1970年4月17日。
Apollo 13は地球へ戻ってきた。
月面着陸船Aquariusの電力と酸素、水を節約し、二酸化炭素を除去し、降下用エンジンで軌道を修正する。
事故発生から約3日半、3人はそこまでたどり着いた。
しかし、まだ帰還は終わっていない。
Aquariusは地球大気圏へ再突入できない。
最後に3人を守れるのは、事故直後からほぼ電源を落としたまま保存していた司令船Odysseyだけだった。
問題は、そのOdysseyが約3日半、ほとんど眠った状態にあったことである。
船内は冷え、壁や機器には結露が生じていた。
再突入用バッテリーには限界がある。
さらに、サービスモジュールを切り離すまで、酸素タンク事故で宇宙船がどれほど損傷しているのか、乗員自身も見ることができなかった。
地球へ近づいた最後の数時間。
Apollo 13には、まだ三つの大きな課題が残されていた。
Odysseyを再起動すること。
耐熱シールドが無事であること。
正しい角度で大気圏へ入ること。
そして1970年4月17日、飛行開始から142時間54分41秒。
Odysseyは南太平洋へ着水した。
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アポロ13号特集|全10回
- 第1回 アポロ13号とは?|月面着陸から「生還ミッション」へ変わった6日間
- 第2回 アポロ13号は何をするはずだったのか|3人の乗員とフラ・マウロ月面着陸計画
- 第3回 「Houston, we’ve had a problem」|アポロ13号で酸素タンクが爆発した夜
- 第4回 なぜアポロ13号の酸素タンクは爆発したのか|地上試験から事故までを追う
- 第5回 月着陸船Aquariusはどう「救命艇」になったのか|壊れたOdysseyからの脱出
- 第6回 電力・水・CO2をどう切り詰めたのか|アポロ13号を生かした即席の生命維持策
- 第7回 アポロ13号はどう地球へ戻ったのか|月を回る自由帰還軌道とエンジン噴射
- 第8回 停止していたOdysseyを再起動せよ|アポロ13号、再突入から太平洋着水まで【現在の記事】
- 第9回 アポロ13号事故は何を変えたのか|事故調査委員会の結論と酸素タンク再設計
- 第10回 映画『アポロ13』はどこまで実話なのか|人物・台詞・Mission Controlを史実と比較
なぜ最後にOdysseyへ戻らなければならないのか
事故後のApollo 13では、Aquariusが事実上の主宇宙船になっていた。
酸素。
電力。
水。
二酸化炭素除去。
通信。
誘導。
姿勢制御。
そして地球へ戻るためのエンジン。
それらの多くをAquariusが担当した。
しかし、月着陸船には決定的に存在しないものがある。
地球大気圏への再突入能力である。
地球へ戻る宇宙船は、秒速約11kmという速度で大気へ突入する。
空気との衝突によって機体前方には極めて高温の環境が生じる。
Command Module Odysseyには、その熱から乗員を守るための耐熱シールドが備えられていた。
Aquariusにはない。
したがってApollo 13の帰還計画は、最初から、
- Aquariusで地球付近まで生き延びる
- Odysseyを再起動する
- Service Moduleを切り離す
- Aquariusを切り離す
- Odysseyだけで再突入する
という形にならざるを得なかった。
そのためOdysseyは、事故直後から「保存」されていた
酸素タンク事故後、Odysseyを通常状態のまま使い続ければ再突入用バッテリーを消耗する。
そこで飛行時間58時間40分ごろ、Command Moduleは大幅にパワーダウンされた。
照明。
誘導装置。
計器。
環境制御。
通常なら使用する多数の機器を停止する。
目的は、約3日半後の再突入時に必要な電力を残すことだった。
しかし電源を切るということは、宇宙船を暖める熱源も失うことを意味した。
Odysseyは徐々に冷えていった。
電源を切ったOdysseyでは、結露が始まった
Apollo宇宙船内には乗員の呼吸や生活から水蒸気が発生する。
電気機器が作動している通常状態では、船内には一定の熱がある。
しかしOdysseyは数日間ほぼ停止した。
船内温度が低下すると、水蒸気は壁や機器表面で水滴になる。
NASAの記録では、再起動時のCommand Moduleは非常に冷え、壁、天井、床、ワイヤーハーネス、パネルなどに水滴が付着していた。
船内温度は約38°F、約3℃まで下がっていた。
問題は快適性だけではない。
水分が付いた電気機器へ再び電力を入れる。
