1970年4月17日。
Apollo 13のOdysseyが南太平洋へ着水したその日、NASAでは次の仕事が始まった。
なぜ事故が起きたのかを確定し、次のApolloで同じ事故を起こさないこと。
月面着陸は失敗した。
3人は生還した。
しかし「無事に帰れたから終わり」にはできない。
サービスモジュールの酸素タンク2番は、月へ向かう途中で突然破損した。
その結果、酸素だけではなく、燃料電池による電力、水まで失われた。
もし同じ設計の宇宙船をそのままApollo 14へ飛ばせば、同じ事故が再発する可能性を否定できない。
NASAは着水当日の4月17日、Apollo 13 Review Boardを設置した。
委員長はNASAラングレー研究センター所長のエドガー・M・コートライト。
約7週間にわたり、事故時のテレメトリだけでなく、酸素タンクの製造記録、1968年の取り扱い事故、1970年3月の地上試験、設計変更、電気回路、材料、警報、NASAと請負企業の情報伝達までが調べられた。
そして6月15日、最終報告書が公表される。
委員会が出した結論は、「運の悪い部品故障」ではなかった。
複数のミスと、故障に対して十分寛容ではない設計が組み合わさった事故だった。
Apollo 13の事故は、酸素タンクだけでなく、その後のApollo宇宙船の設計と運用そのものを変えることになる。
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アポロ13号特集|全10回
- 第1回 アポロ13号とは?|月面着陸から「生還ミッション」へ変わった6日間
- 第2回 アポロ13号は何をするはずだったのか|3人の乗員とフラ・マウロ月面着陸計画
- 第3回 「Houston, we’ve had a problem」|アポロ13号で酸素タンクが爆発した夜
- 第4回 なぜアポロ13号の酸素タンクは爆発したのか|地上試験から事故までを追う
- 第5回 月着陸船Aquariusはどう「救命艇」になったのか|壊れたOdysseyからの脱出
- 第6回 電力・水・CO2をどう切り詰めたのか|アポロ13号を生かした即席の生命維持策
- 第7回 アポロ13号はどう地球へ戻ったのか|月を回る自由帰還軌道とエンジン噴射
- 第8回 停止していたOdysseyを再起動せよ|アポロ13号、再突入から太平洋着水まで
- 第9回 アポロ13号事故は何を変えたのか|事故調査委員会の結論と酸素タンク再設計【現在の記事】
- 第10回 映画『アポロ13』はどこまで実話なのか|人物・台詞・Mission Controlを史実と比較
着水したその日に、事故調査委員会が設置された
Apollo 13が帰還した1970年4月17日、NASA長官トーマス・O・ペインと副長官ジョージ・M・ロウは、事故を調査するApollo 13 Review Boardの設置を決めた。
委員長に任命されたのは、NASAラングレー研究センター所長のエドガー・M・コートライト。
委員会にはNASA内部だけでなく政府機関の専門家も参加し、元Apollo 11宇宙飛行士ニール・アームストロングもメンバーに加わった。
目的は単なる「壊れた部品探し」ではない。
NASAから与えられた任務には、
- 事故の状況を調査する
- 事故原因または推定原因を確定する
- 飛行中・地上で行われた救命措置を評価する
- 関連する設計・製造・試験・管理上の要因を調べる
- 再発防止策を勧告する
ことが含まれていた。
事故そのものと、生還できた理由の両方が調査対象だった。
4つのパネルが、事故を別々の角度から調べた
調査は約7週間続いた。
Review Boardの下には、事故の異なる側面を担当する4つのパネルが置かれた。
| 調査領域 | 主な対象 |
|---|---|
| Mission Events | 飛行中に何が、どの順番で起きたか |
| Manufacturing and Test | 酸素タンクの製造・組立・試験・取扱履歴 |
| Design | 酸素タンク、電気系統、材料、保護回路などの設計 |
| Project Management | NASA、主契約企業、下請企業間の管理・情報共有 |
この構成からも分かるように、NASAは最初から「壊れた部品だけ交換すればよい」と考えていなかった。
なぜその設計になったのか。
なぜ地上試験の異常を検出できなかったのか。
なぜ異常が発生したタンクを飛ばす判断になったのか。
それぞれを分けて調べた。
調査対象になったのは、飛行中の約2秒だけではなかった
事故そのものは飛行時間55時間55分前後に発生した。
しかし原因調査は数秒間のテレメトリだけを見ても成立しない。
Review Boardは酸素タンク2番の履歴を数年前までさかのぼった。
第4回で見たように、調査によって次の流れが再構成された。
