1962年6月11日の夜。
アルカトラズ連邦刑務所のBブロックでは、フランク・モリス、ジョン・アングリン、クラレンス・アングリン、アレン・ウェストの4人が、数か月かけて準備してきた脱獄計画を実行に移しました。
翌朝、刑務所から消えていたのは3人でした。
残っていたウェストの証言と、監房・設備通路・屋根・島内に残された痕跡から、FBIは3人がたどった経路をかなり具体的に再構成しています。
ただし、すべての行動時刻が記録されているわけではありません。
確認できる重要な時刻は、
- 6月11日21時37分ごろ――ウェストが最後にモリスを確認
- 22時ごろ――FBIが脱獄実行時刻と推定
- 6月12日7時15分――3人の不在が正式に確認
です。
この間の約9時間、刑務所側はベッドに置かれたダミーヘッドによって、3人が監房内にいるように見せられていました。
この記事では、1962年6月11日夜を、
監房 → 設備通路 → セルブロック上部 → 屋根 → 地上 → フェンス → 北東岸
という一本の経路として追います。
この記事で分かること
- 6月11日夜、4人の計画がどの時点で3人になったのか
- 21時37分という時刻はどの資料から分かるのか
- 3人が監房からどこへ出たのか
- セルブロック上部で何を回収したのか
- 屋根へ出るためにどの換気口を利用したのか
- 屋根から地上へどう降りたと考えられているのか
- 煙突説と大型パイプ説に資料差があること
- フェンスを越えた後、どこへ向かったのか
- 北東岸のどの付近から海へ出たと考えられているのか
- 22時ごろの潮流がどのような状態だったのか
- 翌朝7時15分、脱獄がどう発覚したのか
CASE FILE 12|アルカトラズ脱獄事件特集(全10回)
この特集では、アルカトラズ連邦刑務所の構造、4人の計画者、数か月に及んだ工作、1962年6月11日夜の脱出、FBIによる捜索、湾内で発見された物証、生存可能性、生存説、映画と史実、現在まで続く逃亡者捜索を10本の記事で追います。
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第1回 アルカトラズ脱獄事件とは?|1962年、消えた3人と未解決の脱獄を追う
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第2回 なぜアルカトラズから逃げられたのか|監房・通路・島を囲む海の構造
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第3回 フランク・モリスとアングリン兄弟は誰だったのか|4人目アレン・ウェストと脱獄計画
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第4回 スプーン、偽の頭、50着超のレインコート|脱獄道具と秘密の作業場
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第5回 1962年6月11日夜、3人はどう脱獄したのか|監房から北東岸までのルート【現在の記事】
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第6回 FBIは何を見つけたのか|パドル、救命胴衣、漂流物と大捜索
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第7回 3人はサンフランシスコ湾を渡れたのか|潮流・水温・筏と生存可能性
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第8回 アルカトラズ脱獄の生存説はどこまで確かか|手紙・写真・家族証言を検証
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第9回 映画『アルカトラズからの脱出』はどこまで実話なのか|1962年脱獄との違いを検証
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第10回 アルカトラズ脱獄事件のその後|FBI捜査終了と現在も続く3人の手配
