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2022年、海底で見つかったエンデュアランス号107年後の船体発見で何が分かったのか

2022年、海底で見つかったエンデュアランス号|107年後の船体発見で何が分かったのか

探検・遠征

2022年3月5日、16時05分GMT。

南極・ウェッデル海。

水深3,008mの海底を捜索していた無人潜水機の映像に、木造船の船体が現れた。

海底に横倒しになった残骸ではない。

船はほぼ正立した状態で残っていた。

手すり。

舵輪。

甲板。

外板。

そして船尾には、金色の文字がはっきり残っていた。

ENDURANCE

その下には五芒星――船名Polaris時代から残る星の意匠も確認できた。

1915年11月21日にウェッデル海へ沈んで以来、107年近く誰も見ていなかったアーネスト・シャクルトンの探検船だった。

発見場所は、船長フランク・ワースリーが1915年に残した推定位置から南へ約4海里

100年以上前、六分儀、時計、海氷の漂流推定から残された座標が、現代の海洋ロボットをほぼ船の上まで導いていた。

そして発見されたEnduranceは、単なる「歴史的な沈没船」ではなかった。

氷にどう壊され、どの状態で沈んだのかを検証できる巨大な物証でもあった。

この記事で分かること

  • なぜEnduranceは107年近く見つからなかったのか
  • Frank Worsleyは沈没地点をどこまで正確に記録していたのか
  • 2019年の捜索はなぜ失敗したのか
  • 2022年のEndurance22では何が変わったのか
  • S.A. Agulhas IIとSabertoothは何をしたのか
  • 実際の発見日は3月5日か3月9日か
  • なぜ船体は驚くほど残っていたのか
  • 船体から沈没過程について何が分かったのか
  • なぜ遺物を引き揚げなかったのか
  • 現在Enduranceはどのように保護されているのか