酸素タンク2番を含む棚は、もともと別のサービスモジュールに搭載されていた。
1968年、取り外し作業中に棚が約2インチ落下した。
その後Apollo 13用サービスモジュールへ搭載された。
1970年3月のCountdown Demonstration Test後、タンク2番だけ正常に液体酸素を排出できなくなった。
残った酸素を抜くため、地上設備の65V電源でヒーターを約8時間使用した。
しかしヒーター回路のサーモスタットスイッチは、28Vでの作動を前提としたままだった。
スイッチ接点が溶着してヒーターを停止できなくなり、内部温度は設計想定を大きく超えた。
その熱によって、ファン配線のテフロン絶縁が損傷した可能性が高い。
そして飛行中、ファンへ通電した際に短絡・アークが発生し、高圧酸素中で燃焼が始まった。
この一連の経緯が、事故調査の中心になった。
事故は「偶然壊れた部品」ではなかった
1970年6月15日、コートライトはApollo 13 Review Boardの最終報告書を公表した。
そこで事故について示された評価は重要である。
Review Boardは、Apollo 13事故を統計的な意味での偶然の故障ではなく、
「通常ではない複数のミスと、やや不十分で故障に寛容でない設計の組み合わせ」
によって生じたものと整理した。
つまり、
「不良品の酸素タンクが一つ混じっていた」
ではない。
部品。
設計変更。
電圧仕様。
試験方法。
温度計の測定範囲。
部品履歴の把握。
組織間の情報共有。
複数の要因が互いを補強する形で事故条件を作っていた。
Review Boardが問題視した「設計」
酸素タンク内部には、重大事故へつながり得る三つの条件が同居していた。
強力な酸化剤である高圧酸素。
燃焼可能な材料。
電気的な着火源。
タンク内部にはテフロン絶縁された配線があり、モーターやヒーターなど電気機器も存在した。
正常時には問題なく機能する。
しかし配線が損傷して短絡すると、純度の高い酸素環境の中で火災へ進展する可能性があった。
しかも一度タンク内部で火災が発生すると、それを隔離して宇宙船全体への影響を止める十分な防御がない。
Review Boardが「unforgiving design」と表現した背景には、この故障許容性の低さがある。
問題は、65Vと28Vの食い違いだけでもなかった
Review Boardは、ヒーター回路の電圧仕様不整合を重要な原因として認定した。
しかし、事故をそれだけで終わらせていない。
地上設備を65Vへ変更したとき、ヒーター回路に含まれるすべての部品がその条件へ適合しているかが十分に確認されなかった。
さらに地上試験でタンク2番を正常に排出できないという異常が発生したにもかかわらず、判断に参加した全員がタンクの詳細な内部構造や過去の履歴を把握していたわけではなかった。
NASA、Kennedy Space Center、North American Rockwell、Beech Aircraftの間で行われた連絡にも、不完全または不正確な情報が含まれていたとReview Boardは指摘している。
これは「誰か一人が間違えた」という問題ではない。
必要な情報が、最終判断をする場所へ完全な形で集まらなかった。
そこも事故原因の一部として扱われた。
Review Boardは何を勧告したのか
事故調査委員会の仕事は、原因を説明するだけではない。
最終報告には、次のApolloを飛ばす前に行うべき修正が盛り込まれた。
中心となったのは当然、Service Moduleの極低温酸素貯蔵システムである。
Review Boardは、酸素に接する場所から、短絡して着火源となる可能性のある配線や密閉されていないモーターを取り除く、あるいは電気火災が重大事故にならない設計へ変更するよう求めた。
また高濃度酸素中で燃え得るテフロン、アルミニウムなどの材料使用も最小化するよう勧告した。
さらに改修後の酸素システムについては、単なる部品交換ではなく再認定試験を行うよう求めている。
警報システムも見直し対象になった
Review Boardの勧告は酸素タンクだけではない。
宇宙船とMission Controlの警報システムも対象になった。
Apollo 13では、事故前後に複数のパラメーターが異常値となった。
しかし警報の設定やロジックによって、重要な変化が必ずしも最も分かりやすい形で表示されるとは限らなかった。
そこで委員会は、
- 通常範囲とMaster Alarm作動値の差を適切に取る
- 同一サブシステム内の一つの異常が、別の異常警報を妨げないようにする
- Mission Control側でも重要パラメーターに第二段階の警報を設定する
- 燃料電池用反応物バルブの状態を個別に確認できる表示を追加する
ことなどを求めた。
