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Enron崩壊は何を変えたのかSOX法、PCAOB、内部統制と企業監査のその後

Enron崩壊は何を変えたのか|SOX法、PCAOB、内部統制と企業監査のその後

企業不祥事・経済犯罪

2001年12月2日、EnronはChapter 11を申請しました。

それで事件が終わったわけではありません。

むしろEnron崩壊後、アメリカではもっと大きな問いが残りました。

「なぜ、これだけ多くの監視制度が存在したのに止められなかったのか。」

Enronには取締役会がありました。

Audit Committeeがありました。

内部会計部門がありました。

Chief Risk Officerがいました。

外部監査法人Arthur Andersenがいました。

SECへの定期的な情報開示もありました。

それでも、SPE、関連当事者取引、資産評価、利益相反、財務報告をめぐる問題は長期間蓄積しました。

しかもEnronだけではありません。

2002年6月にはWorldComでも数十億ドル規模の会計不正が表面化します。

投資家が疑い始めたのは、一社の経営陣だけではありませんでした。

「上場企業の数字を監視する仕組みそのものは信用できるのか」

という問題です。

その信用危機の中で、2002年7月30日に成立したのが、

Sarbanes-Oxley Act of 2002――サーベンス・オクスリー法、通称SOX法

でした。

SOX法は、単に「粉飾決算への刑罰を重くした法律」ではありません。

監査法人を監督するPCAOBを新設し、監査委員会の独立性を強め、CEO・CFOに財務報告を直接認証させ、内部統制の評価を求め、監査法人が顧客企業へ提供できる非監査業務を制限し、オフバランス取引の開示や監査資料の保存も強化しました。

Enron事件によって問われた複数の「防衛線」を、それぞれ作り直した法律だったのです。

この記事で分かること

  • SOX法はいつ、なぜ成立したのか
  • Enronだけを原因とする法律なのか
  • PCAOBは何をする組織なのか
  • 監査法人の自己規制は何が変わったのか
  • CEO・CFOの財務報告責任はどう強化されたのか
  • Section 404の内部統制とは何なのか
  • 監査委員会と外部監査法人の関係はどう変わったのか
  • Arthur Andersen型の監査・コンサルティング問題にどう対応したのか
  • Enron型のオフバランス取引への開示はどう変わったのか
  • SOX法はすべての不正を防げる制度なのか

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Enron崩壊特集(全10回)

最終第10回では、Enron事件後に残った制度を扱います。

これまで見てきたmark-to-market、SPE、Fastowの利益相反、取締役会、Arthur Andersen、信用崩壊、FBI捜査、刑事裁判のそれぞれに対して、米国の制度はどの部分を変更したのでしょうか。

  1. Enronはなぜ崩壊したのか|巨大エネルギー企業を破綻させた不正会計の全体像
  2. Enronは何の会社だったのか|ガス会社から「エネルギーを取引する会社」へ変わった仕組み
  3. Enronの利益はどう作られたのか|時価評価会計と「将来利益」を先に計上する仕組み
  4. Enronは負債と損失をどう見えにくくしたのか|SPE、LJM、Raptorの仕組み
  5. Enron取締役会はなぜ止められなかったのか|Fastowの利益相反と企業統治の失敗
  6. Arthur AndersenはEnronで何をしていたのか|監査、文書破棄、最高裁判決まで
  7. Enronは2001年にどう崩壊したのか|Skilling辞任から12月2日の破産申請まで
  8. Enronの不正はどう解明されたのか|Powers Report、SEC、FBI、Enron Task Forceの捜査
  9. Enron事件で誰が有罪になったのか|Lay、Skilling、Fastowらの刑事責任を整理する
  10. Enron崩壊は何を変えたのか|SOX法、PCAOB、内部統制と企業監査のその後 【現在の記事】

先に結論|SOX法は「経営者・取締役・監査人」の三方向を変えた

SOX法の変更点を大きく分けると、次の三方向になります。

対象 主な変更
経営者 CEO・CFO認証、内部統制評価、虚偽報告への責任強化
取締役会 独立したAudit Committeeによる監査人選任・監督
監査法人 PCAOBによる登録・検査・基準設定・懲戒、非監査業務制限

