1962年6月12日の朝、アルカトラズ連邦刑務所から3人の囚人が消えました。
フランク・モリス。
ジョン・アングリン。
クラレンス・アングリン。
それから17年間、FBIは3人の行方を追い続けました。
家族や知人を調べ、湾内から回収された物証を鑑定し、国内外から寄せられる情報を確認しました。
しかし、3人の遺体は見つかりませんでした。
生存を証明する確実な証拠も見つかりませんでした。
そして1979年12月31日、FBIはアルカトラズ脱獄事件について自らの捜査を正式に終了します。
ここだけを見ると、
「1979年に事件は解決され、捜査も終わった」
ように見えるかもしれません。
しかし、実際には違います。
FBIが捜査を終えた同日、逃亡者を追跡する責任はU.S. Marshals Service――連邦保安官局へ引き継がれました。
2026年8月30日現在、U.S. Marshals ServiceのNorthern District of California公式ページには、
- Clarence Anglin
- Frank Lee Morris
- John William Anglin
の3人全員が、現在もWantedとして掲載されています。
つまりこの事件は、
FBI捜査は終了したが、3人の最終的な所在が確認されて事件そのものが解決したわけではない
という状態です。
CASE FILE 12最終回では、1962年の脱獄から1979年のFBI捜査終了、U.S. Marshals Serviceへの引継ぎ、そして2026年現在まで続く公的な手配状態を整理します。
この記事で分かること
- FBIが何年間アルカトラズ脱獄事件を捜査したのか
- なぜFBIは1979年に捜査を終了したのか
- 1979年12月31日に何が変わったのか
- 「FBI捜査終了」と「事件解決」が同じではない理由
- U.S. Marshals Serviceがどのような立場で事件を引き継いだのか
- 2018年にも捜査が「open」とされていたこと
- 現在も3人がWantedとして掲載されているのか
- 現在の手配が「3人は生存している」という意味ではないこと
- 死亡確認がない逃亡者を当局がどう扱っているのか
- アルカトラズ刑務所の閉鎖と脱獄事件の関係
- 結局、この事件の何が現在も未解決なのか
CASE FILE 12|アルカトラズ脱獄事件特集(全10回)
1962年6月11日夜に実行された脱獄を、刑務所構造、4人の計画者、工作、実行、捜索、物証、科学的な生存可能性、後年の生存説、映画との違い、現在の捜査状態まで10本の記事で追います。
-
第1回 アルカトラズ脱獄事件とは?|1962年、消えた3人と未解決の脱獄を追う
-
第2回 なぜアルカトラズから逃げられたのか|監房・通路・島を囲む海の構造
-
第3回 フランク・モリスとアングリン兄弟は誰だったのか|4人目アレン・ウェストと脱獄計画
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第4回 スプーン、偽の頭、50着超のレインコート|脱獄道具と秘密の作業場
-
第5回 1962年6月11日夜、3人はどう脱獄したのか|監房から北東岸までのルート
-
第6回 FBIは何を見つけたのか|パドル、救命胴衣、漂流物と大捜索
-
第7回 3人はサンフランシスコ湾を渡れたのか|潮流・水温・筏と生存可能性
-
第8回 アルカトラズ脱獄の生存説はどこまで確かか|手紙・写真・家族証言を検証
-
第9回 映画『アルカトラズからの脱出』はどこまで実話なのか|1962年脱獄との違いを検証
-
第10回 アルカトラズ脱獄事件のその後|FBI捜査終了と現在も続く3人の手配【現在の記事】
最終回では「3人は生存したのか」という説そのものではなく、公的な捜査が現在どのような状態にあるのかを確認します。
FBIは17年間、3人を追跡した
脱獄が発覚した1962年6月12日から、FBIは事件の捜査へ入りました。
第6回までで見てきたように、初期捜査では、
- アルカトラズ島内部の脱獄経路
- 監房と設備通路
- 屋根への出口
- 脱獄道具
- 湾内の漂流物
- エンジェル島付近のパドル
- アングリン兄弟の個人物品
- 手製救命胴衣
などが調べられました。
その後、捜査は長期化します。
3人が生きて陸地へ到達した可能性を考え、
- 家族
- 友人
- 過去の関係者
- 刑務所時代の知人
- 国内外から寄せられた目撃情報
なども調査対象になりました。
FBIが最終的に事件を担当した期間は17年間です。
FBIはなぜ3人の生存へ否定的だったのか
現在のFBI公式解説では、捜査側が3人の生存可能性へ否定的だった理由を4つに整理しています。
1.サンフランシスコ湾の環境
第一は、冷たい海水と強い潮流です。
第7回で確認したように、アルカトラズから陸地へ到達すること自体は物理的に不可能ではありません。