事故を防ぐだけでなく、事故が始まったときにより早く異常を理解できるシステムへ変えるという考え方である。
「救命艇として使うこと」も正式な教訓になった
Apollo 13では、Aquariusを救命艇として使用したことが3人の生還に直結した。
しかしこれは、本来の月着陸船運用そのものではない。
そこでReview Boardは、Command ModuleとLunar Moduleの消耗品・非常用装備について、
「lifeboat mode」で使用する能力を高められないか再検討すること
まで勧告した。
事故時に偶然残っていた能力として終わらせず、異常時の正式な冗長性として評価し直すということである。
Apollo 13で即席に行われた対応が、次のミッションでは事前に検討すべき非常運用へ変わった。
「異常が起きた部品の過去を全部見る」というルール
Review Boardの勧告の中でも、Apollo 13らしいものがある。
打ち上げ準備中に重要なサブシステムで重大な異常が発生した場合、その部品について、
過去に起きた異常を、すでに解決済みと判断されたものまで含めて提示する
ことを求めた。
酸素タンク2番では、
1968年の酸素棚落下。
1970年の排出不良。
特殊なヒーター運転。
これらが時間を隔てて存在していた。
個別に見れば、それぞれ処置済みの出来事に見える。
しかしすべてを一つの部品履歴として並べると、異常が連続していたことが見えてくる。
Apollo 13の調査は、「現在正常か」だけではなく「ここまでどういう履歴を通ってきたか」を安全判断に使う必要性を示した。
専門家を最終判断へ参加させることも勧告された
Review Boardはもう一つ、重要な判断を行う際の人員にも踏み込んだ。
飛行可能かどうかを判断する重要なサブシステムについては、その内部構造や履歴を詳細に理解している専門家が、判断に完全に参加することを求めている。
Apollo計画ほど巨大なシステムになると、一人ですべてを理解することはできない。
主契約会社。
下請会社。
NASA各センター。
打ち上げ部門。
設計部門。
専門知識は各組織へ分散している。
だからこそ異常時には、必要な専門知識を意思決定の場所へ集めなければならない。
NASAは「高濃度酸素そのもの」を再検討した
事故調査から得られた教訓はApolloの酸素タンクだけに限定されなかった。
Review BoardはNASAに対して、高密度の酸素やその他の強い酸化剤を使用する、
- 宇宙船
- ロケット
- 地上設備
を広く再調査し、燃焼危険性を評価するよう求めた。
さらに、強い酸化剤中での材料適合性、着火、燃焼、無重力環境での挙動について追加研究を行い、必要なら新しい設計基準を作ることも勧告された。
一つのApollo事故から、NASA全体の酸素システム安全性へ範囲を広げたのである。
Apollo 14の酸素タンクはどう変わったのか
勧告は報告書の中だけに残ったわけではない。
NASAとNorth American Rockwellは、Apollo 14以降のService Moduleに搭載する酸素貯蔵システムを実際に再設計した。
変更点は一つではない。
| Apollo 13まで | Apollo 14以降 | 目的 |
|---|---|---|
| 酸素タンク2基 | 第3酸素タンクを別区画に追加 | 冗長性を増やす |
| タンク内に攪拌ファン・モーター | ファン・モーターを撤去 | 電気的着火源を減らす |
| 内部配線が酸素環境に露出 | 配線をステンレス鋼製導管などで保護 | 短絡・燃焼拡大を防ぐ |
| テフロンなど可燃性材料を使用 | 使用量を最小化・材料変更 | 酸素中の燃焼物を減らす |
| ヒーター温度監視に弱点 | ヒーター構成・温度監視を変更 | 過熱を検出・防止する |
特に分かりやすいのが、攪拌ファンそのものをなくしたことである。
Apollo 13で直接の着火契機となった可能性が高いのは、ファン回路への通電だった。
後続機では、それをより安全な部品へ置き換えるのではなく、「本当に必要なのか」を再検討した。
無重力環境で得られた実績から、酸素の量を把握するためにファンを使用し続ける必要性は低いと判断され、撤去された。
危険な部品を強化するより、不要なら消す。
事故後の再設計では、この考え方が採用された。
第3酸素タンクは、単純な「予備タンク」ではなかった
Apollo 14では、従来の酸素タンク1番・2番とは別のService Module区画に、第3酸素タンクが追加された。
これは重要な変更だった。
Apollo 13では2基の酸素タンクが同じBay 4にまとめられていた。
タンク2番の事故によって周辺構造が損傷すると、タンク1番またはその配管まで影響を受け、結果として両方の酸素供給を失った。
