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Enronの不正はどう解明されたのかPowers Report、SEC、FBI、Enron Task Forceの捜査

Enronの不正はどう解明されたのか|Powers Report、SEC、FBI、Enron Task Forceの捜査

企業不祥事・経済犯罪

2001年12月2日、EnronがChapter 11を申請したことで、会社の経営は事実上崩壊しました。

しかし捜査する側にとって、事件はそこから始まります。

Enronには、単純な「裏帳簿」が一冊存在したわけではありません。

問題となった取引は、

  • 数年間にわたる会計処理
  • 多数のSPE
  • デリバティブ
  • 銀行融資
  • 関連当事者取引
  • 電子メール
  • 取締役会資料
  • 投資家向け説明

の中へ分散していました。

一つの取引だけを見ても、それが通常の企業金融なのか、会計基準を誤って適用したものなのか、それとも投資家を欺くため意図的に作られた取引なのかは分かりません。

さらに刑事事件として責任を問うには、

「数字が間違っていた」

だけでは足りません。

誰がその数字を知っていたのか。

誰が取引を設計したのか。

誰が承認したのか。

誰が市場へ何を説明したのか。

そして、その説明が虚偽だと本人が認識していたのか。

そこまで証拠でつなぐ必要があります。

FBIは後にEnron捜査を、同局史上もっとも複雑なホワイトカラー犯罪捜査になったと振り返っています。

最終的に捜査官は、

  • 1800件を超える事情聴取
  • 3000箱を超える物証
  • 4テラバイトを超えるデジタルデータ
  • 600人を超えるEnron社員の電子メール

を分析しました。

Enron事件は、会社が倒産しただけでは解明されませんでした。

数百万件規模の記録から、誰が何を知り、何をしたのかを逆算する捜査によって、初めて刑事事件として再構成されていったのです。

この記事で分かること

  • Enron倒産後、捜査はどのように始まったのか
  • FBIはどれほど大量の証拠を集めたのか
  • Powers Reportとは誰が作った報告書なのか
  • Powers Reportがなぜ捜査の重要資料になったのか
  • SECとDOJ・FBIでは役割がどう違うのか
  • IRS Criminal Investigationは何を担当したのか
  • 複雑なSPE取引をどのように証拠へ変えたのか
  • 電子メール・銀行口座・証言はどう組み合わされたのか
  • 協力者の供述はなぜ重要だったのか
  • 最終的に経営トップまで捜査が届いた理由

CASE FILE 36

Enron崩壊特集(全10回)

第8回では、Enron崩壊後の捜査を扱います。

第7回までで確認した会計、SPE、取締役会、Arthur Andersen、2001年の信用崩壊を、捜査当局はどのように証拠へ置き換え、個人の刑事責任へつなげたのでしょうか。

今回は捜査手法と証拠形成を中心とし、Lay、Skilling、Fastowらの最終的な刑事責任については第9回で整理します。

  1. Enronはなぜ崩壊したのか|巨大エネルギー企業を破綻させた不正会計の全体像
  2. Enronは何の会社だったのか|ガス会社から「エネルギーを取引する会社」へ変わった仕組み
  3. Enronの利益はどう作られたのか|時価評価会計と「将来利益」を先に計上する仕組み
  4. Enronは負債と損失をどう見えにくくしたのか|SPE、LJM、Raptorの仕組み
  5. Enron取締役会はなぜ止められなかったのか|Fastowの利益相反と企業統治の失敗
  6. Arthur AndersenはEnronで何をしていたのか|監査、文書破棄、最高裁判決まで
  7. Enronは2001年にどう崩壊したのか|Skilling辞任から12月2日の破産申請まで
  8. Enronの不正はどう解明されたのか|Powers Report、SEC、FBI、Enron Task Forceの捜査 【現在の記事】
  9. Enron事件で誰が有罪になったのか|Lay、Skilling、Fastowらの刑事責任を整理する
  10. Enron崩壊は何を変えたのか|SOX法、PCAOB、内部統制と企業監査のその後