しかし、即席の筏と救命具で夜間の湾へ出ることが危険だった点は変わりません。
2.上陸後に予定された盗難が見つからなかった
アレン・ウェストがFBIへ説明した計画では、3人は陸地へ到達した後、
- 衣服
- 自動車
などを盗んで逃走する予定でした。
しかしFBIは、事件直後にその計画と一致する盗難を確認できませんでした。
3.家族による支援を確認できなかった
長期逃亡を続ける場合、資金、住居、身分など何らかの支援が必要になります。
FBIは3人の家族関係も調査しました。
しかし、3人が脱獄後に家族から具体的な支援を受けたことを確認できませんでした。
4.17年間、信用できる生存証拠が出なかった
FBIが最も重視したのが、この点です。
17年間の捜査で、
3人がアメリカ国内または海外で生存していることを示す、信用できる証拠が確認されなかった
とFBIは説明しています。
その結果、FBIは3人が湾を無事に越えた可能性を低く評価しました。
しかし、FBIは死亡を証明したわけではない
ここは、この事件の最後まで維持すべき区別です。
FBIが、
3人は生存していない可能性が高い
と評価したことと、
3人の死亡が証明された
ことは違います。
確認されなかったものがあります。
- 3人の遺体
- 死亡地点
- 死亡時刻
- 死亡原因
- 死亡を直接確認した目撃者
です。
そのため、FBIの結論は、
捜査による総合評価
であって、
死亡確認
ではありませんでした。
1979年12月31日、FBIは捜査を正式に終了した
事件から17年半後。
1979年12月31日、FBIはアルカトラズ脱獄事件について自らの捜査を正式に終了しました。
現在のFBI公式ページにも、
「The FBI officially closed its case on December 31, 1979」
と明記されています。
しかし文章はそこで終わりません。
続けてFBIは、
捜査責任をU.S. Marshals Serviceへ引き継いだ
と説明しています。
FACT CHECK|1979年に事件そのものが「解決」したのか
いいえ。
1979年に起きたのは、
FBIという組織が自らの捜査を終了し、逃亡者追跡をU.S. Marshals Serviceへ移したこと
です。
3人が、
- 死亡したと確認された
- 逮捕された
- 所在を確認された
わけではありません。
したがって、
| 表現 | 正否 |
|---|---|
| FBIは1979年に捜査を終了した | 正しい |
| 1979年に事件が解決した | 誤り |
| 1979年に3人の死亡が確認された | 誤り |
| 1979年からU.S. Marshalsが追跡を引き継いだ | 正しい |
なぜU.S. Marshals Serviceへ引き継がれたのか
U.S. Marshals Serviceは、連邦司法制度の中で逃亡者の追跡・逮捕を主要任務の一つとする法執行機関です。
アルカトラズ脱獄事件でも、1979年以降は、
「3人が生存している可能性が残る限り、逃亡者として追跡する」
という立場を引き継ぎました。
FBIの現在の事件解説も、
U.S. Marshals Serviceが、
万一3人が現在も生存している場合に備えて捜査を続けている
という趣旨で説明しています。
2018年、FBIは捜査を「still open」と説明している
1979年の引継ぎ後も、この事件が単なる歴史資料になったわけではありません。
2018年、FBIサンフランシスコ支局は、アルカトラズ脱獄事件で使われたダミーヘッドの3D複製をNational Park Serviceへ提供しました。
その際、FBIは、
原物のダミーヘッドは、U.S. Marshals Serviceが担当する現在も開かれている捜査の証拠品
だと説明しています。
歴史展示物であると同時に、事件証拠でもあるという位置づけです。
U.S. Marshalsは「信用できる情報」を確認し続けるとしている
2018年のFBI発表では、U.S. Marshals Serviceの担当者Don O’Keefeの説明も紹介されています。
その趣旨は明確です。
3人はいずれも発見されていない。
そのためU.S. Marshals Serviceは、credible leads――信用できる手掛かりがあれば確認を続ける。
時間の経過だけを理由に逃亡者の追跡を放棄しない。
という立場です。
2026年現在、3人全員が公式サイトに掲載されている
2026年8月30日時点でU.S. Marshals ServiceのNorthern District of California公式サイトを確認すると、Profiled Fugitivesとして、
- Clarence Anglin
- Frank Lee Morris
