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アルカトラズ脱獄事件とは?1962年、消えた3人と未解決の脱獄を追う

アルカトラズ脱獄事件とは?|1962年、消えた3人と未解決の脱獄を追う

脱獄・逃亡事件

1962年6月12日の朝、サンフランシスコ湾に浮かぶアルカトラズ連邦刑務所で、いつもの点呼が始まりました。

ところが、Bブロックの監房にいるはずの3人――フランク・モリス、ジョン・アングリン、クラレンス・アングリン――が応答しません。

ベッドには人が横たわっているように見えました。しかし、そこにあったのは本人ではありませんでした。

枕の上に置かれていたのは、人間の顔を模して作られ、人毛まで取り付けられた偽の頭部でした。

前夜、3人はすでに監房の外へ出ていました。

壁の通気口周辺を削って監房裏の設備通路へ抜け、セルブロック上部へ移動。そこで準備していた筏や救命具を回収し、屋根から刑務所の外へ出たとFBIは再構成しています。

その後、3人はフェンスを越え、アルカトラズ島の北東岸へ向かいました。

そして、そこで50着を超えるレインコートから作った筏を海へ出したと考えられています。

ここまでは、残された穴、道具、偽の頭部、4人目の計画参加者アレン・ウェストの証言などから、かなり具体的に追うことができます。

しかし、その先だけが途切れています。

3人がサンフランシスコ湾で死亡したのか。それとも海を渡り、逃亡に成功したのか。

事件から60年以上が経過した現在も、最終的な答えは出ていません。

この記事では、1962年のアルカトラズ脱獄事件について、脱獄計画、実行、捜索、発見された物証、そして現在まで残る最大の疑問を一度通して整理します。

この記事で分かること

  • 1962年アルカトラズ脱獄事件で何が起きたのか
  • フランク・モリスとアングリン兄弟がどのように監房を脱出したのか
  • 4人目の計画参加者アレン・ウェストがなぜ取り残されたのか
  • 50着を超えるレインコートから何を作ったのか
  • 3人が最後に確認できる地点はどこなのか
  • 事件後にFBIが何を発見したのか
  • 3人が海を越えて生存できた可能性はあったのか
  • 「脱獄成功」と「逃亡成功」をなぜ分けて考える必要があるのか
  • 1979年のFBI捜査終了後、事件がどう扱われているのか

CASE FILE 12|アルカトラズ脱獄事件特集(全10回)

この特集では、アルカトラズ連邦刑務所の構造、フランク・モリスとアングリン兄弟、数か月に及んだ脱獄準備、1962年6月11日夜の脱出、FBIによる大捜索、湾内で発見された物証、サンフランシスコ湾を渡れた可能性、生存説、映画と史実、現在まで続く逃亡者捜索を10本の記事で追います。


