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5人の侵入犯は誰につながっていたのか資金・再選委員会・FBI捜査

5人の侵入犯は誰につながっていたのか|資金・再選委員会・FBI捜査

政治スキャンダル・権力乱用

1972年6月17日、民主党全国委員会本部で5人の男が逮捕された。
警察が捕まえたのは、バーナード・バーカー、ヴァージリオ・ゴンザレス、ユージニオ・マルティネス、ジェームズ・マコード、フランク・スタージスだった。

この段階で最大の疑問は、「彼らは誰のためにDNC本部へ入ったのか」だった。
5人の中には元CIA関係者や反カストロ活動に関わった人物が含まれていたが、それだけならホワイトハウスとの関係を証明するものにはならない。

ところが、逮捕者の一人ジェームズ・マコードには、もっと直接的な肩書きがあった。
彼はリチャード・ニクソン大統領を再選させるための組織「Committee for the Re-Election of the President」の警備担当者だった。

そしてFBIが現金、小切手、銀行口座を追うと、侵入犯の手元にあった資金の一部が大統領再選運動へとつながっていった。
ウォーターゲート事件でしばしば使われる「Follow the money――金を追え」というイメージは、単なる映画的な表現ではない。
実際の捜査でも、資金経路は事件の背後にある組織を解明する重要な入口になった。

今回は、5人の侵入犯からFBIがどのようにニクソン再選委員会へ近づいたのかを追う。

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ウォーターゲート事件 1972–1974|全10回


  1. 第1回 ウォーターゲート事件とは?|侵入事件からニクソン辞任までの全貌

  2. 第2回 1972年6月17日、何が起きたのか|民主党本部侵入事件の計画と5人の逮捕

  3. 第3回 5人の侵入犯は誰につながっていたのか|資金・再選委員会・FBI捜査

    [現在の記事]

  4. 第4回 ホワイトハウスは何を隠そうとしたのか|口止め料・CIA・FBI捜査妨害

  5. 第5回 侵入事件はなぜ政権中枢へ広がったのか|シリカ判事とマコード書簡

  6. 第6回 上院公聴会は何を暴いたのか|ジョン・ディーン証言と録音システム発覚

  7. 第7回 録音テープをめぐる攻防|特別検察官と「土曜夜の虐殺」はなぜ起きたのか

  8. 第8回 大統領はテープ提出を拒めるのか|United States v. Nixonと最高裁判決

  9. 第9回 「決定的な録音」からニクソン辞任へ|弾劾条項と1974年8月9日

  10. 第10回 ウォーターゲートは何を変えたのか|刑事責任・選挙資金・情報公開改革

逮捕された瞬間から、再選委員会への接点があった

ウォーターゲート事件では、FBIが何か月も捜査した末に初めてニクソン陣営との関係を発見したわけではない。
侵入犯が逮捕された当日の段階から、大統領再選組織へつながる人物が含まれていた。

FBIの公式記録によれば、1972年6月17日、FBI長官代行L・パトリック・グレイには、ウォーターゲートで5人が逮捕され、その一人が「Committee to Re-Elect the President」の警備担当者であることがテレタイプで報告された。
その人物がジェームズ・W・マコード・ジュニアだった。

マコードは元FBI職員であり、その後CIAでも勤務した経歴を持つ。
1971年秋ごろからニクソン再選組織に関わり、FBIの捜査記録では1972年初めから常勤のStaff Security Officerとして勤務していたことが確認されている。

つまり、「再選委員会との関係」は後から推測で加えられたものではない。
現場で逮捕された5人の身元を確認した時点で、大統領選挙運動につながる線が存在していた。

Committee for the Re-Election of the Presidentとは何だったのか

Committee for the Re-Election of the Presidentは、1972年大統領選挙で共和党の現職大統領リチャード・ニクソンを再選させるために組織された選挙運動組織である。
資料ではCRPなどと略される。

ウォーターゲート関連の記事や書籍では、しばしば「CREEP」という呼称も登場する。
これは公式な組織名ではなく、Committee for the Re-Election of the Presidentを皮肉的に略した呼び方である。
本記事では、正式な組織を指す場合は「ニクソン再選委員会」または「CRP」とする。