- John William Anglin
の3人全員が掲載されています。
これは後世の事件紹介ページではありません。
U.S. Marshals Service自身の逃亡者情報です。
現在の3人の公的な手配状態
| 氏名 | Wanted For | Wanted Since | 管轄 |
|---|---|---|---|
| Frank Lee Morris | Escape | 1962年 | Northern District of California |
| John William Anglin | Escape | 1962年 | Northern District of California |
| Clarence Anglin | Escape | 1962年 | Northern District of California |
3人の各プロフィールには、現在も、
1962年6月11日のアルカトラズ連邦刑務所からの脱獄について手配されている
と記載されています。
フランク・モリスの現在の手配記録
U.S. Marshals Serviceの公式プロフィールでは、フランク・リー・モリスについて、
- Wanted For:Escape
- Wanted Since:1962
- 生年月日:1926年9月1日
- 出生地:District of Columbia
- Warrant/Case Issued:Northern District of California
と掲載されています。
事件概要には、1962年6月11日にアルカトラズから脱獄したことで手配されていることが明記されています。
ジョン・アングリンの現在の手配記録
ジョン・ウィリアム・アングリンについても、
- Wanted For:Escape
- Wanted Since:1962
- 生年月日:1930年5月2日
- 出生地:Georgia
- Warrant/Case Issued:Northern District of California
と現在も掲載されています。
事件概要はモリスと同様に、1962年6月11日のアルカトラズ脱獄を理由としています。
クラレンス・アングリンの現在の手配記録
クラレンス・アングリンも、
- Wanted For:Escape
- Wanted Since:1962
- 生年月日:1931年5月11日
- 出生地:Georgia
- Warrant/Case Issued:Northern District of California
として掲載されています。
つまり3人の間で、
「1人だけ死亡扱いになった」「2人だけ手配が残った」
という状態にはなっていません。
FACT CHECK|Wanted掲載=当局が「3人は生きている」と考えているのか
いいえ。
ここも第8回の生存説と混同しないことが重要です。
Wantedとして掲載されている事実から確認できるのは、
逃亡事件について公的な手配が現在も維持されている
ことです。
しかし、
2026年現在も3人が生存していることをU.S. Marshalsが確認している
という意味ではありません。
3人の死亡や所在を、当局が捜査上確定できていないということです。
年齢だけで事件を閉じることはできない
1962年から64年以上が経過しています。
仮に脱獄時に生存していた3人がその後も長く生きたとしても、現在では非常に高齢になります。
そのため現実的な生存可能性は、時間の経過とともに低下します。
しかし、
「高齢だから死亡しているはず」
という推定だけで、法執行機関が個人の死亡を確認したことにはなりません。
捜査記録上必要なのは、死亡や所在を確認できる具体的な証拠です。
死亡証明が出れば、事件の性質は大きく変わる
仮に今後、
- 本人の遺体
- DNA
- 正式な死亡記録
- 本人と確認できる埋葬記録
- 1962年以降の確実な身分記録
などが発見された場合、事件の評価は大きく変わります。
たとえば死亡場所と時期が分かれば、
「湾で死亡した」
のか、
「脱獄に成功してその後まで生存した」
のかを初めて区別できる可能性があります。
しかし2026年現在、その決定的な資料は確認されていません。
1963年のアルカトラズ閉鎖は別の話
脱獄事件のその後を追うと、もう一つ混同されやすい出来事があります。
アルカトラズ連邦刑務所は、1963年3月21日に閉鎖されました。
脱獄から約9か月後です。
この時系列だけを見ると、
3人が脱獄したため、警備上の失敗からアルカトラズが閉鎖された。
ようにも見えます。
しかし、これは正確ではありません。
FACT CHECK|アルカトラズは脱獄事件が原因で閉鎖されたのか
Federal Bureau of Prisonsの説明では、閉鎖決定は脱獄事件以前から進められていました。
大きな問題は運営費と施設の老朽化です。
島には淡水源がなく、