  1. 第1回 アルカトラズ脱獄事件とは?|1962年、消えた3人と未解決の脱獄を追う【現在の記事】

  2. 第2回 なぜアルカトラズから逃げられたのか|監房・通路・島を囲む海の構造

  3. 第3回 フランク・モリスとアングリン兄弟は誰だったのか|4人目アレン・ウェストと脱獄計画

  4. 第4回 スプーン、偽の頭、50着超のレインコート|脱獄道具と秘密の作業場

  5. 第5回 1962年6月11日夜、3人はどう脱獄したのか|監房から北東岸までのルート

  6. 第6回 FBIは何を見つけたのか|パドル、救命胴衣、漂流物と大捜索

  7. 第7回 3人はサンフランシスコ湾を渡れたのか|潮流・水温・筏と生存可能性

  8. 第8回 アルカトラズ脱獄の生存説はどこまで確かか|手紙・写真・家族証言を検証

  9. 第9回 映画『アルカトラズからの脱出』はどこまで実話なのか|1962年脱獄との違いを検証

  10. 第10回 アルカトラズ脱獄事件のその後|FBI捜査終了と現在も続く3人の手配

初めて読む場合は、この第1回から順番に進むと、刑務所内部での準備から脱獄、捜索、そして3人の消息が途絶えた後までを一つの追跡劇として把握できます。

アルカトラズ脱獄事件とは何だったのか

アルカトラズ島は、アメリカ・カリフォルニア州サンフランシスコ湾に浮かぶ島です。

1934年から1963年まで、ここにはアメリカ連邦刑務所が置かれていました。

他の刑務所で逃亡を試みた者や、厳重な管理を必要とする囚人などが収容され、アル・カポネやジョージ・“マシンガン”・ケリーらが収容されたことでも知られています。

島そのものが刑務所の防壁でした。

仮に監房や刑務所建物から抜け出しても、その外にはサンフランシスコ湾があります。

島を離れるには、冷たい海水と潮流を越えなければなりません。

それでも連邦刑務所として運用された期間中、複数の囚人がアルカトラズからの脱獄を試みました。

1962年の事件が特に異例なのは、3人が刑務所から脱出した可能性が極めて高いにもかかわらず、その後の生死も所在も確定しなかったことです。

項目 内容
事件 1962年アルカトラズ脱獄事件
発生 1962年6月11日夜~12日朝
場所 アルカトラズ連邦刑務所/カリフォルニア州サンフランシスコ湾
脱走者 フランク・モリス
ジョン・アングリン
クラレンス・アングリン
計画参加者 アレン・ウェスト
結果 3人が島から脱出したとみられるが、その後の生死・所在は未確定
FBI捜査終了 1979年12月31日
その後 逃亡者捜索はU.S. Marshals Serviceへ引き継がれた

事件はどこで起きたのか

アルカトラズ島は、サンフランシスコ市街の沖合に位置しています。

陸上の刑務所なら、外壁を越えればそのまま逃走へ移ることができます。

しかしアルカトラズでは、監房から抜け、刑務所の建物を出て、島内の警備を突破しても、最後に海が残ります。

したがって1962年の事件を考えるときは、

  • 監房から出られたのか
  • 刑務所建物から出られたのか
  • 島の岸まで到達できたのか
  • 筏を海へ出せたのか
  • サンフランシスコ湾を越えられたのか

を分けて考える必要があります。

以下の地図は現在のアルカトラズ島を示します。1962年当時の刑務所内部の脱獄経路、フェンス、監視位置、3人が海上を進んだ経路を示すものではありません。

現在のアルカトラズ島を確認する

アルカトラズ島はサンフランシスコ湾内にあります。この地図は現在位置の把握を目的としたもので、1962年6月11日夜の脱獄経路や海上ルートを再現するものではありません。


