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Deepwater Horizon事故セメントと坑井障壁はなぜ破れたのか

Macondo井のproduction casingとcement barrierを示す模式図
REAL CASE FILE SELF-DIAGRAM

THE QUESTION

セメントと坑井障壁はなぜ破れたのかについて、この回が担う固有の論点は何か。

STORY SO FAR

前回「水深約1500mのMacondo井では何をしていたのか」で確認した論点を受け、この回ではセメントと坑井障壁はなぜ破れたのかについて、この回が担う固有の論点は何か。を扱う。

Deepwater Horizon事故では、「セメントが失敗した」という説明がよく使われる。だが、井戸のどのセメントが、どの経路で、どのように機能しなかったのかを分けなければ、事故の構造は見えない。

米国のJoint Investigation Team(JIT)は、Macondo blowoutの中心的な原因として、production casing stringの下部にあるcement barrierの失敗を挙げた。事故後のwell intervention、pressure test、BOP内部のerosion、残存流体などを組み合わせて検討した結果、炭化水素が上昇した最も可能性の高い経路はshoe trackを通ってproduction casing内部へ入る経路だったと結論づけている。

一方で、「なぜそのshoe track cementが失敗したのか」について、JITは一つの原因に断定していない。最も可能性が高いとしたのはcementとmudの密度差によるfluid inversionとcontaminationだが、over-displacementやnitrogen breakoutも完全には排除できないとした。

つまり、ここで確定していることと不確定なことは分ける必要がある。cement barrierが井戸を隔離できず、flow pathがshoe trackを通った可能性が最も高いことは事故調査の中心的結論である。しかし、cement failureの微視的な単独メカニズムまで一つに固定することはできない。


CASE FILE 50|Deepwater Horizon事故 2010
第3回では、production casing、float collar、shoe track、annulus cementを分け、事故調査が何を確定し、何を候補として残したのかを整理する。[1]

「セメント」は井戸のどこにあったのか

Macondoの最終production casingは、海底のwellheadから井戸底近くまで連続するlong stringだった。最下部の7インチcasing shoeは約18,304フィートMD、float collarは約18,115フィートMDに位置していた。

このfloat collarからcasing shoeまでの約189フィートの区間をshoe trackと呼ぶ。cement jobではcement slurryをcasing内へポンプし、bottom plugやwiper plugを使いながら下方へ送り、casing shoeから外側のannulusへ回り込ませる。

cementが正しく配置・硬化すれば、二つの場所に重要なbarrierができる。

  • annulus側のcement:production casing外側とwellboreの間を埋め、hydrocarbon zoneから上方への流れを隔離する。
  • shoe track内のcement:float collarからshoeまでのcasing内部に残り、井戸下部からproduction casing内部へ流体が入るのを防ぐ。

事故後の調査では、この二つを同じ「cement」として扱わなかった。JITは、annulus側のcement barrierを通って炭化水素が上昇した証拠は支持されなかった一方、shoe trackを経由したflow pathを最も可能性が高いと判断した。

なぜshoe trackが重要だったのか

事故時、production casingの下端はhydrocarbon-bearing formationの近くにあった。JITは、7インチshoeが18,303.92フィートMD付近、float collarが18,115フィートMD付近にあったと記録している。[1]

float collarはone-way valveとして働く装置で、cementを下へ押し出した後、cementやwell fluidがcasing内部へ逆流するのを防ぐ役割を持つ。MacondoではWeatherford製のauto-fill float collarが使われた。

ただし、このfloat collarの「conversion」は簡単ではなかった。casingを井戸へ降ろしている間はmudが内部へ入れるよう開いており、cementing前に一定以上の流量で循環させて内部機構を作動させ、check valveとして機能する状態へ変える必要があった。

JITは、crewがfloat collarをconvertするまで複数回の試行を要し、その過程に異常があったことを記録している。ただし、何がblockageを引き起こしたかを特定する十分な証拠はなかった。ここでも「float collarが壊れていた」と単純に断定するのは正確ではない。

cement jobでは何を狙っていたのか

Macondoでは、formationへ過大な圧力をかけてlost returnsを起こさないよう、cement jobには厳しい圧力条件があった。過去の掘削で大量のmud lossesが発生しており、cementingでもformation fractureを避ける必要があった。