再選委員会には通常の選挙活動だけでなく、資金調達、広報、世論調査、警備など多くの機能が存在した。
また、資金面ではFinance Committee to Re-elect the Presidentが選挙運動に関係する支出を扱っていた。

ここで注意したいのは、「再選委員会の人物が事件に関係していた」という事実と、「再選委員会にいたすべての人物が侵入計画を知っていた」という主張はまったく別だということである。

捜査で必要だったのは、組織名だけから責任を推定することではない。
誰が誰へ指示し、どの資金がどこへ動き、誰がその支出を承認したのかを具体的に追跡することだった。

侵入犯は3,500ドルを超える現金を持っていた

米上院のウォーターゲート委員会に関する公式史では、逮捕された侵入犯は3,500ドルを超える現金と、高度な監視・電子機器を所持していたと記録されている。

現金を持っていたこと自体は、それだけで犯罪組織や政治組織との関係を示す証拠にはならない。
重要なのは、紙幣には銀行を通過した履歴をたどれる場合があり、その資金がどの口座・小切手から現金化されたものなのかを調べられることである。

FBIは侵入犯の所持金や銀行記録を調べ始めた。
この過程で、捜査線はワシントンD.C.からフロリダ州マイアミの銀行へ伸びていく。

FBIは現金をマイアミの銀行へ遡った

National Archivesに残るウォーターゲート展示資料の検証記録では、FBIは侵入犯が持っていた新しい100ドル紙幣を、バーナード・バーカーが複数の小切手を換金していたマイアミの銀行へ遡ったと整理されている。

バーカーは6月17日にDNC本部内で逮捕された5人の一人である。
キューバ生まれの米国人で、CIAとの関係を持った経歴があり、E・ハワード・ハントのもとで活動していた。

National Archivesの記録では、バーカーが換金した小切手は5枚、合計約11万4,000ドルに達していた。
そして、この小切手類はG・ゴードン・リディからバーカーへ渡された資金だったとされる。

リディは大統領再選組織に関係し、ウォーターゲート侵入工作を計画する側にいた人物である。

ここで捜査は一段階進んだ。
「侵入犯の一人が再選委員会の警備担当だった」という人的な接点だけでなく、侵入グループに流れた資金についても再選運動側へたどれる可能性が出てきたのである。

2万5,000ドルの「Dahlberg Check」

資金追跡の中で象徴的な証拠となったのが、2万5,000ドルの小切手だった。
後に「Dahlberg Check」と呼ばれることになる。

この資金の経路は少し複雑なので、「ある支援者が侵入犯へ直接2万5,000ドルを渡した」と単純化すると正確ではない。

National Archivesによる資料検証では、実業家ドウェイン・アンドレアスが選挙資金として2万5,000ドルを現金で提供し、ニクソン陣営の資金調達担当者ケネス・ダールバーグが、それを2万5,000ドルの銀行小切手へ換えたと整理されている。

その小切手が最終的にバーナード・バーカーの銀行口座へ入った。

段階 資金の流れ
1 ドウェイン・アンドレアスが2万5,000ドルを選挙資金として提供
2 再選陣営の資金調達担当ケネス・ダールバーグが銀行小切手へ換える
3 小切手がウォーターゲート侵入犯バーナード・バーカー側へ流れる
4 FBIが銀行記録から資金経路を追跡する

この経路が重要なのは、「金が大統領再選運動の世界から侵入グループへ移動していた」という具体的な接点を示したからである。

もちろん、この小切手だけでニクソン本人が侵入を命令したことを証明できるわけではない。
また、元の寄付者がウォーターゲート侵入のために資金を出したことを意味するものでもない。