そこで第3タンクは別区画へ配置された。
Apollo 14 Mission Reportでは、第3タンクはService ModuleのSector 1に設置され、タンク1・2系統と分離できるアイソレーションバルブも追加された。
同じ場所の一つの事故で、すべての酸素を同時に失う可能性を下げるためである。
補助バッテリーも追加された
酸素タンク事故が危険なのは、呼吸用酸素を失うからだけではない。
第3回で見たように、Apolloの燃料電池は酸素と水素から電力を作っている。
酸素系統が失われれば、主電源まで失う。
その教訓からApollo 14以降では、Command and Service Moduleの電力系にも補助バッテリーが追加された。
つまり事故後の設計変更は、
「酸素タンクを爆発しにくくする」
だけではない。
仮に酸素系統で再び大きな故障が起きても、生命維持と電力を一度にすべて失わない構成
へ近づけることが目的だった。
再設計後は「本当に事故が起きないか」を再認定した
Review Boardは、変更した酸素システムについて厳格なrequalification――再認定を求めた。
部品を変更し、図面を書き直せば完了ではない。
異常条件を含めて試験しなければならない。
Apollo 13では、タンク2番を抜くために行った特殊な地上操作が、それ以前のApollo酸素タンク試験範囲から外れていた。
事故後のNASAは、正常運用だけを再現するのではなく、故障が起こり得る条件を含めて試験する必要性をより強く意識することになる。
Apollo 14は延期された
Apollo 13の次に予定されていた月面着陸ミッションがApollo 14だった。
当初は1970年秋の打ち上げが予定されていた。
しかしApollo 13 Review Boardの勧告を受け、Command and Service Moduleを改修し、変更後のシステムを試験する時間が必要になった。
NASAはApollo 14の打ち上げを延期する。
実際の打ち上げは1971年1月31日となった。
Apollo 13の事故から約9か月後である。
「次の予定を守ること」より、事故調査と再設計の完了が優先された。
Apollo 14が向かった場所は、Apollo 13と同じだった
そしてApollo 14の目的地には、Apollo 13が到達できなかったフラ・マウロが選ばれた。
アラン・シェパードとエドガー・ミッチェルが月面へ降り、地質調査を行った。
Apollo 13で失われた科学目標の多くが次のミッションへ引き継がれた。
ただし、そこへ向かった宇宙船はApollo 13とまったく同じではない。
酸素タンク。
配線。
ファン。
電源。
冗長系。
事故調査の結果を反映した宇宙船だった。
Apollo 13はNASAの管理体制にも問題を残した
技術的な設計変更は目に見えやすい。
しかしReview Boardが最後に踏み込んだのは、NASAと請負企業の組織だった。
Apollo宇宙船は、一社だけで作られているわけではない。
Service Moduleの主契約企業はNorth American Rockwell。
酸素タンクはBeech Aircraftなど、さらに下位の請負企業が担当していた。
NASA側にもJohnson Space Center、Kennedy Space Centerなど複数組織が関わる。
巨大な開発では当然の構造である。
しかしApollo 13では、サブシステムの細部について、主契約企業やNASA側が下請企業レベルまで十分理解・管理できていたのかが問われた。
Review Boardは、NASAと主契約企業の技術組織について、サブシステムの設計・製造の詳細を十分理解し、管理できる体制になっているか再評価することを求めた。
つまり教訓は、
「もっと丈夫な酸素タンクを作る」
だけではない。
設計の細部を、誰が理解し、誰が変更を追跡し、誰が異常時の判断へ参加するのか。
そこまで含まれていた。
事故で「うまくいったこと」も再評価された
Review Boardは、故障したものだけを調査したわけではない。
Apollo 13の生還を可能にしたシステムも評価している。
月着陸船Aquariusは、設計用途を超えて3人を約4日間支えた。
Lunar Moduleの降下用エンジンは、ドッキング状態の宇宙船全体を地球帰還軌道へ移した。
Odysseyの再突入用バッテリーは、長時間保存した後に正常に機能した。
地上のMission Controlとシミュレーターは、新しい手順を短時間で作り乗員へ送ることができた。
事故調査とは、「何が悪かったか」だけではない。
何が重大故障に耐え、どの冗長性が実際に有効だったのかを確認する作業でもある。
FACT CHECK|NASAは酸素タンク2番だけ交換して次へ進んだ?
