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なぜ捜索海域は南インド洋へ移ったのか2014〜2018年のMH370捜索

なぜ捜索海域は南インド洋へ移ったのか|2014〜2018年のMH370捜索

航空事故

2014年3月8日にMH370が消息を絶った直後、捜索の中心は南シナ海だった。北京へ向かっていた旅客機が最後に航空管制と交信した場所から考えれば、自然な出発点だった。

しかし、軍用レーダーはMH370が予定航路から西へ引き返したことを示し、Inmarsatの衛星通信データはさらに長時間の飛行を示した。BTOとBFOを使った解析が進むにつれ、捜索の焦点は東南アジア周辺から、オーストラリア西方の南インド洋へ大きく移っていく。[1]

そこから始まったのは、単なる「海上捜索」ではなかった。

航空機と艦船による海面捜索、ブラックボックスの水中ロケータービーコンを探す音響捜索、海底地形そのものを測るバシメトリ調査、深海を曳航するサイドスキャンソナー、複雑な地形へ潜るAUV。捜索海域はオーストラリア西岸から最大約2,800km離れ、水深は場所によって約6,000mに達した。[2]

2017年1月までに、ATSB主導の高解像度海底捜索は12万km²を超えた。それでもMH370は見つからなかった。翌2018年にはOcean Infinityがさらに11万2,000km²超を捜索したが、主機体は発見されなかった。[3][4]

では、なぜここまで捜索しても見つからなかったのか。

第6回では、捜索海域が南インド洋へ移った理由から、2014年の海面捜索、音響捜索、2014〜2017年のATSB海底捜索、そして2018年Ocean Infinityまでを追う。重要なのは「広い海を闇雲に探した」のではなく、新しい証拠が出るたびに候補海域を作り直し、その海域を一つずつ除外していったという点である。

CASE FILE 16|MH370便失踪特集(全10回)

  1. 第1回|MH370便失踪とは?|239人を乗せたボーイング777が消えた事件を追う
  2. 第2回|MH370最後の交信|クアラルンプール離陸から二次レーダー消失まで
  3. 第3回|ACARSとトランスポンダはなぜ途絶えたのか|MH370の通信・監視システムを読む
  4. 第4回|MH370はどこへ向かったのか|軍用レーダーが捉えた引き返しとマラッカ海峡
  5. 第5回|Inmarsat衛星データは何を示したのか|BTO・BFOと「第7アーク」
  6. 第6回|現在の記事:なぜ捜索海域は南インド洋へ移ったのか|2014〜2018年のMH370捜索
  7. 第7回|漂着残骸はMH370のものなのか|レユニオン島のフラペロンとインド洋の物証
  8. 第8回|MH370公式調査は何を結論づけたのか|2018年報告書で確定したこと・分からないこと
  9. 第9回|MH370の仮説はどこまで証拠があるのか|操縦者関与・火災・低酸素・ハイジャック・陰謀論
  10. 第10回|2026年現在、MH370はどこまで分かっているのか|Ocean Infinity再捜索と残された未解明点

この記事で分かること

  • なぜ最初の南シナ海捜索から南インド洋へ焦点が移ったのか
  • 2014年3月18日〜4月28日の海面捜索で何を探していたのか
  • 4月に検出された「音響信号」がなぜMH370発見につながらなかったのか
  • 海底捜索前に海底地形そのものを測量する必要があった理由
  • 曳航ソナー・マルチビーム音響測深・AUVをどう使い分けたのか
  • 2017年までに12万km²超を捜索して何が分かったのか
  • 661件のソナー上の注目地点から何が見つかったのか
  • なぜ捜索候補がさらに北側の約2万5,000km²へ移ったのか
  • 2018年Ocean Infinityが何を捜索し、どこまで調べたのか
  • 「見つからなかった」という結果が、捜索失敗だけを意味しない理由

先に結論|捜索海域は「場所を外し続けた」のではなく、証拠によって更新され続けた

MH370捜索を時系列で見ると、対象海域が何度も変化している。

これは、捜索側が無計画に場所を変えていたという意味ではない。事件直後にはレーダー記録が不完全で、Inmarsatデータを航空機位置の推定へ使う解析も完成していなかった。新しい証拠と解析結果が増えるたび、それまでの仮定を修正して、より可能性の高い場所へ捜索資源を移した結果である。