1915年11月21日、最後に位置を記録したのはFrank Worsleyだった

Enduranceが沈んだ場所について、最も重要な資料を残したのは船長Frank Worsleyだった。

ただし、沈没した瞬間にGPSのような装置で緯度・経度を記録したわけではない。

1915年11月21日は曇天で、沈没当日に太陽を利用した六分儀観測を行うことはできなかった。

Worsleyが残した位置は、それ以前の天測結果と、その後の観測、さらに海氷がどの方向へどれだけ漂流したかという推定を組み合わせた推定位置だった。

ここには必然的に誤差が入る。

六分儀観測そのものの誤差。

時計の誤差。

氷盤の移動速度。

風。

海流。

Enduranceの残骸が海面から海底へ沈む間に横方向へ移動した可能性。

3,000mの水柱の下にある船を探すには、数海里の位置誤差でも巨大な探索範囲になる。

それでもWorsleyの記録は、100年以上後の捜索で最も重要な出発点になった。

なぜ沈没船は簡単に見つからなかったのか

Enduranceの位置が分からなかった最大の理由は、水深だけではない。

ウェッデル海そのものが非常に接近しにくい海域だった。

海面には広大なパックアイスが存在する。

氷は固定されておらず、風と海流によって動く。

昨日船が入れた場所が、翌日には閉じていることもある。

大型の耐氷船であっても、氷に挟まれれば自由に移動できなくなる。

海底捜索ではさらに問題が増える。

通常の海域なら調査船を一定の航路で往復させ、ソナーで海底を面状に捜索できる。

ウェッデル海では、海面の船が予定した捜索線を自由に走れるとは限らない。

つまり、

「海底3,000mを探す問題」と「その真上まで調査船を持っていく問題」

を同時に解決しなければならなかった。

2019年、一度目の本格捜索は失敗した

2019年、Weddell Sea ExpeditionがEnduranceの捜索を試みた。

使用されたのは、南アフリカの極地調査・補給船S.A. Agulhas II

Endurance22でも使われる船である。

この遠征はEnduranceだけを目的としたものではなく、Larsen C棚氷周辺の科学調査やウェッデル海の生態系調査も行っていた。

その一部としてEnduranceの沈没地点へ向かった。

しかしRoyal Geographical Societyがまとめているように、2019年には厳しいウェッデル海の海氷条件によって十分な捜索を完了できなかった。

船を沈めたのと同じ種類の障害が、約104年後の捜索隊にも立ちはだかった。

ただし、この失敗は無駄にはならなかった。

海氷下でどのように水中機器を運用するか。

調査船が自由に移動できなくても、海底を広範囲に調べるにはどうすればよいか。

次の遠征では、捜索システムそのものが変更された。

2022年の最大の違い|船ではなく水中ロボットを遠くまで動かす

2022年のEndurance22 Expeditionでも母船はS.A. Agulhas IIだった。

しかし海底捜索の中心となったのは、Saab製のSabertoothだった。

これはAUVとROV双方の特徴を持つハイブリッド型水中車両である。

通常のROVはケーブルで母船とつながり、船の近くを調査する。

AUVは自律航行できるため母船から離れて海底を探せる。

Sabertoothでは、状況に応じてこうした機能を組み合わせることができた。

Endurance22によれば、母船から最大約100マイル離れた地点まで運用可能な能力が想定されていた。

これはウェッデル海で大きな意味を持つ。

S.A. Agulhas IIが海氷で沈没地点の真上まで進めなくても、
水中車両だけを海氷の下へ送り込んで捜索できる
からである。

捜索範囲は約382平方km

Endurance22では、Worsleyの記録を基準に事前の捜索区域が設定された。

公表資料では、その面積は約382平方km

東京都心で考えても非常に広い。

しかも対象は平面の陸地ではない。

水深約3,000mの暗い海底である。

母船S.A. Agulhas IIは海氷を避けながら移動し、Sabertoothを投入する。

水中車両は海底付近へ降下し、一定間隔で航行しながらソナーで周囲を調べる。

疑わしい対象を見つければ、より詳細な映像やレーザー計測を行う。

海底の巨大な面積を、細い線を何本も引くように埋めていく作業だった。

2022年2月5日、Cape Townを出航

Endurance22はFalklands Maritime Heritage Trustによって組織された。

遠征隊長は極地研究者John Shears。

海洋考古学・探索部門を率いたのはMensun Bound。

海洋技術者、AUV運用チーム、科学者、氷海専門家、S.A. Agulhas IIの船員など、国際的なチームが参加した。

2022年2月5日、S.A. Agulhas IIはCape Townを出航した。

計画された航海期間は35日。

必要なら45日まで延長できる設定だった。

つまり捜索できる時間にも限界がある。

見つかるまで何か月でも海底を探せるわけではなかった。

2月18日、捜索海域へ到着

National Geographicの後年の記録によると、S.A. Agulhas IIは2月18日ごろ捜索海域へ到達した。

そこから海底捜索が本格化する。

しかし現代の機器を使えば自動的に船が見つかるわけではない。

水深3,000mでは水中車両の投入・回収だけでも時間がかかる。

機器には故障が起きる。

ケーブルやウインチにも問題が起きる。

海面では氷盤が動き、母船の位置を変えなければならない。

その状況で昼夜を問わず、海底の捜索線を少しずつ埋めていった。

そして海底に、船の形が現れた

3月5日。

Sabertoothが取得したソナー情報に、海底から明確に突出する構造物が現れた。

映像を取得すると木造船であることが分かった。

船は大きく崩壊していない。

海底へほぼ直立している。

さらに詳細な映像が送られてくる。

船尾。

金色の文字。

ENDURANCE。

その下にPolarisを示す五芒星。

別の同型船である可能性はなくなった。

Endurance22 expedition blogによれば、発見時刻は2022年3月5日16時05分GMTだった。

FACT CHECK|Enduranceが見つかったのは3月5日? 3月9日?