今回は数か月に及んだ準備ではなく、6月11日夜から翌朝までの一晩に時間を絞り、3人がどこまで確実に追跡できるのかを確認します。
1962年6月11日夜を時系列で見る
まず、FBI資料から確認できる時刻と行動を整理します。
ここで注意したいのは、21時37分以降のすべての行動について分単位の記録が残っているわけではないことです。
FBI自身も、脱獄は「22時ごろ」に行われたと推定しています。
| 時刻 | 確認・推定される出来事 |
|---|---|
| 夕方~夜 | 通常の刑務所生活の中で、4人が最終準備を進める |
| 21時37分ごろ | ウェストがモリスを最後に確認。モリスはアングリン兄弟の1人を呼びに向かう |
| 21時37分以降 | モリスとアングリン兄弟が設備通路へ入り、ウェストを残して先へ進む |
| 22時ごろ | FBIが脱獄実行時刻と推定 |
| 22時以降 | セルブロック上部から装備を回収し、換気口から屋根へ出る |
| その後 | 屋根から地上へ降り、フェンスを越えて北東岸へ向かう |
| 夜間 | 北東岸付近からレインコート製の筏を海へ出したとFBIは再構成 |
| 6月12日7時15分 | モリス、ジョン、クラレンスの不在が正式に確認される |
したがってこの記事では、時刻が分からない出来事へ架空の分単位時刻を割り当てません。
21時37分――4人の計画が3人になった
事件直後、FBIはアレン・ウェストから詳しい聞き取りを行いました。
1962年6月19日付のFBI捜査概要では、21時37分にフランク・モリスがウェストのもとを離れ、アングリン兄弟の1人を手伝いに呼びに向かったと記録されています。
しかし、モリスたちは戻りませんでした。
ウェストの監房後部にある開口部は、予定どおり通れる状態になっていなかったからです。
モリス、ジョン・アングリン、クラレンス・アングリンは先へ進みました。
この時点が、
「4人で準備した計画」が「3人による脱獄」へ変わった瞬間
です。
最初の出口は監房の正面ではなかった
3人は鉄格子の扉を開けて監房から出たわけではありません。
第2回と第4回で確認したように、各監房後部の通気口周辺には、数か月かけて人が通れる開口部が作られていました。
普段は偽の通気口や壁面で隠されていました。
6月11日夜、3人はその部分を外します。
そして監房後方へ体を通しました。
その向こうにあったのが、Bブロックの監房裏を通る共用設備通路です。
監房裏の設備通路へ入る
FBIは、この設備通路をunguarded common utility corridorと説明しています。
通常、囚人が歩くための通路ではありません。
配管や建物設備が通るための空間です。
3人は監房からこの場所へ入りました。
ここから、刑務所内部の通常の囚人動線とは別の経路を進むことになります。
設備通路には配管がありました。
3人はそれを利用し、セルブロック上部へ登ります。
セルブロック上部で筏と救命具を回収する
セルブロック上部には、数か月にわたって使用してきた秘密作業場がありました。
ここには、
- 約6×14フィートのレインコート製筏
- 手製の救命具
- 木製パドル
- その他の脱獄装備
が準備されていました。
FBI記録では、脱獄後に確認したところ、完成した筏と3着の救命具がなくなっていました。
ウェストも、モリスとアングリン兄弟がそれらを持って行ったと説明しています。
つまり3人は、
監房から逃げるだけでなく、セルブロック上部に隠していた海上装備を回収してから屋根へ向かった
と再構成できます。
約9メートル上の換気口へ向かう
監房から設備通路へ入っても、そのまま屋外には出られません。
建物上部まで登る必要がありました。
FBIによれば、上部の換気口までの高さは約30フィート。
およそ9メートルです。
3人は配管を利用して上へ移動しました。
換気口の鉄製障害物は、脱獄以前から少しずつ加工されていました。
外した箇所が発見されないよう、石けんから作った偽のボルトで一時的に固定していたともFBIは説明しています。
6月11日夜、この換気口が建物内部から屋根へ出る出口になりました。