- 水
- 食料
- 燃料
- その他の物資
をすべて船で運ぶ必要がありました。
さらに建物の修復には多額の費用が必要でした。
FBI Vaultに残る1963年3月の記録でも、脱獄事件の捜査とは別に、収容者を他の刑務所へ移すroutine phasing outが進んでいたことを確認できます。
したがって、
1962年脱獄事件が刑務所閉鎖を直接引き起こしたわけではありません。
刑務所は閉じた。しかし事件は閉じなかった
この2つの「閉鎖」を分けると、アルカトラズ脱獄事件のその後が整理できます。
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1962年6月11日 | モリス、ジョン、クラレンスが脱獄 |
| 1962年6月12日 | 脱獄発覚。捜索開始 |
| 1963年3月21日 | アルカトラズ連邦刑務所閉鎖 |
| 1963年以降 | FBIは3人の追跡を継続 |
| 1979年12月31日 | FBIが自らの事件捜査を終了 |
| 1979年 | U.S. Marshals Serviceへ逃亡者追跡を引継ぎ |
| 2018年 | FBIがU.S. Marshalsによる捜査を「still open」と説明 |
| 2026年8月30日 | 3人全員がU.S. Marshals公式サイトでWantedとして掲載中 |
刑務所は1963年に閉鎖しました。
FBIの担当捜査は1979年に終了しました。
しかし3人の最終的な行方は、それでも確定しませんでした。
現在も残っている「確認済みの事実」と「空白」
| 項目 | 現在の状態 |
|---|---|
| 3人が監房から脱出した | 確認度が非常に高い |
| 刑務所建物から外へ出た | 確認度が非常に高い |
| 北東岸へ向かった | FBIによる再構成 |
| 筏を海へ出した | FBIによる有力な再構成 |
| エンジェル島へ到達した | 未確認 |
| 本土へ上陸した | 未確認 |
| 海で死亡した | 未証明 |
| 長期生存した | 未証明 |
| FBI捜査 | 1979年終了 |
| U.S. Marshalsによる手配 | 2026年現在も継続 |
なぜこの事件は「完全失踪」として残ったのか
アルカトラズ脱獄事件で異例なのは、脱獄方法が分からないことではありません。
むしろ、脱獄方法については非常に多くのことが分かっています。
監房後部をどう加工したか。
どこに秘密作業場があったか。
ダミーヘッドをどう使ったか。
筏を何から作ったか。
どの経路で屋根へ出たか。
どの方向へ島を移動したか。
そこまでは追えます。
しかし、
海へ出た直後から3人本人の記録だけが消えます。
残ったのはパドル、救命胴衣、防水パッケージなど、本人ではない物証でした。
その後に現れた生存情報も、本人確認まで到達していません。
だからこの事件は、
「どう逃げたか分からない脱獄事件」
ではなく、
「どう刑務所を出たかは分かるのに、その後だけが消えた事件」
として残りました。
FBIとU.S. Marshalsの立場は矛盾していない
FBIは、
3人が生きて湾を越えた可能性は低い
と評価しました。
一方、U.S. Marshals Serviceは現在も3人を手配しています。
一見すると、
FBIは死亡したと思っている。
U.S. Marshalsは生きていると思っている。
ように見えます。
しかし、これは二者択一ではありません。
FBIの立場は、
捜査上、生存可能性は低いと評価した。
U.S. Marshalsの立場は、
死亡や所在が確認されていない逃亡者について手配を維持する。
というものです。
両者は両立します。
よくある疑問
FBIはいつまでアルカトラズ脱獄事件を捜査したのか
1962年から17年間です。FBIは1979年12月31日に自らの事件捜査を正式に終了しました。
FBIが捜査をやめたのは3人の死亡が判明したからか
いいえ。3人の遺体や死亡を直接証明する証拠は確認されていません。17年間に信用できる生存証拠が見つからなかったことなどから、FBIは生存可能性を低く評価しました。
1979年以降は誰が捜査しているのか
逃亡者追跡の責任はU.S. Marshals Serviceへ引き継がれました。2018年のFBI発表では、U.S. Marshalsが担当する捜査を「still open」と説明しています。
2026年現在も本当に3人は指名手配されているのか
はい。2026年8月30日現在、U.S. Marshals Service Northern District of Californiaの公式サイトには、Clarence Anglin、Frank Lee Morris、John William Anglinの3人全員がProfiled Fugitivesとして掲載されています。