先に結論|捜査は「数字」だけではなく「人の認識」を追った

Enronの財務諸表が誤っていたことを示すだけなら、会計上の再検証でも可能です。

しかし刑事事件では、さらに先へ進む必要があります。

たとえば、ある資産が実際より1億ドル高く評価されていたとします。

これだけでは、

  • 単純な計算ミス
  • 市場予測の失敗
  • 会計基準の解釈ミス
  • 経営者の過度に楽観的な判断
  • 利益を増やすための意図的操作

のどれなのか分かりません。

刑事捜査では、その周囲にある証拠を集めます。

証拠 確認できること
電子メール 当事者が当時何を知っていたか
会議資料 どの問題が経営陣へ報告されたか
契約書 正式な取引条件
サイドレター 表向きの契約と異なる約束がなかったか
銀行記録 実際に資金が誰から誰へ動いたか
証券口座 株式売却や利益取得の実態
社内会計データ 取引が財務諸表へどう反映されたか
投資家向け発言 経営者が市場へ何を説明したか
社員の供述 取引の目的や内部での指示

これらを組み合わせることで、

「本人は本当の状態を知っていたのに、市場へ別の説明をしたのではないか」

という刑事事件の構造を作っていきます。

2001年12月|最初はFBI捜査官2人だった

EnronがChapter 11を申請すると、FBI Houston Field Officeが捜査を開始しました。

FBIの公式記録によれば、最初に割り当てられたのは2人の捜査官でした。

しかし事件規模が明らかになるにつれて、捜査体制は急速に拡大します。

数週間のうちに、捜査官や支援スタッフは45人規模へ増員されました。

各地から、

  • 金融犯罪
  • 会計
  • コンピューター・フォレンジック
  • 資産追跡

などの専門家が集められました。

それだけでも、この事件が通常の企業倒産ではなかったことが分かります。

2002年1月|Enron本社へ入り証拠を確保する

2002年1月、FBI捜査官はHoustonにあるEnron本社ビルで同意に基づく捜索を実施しました。

FBIによれば、捜索は9日間続きました。

この初期捜索だけでも400箱を超える資料が確保され、同時期には100件を超える事情聴取が行われました。

しかしこれは、最終的に集まる証拠の一部にすぎません。

会社には長年分の、

  • 契約書
  • 取締役会資料
  • 銀行資料
  • 会計記録
  • 内部メモ
  • 電子メール
  • デリバティブ取引データ

が残されていました。

捜査官は、それらを「怪しそうな書類」だけ選んで読むわけにはいきません。

通常の合法取引と問題のある取引を比較するためにも、大量の記録を保存・整理する必要があります。

2002年1月14日|Enron Task Forceが設置される

事件規模を受け、2002年1月14日、FBI Director Robert MuellerとDeputy Attorney General Larry ThompsonはEnron Task Forceを設置しました。

刑事捜査の中心となったのは、

  • U.S. Department of Justice
  • Federal Bureau of Investigation
  • Internal Revenue Service Criminal Investigation

です。

さらにSecurities and Exchange Commission――SECとも密接に連携しました。

SECは証券市場の民事執行を行い、司法省は刑事訴追を担当します。

同じEnronを調べていても、それぞれの法的役割は異なります。

SECとFBI・DOJは何が違うのか

機関 主な役割 代表的な手段
SEC 証券法違反の調査・民事執行 証言、文書提出要求、民事訴訟、差止め、disgorgementなど
FBI 刑事事件の捜査 事情聴取、証拠収集、電子データ解析、資金追跡
IRS-CI 金融・税務面の刑事捜査 銀行口座・資金フロー・課税関連記録の分析
DOJ 刑事訴追 大陪審、起訴、司法取引、刑事裁判

SECが誰かを民事提訴したからといって、その人物が刑事事件で有罪になったことにはなりません。

反対にSECが集めた会計・証券取引上の資料が、刑事捜査にとって重要になる場合があります。

Enron事件では、こうした複数機関の調査が並行して進みました。

2002年2月1日|Powers Reportが公表される

捜査初期に極めて重要な資料となったのがPowers Reportです。

正式には、

Report of Investigation by the Special Investigative Committee of the Board of Directors of Enron Corp.