さらに、

  • 内部統制
  • オフバランス取引の開示
  • 監査資料の保存
  • 内部通報制度
  • 役員報酬の返還

なども強化されました。

つまりEnron事件で破れた箇所を一つだけ直したのではありません。

財務情報が作られ、承認され、監査され、市場へ出るまでの経路全体を再設計したと見る方が実態に近い制度改革です。

2002年7月30日|Sarbanes-Oxley Act成立

Sarbanes-Oxley Act of 2002は、Public Law 107-204として2002年7月30日に成立しました。

法律の正式な目的には、証券法に基づいて企業が行う開示のaccuracy and reliability――正確性と信頼性を改善し、投資家を保護することが掲げられています。

法案名は、中心となった議員、

  • Paul Sarbanes上院議員
  • Michael Oxley下院議員

から取られています。

EnronがChapter 11を申請してから約8か月後でした。

SOX法は「Enron法」ではない

Enronが制度改革の象徴になったことは確かです。

しかし、

「Enronが倒産したのでSOX法が作られた」

だけでは背景を単純化しすぎます。

2001~2002年には、Enron以外にも企業会計をめぐる大規模な問題が相次ぎました。

特に2002年6月25日、WorldComは過去の財務諸表を修正する必要があると発表。

SECはその直後、当初約38億ドル規模とされた会計不正についてWorldComを提訴しました。

Arthur Andersen自身も2002年6月にEnron関連文書破棄の刑事事件で有罪評決を受けています。

つまりSOX法は、

Enron、WorldCom、Arthur Andersenなどを通じて、米国の企業開示と監査制度全体への信頼が低下した環境

への対応でした。

改革①|PCAOBを新設した

SOX法でもっとも構造的な変更の一つが、PCAOBの設置です。

正式名称は、

Public Company Accounting Oversight Board

です。

日本語では「公開会社会計監督委員会」などと訳されます。

名称どおり、上場企業などの監査を行う会計事務所を監督する組織です。

それ以前は監査業界の「自己規制」が中心だった

Enron以前の米国監査業界では、会計士業界自身によるpeer reviewなど、自己規制的な仕組みが重要な役割を持っていました。

つまり会計事務所をチェックする仕組みに、同じ会計士業界が大きく関与していました。

EnronとWorldCom、そしてArthur Andersenの崩壊を受け、議会はこの仕組みでは十分ではないと判断します。

SOX法Title IによってPCAOBが設けられました。

PCAOBは議会によって設置され、SECの監督下にある非営利法人として設計されています。

PCAOBは何をするのか

PCAOBの主要機能を簡潔にすると、次のようになります。

機能 内容
Registration 対象となる監査法人を登録
Inspection 監査法人・監査業務を検査
Standard-setting 監査・関連専門基準を設定
Investigation / Enforcement 違反を調査し、必要に応じて懲戒