時期 主な捜索場所・方法 位置を決めた主な根拠 結果
2014年3月8日〜 南シナ海・マラッカ海峡周辺 最後の管制位置・軍用レーダー 機体発見なし
3月18日〜4月28日 南インド洋の海面捜索 SATCOM解析・漂流予測 MH370と確認できる漂流物なし
4月 水中音響捜索 ULBの発信期限と音響検出 MH370由来の信号と確認されず
2014年5月〜 海底地形測量 本格海底捜索の準備 未知だった海底地形を高精度化
2014年10月〜2017年1月 ATSB主導の高解像度海底捜索 第7アーク・飛行経路モデル 12万km²超を除外
2018年1月〜5月 Ocean Infinity再捜索 First Principles Review等で北側へ重点化 11万2,000km²超を捜索、主機体発見なし

最初の捜索|出発点は南シナ海だった

MH370はクアラルンプールから北京へ向かう予定だった。最後の通常の航空管制位置はマレー半島の東側、南シナ海上のIGARI付近だった。

そのため失踪直後の捜索は、南シナ海とベトナム・マレーシア周辺を中心に始まった。その後、マレーシア軍用レーダーから、機体がIGARI付近で引き返してマレー半島を西へ横断していたと分かり、マラッカ海峡やアンダマン海側へも捜索範囲が広がった。

しかし、第4回で見たように、地上レーダーによる追跡は02:22頃のMEKAR付近で終わる。一方、第5回で扱ったSATCOMデータは、その後もMH370が数時間飛行していたことを示していた。

ここで捜索の前提が変わった。

「最後のレーダー地点周辺へ墜落した航空機」を探すのではなく、その後さらに数千km飛行した可能性がある航空機を探さなければならなくなったのである。

なぜ南インド洋へ|北ではなく南を示したSATCOM解析

Inmarsat通信のBTOからは、各通信時刻に航空機が存在し得た「アーク」が作られた。しかしBTOだけでは北側と南側の候補を区別できなかった。

そこでBFO、レーダー最終位置、航空機性能、燃料消費などを組み合わせると、南向き飛行がデータと強く整合することが分かってきた。

ATSBによると、解析結果はMH370が南インド洋の、オーストラリアが捜索救難を担当する区域内にあるアーク付近へ到達したことを示した。マレーシア政府は2014年3月17日、オーストラリアへ南インド洋の捜索調整を要請した。[1]

以降、捜索の中心は東南アジアからオーストラリア西方へ移っていった。

まず、第7アークが西オーストラリア沖の南インド洋をどのように横切っているのかを確認しておく。

ATSBによるMH370第7アークの公式捜索計画図

ATSBが2014年6月5日に公開した第7アークの捜索計画図。白線が第7アークで、Perthとの位置関係やBroken Ridgeなどの海底地形を確認できる。これはMH370の墜落地点を示す地図ではなく、SATCOM解析から得られた「最終通信時に機体が存在し得た位置の弧」を示す。


ATSB公式「MH370 search images」で原図と利用条件を確認する

Image attribution: Australian Transport Safety Bureau, “Image: 7th arc”, 5 June 2014. CC BY 4.0 Australia.

2014年3月18日〜4月28日|まず海面を探した

南インド洋で最初に行われたのは海底捜索ではなく、航空機と艦船による海面捜索だった。

ATSBによれば、3月18日から4月28日まで、国際的な航空・海上部隊が第7アーク沿いで、海流と風によって漂流した可能性のある範囲を捜索した。[5]

捜索開始から時間が経っているため、仮に機体が海面へ衝突して破片が浮いていたとしても、残骸は衝突位置に留まらない。海流と風で流される。

そこで捜索側は、海流、風、波、実際に投入した漂流ブイなどを使って「事故地点から何日後なら破片がどこへ流れている可能性があるか」をモデル化し、航空機や船の捜索範囲を設定した。[6]

捜索範囲は解析の更新とともに移動した。3月28日には、新しいレーダー解析からMH370がそれまで想定していたより高速で飛んでいた可能性が示され、燃料消費量の増加から南へ到達できる距離が短くなるとして、海面捜索区域は約1,100km北東へ変更された。新しい区域は約31万9,000km²、パースから約1,850km西だった。[7]

FACT CHECK|「最初から現在の第7アーク周辺を探していた」?