そのため、annulus側にはnitrogenを混ぜた比較的軽いfoamed cementが使われ、shoe trackにはunfoamed tail cementが使われた。foamed cementは密度を下げ、formationへ加わる圧力を小さくできる一方、nitrogen bubblesが安定しなければcementの均一性を損なうリスクがある。

JITによれば、Halliburtonは事前に複数のcement testを行っていたが、production casing cementについての最終compressive strength analysisはcementing開始前に完了していなかった。また事故後のlaboratory workでは、foamed slurryの安定性に問題を示す結果も得られた。

しかし、ここで注意が必要である。foamed cementが不安定だった可能性があることと、blowout時の主なflow pathがannulus cementを通ったことは同義ではない。JITは事故後のforensic 証拠から、annulus側を通るfree gas flowを支持する証拠がなく、blowoutのflow pathはshoe track側だったと判断している。

centralizerは何のためにあったのか

production casingをopen holeの中央付近に保つために使うのがcentralizerである。casingがwellboreの片側へ寄ると、その狭い側ではmudをcementで十分に置換しにくくなり、cementが途切れるchannelingが発生しやすくなる。

HalliburtonのOptiCem modelでは、centralizerの数によってchanneling riskの予測が変化した。4月15日のmodelでは21個を使うcaseでchannelingが抑えられる予測が示され、その後BPは追加centralizerを手配した。

最終的に実際のproduction casing cement jobで使用されたcentralizerは6個だった。これは事故後に大きく注目された判断である。

ただし、JITの最終結論は慎重だ。Panelは、21個ではなく6個を使った判断についてリスク管理上の問題を論じた一方、「6個を使ったこと自体がblowoutの原因だった」とする証拠は見つけていない。

この区別は重要である。centralization不足はcement placementを悪化させる一般的なrisk factorだが、事故調査で「6 centralizers → cement channeling → blowout」という一本の因果線が確定したわけではない。

JITが最も重視したのはshoe track内の状態だった

JITは事故後、三つの大きなflow pathを検討した。

  1. production casing外側のannulus cementとwellhead sealを上昇する経路
  2. float collarより上のproduction casingや関連部品からcasing内部へ入る経路
  3. shoe trackを通ってproduction casing内部へ入る経路

事故後のpressure tests、wellhead sealの状態、annulusに残っていたmud、casingの試験結果などから、JITは1と2を支持しないと判断した。

残った最有力経路が3、つまりshoe trackだった。さらにBOPのblind shear ram内面に高圧flowによるerosionが見つかったことも、hydrocarbonsがproduction casing内部を上昇した経路と整合した。

その結果、JITはhydrocarbon flowがshoe trackから9 7/8×7インチproduction casing内部へ入り、上方へ進んだと結論づけた。

では、shoe track cementはなぜ失敗したのか

ここからは「確定」ではなく「最も可能性が高い説明」の領域になる。

JITが有力とした一つ目はfluid inversionである。shoe track下のrat holeには14.0 ppg程度のsynthetic oil-based mudがあり、shoe trackへ置かれるunfoamed tail cementは約16.74 ppgと、cementの方が重かった。

重いcementが軽いmudの上に置かれると、配置条件によってはcementが下へ沈み、mudが上へ入り込むように入れ替わる可能性がある。これがfluid inversion、あるいはswappingである。shoe track内でこの入れ替わりが起これば、均一なcement plugが成立しない。

二つ目はcontaminationである。cementがwellbore内のmudや他のfluidと混ざれば、設計どおりの密度、強度、硬化特性を得られなくなる。JITは、rat hole部分でのcontaminationとfluid inversionの組み合わせを「最も可能性が高い」説明としている。

三つ目はover-displacementである。cementを押すdisplacement fluidの量が多すぎれば、shoe trackに残すべきcementをshoeから外へ押し出し、内部にほとんどcementが残らない可能性がある。

さらにJITは、nitrogen breakout / migrationも完全には排除していない。annulusで使われたfoamed cementのnitrogenが安定しない場合、cement barrierの性状へ影響する。ただし、JITはannulus側のzonal isolationがblowout flow pathとして破綻したとは結論づけなかったため、この要因をshoe track failureの単独原因として確定したわけではない。

