内部で火災が発生すると、それを隔離して宇宙船全体への影響を止める十分な防御がない。

Review Boardが「unforgiving design」と表現した背景には、この故障許容性の低さがある。

問題は、65Vと28Vの食い違いだけでもなかった

Review Boardは、ヒーター回路の電圧仕様不整合を重要な原因として認定した。

しかし、事故をそれだけで終わらせていない。

地上設備を65Vへ変更したとき、ヒーター回路に含まれるすべての部品がその条件へ適合しているかが十分に確認されなかった。

さらに地上試験でタンク2番を正常に排出できないという異常が発生したにもかかわらず、判断に参加した全員がタンクの詳細な内部構造や過去の履歴を把握していたわけではなかった。

NASA、Kennedy Space Center、North American Rockwell、Beech Aircraftの間で行われた連絡にも、不完全または不正確な情報が含まれていたとReview Boardは指摘している。

これは「誰か一人が間違えた」という問題ではない。

必要な情報が、最終判断をする場所へ完全な形で集まらなかった。

そこも事故原因の一部として扱われた。

Review Boardは何を勧告したのか

事故調査委員会の仕事は、原因を説明するだけではない。

最終報告には、次のApolloを飛ばす前に行うべき修正が盛り込まれた。

中心となったのは当然、Service Moduleの極低温酸素貯蔵システムである。

Review Boardは、酸素に接する場所から、短絡して着火源となる可能性のある配線や密閉されていないモーターを取り除く、あるいは電気火災が重大事故にならない設計へ変更するよう求めた。

また高濃度酸素中で燃え得るテフロン、アルミニウムなどの材料使用も最小化するよう勧告した。

さらに改修後の酸素システムについては、単なる部品交換ではなく再認定試験を行うよう求めている。

警報システムも見直し対象になった

Review Boardの勧告は酸素タンクだけではない。

宇宙船とMission Controlの警報システムも対象になった。

Apollo 13では、事故前後に複数のパラメーターが異常値となった。

しかし警報の設定やロジックによって、重要な変化が必ずしも最も分かりやすい形で表示されるとは限らなかった。

そこで委員会は、

  • 通常範囲とMaster Alarm作動値の差を適切に取る
  • 同一サブシステム内の一つの異常が、別の異常警報を妨げないようにする
  • Mission Control側でも重要パラメーターに第二段階の警報を設定する
  • 燃料電池用反応物バルブの状態を個別に確認できる表示を追加する

ことなどを求めた。

事故を防ぐだけでなく、事故が始まったときにより早く異常を理解できるシステムへ変えるという考え方である。

「救命艇として使うこと」も正式な教訓になった

Apollo 13では、Aquariusを救命艇として使用したことが3人の生還に直結した。

しかしこれは、本来の月着陸船運用そのものではない。

そこでReview Boardは、Command ModuleとLunar Moduleの消耗品・非常用装備について、

「lifeboat mode」で使用する能力を高められないか再検討すること

まで勧告した。

事故時に偶然残っていた能力として終わらせず、異常時の正式な冗長性として評価し直すということである。

Apollo 13で即席に行われた対応が、次のミッションでは事前に検討すべき非常運用へ変わった。

「異常が起きた部品の過去を全部見る」というルール

Review Boardの勧告の中でも、Apollo 13らしいものがある。

打ち上げ準備中に重要なサブシステムで重大な異常が発生した場合、その部品について、

過去に起きた異常を、すでに解決済みと判断されたものまで含めて提示する

ことを求めた。

酸素タンク2番では、

1968年の酸素棚落下。

1970年の排出不良。

特殊なヒーター運転。

これらが時間を隔てて存在していた。

個別に見れば、それぞれ処置済みの出来事に見える。

しかしすべてを一つの部品履歴として並べると、異常が連続していたことが見えてくる。

Apollo 13の調査は、「現在正常か」だけではなく「ここまでどういう履歴を通ってきたか」を安全判断に使う必要性を示した。

専門家を最終判断へ参加させることも勧告された

Review Boardはもう一つ、重要な判断を行う際の人員にも踏み込んだ。

飛行可能かどうかを判断する重要なサブシステムについては、その内部構造や履歴を詳細に理解している専門家が、判断に完全に参加することを求めている。

Apollo計画ほど巨大なシステムになると、一人ですべてを理解することはできない。

主契約会社。

下請会社。

NASA各センター。

打ち上げ部門。

設計部門。

専門知識は各組織へ分散している。

だからこそ異常時には、必要な専門知識を意思決定の場所へ集めなければならない。

NASAは「高濃度酸素そのもの」を再検討した

事故調査から得られた教訓はApolloの酸素タンクだけに限定されなかった。

Review BoardはNASAに対して、高密度の酸素やその他の強い酸化剤を使用する、

  • 宇宙船
  • ロケット
  • 地上設備

を広く再調査し、燃焼危険性を評価するよう求めた。

さらに、強い酸化剤中での材料適合性、着火、燃焼、無重力環境での挙動について追加研究を行い、必要なら新しい設計基準を作ることも勧告された。

一つのApollo事故から、NASA全体の酸素システム安全性へ範囲を広げたのである。

Apollo 14の酸素タンクはどう変わったのか

勧告は報告書の中だけに残ったわけではない。

NASAとNorth American Rockwellは、Apollo 14以降のService Moduleに搭載する酸素貯蔵システムを実際に再設計した。

変更点は一つではない。

Apollo 13まで Apollo 14以降 目的
酸素タンク2基 第3酸素タンクを別区画に追加 冗長性を増やす
タンク内に攪拌ファン・モーター ファン・モーターを撤去 電気的着火源を減らす
内部配線が酸素環境に露出 配線をステンレス鋼製導管などで保護 短絡・燃焼拡大を防ぐ
テフロンなど可燃性材料を使用 使用量を最小化・材料変更 酸素中の燃焼物を減らす
ヒーター温度監視に弱点 ヒーター構成・温度監視を変更 過熱を検出・防止する

特に分かりやすいのが、攪拌ファンそのものをなくしたことである。

Apollo 13で直接の着火契機となった可能性が高いのは、ファン回路への通電だった。

後続機では、それをより安全な部品へ置き換えるのではなく、「本当に必要なのか」を再検討した。

無重力環境で得られた実績から、酸素の量を把握するためにファンを使用し続ける必要性は低いと判断され、撤去された。

危険な部品を強化するより、不要なら消す。

事故後の再設計では、この考え方が採用された。

第3酸素タンクは、単純な「予備タンク」ではなかった

Apollo 14では、従来の酸素タンク1番・2番とは別のService Module区画に、第3酸素タンクが追加された。

これは重要な変更だった。

Apollo 13では2基の酸素タンクが同じBay 4にまとめられていた。

タンク2番の事故によって周辺構造が損傷すると、タンク1番またはその配管まで影響を受け、結果として両方の酸素供給を失った。

そこで第3タンクは別区画へ配置された。

Apollo 14 Mission Reportでは、第3タンクはService ModuleのSector 1に設置され、タンク1・2系統と分離できるアイソレーションバルブも追加された。

同じ場所の一つの事故で、すべての酸素を同時に失う可能性を下げるためである。

補助バッテリーも追加された

酸素タンク事故が危険なのは、呼吸用酸素を失うからだけではない。

第3回で見たように、Apolloの燃料電池は酸素と水素から電力を作っている。

酸素系統が失われれば、主電源まで失う。

その教訓からApollo 14以降では、Command and Service Moduleの電力系にも補助バッテリーが追加された。

つまり事故後の設計変更は、

「酸素タンクを爆発しにくくする」

だけではない。

仮に酸素系統で再び大きな故障が起きても、生命維持と電力を一度にすべて失わない構成

へ近づけることが目的だった。

再設計後は「本当に事故が起きないか」を再認定した

Review Boardは、変更した酸素システムについて厳格なrequalification――再認定を求めた。

部品を変更し、図面を書き直せば完了ではない。

異常条件を含めて試験しなければならない。

Apollo 13では、タンク2番を抜くために行った特殊な地上操作が、それ以前のApollo酸素タンク試験範囲から外れていた。

事故後のNASAは、正常運用だけを再現するのではなく、故障が起こり得る条件を含めて試験する必要性をより強く意識することになる。

Apollo 14は延期された

Apollo 13の次に予定されていた月面着陸ミッションがApollo 14だった。

当初は1970年秋の打ち上げが予定されていた。

しかしApollo 13 Review Boardの勧告を受け、Command and Service Moduleを改修し、変更後のシステムを試験する時間が必要になった。

NASAはApollo 14の打ち上げを延期する。

実際の打ち上げは1971年1月31日となった。

Apollo 13の事故から約9か月後である。

「次の予定を守ること」より、事故調査と再設計の完了が優先された。

Apollo 14が向かった場所は、Apollo 13と同じだった

そしてApollo 14の目的地には、Apollo 13が到達できなかったフラ・マウロが選ばれた。

アラン・シェパードとエドガー・ミッチェルが月面へ降り、地質調査を行った。

Apollo 13で失われた科学目標の多くが次のミッションへ引き継がれた。

ただし、そこへ向かった宇宙船はApollo 13とまったく同じではない。

酸素タンク。

配線。

ファン。

電源。

冗長系。

事故調査の結果を反映した宇宙船だった。

Apollo 13はNASAの管理体制にも問題を残した

技術的な設計変更は目に見えやすい。

しかしReview Boardが最後に踏み込んだのは、NASAと請負企業の組織だった。

Apollo宇宙船は、一社だけで作られているわけではない。

Service Moduleの主契約企業はNorth American Rockwell。

酸素タンクはBeech Aircraftなど、さらに下位の請負企業が担当していた。

NASA側にもJohnson Space Center、Kennedy Space Centerなど複数組織が関わる。

巨大な開発では当然の構造である。

しかしApollo 13では、サブシステムの細部について、主契約企業やNASA側が下請企業レベルまで十分理解・管理できていたのかが問われた。

Review Boardは、NASAと主契約企業の技術組織について、サブシステムの設計・製造の詳細を十分理解し、管理できる体制になっているか再評価することを求めた。

つまり教訓は、

「もっと丈夫な酸素タンクを作る」

だけではない。

設計の細部を、誰が理解し、誰が変更を追跡し、誰が異常時の判断へ参加するのか。

そこまで含まれていた。

事故で「うまくいったこと」も再評価された

Review Boardは、故障したものだけを調査したわけではない。

Apollo 13の生還を可能にしたシステムも評価している。

月着陸船Aquariusは、設計用途を超えて3人を約4日間支えた。

Lunar Moduleの降下用エンジンは、ドッキング状態の宇宙船全体を地球帰還軌道へ移した。

Odysseyの再突入用バッテリーは、長時間保存した後に正常に機能した。

地上のMission Controlとシミュレーターは、新しい手順を短時間で作り乗員へ送ることができた。

事故調査とは、「何が悪かったか」だけではない。

何が重大故障に耐え、どの冗長性が実際に有効だったのかを確認する作業でもある。

FACT CHECK|NASAは酸素タンク2番だけ交換して次へ進んだ?

違う。

Apollo 14以降では酸素タンク内部の構造変更、ファン撤去、配線保護、材料変更、温度監視の改善に加え、第3酸素タンクや補助バッテリーまで追加された。

さらに警報、非常運用、試験、組織管理もReview Boardの勧告対象となっている。

FACT CHECK|Apollo 13は単純な製造ミスだった?

それだけではない。

Review Boardは事故を、複数のミスと十分に故障許容性を持たない設計が組み合わさったものと評価した。

製造・取り扱い、設計変更、地上試験、部品仕様、材料、警報、情報共有まで複数の層が関係している。

FACT CHECK|酸素タンクの攪拌ファンは、Apollo 14でも強化して残した?

残さなかった。

Apollo 14以降の再設計では、酸素タンク内部のファンとモーターそのものが撤去された。

必要性を再評価した結果、着火源となり得る電気機器をタンク内部から減らす方針が採られた。

FACT CHECK|Apollo 14の第3酸素タンクは、1・2番と同じ場所に追加された?

別の区画である。

従来の酸素タンク1・2番があるSector 4とは異なり、第3タンクはSector 1へ配置された。

単純に容量を増やすだけではなく、一つの局所的な損傷ですべてを失わないための物理的分離が目的だった。

FACT CHECK|Apollo 13事故後、Apollo計画は中止された?

中止されていない。

事故調査と改修のためApollo 14は延期されたが、1971年1月31日に打ち上げられ、フラ・マウロへの月面着陸に成功した。

その後もApollo 15、16、17が月面探査を続けている。

Apollo 13事故が残したもの

Apollo 13は、しばしば「NASAが危機を乗り越えた成功物語」として語られる。

それ自体は間違いではない。

しかし事故調査まで見ると、別の側面が現れる。

3人を生還させた組織と、事故条件を見逃した組織は同じNASAのApollo計画だった。

高度な技術力があっても、設計変更の一部が別の部品へ反映されなければ事故は起こる。

部品単体の試験に合格していても、過去の異常履歴を統合して見なければ危険を見逃す。

安全装置が存在していても、その装置自体が実際の使用条件へ対応していなければ意味がない。

そして正常運用で成功してきたシステムでも、一つの故障が複数系統を同時に失わせるなら、その設計は再検討しなければならない。

Apollo 13 Review Boardが残した教訓は、単に「酸素タンクを直した」ことではない。

事故を単一故障として扱わず、その故障を成立させたシステム全体を見ることだった。

まとめ|「同じ事故を起こさない」は、部品交換では終わらなかった

Apollo 13が着水した1970年4月17日、NASAは事故調査委員会を設置した。

エドガー・コートライトを委員長とするApollo 13 Review Boardは約7週間調査し、6月15日に最終報告書を公表した。

結論は、酸素タンク2番で発生した電気的火災。

しかし事故の評価はそこでは終わらない。

地上試験時の65V電源。

28V仕様のサーモスタット。

テフロン絶縁。

正常に排出できなかったタンク。

過去の取り扱い事故。

部品履歴の共有不足。

故障が隣接系統へ拡大する設計。

これらの組み合わせが事故を成立させたと判断された。

Review Boardは、酸素システムの再設計・再認定だけではなく、警報システム、救命艇運用、異常部品の履歴管理、専門家の意思決定参加、強酸化剤を扱うNASA全体のシステム、組織管理まで見直すよう勧告した。

Apollo 14ではその結果、酸素タンク内部のファンを撤去。

配線を保護。

可燃性材料を減らし、ヒーター・温度監視系を再設計。

別区画には第3酸素タンクが追加された。

さらに電力用の補助バッテリーも搭載された。

Apollo 14の打ち上げは改修のため延期され、1971年1月31日に実施された。

行き先は、Apollo 13が到達できなかったフラ・マウロだった。

Apollo 13の事故で月面探査そのものが終わったわけではない。

事故で明らかになった弱点を宇宙船へ戻し、その変更を確認したうえで、もう一度月へ向かった。

これでApollo 13の事故、帰還、そして事故後の技術的処置までがつながった。

残る第10回では、この実際の記録と、25年後に公開された映画『アポロ13』を比較する。

世界的に知られる「Houston, we have a problem」という台詞。

Mission Controlの対立。

LiOHアダプター。

ケン・マッティングリー。

再突入時の通信ブラックアウト。

映画はどこまでNASAの実記録を再現し、どこからドラマとして組み替えたのか。

最後に、映像と史実を分けて確認する。



CASE FILE 14|アポロ13号特集 全10回

  1. 第1回 アポロ13号とは?|月面着陸から「生還ミッション」へ変わった6日間
  2. 第2回 アポロ13号は何をするはずだったのか|3人の乗員とフラ・マウロ月面着陸計画
  3. 第3回 「Houston, we’ve had a problem」|アポロ13号で酸素タンクが爆発した夜
  4. 第4回 なぜアポロ13号の酸素タンクは爆発したのか|地上試験から事故までを追う
  5. 第5回 月着陸船Aquariusはどう「救命艇」になったのか|壊れたOdysseyからの脱出
  6. 第6回 電力・水・CO2をどう切り詰めたのか|アポロ13号を生かした即席の生命維持策
  7. 第7回 アポロ13号はどう地球へ戻ったのか|月を回る自由帰還軌道とエンジン噴射
  8. 第8回 停止していたOdysseyを再起動せよ|アポロ13号、再突入から太平洋着水まで
  9. 第9回 アポロ13号事故は何を変えたのか|事故調査委員会の結論と酸素タンク再設計【現在の記事】
  10. 第10回 映画『アポロ13』はどこまで実話なのか|人物・台詞・Mission Controlを史実と比較

出典・参考資料

  • Report of Apollo 13 Review Board(NASA, 1970)
    Review Boardの設置目的、事故評価、酸素タンク2番に関するFindings / Determinations、再発防止勧告の確認に使用。
  • “`

  • NASA「50 Years Ago: Apollo 13 Review Board Report」
    Review Boardの約7週間の調査、4パネル、6月15日の報告書公表、事故原因、Apollo 14以降の酸素システム再設計の確認に使用。
  • NASA Safety and Mission Assurance「Apollo 13」
    事故調査の結論、酸素貯蔵系再認定、Apollo 14以降の第3酸素タンク、ファン撤去、配線保護などのLessons Learnedの確認に使用。
  • NASA「Apollo 14 and 15 Preparations」
    Apollo 13 Review Board勧告を受けたApollo 14の改修、第3酸素タンク追加、打ち上げ延期の確認に使用。
  • Apollo 14 Mission Report
    Service Module Sector 1への第3酸素タンク追加、タンク1・2系統とのアイソレーション構成など、Apollo 14の具体的変更内容の確認に使用。
  • NASA Apollo Program Summary Report
    Apollo 13事故後の主要変更として、酸素タンク内部構造変更、第3酸素タンク追加、補助バッテリー追加が後続機へ採用されたことの確認に使用。
  • NASA Technical Reports Server「Modified Apollo cryogenic oxygen tank design」
    ファン/モーター撤去、ヒーター再設計、内部配線・材料変更、温度センサー追加という改修内容の確認に使用。
  • “`

資料について

本記事では、第4回で扱った事故原因そのものと、第9回で扱う「事故調査委員会の公式評価・勧告・後続機への反映」を区別しています。

Apollo 13 Review Boardは、事故を単一の偶発的部品故障とは評価していません。酸素タンク2番の電気的火災を中心としながら、設計、製造・取り扱い、地上試験、電気仕様、材料、部品履歴、組織間の情報共有まで含めた複合的な事故として整理しています。

Apollo 14以降の酸素タンクについては、NASA資料に「thermostat upgrade」と要約される場合がありますが、実際の改修図・技術資料ではヒーター構成や温度監視の変更、内部サーモスイッチの扱いを含む再設計が行われています。本記事では誤解を避けるため、「ヒーター・温度監視系を再設計」と表現しています。

第3酸素タンクは単なる容量増加ではなく、Apollo 13のような一つの区画損傷で全酸素源を失わないため、従来の2基とは異なるService Module Sector 1へ配置され、系統を隔離できる構成が採られました。

映画『アポロ13』はどこまで実話なのか|人物・台詞・Mission Controlを史実と比較

宇宙事故

「Houston, we have a problem.」

1995年公開の映画『アポロ13』によって、この言葉はApollo計画を知らない人にも広く知られるようになった。

トム・ハンクス演じるジム・ラヴェル。ケヴィン・ベーコンのジャック・スワイガート。ビル・パクストンのフレッド・ヘイズ。ゲイリー・シニーズのケン・マッティングリー。そしてMission Controlを率いるエド・ハリスのジーン・クランツ。

ロン・ハワード監督の映画は、1970年に起きたApollo 13事故と帰還を約2時間20分の作品へ再構成した。

しかし、映画で最も有名な二つの言葉――

「Houston, we have a problem」

と、

「Failure is not an option」

は、どちらも1970年の実際の記録そのままではない。

一方で、月着陸船Aquariusの救命艇化、四角いLiOHカートリッジ、ケン・マッティングリーによる再起動手順の検証、サービスモジュールの損傷、再突入時の通信途絶など、映画の中心部分には実際のApollo 13がかなり忠実に残されている。