短絡やアークが発生しないかという懸念があった。
NASAはApollo 1火災後にCommand Moduleの配線や電気安全性を改善していた。Apollo 13の再起動では結露がありながら、重大なアークや短絡は発生しなかった。
通常なら数か月かける再起動手順を作り直した
Odysseyを再起動するといっても、通常のチェックリストをそのまま使うことはできなかった。
通常手順は、サービスモジュールの燃料電池から十分な電力が供給されていることを前提としている。
Apollo 13では燃料電池は使えない。
限られたCommand Moduleのバッテリーだけで、再突入に必要なシステムを順番に立ち上げなければならない。
機器を早く入れすぎれば電力が足りなくなる。
しかし遅すぎれば、誘導装置の調整や再突入準備が間に合わない。
Mission Controlでは、電力負荷を一つずつ計算しながら新しい起動手順を作った。
NASAは後年、この手順について、通常なら約3か月かけて作る内容を約3日でまとめたと説明している。
地上では手順をシミュレーターで検証し、実際に使用可能であることを確認したうえでApollo 13へ送った。
AquariusからOdysseyへ電力を戻した
さらにNASAは、Command Moduleの電力を少しでも確保するため、本来とは逆方向の電力運用を行った。
通常、月着陸船を起動するときにはCommand and Service Module側からLMへ電力を供給できる。
Apollo 13では、この経路を利用してAquariusからOdyssey側へ電力を送り、Command Moduleの再突入用バッテリーを充電した。
月着陸船を生かすために司令船の電力を使う本来の構成を逆転させ、今度は月着陸船の電力を司令船の帰還へ移す。
事故後のApollo 13で繰り返された「本来とは違う使い方」の一つだった。
サービスモジュールを切り離すまでは、事故の全体像が見えなかった
もう一つの不安があった。
耐熱シールドは無事なのか。
酸素タンク2番はService Module内部で破損した。
事故直後、乗員には大きな音と振動が伝わり、外部へガスが流出した。
しかしCommand ModuleとService Moduleは接続されたままである。
乗員は窓からサービスモジュールの事故部分を直接見ることができない。
どこまで機体が壊れているのか分からない。
そしてCommand Moduleの耐熱シールドは、Service Moduleと接続している後端側にある。
事故の衝撃がそこまで及んでいれば、大気圏再突入で初めて問題が表面化する可能性がある。
耐熱シールドを飛行中に詳しく検査する方法はなかった。
なぜService Moduleをもっと早く捨てなかったのか
損傷したService Moduleが不要なら、事故直後に切り離せばよいようにも見える。
しかしNASAは、地球へかなり接近するまでService Moduleを残した。
理由の一つは、Command Module後方にある耐熱シールドを宇宙空間へ長時間直接さらすことへの懸念だった。
事故後は通常より長い期間、宇宙船が非常に低温の状態に置かれている。
Service Moduleを残しておけば、少なくとも再突入直前まで耐熱シールドを外部環境から覆うことができる。
さらにOdysseyの電力節約のためにも、分離作業は必要な時刻まで遅らせた。
約138時間|Service Moduleを切り離した
1970年4月17日。
飛行開始から約138時間。
再突入まで約4時間半。
Service ModuleがCommand Moduleから切り離された。
OdysseyとAquariusは、離れていくService Moduleの横を通る。
そこで3人は初めて、酸素タンク事故による外部損傷を直接見ることができた。
機体側面の一つのパネルが、ほぼ丸ごと失われていた。
NASAの写真には、Service Module Sector 4周辺が大きく開き、内部構造が露出している姿が残されている。
酸素タンク2基、燃料電池3基、水素タンク2基が配置されていた区画である。
高利得アンテナ周辺にも損傷が見えた。
ラヴェルは後に、実際の損傷を見て、隣接するCommand Moduleの耐熱シールドまで影響を受けているのではないかと心配したと回想している。
しかし耐熱シールドは、まだ見ることができない
Service Moduleを切り離したことで損傷の大きさは分かった。
それでも、最も知りたいものは確認できなかった。
Command Moduleの耐熱シールドである。
