1961年4月12日。
まだ人類は、一人も地球周回軌道へ行ったことがない。
Vostok計画では動物を使った飛行試験が繰り返され、3月には有人飛行に近い最終試験が二度成功していた。
宇宙船も準備された。
最初の搭乗者も決まった。
ユーリ・ガガーリン。
27歳。
この日の朝、彼がVostok 1へ乗り込む。
そして06:07 UTC。
人類初の有人地球周回飛行が始まる。
CASE BRIEFING
CASE080|ユーリ・ガガーリン――人類が初めて宇宙へ飛び出した108分
01では、Vostok以前の失敗と試験を追った。
02では、154人の詳細医学評価から始まった宇宙飛行士選抜を経て、ガガーリンが最初の搭乗者となるまでを確認した。
03では、彼が乗るVostok 1が、球形の帰還区画と機器区画を持ち、通常飛行を高度に自動化した宇宙船だったことを見た。
ここから、計画が実際の飛行へ変わる。
THE QUESTION
1961年4月12日、ガガーリンはどのようにVostok 1へ乗り、人類初の有人地球周回飛行を始めたのか。
QUICK ORIENTATION
- 日付:1961年4月12日
- 02:30 UTCごろ:ガガーリン起床
- 搭乗者:Yuri Gagarin
- バックアップ:Gherman Titov
- 発射場所:バイコヌール
- 搭乗後:ハッチ密閉確認で問題
- 問題:発射前に修正
- 06:07 UTC:Vostok 1打上げ
- 有名な言葉:「Поехали!(パイェーハリ/さあ行こう)」
- 約10分後:軌道飛行段階へ
- この記事の終点:Vostok 1がロケットから離れ、地球周回飛行を開始するところ
STORY SO FAR
最後のVostok前段階試験は1961年3月25日に成功した。
その18日後が4月12日である。
ガガーリンは厳しい選抜と訓練を経て最初の搭乗者となった。
Vostok 1は通常飛行を高度に自動化し、人間による手動操縦をバックアップとして残した宇宙船だった。
残るのは、実際に人間を乗せて飛ばすことだった。
CASE PATH
01 開発|宇宙へ人間を送るまで 02 選抜|なぜガガーリンだったのか 03 宇宙船|ボストーク1号はどう飛ぶのか 04 打上げ|1961年4月12日 05 軌道飛行|地球を一周した108分 06 再突入|帰還時に起きた分離異常 07 射出・記録|特殊な着陸とFAI記録 08 その後|108分が残したもの
1|02:30 UTC――ガガーリンが起きる
4月12日02:30 UTCごろ。
ガガーリンは起床した。
これから行われるのは試験機だけを飛ばす実験ではない。
初めて人間が地球周回軌道へ向かう。
ガガーリンだけではなく、バックアップのゲルマン・チトフも打上げに備えていた。
宇宙飛行士は医学的な確認を受け、食事をとり、飛行へ向けた準備を進める。
長い選抜と訓練の最後に残ったのは、発射台へ向かうための具体的な手順だった。
2|宇宙服を着る
ガガーリンは宇宙服を着用する。
Vostokの帰還区画は与圧されていたが、宇宙飛行では船内環境に異常が起こる可能性もある。
宇宙服は、そのリスクに対する保護の一部だった。
地上で装備を確認し、飛行できる状態へ整えていく。
写真に残るガガーリンの姿は、後世には「人類初の宇宙飛行士」として知られている。
しかし、この時点では飛行はまだ始まっていない。
人間を軌道へ送り、生きて帰還させるという計画は、まだ実証されていなかった。
3|発射台へ
準備を終えたガガーリンは発射施設へ向かう。
発射台にはVostok 1を載せたロケットが立っていた。
宇宙船だけでは軌道へ行けない。
巨大なロケットがVostokを加速し、地球周回に必要な速度まで運ぶ。
ガガーリンはエレベーターで上がり、宇宙船へ乗り込む。
狭い球形の帰還区画。
射出座席。
操作盤。
通信装置。
03で見たVostokのシステムの中心に、ここで初めて人間が入った。
4|ハッチを閉めた。しかし問題が見つかった
搭乗が終われば、あとは発射を待つだけ。
実際にはそうならなかった。
Vostok 1のハッチを閉じた後、密閉状態を確認する系統で問題が検出された。
有人宇宙船でハッチの密閉は重要である。
宇宙空間では、船内の圧力を維持できなければ搭乗者の生命に直結する。
そのため、
「表示がおかしいが、そのまま打ち上げる」
というわけにはいかない。
発射前に技術者が対応することになった。
5|技術者がハッチを開け直す
問題を解決するため、ハッチは再び開けられた。
発射直前の有人宇宙船で行う作業としては緊張を伴う。
固定部分を外し、問題を確認し、再びハッチを取り付ける。
そして密閉状態を確認する。
ここで重要なのは、この出来事を
「打上げ直前に重大事故が発生した」
と誇張しないことである。
確認できるのは、ハッチ閉鎖後の密閉確認に問題があり、発射前に技術者が修正したということだ。
問題は解消された。
カウントダウンは続く。
6|Vostok 1は発射可能になった
ガガーリンは帰還区画の中で待つ。
この時点で彼自身がロケットを操縦するわけではない。
打上げは地上とロケットのシーケンスによって進む。
Vostokの有人飛行も、通常飛行の多くが自動化されている。
ガガーリンは通信を行いながら、発射を待つ。
そしてカウントダウンは最終段階へ入る。
7|06:07 UTC――「Поехали!」