と呼ばれます。

William C. Powers Jr.を委員長とするEnron取締役会のSpecial Investigative Committeeが作成し、2002年2月1日に公表しました。

Powers Reportは「FBIの報告書」ではない

ここは重要です。

Powers Reportは、

  • FBI
  • SEC
  • 司法省

が作成した政府の捜査報告書ではありません。

Enron自身の取締役会が設置した特別調査委員会による内部調査報告書です。

したがって、報告書に書かれたすべてが刑事裁判で司法認定された事実というわけではありません。

しかし捜査官にとっては極めて価値の高い資料でした。

なぜPowers Reportが「捜査の地図」になったのか

Powers Committeeは、Enron内部の資料と関係者への聞き取りを使い、特にFastow、LJM、Raptorなどの取引を詳細に調べました。

報告書は、Enronが行った取引の中に、

  • 通常の独立企業とは行わなかったような取引
  • 実質的な経済目的より財務報告上の結果を重視した取引
  • 適切な会計ルールに従えば異なる処理が必要だった取引
  • 関連当事者との関係が十分明瞭に開示されなかった取引

が存在したことを指摘しました。

FBIは後に、このPowers Reportを捜査上の「gold mine」だったと振り返っています。

理由は単純です。

巨大なEnron全体をゼロから調べるのではなく、

「まずこのSPE、この人物、この銀行、この取引を調べる」

という入口を示してくれたからです。

ただしPowers Reportだけで起訴はできない

内部調査報告書に、

「この取引には問題がある」

と書かれているだけでは、刑事有罪にはできません。

捜査側は、報告書が指摘した一つ一つの取引について、原資料へ戻る必要があります。

たとえばLJM関連取引なら、

  1. 正式な契約書を入手する
  2. SPEへ誰が出資したか確認する
  3. 銀行口座で実際の資金移動を確認する
  4. 保証・サイドディールの有無を探す
  5. 社内で誰が取引を承認したか確認する
  6. 会計処理が損益にどう反映されたか計算する
  7. 経営陣がその効果を知っていたかメール・証言で確認する
  8. 同時期に投資家へ何を説明していたか比較する

必要があります。

これが、会計調査と刑事捜査の違いです。

証拠①|3000箱を超える紙資料

最終的にFBIは、Enron捜査で3000箱を超える物証を収集しました。

紙資料が重要なのは、単に古いからではありません。

正式な契約書、署名、取締役会議事録、承認書類などは、

「誰が正式に何を承認したか」

を示す証拠になります。

Enronには第5回で扱ったDASHなど、取引承認資料も存在しました。

電子メールでは「この取引は危険だ」と書いていても、正式契約が別の条件になっている場合があります。

逆に契約書だけでは分からない意図を、内部メモが説明する場合もあります。

そのため、一種類の資料だけではなく、複数の証拠を照合します。

証拠②|4テラバイトを超える電子データ

Enron捜査の特徴の一つが、膨大な電子データです。

FBIのコンピューター・フォレンジック担当者は、4テラバイトを超えるデジタルデータを収集しました。

その中には、600人を超えるEnron社員の電子メールが含まれていました。

当時としては非常に大規模な電子証拠です。

HoustonのRegional Computer Forensics Laboratoryでは、さらに約30テラバイト規模のデータを処理したとFBIは説明しています。