機体構造上、乗員が窓から後方のシールド面を直接詳細に観察することはできない。
損傷しているかどうかの最終的な答えは、再突入するまで得られない。
ここまでのApollo 13では、問題が発生するたびに地上で数値を測り、別の方法を考えることができた。
しかし耐熱シールドについては違う。
再突入して機能するかどうかを見るしかなかった。
再突入2時間30分前|Odysseyを本格的に起動する
NASAのMission Operations Reportでは、Command Moduleの本格的なパワーアップはEntry Interfaceの約2時間30分前から開始された。
スワイガートを中心に、地上から送られた新しい手順でOdysseyの各システムを起動する。
ヘイズもOdysseyへ移り、作業を支援した。
電源。
通信。
誘導コンピューター。
計器。
姿勢制御。
再突入に必要なシステムを、決められた順序で復帰させる。
Mission ControlにはOdysseyからのテレメトリが再び届き始める。
各システムは正常に動いた。
約3日半の「cold soak」を経たCommand Moduleが、地球帰還用宇宙船へ戻っていった。
Aquariusから誘導情報をOdysseyへ引き継ぐ
再突入では、Command Module自身の誘導装置が正しい姿勢と軌道を認識していなければならない。
しかしOdysseyの誘導システムは長時間停止されていた。
事故後の大部分で姿勢と航法を担当していたのはAquariusである。
NASAは地球接近前にAquariusのPrimary Guidance and Navigation Systemを正確に調整し、その情報をCommand Module側の誘導システムへ移す手順を採った。
これによってOdyssey側の再調整に必要な時間を短縮できた。
再突入直前になって、宇宙船の「頭脳」もAquariusからOdysseyへ戻された。
最後までAquariusを残した理由
Odysseyが起動したあとも、Aquariusはすぐには切り離されなかった。
理由は電力だった。
LMを接続している間は、可能な限りAquarius側のシステムを利用し、Command Moduleのバッテリー使用を遅らせることができる。
NASAはLMを再突入約1時間前まで残した。
事故発生直後から4日近く3人を支えた「救命艇」を、本当に不要になる最後の時点まで使ったのである。
141:30|「Farewell, Aquarius」
飛行時間約141時間30分。
地球からの高度は約12,946マイル。
3人全員がOdysseyへ移った。
ラヴェルはAquariusを無人状態で安定させ、Odysseyとの間のハッチを閉鎖した。
通常の月面ミッションとは異なる方法で分離する必要があった。
NASAの記録では、2機の間のトンネル部分を部分的に減圧し、残った圧力を分離する力として利用した。
そしてAquariusが離れていく。
CapComのジョー・カーウィンは、地上から別れの言葉を送った。
「Farewell, Aquarius, and we thank you.」
Apollo 13は、ついにOdysseyだけになった。
Aquariusはその後どうなったのか
Aquariusには耐熱シールドがない。
分離後、そのまま地球大気へ突入した。
Service Moduleも同様に大気圏で破壊された。
NASAの軌道計算では、Aquariusの一部は完全には燃え尽きず、サモアとニュージーランドの間の外洋へ落下したと考えられている。
一方、Odysseyは再突入用の姿勢へ入った。
142:40:46|地球大気へ突入
飛行時間約142時間40分46秒。
Odysseyは高度約400,000フィート、約122kmのEntry Interfaceへ到達した。
速度は約36,210ft/s。
秒速約11.0km、時速にすると約39,700kmに相当する。
ここから大気による本格的な減速が始まる。
Command Moduleは耐熱シールド側を進行方向へ向け、大気との抵抗によって速度を落としていく。
急激な減速によって、乗員には最大約5.2Gの荷重がかかった。
数日間の低温、睡眠不足、節水の後に、3人は最後の物理的負荷を受ける。
通信が途絶えた
大気へ高速で突入すると、宇宙船周囲の空気は加熱され、電離する。
機体を取り囲むプラズマによって電波通信が困難になる。
通信ブラックアウトである。
これはApollo 13固有の故障ではない。
Apolloの再突入で通常発生する現象だった。