2022年3月5日 海底でEnduranceを実際に発見した日。Endurance22の遠征記録では16時05分GMT。
2022年3月9日 Falklands Maritime Heritage Trustが発見を世界へ正式発表した日。

ニュース記事の公開日から「3月9日発見」とされる場合があるが、本シリーズでは3月5日=発見、3月9日=公表と区別する。

水深3,008m――Worsleyの位置から約4海里

Enduranceが確認された水深は3,008m

南極条約事務局が現在登録している位置は、

南緯68度44分21秒、西経52度19分47秒

である。

そしてEndurance22によれば、実際の船体はWorsleyが残した位置から南へ約4海里だった。

100年以上前の推測位置としては非常に近い。

Worsleyには衛星測位も電子計算機もない。

沈没当日は曇天で天測もできなかった。

それでも観測記録と海氷漂流の推定から、数km規模の範囲まで位置を絞り込んでいた。

James Caird航海でSouth Georgiaを捉えた航法技術と同じく、
Worsleyの位置記録が100年以上後にも実用的な情報として残った
ことになる。

船は「ばらばらの残骸」ではなかった

発見時に特に驚かれたのが、船体の保存状態だった。

Enduranceはほぼ正立した状態で海底にある。

Royal Museums Greenwichが映像から確認した範囲では、

  • 船尾
  • 船名
  • 五芒星
  • ガードレール
  • 舵輪
  • コンパニオンウェイ
  • 船体外板
  • 甲板構造

などが明瞭に残っている。

船首楼甲板や右舷側などには損傷がある。

前部マストも折れて甲板上に横たわっている。

しかし船体全体が崩壊して散乱した状態ではなかった。

木造船としての形が認識できるほど残っていた。

なぜ100年以上、木造船がここまで残ったのか

保存状態には複数の条件が関係していると考えられている。

水深3,000mの海底は暗い。

水温も非常に低い。

National Geographicは、低温、光がほぼ存在しないこと、低酸素環境などが保存状態へ寄与したと説明している。

さらにEndurance自体が、極地用として非常に強固に造られた木造船だったことも重要である。

外板には硬いグリーンハート材などが使われていた。

第4回で見たように、Enduranceは海氷へ閉じ込められた後も約9か月以上、激しい圧力へ耐えている。

最終的には構造損傷と浸水で失われたが、
船全体が瞬間的に粉砕されたわけではなかった

船体は「沈没の瞬間」についても新しい証拠を与えた

Endurance発見の価値は、船名を確認できたことだけではない。

1915年に船がどう沈んだかを、物理的な船体から検証できるようになった。

Frank Hurleyの写真や乗組員の記録からは、海氷によってEnduranceが激しく破壊されていく姿が分かっていた。

そのため後世には、海氷で船体下部まで徹底的に押し潰され、ばらばらに近い状態で沈んだようなイメージも存在した。

しかしRoyal Museums Greenwichは2022年の映像から、
Enduranceは大部分を一体のまま海底へ沈んだ可能性が高い
と見ている。

海氷は船体を貫き、浸水を引き起こした。

上部構造の一部も氷によって取り去られた。

しかし船の主要船体は完全には分解されていない。

浸水して重くなった船が、海氷の間が開いた際にそのまま沈下し、海底へ到達したと考えられる。

これは、写真・日記・設計図だけでは確認できなかった情報である。

FACT CHECK|Enduranceは海氷で「完全に圧壊」したのか

海氷によって重大な構造損傷を受け、航行不能・復旧不能になったことは確実である。

一方、2022年の船体は主要部分が一体で海底に残っている。

したがって、

「氷圧で損傷・浸水し沈没した」

は正しいが、

「船体全体が粉々に押し潰された」

というイメージは実物と一致しない。

発見された船体そのものが、沈没過程を再検討する新しい一次物証となった。

Frank Hurleyの写真と、2022年の船体を照合できる

このCASE FILEで何度も登場した写真家Frank Hurleyの記録が、ここで別の役割を持つ。

Hurleyは1914~1915年、Enduranceの甲板、船内、氷上の犬、船体損傷などを多数撮影していた。