では、どこまでが史実で、どこからが映画の脚色なのか。

最終第10回では、映画そのものを根拠にするのではなく、NASAの通信記録、Mission Report、関係者の証言と照合する。


CASE FILE 14

アポロ13号特集|全10回

  1. 第1回 アポロ13号とは?|月面着陸から「生還ミッション」へ変わった6日間
  2. 第2回 アポロ13号は何をするはずだったのか|3人の乗員とフラ・マウロ月面着陸計画
  3. 第3回 「Houston, we’ve had a problem」|アポロ13号で酸素タンクが爆発した夜
  4. 第4回 なぜアポロ13号の酸素タンクは爆発したのか|地上試験から事故までを追う
  5. 第5回 月着陸船Aquariusはどう「救命艇」になったのか|壊れたOdysseyからの脱出
  6. 第6回 電力・水・CO2をどう切り詰めたのか|アポロ13号を生かした即席の生命維持策
  7. 第7回 アポロ13号はどう地球へ戻ったのか|月を回る自由帰還軌道とエンジン噴射
  8. 第8回 停止していたOdysseyを再起動せよ|アポロ13号、再突入から太平洋着水まで
  9. 第9回 アポロ13号事故は何を変えたのか|事故調査委員会の結論と酸素タンク再設計
  10. 第10回 映画『アポロ13』はどこまで実話なのか|人物・台詞・Mission Controlを史実と比較【現在の記事】

映画『アポロ13』とは

映画『Apollo 13』は1995年に公開されたアメリカ映画である。

監督はロン・ハワード。

原作はジム・ラヴェルとジェフリー・クルーガーが1994年に出版した『Lost Moon: The Perilous Voyage of Apollo 13』で、実際のApollo 13船長であるラヴェル自身の視点が制作の出発点にある。

映画 内容
公開 1995年
監督 ロン・ハワード
ジム・ラヴェル トム・ハンクス
ジャック・スワイガート ケヴィン・ベーコン
フレッド・ヘイズ ビル・パクストン
ケン・マッティングリー ゲイリー・シニーズ
ジーン・クランツ エド・ハリス
原作 Jim Lovell / Jeffrey Kluger『Lost Moon』

映画が公開されたのは事故から25年後。

しかも制作にはNASA関係者が協力し、実際の宇宙飛行士やFlight Controllerへの取材も行われた。

そのため「史実をほとんど無視して作られた実話映画」ではない。

むしろApollo 13を扱った劇映画としては、宇宙船、Mission Control、技術的問題、飛行の大きな流れをかなり正確に再現している。

ただし、正確な再現と映画としてのドラマは別である。

まず結論|映画の「出来事」はかなり正しい

映画とNASA記録を大きな単位で比べると、主要な流れはほぼ一致する。

映画で描かれる出来事 史実 判定
マッティングリーが打ち上げ直前に交代 実際にSwigertへ交代 ほぼ史実
酸素タンク攪拌後に事故発生 55時間53分台のファン作動後に発生 史実
Aquariusを救命艇として使用 実際に約4日間利用 史実
角形LiOHをLMで使う装置を製作 地上チームが実際に開発 史実
LMのエンジンで帰還軌道を変更 DPSを複数回使用 史実
MattinglyがCM再起動手順へ関与 実際にシミュレーターで手順を検証 史実。ただし映画は役割を集約
損傷したService Moduleを目視 切離し後に大規模損傷を確認 史実
耐熱シールドを心配 実際に懸念された 史実
再突入中に通信途絶 実際にブラックアウト発生 史実
乗員間の強い対立 映画用に強められた部分あり 脚色
「Failure is not an option」 当時Kranzが言った記録なし 映画由来

つまり映画を見ると、Apollo 13で「何が起きたか」はかなり正しく理解できる。

注意が必要なのは、誰が考えたのか、誰が言ったのか、人物同士がどう対立したのかという部分である。

検証1|「Houston, we have a problem」は実際の台詞ではない

映画『アポロ13』を代表する言葉が、

「Houston, we have a problem.」

である。

しかしNASAのAir-to-Ground Transcriptに記録された実際の第一報は少し違う。

飛行時間55時間55分20秒。

最初にHoustonへ異常を報告したのは、ラヴェルではなくジャック・スワイガートだった。

実際の通信は、

「Okay, Houston, we’ve had a problem here.」

である。

Houston側が聞き返した後、今度はラヴェルが、

「Houston, we’ve had a problem.」

と繰り返している。

映画では現在形の「we have a problem」に変更され、ラヴェル役のトム・ハンクスが印象的に発する。

意味は大きく変わらない。

しかし、

  • 最初に報告した人物
  • 文法
  • 通信の流れ

は実際の記録とは異なる。

なぜ台詞を変えたのか

映画では、短く現在進行形にした方が状況を直感的に伝えやすい。

しかも物語の中心人物であるラヴェルに言わせることで、観客が危機発生を一度で理解できる。

史実を完全に別の出来事へ変えた脚色ではない。

実際に存在した通信を、映画用に整理した例と見るのが適切である。

検証2|マッティングリーは「風疹になった」のではない

映画前半では、Apollo 13のCommand Module Pilotだったケン・マッティングリーが打ち上げ直前にクルーから外される。

この出来事自体は史実である。

ただし理由を正確に言えば、マッティングリーが風疹を発症していたわけではない。

バックアップクルーのチャールズ・デュークが風疹を発症し、主乗員が曝露した可能性が生じた。

検査の結果、ラヴェルとヘイズには免疫が確認された。

マッティングリーには免疫がなかった。

NASAは、感染していた場合に月周回軌道で症状が出る可能性を考え、1970年4月10日にスワイガートへの交代を正式に発表した。

結果としてマッティングリーは風疹を発症しなかった。

映画の「飛べる本人を医学的リスクのため地上へ残した」という基本構造は正しい。

検証3|スワイガートは「ほとんど訓練していない代役」ではない

映画では打ち上げ直前にスワイガートが入ったことで、チームとしての不安が強調される。

交代が前日だったのは事実である。

しかしスワイガートは、突然選ばれた宇宙飛行士ではない。

もともとApollo 13のバックアップCommand Module Pilotだった。

バックアップクルーは、主乗員が飛べなくなった場合に備えて同じミッションの訓練を行う。

さらにNASAによれば、スワイガートはCommand Moduleの故障時手順作成に深く関わっており、そのシステムを非常によく理解していた。

交代後にはラヴェル、ヘイズとの集中シミュレーションも行われ、NASAは3人でミッションを遂行できると判断している。

したがって、

「前日に来た経験不足の代役」

という理解は正確ではない。

検証4|乗員同士は映画ほど衝突していたのか

ここは映画と史実の差が比較的大きい。

映画では事故後、疲労と緊張が高まるなかでスワイガートとヘイズの間に険悪な空気が生まれる。

スワイガートがタンクを攪拌した操作について責任を問うような場面も含まれ、ラヴェルが3人を落ち着かせる。

しかしフレッド・ヘイズ本人は後年NASAのインタビューで、このような映画上の対立に不満を持ったことを語っている。

実際に酸素タンク攪拌が行われたとき、ラヴェルとヘイズはテレビ中継で使用した機材を片付けるためAquarius側にいた。

スワイガートはOdysseyへ戻り、Mission Controlからの指示どおり通常作業としてタンク攪拌を行った。

事故原因はスワイガートの操作ミスではない。

損傷していた酸素タンク2番内部で、通常のファン作動が発火の契機になったのである。

NASAの事故調査でも、スワイガートへ責任を帰す結論にはなっていない。

映画に追加された人物間の緊張は、危機下の人間関係を画面で見せるためのドラマと考えるべきである。

検証5|「Failure is not an option」は史実ではない

映画でジーン・クランツを演じるエド・ハリスの代表的な台詞が、

「Failure is not an option.」

である。

現在ではGene Kranz本人と結び付けられることも多い。

しかし、1970年のApollo 13でクランツがこの言葉を発した記録はない。

そしてKranz本人がNASAのインタビューで、この表現はHollywoodによって作られたものだと説明している。

映画制作時、Flight Dynamics OfficerだったJerry BostickらApollo関係者への取材内容から、脚本側がMission Controlの姿勢を一文へ凝縮した。

つまり、この台詞は逐語的な史実ではない。

一方で、Kranz本人は「その言葉は当時のチームの期待や姿勢をよく表している」という趣旨で受け入れている。

後には自身の回想録のタイトルにも使用した。

したがって分類すると、

発言としてはフィクション。

Mission Controlの精神を表す表現としては当事者にも受け入れられた。

という位置になる。

検証6|映画ではMission Controlが小さく見える

映画『アポロ13』では、Mission Controlの中心人物としてGene Kranzが強く描かれる。

映画としては分かりやすい。

しかし実際のApollo 13を「Kranzと数人の管制官が救った」と理解すると、範囲が狭すぎる。

Apolloミッションでは複数のFlight Director Teamが交代しながら24時間体制で管制する。

Apollo 13でも、

  • Gene Kranz
  • Glynn Lunney
  • Gerry Griffin
  • Milton Windler

らFlight Directorと、それぞれの管制チームが交代している。

事故直後にAquariusを救命艇として使う実際の移行を指揮した中心人物の一人は、Glynn Lunneyだった。

さらにMission Controlの建物だけでも終わらない。

North American Rockwell。

Grumman。

MITの誘導・ソフトウェア関係者。

宇宙服・生命維持系技術者。

各地のシミュレーター。

追跡局。

回収部隊。

多数の技術者と組織が並行して作業していた。

Fred Haiseも後年、映画について「大きな意味ではチームが自分たちを帰還させた姿は伝わっている」と評価する一方、実際のチームは映画で描かれるよりはるかに大きかったと指摘している。

なぜ映画ではGene Kranzへ役割が集まったのか

140分ほどの映画で、実際に存在したFlight Director、Flight Controller、NASA技術者、メーカー技術者をすべて登場させれば、観客は人物を追えなくなる。

そこで映画は複数の人物・チームの機能を、Gene Kranzを中心とする少数の登場人物へ集約した。

これは「Kranzが何もしていなかった」という意味ではない。

彼はApollo 13で実際にFlight Directorを務め、White Teamを率いた重要人物である。

ただし映画のGene Kranz=Apollo 13地上チーム全体として見る必要がある場面が多い。

検証7|LiOHの「四角を丸へ」は本当にあった

映画の中でも特に有名なのが、Mission Controlの技術者たちが机の上へ部品を広げ、

「この四角いものを、この丸い穴で使えるようにしなければならない」

という問題へ取り組む場面である。

これは基本的に史実である。

Aquarius用のLiOHカートリッジは、3人を長期間支えるには不足した。

Odysseyには十分な交換用LiOHがある。

しかしCommand Module用は角形。

Lunar Module側は丸形カートリッジを使う設計だった。

そのまま交換することができない。

地上チームは、Apollo 13に実際に搭載されている物だけを使うという条件でアダプターを開発した。

映画と違うのは「誰が作ったか」

映画ではMission Control内部の技術者たちが短時間で解決策を組み立てる。

実際にもHouston側で作られた。

ただしNASAの記録では、Crew Systems DivisionのRobert “Ed” Smylie、James Correale、James LeBlancらを中心としたチームが具体的な開発・試験を担当している。

使用したのは、

  • CM用LiOHカートリッジ
  • 宇宙服用ホース
  • ビニール袋
  • 厚紙
  • テープ

など。

地上で実際に組み立てて機能を試験した後、その手順が宇宙船へ読み上げられた。

映画は実際の技術課題をかなり正確に描く一方、開発に関わった具体的な人員を圧縮している。

検証8|ケン・マッティングリーは本当に地上から帰還を助けた

映画では、飛べなかったマッティングリーが地上のCommand Module Simulatorへ入り、Odysseyを限られた電力で起動する方法を探す。

物語として非常にきれいな構造になっている。

そして、この部分の中心は史実である。

実際のマッティングリーは打ち上げを外された後もNASAに残り、Apollo 13帰還作業へ参加した。

NASAの帰還記録によれば、再突入前にはCommand Module Simulatorで長時間作業し、Odyssey再起動手順の最終化に関わった。

実際の交信でも、複雑なCommand Module再起動手順を乗員へ送る段階でMattinglyがCapComを担当している。

したがって、

「月へ行けなかったMattinglyが地上から帰還を助けた」

という構造は映画だけの創作ではない。

ただしMattingly一人で再起動手順を発明したわけではない

ここはMission Controlと同じである。

映画は人物を理解しやすくするため、作業をMattinglyへ集中させている。

実際にはMattinglyだけではなく、バックアップクルー、他の宇宙飛行士、シミュレーター担当、電力・誘導・Command Module各システムの技術者たちが手順検証へ参加した。

NASA関係者のオーラルヒストリーでも、Mattinglyが重要な中心人物だったことと同時に、シミュレーター側で複数人が作業していたことが確認できる。

したがって判定は、

Mattinglyの貢献=史実。

ほぼ一人で解決したように見える構図=映画的集約。

となる。

検証9|サービスモジュールを見て耐熱シールドを心配したのは本当

映画終盤ではService Moduleを切り離した後、乗員がその大規模な損傷を見る。

パネルが大きく失われ、内部が露出している。

これは実際のApollo 13で撮影された写真と一致する。

そして、その損傷を見たラヴェルらがCommand Moduleの耐熱シールドを心配したことも史実である。

酸素タンクが存在したService Module Sector 4は大きく破壊されていた。

Command Moduleの耐熱シールドはそのすぐ隣にある。

事故の衝撃がそこまで及んでいる可能性を、飛行中に完全には排除できなかった。

耐熱シールドを外から詳しく検査する手段もない。

映画が描く「再突入するまで分からない」という不安には、実際の技術的根拠があった。

検証10|再突入ブラックアウトは本当に長引いたのか

映画のクライマックスでは、Odysseyが地球大気へ突入し、通信ブラックアウトへ入る。

予定された通信回復時刻になっても声が戻らない。

Mission Controlで秒数が過ぎる。

そしてようやくOdysseyから通信が入る。

通信ブラックアウトそのものは完全な史実である。

高速再突入時には、Command Module周囲に形成される電離気体によって電波通信が遮られる。

では「予定以上に長く返事がなかった」という部分はどうか。

NASA Johnson Space Centerの後年のPodcastで、Ground ControllerのBill Fosterがこの映画場面について説明している。

関係者の説明では、Odysseyそのものはほぼ予定どおりブラックアウトを抜けていた可能性が高い

一方、当時再突入地点付近で通信を受け持った航空機が宇宙船の信号を再捕捉するまで時間を要したため、Mission Control側では通信回復が遅れたように見えたという。

したがって、映画の沈黙には現実の通信状況に対応する背景がある。

ただし、

「耐熱シールドのため予定より長くプラズマ中に閉じ込められた」

と理解するのは正確ではない。

検証11|映画の無重力はCGではなかった

映画『アポロ13』には、宇宙船内で俳優たちが実際に浮いているように見える場面が数多くある。

この表現には、当時として非常に特殊な撮影方法が使われた。

NASAのKC-135による放物線飛行である。

航空機を急上昇させた後、放物線状の自由落下軌道へ入れると、機内では短時間の微小重力状態が生まれる。

NASAは本来この方法を、宇宙飛行士の訓練や微小重力実験に使用していた。

『アポロ13』のキャストとスタッフもNASAのKC-135へ乗り、機内に宇宙船セットを組んで無重力場面を撮影した。

NASAには、

  • Tom Hanks
  • Bill Paxton
  • Kevin Bacon
  • Gary Sinise
  • Ron Howard

らがKC-135内部で浮いている公式写真も残されている。

つまり映画で物が浮く場面の少なくとも一部は、ワイヤーで「無重力らしく」動かしたものではない。

俳優自身が短時間、本当に自由落下状態に置かれていた。

なぜ無重力場面が自然に見えるのか

微小重力状態では、俳優だけでなく衣服、紙、コード、腕の動きまで同じ物理状態になる。

ワイヤー撮影では、人間だけを吊るすと、衣服や小物の動きとの微妙な違いが出る。

KC-135ではセット内部そのものが自由落下する。

そのため映画には、1990年代の作品でありながら、現在見ても独特の実在感が残っている。

これは「史実の正確さ」とは別の話だが、Apollo 13という技術的な出来事を映像化するためにNASAの実際の訓練環境を利用した例である。

検証12|本物のジム・ラヴェルも映画に出演している

映画の最後、3人を乗せたヘリコプターが回収艦へ到着する。

トム・ハンクス演じるラヴェルを迎える海軍士官の一人。

この人物は、本物のジム・ラヴェルである。

NASAの公式解説でも、ラヴェル本人が映画でUSS Iwo Jimaの艦長Leland Kirkemo役としてカメオ出演したことが記されている。

事故から25年後、実際にApollo 13を指揮した人物が、自分自身を演じる俳優を地球で迎える構図になっている。

実際の乗員は映画をどう評価しているのか

少なくともFred Haiseの評価は、単純な「正確」「不正確」ではない。

HaiseはNASAの後年のインタビューで、最初に映画を見た際には技術的な誤りや実際にはなかったドラマが気になったと語っている。

特に、

  • 乗員同士の対立
  • 実際より小さく見える地上チーム
  • 一部の技術描写

について指摘している。

一方で何度か見るうちに、

「宇宙船で危機に陥った3人を、大きな地上チームが帰還させた」

というApollo 13全体の構図はよく伝わっていると評価している。

これは映画を史実検証するときの重要な見方でもある。

映画が変更したのは「技術」より「人間関係」だった

映画『アポロ13』の変更点を並べると、一つの傾向が見える。

酸素タンク事故。

Aquariusへの避難。

電力不足。

水不足。

CO2。

LiOHアダプター。

自由帰還。

再起動。

Service Moduleの損傷。

再突入。

こうした物理的・技術的な問題の骨格は比較的忠実である。

一方、映画として調整されたのは、

  • 誰が台詞を言うか
  • 誰が解決策を考えるか
  • 人物同士が対立するか
  • 誰をMission Controlの代表として描くか

という人間関係の部分が多い。

理由は分かりやすい。

実際のApollo 13は、数百・数千人規模の専門家が並行して動く巨大なシステムだからである。

それを約140分の映画で完全再現することはできない。

「誰が救ったのか」を一人へ決めると史実から離れる

映画では、ジム・ラヴェル、Gene Kranz、Ken Mattinglyらが物語を進める中心人物になる。

実際にも全員が重要だった。

しかしApollo 13の記事第5~9回までを振り返ると、必要だった専門分野は非常に広い。

Aquariusを起動する。

軌道を計算する。

DPS噴射を設計する。

水と電力を計算する。

LiOHアダプターを作る。

Odysseyの電源手順を作り直す。

誘導装置を調整する。

通信を維持する。

着水地点へ回収艦を配置する。

どれも専門分野が異なる。

したがって「Apollo 13を救った一人」を探すこと自体が、実際の出来事の構造から離れていく。

事故原因もシステムの連鎖だった。

生還もシステムの連携だった。

そこがApollo 13という出来事の特徴である。

映画で正しい部分/脚色された部分をまとめる

項目 判定 補足
マッティングリーの交代 ほぼ史実 発症ではなく曝露+免疫なし
スワイガートの直前参加 史実 ただしバックアップとして訓練済み
酸素タンク攪拌後の事故 史実 通常操作が発火契機
Houston, we have a problem 台詞変更 実際はSwigertが「we’ve had…」と第一報
乗員間の激しい口論 脚色 Haise本人が映画上のドラマと指摘
Aquarius=救命艇 史実 実際に約4日間3人を支えた
角形LiOH問題 史実 開発チームは映画より大きい
Gene Kranz中心のMission Control 役割を集約 実際は複数Flight Director Team+多数組織
Failure is not an option 映画由来 Kranz本人もHollywoodの創作と説明
Mattinglyのシミュレーター作業 史実 ただし多人数の作業を人物へ集約
Service Moduleの大破 史実 NASA写真でも確認可能
耐熱シールドへの不安 史実 再突入まで完全には確認不能
再突入ブラックアウト 史実 映画は通信再捕捉の遅れを強く演出
無重力映像 実際の微小重力 NASA KC-135で撮影
ラヴェル本人の出演 事実 USS Iwo Jima艦長役でカメオ出演

FACT CHECK|映画を見ればApollo 13の史実は分かる?

全体像を理解する入口としては非常に優れている。

しかし映画だけを史料として使うことはできない。

実際の通信時刻、事故原因、人物の役割、Mission Controlの組織構造まで確認する場合は、NASA Mission Report、Air-to-Ground Transcript、Apollo 13 Review Boardなどへ戻る必要がある。

FACT CHECK|Gene KranzがApollo 13を一人で指揮した?