そうではない。2014年3月の捜索区域は、レーダー・衛星通信・航空機性能の解析が更新されるたびに変更された。3月28日には推定速度と燃料消費の見直しだけでも区域が約1,100km移動している。現在知られている捜索海域は、事件直後から固定されていた場所ではない。[7]

4月の「音響信号」|ブラックボックスのpingだったのか

航空事故では、FDRとCVRに装着されたUnderwater Locator Beacon(ULB)が水没すると音響信号を発する。MH370でも、電池寿命が尽きる前にこの信号を捉えられるかが大きな焦点になった。

2014年4月5〜8日、捜索海域では水中音響信号が複数回検出され、当時はMH370のULBと関係している可能性が注目された。オーストラリア海軍艦Ocean Shieldには曳航式のpinger locatorが搭載され、音響捜索が実施された。[5][8]

しかし、その周辺を海底探査しても航空機の残骸は見つからなかった。ATSBは後に、海面捜索、音響捜索、音響検出地点周辺の海底捜索のいずれでも、9M-MROに関連する残骸や信号を特定できなかったと整理している。[9]

つまり、「ブラックボックスのpingを一度は捕まえたが逃した」と確定しているわけではない。検出された音がMH370由来だったこと自体が確認されなかったのである。

FACT CHECK|2014年4月にMH370のブラックボックス信号を発見した?

発見したとは確認されていない。当時「ULB由来の可能性がある音響検出」があったが、その海域を追加捜索しても機体は見つからず、ATSBはMH370に関連する信号として確定していない。[9]

海面から海底へ|「探す前に海底地図を作る」必要があった

4月28日に大規模な海面捜索が終了すると、捜索は海底へ移った。

だが、南インド洋の候補海域は、海底地形自体が十分に詳しく分かっていなかった。

ATSBの専用資料によれば、それまでの海底地図の多くは衛星から推定した粗いデータで、詳細な海洋測量がほとんど行われていない場所だった。本格的なソナー捜索を安全に行うには、まず水深、尾根、海山、谷などを調べる必要があった。[10]

バシメトリ調査で明らかになった地形には、海底火山由来の海山、最大約300mの尾根、周囲の海底から約1,400m深く落ち込む凹地などがあった。専用ATSB資料では20万km²超の海底について詳細測量が行われたとしている。[10]

これは単なる地図作りではない。

深海を曳航するソナー装置を海底近くへ安全に下ろすには、数百m級の急な地形を事前に把握しなければ、装置そのものを海底へ衝突させる危険があるからだ。

2014年10月|高解像度の海底捜索が始まる

詳細な海底地形が整うと、2014年10月から本格的な高解像度ソナー捜索が始まった。[11]

この段階では、第7アークそのものではなく、その周囲に具体的な海底捜索区域が設定され、船ごとに担当海域が割り当てられた。

ATSBによる2014年10月8日時点のMH370海底捜索区域図

ATSBが2014年10月8日に公開した海底捜索区域図。第7アーク沿いにGO PHOENIXとFUGRO DISCOVERYの担当区域が設定されている。捜索海域は固定された一つの点ではなく、解析結果に基づいて弧の周囲へ帯状に設定されていた。


ATSB公式「MH370 search images」で原図と利用条件を確認する

Image attribution: Australian Transport Safety Bureau, “Image: Underwater search area map”, 8 October 2014. CC BY 4.0 Australia.

主力となったのは、捜索船から長いケーブルで海中へ降ろす「towfish」と呼ばれる曳航体である。そこへサイドスキャンソナーや音響測深装置を搭載し、海底近くを一定の間隔で往復させた。

サイドスキャンソナーは左右へ音波を照射し、海底から返ってくる反射の強さや影から人工物らしい形を探す。一方、曳航体の真下はサイドスキャンだけでは死角になりやすいため、マルチビーム音響測深器などで補完した。[11]

地形が複雑すぎて曳航体を安全に通せない場所では、AUV(Autonomous Underwater Vehicle)が使われた。AUVは母船とケーブルでつながらず、自律航行しながら海底近くを走査できる。[12]

装備 役割 向いている場所
曳航式サイドスキャンソナー 広範囲の海底画像を効率よく取得 比較的連続して航走できる海底
マルチビーム音響測深 水深・海底形状、曳航体直下を補完 海底地形測量・死角補完
AUV 自律航行で高精度ソナー捜索 急峻・複雑で曳航が難しい場所
光学カメラ ソナー接触物の正体を確認 候補地点の詳細確認