証明できたのは、もっと限定的だが重要な事実だった。
選挙運動に提供された資金の一部が、侵入犯側の銀行取引へ入り込んでいたのである。

なぜ「金の流れ」が危険だったのか

選挙運動では、多数の人物・企業・支援者から資金が集まり、さまざまな活動に支出される。
したがって「再選運動の資金が存在した」というだけでは犯罪にはならない。

問題は、民主党本部への秘密侵入・盗聴という違法活動を行った人物の口座へ、再選陣営から来たと確認できる資金が流れ込んでいたことだった。

人物同士の関係なら、「知人だった」「仕事で面識があった」と説明する余地がある。
しかし銀行小切手には、金額、発行者、銀行、口座、裏書などの記録が残る。

そのため資金追跡は、「誰と誰が知り合いだったか」という曖昧な関係図を、金融記録によって検証可能な経路へ変えることができる。

ウォーターゲートでは、この違いが大きかった。
侵入犯の身元から再選委員会へつながり、さらに金銭記録からも同じ方向へ線が伸びていったからである。

事件発生6日後、ホワイトハウスも「資金追跡」を問題にしていた

FBIによる資金追跡がどれほど重要だったのかは、後に公開されたホワイトハウス録音からも確認できる。

1972年6月23日、事件発生からわずか6日後、ニクソン大統領と首席補佐官H・R・ハルデマンは大統領執務室でウォーターゲート捜査について話していた。

ニクソン大統領図書館が公開する録音記録では、ハルデマンがFBIの捜査について説明する中で、捜査側が資金を追跡しており、「Ken Dahlberg」という名前まで到達していることをニクソンへ伝えている。

会話では、2万5,000ドルの小切手がバーカーへ入ったことも話題になった。

この点は重要である。
資金追跡は、後年になって歴史家が見つけた周辺的な事実ではない。
事件発生から1週間も経たない時点で、ホワイトハウス内部が警戒する捜査線の一つになっていた。

そして同じ6月23日の会話では、FBIの資金追跡へCIAを介して働きかける案が話し合われた。
この問題は、次回扱う「捜査妨害・隠蔽」の中心へつながっていく。

FBIの捜査は一つの部署だけで完結しなかった

ウォーターゲート捜査は、ワシントンD.C.の侵入現場だけを調べれば終わる事件ではなかった。
銀行記録、電話、人物関係、選挙資金などを追うため、捜査は各地へ広がった。

FBIの公式史では、最終的にほぼすべてのFBI地方局がウォーターゲート事件に何らかの形で関与したとされる。
特別検察官からの依頼に基づくだけでも、FBIは約2,600件の聴取を実施したという。

FBI研究所や指紋部門も捜査を支援した。

もちろん、これは6月17日直後に2,600件の聴取を行ったという意味ではない。
事件が特別検察官、上院調査、関連刑事事件へ拡大していく中で、捜査量がそこまで膨らんだということである。

ウォーターゲートを「新聞社が一つのスクープを追った事件」と理解するだけでは、この巨大な捜査構造が抜け落ちる。

ワシントン・ポストは何をしたのか

一方で、報道が重要でなかったわけでもない。
ワシントン・ポストの若い記者ボブ・ウッドワードとカール・バーンスタインは、事件直後から侵入犯とニクソン陣営の関係を追った。

米上院の公式史も、両記者の継続的な報道がニクソン再選陣営と侵入犯の関係について疑問を提起し、事件への注目を維持したことを記録している。

1972年8月には、2万5,000ドルの選挙資金がケネス・ダールバーグを経由して侵入犯側へ流れていたことも報じられた。

ただし、ここでも「記者がゼロから銀行記録をすべて発見し、事件を解決した」と考えるのは正確ではない。
FBIと連邦検察は並行して同じ事件を捜査していた。
報道側には捜査機関内部から情報が流れていたことも後に明らかになっている。

「Deep Throat」は誰だったのか

ウッドワードとバーンスタインの秘密情報源として後に有名になったのが、「Deep Throat」と呼ばれた人物である。

その正体は長く公表されなかったが、2005年に元FBI副長官W・マーク・フェルトが、自分がDeep Throatだったことを明らかにした。
FBIも現在、フェルトをその人物として公式史で紹介している。

フェルトはFBI内部でも上位に位置する人物だったため、捜査状況へ接することができた。
FBI公式史では、彼がウォーターゲート捜査に関する情報を報道機関へ漏らしていたことも明記されている。