違う。

Kranzは重要なFlight Directorだったが、Apollo 13ではGlynn Lunney、Gerry Griffin、Milton Windlerら複数のFlight Directorとチームが交代している。

さらにNASA外の契約企業や多数の技術者も帰還作業へ参加した。

FACT CHECK|Ken Mattinglyの活躍は映画の創作?

創作ではない。

Mattinglyが地上のCommand Module Simulatorで再起動手順を検証し、帰還時にCapComとして乗員へ手順を送ったことはNASA記録で確認できる。

ただし映画では、多人数で行われた作業がMattinglyへ集約されている。

FACT CHECK|「Failure is not an option」は本物のNASA標語?

少なくともApollo 13当時にGene Kranzが発した台詞としての記録はない。

Kranz本人も後年NASAのインタビューで、映画制作から生まれた言葉だと説明している。

現在ではNASA文化を象徴する表現として使われることがあるが、1970年の逐語記録とは分ける必要がある。

FACT CHECK|映画の宇宙船内は本当に無重力だった?

すべての場面がそうだという意味ではないが、主要な無重力場面の撮影にはNASAのKC-135による実際の放物線飛行が使われている。

その短時間、俳優とセットは実際に自由落下状態となっていた。

では映画『アポロ13』は「正確な映画」なのか

史実映画に「正確/不正確」の二択を当てはめると、この作品の特徴を捉えにくい。

事故の原因と帰還技術については、かなり多くの実際の要素が残されている。

酸素タンク。

燃料電池。

Aquarius。

LiOH。

自由帰還軌道。

DPS。

Command Moduleの再起動。

Service Moduleの損傷。

再突入。

こうした「問題→対策」というMISSIONの骨格は大きく崩されていない。

一方、実際の組織では人数が多すぎる。

会話も細かすぎる。

数日間の作業をすべて再現することもできない。

そこで映画は、

人物を減らす。

役割を統合する。

台詞を短くする。

実際には弱かった人物間対立を強くする。

という方法で映画として成立させた。

結果として、技術の骨格はかなり残しながら、人間ドラマの部分でフィクションを増やした作品になっている。

まとめ|映画と史実の間にあるもの

映画『アポロ13』は、1970年のApollo 13をそのまま記録したドキュメンタリーではない。

「Houston, we have a problem」は実際の通信から変更された。

「Failure is not an option」はHollywoodで作られた。

乗員同士の対立も強められている。

Mission Controlの巨大な組織は、Gene Kranzら少数の人物へ圧縮された。

Ken Mattinglyの役割も、実際に存在した重要な仕事を中心にしながら、地上チーム全体の作業が一人へ集約されている。

一方で、事故そのものは大きく変えられていない。

通常の酸素タンク攪拌後に事故が始まる。

燃料電池を失う。

Odysseyを停止する。

Aquariusへ移る。

電力と水を節約する。

CO2が増える。

角形LiOHを使うアダプターを作る。

月着陸船のエンジンで地球へ戻る。

停止していたOdysseyを再起動する。

損傷したService Moduleを見る。

耐熱シールドの状態が分からないまま再突入する。

通信ブラックアウトを抜ける。

そして3人が太平洋へ帰還する。

この基本構造は、NASAの記録にかなり近い。

だから映画『アポロ13』は、史料そのものではない。

しかしApollo 13を知り、そこから実際のMission Reportや通信記録へ入っていく入口としては非常に強い作品である。

そしてNASAの記録まで読み進めると、映画よりさらに大きなApollo 13が見えてくる。

一人の宇宙飛行士が救ったのでもない。

一人のFlight Directorが救ったのでもない。

一つの即席装置が救ったのでもない。

酸素、電力、水、CO2、軌道、誘導、推進、通信、再突入。

異なる問題を、宇宙船と地上の別々の専門家が一つずつ処理した。

Apollo 13で最も映画的に見える部分こそ、実際には「巨大なチームによる問題解決の積み重ね」だった。

1970年4月11日に始まったApollo 13は、月面へ降りることはできなかった。

4月17日、3人は地球へ戻った。

そして事故原因の調査と宇宙船の改修を経て、Apollo計画は再び月へ向かった。

CASE FILE 14|Apollo 13 完



CASE FILE 14|アポロ13号特集 全10回

  1. 第1回 アポロ13号とは?|月面着陸から「生還ミッション」へ変わった6日間
  2. 第2回 アポロ13号は何をするはずだったのか|3人の乗員とフラ・マウロ月面着陸計画
  3. 第3回 「Houston, we’ve had a problem」|アポロ13号で酸素タンクが爆発した夜
  4. 第4回 なぜアポロ13号の酸素タンクは爆発したのか|地上試験から事故までを追う
  5. 第5回 月着陸船Aquariusはどう「救命艇」になったのか|壊れたOdysseyからの脱出
  6. 第6回 電力・水・CO2をどう切り詰めたのか|アポロ13号を生かした即席の生命維持策
  7. 第7回 アポロ13号はどう地球へ戻ったのか|月を回る自由帰還軌道とエンジン噴射
  8. 第8回 停止していたOdysseyを再起動せよ|アポロ13号、再突入から太平洋着水まで
  9. 第9回 アポロ13号事故は何を変えたのか|事故調査委員会の結論と酸素タンク再設計
  10. 第10回 映画『アポロ13』はどこまで実話なのか|人物・台詞・Mission Controlを史実と比較【現在の記事】

出典・参考資料

  • NASA「Detailed Chronology of Events Surrounding the Apollo 13 Accident」
    Swigert、Lovellによる実際の「we’ve had a problem」通信と事故直後の時刻確認に使用。
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  • NASA「Apollo 13: Mission Details」
    乗員交代、事故、Aquarius救命艇化、LiOH、消耗品、帰還など映画で描かれる主要事実の照合に使用。
  • NASA「Apollo 13 and German Measles」
    Charles Dukeの風疹、Mattinglyの免疫、Swigertへの交代経緯の確認に使用。
  • NASA「Houston, We’ve Had a Problem」
    LiOHアダプター、Ed Smylie、James Correale、James LeBlancら地上チームの役割、複数Flight Director Teamの確認に使用。
  • NASA「Apollo 13 Crew Returns Safely to Earth」
    MattinglyがCMシミュレーターで再起動手順を検証したこと、Service Module損傷、Aquarius切離し、再突入・帰還の確認に使用。
  • NASA「Call Sign: White Flight」
    Gene Kranz本人による「Failure is not an option」が映画で作られた言葉であるとの証言確認に使用。
  • NASA「Apollo Legend to Shuttle Trailblazer」Fred Haise interview
    Haise本人による映画評価、実際にはなかった人物間対立、実際の地上支援チームが映画より大きかったことの確認に使用。
  • NASA「Can You Hear Me Now?」
    映画終盤の再突入ブラックアウトと、実際の通信再捕捉遅延についてのNASA Ground Controllerの説明を確認するために使用。
  • NASA「Behind the Lens: Meet NASA Johnson’s Photographers」 / NASA Microgravity資料
    映画『Apollo 13』のキャスト・スタッフがNASAのKC-135で微小重力場面を撮影したことの確認に使用。
  • American Film Institute「Apollo 13」
    1995年公開、Ron Howard監督、出演者、上映時間、Jim Lovell / Jeffrey Kluger『Lost Moon』を原作とする映画基本情報の確認に使用。
  • Smithsonian National Air and Space Museum「Apollo 13 Film Discussion」
    映画が史実をどのように再構成したかを検討する補助資料として使用。
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映画と史実について

本記事では映画『アポロ13』そのものを史実の根拠には使用していません。映画描写を比較対象とし、史実側はNASAのMission Report、Air-to-Ground Transcript、NASA History Office、関係者オーラルヒストリー等から確認しています。

映画上の人物間対立については、「実際の乗員に対立が一切なかった」と一般化するのではなく、Fred Haise本人が映画で描かれた特定のSwigertとの対立を実際とは異なるドラマとして指摘している範囲で記述しています。

再突入ブラックアウトについても、映画の「予定より長い沈黙」とNASAの後年の説明を区別しています。NASA Johnson Space Centerのインタビューでは、Command Module自体は予定どおりブラックアウトを抜け、通信を担当した航空機が信号を再捕捉するまで時間を要した可能性が説明されています。これは後年の関係者による説明であり、本記事では事故当日の確定原因としては扱っていません。

「Failure is not an option」はApollo 13当時のGene Kranzの逐語記録ではありません。Kranz本人が後年、映画制作過程から生まれた表現だと説明しています。一方で本人は、その言葉がFlight Control Teamに求めた姿勢をよく表している趣旨でも語っています。

アポロ13号とは?|月面着陸から「生還ミッション」へ変わった6日間

宇宙事故

1970年4月13日。月へ向かっていたアメリカの宇宙船アポロ13号で、サービスモジュールの酸素タンクが破損した。

打ち上げから約55時間55分。宇宙船は地球から約20万マイル、約32万km離れた宇宙空間にいた。乗っていたのは、船長ジム・ラヴェル、司令船操縦士ジャック・スワイガート、月着陸船操縦士フレッド・ヘイズの3人だった。

本来の目的は、月のフラ・マウロ地域へ着陸して地質調査を行うことだった。しかし酸素タンクの事故によって月面着陸は中止される。司令船「Odyssey(オデッセイ)」は電力と酸素を失い始め、3人が地球へ帰るためには、本来は月面着陸用だった「Aquarius(アクエリアス)」を救命艇として使わなければならなくなった。

ここからアポロ13号の目的は完全に変わった。月へ降りることではない。限られた電力、水、酸素、二酸化炭素除去能力、そして残されたエンジンを使い、壊れた宇宙船から3人を地球へ帰還させることだった。

アポロ13号は、なぜ月へ行けなくなったのか。そして、約32万km離れた宇宙空間から、どうやって3人を生還させたのか。この特集では、事故以前の計画、酸素タンクの故障、月着陸船の「救命艇」化、生命維持、帰還軌道、再突入、事故調査までを全10回で追っていく。


CASE FILE 14

アポロ13号特集|全10回

1970年4月、月面着陸へ向かっていたアポロ13号は、酸素タンクの事故によって深刻な電力・酸素不足に陥った。NASAと3人の宇宙飛行士は、月着陸船を救命艇へ転用し、限られた資源と残された機能を組み合わせて地球帰還を目指した。

この特集では、「奇跡の生還」という一言で終わらせず、宇宙船の構造、事故の成立過程、Mission Controlが考えた対策、帰還軌道、生命維持、再突入、事故後の設計変更までをNASAの公式記録から整理する。

  1. 第1回 アポロ13号とは?|月面着陸から「生還ミッション」へ変わった6日間【現在の記事】
  2. 第2回 アポロ13号は何をするはずだったのか|3人の乗員とフラ・マウロ月面着陸計画
  3. 第3回 「Houston, we’ve had a problem」|アポロ13号で酸素タンクが爆発した夜
  4. 第4回 なぜアポロ13号の酸素タンクは爆発したのか|地上試験から事故までを追う
  5. 第5回 月着陸船Aquariusはどう「救命艇」になったのか|壊れたOdysseyからの脱出
  6. 第6回 電力・水・CO2をどう切り詰めたのか|アポロ13号を生かした即席の生命維持策
  7. 第7回 アポロ13号はどう地球へ戻ったのか|月を回る自由帰還軌道とエンジン噴射
  8. 第8回 停止していたOdysseyを再起動せよ|アポロ13号、再突入から太平洋着水まで
  9. 第9回 アポロ13号事故は何を変えたのか|事故調査委員会の結論と酸素タンク再設計
  10. 第10回 映画『アポロ13』はどこまで実話なのか|人物・台詞・Mission Controlを史実と比較

アポロ13号は何が起きた宇宙ミッションだったのか

アポロ13号は、NASAのアポロ計画で実施された有人月飛行の一つである。1969年のアポロ11号、アポロ12号に続く3回目の有人月面着陸を目指し、1970年4月11日にフロリダ州のケネディ宇宙センター39A発射台からサターンVロケットで打ち上げられた。

乗員は3人。船長のジム・ラヴェル、司令船操縦士のジャック・スワイガート、月着陸船操縦士のフレッド・ヘイズだった。司令船は「Odyssey」、月着陸船は「Aquarius」と呼ばれていた。

月面ではラヴェルとヘイズがフラ・マウロ地域へ降り、地質調査や試料採取を行う計画だった。アポロ11号と12号が比較的平坦な月の「海」に着陸したのに対し、フラ・マウロはより起伏のある高地で、巨大なインブリウム盆地形成時に放出された物質を調べられると考えられていた。

つまりアポロ13号は、最初から「遭難した宇宙船を救うためのミッション」だったわけではない。科学的な月面探査を目的とする通常の月着陸ミッションとして出発している。その目的が飛行3日目に突然失われたことが、この出来事を理解する第一のポイントになる。

項目 内容
打ち上げ 1970年4月11日
打ち上げ場所 ケネディ宇宙センター 39A発射台
ロケット Saturn V AS-508
乗員 ジム・ラヴェル / ジャック・スワイガート / フレッド・ヘイズ
司令船 Odyssey
月着陸船 Aquarius
予定着陸地点 月・フラ・マウロ地域
事故発生 飛行開始から約55時間55分後
結果 月面着陸中止 / 乗員3人は生還
着水 1970年4月17日・太平洋

4月13日、月へ向かう途中で異常が始まった

異常が表面化したのは1970年4月13日、打ち上げから約55時間55分後だった。Mission Controlからの指示で、サービスモジュールにある極低温酸素タンクの内部を均一にするため、乗員がタンク内のファンを作動させた直後のことである。

宇宙船では大きな音が聞こえ、警報が作動した。通信記録には、ジャック・スワイガートが「Okay, Houston, we’ve had a problem here」と報告し、その後ラヴェルも問題の発生を伝えたことが残っている。

この時点では、宇宙飛行士も地上の管制官も何が起きたのか分かっていなかった。一時的な計器異常なのか、電気系統の故障なのか、それとも宇宙船そのものが物理的に損傷したのかを判断する必要があった。

まもなく状況は深刻になった。サービスモジュールの酸素タンク2番の圧力が失われ、続いて酸素タンク1番の圧力も低下していった。ラヴェルが窓の外を見ると、宇宙船から何かが宇宙空間へ流出しているのが確認された。

これは生命維持用の酸素だけの問題ではなかった。アポロ宇宙船の燃料電池は水素と酸素を使って電気を作っており、その副産物として水も得ていた。酸素供給を失えば、司令船の発電能力まで失われる。酸素タンクの事故は、電力、水、生命維持という複数のシステムを同時に脅かしていた。

月面着陸は中止――目的は「3人を帰すこと」へ変わった

事故後、フラ・マウロへの月面着陸を続行する可能性は消えた。残った課題は一つだった。ラヴェル、スワイガート、ヘイズを地球へ帰還させることである。

ところが、単純に宇宙船の向きを変えて地球へ戻ればよいわけではなかった。

アポロ13号は打ち上げ後、当初は「自由帰還軌道(free-return trajectory)」と呼ばれる軌道に乗っていた。これは、月へ向かう途中で主エンジンを使用できなくなっても、月の重力を利用して月を回り、地球付近へ戻れる軌道である。

しかしフラ・マウロへの着陸条件を整えるため、事故以前にアポロ13号は自由帰還軌道から外れた「ハイブリッド軌道」へ移っていた。そのままでは地球へ安全に帰れない。このため事故後、月着陸船Aquariusの降下用エンジンを使って軌道を修正し、再び自由帰還可能な軌道へ戻す必要があった。

飛行開始から61時間30分ごろ、乗員はAquariusの降下用推進系を約34秒作動させた。これによって宇宙船は月の裏側を回り、地球方向へ戻る軌道へ入った。

ただし、それだけでは帰還に時間がかかり、着水地点も適切ではなかった。月を回った後にはさらに「PC+2」と呼ばれるエンジン噴射を行い、帰還時間を短縮するとともに着水地点を太平洋側へ移す調整が行われた。

アポロ13号の帰還は「月の重力に任せて帰ってきた」のではない。残された推進系を使い、地上で計算した軌道修正を乗員が正確に実行することで成立していた。

Aquariusはなぜ3人の「救命艇」になれたのか

事故によって司令船Odysseyを通常どおり使用し続けることが難しくなると、NASAは月着陸船Aquariusを救命艇として使う方針を採った。

月着陸船は本来、月周回軌道から2人を月面へ運び、再び月周回軌道まで戻すための宇宙船である。3人を何日間も収容して地球まで運ぶようには設計されていない。

それでもAquariusには、独立した酸素供給、電力、生命維持装置、誘導装置、通信装置、そして降下用エンジンがあった。サービスモジュールの損傷によって使えなくなった機能の多くを、一時的に代替できたのである。

一方で、司令船Odysseyを完全に捨てることはできなかった。月着陸船は地球大気へ再突入するための耐熱シールドを持っていない。最終的には3人がOdysseyへ戻り、司令船だけで大気圏へ突入しなければならない。

そこでOdysseyは可能な限り電源を落とし、再突入時に必要となるバッテリーを温存した。Aquariusで生き延びながら、最後にOdysseyを再起動する。2機の宇宙船を本来とは異なる役割で使い分ける必要があった。

残された敵は、電力・水・二酸化炭素だった

帰還軌道へ乗るだけでは3人は助からない。地球へ戻るまで、Aquarius内部で生命を維持し続ける必要があった。

特に厳しかったのが電力と水だった。Aquariusは本来の設計より長期間使用されることになり、消費電力を徹底して抑えなければならなかった。暖房を含む多くの機器が停止され、船内温度は大きく低下した。水も厳格に節約された。

もう一つの問題が二酸化炭素だった。3人の呼吸によって船内のCO2濃度が上がる一方、Aquarius側の水酸化リチウム吸収装置だけでは長期間の3人分を処理しきれない。

Odysseyには十分な交換用カートリッジが残っていた。しかし司令船用は角形、月着陸船側の接続部は異なる形状で、そのままでは取り付けられなかった。

地上の技術者たちは、宇宙船内に存在するホース、ビニール袋、段ボール、テープなどを使って接続する方法を考案した。Mission Controlが手順を無線で伝え、乗員が宇宙船内で組み立てた即席のアダプターによって、Odyssey用の水酸化リチウムカートリッジをAquariusの生命維持系で利用できるようになった。

映画などでは象徴的な場面として描かれるが、この装置だけがアポロ13号を救ったわけではない。電力管理、水の節約、姿勢制御、誘導、通信、エンジン噴射、司令船再起動など、多数の問題を一つずつ解決した結果として帰還が成立している。

地球へ近づいても、最後まで安全ではなかった

月を回って地球へ向かい始めても、最大の不確定要素の一つが残っていた。

サービスモジュールの損傷状態を、乗員は事故直後には外から確認できなかったからである。地球へ接近した段階でサービスモジュールを切り離すと、初めて大きな損傷が見えた。NASAの記録写真では、サービスモジュール側面のパネルが広い範囲で失われている。

さらに心配されたのが司令船Odysseyの耐熱シールドだった。サービスモジュールに大きな破壊が起きた際、再突入に不可欠な耐熱シールドまで損傷していないかを飛行中に完全に確認する方法はなかった。

もう一つの難題がOdysseyの再起動だった。通常の手順は十分な電力があることを前提としていたが、アポロ13号では残ったバッテリー容量を超えないよう、地上で新しい起動手順を作らなければならなかった。

Mission Controlでは実機と同じ条件を再現しながら手順を検証し、それを宇宙飛行士へ送った。再突入の約2時間半前からOdysseyを起動し、Aquariusからの電力供給を終了。誘導・通信・生命維持など、再突入に必要なシステムを復帰させていった。

その後Aquariusも切り離され、3人はOdysseyだけで地球大気へ突入した。

1970年4月17日、3人は太平洋へ帰還した

大気圏再突入中、司令船との通信はいったん途絶える。これはプラズマによる通常の通信ブラックアウトだが、アポロ13号では耐熱シールドの状態が分からなかったため、地上では通信回復を待つ時間そのものが安全確認でもあった。