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4人は数か月かけて脱獄を準備していた

計画の中心人物となったのがフランク・モリスです。

モリスは過去にも刑務所からの逃亡歴を持ち、1960年にアルカトラズへ移送されました。

計画へ加わったのが、兄弟のジョン・アングリンクラレンス・アングリン、そしてアレン・ウェストです。

FBIによる事件後の再構成では、4人は1961年末ごろから具体的な準備を進めたとされています。

最大の問題は、まず監房からどう出るかでした。

Bブロックの各監房後部には通気口があり、その周囲の壁材を少しずつ削ることで、人が通れる大きさまで開口部を広げました。

作業には加工した金属類やスプーンなどの即席工具が使われ、壊れた掃除機のモーターを利用した電動工具も作られたとされています。

削った場所は偽の通気口カバーで隠しました。

監房の壁の向こうには、セルブロックの背後を通る設備用空間がありました。

そこへ抜けた4人は、配管などを利用して上へ移動できる経路を確保します。

セルブロックの上に秘密の作業場があった

監房から抜けるだけでは、計画は完成しません。

4人はセルブロック上部の人目につきにくい空間を、脱獄道具を作るための秘密の作業場として利用しました。

そこで準備されたものの一つが、有名なダミーヘッドです。

夜間の巡回時、ベッドに本人が寝ているように見せるため、人の頭部を模した模型を作りました。

紙類や石けん、セメント片などを材料とし、色を塗り、刑務所内で集めた人毛を取り付けたとされています。

しかし、ダミーヘッドは時間を稼ぐための道具にすぎません。

アルカトラズでは、建物から出ても海を越える必要があります。

そのため、彼らはさらに大きなものを作っていました。

50着を超えるレインコートが筏になった

4人は刑務所内から集めた50着を超えるレインコートを材料として、即席の筏と救命具を作りました。

FBIが事件後に確認したところ、筏は約6フィート×14フィート。

メートル換算では、およそ1.8メートル×4.3メートルです。

レインコート同士をつなぎ合わせ、熱を使って接合部を処理したと考えられています。

さらに木製パドルを製作し、楽器を利用した空気入れも準備していました。

つまり、この脱獄は「壁に穴を開けて思いつきで逃げた」事件ではありません。

監房からの脱出、監房裏への移動、建物からの脱出、島からの離脱、海上移動まで、複数段階を想定した計画でした。

1962年6月11日夜、4人の計画は3人の脱獄になった

1962年6月11日夜、計画は実行段階に入りました。

しかし、4人全員が監房から出られたわけではありません。

アレン・ウェストは、自分の監房の開口部を予定どおり通過できませんでした。

モリスとアングリン兄弟は先へ進みます。

結果として、実際に刑務所から姿を消したのは3人でした。

3人は監房後部から設備空間へ抜け、セルブロック上部へ登りました。

そこで筏や救命具などを回収し、建物上部の換気口から屋根へ出たとFBIは再構成しています。

その後、刑務所建物の外へ降り、フェンスを越え、アルカトラズ島の北東岸へ移動しました。

そして岸から筏を海へ出したと考えられています。

翌朝、ベッドに残っていたのは偽の頭だった

6月12日の朝、刑務所側が異常に気付きました。

点呼で3人が応答せず、ベッドを確認すると、そこにあったのは本人ではなくダミーヘッドでした。

刑務所は封鎖され、大規模な捜索が始まります。

FBIも捜査へ参加しました。

ここから事件の性格が変わります。

それまでは、

「どうやって刑務所から出るか」

という脱獄計画でした。

しかし6月12日朝以降は、

「3人はどこへ行ったのか」

という追跡事件になります。

FBIは何を見つけたのか

3人本人は発見されませんでした。

しかし、捜査で何も見つからなかったわけではありません。

サンフランシスコ湾周辺から、計画と関係すると考えられる複数の物品が回収されました。

発見時期 主な物証
6月12日 エンジェル島付近で木製パドル
6月14日 アングリン兄弟に関係する写真や住所などを含む防水パッケージ
6月15日 クロンクハイト・ビーチで手製の救命胴衣
6月22日 アルカトラズ島東方の湾内で同種の救命胴衣