しかしApollo 13では、耐熱シールドが事故で損傷していないかを事前に確認できていない。
そのため通信が再び戻ることは、単なる通信復旧ではなく、Odysseyが再突入の高熱と減速を通過したことを地上側が確認する重要な瞬間でもあった。
数分間、地上から宇宙船の声は聞こえなかった。
そして通信が戻った。
耐熱シールドは機能した
事故の衝撃がCommand Moduleの耐熱シールドへ致命的な損傷を与えていた場合、それを飛行中に修理する方法はなかった。
実際の再突入で正常に減速したことで、初めてシールドが必要な性能を維持していたことが確認された。
冷え切ったOdysseyも正常に動作した。
NASAのMission Operations Reportは、再突入中のCommand Module各システムについて正常に機能したと記録している。
24,000フィート|2個のドローグシュートが開く
再突入によって速度が十分に落ちると、次はパラシュートによる降下へ移る。
高度約24,000フィート、約7.3km。
2個のドローグシュートが展開された。
小型のパラシュートでCommand Moduleをさらに減速させ、姿勢を安定させる。
その後、約10,000フィート、約3kmで3個のメインパラシュートが展開。
オレンジと白の巨大なパラシュートの下に、Odysseyが姿を現した。
USS Iwo Jima周辺の回収部隊やテレビカメラからも降下が確認できた。
142:54:41|南太平洋へ着水
1970年4月17日。
飛行時間142時間54分41秒。
Odysseyは南太平洋へ着水した。
打ち上げから約5日22時間54分。
予定していた月面着陸は実現しなかった。
しかしラヴェル、スワイガート、ヘイズの3人は地球へ戻った。
| 帰還イベント | 時刻(GET) |
|---|---|
| 最終軌道修正 | 約137:40 |
| Service Module切離し | 約138:02 |
| Odyssey本格再起動開始 | Entry Interface 約2時間30分前 |
| Aquarius切離し | 約141:30 |
| Entry Interface | 約142:40:46 |
| ドローグシュート | 高度約24,000ft |
| メインパラシュート | 高度約10,000ft |
| 着水 | 142:54:41 |
着水地点は予測から約1海里だった
Odysseyの着水地点は、南緯約21.63度、西経約165.37度。
南太平洋である。
NASAのApollo by the Numbersによれば、実際の着水地点は目標地点から約1.0海里。
主回収艦USS Iwo Jimaから約3.5海里、通常のマイルにすると約4マイルだった。
事故によって本来の飛行計画を失い、月の裏側を回り、月着陸船のエンジンで複数回軌道を作り直した宇宙船が、最終的には回収艦から数kmという範囲へ戻ってきたことになる。
着水から約45分後、3人はUSS Iwo Jimaへ
着水後、海軍の回収チームがOdysseyへ接近した。
潜水員がCommand Moduleを安定させ、乗員を救命いかだへ移す。
ラヴェル、スワイガート、ヘイズはヘリコプターで回収された。
NASAの記録では、着水から約45分後には3人ともUSS Iwo Jimaに収容されていた。
Mission Operations Reportは、乗員の状態をgood conditionと記録している。
Apollo 13の飛行は、ここで終了した。
なぜ「再突入成功」は最後まで確定していなかったのか
Apollo 13では、帰還軌道が正しく計算された時点でも生還は確定していない。
Aquariusの消耗品が足りると分かった時点でも同じである。
最後まで残っていた不確定要素は、主に次のようなものだった。
| 課題 | なぜ問題だったのか |
|---|---|
| Odyssey再起動 | 長期間低温・結露状態で停止されていた |
| バッテリー | 再突入まで電力を残す必要があった |
| 耐熱シールド | 酸素タンク事故の影響を直接確認できなかった |
| 誘導 | 再突入角を狭い許容範囲へ合わせる必要 |
| 分離 | Service ModuleとAquariusを適切な時刻に切り離す必要 |
| 再突入・パラシュート | Command Moduleの通常帰還システムが最後まで正常に働く必要 |
したがって「月を回って地球へ向かった時点で助かった」という見方も正確ではない。
帰還軌道は必要条件の一つにすぎなかった。
FACT CHECK|Odysseyそのものが壊れていた?