電子メールが重要なのは、会計数字そのものではなく、

数字を作った人間が当時何を認識していたか

を残しているからです。

メールには「その時点での認識」が残る

刑事裁判になった後で、被告は、

「その問題は知らなかった」

「部下を信じていた」

「正しい会計処理だと思っていた」

と説明する可能性があります。

そこで重要になるのが同時代の記録です。

もし問題発生前の電子メールに、

「この損失を出すとアナリスト予想を達成できない」

という議論があり、その直後に損失を別の取引で消す処理が行われていれば、捜査上重要な手掛かりになります。

もちろんメール一通だけで犯罪は証明できません。

しかし、

メール → 会議 → 契約 → 会計仕訳 → 公表数字

が同じ方向を指していれば、証拠の意味は大きくなります。

証拠③|銀行口座と証券口座

企業犯罪で、説明より強い証拠になることがあるのが実際の資金移動です。

FBIのfinancial analystsは、Enron事件で数百の銀行口座・証券口座を調べました。

これによって、

  • 誰が資金を出したのか
  • SPEの外部出資は実際に誰の金だったのか
  • 取引後に金が誰へ戻ったのか
  • Fastowらがどれだけ利益を得たのか
  • 株式売却でどれだけ資金を得たのか

を追跡できます。

書類上の説明と銀行記録が一致しなければ、さらに調べるべき理由になります。

「誰の金か」を追うとSPEの実体が見える

SPEでは、書類上は外部企業に見えることがあります。

しかし捜査では形式上の会社名ではなく、資金を逆方向へたどります。

たとえば、

外部投資家 → SPE

と見える3000万ドルについても、

その外部投資家が直前にEnronから保証を受けていたり、別取引で元本を回収していたりすれば、経済的な意味は変わります。

第4回で扱ったRaptorのような取引では、この実質的に誰がリスクを負っていたのかを資金記録から確認することが重要でした。

証拠④|1800件を超える事情聴取

FBIは最終的に、1800件を超える事情聴取を行いました。

対象となるのは経営トップだけではありません。

  • 会計担当者
  • トレーダー
  • 財務担当者
  • 秘書
  • 銀行関係者
  • 外部専門家
  • SPE関係者

など、多数の人物から話を聞きます。

なぜなら、一つの複雑な取引について全体像を知っている人物が一人もいない場合があるからです。

Aは契約を作った。

Bは会計処理をした。

Cは銀行から資金を調達した。

Dは投資家向け資料を作った。

それぞれの証言を接続する必要があります。

捜査では「同じ質問を別の証拠へ当てる」

たとえばある幹部が、

「私はそのSPEについて詳しく知らなかった」

と話したとします。

捜査側は、その供述だけで終わりません。

確認するのは、

  • その人物宛てのメール
  • 会議出席記録
  • 取締役会資料
  • 署名済み承認書
  • 直属部下の供述
  • 投資家説明会での発言

です。

逆に、社員が上司について重大な供述をしても、メールや資料で裏付けられなければ信用性が問題になります。

文書と証言を相互に検証する。

Enronのような企業犯罪では、この作業が捜査の中心になります。

協力者の存在が「社内の意味」を説明した

大量の書類があっても、社内独自の名称や取引目的が分からなければ解読には時間がかかります。

Enronには、

  • Chewco
  • LJM
  • Raptor
  • Southampton
  • RADR

など、多数のプロジェクト名・事業体名がありました。

そこで重要になったのが、捜査に協力する元社員です。

2002年8月|Michael Kopperが有罪を認め、協力する

初期の重要な協力者の一人がMichael Kopperです。

KopperはFastowの部下としてEnronのstructured financeに関与し、Chewcoなど複数の取引に関係していました。

2002年8月、Kopperはwire fraudとmoney launderingに関するconspiracyについて有罪を認め、政府捜査へ協力することになりました。