こうした発見物は、3人が刑務所から出た後に筏や救命具を海へ持ち込んだという再構成と整合します。

ただし、重要な注意点があります。

物品が発見された場所と、3人本人が実際に通過した場所は同じとは限りません。

湾内には潮流があり、物品は漂流します。

したがって「この場所から荷物が見つかったから3人もここまで到達した」とは断定できません。

3人はサンフランシスコ湾を渡れたのか

この事件でもっとも大きな疑問が残るのが、ここです。

アルカトラズ島から刑務所を脱出することと、サンフランシスコ湾を越えて逃亡することは同じではありません。

FBIは捜査の中で、湾の冷たい水温、強い潮流、上陸後に想定された窃盗行為が確認されなかったこと、生存を示す信頼できる情報が得られなかったことなどを重視しました。

そのため、3人が生きて湾を渡った可能性には否定的な見方を示しました。

しかし、

生存を証明できなかったこと

と、

死亡を証明したこと

は同じではありません。

3人の遺体は確認されていません。

また、死亡場所を特定する決定的な物証もありません。

海を渡ること自体は「絶対不可能」ではなかった

アルカトラズについては、

海水が冷たく潮流も強いため、泳いで逃げても絶対に生き残れない。

という説明がされることがあります。

しかし、この表現も正確ではありません。

1962年12月、別の囚人ジョン・ポール・スコットがアルカトラズから脱出し、海へ入りました。

スコットは潮流に流されたものの、ゴールデートブリッジ付近のフォートポイントで生存した状態で発見されています。

重度の低体温症と疲労状態でしたが、アルカトラズ島から海を越えて生存した実例です。

したがって、

「アルカトラズから海へ入れば必ず死亡する」

とは言えません。

一方で、

「スコットが生き残ったのだから、モリスたちも生存した」

とも言えません。

可能だったかどうかと、実際に3人が成功したかどうかは、別の問題です。

FACT CHECK|アルカトラズ刑務所はこの脱獄が原因で閉鎖されたのか

1962年6月の脱獄から約9か月後、1963年3月21日にアルカトラズ連邦刑務所は閉鎖されました。

時期が近いため、

3人に脱獄されたためアルカトラズは閉鎖された。

と説明されることがあります。

しかし、Federal Bureau of Prisonsの説明では、閉鎖は脱獄事件以前から検討されていました。

大きな理由は、施設の老朽化と運営費です。

島では水、燃料、食料など多くの物資を船で運ぶ必要があり、施設の維持にも大きな費用がかかっていました。

したがって、1962年の脱獄事件はアルカトラズ史を象徴する出来事ではありますが、刑務所閉鎖の直接原因ではありません。

FBIの捜査は17年間続いた

FBIは事件後も3人を追跡しました。

家族や過去の関係者、各地から寄せられた情報などを調べましたが、3人が生存していることを裏付ける決定的な証拠には到達できませんでした。

1979年12月31日、FBIはこの事件についての捜査を終了します。

ただし、

事件が解決したから捜査を終了したわけではありません。

逃亡者を追跡する役割はU.S. Marshals Serviceへ引き継がれました。

つまりFBI捜査終了時点でも、

  • 3人がどこで死亡したのか
  • 海を渡ったのか
  • 本土へ到達したのか
  • その後どこかで生活したのか

について、確定した答えはありませんでした。

「脱獄成功」と「逃亡成功」は同じではない

アルカトラズ脱獄事件では、この二つを分けて考える必要があります。

論点 現在確認できる範囲
監房から脱出したか 確認度が高い
刑務所建物から出たか 確認度が高い
島の北東岸へ向かったか FBIによる再構成
筏を海へ出したか 証言・物証から有力
エンジェル島へ到達したか 未確認
本土へ上陸したか 未確認
海で死亡したか 証明されていない
長期間生存したか 証明されていない
最終的な行方 未解決

つまり、

アルカトラズ刑務所から脱出することには成功した可能性が極めて高い。

しかし、

その後の逃亡まで成功したかどうかは分からない。

これが、現在確認できる最も重要な区別です。

なぜ60年以上たっても事件が語られるのか

アルカトラズ脱獄事件には、後世の物語として魅力的に見える要素が数多くあります。

  • 脱獄困難とされた島の刑務所
  • 数か月かけて掘り広げられた監房の壁
  • 偽の通気口
  • 人毛まで付けたダミーヘッド
  • 50着を超えるレインコートから作った筏
  • 4人目だけが取り残された実行当夜
  • 海へ出たあと消えた3人
  • 湾内で発見された物証
  • 生存も死亡も証明されていない結末

ただし、こうした要素があるからこそ、事実と後世の物語を分ける必要があります。

この事件は映画やテレビ番組で何度も取り上げられ、生存説や目撃情報も数多く紹介されてきました。

しかし、

興味深い説が存在すること

と、

その説を裏付ける証拠が存在すること

は同じではありません。

CASE FILE 12では、公的記録、FBI資料、刑務所資料、捜査記録を軸に、確認済みの事実と生存説を分けて追います。

現在も断定できないこと

1962年6月11日夜に何が起きたのかは、かなり細かく再構成されています。

一方で、最も重要な部分だけが現在も不明です。

  • 3人が実際にどの地点から筏を出したのか
  • 筏が正常に機能したのか
  • 3人がどの海上ルートを進んだのか
  • エンジェル島へ到達したのか
  • マリン郡側へ上陸したのか
  • 海上で死亡したのか
  • その後長期間生存したのか
  • 後年報告された写真や手紙が本物なのか

これらについては、第6回から第8回で、物証、生存可能性、生存説をそれぞれ分離して検証します。

よくある疑問

アルカトラズ脱獄事件はいつ起きたのか

1962年6月11日夜に脱獄が実行され、翌12日朝の点呼でフランク・モリス、ジョン・アングリン、クラレンス・アングリンの不在が判明しました。

実際に脱獄したのは何人か

計画に参加したのは4人ですが、実際に刑務所から姿を消したのはフランク・モリス、ジョン・アングリン、クラレンス・アングリンの3人です。アレン・ウェストは監房から出る段階で取り残されました。