Command Module Odysseyの乗員区画そのものが爆発したわけではない。
事故の中心はService Moduleの酸素タンク2番だった。
しかし酸素供給と燃料電池を失ったため、Command and Service Moduleを通常どおり運用できなくなった。
Odysseyは再突入能力を残すため意図的に停止されていた。
FACT CHECK|Service Moduleを切り離した時点で耐熱シールドの無事を確認できた?
完全には確認できない。
Service Moduleの大規模損傷は目視・撮影できた。
しかしCommand Module後端の耐熱シールドを詳細に検査することはできなかった。
再突入が正常に進んで初めて、耐熱シールドが必要な性能を保っていたことが事実上確認された。
FACT CHECK|再突入中の通信途絶は新たな故障だった?
違う。
高速で大気へ入ると、Command Module周辺に電離した気体が形成され、通信が一時的に遮断される。
Apolloの再突入では想定されていた現象である。
Apollo 13では耐熱シールドへの不安があったため、通信回復を待つ時間の意味が通常以上に大きかった。
FACT CHECK|Aquariusがそのまま着水した?
着水したのはOdysseyである。
Aquariusは再突入約1時間前に分離された。
地球大気へ再突入する耐熱構造を持たないため、その後大気圏で破壊された。
FACT CHECK|着水地点はUSS Iwo Jimaから1マイルだった?
数字を分ける必要がある。
NASAの最終的な整理では、着水地点は予定目標地点から約1海里。
USS Iwo Jimaからは約3.5海里、約4通常マイルだった。
「1マイル」は目標地点との誤差、「約4マイル」は回収艦までの距離である。
「successful failure」は、どこで成立したのか
Apollo 13は本来の目的を達成していない。
フラ・マウロへ着陸していない。
月面の岩石を採取していない。
ALSEPも設置していない。
月面着陸ミッションとしては中止された。
一方、事故発生後の目的は一つだった。
3人を地球へ帰すこと。
そのために、
- Aquariusを救命艇にする
- 電力と水を節約する
- CO2除去装置を改造する
- 月着陸船のエンジンで軌道を修正する
- Command Moduleのバッテリーを保存・充電する
- 停止したOdyssey用に新しい再起動手順を作る
- 損傷範囲が分からない状態で再突入を実行する
という別のミッションが組み立てられた。
その意味でNASAが後にApollo 13を「successful failure」と表現したとき、成功したのは月面着陸ではない。
事故後に再定義された帰還ミッションだった。
まとめ|最後に役割はAquariusからOdysseyへ戻った
Apollo 13の事故後、Odysseyは再突入用の電力を残すため約58時間40分で大幅にパワーダウンされた。
それから約3日半。
3人の生命維持と宇宙船の制御を担ったのはAquariusだった。
地球へ近づくと、まずService Moduleを切り離した。
そこで乗員は初めて、酸素タンク事故によって機体側面のパネルが大きく失われていることを確認した。
しかしCommand Moduleの耐熱シールドが無事かどうかは分からない。
Entry Interface約2時間30分前から、地上で新しく作られた手順を使ってOdysseyを再起動した。
冷え切り、結露した宇宙船の各システムは正常に立ち上がった。
そして141時間30分。
4日近く3人を支えたAquariusを切り離す。
残ったのはOdysseyだけだった。
142時間40分台で地球大気へ突入。
通信ブラックアウトを通過し、2個のドローグシュート、3個のメインパラシュートを展開。
飛行時間142時間54分41秒、南太平洋へ着水した。
月着陸船の役割は、月面へ降りることから3人を地球の入口まで運ぶことへ変わった。
司令船の役割は、一度停止され、最後の14分間のために復活した。
Apollo 13の帰還は、一つの宇宙船が最後まで耐えた結果ではない。
OdysseyとAquariusに残された機能を、時間ごとに入れ替えながら使い切った結果だった。