3人はセルハウスの屋根へ出た
FBIは、3人が換気口を抜けてセルハウスの屋根へ出たことを、事件後の調査で再構成しています。
事件直後には、FBIが実際に屋根上の経路を撮影しています。
1962年6月15日のFBI文書には、
- セルブロックBから屋根へ出た場所
- 屋根上を通った経路
- 屋根から海までの脱獄経路
を写真で記録したことが残されています。
したがって、
「3人が屋根へ出た」
という部分は、脱獄経路の中でも比較的確度の高い地点です。
屋根から地上へ――公的資料に表現差がある
ここから先は、資料の表現に少し差があります。
現在のFBI公式ページは、3人がセルハウス後部にあるbakery smoke stackを伝って地上へ降りたと説明しています。
一方、Federal Bureau of Prisonsは、セルハウス北端のdrainpipeを降りたとしています。
1962年6月19日のFBI初期捜査概要では、より一般的にlarge pipeと記録されています。
つまり、
- bakery smoke stack
- drainpipe
- large pipe
という表現差があります。
FACT CHECK|「煙突を降りた」は確定しているのか
映画や一般向け解説では、
3人はパン工場の煙突を降りた。
と一本化されることがあります。
しかし、公的資料同士で名称は完全に一致していません。
共通しているのは、
屋根からセルハウス外側の大型設備を利用して地上へ降りた
という点です。
そのため本特集では、経路全体を説明する際はこの共通部分を基本とします。
現在のFBIが「bakery smoke stack」としていること自体は、資料上の一つの有力な再構成として扱います。
地上へ降りた後、外周フェンスを越えた
3人が地上へ到達しても、まだ刑務所敷地の外ではありません。
次に越えたのが外周のチェーンリンクフェンスでした。
FBIの捜査概要は、
屋根から地上へ降りた後、フェンスを越えた
としています。
その後は、島の斜面を下ります。
初期FBI記録には、
steep embankments
つまり急な斜面を下って北東岸へ進んだと記録されています。
向かったのは島の北東岸だった
FBIとFederal Bureau of Prisonsの説明は、3人が島の北東側へ向かったという点で一致しています。
BOPはさらに、
powerhouse/quartermaster building付近
から海へ出たと考えられているとしています。
FBIの初期記録でも、
power plant付近の北東岸
と記されています。
したがって、
「アルカトラズ島のどこから海へ出たのか」
については、
北東岸、発電施設付近
という範囲まで絞ることができます。
ただし、現在の岸壁や建物を使って「この一点」と断定できるほどの精度はありません。
現在のアルカトラズ島で位置関係を見る
以下の地図は現在のアルカトラズ島です。1962年当時の監房内部、警備設備、フェンス位置、脱獄者の正確な歩行経路や筏の出航地点を再現した地図ではありません。
3人はセルハウスから外へ出た後、島の北東側、発電施設周辺の岸へ向かったとFBI・BOPは再構成しています。現在の地図は位置関係の把握を目的としたものです。
監房から北東岸までを一本につなぐ
① Bブロックの監房
偽の通気口を外す
↓
② 監房裏の設備通路
壁の開口部から進入
↓
③ セルブロック上部
筏・救命具・その他の装備を回収
↓
④ 上部換気口
事前に加工していた出口を通過
↓
⑤ セルハウス屋根
建物外部へ出る
↓
⑥ 建物外側の大型設備
煙突/大型パイプ等を利用して降下
↓
⑦ 地上
刑務所外周へ移動
↓
⑧ チェーンリンクフェンス
フェンスを越える
↓
⑨ 島の斜面
北東方向へ下降
↓
⑩ 北東岸
発電施設付近から筏を海へ出したと推定
ここまでは、刑務所内の痕跡、FBI写真、ウェストの証言、事件直後の捜査からかなり具体的に再構成されています。
問題は、この次です。
北東岸から筏を海へ出した
現在のFBIは、3人が北東岸へ到達し、そこでレインコート製の筏を進水させたと説明しています。
ウェストの証言では、3人は、