これはEnron以前との大きな違いです。

監査法人は、

「顧客企業と監査契約を結び、業界ルールに従って仕事をする」

だけではなく、

自らも外部監督機関による継続的な検査対象

になりました。

Enronとの対応関係|Arthur Andersenを誰が監督するのか

第6回で見たように、Arthur Andersenは世界最大級の監査法人でした。

しかしEnronの財務諸表について重要な会計問題を止められず、最終的にはArthur Andersen自身の監査品質と独立性が問われました。

そこでSOX法は、

「会社を監査する監査法人」

のさらに外側へ、

「監査法人を監督するPCAOB」

を置きました。

改革②|監査人を経営陣からAudit Committee側へ寄せた

Enron事件では、監査法人と経営陣の距離も問題となりました。

従来、外部監査法人は独立した専門家ではあるものの、現実には監査対象会社の経営陣との関係が非常に重要です。

会社が監査報酬を支払います。

経営陣と日常的に会計処理を相談します。

さらに監査以外の仕事を受注する場合もありました。

そこでSOX Section 301は、上場会社のAudit Committeeを企業監査の中心へ置きます。

Audit Committeeの各メンバーには独立性が要求され、外部監査法人について、

  • 選任
  • 報酬
  • 継続起用
  • 業務監督

へ直接責任を持つ仕組みとなりました。

そして外部監査法人は、経営陣ではなくAudit Committeeへ直接報告します。

Enron取締役会との違い

第5回で見たEnronでは、Audit Committee自体は存在していました。

つまりSOX法が初めて「監査委員会」という考え方を作ったわけではありません。

変わったのは、その独立性と法的な役割です。

特に重要なのは、

「経営陣が監査法人を使う」のではなく、「独立取締役からなるAudit Committeeが監査法人を監督する」

という関係を明確化したことでした。

内部通報もAudit Committeeへ届く仕組みに

Section 301では、会計、内部統制、監査に関する苦情を受け付け、処理する手続きもAudit Committeeへ求められました。

さらに従業員が疑わしい会計・監査問題について、秘密・匿名で通報できる仕組みを設けることも要求されます。

Enron事件でSherron Watkinsが経営トップへ内部警告を行ったことを考えると、この制度変更との関係は分かりやすいでしょう。

ただし、SOX法の内部通報制度を「Watkins一人の事件から直接作られた制度」と断定するのも正確ではありません。

企業内部から会計問題を早期に拾い上げる仕組みを、制度として強化したと考えるべきです。

改革③|監査法人が同じ会社へ提供できる仕事を制限

Arthur AndersenはEnronへ外部監査だけを提供していたわけではありませんでした。

内部監査やコンサルティングなど、複数のサービスを提供していました。

ここで利益相反の問題が生じます。

たとえば監査法人自身が顧客企業の会計システムを作り、その同じシステムを自ら監査したらどうでしょうか。

自分の仕事を自分で検証することになります。

SOX Section 201は、監査人の独立性を損なうと考えられる複数の非監査業務を禁止しました。

禁止された代表的な非監査業務

  • 会計帳簿・財務諸表に関係するbookkeeping
  • 財務情報システムの設計・導入
  • 一定の評価・鑑定業務
  • 一定のactuarial services
  • 内部監査のアウトソーシング
  • 経営機能・人事機能
  • broker-dealer、投資顧問、investment banking業務
  • 監査と無関係な一定のlegal / expert services

ただし、

「SOX法で監査法人は顧客へコンサルティングを一切提供できなくなった」

という説明は正しくありません。

禁止対象外の非監査業務は、原則としてAudit Committeeの事前承認などの条件を満たせば提供できる場合があります。

改革④|監査パートナーを定期的に交代させる

監査法人と顧客企業の関係が長期間続けば、双方の距離が近くなりすぎる可能性があります。

SOX Section 203は、主要な監査パートナーについて一定期間ごとのローテーションを要求しました。

代表的にはlead audit partnerやreviewing partnerについて、連続して同一顧客を担当できる期間を5年に制限する仕組みです。

目的は監査法人そのものを必ず交代させることではなく、

長期間同じ人物が同じ経営陣を監査し続けることで独立性が弱くなるリスクを減らす

ことにあります。

改革⑤|CEOとCFOに「その数字は自分の責任」と認証させる

SOXの中でも象徴的なのがSection 302です。

企業のprincipal executive officer――通常はCEO――とprincipal financial officer――通常はCFO――が、年次・四半期報告について自ら認証する制度です。

単に、

「経理部が作りました」

「監査法人が見ています」

では済まなくなります。

CEO・CFOは、報告書について、

  • 自らレビューしたこと
  • 重要な虚偽記載・重要事実の欠落がないこと
  • 財務状態と業績を重要な点で適切に表示していること
  • 内部統制・開示統制について責任を負うこと

などを認証します。

Enronとの対応関係|「私は会計の専門家ではない」は通りにくくなる

Enron裁判でも、経営トップが会社内部の細かな会計処理をどこまで把握していたのかが大きな争点になりました。

もちろんSOX Section 302があるから、CEOがすべての仕訳を自分で確認しなければならないわけではありません。

しかし、

会社が市場へ提出する財務情報について、経営トップ自身が統制と開示へ明確な責任を負う

ことが制度として強化されました。

Section 906|刑事法上の認証も加わった

SOXにはSection 302とは別にSection 906もあります。

Section 906によって18 U.S.C. §1350が設けられ、CEO・CFOは一定の定期報告について、

  • 証券取引法上の報告要件へ適合していること
  • 会社の財務状態・業績を重要な点で公正に表示していること

を認証します。

故意の虚偽認証には刑事罰が関係します。

Section 302と906は似ていますが、法的根拠と仕組みは同一ではありません。

改革⑥|Section 404「内部統制」を経営者自身に評価させる

SOX法で企業実務への影響が特に大きかったのがSection 404です。

Section 404(a)では、経営者が財務報告に係る内部統制――Internal Control over Financial Reporting、ICFR――について責任を持ち、年次報告でその有効性を評価します。