2022年の海洋考古学者は、海底映像を、

  • Enduranceの設計図
  • Hurleyの写真
  • 乗組員の日記

と照合できる。

例えば、

どの構造が1915年以前から存在したのか。

遠征用に何が改造されたのか。

氷圧でどこが失われたのか。

沈没後にどの部分が崩れたのか。

を比較できる。

Royal Museums Greenwichは、この

設計図 + 歴史写真 + 実物の海底船体

の3つがそろったことで、Enduranceの最期をより具体的に検証できると評価している。

触らずに、3Dで記録する

Endurance22は船体を発見したあと、遺物の回収を行っていない。

代わりにSabertoothへ搭載した、

  • 高解像度カメラ
  • ソナー
  • レーザースキャナー

などを使用し、船体と周辺のデブリフィールドを記録した。

多数の写真を重ね合わせるフォトグラメトリによって、船体を立体的に再構成することもできる。

レーザー計測を組み合わせれば、単に「きれいな写真を撮る」よりも、各構造物の位置と寸法を考古学的に記録できる。

Endurance22は、陸上の遺跡調査に近い精度で海底船体を記録することを目的としていた。

なぜ船の鐘や舵輪を引き揚げなかったのか

深海の有名沈没船では、船鐘や食器などを回収して博物館へ展示する例もある。

Enduranceでは行われなかった。

理由は法的・文化財的な保護にある。

Enduranceの沈没船は、南極条約体制におけるHistoric Site and Monument No.93(HSM 93)に指定されている。

これは2022年に船体が発見されてから急に決まったものではない。

2019年の段階でEndurance wreck siteはHSMへ追加されていた。

そのためEndurance22の時点から、

見つけても触らない。

遺物を持ち上げない。

船体を動かさない。

という非侵襲的調査が前提だった。

発見後、保護対象は船体だけではなく周囲の遺物まで明文化された

2022年の南極条約協議国会議では、発見された実際の位置を反映してHSM 93の情報が更新された。

保護対象には船そのものだけでなく、

  • 船内に残っている遺物
  • 船から海底へ落ちた可能性のある物品
  • 舵輪
  • ベル
  • 船の装備品
  • 乗組員の私物

なども含まれる。

さらに2024年には保護記述が改定され、周辺の対象範囲も船体から1,500mへ拡大された。

したがって現在のEnduranceは、
「誰かが先に見つけたから引き揚げて所有できる沈没船」ではない。

船と周辺の遺物を一つの歴史遺跡として海底に残す考え方が取られている。

発見された座標は現在、公的記録になっている

1915年には「Worsleyが推定した位置」だったものが、2022年以降は実際の船体位置として記録できるようになった。

項目 現在確認されている内容
実際の発見日 2022年3月5日
発表日 2022年3月9日
水深 3,008m
位置 68°44’21″S, 52°19’47″W
Worsley記録との差 南へ約4海里
船体状態 海底にほぼ正立し、大部分が一体で残存
文化財指定 Historic Site and Monument No.93
調査方法 非接触による映像・ソナー・レーザー・3D記録

発見は「Shackletonが正しかった」と証明したものではない

Enduranceの発見は非常に象徴的な出来事だった。

しかし、船体を見つけたことでシャクルトンのすべての判断が正しかったと証明されたわけではない。

このシリーズで見てきたように、

遠征は本来の南極大陸横断を達成していない。

海氷が厳しいという情報を得たうえでウェッデル海へ進んだ。

上陸可能だった地点を通過した。

Enduranceは氷に閉じ込められ、最終的に失われた。

Ross Sea Partyでは3人が死亡した。

したがってEnduranceを「成功した遠征の船」と呼ぶのは正確ではない。

本来の遠征は失敗している。

一方で、その失敗後の生存行動では、

  • 船を捨てる判断
  • 徒歩移動の中止
  • 氷の漂流利用
  • 食料・燃料管理
  • 3艇によるElephant Island脱出
  • James Cairdの改造
  • Worsleyの航法
  • South Georgia横断
  • 4回にわたる救出試行