- 6×14フィートの筏
- 3着の救命具
を持って行きました。
したがって、3人が北東岸までたどり着いたというFBIの再構成では、
ここから先が海上移動
になります。
しかし、3人が筏へ乗っている瞬間を目撃した人物はいません。
夜間の北東岸で、何時何分に海へ出たのかも確定していません。
22時ごろ、海はどう動いていたのか
FBIは事件直後、サンフランシスコ湾の潮汐と潮流についても調査しています。
捜査記録によると、6月11日22時ごろはslack tide、つまり潮流が一時的に弱まる時間帯でした。
その後、潮は湾外へ向かって流れ始めます。
FBIが収集した資料では、
- 20時22分――満潮
- 22時ごろ――潮流が弱い状態
- 23時46分――最大約2.7ノットの下げ潮
- 6月12日2時55分――干潮
と記録されています。
つまり、3人が22時以降に海へ出たとすれば、その後は湾外方向への流れが次第に強くなる時間帯でした。
FBIが当時得た見解では、22時以降に自由漂流する物体はゴールデンゲート方向へ流される可能性があり、エンジェル島へ向かうには潮流を横切る必要があるとされました。
ただし、
この潮流情報だけで3人の生死を決めることはできません。
筏の性能、操船、出航時刻、風、3人の行動などが分からないからです。
潮流と生存可能性については第7回で詳しく検証します。
3人の当初計画はエンジェル島だった
ウェストがFBIへ説明した計画では、3人はアルカトラズ島からエンジェル島を目指す予定でした。
そこからさらにラクーン海峡を渡り、マリン郡側へ入る。
そして上陸後に、
- 衣服を手に入れる
- 武器を確保する
- 自動車を盗む
- 地域を離れる
計画だったとされています。
しかし、これも注意が必要です。
計画されていたルートと、実際にたどったルートは同じとは限りません。
3人がエンジェル島へ到達したことは確認されていません。
ウェストはその後どうしたのか
3人に取り残されたウェストは、その夜のうちに自分の監房後部の開口部を完成させました。
そして設備通路へ出ます。
FBIの聞き取り記録によると、ウェストは救命具を身に着け、屋根まで進みました。
しかし、そこにモリスとアングリン兄弟はいませんでした。
筏もなくなっていました。
ウェストは、追いつくには遅すぎると判断したと説明しています。
そして監房へ戻り、ベッドへ入りました。
翌朝、
- 3人は消えている
- ウェストは残っている
- 4人分の脱獄準備が残されている
という状況になります。
夜間、なぜ発見されなかったのか
アルカトラズでは夜間も職員による確認が行われていました。
3人は、その問題に対してダミーヘッドを準備していました。
ベッドの枕部分へ人間の頭部を模した模型を置き、布団を人が寝ているように整える。
暗い監房を鉄格子の外から確認する巡回では、本人が眠っているように見えました。
FBIは、ダミーヘッドが夜間の職員を欺いたとしています。
これにより、
3人が監房を出た時刻と、刑務所側が正式に不在を認識した時刻の間に大きな時間差
が生まれました。
6月12日7時15分――脱獄が発覚する
翌朝、1962年6月12日。
FBIの公式捜査概要では、7時15分に刑務所職員が、
- フランク・モリス
- ジョン・アングリン
- クラレンス・アングリン
の3人が監房からいなくなっていることを確認しました。
ベッドには肌色のダミー顔が残されていました。
モリスの監房では、職員が鉄格子越しにダミーヘッドへ触れた際、頭部がベッドから落ち、床へ転がったことで偽物だと明確になったとFBIは説明しています。
刑務所は直ちに封鎖されます。
島内の捜索が始まり、FBI、沿岸警備隊なども事件へ加わりました。
FACT CHECK|脱獄は何時に起きたのか
この事件では、
1962年6月11日22時、3人はアルカトラズから脱獄した。
と時刻を固定して紹介されることがあります。
しかし、22時ちょうどに3人がフェンスを越えたことを記録した時計や目撃者があるわけではありません。
FBIの捜査概要は、
escape evidently occurred around 10:00 p.m.