つまり、

「最終的な決算数字が合っていたか」

だけではなく、

「その数字が正しく作られる仕組みになっているか」

を評価する制度です。

内部統制とは具体的に何を見るのか

たとえば、100億円の資産売却を考えます。

内部統制では最終的な仕訳だけを見るのではありません。

  • 誰が取引を承認できるのか
  • 取引相手が関連当事者ではないか
  • 契約書を誰が確認するのか
  • 資産価格を誰が評価するのか
  • 評価者から独立した人が再確認するか
  • 会計処理を誰が承認するか
  • 例外処理が記録されるか

といった一連のプロセスを見ます。

Enron事件で問題になった、

  • Fastowの利益相反
  • SPEの独立性
  • 資産評価
  • LJM取引の承認

は、まさに内部統制の問題と接続します。

「担当者を信用していた」ではなく、仕組みで確認する

第5回で見たEnronには、LJM監督制度がありました。

しかし実際のAudit Committeeレビューは短時間で、個別資料を十分確認しませんでした。

制度は存在していても、運用されなければ意味がありません。

Section 404が重要なのは、

統制手続きが存在するかだけでなく、その統制が実際に有効に機能しているかを評価させる

ことです。

Section 404(b)|外部監査人も内部統制を見る

Section 404(b)は、対象となる企業について、登録監査法人が経営者の内部統制評価に対してattestationを行う仕組みを設けました。

現在は後の法改正によって404(b)の適用除外が存在します。

たとえば一定のemerging growth companiesなどは、監査法人による404(b)のattestationを免除されています。

したがって、

「現在の全米上場会社で必ず外部監査人が404(b)監査を行う」

とするのは正確ではありません。

一方、Section 404(a)を中心とする経営者の内部統制責任が、SOX後の財務報告制度の重要部分になったことは変わりません。

内部統制に「material weakness」があればどうなるのか

SECのSOX実施規則では、財務報告に係る内部統制にmaterial weakness――重要な不備――が存在する場合、経営者はその内部統制が有効だと結論づけることができません。

つまり、

「今年は偶然正しい決算ができた」

としても、重大な誤りを防止・発見する仕組みに重要な欠陥があれば、内部統制上の問題として開示対象になり得ます。

これはEnron以前よりも、財務報告の「過程」を投資家へ見せる考え方です。

改革⑦|オフバランス取引をもっと見えるようにする

Enron事件では、Chewco、JEDI、LJM、Raptorなど、多数のSPEが問題となりました。

しかし第4回で確認したとおり、

SPEやオフバランス取引そのものが違法なのではありません。

重要なのは、投資家が会社の本当の債務・流動性・リスクを理解できるかです。

SOX Section 401は、SECに対してオフバランス取引の開示強化を求めました。

その後のSEC規則では、会社の財政状態、業績、流動性などへ重要な現在または将来の影響を与えるオフバランス取引について、MD&A――Management’s Discussion and Analysis――で説明することが求められました。

「貸借対照表にないから見えなくていい」ではなくなった

ここでの考え方は単純です。

ある契約が会計基準上、貸借対照表へ直接負債として載っていないとしても、

それが将来、

  • 巨額の現金支払い
  • 追加担保
  • 債務保証
  • 流動性危機

につながる重要な契約なら、投資家が理解できる情報が必要です。

第7回で見たEnronのrating triggerなどを考えれば、この開示強化の意味が分かります。

改革⑧|監査資料を一定期間保存する

Arthur Andersen事件との対応が特に分かりやすいのが、SOX Section 802です。

SECはSection 802を実施するRule 2-06 of Regulation S-Xを採用しました。

この規則では、対象となる監査・レビューに関連する、

  • workpapers
  • メモ
  • 通信記録
  • 分析資料
  • 電子記録

などについて、一定の保存を監査法人へ要求します。

SECが2003年に採用した規則では、関連記録の保存期間は7年間とされました。

第6回で扱ったように、Arthur Andersen事件では、SEC調査が迫る時期のEnron関連文書破棄が刑事事件になりました。

SOX後は、監査記録の保存義務そのものもより明確に制度化されました。

改革⑨|業績修正時にCEO・CFOの報酬返還を求める仕組み

SOX Section 304は、一定の場合にCEO・CFOへ報酬返還を求める仕組みを設けました。

会社がmisconduct――不正行為――による証券法上の財務報告要件への重大な不適合を理由として決算修正を必要とする場合、CEO・CFOは一定の、

  • bonus
  • incentive-based compensation
  • equity-based compensation
  • 会社株式売却利益