「cementが固まっていなかった」が原因だったのか

事故後には、cementが十分にsetしていなかった可能性も検討された。forensic testでは、いくつかのsampleで18時間を超えるsetting timeが示された。

一方、JITは総合的な証拠から、negative pressure testが行われた時点までにcement自体はsetしていたとみる強い証拠があるとしている。

したがって、「cementがまだ液体だったから全部抜けた」という説明は、JITの最終結論とは一致しない。問題は、cementが存在したかどうかだけではなく、shoe trackという必要な場所に、contaminationやfluid inversionなどを起こさず、barrierとして成立する形で配置されていたかである。

cement bond logを実施しなかったことは原因だったのか

Macondoにはcement evaluation logを行うためのSchlumberger crewとtoolが準備されていた。cement evaluation logは、特にannulus側のcement placementやbondを評価し、必要ならremedial cement jobにつなげる検査である。

しかし4月20日朝、cementing時のreturnsやlift pressureなどからjobは計画どおりだったと判断され、logは実施されなかった。

JITは、この判断がBP内部guidelineと整合しなかった点や、risk evaluationが不十分だった点を問題視している。ただし同時に、最終的なforensic 証拠からannulus cementがblowout flow pathではなかったため、cement evaluation logを実施しなかったこと自体をwell failureの直接原因とはしていない。

これも事故理解で重要な区別である。「不適切な判断だった可能性がある」ことと、「その判断が実際のflow pathを作った」ことは同じではない。

API推奨practiceとのずれ

JITは、cement jobのいくつかの手順が当時のAPI RP 65推奨practiceと整合していなかったと指摘した。

代表的なのは、casingをbottomへ下ろした後に十分なfull circulation、いわゆるone bottoms-upを行わなかったこと、rat holeへcementより適切に軽い/重いfluid配置を考慮すべき条件が満たされていなかったこと、casingとwellbore間のannular clearanceが狭かったことなどである。

特にfluid inversionに関して、JITはrat holeのmud densityがtail cementより軽かったことを明示し、API RP 65の考え方と照らしてshoe track cement integrityを損なう条件だったと評価した。

技術図|shoe trackと三つの候補メカニズム

この記事の図では、float collar(約18,115 ft MD)から7インチshoe(約18,304 ft MD)までの約189 ftをshoe trackとして示す。その下にrat hole、外側にannulus cementを描く。

その上で、failure mechanismを一つに断定せず、JITが残した候補を別々の矢印で示す。

  • fluid inversion:重いtail cementと軽いmudの入れ替わり
  • contamination:cementとmud等の混合によるbarrier性能低下
  • over-displacement:shoe trackに残すべきcementを押し出す可能性
  • nitrogen breakout:完全には排除されなかった候補

一方、annulus側には「JITはblowout flow pathとして支持せず」と注記する。これにより、「cement problem=annulus channeling」という単純化を避ける。

Macondo production casing lower section and shoe track cement failure possibilities Float collar at about 18,115 ft MD, 7 inch shoe at about 18,304 ft MD, shoe track between them, annulus cement outside casing, rat hole below, and candidate shoe-track cement failure mechanisms identified by the Joint Investigation Team. Macondo|production casing下部とshoe track JIT結論を模式化|NOT TO SCALE|failure mechanismは単一断定しない

wellbore / formation

annulus cement JIT: blowout flow pathとして支持せず

7" production casing

FLOAT COLLAR 約18,115 ft MD

7" shoe 約18,304 ft MD

SHOE TRACK 約189 ft JIT: 最有力flow path[1]

RAT HOLE lighter mud existed below heavier tail cement

JITが検討したshoe-track failure LIKELY: contamination fluid inversion / swapping NOT RULED OUT: over-displacement nitrogen breakout / migration → 単一メカニズムとして断定しない

hydrocarbon flow ↑ Source: BOEMRE/USCG Joint Investigation Team Final Report Vol. II. Diagram is schematic and not to scale.

地理情報は不要

検証ポイント|centralizerを21個使わなかったことが事故原因?