つまり、
「脱獄は22時ごろに起きたとみられる」
としています。
一方、ウェストはモリスを最後に見た時刻を21時37分と説明しています。
したがって本特集では、
- 21時37分=ウェスト証言による最後の確認時刻
- 22時ごろ=FBIによる脱獄時刻の推定
として区別します。
どこまでが「確認度の高い経路」なのか
3人の行動を、証拠の強さで分けると次のようになります。
| 行動 | 確認度 |
|---|---|
| 監房後部の穴から設備通路へ出た | 非常に高い |
| 配管を利用してセルブロック上部へ移動 | 非常に高い |
| 秘密作業場から装備を回収 | 高い |
| 換気口からセルハウス屋根へ出た | 非常に高い |
| 屋根から建物外側の設備を使って地上へ降りた | 高い |
| 外周フェンスを越えた | 高い |
| 北東岸へ向かった | FBI・BOPによる再構成 |
| 北東岸から筏を進水 | FBIによる有力な再構成 |
| エンジェル島へ到達 | 未確認 |
| 本土へ到達 | 未確認 |
つまり、アルカトラズ脱獄事件では、
「どのように監房を出たのか」はかなり詳しく分かる一方、「海へ出た後」から急激に情報が減る
という特徴があります。
島を出た瞬間から、証拠の性質が変わった
刑務所内部には物理的な痕跡が残りました。
- 壁の穴
- 偽の通気口
- 工具
- 設備通路
- 秘密作業場
- 屋根の換気口
- ダミーヘッド
があります。
一方、海上へ出ると、
- 筏がどこを進んだか
- 誰がどこで泳いだか
- どの時点で装備を失ったか
を示す固定された現場がありません。
残るのは、後から海や海岸で発見された漂流物です。
ここから事件は、
「脱獄経路の再構成」から「捜索と物証の追跡」
へ移ります。
よくある疑問
3人が監房を出た正確な時刻は分かっているのか
分単位では確定していません。ウェストはモリスを最後に見たのが6月11日21時37分だったと証言しており、FBIは脱獄が22時ごろに行われたと推定しています。
3人はどこから監房を出たのか
監房正面の鉄格子ではなく、後部の通気口周辺に作った開口部です。その先にあった設備通路へ入りました。
筏はどこに置いてあったのか
セルブロック上部、セルハウス屋根の下にある秘密作業場で製作・保管されていました。脱獄時に3人が回収したとされています。
屋根からは煙突を降りたのか
現在のFBIはbakery smoke stackとしていますが、BOPはdrainpipe、初期FBI記録はlarge pipeとしています。建物外側の大型設備を利用して地上へ降りた点は一致しています。
島のどこから筏を出したのか
FBIとBOPは北東岸、発電施設付近から海へ出たと再構成しています。ただし正確な一点が確認されているわけではありません。
エンジェル島へ到着したのか
確認されていません。エンジェル島へ向かうことは計画されていましたが、実際に3人が到達したことを証明する資料はありません。
翌朝まで本当に気付かれなかったのか
FBI記録では、3人の不在が正式に確認されたのは6月12日7時15分です。夜間の巡回ではベッドに置かれたダミーヘッドが本人に見えたとされています。
まとめ|北東岸までは追える。その先で3人は記録から消える
1962年6月11日夜、フランク・モリスとアングリン兄弟は、Bブロックの監房後部から設備通路へ入りました。
アレン・ウェストは開口部を予定どおり通れず、21時37分ごろを最後に3人から取り残されました。
3人は配管を利用してセルブロック上部へ登り、数か月かけて準備してきた筏と救命具を回収します。
そこから上部の換気口を抜け、セルハウスの屋根へ出ました。
屋根から建物外部の大型設備を利用して地上へ降り、外周フェンスを越え、島の北東岸へ移動したとFBIは再構成しています。
そして発電施設付近からレインコート製の筏を海へ出したとみられています。
FBIが推定する脱獄時刻は22時ごろ。
翌朝7時15分、3人の不在が発覚しました。
この一晩について重要なのは、
刑務所内部から北東岸まではかなり詳しく追跡できること
です。
しかし、海へ出たところから確実な足取りが途切れます。
残ったのは3人本人ではありません。
湾や海岸から見つかった、パドル、救命胴衣、防水された個人物品、ゴム素材などでした。
次回は、3人を追った側へ視点を移します。
第6回「FBIは何を見つけたのか|パドル、救命胴衣、漂流物と大捜索」では、6月12日以降に行われた捜索と、海から回収された物証を発見日時・場所ごとに整理します。
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スプーン、偽の頭、50着超のレインコート|脱獄道具と秘密の作業場
CASE FILE 12|第6回
FBIは何を見つけたのか|パドル、救命胴衣、漂流物と大捜索 →
アルカトラズ脱獄事件特集
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アルカトラズ脱獄事件とは?|1962年、消えた3人と未解決の脱獄を追う