現在もWantedなら、3人は生きているのか
そういう意味ではありません。死亡や最終的な所在が公的に確定していない逃亡者として手配が維持されています。
2013年の「ジョン・アングリンの手紙」で事件は再開したのか
手紙は当局の検査対象になりましたが、本人とは確認されず、U.S. Marshals Serviceは有効な手掛かりとは認定しませんでした。現在の手配はその手紙だけを根拠に続いているものではありません。
アルカトラズ刑務所は3人が逃げたから閉鎖されたのか
いいえ。刑務所は1963年3月21日に閉鎖されましたが、閉鎖方針は脱獄以前から進められていました。老朽化した施設の修繕費と島での高い運営費が主な理由です。
事件は現在「未解決」なのか
3人の最終的な行方という意味では未確定です。刑務所からの脱獄方法そのものは詳しく再構成されていますが、3人が海で死亡したのか、陸地へ到達したのか、その後生存したのかは確定していません。
まとめ|刑務所は閉じ、FBIも捜査を終えた。それでも3人の行方だけは残った
1962年6月11日夜、フランク・モリス、ジョン・アングリン、クラレンス・アングリンはアルカトラズ連邦刑務所から脱出しました。
FBIは17年間にわたって3人を追いました。
湾内からはパドル、救命胴衣、アングリン兄弟の個人物品などが発見されました。
しかし3人本人は発見されませんでした。
長期間にわたる捜査でも信用できる生存証拠が確認できなかったことから、FBIは3人が湾を生き延びた可能性を低く評価します。
そして1979年12月31日、FBIは自らの捜査を正式に終了しました。
しかし、それは事件の解決ではありませんでした。
逃亡者を追跡する責任はU.S. Marshals Serviceへ移されます。
2018年にもFBIは、原物のダミーヘッドを現在も開かれているU.S. Marshalsの捜査の証拠品と説明しました。
そして2026年8月30日現在。
Clarence Anglin。
Frank Lee Morris。
John William Anglin。
3人全員がU.S. Marshals Service Northern District of Californiaの公式逃亡者ページに、現在もWantedとして掲載されています。
これは3人が生存しているという証明ではありません。
FBIが死亡説を撤回したという意味でもありません。
示しているのは、
3人の最終的な行方が、現在も公的に確定していない
という一点です。
アルカトラズ脱獄事件で分からないのは、監房からどう出たかではありません。
その部分は、壁の穴、設備通路、工具、秘密作業場、ダミーヘッド、筏、ウェストの証言によってかなり詳しく再構成されています。
本当に分からないのは、
北東岸から海へ出た後、3人に何が起きたのか。
そこだけです。
刑務所は1963年に閉じました。
FBIも1979年に捜査を閉じました。
しかし、3人の行方だけは閉じることができませんでした。
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映画『アルカトラズからの脱出』はどこまで実話なのか|1962年脱獄との違いを検証
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アルカトラズ脱獄事件特集|全10回
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アルカトラズ脱獄事件とは?|1962年、消えた3人と未解決の脱獄を追う
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なぜアルカトラズから逃げられたのか|監房・通路・島を囲む海の構造
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フランク・モリスとアングリン兄弟は誰だったのか|4人目アレン・ウェストと脱獄計画
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スプーン、偽の頭、50着超のレインコート|脱獄道具と秘密の作業場
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1962年6月11日夜、3人はどう脱獄したのか|監房から北東岸までのルート
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3人はサンフランシスコ湾を渡れたのか|潮流・水温・筏と生存可能性
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映画『アルカトラズからの脱出』はどこまで実話なのか|1962年脱獄との違いを検証