3人は本当にアルカトラズ島から出たのか

FBIは残された脱獄経路、道具、ウェストの証言などから、3人が刑務所建物を脱出し、島の北東岸へ向かったと再構成しています。

3人は死亡したのか

死亡した可能性はFBIも重視しましたが、3人の遺体は確認されていません。死亡場所を確定する証拠もなく、死亡したこと自体は証明されていません。

3人は脱獄に成功したのか

「刑務所から脱出した」という意味では成功した可能性が高いと考えられます。しかし、海を渡って長期逃亡に成功したかどうかは未確認です。

アルカトラズはこの事件のせいで閉鎖されたのか

いいえ。刑務所は1963年3月に閉鎖されましたが、施設の老朽化と高額な運営費を理由とした閉鎖計画は脱獄事件以前から進められていました。

まとめ|3人は島から消えた。その先だけが分からない

1962年6月11日夜、フランク・モリス、ジョン・アングリン、クラレンス・アングリンは、数か月かけて準備した脱獄計画を実行しました。

監房後部の壁を削り、設備通路へ抜け、セルブロック上部を秘密の作業場として使用。50着を超えるレインコートから筏と救命具を作り、ダミーヘッドをベッドへ残して夜間の巡回を欺きました。

FBIの再構成では、3人は刑務所建物を出て、アルカトラズ島の北東岸へ到達し、そこから筏で海へ出たと考えられています。

その後、湾内からはパドル、救命胴衣、アングリン兄弟に関係する個人物品などが発見されました。

しかし、3人本人は見つかりませんでした。

FBIは17年間捜査しても生存を裏付ける決定的な証拠を確認できず、1979年に捜査を終了しました。一方で、3人の死亡も確定していません。

だからこの事件の最大の謎は、

「アルカトラズから脱獄できたのか」ではありません。

刑務所の外へ出た後、3人に何が起きたのかです。

次の記事では、その前段階へ戻ります。

高警備刑務所だったアルカトラズで、なぜ4人は監房の壁を抜け、監房裏の設備空間へ入り、誰にも気付かれずに脱獄準備を続けることができたのでしょうか。

第2回「なぜアルカトラズから逃げられたのか|監房・通路・島を囲む海の構造」では、Bブロックの監房、通気口、監房裏の設備通路、セルブロック上部、刑務所建物、そして島を囲むサンフランシスコ湾まで、脱獄を成立させた「場所の構造」を追います。

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CASE FILE 12|第2回
なぜアルカトラズから逃げられたのか|監房・通路・島を囲む海の構造 →

アルカトラズ脱獄事件特集


  1. アルカトラズ脱獄事件とは?|1962年、消えた3人と未解決の脱獄を追う【現在の記事】

  2. なぜアルカトラズから逃げられたのか|監房・通路・島を囲む海の構造

  3. フランク・モリスとアングリン兄弟は誰だったのか|4人目アレン・ウェストと脱獄計画

  4. スプーン、偽の頭、50着超のレインコート|脱獄道具と秘密の作業場

  5. 1962年6月11日夜、3人はどう脱獄したのか|監房から北東岸までのルート

  6. FBIは何を見つけたのか|パドル、救命胴衣、漂流物と大捜索

  7. 3人はサンフランシスコ湾を渡れたのか|潮流・水温・筏と生存可能性

  8. アルカトラズ脱獄の生存説はどこまで確かか|手紙・写真・家族証言を検証

  9. 映画『アルカトラズからの脱出』はどこまで実話なのか|1962年脱獄との違いを検証

  10. アルカトラズ脱獄事件のその後|FBI捜査終了と現在も続く3人の手配

出典・参考資料

本記事は、FBI、FBI Vault、Federal Bureau of Prisons、National Park Service、U.S. Marshals Serviceなどの公的資料を中心に照合して構成しています。フランク・モリス、ジョン・アングリン、クラレンス・アングリンが刑務所を脱出した後の生死・所在については確定していません。そのため、本特集では「海で死亡した」「逃亡に成功した」のいずれも確定事実として扱わず、確認された物証、公的機関による評価、後年の主張を分けて扱います。