違う。
Apollo 14以降では酸素タンク内部の構造変更、ファン撤去、配線保護、材料変更、温度監視の改善に加え、第3酸素タンクや補助バッテリーまで追加された。
さらに警報、非常運用、試験、組織管理もReview Boardの勧告対象となっている。
FACT CHECK|Apollo 13は単純な製造ミスだった?
それだけではない。
Review Boardは事故を、複数のミスと十分に故障許容性を持たない設計が組み合わさったものと評価した。
製造・取り扱い、設計変更、地上試験、部品仕様、材料、警報、情報共有まで複数の層が関係している。
FACT CHECK|酸素タンクの攪拌ファンは、Apollo 14でも強化して残した?
残さなかった。
Apollo 14以降の再設計では、酸素タンク内部のファンとモーターそのものが撤去された。
必要性を再評価した結果、着火源となり得る電気機器をタンク内部から減らす方針が採られた。
FACT CHECK|Apollo 14の第3酸素タンクは、1・2番と同じ場所に追加された?
別の区画である。
従来の酸素タンク1・2番があるSector 4とは異なり、第3タンクはSector 1へ配置された。
単純に容量を増やすだけではなく、一つの局所的な損傷ですべてを失わないための物理的分離が目的だった。
FACT CHECK|Apollo 13事故後、Apollo計画は中止された?
中止されていない。
事故調査と改修のためApollo 14は延期されたが、1971年1月31日に打ち上げられ、フラ・マウロへの月面着陸に成功した。
その後もApollo 15、16、17が月面探査を続けている。
Apollo 13事故が残したもの
Apollo 13は、しばしば「NASAが危機を乗り越えた成功物語」として語られる。
それ自体は間違いではない。
しかし事故調査まで見ると、別の側面が現れる。
3人を生還させた組織と、事故条件を見逃した組織は同じNASAのApollo計画だった。
高度な技術力があっても、設計変更の一部が別の部品へ反映されなければ事故は起こる。
部品単体の試験に合格していても、過去の異常履歴を統合して見なければ危険を見逃す。
安全装置が存在していても、その装置自体が実際の使用条件へ対応していなければ意味がない。
そして正常運用で成功してきたシステムでも、一つの故障が複数系統を同時に失わせるなら、その設計は再検討しなければならない。
Apollo 13 Review Boardが残した教訓は、単に「酸素タンクを直した」ことではない。
事故を単一故障として扱わず、その故障を成立させたシステム全体を見ることだった。
まとめ|「同じ事故を起こさない」は、部品交換では終わらなかった
Apollo 13が着水した1970年4月17日、NASAは事故調査委員会を設置した。
エドガー・コートライトを委員長とするApollo 13 Review Boardは約7週間調査し、6月15日に最終報告書を公表した。
結論は、酸素タンク2番で発生した電気的火災。
しかし事故の評価はそこでは終わらない。
地上試験時の65V電源。
28V仕様のサーモスタット。
テフロン絶縁。
正常に排出できなかったタンク。
過去の取り扱い事故。
部品履歴の共有不足。
故障が隣接系統へ拡大する設計。
これらの組み合わせが事故を成立させたと判断された。
Review Boardは、酸素システムの再設計・再認定だけではなく、警報システム、救命艇運用、異常部品の履歴管理、専門家の意思決定参加、強酸化剤を扱うNASA全体のシステム、組織管理まで見直すよう勧告した。
Apollo 14ではその結果、酸素タンク内部のファンを撤去。
配線を保護。
可燃性材料を減らし、ヒーター・温度監視系を再設計。
別区画には第3酸素タンクが追加された。
さらに電力用の補助バッテリーも搭載された。
Apollo 14の打ち上げは改修のため延期され、1971年1月31日に実施された。
行き先は、Apollo 13が到達できなかったフラ・マウロだった。
Apollo 13の事故で月面探査そのものが終わったわけではない。
事故で明らかになった弱点を宇宙船へ戻し、その変更を確認したうえで、もう一度月へ向かった。
これでApollo 13の事故、帰還、そして事故後の技術的処置までがつながった。
残る第10回では、この実際の記録と、25年後に公開された映画『アポロ13』を比較する。
世界的に知られる「Houston, we have a problem」という台詞。
Mission Controlの対立。