通信は回復した。

高度約24,000フィートで2個のドローグシュートが開き、続いて高度約10,000フィートで3個のメインパラシュートが展開した。

1970年4月17日、Odysseyは太平洋へ着水した。NASAの記録では飛行時間は142時間54分41秒。着水地点は予測地点から約1マイル、回収艦USS Iwo Jimaから約4マイルだった。

ラヴェル、スワイガート、ヘイズの3人は全員生還した。

月面着陸という当初の目的は達成されなかった。その意味ではApollo 13は失敗したミッションである。一方、重大な宇宙船故障が発生した状態から乗員全員を帰還させたことから、NASA自身も後年このミッションを「successful failure」と表現している。

酸素タンク2番では、なぜ事故が起きたのか

事故直後からNASAは原因調査を開始し、Apollo 13 Review Board(アポロ13号事故調査委員会)が約7週間にわたって、飛行データ、製造記録、地上試験、設計、運用、組織上の問題を調査した。

調査の中心となったのが、サービスモジュールの酸素タンク2番だった。

このタンクでは打ち上げ前の試験時、内部の液体酸素を通常の方法で十分に排出できない問題が発生していた。そのため地上設備の65V電源を使い、内部ヒーターを長時間作動させて酸素を気化させる方法が採られた。

ところが、タンク内部にあるヒーター用サーモスタットスイッチは、本来の宇宙船電源である28Vに対応した仕様のままだった。65Vでスイッチが作動した際に接点が損傷し、ヒーターを正常に停止できなくなった可能性が高いと調査委員会は判断している。

結果としてヒーター周辺は設計想定を大きく超える温度になり、近くにある電線のテフロン絶縁を損傷させたと考えられた。温度計の表示上限が低かったため、この異常な高温は地上試験時には把握されていなかった。

飛行中の4月13日、酸素を攪拌するファンが作動した際、損傷していた配線で短絡が発生し、純酸素に近い環境の中で燃焼が始まった可能性が高い。内圧が上昇して酸素タンク2番が破損し、その影響でサービスモジュール外板や他の酸素系統も損傷した――これが事故調査から再構成された主要な流れである。

ここで注意したいのは、「一つの部品が偶然壊れた」という事故ではなかったことである。

Apollo 13 Review Boardは、事故について、複数のミスと十分な故障許容性を持たない設計が重なった結果だと評価している。製造・取り扱い、設計変更、地上試験、電圧仕様、温度監視、配線絶縁が一つの連鎖を作っていた。

酸素タンク2番が事故へ至るまでの経緯は、第4回で地上試験から順番に詳しく検証する。

事故原因は解明されたのか

大筋では解明されている。

Apollo 13 Review Boardは、サービスモジュールの酸素タンク2番内部で電気的に始まった火災が事故原因である可能性が極めて高いと判断した。事故後の試験でも、損傷した配線、短絡、テフロン絶縁の燃焼、酸素タンクの破壊へ至る仕組みを裏付ける結果が得られている。

ただし、事故の全瞬間を直接観察できたわけではない。宇宙船から得られたテレメトリ、乗員の証言、サービスモジュールの写真、地上再現試験を組み合わせて事故過程を再構成している。

最終報告書も、事故の基本的な性質と最も可能性の高い原因は特定できた一方、個々の出来事について正確な順序・位置・詳細まで完全に確定できない部分が残るとしている。

したがってApollo 13は、「原因不明の宇宙事故」ではない。同時に、事故発生の1秒ごとの物理現象まで直接確認された事故でもない。この2つを分けて理解する必要がある。

事故後、Apollo宇宙船はどう変わったのか

事故調査を受け、NASAはサービスモジュールの酸素貯蔵システムを大きく見直した。

後続ミッションでは酸素系統の冗長性が強化され、酸素タンクや電気系統、温度制御、配線などに変更が加えられた。Apollo 14以降では、同じ故障が単一点から重大な電力喪失へ発展しにくくするための設計変更が実施されている。

事故調査が重視したのは部品だけではない。設計変更が別の部品仕様へどう影響するのか、製造・試験時に発生した異常が飛行安全へどうつながるのかを、組織全体で把握する必要性も指摘された。

Apollo 13は、宇宙飛行士とMission Controlの危機対応能力を示した出来事として知られている。しかし事故調査という視点から見ると、もう一つの側面が見える。高度な宇宙船であっても、小さな仕様不整合や試験時の異常を独立した問題として処理してしまえば、後に大きなシステム事故へつながり得るという点である。

FACT CHECK|アポロ13号で誤解されやすい3点

「宇宙船そのものが爆発した」わけではない

事故の中心は、司令船ではなくサービスモジュールに搭載されていた酸素タンク2番だった。結果としてサービスモジュールは大きく損傷したが、Odysseyの乗員区画そのものが爆発したわけではない。

事故発生時には自由帰還軌道から外れていた

アポロ13号は打ち上げ直後には自由帰還軌道にいたが、フラ・マウロ着陸のため事故以前にハイブリッド軌道へ移っていた。そのため事故後、Aquariusのエンジンを使って自由帰還可能な軌道へ戻す操作が必要だった。

映画で有名な台詞は、実際の通信とは少し違う

広く知られる「Houston, we have a problem」は映画などで定着した表現で、NASAの通信記録に残る実際の報告は過去形の「we’ve had a problem」だった。第10回では、こうした映画『アポロ13』の描写と実際の記録を分けて確認する。

まとめ|Apollo 13は「事故」ではなく「帰還まで」を読む

アポロ13号は1970年4月11日、3回目の有人月面着陸を目指して地球を出発した。しかし4月13日、サービスモジュールの酸素タンク2番で重大な事故が発生し、月面着陸は中止された。

酸素を失ったことで燃料電池による発電も維持できなくなり、司令船Odysseyは最低限の状態まで停止された。3人は月着陸船Aquariusへ移り、そこを救命艇として使用した。

その後に必要だったのは、Aquariusのエンジンによる軌道修正、電力と水の節約、二酸化炭素除去装置の応急改造、誘導・姿勢制御、停止したOdysseyの再起動、そして大気圏再突入だった。1970年4月17日、飛行開始から142時間54分41秒後、3人は太平洋へ帰還した。

一方、事故調査では、酸素タンク2番の設計・取り扱い・地上試験に存在した複数の問題が明らかになった。事故は単純な「不運」ではなく、技術上の弱点と複数の判断が重なって成立したものだった。

だからApollo 13を理解するとき、酸素タンクの爆発だけを見ると全体の半分しか見えない。残りの半分は、壊れた宇宙船、限られた資源、変化する軌道という条件の中で、地上と宇宙の人々が一つずつ問題を解いていった「帰還ミッション」にある。



CASE FILE 14|アポロ13号特集 全10回

  1. 第1回 アポロ13号とは?|月面着陸から「生還ミッション」へ変わった6日間【現在の記事】
  2. 第2回 アポロ13号は何をするはずだったのか|3人の乗員とフラ・マウロ月面着陸計画
  3. 第3回 「Houston, we’ve had a problem」|アポロ13号で酸素タンクが爆発した夜
  4. 第4回 なぜアポロ13号の酸素タンクは爆発したのか|地上試験から事故までを追う
  5. 第5回 月着陸船Aquariusはどう「救命艇」になったのか|壊れたOdysseyからの脱出
  6. 第6回 電力・水・CO2をどう切り詰めたのか|アポロ13号を生かした即席の生命維持策
  7. 第7回 アポロ13号はどう地球へ戻ったのか|月を回る自由帰還軌道とエンジン噴射
  8. 第8回 停止していたOdysseyを再起動せよ|アポロ13号、再突入から太平洋着水まで
  9. 第9回 アポロ13号事故は何を変えたのか|事故調査委員会の結論と酸素タンク再設計
  10. 第10回 映画『アポロ13』はどこまで実話なのか|人物・台詞・Mission Controlを史実と比較

出典・参考資料

  • NASA「Apollo 13 / Apollo 13: Mission Details」
    NASA公式ミッション資料。乗員、打ち上げ、宇宙船、フラ・マウロ計画、事故経緯、帰還時間の確認に使用。
  • NASA「Houston, We’ve Had a Problem」
    NASA History Officeによる飛行時系列。事故直後の状況、自由帰還軌道への復帰、帰還軌道修正の確認に使用。
  • NASA「Apollo 13: The Successful Failure」
    Aquariusの救命艇利用、電力・水不足、水酸化リチウムカートリッジとCO2対策の確認に使用。
  • Report of Apollo 13 Review Board
    NASA Apollo 13 Review Board最終報告書。酸素タンク2番、地上試験、65V電源、サーモスタット、配線絶縁、事故原因と未確定部分の確認に使用。
  • NASA「50 Years Ago: Apollo 13 Review Board Report」
    事故調査の流れ、酸素タンクの製造・試験履歴、事故後の再現試験と設計変更の確認に使用。
  • NASA「Apollo 13 Crew Returns Safely to Earth」
    Odyssey再起動、Aquarius切り離し、パラシュート展開、着水地点、飛行時間の確認に使用。

資料について

本記事はNASAの公式ミッション記録、Apollo 13 Review Boardの事故調査資料、NASA History Officeの解説を中心に照合して構成しています。事故原因については、調査委員会が特定した「最も可能性の高い事故過程」と、テレメトリだけでは完全に確定できない細部を区別しています。映画『アポロ13』は史実の根拠には使用していません。

アポロ13号は何をするはずだったのか|3人の乗員とフラ・マウロ月面着陸計画

宇宙事故

1970年4月11日午後2時13分。フロリダ州ケネディ宇宙センター39A発射台から、1機のSaturn Vロケットが打ち上げられた。

搭乗していたのは、ジム・ラヴェル、ジャック・スワイガート、フレッド・ヘイズの3人。

後に彼らは、酸素タンク事故から生還した「Apollo 13の乗員」として知られることになる。しかし、この時点で3人が目指していたのは地球への生還ではない。

人類3回目の月面着陸だった。

目的地は、Apollo 11や12が着陸した月の「海」とは性格の異なるフラ・マウロ地域。ラヴェルとヘイズは月面へ降り、約33.5時間滞在して地質調査と科学観測装置の設置を行う予定だった。

ではApollo 13は、本来どのようなミッションだったのか。事故が起きる前の計画を確認すると、なぜ月着陸船Aquariusが後に3人を救うことができたのか、そして事故によって何が失われたのかも見えてくる。


CASE FILE 14

アポロ13号特集|全10回

月面着陸へ向かっていたApollo 13は、飛行3日目にサービスモジュールの酸素系統で重大な事故を起こした。この特集では、事故だけではなく、本来の月探査計画から、宇宙船の構造、生命維持、帰還軌道、再突入、事故調査までをNASAの公式記録から追う。

  1. 第1回 アポロ13号とは?|月面着陸から「生還ミッション」へ変わった6日間
  2. 第2回 アポロ13号は何をするはずだったのか|3人の乗員とフラ・マウロ月面着陸計画【現在の記事】
  3. 第3回 「Houston, we’ve had a problem」|アポロ13号で酸素タンクが爆発した夜
  4. 第4回 なぜアポロ13号の酸素タンクは爆発したのか|地上試験から事故までを追う
  5. 第5回 月着陸船Aquariusはどう「救命艇」になったのか|壊れたOdysseyからの脱出
  6. 第6回 電力・水・CO2をどう切り詰めたのか|アポロ13号を生かした即席の生命維持策
  7. 第7回 アポロ13号はどう地球へ戻ったのか|月を回る自由帰還軌道とエンジン噴射
  8. 第8回 停止していたOdysseyを再起動せよ|アポロ13号、再突入から太平洋着水まで
  9. 第9回 アポロ13号事故は何を変えたのか|事故調査委員会の結論と酸素タンク再設計
  10. 第10回 映画『アポロ13』はどこまで実話なのか|人物・台詞・Mission Controlを史実と比較

Apollo 13は「3回目の月面着陸」になるはずだった

1969年7月、Apollo 11によって人類は初めて月面へ到達した。その約4か月後にはApollo 12も月面着陸に成功している。

Apollo 13は、この2回に続く人類3回目の有人月面着陸ミッションとして計画されていた。

ただし、単に「もう一度月へ行く」ことが目的だったわけではない。

Apollo計画は、最初の着陸成功から徐々に科学探査の比重を高めていた。Apollo 11では「人間が月へ着陸し、安全に地球へ帰還できること」の実証が最優先だったのに対し、Apollo 13では月面での地質調査や長期間観測する科学機器の設置が大きな目的になっていた。

項目 Apollo 13の計画
ミッション 有人月面着陸
打ち上げ 1970年4月11日
ロケット Saturn V AS-508
月面着陸予定地 フラ・マウロ地域
予定ミッション期間 約10日間
月面滞在予定 約33.5時間
船外活動 約4時間×2回
主な月面活動 地質調査、試料採取、ALSEP設置

NASAの計画資料では、Apollo 13の主要目的としてフラ・マウロ地域の地質調査、試料採取、Apollo Lunar Surface Experiments Package(ALSEP)の設置、月面で人間が作業する能力の向上などが挙げられていた。

事故が起こらなければ、Apollo 13は「遭難した宇宙船」としてではなく、月の地質を詳しく調べた科学探査ミッションとして記録されていた可能性が高い。

なぜ着陸地点はフラ・マウロだったのか

Apollo 13が目指したフラ・マウロは、月の「フラ・マウロ形成層(Fra Mauro Formation)」と呼ばれる地域にある。

ここが選ばれた最大の理由は、月の巨大な衝突地形であるインブリウム盆地の形成過程を調べる手掛かりが得られると考えられていたためだった。

巨大な天体が月へ衝突して盆地を形成すると、地下にあった岩石や土砂が広範囲へ飛散する。フラ・マウロには、インブリウム盆地形成時に放出された物質が大量に堆積していると考えられていた。

そこから岩石を採取して地球へ持ち帰れば、単に着陸地点周辺の地質だけではなく、月の大規模な衝突史を調べる材料になる。

Apollo 11と12の成功によって「月へ降りる」こと自体の経験が蓄積されたからこそ、Apollo 13ではより科学的価値の高い場所へ踏み込む計画が立てられた。

目標の一つはCone Crater周辺の地質だった

フラ・マウロで特に重要だった地点の一つが、Cone Craterと呼ばれる比較的新しいクレーターだった。

クレーターが形成される際には、地下の物質が掘り起こされて周囲へ飛び散る。そのためクレーター周辺を調査すると、地表を深く掘削しなくても地下由来の岩石を採取できる可能性がある。

ラヴェルとヘイズは月面を歩き、地形を観察しながら岩石や土壌を採取する訓練を繰り返していた。

NASAは地質学者を訓練へ参加させ、ハワイ島の火山地帯などでもフィールドワークを実施している。宇宙飛行士は単に岩を拾うのではなく、周囲の地形との関係を観察し、どの位置から何を採取したのかを記録する「地質調査員」としての能力も求められていた。

このフラ・マウロ計画はApollo 13の事故によって中止されたが、着陸地点そのものが放棄されたわけではない。翌1971年、Apollo 14がほぼ同じフラ・マウロ地域へ着陸し、Apollo 13が予定していた科学探査の一部を引き継ぐことになる。

月面では約33.5時間滞在する予定だった

ラヴェルとヘイズの計画では、Aquariusで月面へ着陸した後、約33.5時間を月面で過ごす予定だった。

その間に予定されていた船外活動は2回。それぞれ約4時間である。

第1回の船外活動では、月着陸船周辺で科学観測装置を設置することが主要な作業の一つだった。

設置予定だったApollo Lunar Surface Experiments Package、略してALSEPは、宇宙飛行士が月を離れた後も自動で観測を続けるための科学機器群である。

Apollo 13用のALSEPには、主に次のような実験装置が含まれていた。

実験 調べるもの
Passive Seismic Experiment 月震や衝突による振動
Heat Flow Experiment 月内部から地表へ流れる熱
Charged Particle Lunar Environment Experiment 月面へ到達する陽子・電子などの荷電粒子
Cold Cathode Gauge Experiment 極めて薄い月周辺の気体環境
Lunar Dust Detector 装置表面への月の塵の堆積など

さらに地質試料採取、写真撮影、太陽風粒子を集める実験なども予定されていた。

Apollo 13の月面着陸が中止されたことで失われたのは、単なる「月へ降りる記録」ではない。こうした科学観測と地質試料そのものが得られなくなった。

3人には、それぞれまったく違う役割があった

Apollo宇宙船は3人が同じ仕事をする乗り物ではない。

月面着陸ミッションでは、船長、司令船操縦士、月着陸船操縦士に役割が明確に分けられていた。

船長|ジム・ラヴェル

Commander(船長)を務めたのがジェームズ・A・“ジム”・ラヴェル Jr.である。

Apollo 13はラヴェルにとって4回目の宇宙飛行だった。

1965年のGemini 7、1966年のGemini 12を経験し、1968年にはApollo 8の司令船操縦士として月まで飛行している。

Apollo 8は、人間が初めて地球周回軌道を離れ、月を周回したミッションだった。つまりApollo 13の時点でラヴェルは、3人の中で唯一、実際に月まで飛んだ経験を持つ宇宙飛行士だった。

Apollo 13ではAquariusを操縦して月面へ降り、ヘイズとともに地質調査を行う予定だった。

月着陸船操縦士|フレッド・ヘイズ

Lunar Module Pilot(月着陸船操縦士)はフレッド・W・ヘイズ Jr.

Apollo 13が初めての宇宙飛行だった。

月着陸船Aquariusの各システムを担当するとともに、月面着陸後はラヴェルと一緒に船外へ出て、地質調査、試料採取、ALSEPの設置を行うことになっていた。

事故後には、この月着陸船に関する知識が別の意味を持つことになる。月へ降りるためのAquariusが、3人の生命を維持する宇宙船へ役割を変えるためである。

司令船操縦士|ジャック・スワイガート

Command Module Pilot(司令船操縦士)はジョン・L・“ジャック”・スワイガート Jr.