06:07 UTC。
ロケットが離昇する。
この瞬間と結びつけて知られているのが、ガガーリンの
「Поехали!」
という言葉である。
日本語では、
「さあ行こう」
「行こう」
などと訳される。
後に人類初の有人宇宙飛行を象徴する言葉となった。
ただし、この瞬間に人類初の地球周回飛行が達成されたわけではない。
まだVostok 1は地上を離れたばかりだ。
軌道へ到達するには、ロケットによる加速を続けなければならない。
8|ガガーリンは加速度の中で報告を続ける
ロケットは上昇する。
速度が増す。
ガガーリンの身体には加速度がかかる。
複数段のロケットは、燃料を使い終えた部分を切り離しながら飛行を続ける。
ガガーリンは通信によって状態を報告する。
ここで02の選抜と訓練が実際の任務につながる。
高い加速度。
振動。
狭い船内。
そして、自分が人類で初めて経験する飛行。
それでも宇宙飛行士には、自分と宇宙船の状態を地上へ伝えることが求められた。
9|地上から宇宙へ
上昇するにつれて、大気は薄くなる。
ロケットは地球周回に必要な速度へVostok 1を加速していく。
宇宙へ「高く上がる」だけなら、それだけで地球を周回できるわけではない。
重要なのは速度である。
地球へ落ち続けながら、地表そのものが曲がっていくほどの横方向の速度を得る。
それが地球周回軌道である。
Vostok 1はその速度へ近づいていく。
10|約10分後――宇宙船だけになる
打上げから約10分。
ロケットによる上昇段階が終わる。
Vostok 1は地球周回軌道へ投入され、ロケットから独立した宇宙船として飛行を始める。
ここで任務の性質が変わる。
それまでは、
ロケットで宇宙へ向かう飛行
だった。
ここからは、
宇宙船だけで地球を周回する飛行
になる。
ガガーリンは地球を離れただけではない。
地球の周囲を回り始めた。
人類初の有人地球周回飛行が成立した瞬間だった。
しかし、任務はまだ始まったばかりである。
彼はこれから無重量状態で何を経験するのか。
何を見たのか。
何を食べたのか。
地上とどのような通信を行ったのか。
そして「108分」と「89分34秒」は何が違うのか。
それが次の記事の主題になる。
VERIFIED|ガガーリンは02:30 UTCごろ起床した
ESAが公開しているVostok 1の飛行時系列で確認できる。
VERIFIED|発射前にハッチ密閉確認の問題が発生した
ガガーリンの搭乗後、ハッチ閉鎖に関係する確認で問題が見つかり、発射前に対応が行われた。
OVERSIMPLIFIED|「Vostok 1はハッチ故障のまま打ち上げられた」
問題は発射前に修正された。
VERIFIED|Vostok 1は06:07 UTCに打ち上げられた
1961年4月12日06:07 UTC。
VERIFIED|「Поехали!」はガガーリンの打上げと結びつく言葉である
日本語では「さあ行こう」「行こう」などと訳される。
VERIFIED|打上げ後、Vostok 1は地球周回軌道へ入った
ただし、軌道上の飛行時間や通信、無重量状態などの詳細は05で扱う。
参考資料
[1] European Space Agency, “The flight of Vostok 1.” 1961年4月12日の起床、打上げ準備、ハッチ問題、06:07 UTCの打上げ、上昇から軌道飛行開始までの時系列確認に使用。
[2] NASA, “Making History.” ガガーリンとVostok 1による1961年4月12日の人類初の有人宇宙飛行について、NASA側の歴史資料との照合に使用。
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CASE080-05|地球を一周した108分――ガガーリンは宇宙で何をしていたのか
なぜ読む?
06:07 UTC、Vostok 1は地上を離れた。
約10分後、ガガーリンはロケットから独立した宇宙船で地球を周回し始める。
ここから人類は初めて、
地球周回軌道で人間が何を経験するのか
を実際に観察することになる。
総飛行時間108分。
軌道周期89分34秒。
無重量状態約89分。
似ているが意味の違う三つの数字を分けながら、ガガーリンの軌道上での行動を時系列で追う。
RELATED FILES
- CASE080-03|ガガーリンが乗った宇宙船
- CASE080-05|地球を一周した108分
- CASE080-06|再突入で起きた分離異常
END ARTICLE 04 / 08
ユーリ・ガガーリン――人類が初めて宇宙へ飛び出した108分 第4回 全8回 全8回を見る
- 01 人類はまだ宇宙へ行ったことがなかった――1961年、米ソが争った「最初の一人」
- 02 なぜガガーリンだったのか――人類初の宇宙飛行士を選んだ選抜試験
- 03 ガガーリンは何を操縦したのか――ボストーク1号という「自動で飛ぶ宇宙船」
- 04 1961年4月12日――「Поехали!」から始まった人類初の宇宙飛行
- 05 地球を一周した108分――ガガーリンは宇宙で何をしていたのか
- 06 帰還は計画どおりではなかった――ボストーク1号、再突入で起きた分離異常
- 07 ガガーリンはなぜ空中で射出されたのか――ボストーク1号、その特殊な帰還方法
- 08 108分のあと世界は変わった――ガガーリンと宇宙開発競争の次の一手