が連続している。

2022年の船体は、この物語を英雄伝説へ変えるものではない。

むしろ、
1915年に彼らが何を失ったのかを物理的に確認できる証拠
が戻ってきた、と考える方が適切である。

1915年の記録と2022年の技術がつながった

Endurance発見で特に興味深いのは、1915年の技術と2022年の技術が直接つながっていることだった。

1915年 2022年
Frank Worsleyの六分儀観測 探索区域の設定
クロノメーター 現代の衛星測位
海氷漂流の推定 衛星による海氷観測
Frank Hurleyの写真 海底映像との構造照合
手書きの日誌 船体損傷との比較
肉眼による船体記録 4K映像・レーザー・3Dモデル

最新技術だけで突然見つかったわけではない。

100年前に人間ができる限り正確に残したデータを、現代の技術で拡張した結果だった。

そしてWorsleyの記録は、約4海里しか外れていなかった

CASE FILE 28では、Worsleyは何度も重要な場面に登場した。

Enduranceの船長。

氷上漂流中の測位。

Elephant Islandへの救命艇航海。

James CairdをSouth Georgiaへ導いた航海士。

South Georgia横断の3人の一人。

そして107年後。

最後に残した沈没位置まで、Endurance発見に使用された。

実際の船体はそこから約4海里。

沈没日には太陽すら観測できなかったことを考えると、この位置精度はEndurance遠征に残された航海技術上の重要な成果の一つといえる。

まとめ|107年後に見つかった船は、物語の「最後の証拠」だった

1915年11月21日。

Enduranceはウェッデル海へ沈んだ。

船長Frank Worsleyは、その位置を記録した。

しかしGPSはなく、沈没当日は曇っていた。

残ったのは天測と海氷の漂流をもとにした推定位置だった。

その後100年以上、船の正確な場所は分からなかった。

2019年にはS.A. Agulhas IIを使った捜索が行われたが、ウェッデル海の海氷条件に阻まれた。

2022年。

Falklands Maritime Heritage TrustのEndurance22 Expeditionが再挑戦する。

母船は再びS.A. Agulhas II。

今回はSaab製Sabertooth水中車両を使い、母船から離れた海氷下の海底まで捜索する方式が採用された。

そして3月5日16時05分GMT。

水深3,008mで木造船を発見。

船尾には、

ENDURANCE

の文字が残っていた。

位置はWorsleyが1915年に記録した地点から南へ約4海里。

船体はほぼ正立し、船尾、舵輪、手すり、外板などが驚くほど残っていた。

そしてその状態は、Enduranceが氷圧で完全に粉々になったのではなく、
重大な構造損傷と浸水を受けながらも主要船体を一体のまま沈めた
可能性を示した。

船体は引き揚げられなかった。

Enduranceは南極条約のHistoric Site and Monument No.93として保護され、現在もウェッデル海の海底に残されている。

1914年、シャクルトンが目指した南極横断は達成されなかった。

Enduranceも失われた。

Ross Sea Partyでは3人が死亡した。

その意味では、帝国南極横断探検隊は成功した遠征ではない。

しかしEndurance側の28人は、

船を失い、

氷の上を漂流し、

小型艇で海を渡り、

無人島から約800海里を航海し、

山脈を徒歩で越え、

4回の救助活動の末、

全員が生きて帰った。

そして107年後、その出発点となった船そのものが海底から確認された。

CASE FILE 28を一つの言葉で表すなら、「奇跡」よりもこちらの方が近い。

計画は失敗した。しかし、失敗したあとも状況を観測し、使える資源を残し、次の手段へ切り替え続けた。

Enduranceの船尾に残った名前は、その過程を伝える最後の物証として、現在も水深3,008mのウェッデル海底にある。

今回出てきた言葉

Endurance22 Expedition
Falklands Maritime Heritage Trustが組織した2022年の南極遠征。ウェッデル海でEnduranceの捜索、撮影、海洋考古学的記録を実施した。
S.A. Agulhas II
南アフリカ政府所有の極地調査・補給船。2019年と2022年のEndurance捜索で母船となった。
Sabertooth
Saab製のハイブリッド型水中車両。Endurance22では水深約3,000mの海底捜索と船体調査に使用された。
サイドスキャン/捜索ソナー
音波を利用して海底の形状や物体を探す技術。広範囲の海底から沈没船などの異常構造を検出するために使われる。
フォトグラメトリ
多数の写真を重ね合わせ、対象物の形状や位置を三次元的に再構成する技術。Enduranceの非接触記録にも利用された。
HSM 93
南極条約体制におけるHistoric Site and Monument No.93。Enduranceの船体および周辺遺物を保護対象としている。
Mensun Bound
海洋考古学者。2019年と2022年のEndurance捜索に参加し、Endurance22ではDirector of Explorationを務めた。
John Shears
極地研究者・探検家。Endurance22 Expeditionの遠征隊長。