スワイガートもApollo 13が初飛行だった。

月着陸が予定どおり進んだ場合、ラヴェルとヘイズがAquariusで月面へ降りている間、スワイガートは1人で司令・機械船Odysseyに残り、月周回軌道を飛び続ける。

そこで宇宙船の管理を行うだけではなく、月面の地質観測や、将来のApolloミッションで着陸候補となる地域の写真撮影などを行う計画だった。

そして月面活動を終えたラヴェルとヘイズがAquariusで月周回軌道へ戻ると、Odysseyと再びランデブー・ドッキングして3人で地球へ帰還する。

ところがスワイガートは、本来の乗員ではなかった

ここにApollo 13の出発前から知られていた大きな変更がある。

もともと司令船操縦士として飛ぶ予定だったのは、スワイガートではなくトーマス・“ケン”・マッティングリーだった。

Apollo 13の当初の主乗員は、

  • ジム・ラヴェル
  • ケン・マッティングリー
  • フレッド・ヘイズ

の3人である。

状況が変わったのは打ち上げの約3週間前だった。

バックアップクルーの月着陸船操縦士チャールズ・デュークが、風疹(German measles / rubella)に感染した。

デュークは発症する前まで主乗員・バックアップ乗員と訓練や会議を行っていたため、他の宇宙飛行士も感染している可能性が生じた。

NASAは血液検査を行った。

ラヴェルとヘイズには免疫が確認された。バックアップクルーのジョン・ヤングとスワイガートにも免疫があった。

しかしマッティングリーには、風疹に対する免疫が確認できなかった。

「発症したから交代」ではなかった

ここはApollo 13で誤解されやすい点である。

マッティングリー本人が風疹を発症していたわけではない。

問題だったのは、感染していた場合に、症状が現れる時期だった。

NASAの医療担当者は、感染していれば月周回軌道へ到達するころに発熱、発疹、頭痛などの症状が出る可能性を懸念した。

司令船操縦士は、他の2人が月面にいる間、1人でOdysseyを運用する。さらに月面から戻るAquariusとのランデブー・ドッキングなど、失敗できない操作を担当する。

その時期に体調を崩すリスクは受け入れにくかった。

NASA内部では、打ち上げを次の機会まで延期する案も検討された。しかし最終的には、マッティングリーを地上に残し、バックアップ司令船操縦士だったスワイガートを飛ばすことになった。

決定が公式に発表されたのは1970年4月10日、打ち上げ前日だった。

スワイガートは「急に連れてこられた代役」ではない

打ち上げ前日の交代という事実だけを見ると、スワイガートがほとんど準備なしでApollo 13に乗ったようにも見える。

実際にはそうではない。

Apollo計画では主乗員とは別にバックアップクルーが設定され、必要な場合に交代できるよう同じミッションについて訓練を行っていた。

Apollo 13のバックアップクルーは、

  • 船長:ジョン・ヤング
  • 司令船操縦士:ジャック・スワイガート
  • 月着陸船操縦士:チャールズ・デューク

だった。

スワイガートは司令船システムに関する訓練を受けており、NASAの記録によれば、司令船の故障時手順の作成にも深く関わっていた。

交代決定後にはラヴェル、ヘイズとシミュレーターによる集中訓練を行い、3人で複雑な操作を実行できることを確認したうえで飛行している。

したがって「まったく訓練していない人物が前日に選ばれた」のではない。

ただし、長期間一緒に訓練してきたラヴェル、マッティングリー、ヘイズの組み合わせが、打ち上げ直前に変わったことは事実だった。

3人を月へ運ぶ宇宙船は、実際には複数の機体からできていた

Apollo 13を理解するとき、「Apollo 13という1機の宇宙船」と考えると、事故後の状況が分かりにくくなる。

月へ向かう宇宙船は、役割の異なる複数のモジュールを組み合わせた構造だった。

機体 名称 本来の役割
Command Module Odyssey 3人が搭乗する司令船。地球大気へ再突入する唯一の部分
Service Module 電力、酸素、水、推進系などを司令船へ供給
Lunar Module Aquarius 2人を月面へ降ろし、月周回軌道へ戻す

司令船Odysseyは円錐形の部分で、打ち上げ時から帰還まで乗員が使用する中心的な船だった。地球へ戻る際には耐熱シールドを使って大気圏へ再突入する。

その後方にはService Module(サービスモジュール)が接続されていた。

ここには主エンジンだけではなく、酸素タンク、水素タンク、燃料電池など、長期間の飛行に必要な設備が集められていた。

そして月面着陸専用のAquariusは、地球へ帰還する宇宙船ではない。本来は月周回軌道から月面まで往復するための機体だった。

この役割分担が、飛行3日目の事故によって崩れる。

事故が起きるのはOdysseyの乗員区画ではなく、後方のサービスモジュールにある酸素系統だった。そのため司令船の電力・酸素供給能力が失われ、逆に本来は月面でしか長時間使用しないはずだったAquariusが生命維持の中心になる。

第5回で扱う「月着陸船を救命艇として使う」という対応は、このApollo宇宙船特有の構成があったから可能になった。

Saturn VはどのようにApollo 13を月へ送り出したのか

Apollo 13を地球から打ち上げたのは、NASAの大型ロケットSaturn Vだった。

Apollo 13で使用された機体番号はAS-508。

Saturn Vは3段式で、打ち上げ後に各段を順番に使用して速度と高度を上げていく。

まずApollo宇宙船を地球周回軌道へ投入し、その後、第3段S-IVBを再点火して月へ向かう速度まで加速する。これはTrans-Lunar Injection、略してTLIと呼ばれる。

月へ向かう軌道へ入った後、OdysseyはS-IVBから分離する。そして機体を反転させ、ロケット上部に格納されていたAquariusとドッキングして引き出す。

ここからOdyssey、Service Module、Aquariusの組み合わせで月まで飛行する。

またApollo 13では、役目を終えたS-IVBを太陽周回軌道へ送るのではなく、月面へ意図的に衝突させる計画が採用された。

衝突によって発生する振動を、すでに月面に設置されていたApollo 12の地震計で観測するためである。

ロケットの使用済み段階さえ、月内部を調べる人工的な震源として利用しようとしていた。

打ち上げ5分半後、すでに最初の異常は起きていた

1970年4月11日午後2時13分、Apollo 13はLaunch Pad 39Aから打ち上げられた。

しかし飛行は最初から完全に予定どおりだったわけではない。

離陸から約5分半後、Saturn V第2段S-IIの中央エンジンが予定より約2分早く停止した。

このため残った4基のエンジンを予定より約34秒長く燃焼させ、さらに第3段S-IVBも約9秒長く燃焼させることで不足分を補った。

結果としてApollo 13は必要な地球周回軌道へ到達し、その後の月へ向かう飛行も継続できた。

この打ち上げ時のエンジン停止と、2日後に起きる酸素タンク事故は別の問題である。

後からApollo 13の経過を知ると「最初から異常続きだった」と一本の線で結びたくなるが、事故原因を考える場合には、独立した出来事を後知恵で関連付けないことが重要になる。

月面着陸まで、どんな流れになる予定だったのか

事故がなかった場合のApollo 13は、おおまかに次のように進む予定だった。

段階 予定されていた内容
1 Saturn Vで地球周回軌道へ
2 S-IVB再点火で月遷移軌道へ
3 OdysseyとAquariusをドッキング
4 月周回軌道へ投入
5 ラヴェル、ヘイズがAquariusへ移動
6 AquariusがOdysseyから分離
7 フラ・マウロへ月面着陸
8 2回の船外活動・地質調査・ALSEP設置
9 Aquariusの上昇段で月面を離脱
10 月周回中のOdysseyとランデブー
11 3人でOdysseyへ移動し地球へ帰還

この設計では、Aquariusは一時的にOdysseyから離れ、2人を月面へ運ぶ。

一方、Odysseyはスワイガート1人を乗せたまま月周回軌道に残る。

つまりApollo 13の3人は、月付近では同じ宇宙船に乗り続ける予定ではなかった。

ところが実際には、酸素タンク事故によって正反対の状況になる。3人全員がAquariusへ集まり、Odysseyをほぼ停止させなければならなくなる。

なぜ事故後、月面着陸を強行できなかったのか

「Aquariusは無事だったのだから、そのまま月へ降りることはできなかったのか」という疑問も生まれる。

しかし月面着陸は、月着陸船だけで完結する作業ではない。

月面から帰還した後にはOdysseyとドッキングし、地球まで帰らなければならない。ところが酸素タンク事故によって、Odysseyを支えるサービスモジュールの電力・酸素系統は急速に失われていった。

しかもAquariusが持つ酸素、電力、水、推進剤は、本来の月着陸だけを想定して搭載された有限の資源である。

NASAに残された合理的な選択肢は、月面着陸を続行することではなかった。

Aquariusの資源をすべて、3人を地球へ戻すために使うことだった。

事故によって失われたのは「月面へ降りるチャンス」だけではない。Apollo 13というミッションそのものの目的が、その瞬間から完全に書き換えられた。

FACT CHECK|Apollo 13の出発前に誤解されやすいこと

スワイガートは最初からApollo 13の主乗員だった?

違う。

本来の司令船操縦士はケン・マッティングリーだった。打ち上げ直前、風疹感染の可能性を考慮して地上に残され、バックアップ司令船操縦士だったスワイガートと交代した。

マッティングリーは風疹を発症した?

発症していない。

検査で免疫が確認できず、潜伏期間を考えると月周回中に発症する可能性を排除できなかったため、医学的リスクを考慮して交代となった。

フラ・マウロ計画はApollo 13の事故で消滅した?

消滅していない。

Apollo 13では中止されたが、着陸地点はApollo 14へ引き継がれた。1971年、アラン・シェパードとエドガー・ミッチェルがフラ・マウロへ着陸して地質調査を行っている。

打ち上げ時の第2段エンジン停止が酸素タンク事故につながった?

NASAの事故調査では、そのような因果関係は示されていない。

酸素タンク事故はサービスモジュールの酸素タンク2番と、その製造・取り扱い・地上試験・電気系統に関係する問題として調査された。打ち上げ時のS-II中央エンジン早期停止とは分けて考える必要がある。

まとめ|Apollo 13は「月へ行くだけ」のミッションではなかった

Apollo 13は、人類3回目の月面着陸を目的として1970年4月11日に打ち上げられた。

目的地のフラ・マウロでは、ジム・ラヴェルとフレッド・ヘイズが約33.5時間滞在し、2回の船外活動によって地質調査、岩石・土壌の採取、ALSEPの設置などを行う予定だった。

司令船操縦士は当初ケン・マッティングリーだったが、風疹感染のリスクから打ち上げ前日にジャック・スワイガートへの交代が発表された。

宇宙船は司令船Odyssey、サービスモジュール、月着陸船Aquariusという役割の異なる部分から構成されていた。通常の計画では、Aquariusはラヴェルとヘイズだけを月面へ運び、スワイガートはOdysseyで月を周回するはずだった。

その構造が、2日後にはまったく異なる使われ方をする。

月面へ降りるために積まれたAquariusの酸素、電力、生命維持装置、エンジンが、3人を生かして地球へ戻すために使われることになるからである。

1970年4月13日、打ち上げから約56時間。

Apollo 13の目的を「月面着陸」から「生還」へ変える異常が、サービスモジュールで発生する。



CASE FILE 14|アポロ13号特集 全10回

  1. 第1回 アポロ13号とは?|月面着陸から「生還ミッション」へ変わった6日間
  2. 第2回 アポロ13号は何をするはずだったのか|3人の乗員とフラ・マウロ月面着陸計画【現在の記事】
  3. 第3回 「Houston, we’ve had a problem」|アポロ13号で酸素タンクが爆発した夜
  4. 第4回 なぜアポロ13号の酸素タンクは爆発したのか|地上試験から事故までを追う
  5. 第5回 月着陸船Aquariusはどう「救命艇」になったのか|壊れたOdysseyからの脱出
  6. 第6回 電力・水・CO2をどう切り詰めたのか|アポロ13号を生かした即席の生命維持策
  7. 第7回 アポロ13号はどう地球へ戻ったのか|月を回る自由帰還軌道とエンジン噴射
  8. 第8回 停止していたOdysseyを再起動せよ|アポロ13号、再突入から太平洋着水まで
  9. 第9回 アポロ13号事故は何を変えたのか|事故調査委員会の結論と酸素タンク再設計
  10. 第10回 映画『アポロ13』はどこまで実話なのか|人物・台詞・Mission Controlを史実と比較

出典・参考資料

  • NASA「Apollo 13: Mission Details」
    Apollo 13の目的、乗員、バックアップクルー、Odyssey、Aquarius、Saturn V、打ち上げ日時の確認に使用。
  • “`

  • NASA「Apollo 13 One Month to Launch」
    約10日間のミッション計画、フラ・マウロ着陸、2回の船外活動、月周回軌道からの写真観測計画の確認に使用。
  • NASA「Apollo 13 Two Months from Launch」
    月面約33.5時間滞在、ALSEP、地質調査、月面活動訓練の確認に使用。
  • NASA「Apollo 13 Lunar Surface Procedures」
    フラ・マウロで予定されていた地質調査、ALSEP、月面科学実験、船外活動計画の確認に使用。
  • NASA「Apollo 13 and German Measles」
    チャールズ・デュークの風疹、乗員の免疫検査、マッティングリーからスワイガートへの交代経緯の確認に使用。
  • NASA「Apollo 13 Off to the Moon」
    1970年4月11日の打ち上げ、Saturn V、Mission Controlへの管制移行などの確認に使用。
  • NASA「Apollo 13 Mission Report」
    正式な乗員構成、打ち上げ時刻、ミッション目的と飛行計画の照合に使用。
  • “`

資料について

本記事はNASAのApollo 13ミッション資料、月面活動手順書、Mission Report、NASA History Officeの記録を中心に構成しています。事故後の出来事については、第3回以降との重複を避けるため、本記事では本来の月面着陸計画を理解するために必要な範囲だけ扱っています。

ケン・マッティングリーについては「風疹に感染・発症した」とは記述していません。NASA記録では、風疹への曝露後に免疫が確認できず、飛行中に発症するリスクを考慮して交代したとされています。

「Houston, we’ve had a problem」|アポロ13号で酸素タンクが爆発した夜

宇宙事故

1970年4月13日。

Apollo 13の飛行は、事故の直前まで大きな危機を感じさせるものではなかった。

ジム・ラヴェル、ジャック・スワイガート、フレッド・ヘイズの3人は、月へ向かう宇宙船からテレビ中継を行った。その後は、Mission Controlから指示された機器点検やタンク内の攪拌など、通常の作業へ戻っていた。

そして、打ち上げから55時間54分53秒ごろ。

宇宙船内部に、鈍い衝撃音が響いた。

警報灯が点灯し、電圧が低下する。コンピューターが再起動し、燃料電池に異常が現れ、酸素タンクの計器は理解しにくい値を示し始めた。

それでも、この瞬間には宇宙飛行士もHoustonの管制官も、宇宙船の後方で何が起きたのかをまだ知らない。

55時間55分20秒。

ジャック・スワイガートが地上へ報告した。

「Okay, Houston, we’ve had a problem here.」

後にApollo 13を象徴する言葉となる通信だった。

しかし本当に深刻だったのは、この台詞ではない。

その後の数分間で、NASAはApollo 13が生命維持と発電に必要な酸素を失いつつあることに気づいていく。

月面着陸ミッションが「3人を地球へ帰すミッション」へ変わった夜を、NASAに残された時刻記録から追う。


CASE FILE 14

アポロ13号特集|全10回

  1. 第1回 アポロ13号とは?|月面着陸から「生還ミッション」へ変わった6日間
  2. 第2回 アポロ13号は何をするはずだったのか|3人の乗員とフラ・マウロ月面着陸計画
  3. 第3回 「Houston, we’ve had a problem」|アポロ13号で酸素タンクが爆発した夜【現在の記事】
  4. 第4回 なぜアポロ13号の酸素タンクは爆発したのか|地上試験から事故までを追う
  5. 第5回 月着陸船Aquariusはどう「救命艇」になったのか|壊れたOdysseyからの脱出
  6. 第6回 電力・水・CO2をどう切り詰めたのか|アポロ13号を生かした即席の生命維持策
  7. 第7回 アポロ13号はどう地球へ戻ったのか|月を回る自由帰還軌道とエンジン噴射
  8. 第8回 停止していたOdysseyを再起動せよ|アポロ13号、再突入から太平洋着水まで
  9. 第9回 アポロ13号事故は何を変えたのか|事故調査委員会の結論と酸素タンク再設計
  10. 第10回 映画『アポロ13』はどこまで実話なのか|人物・台詞・Mission Controlを史実と比較

事故の直前、Apollo 13では何をしていたのか

飛行3日目のApollo 13では、事故の直前まで通常の作業が続いていた。

ラヴェル、スワイガート、ヘイズは約49分間のテレビ中継を終えたばかりだった。

月着陸船Aquariusや司令船Odysseyの内部を紹介し、月へ向かう飛行の様子を地上へ伝えていた。

中継が終わると、Mission Controlは乗員へいくつかの通常作業を指示した。

その一つが、サービスモジュールにある極低温酸素・水素タンクの攪拌だった。

Apollo宇宙船では酸素と水素を極低温の液体としてタンクに保存している。無重力環境では内部の液体と気体の状態が均一にならず、量を測るセンサーの値が正確でなくなることがある。

そこでタンク内部のファンを回し、内容物を攪拌して計器の読みを安定させる。

特殊な緊急操作ではない。

通常運用の一部だった。

ところが、この操作の直後から計器に異常が現れ始める。

55:52:58|Mission Controlが「タンクを攪拌して」と指示する

NASAの事故詳細時系列では、打ち上げから55時間52分58秒。

HoustonのCapCom、ジャック・ラウスマがApollo 13へ連絡した。

いくつかの作業指示とともに、極低温タンクを攪拌するよう乗員へ伝える。

スワイガートは指示を受け、酸素タンクと水素タンクのファンを作動させる操作に入った。

55時間53分18秒、酸素タンク1番のファンが作動。

その約2秒後には、酸素タンク2番のファンも作動した。

このころからNASAのテレメトリには、後から見れば異常の始まりと分かる変化が記録されている。

酸素タンク2番の圧力変動、電気系統の瞬間的な変動、燃料電池電流の変化。

しかし、その場でこれらが一つの重大事故へつながっていると判断することはできなかった。

55:54:30|酸素タンク2番の値がおかしくなる

ファン作動から約1分後。

酸素タンク2番の計器値は、さらに不自然な挙動を示していた。

NASAの詳細記録では55時間54分30秒、タンク2番の量を示す計器が一時的に大きく変化する。

続いて温度も上昇し始めた。

酸素タンクから3基の燃料電池へ送られる酸素流量も低下していく。

そして55時間54分51秒ごろには、酸素量センサーの値が測定範囲を超え、その後急速に低下している。

この時点でも、乗員が見ているのは計器の異常である。

サービスモジュール内部の酸素タンクは、司令船の窓から直接見ることができない。

何が起きているのかは、限られたセンサーと宇宙船の反応から推測するしかなかった。

55:54:53|機体に衝撃が走った

事故時系列の決定的な変化は、打ち上げから55時間54分53秒付近に集中している。

宇宙船の加速度センサーが突然大きな動きを記録し、姿勢制御系にも変化が現れた。

酸素タンク1番の圧力も低下。

電気系統ではMain Bus Bの低電圧警報が作動した。

乗員側では、宇宙船全体に響くような大きな音と振動を感じていた。

このときラヴェルとスワイガートは司令船Odysseyにおり、ヘイズは月着陸船Aquarius側にいた。

3人とも異常を感じた。

ただし、NASAの事故調査によって「酸素タンク2番が事故の中心だった」と特定されるのは後の話である。

その瞬間のApollo 13から見えていたのは、複数の警報と計器異常だけだった。

「Houston, we’ve had a problem here」

55時間55分20秒。

スワイガートがMission Controlへ第一報を送った。

「Okay, Houston, we’ve had a problem here.」

CapComのラウスマが聞き返す。

その後ラヴェルが、Main B Busで低電圧が発生したことを説明した。

映画『アポロ13』などによって「Houston, we have a problem」という現在形の表現が広く知られているが、NASAの通信記録に残る実際の言葉は「we’ve had a problem」だった。