Kopperの重要性は、単に一人の有罪答弁が得られたことではありません。

Fastowに近い位置で、

  • SPEがどのように設計されたか
  • 誰が実質的な出資者だったか
  • 利益がどのように分配されたか
  • 表向きの契約と内部の理解に差があったか

を説明できる人物が捜査側へ入ったことです。

2002年10月|Fastowへ捜査が到達する

Kopperの協力などを経て、捜査はFastow本人へ進みます。

2002年10月2日、Fastowは詐欺、マネーロンダリング、共謀などに関する刑事訴追を受けました。

同月末には大陪審による起訴へ進みます。

ただし、この時点ではFastowは被告として起訴された段階です。

起訴は有罪判決ではありません。

政府は裁判で犯罪を立証する必要があります。

Fastow自身も後に捜査協力者になる

2004年1月、Fastowは二つのconspiracy countsについて有罪を認めることに合意し、Enron捜査への協力を約束しました。

これは捜査にとって大きな転換点でした。

FastowはCFOとして、Enronの財務構造とSPE取引の中心にいた人物だからです。

捜査側は、

部下 → 中間幹部 → CFO

というように、内部関係者の証言と物的証拠を積み上げながら経営トップの事件へ近づいていきました。

ただし協力証人の証言には、自分の刑を軽くしたいという動機が存在する可能性があります。

そのため裁判では、協力証言だけではなく、電子メール、契約書、会計資料、第三者証言などとの整合性が重要になります。

捜査対象はLJMだけではなかった

Enron事件というとFastowとSPEが中心に見えます。

しかしEnron Task Forceが調べた範囲はそれより広いものでした。

FBIは、Enronの不正を複数の相互に関連するscheme――計画・仕組みの集合として説明しています。

捜査対象には、

  • SPE・LJM関連取引
  • Wholesale部門の利益操作
  • Enron Broadband Services
  • 国際資産の評価
  • Californiaエネルギー市場関連
  • インサイダー取引
  • 銀行・金融機関が関係する取引