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アルカトラズ脱獄事件のその後|FBI捜査終了と現在も続く3人の手配【現在の記事】
出典・参考資料
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FBI「Alcatraz Escape」
FBIによる17年間の捜査、生存可能性へ否定的だった理由、1979年12月31日のFBI捜査終了、U.S. Marshals Serviceへの引継ぎを確認する主要資料として使用。
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FBI San Francisco「FBI Presents National Park Service with 3D Printed Copies of Escape from Alcatraz Decoy Heads」
2018年時点で原物のダミーヘッドがU.S. Marshals Serviceによるopen investigationの証拠品として残っていること、U.S. Marshalsがcredible leadsを確認し続けるという説明を確認するために使用。
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U.S. Marshals Service「Northern District of California – Profiled Fugitives」
2026年8月30日時点でClarence Anglin、Frank Lee Morris、John William Anglinの3人全員がProfiled Fugitivesとして掲載されていることを確認するために使用。
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U.S. Marshals Service「Frank Lee Morris」
Frank Lee MorrisがWanted For「Escape」、Wanted Since「1962」、Northern District of Californiaの事件として現在も掲載されていることを確認するために使用。
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U.S. Marshals Service「John William Anglin」
John William Anglinが1962年のアルカトラズ脱獄について現在もWantedとして掲載されていることを確認するために使用。
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U.S. Marshals Service「Clarence Anglin」
Clarence Anglinが1962年のアルカトラズ脱獄について現在もWantedとして掲載されていることを確認するために使用。
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FBI Vault「Alcatraz Escape Part 11」
1963年初頭にアルカトラズ収容者の他施設への移送が「routine phasing out」として進められていた記録を確認し、1962年脱獄事件が刑務所閉鎖の直接原因ではないことを補足するために使用。
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Federal Bureau of Prisons「Alcatraz」
1963年3月21日のアルカトラズ閉鎖と、施設修復費・島での高い運営費など閉鎖理由を確認するために使用。
本記事は2026年8月30日時点のFBIおよびU.S. Marshals Service公式情報を再確認して構成しています。FBIが1979年12月31日に捜査を終了したことは、3人の死亡・所在が確認されて事件が解決したことを意味しません。同日以降、逃亡者追跡の責任はU.S. Marshals Serviceへ引き継がれました。2026年8月30日現在、Clarence Anglin、Frank Lee Morris、John William Anglinの3人全員がNorthern District of Californiaの公式Profiled FugitivesページにWantedとして掲載されています。ただし、現在も手配されていることを3人の生存証拠としては扱っていません。また、1963年のアルカトラズ連邦刑務所閉鎖は1962年脱獄事件の直接的な結果とはせず、BOPおよび当時のFBI記録に基づき、事件以前から進められていた施設廃止・移送計画と区別しています。