LiOHアダプター。
ケン・マッティングリー。
再突入時の通信ブラックアウト。
映画はどこまでNASAの実記録を再現し、どこからドラマとして組み替えたのか。
最後に、映像と史実を分けて確認する。
CASE FILE 14|アポロ13号特集 全10回
- 第1回 アポロ13号とは?|月面着陸から「生還ミッション」へ変わった6日間
- 第2回 アポロ13号は何をするはずだったのか|3人の乗員とフラ・マウロ月面着陸計画
- 第3回 「Houston, we’ve had a problem」|アポロ13号で酸素タンクが爆発した夜
- 第4回 なぜアポロ13号の酸素タンクは爆発したのか|地上試験から事故までを追う
- 第5回 月着陸船Aquariusはどう「救命艇」になったのか|壊れたOdysseyからの脱出
- 第6回 電力・水・CO2をどう切り詰めたのか|アポロ13号を生かした即席の生命維持策
- 第7回 アポロ13号はどう地球へ戻ったのか|月を回る自由帰還軌道とエンジン噴射
- 第8回 停止していたOdysseyを再起動せよ|アポロ13号、再突入から太平洋着水まで
- 第9回 アポロ13号事故は何を変えたのか|事故調査委員会の結論と酸素タンク再設計【現在の記事】
- 第10回 映画『アポロ13』はどこまで実話なのか|人物・台詞・Mission Controlを史実と比較
出典・参考資料
-
Report of Apollo 13 Review Board(NASA, 1970)
Review Boardの設置目的、事故評価、酸素タンク2番に関するFindings / Determinations、再発防止勧告の確認に使用。 -
NASA「50 Years Ago: Apollo 13 Review Board Report」
Review Boardの約7週間の調査、4パネル、6月15日の報告書公表、事故原因、Apollo 14以降の酸素システム再設計の確認に使用。 -
NASA Safety and Mission Assurance「Apollo 13」
事故調査の結論、酸素貯蔵系再認定、Apollo 14以降の第3酸素タンク、ファン撤去、配線保護などのLessons Learnedの確認に使用。 -
NASA「Apollo 14 and 15 Preparations」
Apollo 13 Review Board勧告を受けたApollo 14の改修、第3酸素タンク追加、打ち上げ延期の確認に使用。 -
Apollo 14 Mission Report
Service Module Sector 1への第3酸素タンク追加、タンク1・2系統とのアイソレーション構成など、Apollo 14の具体的変更内容の確認に使用。 -
NASA Apollo Program Summary Report
Apollo 13事故後の主要変更として、酸素タンク内部構造変更、第3酸素タンク追加、補助バッテリー追加が後続機へ採用されたことの確認に使用。 -
NASA Technical Reports Server「Modified Apollo cryogenic oxygen tank design」
ファン/モーター撤去、ヒーター再設計、内部配線・材料変更、温度センサー追加という改修内容の確認に使用。
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資料について
本記事では、第4回で扱った事故原因そのものと、第9回で扱う「事故調査委員会の公式評価・勧告・後続機への反映」を区別しています。
Apollo 13 Review Boardは、事故を単一の偶発的部品故障とは評価していません。酸素タンク2番の電気的火災を中心としながら、設計、製造・取り扱い、地上試験、電気仕様、材料、部品履歴、組織間の情報共有まで含めた複合的な事故として整理しています。
Apollo 14以降の酸素タンクについては、NASA資料に「thermostat upgrade」と要約される場合がありますが、実際の改修図・技術資料ではヒーター構成や温度監視の変更、内部サーモスイッチの扱いを含む再設計が行われています。本記事では誤解を避けるため、「ヒーター・温度監視系を再設計」と表現しています。
第3酸素タンクは単なる容量増加ではなく、Apollo 13のような一つの区画損傷で全酸素源を失わないため、従来の2基とは異なるService Module Sector 1へ配置され、系統を隔離できる構成が採られました。