しかも最初にこの言葉を発したのはラヴェルではなく、スワイガートである。

Main B Bus Undervoltとは何だったのか

ラヴェルが報告した「Main B Bus Undervolt」は、単に一つの機器の電池残量が少なくなったという意味ではない。

ApolloのCommand and Service Moduleには、主要な直流電力を各機器へ配る電源バスがある。

簡単に言えば、宇宙船内部の多数の装置へ電力を分配する主幹電源ラインである。

Main Bus B Undervoltは、その系統の電圧が規定値を下回ったことを示す警報だった。

電圧低下だけなら、一時的な負荷変動や電気系統の問題という可能性もある。

しかしApollo 13では、その背後で燃料電池と酸素供給系統が同時に失われ始めていた。

なぜ「酸素の事故」が電力事故になるのか

Apollo 13の異常を理解するためには、酸素タンクと電力の関係が重要になる。

Command and Service Moduleの主要電力源は燃料電池だった。

燃料電池では、サービスモジュールに搭載した水素と酸素を化学反応させて電力を作る。

概念的には、

水素 + 酸素 → 電気 + 水

という関係になる。

したがって酸素は、宇宙飛行士が呼吸するためだけに必要だったわけではない。

燃料電池へ酸素を供給できなくなれば、

  • 電力を作れない
  • 副生成物として得られる水も作れない

という問題が同時に発生する。

一つの酸素系統の故障が、生命維持、発電、水という複数の資源問題へ波及する。

これがApollo 13を単純な「酸素漏れ」で終わらせなかった理由だった。

55:55〜55:58|Mission Controlにも異常値が並び始める

スワイガートから第一報を受けたMission Controlでは、各担当管制官がそれぞれのテレメトリを確認していた。

問題は、計器の一部が故障によって不自然な値を示していたことである。

酸素タンク2番の圧力は測定下限側へ振り切れ、量の表示も信頼できない状態になった。

燃料電池1番と3番への酸素流量も低下する。

電圧警報は一度回復したように見えた後、再び低下した。

コンピューターの再起動も起きていた。

もし一つのセンサーだけがおかしいのであれば、センサー故障かもしれない。

しかし、

  • 電源
  • 燃料電池
  • 酸素タンク
  • 姿勢
  • 通信

という別々の系統で異常が重なっていた。

Mission Controlは、「表示がおかしい」のではなく、宇宙船そのものに重大な故障が発生した可能性を考え始める。

乗員は最初、司令船と月着陸船のハッチを閉じようとした

大きな音を聞いた直後、乗員はOdysseyとAquariusをつなぐトンネルのハッチを閉鎖しようとした。

もし月着陸船側で何かが破裂したり、船内から空気が漏れていたりするなら、区画を分離することで司令船を守れる可能性がある。

つまり乗員側でも、この時点では異常の発生場所を特定できていない。

ハッチはうまく固定できなかったが、その後、船内気圧が急速に失われているわけではないことが分かる。

問題は客室の空気漏れではなかった。

窓の外に「何か」が流れていた

事故から十数分後。

決定的な観察をしたのはラヴェルだった。

窓の外を見ると、宇宙船後方から大量の物質が宇宙空間へ放出されているのが見えた。

ラヴェルはHoustonへ、何かが船外へ流出していると報告する。

ガスのように見えた。

これは、計器上の異常だけでは説明できない。

宇宙船から実際に何かが失われ続けている。

後の調査で、サービスモジュールの酸素タンク2番が破損し、その事故によって酸素タンク1番へつながる系統にも損傷が生じたことが分かる。

最後に残った酸素タンク1番の圧力も下がり続けていた。

Mission Controlにとって、本当の時間制限が見え始めた。

燃料電池1番と3番が失われた

酸素供給が断たれた燃料電池1番と3番は、配管内部に残っていた酸素を使いながら短時間だけ発電を続けた。

しかし、その酸素もなくなる。

2基の燃料電池は発電能力を失った。

残ったのは燃料電池2番だけだった。

だが、その燃料電池2番も酸素タンク1番から供給を受けている。

タンク1番の圧力は下がり続けていた。

NASAのMission Reportによれば、燃料電池2番も事故から約2時間後には停止することになる。

つまりMission Controlが見ていたのは、

「電力が少ない宇宙船」ではなく、「まもなく通常の発電能力そのものを失う宇宙船」

だった。

司令船Odysseyを使い続けることができなくなった

Odysseyには大気圏再突入用のバッテリーが搭載されていた。

しかし、ここでその電力を使い切ることはできない。

地球へ戻る最後の数時間には、Odysseyを再起動し、誘導、通信、生命維持、再突入に必要なシステムを作動させなければならないからである。

サービスモジュールからの通常電力が失われるなら、Odysseyを可能な限り早く停止し、再突入用バッテリーを保存する必要がある。

そこで、それまで「月へ降りる宇宙船」だったAquariusが急浮上する。

Aquariusには独立した、

  • 電力
  • 酸素
  • 生命維持装置
  • 通信
  • 誘導装置
  • 推進エンジン

があった。

本来は2人を短期間月面へ運ぶための設備である。

しかし、残された宇宙船の中で3人を生かし続けられる可能性があるのはAquariusしかなかった。

事故から約90分、「LM lifeboat」という言葉が現れる

事故発生から約90分。

酸素タンク1番の量がゼロへ向かって下がり続けるなか、Houstonから乗員へ方針が伝えられる。

Mission Controlは、月着陸船を「lifeboat(救命艇)」として使うことを考え始めていた。

管制官はAquariusを可能な限り早く起動し、通信、誘導、生命維持装置を確立するための手順作成に入った。

一方でOdysseyは、電力を温存するため停止へ向かう。

Apollo 13 Mission Reportでは、司令船は飛行開始から約58時間40分の時点でパワーダウンされ、月着陸船が地球帰還に必要な電力と消耗品を供給する状態へ移ったと記録されている。

月面着陸は、この時点で終わった

フラ・マウロへの月面着陸を続ける余地は、すでになかった。

Apollo 13はサービスモジュールの酸素を失い、司令船の主要電源も維持できない。

Aquariusに残された電力、酸素、水、推進剤を月面着陸へ使えば、3人を地球へ戻すための資源がなくなる。

さらに、地球へ戻るためには軌道そのものも修正しなければならなかった。

第2回で触れたように、Apollo 13はフラ・マウロへ着陸するため、すでに通常の自由帰還軌道から外れていた。

つまり「月面着陸をやめる」と決めただけでは帰れない。

残されたAquariusの降下用エンジンを使って、宇宙船全体を再び地球へ戻れる軌道へ移す必要があった。

事故発生時の課題は、わずか数時間のうちに、

  1. 酸素漏れの把握
  2. 電力喪失への対応
  3. Odysseyの停止
  4. Aquariusの起動
  5. 生命維持の移行
  6. 帰還軌道の再構築

へ拡大していた。

この時点でApollo 13は、完全に別のミッションになっていた。

事故発生直後の時系列

飛行時間(GET) 主な出来事
55:52:58 Mission Controlが極低温タンクの攪拌を指示
55:53:18 酸素タンク1番ファン作動
55:53:20 酸素タンク2番ファン作動
55:54:30 酸素タンク2番の量・温度などに異常な変化
55:54:53 機体に大きな異常。加速度変化、Main Bus B低電圧警報などが発生
55:55:20 スワイガートが「Houston, we’ve had a problem here」と報告
55:55:35 ラヴェルがMain B Bus Undervoltを報告
事故後数分 燃料電池1・3、酸素タンク、電源など複数系統の異常が明確になる
事故後約13分 ラヴェルが窓外へのガス状物質の放出を確認
事故後約90分 Mission ControlがAquariusを救命艇として使う方針へ移行
約58:40 Odysseyを大幅にパワーダウンし、Aquariusを生命維持の中心へ

その瞬間、NASAは事故原因を知っていたのか

知らなかった。

これは重要な点である。

現在では「酸素タンク2番の事故」と分かっているため、55時間54分53秒以前の計器変化を見れば原因へ向かって一本の線を引くことができる。

しかし当時のMission Controlには、事故後に作成された詳細な時系列も、分解調査も、地上再現試験も存在しない。

利用できるのは、宇宙船から送られてくるテレメトリと乗員の報告だけだった。

しかも事故によってセンサー自体も故障し、一部は測定範囲外の値を示している。

Mission Controlが最初に行わなければならなかったのは、「事故原因を完全に解明すること」ではない。

残っている機能を確認し、これ以上何を失うのかを予測し、3人が生存できる構成へ宇宙船を切り替えることだった。

FACT CHECK|「Houston, we have a problem」は実際に言われた?

一般に知られている表現と、実際の通信には違いがある。

映画などで有名な表現

“Houston, we have a problem.”

NASAの通信記録

最初にスワイガートが、

“Okay, Houston, we’ve had a problem here.”

と報告した。

Houstonが聞き返した後、ラヴェルも、

“Houston, we’ve had a problem.”

と報告している。

意味として大きく異なるわけではないが、史実として区別するなら、実際の通信は過去完了形の「we’ve had」だった。

映画『アポロ13』でどのように変更されたのかは、第10回で詳しく扱う。

この夜に本当に起きていたこと

事故直後の乗員から見れば、最初に起きたのは「大きな音と電圧警報」だった。

Mission Controlから見れば、「複数のテレメトリが突然おかしくなった」ことだった。

しかし後の事故調査から振り返ると、サービスモジュールでは、より重大な連鎖が進んでいた。

酸素タンク2番内部で異常が発生し、タンクが破損。

その影響によってサービスモジュールの構造と酸素系統も損傷した。

酸素タンク1番からも酸素が失われる。

燃料電池へ酸素を供給できなくなる。

発電能力が失われる。

Odysseyを通常状態で使い続けられなくなる。

そしてAquariusが救命艇になる。

事故から数時間のうちに、この連鎖はほぼ不可逆になっていた。

まとめ|一つの警報が「帰還ミッション」へ変わるまで

1970年4月13日、Apollo 13では通常作業として極低温酸素タンクの攪拌が行われた。

その直後から酸素タンク2番の圧力、温度、量、電気系統に異常が現れ、55時間54分53秒ごろに宇宙船へ大きな衝撃が発生した。

約27秒後、ジャック・スワイガートがHoustonへ「we’ve had a problem」と報告する。

しかし、その時点ではまだ事故の全体像は見えていなかった。

時間が進むにつれ、燃料電池1番と3番を失い、酸素タンク1番の圧力も低下。ラヴェルは窓から宇宙空間へガスが流出しているのを確認した。

司令船Odysseyの通常電力は維持できない。

月面着陸は中止。

そしてMission Controlは、月着陸船Aquariusを「救命艇」として使う方針へ切り替えた。

Apollo 13の目的が「フラ・マウロへ着陸すること」から「3人を地球へ帰すこと」へ変わったのは、この数時間だった。

ただし、まだ一つの疑問が残る。

なぜ、通常の攪拌操作をしただけで酸素タンク2番は破壊されたのか。

その答えは宇宙空間ではなく、事故より何か月も前の製造・取り扱い・地上試験までさかのぼる必要がある。



CASE FILE 14|アポロ13号特集 全10回

  1. 第1回 アポロ13号とは?|月面着陸から「生還ミッション」へ変わった6日間
  2. 第2回 アポロ13号は何をするはずだったのか|3人の乗員とフラ・マウロ月面着陸計画
  3. 第3回 「Houston, we’ve had a problem」|アポロ13号で酸素タンクが爆発した夜【現在の記事】
  4. 第4回 なぜアポロ13号の酸素タンクは爆発したのか|地上試験から事故までを追う
  5. 第5回 月着陸船Aquariusはどう「救命艇」になったのか|壊れたOdysseyからの脱出
  6. 第6回 電力・水・CO2をどう切り詰めたのか|アポロ13号を生かした即席の生命維持策
  7. 第7回 アポロ13号はどう地球へ戻ったのか|月を回る自由帰還軌道とエンジン噴射
  8. 第8回 停止していたOdysseyを再起動せよ|アポロ13号、再突入から太平洋着水まで
  9. 第9回 アポロ13号事故は何を変えたのか|事故調査委員会の結論と酸素タンク再設計
  10. 第10回 映画『アポロ13』はどこまで実話なのか|人物・台詞・Mission Controlを史実と比較

出典・参考資料

  • NASA History Office「Detailed Chronology of Events Surrounding the Apollo 13 Accident」
    タンク攪拌指示、ファン作動、各センサー値、55時間54分53秒付近の異常、最初の通信など、事故直前から直後の秒単位時系列の確認に使用。
  • “`

  • NASA「Houston, We’ve Had a Problem」
    テレビ中継後の事故、Mission Controlの初動、Aquariusを救命艇として使う判断、自由帰還軌道への移行方針の確認に使用。
  • Apollo 13 Mission Report(MSC-02680)
    サービスモジュール酸素喪失、燃料電池の状態、司令船パワーダウン、月着陸船による生命維持、ミッション中止の技術的整理に使用。
  • NASA「Apollo 13: Mission Details」
    事故後の燃料電池・酸素タンクの状態、船外へのガス放出、乗員の初動の確認に使用。
  • NASA「50 Years Ago: Apollo 13 Review Board Report」
    事故後に確定した酸素タンク2番を中心とする故障経過と、事故時テレメトリの解釈を確認するために使用。
  • “`

資料について

本記事の秒単位の時刻は、NASA History Officeが公開しているApollo 13事故詳細時系列およびApollo 13 Mission Reportを基準にしています。時刻は打ち上げからの経過時間(Ground Elapsed Time / GET)です。

事故発生直後の乗員・Mission Controlが「その時点で把握していた情報」と、事故後のApollo 13 Review Boardが調査によって特定した事実を区別しています。酸素タンク2番内部で事故が成立した詳細な原因については、第4回で地上試験までさかのぼって扱います。

なぜアポロ13号の酸素タンクは爆発したのか|地上試験から事故までを追う

宇宙事故

1970年4月13日、Apollo 13で酸素タンク2番のファンが作動した。

その約2秒後、電気系統に短絡を示す変化が現れた。タンク内部では圧力が上昇し、やがて宇宙船全体に衝撃が走る。

しかし、事故の原因を「宇宙で酸素タンクが突然壊れた」と理解すると、重要な部分を見落とす。

酸素タンク2番が危険な状態になった経緯は、飛行中ではなく打ち上げより前の製造・取り扱い・地上試験までさかのぼる。

1968年にはタンクを載せた棚の取り外し作業で予期しない衝撃が発生した。1970年3月の地上試験では、タンクから液体酸素を正常に排出できなくなった。そして残った酸素を抜くため、内部ヒーターが地上設備の65V電源で約8時間使用された。

そのとき、ヒーターを過熱から守るはずだったサーモスタットスイッチには、ある設計上の不整合が残っていた。

事故調査委員会が追ったのは、一つの部品の故障ではない。

設計変更、取り扱い、試験、計器、判断が、どのようにつながって飛行中の火災へ至ったのか。

今回はApollo 13 Review Boardの報告をもとに、酸素タンク2番の履歴を地上から宇宙まで追う。


CASE FILE 14

アポロ13号特集|全10回

  1. 第1回 アポロ13号とは?|月面着陸から「生還ミッション」へ変わった6日間
  2. 第2回 アポロ13号は何をするはずだったのか|3人の乗員とフラ・マウロ月面着陸計画
  3. 第3回 「Houston, we’ve had a problem」|アポロ13号で酸素タンクが爆発した夜
  4. 第4回 なぜアポロ13号の酸素タンクは爆発したのか|地上試験から事故までを追う【現在の記事】
  5. 第5回 月着陸船Aquariusはどう「救命艇」になったのか|壊れたOdysseyからの脱出
  6. 第6回 電力・水・CO2をどう切り詰めたのか|アポロ13号を生かした即席の生命維持策
  7. 第7回 アポロ13号はどう地球へ戻ったのか|月を回る自由帰還軌道とエンジン噴射
  8. 第8回 停止していたOdysseyを再起動せよ|アポロ13号、再突入から太平洋着水まで
  9. 第9回 アポロ13号事故は何を変えたのか|事故調査委員会の結論と酸素タンク再設計
  10. 第10回 映画『アポロ13』はどこまで実話なのか|人物・台詞・Mission Controlを史実と比較

まず、酸素タンク2番は何をしていたのか

Apollo 13のサービスモジュールには、2基の極低温酸素タンクが搭載されていた。

酸素タンクというと、宇宙飛行士が呼吸するための酸素ボンベを想像しやすい。しかしApollo宇宙船では、それだけではない。

酸素は3基の燃料電池にも供給された。

燃料電池では水素と酸素を反応させ、宇宙船で使用する電力を作る。その過程で水も生成される。

つまり酸素系統は、

生命維持 + 発電 + 水

という複数の機能を支えていた。

2基の酸素タンクには、液体酸素を極低温・高圧状態で保存するための機器だけでなく、ヒーター、攪拌用ファン、温度・圧力・残量を測るセンサー、充填・排出用の配管などが組み込まれていた。

ヒーターとファンが存在する理由も重要である。

Apolloの酸素タンクは単なる受動的な容器ではない。内部状態を一定範囲へ保つため、必要に応じてヒーターを作動させる。また無重力では内部の酸素の状態が均一になりにくいため、ファンで攪拌して計測値を安定させる。

第3回で事故直前に行われた「タンクを攪拌する」という操作は、この通常機能を使用したものだった。

事故を起こしたタンクには、飛行前から長い履歴があった

Apollo 13に搭載された酸素タンク2番は、最初からApollo 13専用品として組み込まれたものではなかった。

NASAの事故調査資料によれば、この酸素タンクを含む酸素棚は、もともと別のサービスモジュールに取り付けられていた。

その後、極低温タンク周辺の機器に設計変更を行う必要が生じ、1968年10月に酸素棚全体をサービスモジュールから取り外す作業が行われた。

ここで最初の出来事が起きる。

1968年10月21日|取り外し作業で酸素棚が落下した

酸素棚を取り外す際、作業員はクレーンで棚を支持し、サービスモジュールから引き出そうとした。

ところが、棚を固定していたボルトの一つが取り外されないまま残っていた。

その状態で棚を持ち上げたため、吊り上げ用治具に想定外の力がかかり、治具が破損する。

棚はおよそ2インチ、約5cmほど落下した。

事故後の調査では、このとき酸素タンク2番上部が別の構造物へ接触した可能性も検討された。

当然、「この落下がApollo 13事故の直接原因だったのではないか」という疑問が生まれる。

しかし、Apollo 13 Review Boardの評価はもっと慎重である。

調査委員会は後に、当時想定された程度の衝撃だけでタンク本体が重大な損傷を受けた可能性は比較的低いと判断した。

一方で、タンク内部の充填・排出用配管、特に緩みのあった部分がこの衝撃によってずれた可能性までは否定していない。

つまり、

「5cm落としたから2年後に爆発した」

という単純な因果ではない。

重要なのは、この後に起きる「酸素を正常に抜けない」という問題との関係である。

落下後の検査では「異常なし」と判断された

酸素棚の落下事故は記録された。

棚は取り外された後、圧力試験、漏れ試験、電気系統や各種スイッチの機能試験などを受けた。

外部への漏れや大きな機能異常は確認されず、酸素棚は試験に合格する。

その後、Apollo 13で使用されるサービスモジュールへ取り付けられた。

ここにも後から見れば重要な制約がある。

この検査で確認できたのは、主として外部への漏れや通常の電気的機能だった。

事故調査委員会によれば、酸素タンク内部の充填配管に小さなずれが存在していたとしても、当時行われた試験では必ずしも検出できなかった。

機器は「検査を通過した」。

しかし、検査を通過したことと、内部に潜在的な問題が絶対に存在しなかったことは同じではない。

1970年3月|打ち上げ前試験で酸素タンク2番だけが空にならない

Apollo 13の打ち上げが近づいた1970年3月、ケネディ宇宙センターではCountdown Demonstration Test、略してCDDTが行われた。