などがありました。

そのため、Enron事件を一つの「粉飾仕訳」として捜査することはできません。

Broadband事業では「技術の実態」まで調べる必要があった

Enron Broadband Servicesの事件では、会計帳簿だけでは十分ではありません。

経営陣が、

「ネットワークやソフトウェアは実用化できている」

と市場へ説明していた場合、捜査側は、

  • ソフトウェアの開発状況
  • 実際のネットワーク能力
  • 商業利用の実績
  • 社内テストの結果

まで確認する必要があります。

後に元EBS CEO Kenneth Riceは、EBSを商業的成功として誤って描写し、ソフトウェアの開発状況などについて虚偽説明へ関与したことを認めました。

企業犯罪捜査では、会計士だけでなく、その事業そのものを理解する必要があることを示す例です。

資産を凍結し、「犯罪利益」も追った

Enron捜査は有罪判決を得ることだけを目的としていませんでした。

金融分析官は銀行・証券口座を調べ、犯罪収益とされる資産の追跡も行いました。

FBIによれば、捜査によって1億6800万ドルを超える資産の差押え・確保につながり、1億500万ドルを超える資産が被害者補償のために没収されました。

時期によって政府発表の集計額には違いがありますが、Enron Task Forceが刑事訴追と同時に資産回収を重視していたことは共通しています。

なぜIRS-CIがEnron捜査に必要だったのか

IRS Criminal Investigationが加わった理由も、税金だけではありません。

IRS-CIは、複雑な金融取引を追跡する専門能力を持つ刑事捜査機関です。

多数の会社・パートナーシップ・口座を経由する資金について、

「最終的に誰が利益を受け取ったのか」

を確認することは、Enronのような事件で極めて重要です。

書類上の会社名が何度変わっても、資金は銀行口座を移動します。

その痕跡をたどることで、複雑なSPEを経済的実体へ戻すことができます。

Enron Task Forceが最終的に狙ったのは「経営判断」だった

FastowのSPE取引を立証しても、Enron事件全体が終わるわけではありません。

次の疑問は、

「EnronのCEOたちは会社の本当の状態をどこまで知っていたのか」

です。

SkillingやLayの事件では、政府は経営トップが、

  • 各部門の実際の業績
  • Enronの財務状態
  • 会計処理の問題
  • 市場へ公表した説明

についてどのような認識を持っていたのかを立証する必要がありました。

ここでは、SPEの契約書だけでは足りません。

必要なのは、

  • 経営会議資料
  • 部下からの報告
  • 四半期決算資料
  • アナリスト向け電話会議
  • SEC提出書類
  • 社員・元幹部の証言

です。

つまり捜査は、

「Fastowが作った取引」

から、

「経営トップが市場へ示したEnron像は真実だったのか」

という問題へ広がっていきました。

2004年2月|Skillingが起訴される

2004年2月、Jeffrey Skillingはconspiracy、securities fraud、insider tradingなど多数の罪で起訴されました。

政府は、SkillingやCauseyらが少なくとも1999年から2001年にかけてEnronの公表業績を操作し、投資家へ虚偽・誤解を招く説明を行ったと主張しました。

ここでも、この時点では起訴内容です。

Skillingがどの罪で最終的に有罪となったのかは、起訴時の罪名とは一致しません。

その区別は第9回で整理します。

2004年7月|Kenneth Layも起訴される

2004年7月、元Chairman兼CEO Kenneth Layもconspiracy、securities fraud、wire fraudなどで起訴されました。

Enron崩壊から約2年7か月後です。

会社トップまで刑事事件が到達するのに時間がかかったのは、捜査が遅かったからとは限りません。

CEOを刑事訴追するには、

「会社で不正が起きた」

だけではなく、

CEO本人が何を知り、どの虚偽説明に関与したのか

を証拠で結びつける必要があります。

なぜ捜査に何年も必要だったのか

Enronは2001年12月に倒産しました。

しかしLayとSkillingの本格的な裁判が始まるのは2006年です。

約4年です。

この時間差には理由があります。

作業 内容
証拠保全 数千箱の資料と大量のデジタルデータを回収
データ整理 メール・契約・会計記録を人物・案件別に整理
取引再構成 SPEごとに資金と会計効果を確認
事情聴取 1800件超のインタビュー
協力者確保 内部関係者の証言を物証と照合
資金追跡 銀行・証券口座から利益の流れを分析
大陪審 刑事起訴に必要な証拠を提示
裁判準備 複雑な取引を陪審へ説明できる形へ整理

会計専門家しか理解できない事件のままでは、刑事裁判はできません。

検察は最終的に、複雑な取引を、

「誰が、何を知りながら、誰を欺いたのか」

という陪審が判断できる形へ変換する必要があります。

FBIが集めた証拠規模

事情聴取

1800件超

社員、経営幹部、金融機関関係者などから情報を収集。

物証

3000箱超

契約書、会計記録、取締役会資料などを分析。

デジタル証拠

4TB超

600人超の社員メールを含むデータを収集・分析。

FBIはEnron事件を、同局史上もっとも複雑なホワイトカラー犯罪捜査になったとしています。

巨大企業内部の何年分もの意思決定を、倒産後に再現する捜査だったからです。

FACT CHECK|捜査について混同しやすい点

よくある理解 整理
Powers ReportはFBIの捜査報告書 誤り。Enron取締役会の特別調査委員会による内部調査報告書
SECが起訴した 不正確。SECは民事執行を行い、連邦刑事事件の起訴はDOJ側が担当
起訴された人は有罪 誤り。起訴は政府側の犯罪嫌疑であり、有罪判決とは別
Fastowの供述だけでトップが有罪になった 単純化。協力証言に加え、文書、メール、公開発言など多数の証拠が争点となった
Enron事件はSPEだけを調べた 誤り。Broadband、業績操作、資産評価、インサイダー取引など複数分野を捜査