ただし、Deep Throatを「ウォーターゲートのすべてを記者に教えた人物」と理解するのも行き過ぎである。

事件解明には、現場捜査、銀行記録、連邦大陪審、刑事裁判、上院委員会、特別検察官、ホワイトハウス録音、最高裁判所など、互いに異なる経路が関わっている。

フェルトからの情報はその一部であり、事件全体の証拠そのものではなかった。

捜査と報道は「同じ仕事」ではない

ウォーターゲート事件を扱った映画『大統領の陰謀(All the President’s Men)』の影響もあり、事件はウッドワードとバーンスタインの調査報道を中心に記憶されやすい。

しかし、報道機関とFBIには役割の違いがある。

主体 主な役割
警察・FBI 現場、人物、銀行記録、証拠、関係者の捜査
連邦検察・大陪審 刑事責任を立証するための証拠収集・起訴
報道機関 独自取材を通じて事件を公共の問題として継続的に報道
上院委員会 選挙運動・政治工作・隠蔽を議会権限で調査
特別検察官 政権中枢を含む刑事捜査を独立性の高い立場から進める

これらは競合する場合もあれば、情報が一方から他方へ流れる場合もあった。

ウォーターゲート事件の特徴は、一人の探偵や一つの新聞社が真相を見つけたことではない。
複数の制度・組織が異なる目的で同じ事件へ入り込み、それぞれの記録が後に重なったことにある。

誰が誰につながっていたのか

第2回までに登場した人物関係を、ここで一度整理しておく。

人物 関係 この段階で重要な理由
James McCord 侵入犯/ニクソン再選委員会の警備担当 逮捕現場から再選組織へ直接つながる人物
Bernard Barker 侵入犯 再選運動由来の資金が入った銀行口座の名義人
G. Gordon Liddy 再選陣営に関係/侵入工作を計画する側 侵入グループと再選陣営を結ぶ重要人物
E. Howard Hunt 元CIA職員/工作を指揮する側 バーカーら実行グループとの接点
Kenneth Dahlberg ニクソン陣営の資金調達担当 2万5,000ドルの小切手を通じて資金追跡に登場

こうして見ると、5人の逮捕者からホワイトハウスへ一直線に線が引かれたわけではないことが分かる。

最初に見えたのは再選委員会だった。
そこからリディ、ハント、資金調達担当者、銀行口座と、一段ずつ外側へ関係が広がっていった。

FACT CHECK|「Follow the money」は実際にDeep Throatが言った?

「Follow the money」という言葉はウォーターゲート捜査の実際の有名発言?

注意が必要である。
「Follow the money」という言葉はウォーターゲート事件を象徴する表現として非常に有名だが、Deep Throatが実際にウッドワードへこの言葉を発したことを示す同時代の記録は確認されていない。

この表現が広く定着した大きな理由は、1976年公開の映画『All the President’s Men』で使われたことにある。
したがって本記事では、実在の引用としては扱わない。

ただし、FBIが実際に銀行記録、小切手、現金の経路を追ったこと自体は公的資料で確認できる。
「Follow the money」は史実上の直接引用ではなくても、捜査手法の特徴を表す言葉として後世に定着したものと考えるのが適切である。

2万5,000ドルを寄付した人物は、侵入計画を知っていた?

そのようには扱わない。
資金が侵入犯側へ到達したことと、元の寄付者がウォーターゲート侵入の目的を知っていたことは別問題である。

重要なのは、通常の選挙資金として提供された金が、どのような経路を通って侵入工作側へ移動したのかという資金管理上の問題である。

「CREEP」は再選委員会の正式な略称?

いいえ。
正式名称はCommittee for the Re-Election of the Presidentで、CRPと略される。
「CREEP」は事件後広く使われた皮肉的な呼称である。

資金の流れだけで「ニクソンの命令」は証明できない

ここまでを見ると、侵入グループとニクソン再選組織の関係はかなり明確に見える。
しかし、この段階で証明できる範囲を超えてはいけない。

ジェームズ・マコードが再選委員会に勤務していた。
リディが再選陣営に関係していた。
選挙資金の一部がバーカー側へ流れていた。

これらは、それぞれ公的記録によって確認できる。

一方で、これだけを根拠として「ニクソン大統領自身がDNCへの侵入を命令した」と結論づけることはできない。
ウォーターゲート事件で大統領自身の法的・政治的責任を大きくしたのは、侵入計画そのものへの直接命令より、事件発生後の隠蔽と捜査妨害をめぐる行動だった。