実際の打ち上げに近い状態でロケットや宇宙船を動かし、各システムを確認する総合試験である。

この試験中、サービスモジュールの酸素タンクにも液体酸素が充填された。

試験後、その酸素を抜く作業が行われる。

酸素タンク1番は正常に排出できた。

ところが酸素タンク2番だけが正常に空にならなかった。

最初の排出操作では、タンク2番から抜けたのは約8%程度。つまり、およそ92%がタンク内に残っていた。

地上スタッフは圧力を利用して酸素を押し出すなど、通常の方法を繰り返した。

それでも十分に排出できない。

後の事故調査では、充填・排出経路にある配管部品の緩みや位置ずれによって、正常な排出が妨げられた可能性が高いとされた。

ここで1968年の落下事故が意味を持つ。

落下が飛行中の火災を直接起こしたと断定することはできない。しかし、充填・排出系の不具合に関係していた可能性があり、その不具合が次の異常な地上作業を必要とした。

正常に抜けないなら、「ヒーターで蒸発させる」

通常の方法で液体酸素を排出できない。

そこで関係者は、別の方法を採った。

タンク内部に元々備わっているヒーターとファンを使い、残った液体酸素を加熱して気化させ、少しずつ排出する方法である。

ヒーター自体は本来の宇宙船にも存在する装置なので、一見すると合理的な対応に見える。

地上設備から電力を供給し、ヒーターを作動させる。

液体酸素を気化させる。

圧力を調整しながら外へ排出する。

この操作は成功した。

約8時間、5回のヒーター作動を経て、タンク内の酸素はほぼ排出された。

問題は、何Vでヒーターを動かしていたかだった。

宇宙船では28V、地上設備では65Vだった

Apollo宇宙船の電気系統では、酸素タンクのヒーターは通常28V DCで作動する。

一方、打ち上げ準備時に使用する地上設備では、65V DCを供給できるよう仕様が変更されていた。

ヒーター回路自体は65Vで使えるよう変更されていた。

しかし、回路の中に一つ取り残された部品があった。

ヒーターを過熱から守るサーモスタットスイッチである。

このスイッチは、温度が約80°F、約27℃に達すると回路を開き、ヒーターへの電流を止める役割を持っていた。

ところがサーモスタットスイッチは、元の28Vで開閉することを前提とした仕様のままだった。

65Vの電源でヒーターが動いている状態でスイッチが開こうとすると、接点間に強いアークが発生する。

事故後の再現試験では、この条件でサーモスタットの接点が溶着し、閉じたままになることが確認された。

本来なら温度が上がった時点でヒーターをOFFにする保護装置が、逆に動作不能になったのである。

保護回路が壊れたまま、ヒーターは加熱を続けた

サーモスタットの接点が溶着すると、温度が上がっても電流を遮断できない。

ヒーターは加熱を続ける。

事故後の調査・再現試験から、ヒーター管周辺の一部は約1,000°F、約540℃に達した可能性があるとされた。

正常な使用状態から大きく外れた温度である。

しかし、地上スタッフはタンク内部でそこまで温度が上がっていることを把握できなかった。

理由の一つが温度計だった。

表示できる温度範囲は約85°Fまでしかなかった。

そのため計器上では上限付近に張り付く一方、ヒーター周辺ではそれよりはるかに高い温度になっていた可能性がある。

「温度計が85°Fを示している」ことから、「ヒーター内部も85°F程度である」とは判断できなかった。

しかし、その違いは当時認識されなかった。

約540℃の熱が、テフロン絶縁を傷めた

ヒーターの近くには、タンク内部の攪拌ファンへ電力を送る電線が通っていた。

その電線には、ポリテトラフルオロエチレン、一般にPTFE/テフロンと呼ばれる材料が絶縁体として使われていた。

通常条件なら、十分な耐熱性と電気絶縁性能を持つ材料である。

しかし、事故後の試験では、地上で発生したと考えられるような高温に長時間さらすと、テフロン絶縁が深刻に劣化することが確認された。

外から見れば、酸素タンクは空になった。

作業目的は達成された。

しかしその内部では、ファン配線の絶縁が傷んだ可能性が高かった。

事故調査委員会は、地上で約8時間ヒーターを使用した時点から、酸素タンク2番は酸素を充填し電力を加えた際に危険な状態になっていたと評価している。

では、なぜ打ち上げ前に交換されなかったのか

ここで当然の疑問が出る。

正常に酸素を排出できず、8時間もヒーターを使用したタンクを、なぜ交換しなかったのか。

当時の関係者が「危険だと知りながら無視した」と単純化するのは正確ではない。

判断の前提にあったのは、ヒーターには温度保護用サーモスタットがあるという認識だった。

正常なら一定温度でサーモスタットが開き、ヒーターは停止する。

したがって長時間使用しても、危険な温度まで上がることはないと考えられていた。

しかし実際には、そのサーモスタットそのものが65V条件に対応していなかった。

さらに温度表示も約85°Fで頭打ちになっていたため、「内部で約1,000°Fまで上昇した可能性がある」という異常状態を確認できなかった。

タンクはその後も試験を受け、要求された機能を満たしているように見えた。

そのため交換せず飛行に使用する判断が行われた。

事故後から見れば重大な判断になるが、重要なのは判断に使われた情報そのものが危険状態を十分に示していなかったことである。

原因は「65Vを使ったこと」だけでもない

Apollo 13の事故を単一原因へ縮めると、もう一つ誤解が生じる。

単に「28Vの部品へ65Vをかけたから爆発した」という事故でもない。

65Vを使用した地上試験から、飛行中の事故までは複数段階ある。

段階 起きたこと 次への影響
1 酸素棚の取り外し時に予期しない落下 充填・排出配管がずれた可能性
2 地上試験で酸素タンク2番を正常に排出できない 通常とは異なる排出方法が必要になる
3 65V地上電源でヒーターを長時間使用 28V仕様のサーモスタットに異常条件
4 サーモスタット接点が溶着 過熱時にヒーターを停止できない
5 ヒーター周辺が極端な高温になる ファン配線のテフロン絶縁を損傷
6 損傷を認識しないまま酸素を再充填 酸素中に損傷した電線が存在する状態
7 飛行中にファンを作動 配線で短絡・アークが発生
8 テフロン絶縁が酸素中で燃焼 タンク内圧・温度が上昇
9 タンクの健全性が失われる 高圧酸素が放出されサービスモジュールを損傷

一つ前の条件がなければ、次の条件は成立しなかった可能性がある。

Apollo 13 Review Boardが事故を「複数のミスと不十分な設計の組み合わせ」と評価した理由がここにある。

1970年4月11日|損傷した可能性のあるタンクが月へ向かった

地上試験後、酸素タンク2番には再び酸素が充填された。

内部配線の絶縁損傷は認識されていなかった。

1970年4月11日、Apollo 13はケネディ宇宙センターから打ち上げられた。

事故調査の結果から見れば、この時点で酸素タンク2番内部には、電気的短絡が起きれば燃焼へ進む可能性のある条件が存在していたことになる。

ただし打ち上げた瞬間に事故が起きたわけではない。

Apollo 13はその後2日以上、月へ向かって正常に飛行している。

飛行中には酸素タンクのファンも複数回作動した。

それでも決定的な事故には至らなかった。

絶縁が損傷していても、配線同士が短絡しなければ発火しないためである。

危険な条件は存在していた。

しかし、まだ発火条件がそろっていなかった。

55:53:20|ファンをONにしたことで短絡が起きた

1970年4月13日、飛行開始から約55時間53分。

Mission Controlからの指示を受け、酸素タンク2番の攪拌ファンが作動した。

NASAの詳細時系列では、ファン回路へ通電して約2秒後、電気系統に短絡を示す最初の変化が記録されている。

事故調査委員会は、損傷していたファンモーター配線がこのとき動き、導体同士または導体と別の部分が接触して電気アークが発生した可能性が高いと判断した。

ここで重要なのが、タンク内部の環境である。

通常の空気中で電線が一瞬短絡するのと、酸素濃度が極めて高い環境で短絡するのとでは結果が違う。

事故後の試験では、この電気アークが持ち得るエネルギーよりはるかに小さなエネルギーでも、タンク内部のテフロン絶縁を着火できることが確認された。

損傷した絶縁材に火がついた。

酸素タンク内部で燃焼が始まった。

「酸素そのものが爆発した」わけではない

ここもApollo 13で誤解されやすい。

酸素そのものは燃料ではない。

酸素は燃焼を非常に激しく促進する酸化剤である。

燃えたと考えられているのは、主としてタンク内部に存在した電線の絶縁材などだった。

通常なら燃えにくい材料でも、高濃度・高圧酸素環境では燃焼挙動が大きく変わる。

電気アークによってテフロン絶縁が着火すると、燃焼によってタンク内部の温度が上がる。

温度が上がれば酸素の圧力も上がる。

NASAのテレメトリでは、酸素タンク2番の圧力は約887psiから上昇し、最終的に1008psi付近へ達している。

1008psiで安全弁は作動した。それでも事故は止まらなかった

酸素タンクには圧力が上がりすぎた際に開くリリーフバルブが備わっていた。

NASAの記録では、タンク2番の圧力が約1008psiへ達したところでリリーフバルブが開いたと考えられている。

実際、圧力はいったん低下した。

つまり圧力保護装置そのものは、設計された動作をした。

しかしタンク内部では燃焼が続いていた。

問題は「酸素が温められて圧力だけが上がっていた」ことではない。

内部の配線や絶縁材が燃え、その燃焼範囲が拡大していた。

事故調査委員会は、火災が電線を通すコンジット付近まで進み、その部分の健全性を失わせた可能性が高いと判断した。

約55時間54分53秒。

Command Moduleの加速度計が突然大きな振動を記録する。

タンク2番は、この時点で構造的な健全性を失ったと考えられている。

高圧酸素の放出が、サービスモジュール全体を損傷させた

タンク2番から高圧酸素が急速に放出される。

その力と周辺の燃焼によって、サービスモジュールBay 4を覆っていた外板パネルが吹き飛ばされた。

後にサービスモジュールを切り離した際に撮影された写真では、機体側面が大きく失われている。

事故の影響は酸素タンク2番だけで終わらなかった。

酸素タンク1番またはその配管も損傷し、こちらからも徐々に酸素が失われた。

さらに高利得アンテナなど周辺設備も損傷した。

そのため一時的なテレメトリ途絶も発生した。

やがて酸素を供給できなくなった燃料電池が停止し、Odysseyは通常の電力を維持できなくなる。

一つのタンク内部で始まった電気的短絡が、宇宙船全体の電源喪失へ拡大した。

事故調査委員会は、どこまで原因を確定したのか

Apollo 13の帰還後、NASAはEdgar Cortrightを委員長とするApollo 13 Review Boardを設置した。

調査は約7週間にわたり、

  • 事故時のテレメトリ
  • 酸素タンクの製造記録
  • サービスモジュールへの組み込み記録
  • 1968年の取り扱い事故
  • 1970年の地上試験
  • 電気回路
  • サーモスタット
  • 絶縁材の燃焼試験
  • タンク破壊の再現試験

などを組み合わせて進められた。

委員会が示した事故の中心的な流れは、かなり明確である。

地上での長時間加熱によってファン配線のテフロン絶縁が損傷。

飛行中のファン作動時に短絡。

電気アークによって絶縁材が発火。

高圧酸素中で燃焼が拡大。

タンクの健全性が失われ、高圧酸素がサービスモジュールへ放出された。

これは現在でもApollo 13事故原因の基本的な公式説明となっている。

ただし「すべての瞬間」が完全に再現されたわけではない

酸素タンク2番そのものは事故で破壊され、地球へ持ち帰られていない。

サービスモジュールも地球大気へ再突入して失われた。

したがって事故調査委員会は、実物のタンクを回収して内部を分解できたわけではない。

事故過程は、飛行中に記録された電圧、電流、圧力、温度、加速度などのテレメトリと、同型部品を使った地上試験から再構成されている。

そのため、例えば最初の短絡が電線の正確にどの位置で起きたのか、燃焼が内部のどの経路をどの秒数で進んだのか、といった細部まで直接確認されたわけではない。

事故調査では、

確認できる事実

と、

物理試験とデータから最も可能性が高いと判断された事故過程

を組み合わせている。

「原因不明」ではないが、「すべての瞬間を映像で確認した」事故でもない。

FACT CHECK|酸素タンクを落としたことが爆発原因だった?

それだけを直接原因とするのは正確ではない。

1968年の酸素棚落下について、事故調査委員会は、衝撃そのものによってタンクへ重大な損傷が生じた可能性は比較的低いと評価している。

ただし内部の充填・排出配管がずれ、その後の「酸素を正常に排出できない」問題に関係した可能性は残る。

その排出不良があったために、1970年3月にヒーターを使った長時間の特殊な排出作業が行われた。

したがって落下事故は、

直接の着火原因ではないが、後の条件形成に関係した可能性がある出来事

として扱うのが適切である。

FACT CHECK|65Vをかけた瞬間に配線が焼けた?

これも少し違う。

問題の中心は、65Vでヒーターを使用した際に、28V条件を前提とするサーモスタットスイッチが正常に回路を遮断できなかったことにある。

スイッチの接点がアークによって溶着し、ヒーターを停止できなくなった。

その結果、長時間の過熱によって近くのファン配線の絶縁が損傷したと考えられている。

つまり、

65V → 即爆発

ではない。

65V条件 → 保護スイッチ故障 → 長時間過熱 → 絶縁損傷 → 飛行中短絡 → 発火

という連鎖である。

FACT CHECK|酸素タンクは「爆弾」だったのか

NASAの後年の解説では、危険な状態になったタンクを比喩的に「potential bomb」と表現することがある。

しかし技術的には、通常の爆薬が搭載されていたわけではない。

事故調査から再構成されたのは、損傷した電気配線による短絡、絶縁材の燃焼、酸素タンク内部の圧力上昇、タンク・配管の破損、高圧酸素の急速放出という過程である。

「酸素タンクが爆発した」という表現は出来事を短く説明するには便利だが、事故原因を理解する場合には内部の燃焼と構造破損を分けて考える必要がある。

Apollo 13事故は、なぜ「システム事故」としても重要なのか

事故を起こしたのは酸素タンク2番だった。

しかし、Review Boardが問題にした範囲は一つのタンクをはるかに超えている。

設計変更時に、関連するすべての部品仕様が追従していたか。

取り扱い事故後の検査で、内部の潜在的不具合まで確認できていたか。

通常手順で排出できないという異常を、単なる作業上の問題として扱ってよかったのか。

65Vでヒーターを長時間運転した際、保護装置が本当に作動したか確認されていたか。

温度計の測定範囲が、危険な過熱を検出するのに十分だったか。

個々の判断だけを見ると、それぞれには理由があった。

しかしシステム全体で見ると、複数の弱点が一つの酸素タンクへ集まっていた。

Apollo 13 Review Boardは事故を、単純な部品故障ではなく、設計、製造、試験、運用、管理にまたがる問題として捉えた。

この調査を受けてApollo 14以降では酸素貯蔵システムが再設計される。

その変更内容は第9回で詳しく扱う。

まとめ|事故は4月13日に突然始まったのではない

1970年4月13日、Apollo 13の酸素タンク2番では、ファン作動を契機として電気的短絡が起きた。

しかし、短絡が重大事故へ発展した条件は、それ以前に作られていた。

1968年、酸素棚の取り外し作業で予期しない落下が発生した。

1970年3月、打ち上げ前試験で酸素タンク2番を通常方法では排出できなくなった。

残った酸素を除去するため、65Vの地上電源を使ってヒーターを約8時間作動させた。

ところが過熱保護用サーモスタットは28V条件のままで、65V下で正常に開くことができず、接点が溶着した可能性が高い。

ヒーター周辺は極端な高温となり、近くのファン配線に使われていたテフロン絶縁を損傷した。

その状態は認識されないまま、タンクへ再び酸素が充填された。

そして月へ向かう途中でファンを作動させたとき、損傷した配線が短絡した。

絶縁材が高圧酸素中で燃焼し、タンクの圧力と温度が上昇する。

リリーフバルブは作動したが燃焼は止まらず、タンクの健全性が失われた。

高圧酸素の放出によってサービスモジュールは大きく損傷し、酸素タンク1番、燃料電池、電力、水まで連鎖的に失われていった。

Apollo 13事故を一言で表せば「酸素タンクの爆発」である。

しかし原因を追うと見えてくるのは、一つの故障ではない。

小さな設計不整合と、個別には処理できたように見える異常が、時間を隔ててつながった事故だった。

そして事故が起きたあと、3人にはもうOdysseyを通常どおり使い続けるという選択肢は残されていなかった。

次に必要だったのは、本来2人を月面へ運ぶために作られたAquariusを、3人が地球まで生き延びるための宇宙船へ変えることだった。



CASE FILE 14|アポロ13号特集 全10回

  1. 第1回 アポロ13号とは?|月面着陸から「生還ミッション」へ変わった6日間
  2. 第2回 アポロ13号は何をするはずだったのか|3人の乗員とフラ・マウロ月面着陸計画
  3. 第3回 「Houston, we’ve had a problem」|アポロ13号で酸素タンクが爆発した夜
  4. 第4回 なぜアポロ13号の酸素タンクは爆発したのか|地上試験から事故までを追う【現在の記事】
  5. 第5回 月着陸船Aquariusはどう「救命艇」になったのか|壊れたOdysseyからの脱出
  6. 第6回 電力・水・CO2をどう切り詰めたのか|アポロ13号を生かした即席の生命維持策
  7. 第7回 アポロ13号はどう地球へ戻ったのか|月を回る自由帰還軌道とエンジン噴射
  8. 第8回 停止していたOdysseyを再起動せよ|アポロ13号、再突入から太平洋着水まで
  9. 第9回 アポロ13号事故は何を変えたのか|事故調査委員会の結論と酸素タンク再設計
  10. 第10回 映画『アポロ13』はどこまで実話なのか|人物・台詞・Mission Controlを史実と比較

出典・参考資料

  • Report of Apollo 13 Review Board
    NASAによる事故調査委員会最終報告書。酸素タンク2番の製造・組み込み履歴、1968年の酸素棚取り外し事故、地上試験、サーモスタット、配線絶縁、飛行中の燃焼とタンク破損の評価に使用。
  • “`

  • NASA「50 Years Ago: Apollo 13 Review Board Report」
    Review Boardの調査過程、酸素棚の取り扱い、Countdown Demonstration Test、約8時間のヒーター使用、65Vと28V仕様の不整合、事故後の再現試験の確認に使用。
  • Apollo 13 Mission Report
    タンク2番の地上履歴、排出不良、65V地上電源によるヒーター運転、飛行中のファン回路短絡と酸素喪失について確認。
  • NASA「Detailed Chronology of Events Surrounding the Apollo 13 Accident」
    55時間53分以降のファン作動、酸素タンク2番の圧力・温度変化、1008psi到達、55時間54分53秒付近の機体振動の確認に使用。
  • NASA Technical Memorandum「Apollo 13 Mission: Cryogenic Oxygen Tank 2 Anomaly Report」
    ファン回路の短絡、電気アーク、テフロン絶縁の着火、タンク内部の燃焼という事故メカニズムの確認に使用。
  • “`

資料について

本記事では、Apollo 13 Review Boardが確認した事実と、地上再現試験・テレメトリから「最も可能性が高い」と判断した事故過程を分けています。

1968年の酸素棚落下については「それ自体が爆発を直接引き起こした」とは断定していません。Review Boardはタンク本体への重大な損傷可能性を比較的低いと評価する一方、充填・排出配管がずれた可能性を残しており、それが1970年3月の排出不良に関係した可能性があります。

また「酸素が燃えた」という表現は使用していません。事故調査で主要な発火過程として示されたのは、電気的短絡によってファン配線の絶縁材が着火し、高圧酸素環境で燃焼が拡大したというものです。

月着陸船Aquariusはどう「救命艇」になったのか|壊れたOdysseyからの脱出

宇宙事故

1970年4月13日。

Apollo 13のサービスモジュールで酸素タンク2番が破損したあと、残った酸素タンク1番の圧力も下がり続けていた。

酸素を失えば、3基の燃料電池も発電できなくなる。

司令船Odysseyには地球再突入用のバッテリーが残っていた。しかし、ここでその電力まで使い切れば、最後に大気圏へ戻るための宇宙船がなくなる。

事故から約1時間半。

Mission Controlは、一つの選択肢を現実のものとして考え始めた。

「月着陸船を救命艇として使う」

月着陸船Aquariusは、本来2人の宇宙飛行士を月周回軌道から月面へ運び、再び月周回軌道へ戻すための機体である。

地球へ帰るための宇宙船ではない。

3人を約4日間収容することも想定されていない。

それでもAquariusには、Odysseyが失いつつあったものが残されていた。

酸素。

電力。

生命維持装置。

通信。

誘導装置。

そして、宇宙船全体の軌道を変えられる降下用エンジン。

月へ降りるために積まれていた設備を、地球へ帰るために使う。

Apollo 13の生還ミッションは、ここから始まった。


CASE FILE 14

アポロ13号特集|全10回

  1. 第1回 アポロ13号とは?|月面着陸から「生還ミッション」へ変わった6日間
  2. 第2回 アポロ13号は何をするはずだったのか|3人の乗員とフラ・マウロ月面着陸計画
  3. 第3回 「Houston, we’ve had a problem」|アポロ13号で酸素タンクが爆発した夜
  4. 第4回 なぜアポロ13号の酸素タンクは爆発したのか|地上試験から事故までを追う
  5. 第5回 月着陸船Aquariusはどう「救命艇」になったのか|壊れたOdysseyからの脱出【現在の記事】
  6. 第6回 電力・水・CO2をどう切り詰めたのか|アポロ13号を生かした即席の生命維持策
  7. 第7回 アポロ13号はどう地球へ戻ったのか|月を回る自由帰還軌道とエンジン噴射
  8. 第8回 停止していたOdysseyを再起動せよ|アポロ13号、再突入から太平洋着水まで
  9. 第9回 アポロ13号事故は何を変えたのか|事故調査委員会の結論と酸素タンク再設計
  10. 第10回 映画『アポロ13』はどこまで実話なのか|人物・台詞・Mission Controlを史実と比較