JITは、そこまで断定していない。

OptiCem modelではcentralizer数がcement placement riskへ影響する予測があり、BPが最終的に6個を使った判断はリスク管理上の重要論点になった。しかしJITは、6個ではなく21個を使わなかったことがblowoutの原因だったとする証拠は見つけていない。

事故の説明では、後から見て印象的な一つの判断を「原因」と呼びたくなる。しかし、事故調査の結論はより限定的である。shoe track cement barrierのfailureは中心原因だが、そのfailureが単一のcentralizer 判断だけで説明できるとはされていない。

まとめ|確定したことと、残った不確実性

Macondo blowoutで最初の重大な物理barrier failureとなったのは、production casing下部のcement barrierだった。

事故後のforensic 証拠から、JITはhydrocarbonsがannulus外側ではなく、shoe trackを通ってproduction casing内部へ入り、上方へ流れた経路を最も可能性が高いと判断した。

一方、そのshoe track cementがなぜ機能しなかったのかは単一原因に確定していない。JITが最も可能性が高いとしたのはrat hole周辺のcontaminationとfluid inversionであり、over-displacementやnitrogen breakout等も完全には排除しなかった。

ここで井戸の最初のbarrierは既に失われていた。しかし、事故はまだ止められる段階だった。次に行われたnegative pressure testは、まさに「このbarrierが本当に成立しているか」を確認するための試験だった。その試験では異常なpressureが現れたにもかかわらず、最終的に成功と判断された。

次の記事

陰圧試験はなぜ「成功」と判断されたのか
drill pipe側に残ったpressureとkill line側の0 psiが同時に存在した状態を分け、bladder effectという説明がどう使われ、なぜ「well integrityを確認できた」と判断されたのかを追う。

CASE FILE 50|全10回

  1. Deepwater Horizon事故とは何だったのか
  2. Deepwater Horizon事故|水深約1500mのMacondo井では何をしていたのか
  3. 現在の記事:Deepwater Horizon事故|セメントと坑井障壁はなぜ破れたのか
  4. Deepwater Horizon事故|陰圧試験はなぜ「成功」と判断されたのか
  5. Deepwater Horizon事故|キックはどう暴噴へ進んだのか
  6. Deepwater Horizon事故|BOPはなぜ最後の壁になれなかったのか
  7. Deepwater Horizon事故|爆発後、126人はどう退避したのか
  8. Deepwater Horizon事故|87日間の流出はどう止められたのか
  9. Deepwater Horizon事故|環境被害はどこまで広がり、何が回復途上なのか
  10. Deepwater Horizon事故|調査は何を問題とし、規制はどう変わったのか

FACT CHECK|出典・参考資料

  1. [1] BOEMRE / U.S. Coast Guard Joint Investigation Team, Deepwater Horizon Final Report Volume II cement barrier failure、shoe track flow path、fluid inversion、contamination、over-displacement、centralizer、float collar、cement evaluation logの最終調査結論に使用。
  2. [2] Bureau of Safety and Environmental Enforcement, Deepwater Horizon Joint Investigation Team Releases Final Report JITの位置づけ、調査範囲、規制違反・事故原因調査の公式説明に使用。
  3. [3] BSEE, Issues Violations Following Investigation Into Deepwater Horizon production casing cementingがformation pressure / fluidsを適切にcontrolできなかったという規制面の確認に使用。
  4. [4] U.S. Chemical Safety Board, Macondo Investigation well barrierを単一部品ではなく複数の物理・運用barrierとして扱う整理に使用。
  1. 01 Deepwater Horizon事故とは何だったのか
  2. 02 Deepwater Horizon事故|水深約1500mのMacondo井では何をしていたのか
  3. 03 Deepwater Horizon事故|セメントと坑井障壁はなぜ破れたのか
  4. 04 Deepwater Horizon事故|陰圧試験はなぜ「成功」と判断されたのか
  5. 05 Deepwater Horizon事故|キックはどう暴噴へ進んだのか
  6. 06 Deepwater Horizon事故|BOPはなぜ最後の壁になれなかったのか
  7. 07 Deepwater Horizon事故|爆発後、126人はどう退避したのか
  8. 08 Deepwater Horizon事故|87日間の流出はどう止められたのか
  9. 09 Deepwater Horizon事故|環境被害はどこまで広がり、何が回復途上なのか
  10. 10 Deepwater Horizon事故|調査は何を問題とし、規制はどう変わったのか

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