現実世界のCASE FILE 現実世界のCASE FILE

Enron取締役会はなぜ止められなかったのかFastowの利益相反と企業統治の失敗

Enron取締役会はなぜ止められなかったのか|Fastowの利益相反と企業統治の失敗

企業不祥事・経済犯罪

1999年、Enronの取締役会には通常なら強い警戒を促すはずの提案が持ち込まれました。

会社の最高財務責任者――CFOのAndrew Fastowが、Enron自身と取引する投資パートナーシップを運営したいという提案です。

FastowはEnron側では、会社にとって有利な条件で取引する責任を負います。

しかし同じFastowがLJM側では、LJMとその投資家にとって有利な条件を求める立場になります。

利益相反は明白でした。

それでもEnron取締役会は、会社の倫理規定に例外を設け、FastowがLJMを運営することを認めました。

もちろん、利益相反の存在を認識しただけで直ちに企業統治が失敗したことにはなりません。

利益相反を承認したうえで、独立した取締役が取引条件を厳格に監視し、FastowがEnronよりLJMを優先できない仕組みを実際に機能させていれば、リスクを管理できた可能性はあります。

問題は、その後でした。

米上院Permanent Subcommittee on Investigations(PSI)の調査によれば、取締役会が設定した監督策は十分に設計・実行されず、LJM取引の定期レビューも極めて表面的なものに終わっていました。

危険な利益相反を認めたのに、その危険を管理する監督装置が機能しなかった。

これがEnron事件における取締役会問題の核心です。

この記事で分かること

  • Enron取締役会はLJMについて何を承認したのか
  • なぜFastowのLJM運営が利益相反だったのか
  • Enronの倫理規定にはどのような例外が設けられたのか
  • 取締役会はどのような監督策を設けていたのか
  • Audit CommitteeとFinance CommitteeはLJMをどうレビューしたのか
  • 取締役会はEnronの高リスク会計をどこまで把握していたのか
  • Arthur Andersenへの依存はどのような意味を持ったのか
  • 「取締役会が不正を知っていた」と断定できるのか

CASE FILE 36

Enron崩壊特集(全10回)

第5回では、Fastow個人の取引ではなく、その活動を承認・監督する立場にあったEnron取締役会を扱います。

第4回では、LJMとRaptorがどのような仕組みだったのかを確認しました。今回は、なぜCFO自身が取引相手側へ立つ構造が許可され、その後の監視が機能しなかったのかを米上院調査から追います。

外部監査法人Arthur Andersenが果たした役割については、第6回で独立して検証します。

  1. Enronはなぜ崩壊したのか|巨大エネルギー企業を破綻させた不正会計の全体像
  2. Enronは何の会社だったのか|ガス会社から「エネルギーを取引する会社」へ変わった仕組み
  3. Enronの利益はどう作られたのか|時価評価会計と「将来利益」を先に計上する仕組み
  4. Enronは負債と損失をどう見えにくくしたのか|SPE、LJM、Raptorの仕組み
  5. Enron取締役会はなぜ止められなかったのか|Fastowの利益相反と企業統治の失敗 【現在の記事】
  6. Arthur AndersenはEnronで何をしていたのか|監査、文書破棄、最高裁判決まで
  7. Enronは2001年にどう崩壊したのか|Skilling辞任から12月2日の破産申請まで
  8. Enronの不正はどう解明されたのか|Powers Report、SEC、FBI、Enron Task Forceの捜査
  9. Enron事件で誰が有罪になったのか|Lay、Skilling、Fastowらの刑事責任を整理する
  10. Enron崩壊は何を変えたのか|SOX法、PCAOB、内部統制と企業監査のその後

先に結論|取締役会には「何も知らされていなかった」わけではない

Enron取締役会をめぐっては、二つの極端な説明があります。

一つは、

「経営陣に完全に騙されており、何も知らなかった」

という説明。

もう一つは、

「すべての不正を知りながら承認していた」

という説明です。

米上院PSIの調査から見える実態は、そのどちらとも異なります。

取締役会には、

  • Enronが高リスクな会計処理を広く利用していたこと
  • 大量のオフバランス取引を利用していたこと
  • Fastowに重大な利益相反が存在すること
  • LJMがEnronと大規模な取引を行っていること
  • 一部資産の評価方法に大きなリスクが存在すること

を示す情報が提供されていました。

しかし、後に明らかになる秘密のサイドディールや個別取引の不正な実態まで、取締役全員が把握していたことを示すものではありません。

問題は、既に見えていた危険信号に対して、取締役会が十分に深い確認をしなかったことでした。

取締役会が把握していた

  • FastowのLJM兼務
  • 利益相反の存在
  • LJMとの関連当事者取引
  • 高リスクな会計・評価手法
  • SPE利用の重要性

十分確認しなかった

  • 個別LJM取引の詳細
  • FastowのLJM収入
  • 統制策が本当に機能しているか
  • Fastow退任後のLJM所有者
  • 一部資産評価の妥当性