Odysseyには、あとわずかな電力しか残されていなかった

酸素タンク事故後、Mission Controlが最も警戒していたものの一つが、司令・機械船の電力だった。

ApolloのCommand and Service Moduleでは、通常時の電力をサービスモジュールに搭載した3基の燃料電池から供給する。

ところが燃料電池を動かすためには酸素が必要だった。

酸素タンク2番は失われた。

酸素タンク1番の圧力も低下している。

燃料電池1番と3番はすでに機能を失い、最後に残った燃料電池2番も、酸素供給がなくなれば停止する。

Odysseyには独立したバッテリーがある。

しかし、それは最後まで使ってよい電源ではない。

Command Moduleのバッテリーには、地球へ戻る最後の段階で重要な役割があった。

再突入の前にOdysseyを再起動し、誘導、姿勢制御、通信、パラシュートなどのシステムを動かさなければならない。

今ここで電力を消費すれば、地球まで戻っても最後の再突入ができなくなる可能性がある。

NASAの記録では、通常の手順でOdysseyを使用し続けた場合、残された電力は約15分しかないと見積もられる状況まで追い込まれていた。

必要なのはOdysseyを「使い続ける」ことではなかった。

一度眠らせ、最後の再突入まで保存することだった。

ただし、Odysseyそのものが爆発したわけではない

ここではタイトル上「壊れたOdyssey」と表現しているが、正確には区別が必要である。

乗員がいるCommand Moduleそのものが爆発したわけではない。

事故の中心は、その後方に接続されたService Moduleだった。

サービスモジュール内部の酸素タンク2番が破損し、酸素供給と燃料電池による発電能力を失った。

その結果、Command Moduleを含むCommand and Service Module全体を通常状態で運用できなくなったのである。

Odysseyの司令船部分は、むしろ最後の地球再突入まで守らなければならない存在だった。

なぜAquariusには電力と酸素が残っていたのか

Apollo宇宙船には、もう一つ独立した有人宇宙船が接続されていた。

Lunar Module Aquarius。

月着陸船である。

第2回で見たように、本来の計画ではラヴェルとヘイズがAquariusへ乗り移り、スワイガートをOdysseyに残してフラ・マウロへ降りる予定だった。

月着陸船はCommand and Service Moduleから離れて単独で月面へ降り、再び月周回軌道まで戻らなければならない。

そのためAquariusには、独立して活動するためのシステムが搭載されていた。

システム Aquariusが持っていた機能
電力 独立したバッテリー
酸素 月面活動用を含む独立した酸素供給
生命維持 船内気圧、酸素、CO2除去、温度管理など
飲料・冷却などに使用する独立した貯蔵系統
通信 地上およびOdysseyとの通信
誘導 独立した誘導・航法・制御システム
姿勢制御 Reaction Control System
推進 降下用エンジン・上昇用エンジン

つまりAquariusは単なる「月へ降りる部屋」ではない。

短期間なら、Command Moduleから独立して人間を生存させ、通信し、航法を行い、宇宙空間を移動できる一つの宇宙船だった。

この独立性がApollo 13を救うことになる。

57時間35分|ラヴェルとヘイズがAquariusへ入る

事故発生から約1時間40分。

酸素タンク1番を救おうとする試みは成功せず、圧力は下がり続けていた。

Mission Controlは、Command and Service Moduleを大幅に停止し、Aquariusを生命維持の中心へ切り替える準備を始めた。

NASAのMission Operations Reportでは、飛行開始から57時間35分ごろ、船長ラヴェルと月着陸船操縦士ヘイズがAquariusへ入り、通信と生命維持機能を確立し始めたと記録されている。

スワイガートはOdyssey側に残った。

Command Moduleのシステムを停止するためである。

月着陸船操縦士であるヘイズはAquariusのシステムに精通している。

ラヴェルとともに電源を入れ、生命維持、通信、誘導など、救命艇として必要になる機能を起動していった。

通常の月面着陸手順とは目的がまったく異なる。

Aquariusを着陸準備状態へするのではない。

3人が数日間生存し、宇宙船全体を地球へ導くための状態へする。

なぜ急いでAquariusを起動しなければならなかったのか

Aquariusは事故発生時、すべてのシステムが完全運転していたわけではない。

月面着陸の本格的な準備は、もっと後に始める予定だった。

ところがOdysseyの電力は失われつつある。

司令船側の電力が完全になくなる前に、いくつかの重要な情報をAquariusへ引き継ぐ必要があった。

特に重要なのが宇宙船の姿勢・航法情報だった。

宇宙船が宇宙空間のどちらを向いているのか。

どの軌道を飛んでいるのか。

エンジンをどの方向へ噴射すればよいのか。

これらを把握できなければ、後にAquariusのエンジンを使って地球帰還軌道へ変更することができない。

そのためMission Controlと乗員は、Odyssey側で保持している誘導情報を利用しながら、Aquariusの誘導システムを立ち上げる必要があった。

「電気がなくなってから月着陸船へ移ればよい」わけではなかった。

Odysseyがまだ動いている間に、宇宙船の頭脳をAquariusへ移さなければならなかった。

58時間40分|Odysseyを停止した

Apollo 13 Mission Reportでは、Command and Service ModuleのパワーダウンとLunar Moduleの起動は、飛行開始から58時間40分で完了したとされている。

事故から3時間に満たない。

Odysseyでは、地球再突入まで不要なシステムを次々に停止した。

通常なら宇宙船を安全に維持するためONにしておく機器まで、可能な限り電源を切っていく。

目的はただ一つ。

最後の再突入に必要なバッテリーを残すことである。

NASAのMission Operations Reportによると、この時点までにCommand Moduleの再突入用バッテリー120Ahのうち、使用されたのは約20Ahだった。

残された電力を保存できれば、数日後にOdysseyを再起動できる可能性がある。

こうして宇宙船の役割は反転した。

本来の役割 事故後
Odyssey 3人を月まで運び、地球へ帰還 停止して再突入用に保存
Aquarius 2人を月面へ降ろして戻す 3人の生命維持・誘導・推進を担当

Apollo 13は、設計時に想定された使い方から完全に外れた状態へ入った。

Aquariusは「2人用・45時間」の宇宙船だった

ただし、Aquariusへ移れば問題が解決するわけではない。

NASAの公式ミッション解説では、月着陸船の設計上の使用時間は約45時間だった。

しかも本来の乗員は2人。

Apollo 13で求められるのは、

3人を約90時間近く生存させること

だった。

単純に考えれば、人数は1.5倍。

使用時間は約2倍。

酸素、電力、水、CO2除去能力など、すべての消耗品をそのまま使えば足りなくなる可能性がある。

Mission Controlがまず行ったのは、Aquariusに残された資源の棚卸しだった。

酸素については、意外にも余裕があった

最初に確認されたのが酸素だった。

Aquariusには、本来の月面着陸・月面活動のために多くの酸素が搭載されていた。

降下段の酸素タンク。

上昇段側の酸素。

さらに月面活動用のPortable Life Support System、いわゆる宇宙服バックパックにも酸素がある。

月面着陸は中止されたため、これらを本来の用途で使う必要はない。

その酸素を3人の生命維持へ回せる。

NASAの計算では、酸素そのものは帰還まで十分な量があることが分かった。

実際、Aquariusを切り離した時点でも酸素にはかなりの余裕が残っていた。

Apollo 13の最大の消耗品問題は、酸素ではなかった。

本当に厳しかったのは「電力」と「水」だった

Aquariusは燃料電池を持っていない。

電力源はバッテリーである。

月面着陸ミッションなら、その容量で十分だった。

しかし今回は約4日間にわたって、

  • 生命維持
  • 通信
  • 誘導
  • 姿勢制御
  • 計器

を維持しなければならない。

NASAの記録によれば、Aquariusには合計約2,181Ahのバッテリー容量があった。

Mission Controlは非重要機器を停止し、通常より大幅に消費電力を落とす手順を作った。

その結果、最終的にはAquarius切り離し時にも約20%の電力を残すことができた。

しかし事故直後には、それが可能かどうか分かっていたわけではない。

さらに電力消費を減らすと、別の問題が発生する。

電子機器が出す熱も減るからである。

宇宙船内は次第に冷えていった。

後には船内温度が約38°F、約3℃まで下がったとNASAは記録している。

節電するほど、人間にとっては過酷になる。

水は「飲むため」だけに必要ではなかった

もう一つ重大だったのが水である。

乗員が飲むための水だけではない。

Apollo宇宙船では水を機器の冷却にも使用する。

電子機器を動かせば熱が出る。

その熱を宇宙空間へ捨てるためにも、水が必要だった。

つまり、

水不足 → 人間が飲めない

だけではない。

水不足 → 機器を冷却できない → 必要なシステムを動かせない

という問題でもある。

事故直後の計算では、現在の使用量を続ければ再突入より前に水が不足する可能性があった。

そこで乗員の飲料水も、機器の使用も厳しく制限される。

電力と水をどこまで減らせるか。

これがAquariusを救命艇として成立させる大きな条件だった。

そしてCO2という別の問題が始まる

酸素が十分でも、人間は生存できない。

呼吸によって吐き出される二酸化炭素を船内から除去する必要がある。

AquariusにはCO2を吸収する水酸化リチウムのカートリッジがある。

しかし、これも本来は2人用である。

3人が長時間生活すると、CO2濃度が想定以上に上昇する。

Odyssey側には交換用の水酸化リチウムカートリッジが十分残っていた。

ところが形状が違った。

Command Module側は角形。

Lunar Module側は異なる形状の受け口。

そのまま取り付けることができない。

Aquariusという救命艇が機能し始めた直後から、Mission Controlには次の技術課題が発生していた。

「使える吸収材はある。しかし、取り付けられない」

電力、水、CO2をどのように管理したのかは、第6回で詳しく追う。

なぜAquariusをそのまま地球まで降ろせないのか

Aquariusが生命維持、通信、航法、推進を担当できるなら、そのまま地球へ着陸すればよいようにも見える。

しかし、それはできない。

Lunar Moduleは、地球大気圏へ再突入するための宇宙船として設計されていない。

月には大気がほぼない。

Aquariusは月周回軌道から降下し、月面へ着陸する機体であり、地球へ秒速約11kmで突入する際の高温に耐えるCommand Moduleのような再突入用耐熱構造を持たない。

地球へ帰る最後の区間では、必ずOdysseyへ戻らなければならない。

つまり救命計画は、

Aquariusへ避難して終わり

ではない。

最終的には、数日間ほぼ停止させていたOdysseyを再び起動しなければならない。

Aquariusが担うのは、事故現場から地球の入口まで3人を運ぶことだった。

だからOdysseyのバッテリーを守る必要があった

ここで、事故直後にOdysseyを急いで停止した理由がもう一度つながる。

Odysseyは今は使えない。

しかし最後には絶対に必要になる。

そのため、

  1. 事故直後にOdysseyを停止する
  2. Aquariusで数日間生き延びる
  3. Aquariusで宇宙船を地球へ導く
  4. 地球接近後にOdysseyを再起動する
  5. Aquariusを切り離す
  6. Odysseyで再突入する

という、通常のApollo計画には存在しない運用が必要になった。

しかもOdysseyのバッテリーは保存するだけではなく、後にはAquariusから電力を送り返して充電するという、本来とは逆方向の電力運用まで行われる。

Apollo 13は、宇宙船を設計どおり使うミッションではなくなっていた。

Aquariusの降下用エンジンが「主エンジン」になった

救命艇としてのAquariusには、生命維持以外にも極めて重要な機能があった。

Descent Propulsion System、月着陸船の降下用エンジンである。

本来はAquariusを月周回軌道から減速させ、月面へ降ろすためのエンジンだった。

事故後は、このエンジンでOdyssey、Service Module、Aquariusをつないだ宇宙船全体を動かす。

サービスモジュールにも大型のService Propulsion Systemエンジンがある。

しかし酸素タンク事故でサービスモジュールがどこまで損傷したのか分からなかった。

Mission Controlは、損傷したService Moduleの主エンジンへ依存する帰還計画を避けた。

残った信頼できる大型推進装置として、Aquariusの降下用エンジンが使われる。

月へ降りるためのエンジンが、月を回って地球へ戻るためのエンジンになった。

このエンジンをいつ、どの方向へ、何秒間噴射したのかは、第7回の帰還軌道で詳しく扱う。

Mission Control側でも「存在しない手順」を作っていた

Aquariusを救命艇として使うと決めても、乗員に渡せる完成済みの手順書がすべて存在したわけではない。

地上ではFlight Director、各システム担当管制官、宇宙飛行士、メーカーの技術者たちが、実際の残存資源と機器状態を確認しながら新しい手順を作っていった。

手順は地上のシミュレーターで試す。

問題がないことを確認する。

その内容をCapComが宇宙船へ読み上げる。

乗員は紙のチェックリストへ変更内容を書き込み、宇宙船で実行する。

通常のミッションでは何か月も前から作られる運用手順の一部が、Apollo 13では数時間単位で作られていった。

救命の鍵は「一人の天才的なアイデア」ではない。

宇宙船の現在状態を把握し、地上で検証し、実行可能な手順へ変換して乗員へ送るという、Mission Control全体の運用システムだった。

「月着陸船を救命艇にする」は、単純な避難ではなかった

映画や短い解説では、Apollo 13の救助は「司令船が壊れたので月着陸船へ避難した」と説明されることがある。

しかし実際には、それだけでは足りない。

Aquariusを使うためには、少なくとも次の問題を同時に解かなければならなかった。

問題 必要だった対応
Odysseyの電力喪失 再突入用バッテリーを残してパワーダウン
Aquariusが未起動 生命維持・通信・誘導を急速に立ち上げる
航法 Odysseyの姿勢情報をAquariusへ引き継ぐ
定員 本来2人用を3人で使用
使用時間 約45時間想定を約90時間近くへ延長
電力 非重要機器を停止して徹底節電
飲料・冷却水を厳格に管理
CO2 Command Module側の吸収材を利用する方法を開発
推進 Aquariusの降下用エンジンで宇宙船全体を動かす
再突入 最後にOdysseyを再起動する

つまりAquariusは、単なる「避難場所」ではない。

生命維持装置、管制室、航法装置、電源、推進機関を兼ねた代替宇宙船になった。

FACT CHECK|Aquariusは3人用の非常用宇宙船として設計されていた?

違う。

Aquariusは2人を月面へ運ぶLunar Moduleとして設計されていた。

NASAのApollo 13解説では、設計上の使用時間は約45時間で、それを3人のために約90時間近くまで延ばす必要があったと整理されている。

「非常時には3人で数日間使える」という通常仕様だったわけではない。

FACT CHECK|Aquariusへ移ればOdysseyはもう不要だった?

不要ではない。

Aquariusは地球大気圏再突入用の機体ではない。

最後にはOdysseyのCommand Moduleが必要だった。

そのため事故直後にOdysseyを停止し、再突入用バッテリーやその他の資源を保存する必要があった。

FACT CHECK|月着陸船には十分な酸素がなかった?

酸素は比較的余裕があった。

月面着陸が中止されたため、降下・上昇段や月面活動用として準備されていた酸素を生命維持へ使用できた。

より厳しい制約になったのは電力と水、そして3人が長時間生活することで増えていく二酸化炭素だった。

FACT CHECK|Aquariusだけで地球帰還を完結した?

これも正確ではない。

Aquariusは事故後の大部分で生命維持、姿勢制御、航法、推進を担当した。

しかし最後の大気圏再突入と着水を担当したのはOdysseyである。

Apollo 13の生還は、

「AquariusがOdysseyの代わりになった」

というより、

「AquariusでOdysseyを最後まで温存し、最後に役割をOdysseyへ戻した」

と考える方が正確である。

なぜApollo 13では、この方法が可能だったのか

Apollo 13の生還には、多くの即席対応が必要だった。

しかし、すべてをゼロから作ったわけではない。

Aquariusには最初から、月面着陸という非常に独立性の高い任務を実行するため、

  • 独立電源
  • 独立した生命維持系
  • 酸素
  • 通信
  • 誘導
  • 姿勢制御
  • 推進系

が搭載されていた。

そしてOdysseyとAquariusはドッキングトンネルで接続され、乗員が行き来できた。

月面着陸用の独立性が、そのまま非常時の冗長性として機能したのである。

ただし、その能力は「3人を地球へ4日間運ぶ」という用途を保証するものではない。

利用できる機能はあった。

あとは、その資源を帰還まで持たせる運用を作らなければならなかった。

まとめ|月へ降りる宇宙船が、地球へ帰る宇宙船になった

酸素タンク事故によって、Odysseyは通常の電力を維持できなくなった。

しかしCommand Moduleの再突入用バッテリーを使い切ることはできない。

そこでNASAはOdysseyを停止し、本来月面着陸に使用するAquariusへ生命維持と宇宙船制御の役割を移した。

飛行開始から約57時間35分、ラヴェルとヘイズがAquariusへ入り、通信と生命維持系の立ち上げを開始。

58時間40分にはCommand and Service ModuleのパワーダウンとLunar Moduleの起動が完了した。

その瞬間から、Apollo 13の中心はAquariusになった。

ただしAquariusは2人・約45時間程度の運用を想定した月着陸船だった。

必要なのは3人・約90時間近い運用である。

酸素には比較的余裕があった。

一方で電力、水、二酸化炭素除去能力には厳しい制限があった。

さらにAquariusは地球大気圏へ再突入できないため、最後にはOdysseyを復活させなければならない。

月へ降りるために作られた宇宙船を救命艇へ変えることは、単なる「避難」ではなかった。

宇宙船の各システムを本来とは違う目的で組み直し、限られた資源を最後の1時間まで配分する作業だった。

そしてAquariusを起動したことで、次の問題が見えてくる。

3人が帰還まで生き続けるためには、電力も、水も、二酸化炭素除去能力も、そのままでは足りない。

Mission Controlは今度は、宇宙船そのものではなく、残された資源との戦いを始めることになる。



CASE FILE 14|アポロ13号特集 全10回

  1. 第1回 アポロ13号とは?|月面着陸から「生還ミッション」へ変わった6日間
  2. 第2回 アポロ13号は何をするはずだったのか|3人の乗員とフラ・マウロ月面着陸計画
  3. 第3回 「Houston, we’ve had a problem」|アポロ13号で酸素タンクが爆発した夜
  4. 第4回 なぜアポロ13号の酸素タンクは爆発したのか|地上試験から事故までを追う
  5. 第5回 月着陸船Aquariusはどう「救命艇」になったのか|壊れたOdysseyからの脱出【現在の記事】
  6. 第6回 電力・水・CO2をどう切り詰めたのか|アポロ13号を生かした即席の生命維持策
  7. 第7回 アポロ13号はどう地球へ戻ったのか|月を回る自由帰還軌道とエンジン噴射
  8. 第8回 停止していたOdysseyを再起動せよ|アポロ13号、再突入から太平洋着水まで
  9. 第9回 アポロ13号事故は何を変えたのか|事故調査委員会の結論と酸素タンク再設計
  10. 第10回 映画『アポロ13』はどこまで実話なのか|人物・台詞・Mission Controlを史実と比較

出典・参考資料

  • Apollo 13 Mission Report
    Command and Service Moduleのパワーダウン、Lunar Module起動、生命維持・推進へのLM利用、再突入用バッテリーの保存などの確認に使用。
  • “`

  • NASA「Apollo 13: Mission Details」
    OdysseyとAquariusの役割、Command Moduleの残存電力、LMを約45時間から約90時間近く使用する必要性、酸素・電力・水などの消耗品評価の確認に使用。
  • NASA「Apollo 13: The Successful Failure」
    Aquariusを“lifeboat”として使用した経緯、LMの酸素と降下用エンジンが帰還に果たした役割の確認に使用。
  • NASA「Apollo 13 Mission Challenged Crew, Launch Team」
    Command Module停止、LMへの移動、生命維持、軌道変更と消耗品管理をApollo 13帰還の主要課題として確認するために使用。
  • Apollo 13 Press Kit
    Lunar Moduleの電源、酸素、水、環境制御、通信、誘導、Reaction Control System、Descent Propulsion Systemなど、本来のLMシステム構成の確認に使用。
  • NASA Mission Operations Report Apollo 13
    約57時間35分からのLM移行、58時間40分でのCSMパワーダウン完了、Command Module再突入用バッテリー消費量などの時系列確認に使用。
  • “`

資料について

本記事では「Aquariusが救命艇になった」という結果だけではなく、Command Moduleを停止する必要性、Lunar Moduleが独立した酸素・電力・生命維持・誘導・推進機能を持っていた理由をNASA公式資料から整理しています。

「Aquariusは2人・45時間用」という数値はNASAのApollo 13公式ミッション解説に基づきます。資料によってLMの公称生命維持時間の表現には若干の差がありますが、本記事ではNASAがApollo 13の消耗品問題を説明する際に使用している「45時間を約90時間へ延ばす」という整理を採用しています。

なお、タイトル中の「壊れたOdyssey」はCommand Module自体が爆発したという意味ではありません。事故はService Moduleの酸素系統で発生し、その結果としてCommand and Service Moduleを通常運用できなくなったことを指しています。