前の記事:
第9回 「全員生還」はどこまで本当か|エレファント島救出とロス海支隊3人の死

CASE FILE 28 最初の記事:
第1回 シャクルトンとエンデュアランス号遠征とは?|船を失った28人はどう南極から生還したのか

CASE FILE 28|全記事

  1. シャクルトンとエンデュアランス号遠征とは?|船を失った28人はどう南極から生還したのか
  2. シャクルトンは何を目指していたのか|帝国南極横断探検隊と「南極大陸横断」計画
  3. なぜエンデュアランス号は氷に閉じ込められたのか|ウェッデル海と海氷が塞いだ航路
  4. エンデュアランス号はどう壊れ、沈んだのか|海氷の圧力と船を捨てるまで
  5. 船を失った28人は氷の上でどう生き延びたのか|キャンプ生活と漂流の日々
  6. 28人はどうエレファント島へたどり着いたのか|3隻の救命艇による氷海脱出
  7. 800マイルの海をどう渡ったのか|ジェームズ・ケアード号と6人のサウスジョージア航海
  8. なぜサウスジョージア島を歩いて横断したのか|無人の海岸からストロムネス捕鯨基地へ
  9. 「全員生還」はどこまで本当か|エレファント島救出とロス海支隊3人の死
  10. 2022年、海底で見つかったエンデュアランス号|107年後の船体発見で何が分かったのか【現在の記事】

出典・参考資料

  • Falklands Maritime Heritage Trust / Endurance22 — Endurance is Found
    2022年3月5日の発見、水深3,008m、Worsley記録位置から約4海里南、S.A. Agulhas II、Sabertooth、船体の保存状態について確認。
  • Endurance22 — Exploration / Marine Archaeology
    Sabertooth水中車両による海底捜索、レーザー計測、フォトグラメトリ、3D記録などの調査方法について確認。
  • Royal Geographical Society — 2019 Weddell Sea Expedition
    2019年に行われた最初の本格捜索が、ウェッデル海の厳しい条件によってEnduranceを発見できなかったことの確認に使用。
  • Royal Museums Greenwich — Endurance shipwreck discovered: what can the wreck video tell us?
    船尾、舵輪、手すり、外板、マストなどの保存状態と、実船映像から沈没・船体破壊を再検討できることの確認に使用。
  • Royal Museums Greenwich — What can shipwrecks tell us?
    海底船体から、Enduranceが大部分を一体として沈んだ可能性や、氷による船体損傷を再検証できることの確認に使用。
  • Antarctic Treaty Secretariat — Historic Sites and Monuments No.93 / Measure 18 (2022), Measure 18 (2024)
    Endurance wreckの正式位置、水深、保護対象、遺物の扱い、および現在の保護範囲について確認。
  • National Geographic — Shackleton’s legendary ship is finally found
    Endurance22の現場記録、船体の保存環境、海氷、AUVによる発見過程について補助資料として使用。

本記事では「2022年3月5日」を実際のEndurance発見日、「3月9日」をFalklands Maritime Heritage Trustによる公式発表日として区別しています。またWorsleyが1915年に残した座標は沈没当日の直接測位値ではなく、天測記録と海氷漂流を基にした推定位置であることを明記しています。2022年の船体映像から読み取れる沈没過程については、Royal Museums Greenwichなどの海事史・船舶資料による評価を基にし、映像だけから断定できない事項は確定事実として扱っていません。Endurance wreckは現在もHSM 93として南極条約体制下で保護されており、船体・周辺遺物の回収を前提としない非侵襲的調査が基本となっています。