「協力者がいるから証言を信用できない」でも終わらない

Enron裁判では、政府へ協力した元幹部の証言が重要になります。

当然、弁護側はその信用性を攻撃します。

協力者には、

  • 刑を軽くしてほしい
  • 政府に有利な証言をしたい

という動機があるかもしれないからです。

そこで重要なのが物的証拠です。

証人が、

「この会議でSkillingへ説明した」

と証言したなら、

  • 会議日程
  • 出席者
  • プレゼン資料
  • その直後のメール
  • 後の経営判断

と照合できます。

Enron捜査が巨大な文書・電子データ収集を必要とした理由の一つです。

Enron事件は「会計士だけ」の捜査ではなかった

Enron事件は不正会計事件ですが、必要だった専門分野は会計だけではありません。

  • 証券法
  • 刑法
  • デリバティブ
  • エネルギー取引
  • 銀行取引
  • 税務
  • コンピューター解析
  • 資産没収

が接続しています。

一つのSPEについても、

会計士は連結処理を見る。

FBIは人物と契約を見る。

IRS-CIは資金を見る。

SECは証券開示を見る。

DOJ検察官は、それらを刑事事件としてまとめます。

これがEnron Task Forceの意味でした。

なぜ「SYSTEM型」の事件なのか

Enron捜査の規模そのものが、この事件の性質を示しています。

もしFastow一人が秘密口座から会社の現金を盗んだだけなら、銀行記録と本人の行為を追えば事件は比較的単純です。

しかしEnronでは、

  • 合法的な会計制度
  • 合法的なSPE
  • 合法的なデリバティブ
  • 通常の銀行融資
  • 取締役会承認
  • 外部監査

の中に問題となる取引が埋め込まれていました。

形式上合法な道具が、どこから投資家を欺くための仕組みに変わったのか。

その境界を証拠で示す必要がありました。

だから3000箱の資料と4TBを超えるデータ、1800件を超える事情聴取が必要になったのです。

捜査の全体像

段階 捜査の進展
2001年12月 Enron倒産、FBI Houstonが捜査開始
2002年1月 本社から大量の証拠確保
2002年1月14日 Enron Task Force設置
2002年2月1日 Powers Report公表、重要な調査手掛かりに
2002年春 Arthur Andersen関連捜査・刑事事件が進行
2002年8月 Michael Kopperが有罪答弁・捜査協力
2002年10月 Andrew Fastowを刑事訴追
2004年1月 Fastowが有罪答弁し捜査協力へ
2004年2月 Jeffrey Skillingを起訴
2004年7月 Kenneth Layを起訴
2006年 Lay・Skilling裁判へ

要点まとめ

Enronが2001年12月2日にChapter 11を申請すると、FBI Houston Field Officeは捜査を開始しました。

当初の担当捜査官は2人でしたが、数週間で捜査官・支援スタッフは45人規模へ拡大しました。

2002年1月にはEnron本社から大量の資料を確保。

1月14日にはEnron Task Forceが組織され、DOJの検察官、FBI、IRS Criminal Investigationを中心とする刑事捜査体制が作られ、SECとも密接に連携しました。