3人は帰還した。
だがNASAには、もう一つの仕事が残っていた。
酸素タンク2番で起きた事故を公式に説明し、同じ事故を次のApolloで起こさないよう宇宙船を改修することである。
CASE FILE 14|アポロ13号特集 全10回
- 第1回 アポロ13号とは?|月面着陸から「生還ミッション」へ変わった6日間
- 第2回 アポロ13号は何をするはずだったのか|3人の乗員とフラ・マウロ月面着陸計画
- 第3回 「Houston, we’ve had a problem」|アポロ13号で酸素タンクが爆発した夜
- 第4回 なぜアポロ13号の酸素タンクは爆発したのか|地上試験から事故までを追う
- 第5回 月着陸船Aquariusはどう「救命艇」になったのか|壊れたOdysseyからの脱出
- 第6回 電力・水・CO2をどう切り詰めたのか|アポロ13号を生かした即席の生命維持策
- 第7回 アポロ13号はどう地球へ戻ったのか|月を回る自由帰還軌道とエンジン噴射
- 第8回 停止していたOdysseyを再起動せよ|アポロ13号、再突入から太平洋着水まで【現在の記事】
- 第9回 アポロ13号事故は何を変えたのか|事故調査委員会の結論と酸素タンク再設計
- 第10回 映画『アポロ13』はどこまで実話なのか|人物・台詞・Mission Controlを史実と比較
出典・参考資料
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NASA「Apollo 13 Mission Report」
Service Module分離、Lunar Module分離、Entry Interface、再突入速度、着水時刻・位置など最終帰還フェーズの確認に使用。 -
NASA「Mission Operations Report Apollo 13」
Command Moduleパワーアップ開始時刻、誘導系の移行、LMを再突入直前まで保持した理由、再突入時のシステム状態、乗員回収の確認に使用。 -
NASA「Apollo 13 Crew Returns Safely to Earth」
AquariusからCommand Moduleへの電力利用、Odyssey再起動、LM切離し、再突入、ブラックアウト、パラシュート展開、USS Iwo Jimaによる回収の確認に使用。 -
NASA「Apollo 13: Mission Details」
冷えたCommand Moduleと結露、再起動手順の開発、Service Module切離し、耐熱シールドへの懸念の確認に使用。 -
NASA「Damaged Apollo 13 Service Module」
Service Module Sector 4の外板パネル喪失と内部損傷を写したNASA公式画像・説明の確認に使用。 -
NASA「Apollo by the Numbers」
Entry Interface 142:40:45.7、再突入速度36,210.6ft/s、着水142:54:41、着水座標、目標地点・USS Iwo Jimaとの距離、回収時間の確認に使用。
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資料について
本記事ではNASAの最終Mission Reportを中心に帰還時刻を整理しています。リアルタイムのMission Operations ReportなどではService Module・Lunar Module分離時刻や着水時刻に数秒~数十秒程度の表記差があります。これは記録・イベント定義の違いによるもので、本記事では秒単位の差が記事の論点にならない箇所は「約138時間2分」「約141時間30分」のように丸めています。
耐熱シールドについては「事故で損傷していた」とは記述していません。Service Moduleの大規模損傷を見たことで乗員・NASAが耐熱シールドへの影響を懸念しましたが、飛行中にシールドの損傷が確認されたわけではありません。正常な再突入によって必要な性能が維持されていたことが結果として確認されました。
また、再突入中の通信ブラックアウトはApollo 13事故による新たな故障ではなく、高速再突入時の電離気体によって発生する通常の通信途絶として扱っています。