なぜ深海捜索は難しかったのか

ATSBの最終捜索報告書は、候補海域の水深が最大約6,000mに達し、海流や海底地形も十分に分かっていなかったことを説明している。さらに捜索域は西オーストラリア沿岸から最大約2,800km離れ、年間を通して厳しい海象条件にさらされる。[2]

海面から6km下にある航空機を探す場合、船から直接カメラで見ることはできない。まず音響画像で人工物らしい反射を拾い、それを別の角度や高解像度センサーで再確認しなければならない。

航空機が一つの大きな塊で残っている保証もない。衝撃で広範囲のデブリフィールドになっていれば、自然の岩・海山・沈没船などと区別する作業が必要になる。

このため、広い海域を「一度通過したら終了」ではなく、ソナーデータの品質を確認し、データ欠落や不鮮明部分を再捜索し、疑わしい接触物を個別に調べる工程が続いた。

12万km²の海底から661件の「何か」が見つかった

2017年1月に捜索が停止されるまで、ATSB主導の高解像度海底捜索は12万km²を超えた。これは当時、同種の水中捜索・海底調査として史上最大規模だった。[2]

大量のソナー画像から、解析担当者は周囲と違う形状を持つ対象を「area of interest」として抽出した。

最終報告によると、661か所が注目地点として記録され、そのうち特に可能性がある82か所が詳しく調査された。しかし、すべてMH370とは無関係だった。代わりに4隻の沈没船が発見された。[2]

この数字は、深海捜索の意味をよく表している。

ソナー画像上に「人工物らしいもの」が見えても、それだけでは航空機ではない。候補を発見し、追加走査し、形状や位置を確認し、一つずつ除外する。その反復によって、「この海底範囲にはMH370の残骸は存在しない可能性が高い」という情報が積み上がっていく。

FACT CHECK|12万km²を探して見つからなかった=ソナーで見落とした可能性が高い?

ATSBはそのようには評価していない。捜索データには品質管理と再確認が行われ、2017年の最終報告では、捜索済みの12万km²超は「高い確度で除外された」としている。もちろん海底捜索に絶対はないが、公式評価では「同じ場所を単に見落とした」より、機体が当初の高確率区域外にある可能性を考える方向へ進んだ。[2]

2017年1月17日|捜索は「終了」ではなく「停止」された

2016年7月22日、マレーシア、オーストラリア、中国の3政府は、当時設定されていた捜索区域を完了しても機体が見つからず、特定地点を示す信頼できる新証拠がなければ、捜索を停止することで合意した。[13]

そして2017年1月17日、12万km²超の捜索が終わり、捜索は停止された。[14]

ここで「永久に諦めた」と理解するのは正確ではない。条件は、具体的な新しい捜索地点を示す証拠がない限り停止するというものだった。

実際、捜索停止の時点ですでに、衛星データ、漂着残骸、海流モデル、飛行経路解析を組み直す作業は続いていた。

捜索済み海域の「北側」が浮上した

2015年以降、レユニオン島やアフリカ東岸などでMH370由来と確認・評価された残骸が見つかり始めた。

そこでCSIROは、インド洋の海流に残骸を流した場合、実際の発見時期・発見場所をどの起点が最もよく再現するかを調べた。

2016年12月のFirst Principles Reviewでは、それまでに捜索された第7アーク沿いの36°S〜39.3°S付近には機体が存在する可能性が低いと評価された。一方、衛星データと漂流解析を合わせると、その北側にある33°S〜36°Sの未捜索区域、約2万5,000km²が最も可能性の高い場所として示された。[15]

2016年のFirst Principles Review Figure 14では、従来のIndicative Search Areaに対し、その北側へ続く約25,000km²のRemaining Prospective Areaが示されている。ここではPDF内の図を再転載せず、ATSB原資料を直接参照する。


ATSB「First Principles Review」Figure 14|Remaining prospective area を確認する

これは重要な変化である。

「12万km²を探したが何も分からなかった」のではない。12万km²を高い確度で除外できたことで、残された候補の相対的な重要度が上がったのである。

2018年|Ocean Infinityが「no find, no fee」で再捜索

2018年1月10日、マレーシア政府は米国の海底探査会社Ocean Infinityと、新たな水中捜索契約を結んだ。公式調査報告書によると、実際の捜索は1月22日に対象海域で始まり、5月29日に完了した。[3]