を会社へ返還する対象になり得ます。

考え方としては、

誤った財務情報によって生じた報酬を、そのまま経営者のものにしない

という仕組みです。

なお、その後米国ではSOX Section 304とは別に、より広いclawback制度も整備されているため、現在の役員報酬返還制度すべてをSOX 304だけで説明することはできません。

Enronで破れた部分と、SOXの対応を並べる

Enronで問題となったもの SOX後の主な対応
Arthur Andersenへの監督 PCAOB創設
監査法人と経営陣の近さ 監査委員会が監査法人を直接選任・監督
監査+コンサルティング 一定の非監査業務禁止・事前承認
経営トップと財務報告の距離 CEO・CFO認証
LJM等の統制不全 内部統制評価
オフバランス取引の分かりにくさ 開示強化
内部からの会計上の警告 Audit Committeeへの苦情・匿名通報手続き
監査文書破棄 監査記録保存規則
誤った業績と役員報酬 一定の場合のclawback

SOX法で「監査法人は会社の味方」ではなくなったのか

正確には、以前から監査法人は経営陣の味方であってはいけませんでした。

外部監査人は独立した立場で投資家のために監査する専門家です。

SOX法は、その原則を新しく作ったというより、

監査人が独立性を維持するための制度的な距離を広げた

と考える方が適切です。

監査委員会が監査人を監督する。

一定のコンサルティング業務を禁止する。

監査パートナーを交代させる。

PCAOBが外から監査法人を検査する。

複数の仕組みで独立性を支えています。

SOX法で企業不正はなくなったのか

なくなっていません。

SOX法成立後も、米国では会計不正、虚偽開示、内部統制不備をめぐる事件は発生しています。

どれほど制度を増やしても、意図的に共謀する人間がいれば不正の可能性を完全にゼロにはできません。

内部統制にも限界があります。

たとえば、通常は、

担当者 → 上司 → CFO

という三段階の承認で不正を防ぐとしても、三人全員が共謀すれば統制をoverride――無効化――できる可能性があります。

だからSOXは、

「不正を絶対に起こさない法律」ではなく、「不正が起きにくく、起きたときに発見・説明・責任追及しやすくする制度」

と見るべきです。

Section 404にはコストの議論もあった

SOX法の中でもSection 404は企業実務への負担が大きい制度となりました。

会社は、

  • 業務プロセスを文書化する
  • 重要な統制を特定する
  • 統制が機能しているかテストする
  • 不備を評価する
  • 監査人へ証拠を提示する

必要があります。

特に小規模企業にとって、こうした対応コストが大きすぎるという批判が出ました。

そのためSOX後の制度は、そのまま固定されたわけではありません。

SEC・PCAOBは内部統制監査の実施方法を見直し、さらに後の法改正ではSection 404(b)の監査人attestationについて一定企業への免除も設けられました。

つまり現在のSOX制度は、2002年にできた法律へ、その後20年以上の調整が加わったものです。

PCAOBも2026年現在まで残っている

PCAOBはEnron直後だけ存在した臨時組織ではありません。

2026年現在も、

  • 監査法人の登録
  • 監査法人の検査
  • 監査基準等の設定
  • 違反の調査・執行

を行っています。

現在は公開会社だけでなく、SEC登録broker-dealerの監査についても監督範囲を持っています。

Enron後に作られた監査監督制度が、一時的な危機対応ではなく恒久的な米国資本市場インフラになったことを示しています。

SOX以前と以後を比較すると

Enron以前 SOX後
監査法人監督 業界自己規制の比重が大きい PCAOBによる外部監督
監査法人の選任・監督 経営陣との関係が強い 独立Audit Committeeが直接責任
非監査業務 幅広く提供可能 一定業務禁止・その他も事前承認
CEO・CFO 財務報告責任は存在 定期報告への直接認証を制度化
内部統制 重要だが外部報告制度は限定的 経営者によるICFR評価を制度化
オフバランス 投資家から見えにくい場合 重要な取引の開示を強化
監査記録 保存規律は存在 SOX・SEC規則で保存義務を明確化