2月1日には、Enron取締役会のSpecial Investigative CommitteeによるPowers Reportが公表されます。

Powers Reportは政府の捜査報告書ではありません。

しかしLJM、Raptor、Fastowなど複雑な取引を整理していたため、FBIにとって重要な捜査の入口となりました。

そこから捜査官は原資料へ戻ります。

契約書。

銀行記録。

証券口座。

取締役会資料。

会計データ。

社員の電子メール。

そして関係者の証言。

最終的にFBIは1800件を超える事情聴取を行い、3000箱を超える証拠と4テラバイトを超えるデジタルデータを分析しました。

600人を超えるEnron社員の電子メールも調査対象となりました。

さらに銀行・証券口座を追跡することで、複雑なSPEを経由した資金が最終的に誰へ渡ったのかを再構成しました。

2002年にはMichael Kopperが有罪を認め捜査へ協力。

その後Fastowが刑事訴追され、2004年にはFastow自身も有罪を認め、政府へ協力することになります。

こうして捜査は、

取引を実行した社員から、取引を設計したCFO、そして会社の状態を市場へ説明していたCEO・Chairmanへ

と進んでいきました。

Enron事件が解明されたのは、「帳簿を見れば不正が分かった」からではありません。

帳簿の数字。

契約の条件。

銀行を動いた金。

社員が送ったメール。

会議で交わされた説明。

投資家へ語られた言葉。

それらを何年もかけて重ねることで、初めて

「誰が何を知りながら、何を公表したのか」

が刑事裁判で争える形になりました。

では、その結果、誰が実際に有罪になったのでしょうか。

Fastowは何罪を認めたのか。

Skillingは何件で有罪になり、その後最高裁まで進んだ争いはどうなったのか。

そしてKenneth Layは有罪評決を受けながら、なぜその有罪判決が最終的に残っていないのでしょうか。

次回は、Enron事件で問われた個人の刑事責任を、起訴・有罪答弁・陪審評決・判決・その後の司法手続まで分けて整理します。

CASE FILE 36

Enron崩壊特集(全10回)

  1. Enronはなぜ崩壊したのか|巨大エネルギー企業を破綻させた不正会計の全体像
  2. Enronは何の会社だったのか|ガス会社から「エネルギーを取引する会社」へ変わった仕組み
  3. Enronの利益はどう作られたのか|時価評価会計と「将来利益」を先に計上する仕組み
  4. Enronは負債と損失をどう見えにくくしたのか|SPE、LJM、Raptorの仕組み
  5. Enron取締役会はなぜ止められなかったのか|Fastowの利益相反と企業統治の失敗
  6. Arthur AndersenはEnronで何をしていたのか|監査、文書破棄、最高裁判決まで
  7. Enronは2001年にどう崩壊したのか|Skilling辞任から12月2日の破産申請まで
  8. Enronの不正はどう解明されたのか|Powers Report、SEC、FBI、Enron Task Forceの捜査 【現在の記事】
  9. Enron事件で誰が有罪になったのか|Lay、Skilling、Fastowらの刑事責任を整理する
  10. Enron崩壊は何を変えたのか|SOX法、PCAOB、内部統制と企業監査のその後

主な参照資料

  • Federal Bureau of Investigation:Enron — FBI History / Cases and Criminals
  • Federal Bureau of Investigation:Enron Code of Ethics — FBI Artifact
  • Federal Bureau of Investigation Houston:Ten-Year Anniversary of the Convictions of Chief Executives in FBI’s Largest White-Collar Crime Investigation
  • U.S. Department of Justice:Corporate Fraud Task Force — First Year Report
  • U.S. Department of Justice:Enron Task Force charging and prosecution releases
  • U.S. Securities and Exchange Commission:Complaint — Jeffrey K. Skilling and Richard A. Causey
  • U.S. Securities and Exchange Commission:Enron-related litigation releases and complaints
  • Enron Corp. Special Investigative Committee:Report of Investigation by the Special Investigative Committee of the Board of Directors of Enron Corp.(Powers Report, 2002年2月1日)

※Powers ReportはFBI・SEC・司法省が作成した政府報告書ではなく、Enron取締役会が設置したSpecial Investigative Committeeによる内部調査報告書です。本記事では、同報告書の指摘と、その後FBI・SEC・DOJが独自に収集した証拠・刑事訴追を区別しています。また、SECによる民事訴状、DOJによる刑事起訴は、それぞれ提出時点では当局側の主張であり、それだけで有罪が確定したことを意味しません。Kopper、Fastowらについては有罪答弁後の捜査協力と、起訴段階を区別しています。FBIが公表する証拠量や資産回収額は集計時期によって若干異なるため、本文ではFBIの後年の事件総括を主に使用しています。