契約は一般に「no find, no fee」と呼ばれる成功報酬型で、機体を発見できなければ捜索費用の支払いを受けない方式だった。[16]

Ocean Infinityが投入したSeabed Constructorでは、複数の自律型無人潜水機を使い、従来の曳航式捜索より高速に広い海底を走査した。

5月29日に捜索が終了するまで、Ocean Infinityは11万2,000km²を超える海底データを取得した。これは当初想定された2万5,000km²を大幅に超え、約3か月余りの実働で、ATSB側が約2年半かけて調べた面積に近い規模だった。[4]

それでもMH370の主機体は発見されなかった。

マレーシアの2018年公式調査報告書も、ATSBの12万km²超に加え、Ocean Infinityがその北側を中心に11万2,000km²超を捜索したが、機体の主残骸は見つからなかったと記録している。[3]

なぜ23万km²以上を探しても見つからなかったのか

単純にATSBの12万km²とOcean Infinityの11万2,000km²を足して、「約23万km²を完全に別々に調べた」と扱うのは慎重であるべきだ。捜索区域の定義や一部の重なり、各資料が数える面積の基準は同一ではない。

ただし、非常に広大な海底が高解像度センサーで調査されたにもかかわらず、MH370が発見されなかったことは確かである。

理由を考えるうえでは、「捜索技術」と「捜索位置モデル」を分ける必要がある。

論点 評価
ソナーが広い範囲を十分調べられなかった ATSBは捜索済み区域を高い確度で除外
海底地形が複雑だった FACT。曳航装置だけでなくAUV等を併用
最初に選んだ高確率区域が実際の墜落位置とずれていた 十分あり得る。後の解析で候補は北へ移動
第7アークから大きく離れた場所に機体がある 可能性はあるが、SATCOM・燃料・終末飛行との整合性評価が必要
機体は捜索区域内にあり、全調査で見落とされた 完全排除はできないが、公式評価では低い
海底捜索で何も分からなかった 誤り。広大な候補区域を除外し、次の探索範囲を狭めた

MH370捜索の最大の問題は、「深海ソナーで航空機を見つけられない」ことよりも、数千kmに及ぶ不確かな最終飛行から、ソナーを走らせるべき海底を正しく選ばなければならないことにある。

捜索史から分かる「証拠の階層」

ここまでの第2〜6回をつなぐと、MH370の位置情報は時間とともに質が変わっていったことが分かる。

段階 証拠 位置精度
通常飛行 SSR・航空管制 高い
引き返し後 一次/軍用レーダー 位置は追えるが情報量が低下
02:22以降 SATCOM BTO/BFO 点ではなく確率的な経路・アーク
墜落後 海面漂流物・漂流モデル 海流を逆算した確率分布
海底捜索 ソナー・AUV 捜索した海底を直接除外できる

時間が進むほど「機体を直接見る情報」が減り、モデルと確率への依存が増える。

逆に海底ソナーは、候補海域さえ正しければ、その場所に機体があるかどうかを直接検証できる。だからMH370捜索では、どこを探すかを決める解析と、決めた場所をどう探すかという海底探査を分けて考える必要がある

まとめ|「見つからなかった海域」も、捜索結果である

MH370捜索は、南シナ海から始まり、軍用レーダーによってマラッカ海峡側へ広がり、Inmarsat衛星通信の解析によって南インド洋へ移った。

2014年3月18日から4月28日までは航空機・艦船による海面捜索が行われ、4月にはブラックボックスのULBを想定した音響捜索も行われた。しかしMH370に関連する漂流物や音響信号は確認されなかった。

その後は海底地形を測量し、2014年10月から本格的な高解像度ソナー捜索へ移行した。2017年1月までに12万km²超を調べ、661か所の注目地点を抽出し、82か所を詳細調査したがMH370は見つからなかった。

一方、その「不発見」と漂着残骸の漂流解析は、従来区域より北側の約2万5,000km²へ候補を移す材料になった。2018年にはOcean Infinityがさらに11万2,000km²超を捜索したが、それでも主機体は見つからなかった。