FACT CHECK|SOX法についてよくある誤解

FACT

  • 2002年7月30日成立
  • PCAOBを創設
  • CEO・CFO認証を強化
  • 内部統制報告を制度化
  • 監査人独立性を強化

単純化しない

  • Enron一社だけが原因ではない
  • SPEを禁止した法律ではない
  • mark-to-marketを禁止していない
  • コンサルティングを全面禁止していない
  • 全企業が同じ404(b)要件ではない

核心

  • 経営者責任を明示
  • 監査委員会を強化
  • 監査人を外部監督
  • 内部統制を可視化
  • 投資家への開示を増やす

Enron事件が残した最大の変化は「誰を信用するか」の構造だった

Enron以前も、財務諸表には監査がありました。

取締役会もありました。

証券法もありました。

内部統制もありました。

それでもEnronは崩壊しました。

だから事件後の制度改革では、

「もっと一つルールを追加する」

だけでは足りませんでした。

経営者が数字を作る。

取締役会が経営者を監督する。

監査法人が数字を検証する。

PCAOBが監査法人を監督する。

SECが開示制度を監督する。

複数の独立した主体が、別々の方向から財務報告を検証する構造が強化されました。

SYSTEM|Enron事件で見えた「防衛線の連鎖」

防衛線 Enronで起きたこと SOX後の強化
現場・会計 複雑な評価・SPE処理 内部統制評価
CFO Fastowの利益相反 経営者認証・統制責任
CEO 市場への財務説明 CEO直接認証
取締役会 LJM監督不足 独立Audit Committee強化
監査法人 Arthur Andersen 独立性規則・非監査業務制限
監査業界 自己規制の限界 PCAOB
市場開示 複雑なオフバランス 開示強化

Enron事件は何だったのか|全10回を振り返る

第1回では、Enron崩壊が一つの不正ではなく、複数の制度不全が重なった事件だったことを確認しました。

第2回では、天然ガス・パイプライン会社がエネルギーを取引する金融的企業へ変化した事業構造を追いました。

第3回では、mark-to-market accountingそのものと、その評価を恣意的に利用する問題を分けました。

第4回では、SPEそのものではなく、Chewco、LJM、Raptorで独立性やリスク移転がどこから問題になったのかを見ました。

第5回では、Fastowの明白な利益相反をEnron取締役会が承認しながら、監督制度を十分機能させなかった企業統治を検証しました。

第6回では、外部監査法人Arthur Andersenが存在しても問題を止められず、さらに文書破棄をめぐる刑事事件へ発展した経緯を追いました。

第7回では、これらの問題が2001年秋に財務情報への信用を破壊し、格付け、担保、資金繰り、取引相手へ連鎖してChapter 11へ至った過程を確認しました。

第8回では、FBI、SEC、IRS-CI、Enron Task Forceが大量の電子メール、契約書、銀行記録、証言から事件を再構成しました。

第9回では、Fastowの有罪答弁、Skillingの有罪判決、Layの特殊な法的結末まで、個人の刑事責任を整理しました。

そして最終回。

事件はSOX法、PCAOB、内部統制、経営者認証、監査人独立性という制度へ姿を変えて残りました。

Enronの本当の教訓は「複雑な会計は危険」ではない

Enron事件から、

「複雑な金融取引を禁止すればよい」

という結論は導けません。

デリバティブもSPEもmark-to-marketも、現在も利用されています。

これらには正当な経済目的があります。

Enronで問題になったのは、複雑さそのものではありません。

複雑な仕組みを監督する独立した防衛線が、同時に弱くなっていたことです。

経営陣が強い利益目標を持つ。

CFOが取引相手側にも利益を持つ。

取締役会が経営陣の説明へ依存する。

監査法人が顧客企業と密接な関係を持つ。

投資家には取引全体が見えにくい。

こうした状況が同時に存在すると、一つのチェックが失敗したときに、別のチェックで止めることができません。

SOX法が作ろうとしたのは、まさにその次の防衛線でした。

要点まとめ

Enron崩壊は、アメリカ企業監査制度を大きく変える契機となりました。

ただしSOX法はEnronだけへの対応ではありません。

Enron、WorldCom、Arthur Andersenなどが相次いだ2001~2002年の企業開示・監査への信頼危機を背景として、2002年7月30日にSarbanes-Oxley Actが成立しました。