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なぜアルカトラズから逃げられたのか|監房・通路・島を囲む海の構造
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フランク・モリスとアングリン兄弟は誰だったのか|4人目アレン・ウェストと脱獄計画
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スプーン、偽の頭、50着超のレインコート|脱獄道具と秘密の作業場
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1962年6月11日夜、3人はどう脱獄したのか|監房から北東岸までのルート【現在の記事】
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FBIは何を見つけたのか|パドル、救命胴衣、漂流物と大捜索
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3人はサンフランシスコ湾を渡れたのか|潮流・水温・筏と生存可能性
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アルカトラズ脱獄の生存説はどこまで確かか|手紙・写真・家族証言を検証
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映画『アルカトラズからの脱出』はどこまで実話なのか|1962年脱獄との違いを検証
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アルカトラズ脱獄事件のその後|FBI捜査終了と現在も続く3人の手配
出典・参考資料
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FBI「Alcatraz Escape」
6月11日夜の脱獄経路、ウェストが取り残されたこと、設備通路、秘密作業場、屋根、bakery smoke stack、外周フェンス、北東岸、筏の進水という現在のFBI再構成を確認する主要資料として使用。
-
FBI Vault「Alcatraz Escape Part 02」
1962年6月19日の初期捜査概要。6月11日21時37分ごろに3人がウェストを残して進んだこと、監房後部から設備通路、屋根、大型パイプ、フェンス、北東岸へ至る経路、翌7時15分の発覚を確認するために使用。
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FBI Vault「Alcatraz Escape Part 07」
ウェストへの聞き取り記録。最後にモリスを見た時刻、ウェストが後から監房を抜けて屋根まで進んだこと、3人と筏がすでになかったこと、予定していたエンジェル島への経路を確認するために使用。
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FBI Vault「Alcatraz Escape Part 05」
1962年6月11日夜から12日朝にかけてのサンフランシスコ湾の潮汐・潮流、22時ごろのslack tide、23時46分の最大下げ潮などを確認するために使用。
-
FBI Vault「Alcatraz Escape Part 08」
FBIが撮影したセルブロックBから屋根への経路、屋根から海までの経路、監房内部、設備通路などの写真資料が作成されたことを確認するために使用。
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Federal Bureau of Prisons「Alcatraz」
監房後部から設備通路、配管、屋根、drainpipe、北東岸のpowerhouse/quartermaster building付近へ至ったというBOP側の脱獄経路再構成を確認するために使用。
本記事はFBIの現在の事件解説と、1962年当時のFBI初期捜査記録、Federal Bureau of Prisonsの公式資料を照合して構成しています。6月11日21時37分はアレン・ウェストの証言をもとにしたFBI記録、22時ごろはFBIによる脱獄時刻の推定であり、3人の全行動について分単位の時刻が判明しているわけではありません。屋根から地上への降下設備については、現在のFBIが「bakery smoke stack」、BOPが「drainpipe」、初期FBI記録が「large pipe」としており、公的資料間に表現差があります。そのため共通して確認できる「屋根から建物外側の大型設備を利用して地上へ降りた」という範囲を基本としています。北東岸から先の海上経路、エンジェル島への到達、本土上陸はいずれも確認されていません。