したがってMH370の捜索史は、「莫大な面積を探したのに何も分からなかった」という話ではない。

捜索した海底を一つずつ候補から消し、残された場所の確率を更新し続けた歴史である。

そして捜索中断後も、もう一つ重要な証拠は海の向こうから増え続けた。レユニオン島、モザンビーク、タンザニアなど、インド洋西部の海岸へ航空機の一部とみられる残骸が漂着し始めたのである。

次の第7回では、その中でも最初に大きな転換点となったレユニオン島のフラペロンを中心に、「どの残骸がMH370と確認されたのか」「漂着地点から何を推定できるのか」を整理する。


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CASE FILE 16|全10回

  1. 第1回|MH370便失踪とは?|239人を乗せたボーイング777が消えた事件を追う
  2. 第2回|MH370最後の交信|クアラルンプール離陸から二次レーダー消失まで
  3. 第3回|ACARSとトランスポンダはなぜ途絶えたのか|MH370の通信・監視システムを読む
  4. 第4回|MH370はどこへ向かったのか|軍用レーダーが捉えた引き返しとマラッカ海峡
  5. 第5回|Inmarsat衛星データは何を示したのか|BTO・BFOと「第7アーク」
  6. 第6回|現在の記事:なぜ捜索海域は南インド洋へ移ったのか|2014〜2018年のMH370捜索
  7. 第7回|漂着残骸はMH370のものなのか|レユニオン島のフラペロンとインド洋の物証
  8. 第8回|MH370公式調査は何を結論づけたのか|2018年報告書で確定したこと・分からないこと
  9. 第9回|MH370の仮説はどこまで証拠があるのか|操縦者関与・火災・低酸素・ハイジャック・陰謀論
  10. 第10回|2026年現在、MH370はどこまで分かっているのか|Ocean Infinity再捜索と残された未解明点

今回出てきた言葉

ATSB
Australian Transport Safety Bureau(オーストラリア運輸安全局)。マレーシア政府の要請を受け、南インド洋でのMH370海底捜索を主導・調整した。
AMSA
Australian Maritime Safety Authority(オーストラリア海事安全局)。2014年3〜4月の南インド洋海面捜索を調整した。
ULB
Underwater Locator Beacon。FDRやCVRに装着され、水没すると音響信号を発するビーコン。2014年4月にはMH370のULBを想定した音響捜索が実施された。
バシメトリ(bathymetry)
海底の水深や地形を測量・地図化すること。MH370では高解像度ソナー捜索を安全に行うため、先に候補海域の詳細な海底地形を測定した。
サイドスキャンソナー
左右へ音波を照射し、海底から返る反射強度と影から地形や物体を画像化する装置。MH370の広域海底捜索で主要なセンサーとして使用された。
towfish
捜索船から長いケーブルで曳航する水中探査体。ソナーなどを搭載し、海底近くを一定高度で移動しながらデータを取得する。
AUV
Autonomous Underwater Vehicle。母船からケーブルでつながれず、自律航行する無人潜水機。曳航ソナーでは安全に走査しにくい急峻な海底などで使われた。
First Principles Review
2016年に専門家が衛星通信、航空機性能、終末飛行、漂着残骸、漂流解析などを最初から再検討したレビュー。従来捜索区域より北側の約2万5,000km²を最有力候補として示した。
Ocean Infinity
海底探査を専門とする米国企業。2018年にマレーシア政府との契約でMH370捜索を再開し、11万2,000km²を超える海底を調査した。