もっとも大きな制度変更の一つがPCAOBです。

それまで業界自己規制の比重が大きかった監査法人監督に、登録、検査、基準設定、調査・懲戒を行う独立監督機構が設けられました。

Audit Committeeも強化され、外部監査法人の選任・報酬・監督について直接責任を負う仕組みになりました。

監査法人には一定の非監査業務が禁止され、監査人の独立性も強化されました。

Section 302ではCEO・CFOが定期報告を直接認証。

Section 404では、経営者が財務報告に係る内部統制の有効性を評価する制度が作られました。

Section 401では重要なオフバランス取引の開示を強化。

Section 802を受けたSEC規則では、監査関連記録について7年間の保存義務が設けられました。

これらによって不正が完全になくなったわけではありません。

SOX法成立後も企業会計不正は起きています。

Section 404には大きな実務コストもあり、その後、制度の適用範囲や監査方法は調整されてきました。

それでもEnron以前と以後では、一つ大きな違いがあります。

企業の数字を信用する根拠を、「有名な会社だから」「大手監査法人が見ているから」だけに置かず、経営者、独立取締役、監査法人、監査監督機関、規制当局という複数のチェックへ分散させたことです。

Enronには、会計制度がありました。

監査法人もありました。

取締役会もありました。

問題は、それらが存在していたにもかかわらず、一つずつ機能を失ったことでした。

2001年12月に崩壊したのは、一つのエネルギー会社です。

しかしその後に作り直されたのは、企業の数字を誰が、どのように信用するのかという米国資本市場の監視システムそのものでした。

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Enron崩壊特集(全10回)

  1. Enronはなぜ崩壊したのか|巨大エネルギー企業を破綻させた不正会計の全体像
  2. Enronは何の会社だったのか|ガス会社から「エネルギーを取引する会社」へ変わった仕組み
  3. Enronの利益はどう作られたのか|時価評価会計と「将来利益」を先に計上する仕組み
  4. Enronは負債と損失をどう見えにくくしたのか|SPE、LJM、Raptorの仕組み
  5. Enron取締役会はなぜ止められなかったのか|Fastowの利益相反と企業統治の失敗
  6. Arthur AndersenはEnronで何をしていたのか|監査、文書破棄、最高裁判決まで
  7. Enronは2001年にどう崩壊したのか|Skilling辞任から12月2日の破産申請まで
  8. Enronの不正はどう解明されたのか|Powers Report、SEC、FBI、Enron Task Forceの捜査
  9. Enron事件で誰が有罪になったのか|Lay、Skilling、Fastowらの刑事責任を整理する
  10. Enron崩壊は何を変えたのか|SOX法、PCAOB、内部統制と企業監査のその後 【現在の記事】

主な参照資料

  • United States Congress / GovInfo:Sarbanes-Oxley Act of 2002, Public Law 107-204
  • U.S. Securities and Exchange Commission:Certification of Disclosure in Companies’ Quarterly and Annual Reports
  • U.S. Securities and Exchange Commission:Management’s Report on Internal Control Over Financial Reporting and Certification of Disclosure
  • U.S. Securities and Exchange Commission:Strengthening the Commission’s Requirements Regarding Auditor Independence
  • U.S. Securities and Exchange Commission:Audit Committee Requirements under Section 301 of the Sarbanes-Oxley Act
  • U.S. Securities and Exchange Commission:Disclosure in MD&A About Off-Balance Sheet Arrangements and Aggregate Contractual Obligations
  • U.S. Securities and Exchange Commission:Retention of Records Relevant to Audits and Reviews
  • Public Company Accounting Oversight Board:The Audit Profession and the Evolution to Independent Oversight
  • Public Company Accounting Oversight Board:Inspections / Standards / Enforcement

※SOX法を「Enronだけを原因として成立した法律」とは扱っていません。Enron、WorldComをはじめとする大型企業不祥事と、Arthur Andersen問題によって企業開示・監査制度への信頼が大きく低下した時期の制度改革として整理しています。またSOX法はSPE、mark-to-market、デリバティブそのものを禁止した法律ではありません。Section 201についても監査法人の非監査業務を全面禁止したわけではなく、特定業務を禁止し、その他の許容される業務についてAudit Committeeの事前承認などを求めています。Section 404については、404(a)の経営者による内部統制評価と404(b)の監査人attestationを区別しています。404(b)には後の法改正による適用除外が存在するため、現在すべての上場会社へ同一の外部監査要件が適用されるとは記述していません。