そして、その問題は事件発生からすでに数日のうちに始まっていた。

6月23日の会話が示す次の段階

FBIが金を追い、ダールバーグの名前に到達していたころ、ホワイトハウス側もその動きを把握していた。

6月23日の大統領執務室録音では、ハルデマンがニクソンへ、FBIが資金の流れを調べていることを説明している。

問題はここからだった。

政権側が捜査を静観し、「何が起きたのかを調べればよい」と判断したのであれば、事件は侵入犯と再選組織の刑事事件として進んだ可能性がある。

しかし実際には、FBIの資金追跡に対してCIAを使って働きかける案が検討された。

侵入事件そのものとは別の犯罪問題――捜査を妨害し、事件と政権との関係を隠そうとしたのではないかという疑問が、ここから生まれる。

ウォーターゲートが本当に大統領職を揺るがす事件へ変わるのは、この「侵入後」の段階だった。

まとめ|5人から「組織」へ、人物から「金」へ

6月17日に逮捕された5人は、孤立した侵入グループではなかった。
少なくともジェームズ・マコードは、ニクソン大統領の再選委員会で警備を担当していた。

捜査を進めると、G・ゴードン・リディやE・ハワード・ハントなど、侵入工作を指揮した人物が浮上する。
さらにFBIが銀行記録と現金を追うと、バーナード・バーカーが換金した資金の中に、大統領再選運動へ提供された2万5,000ドルの小切手が含まれていたことが分かった。

これは「誰かが誰かを知っていた」という人的なつながりとは違う。
金額と銀行記録を伴った、検証可能な経路だった。

そして6月23日には、ホワイトハウス内部でもFBIがこの資金を追っていることが問題になっていた。

ここでウォーターゲート事件の焦点は変わる。

「誰が侵入したのか」から、
「誰がその背後にいたのか」へ。

そして次には、
「政権は事件が発覚した後、何をしたのか」へ進む。

次回は、口止め料、CIA、FBI捜査への介入、そして1972年6月23日の録音を中心に、ウォーターゲート事件で「侵入」以上に重大な問題となった隠蔽工作を追う。

前の記事:

第2回|1972年6月17日、何が起きたのか|民主党本部侵入事件の計画と5人の逮捕

次の記事:

第4回|ホワイトハウスは何を隠そうとしたのか|口止め料・CIA・FBI捜査妨害

CASE FILE 31|ウォーターゲート事件 1972–1974 全10回


  1. 第1回 ウォーターゲート事件とは?|侵入事件からニクソン辞任までの全貌

  2. 第2回 1972年6月17日、何が起きたのか|民主党本部侵入事件の計画と5人の逮捕

  3. 第3回 5人の侵入犯は誰につながっていたのか|資金・再選委員会・FBI捜査

    [現在の記事]

  4. 第4回 ホワイトハウスは何を隠そうとしたのか|口止め料・CIA・FBI捜査妨害

  5. 第5回 侵入事件はなぜ政権中枢へ広がったのか|シリカ判事とマコード書簡

  6. 第6回 上院公聴会は何を暴いたのか|ジョン・ディーン証言と録音システム発覚

  7. 第7回 録音テープをめぐる攻防|特別検察官と「土曜夜の虐殺」はなぜ起きたのか

  8. 第8回 大統領はテープ提出を拒めるのか|United States v. Nixonと最高裁判決

  9. 第9回 「決定的な録音」からニクソン辞任へ|弾劾条項と1974年8月9日

  10. 第10回 ウォーターゲートは何を変えたのか|刑事責任・選挙資金・情報公開改革

出典・参考資料

本記事はFBI、National Archives、U.S. Senate、Richard Nixon Presidential Libraryの公的資料を中心に構成しています。選挙資金が侵入犯側へ流れた事実と、元の寄付者が違法な侵入計画を認識していたかどうかは分離しています。また、資金の流れだけからリチャード・ニクソン本人がDNC本部への侵入を直接命令したとは判断していません。報道機関、FBI、検察、議会調査の役割についても、それぞれを別の調査経路として扱っています。