出典・参考資料

  • Australian Transport Safety Bureau, MH370 Search Overview.
    初期捜索から南インド洋への移行、2014年3月17日のオーストラリアへの要請、海面捜索終了後の三国協力、ATSBによる海底捜索の位置づけを確認。
    ATSB公式ページを開く
  • Australian Transport Safety Bureau, The Operational Search for MH370, 3 October 2017.
    12万km²超の海底捜索、水深・遠隔性・海底地形、ソナー品質管理、661件の注目地点、82件の詳細調査、4隻の沈没船、捜索済み区域を高い確度で除外したことの主要根拠。
    ATSB最終捜索報告書PDFを開く
  • Ministry of Transport Malaysia, Safety Investigation Report MH370 (9M-MRO), 2018.
    2014〜2017年の捜索期間、ATSBによる12万km²超の海底捜索、2018年Ocean Infinity契約・捜索期間・11万2,000km²超という公式数値を確認。
    マレーシア運輸省公式報告書を開く
  • Ocean Infinity, Conclusion of current search for Malaysian Airlines flight MH370, 29 May 2018.
    2018年捜索が11万2,000km²超の海底を走査したこと、約3か月の実働で終了し、機体を発見できなかったことを確認。
    Ocean Infinity公式発表を開く
  • Australian Transport Safety Bureau, Considerations on defining the search area – MH370.
    2014年3月18日〜4月28日の海面捜索、漂流域の考え方、4月の水中音響検出、第7アークと燃料枯渇の関係を確認。
    ATSB公式解説を開く
  • Australian Transport Safety Bureau, MH370: Aircraft Debris and Drift Modelling.
    海面捜索で漂流ブイ、風、波、海流を用いて漂流モデルを更新したこと、後の漂着残骸解析の基礎を確認。
    ATSB漂流解析解説を開く
  • Australian Transport Safety Bureau, Search operation for Malaysia Airlines aircraft: No. 1, 28 March 2014.
    レーダー解析更新により推定速度・燃料消費が変わり、捜索区域が約1,100km北東へ移動したこと、新区域約31万9,000km²・パース西約1,850kmという当時の公式情報を確認。
    ATSB公式発表を開く
  • Australian Transport Safety Bureau, Annual Report 2013-14.
    Ocean Shieldによる曳航式pinger locatorを使ったULB音響捜索と、検出地点周辺の海底調査でMH370に関連する残骸が確認されなかったことを確認。
    ATSB年次報告書PDFを開く
  • Australian Transport Safety Bureau, Investigation AE-2014-054.
    海面・音響・音響検出地点周辺の海底捜索で、MH370に関連する残骸や信号が確認されなかったことを確認。
    ATSB調査ページを開く
  • Australian Transport Safety Bureau, MH370: Bathymetric Survey.
    捜索海域の既存海底地図が粗かったこと、20万km²超の詳細測量、海山・最大約300mの尾根・約1,400mの凹地などの地形を確認。
    ATSB海底地形調査解説を開く
  • Australian Transport Safety Bureau, MH370: Sonar Contacts.
    2014年10月からの水中捜索、towfish、サイドスキャンソナー、マルチビーム音響測深、AUV、ソナー接触物の確認工程を整理するため使用。
    ATSBソナー捜索解説を開く
  • Australian Transport Safety Bureau, The intensified underwater search for MH370.
    最大約6,000mの水深を想定した曳航ソナー、AUV、光学画像装置の捜索計画を確認。
    ATSB水中捜索解説を開く
  • Australian Transport Safety Bureau, About the search.
    2016年7月22日の三国合意と、新たな具体的位置を示す証拠がない場合に捜索を停止するという条件を確認。
    ATSB公式ページを開く
  • Australian Transport Safety Bureau, MH370 Operational Update.
    ATSB主導の海底捜索が2017年1月17日に停止されたことを確認。
    ATSB運用更新ページを開く
  • Australian Transport Safety Bureau, MH370 First Principles Review, 2016.
    36°S〜39.3°Sの既捜索海域を高い確度で除外し、33°S〜36°Sの第7アーク沿い約2万5,000km²を最も可能性が高い未捜索区域と評価したことを確認。
    First Principles Review PDFを開く
  • Air Accident Investigation Bureau Malaysia, Safety Bulletin, January 2019.
    2018年Ocean Infinity捜索が「no cure no fee」方式で行われ、主残骸を発見できず終了したことを確認。
    マレーシアAAIB Safety Bulletinを開く

本記事は2014〜2018年の捜索史に範囲を限定し、2025〜2026年のOcean Infinity再捜索は第10回で扱う。面積については、海面捜索、海底地形測量、高解像度ソナー捜索で「何を面積として数えるか」が異なるため単純合算しない。ATSB専用資料では詳細バシメトリ調査を20万km²超、2014〜2017年の高解像度海底捜索を12万km²超、マレーシア2018年公式報告書ではOcean Infinityによる2018年捜索を11万2,000km²超としている。本記事では各数値の対象工程を分離した。また2014年4月の音響検出は「MH370のブラックボックス信号」と確定していないため、当時の有力候補と後の評価を区別した。