区別が必要

  • 高リスク会計を知ること
  • 不正会計を知ること
  • 利益相反を承認すること
  • 秘密取引を知ること

取締役会は何をするために存在するのか

上場企業では、日常的な経営をCEOやCFOなどの経営陣が行います。

取締役会は、毎日の営業活動を直接運営する組織ではありません。

主な役割は、

  • 経営陣を選任・監督する
  • 重要な取引を承認する
  • 重大なリスクを監督する
  • 財務報告を監視する
  • 利益相反を管理する
  • 株主の利益を守る

ことです。

米上院PSIはEnron取締役会について、取締役が会社と株主に対して負う基本的義務として、特にloyalty(忠実義務)care(注意義務)を重視しました。

FastowとLJMは、この二つが同時に問われる事例でした。

1999年6月|FastowがLJM1を提案

1999年6月、FastowはLJM Cayman, L.P.――LJM1――を設立する計画をEnronへ提示しました。

Fastowは当時EnronのCFOです。

通常、EnronのCFOは、Enronの資金、財務、投資、取引について会社の利益を優先する責任を負います。

しかしLJM1のgeneral partnerとなれば、LJM側でも利益を得る立場になります。

これはEnronの倫理規定が通常禁止していた利益相反に該当する可能性がありました。

そこで取締役会は、Fastowに対して限定的な例外――waiverを認めました。

FastowはLJM1を運営し、Enronとの取引へ参加できるようになります。

なぜ取締役会はそんな構造を承認したのか

取締役会側から見れば、LJMには経済的な利点があると説明されていました。

Enronは大量の投資資産を保有しており、四半期末などに資産を売却したい場合があります。

しかし通常の市場で買い手を探すには時間がかかります。

LJMが存在すれば、

  • Enron資産を迅速に購入できる
  • SPEへ外部資本を提供できる
  • 取引コストを減らせる
  • 柔軟に資金を供給できる

と説明されました。

つまり取締役会は、Fastowの利益相反そのものを見落としたわけではありません。

利益相反を認識したうえで、それ以上の事業上の利点があるとして例外を認めたのです。

だからこそ、その後の監督が重要になります。

1999年10月|さらに大きなLJM2を承認

数か月後の1999年10月、FastowはLJM2 Co-Investment, L.P.を提案しました。

LJM1よりも大規模な外部投資家の資金を集め、Enronとの取引へ利用する構想です。

取締役会は再びFastowの関与を承認しました。

SEC資料によれば、取締役会には、EnronのChief Accounting OfficerであるRichard CauseyがEnron-LJM取引を確認し、Enronにとって公正な取引であることを確保すると説明されていました。

その後、さらに複数の監督策が追加されていきます。

紙の上では「監督策」が存在した

LJM取引は、何の監視もないままFastowへ全面的に任されていたわけではありません。

Enronでは段階的に、複数の管理策が設定されました。

監督者 予定された役割
Richard Causey Enron-LJM取引の会計・条件を確認
Rick Buy Chief Risk Officerとして取引を確認
Jeffrey Skilling Fastowの利益相反や取引を経営側で監督
Audit Committee LJM取引を年次レビュー
Finance Committee 後に四半期レビューを追加
Compensation Committee FastowがLJMから得る報酬を確認

形式上は多層防御になっています。

Fastow一人の判断では取引を進められず、経営陣、リスク管理、会計担当、取締役会委員会がチェックする。

この仕組みが実際に動いていれば、利益相反による危険を減らせる可能性がありました。

しかし上院調査が確認した実態は、紙の上の統制とは大きく異なっていました。

Audit Committeeの年次レビューは15~30分

EnronのAudit Committeeには、LJM取引を毎年レビューする役割が与えられていました。

2000年2月、第1回の年次レビューが行われます。

上院PSIによれば、委員会へ渡されたのは1枚の紙でした。

そこには1999年にLJMがEnronと行った8件の取引が一覧化されていました。

各案件について記載されていたのは、

  • 投資案件名
  • おおよその金額
  • 10語以下程度の簡単な説明

だけでした。

Audit CommitteeがCauseyとこの一覧を確認した時間は、約15~30分だったとされています。

取引の承認資料そのものを見ていなかった

Enronには、個々の取引を承認するためのDASH――Deal Approval Sheet――やLJM Approval Sheetが存在しました。

これらを見れば、少なくとも取引の条件、承認者、リスク、構造について、一覧表より詳しい情報を確認できます。

しかし上院調査で聞き取りを受けたAudit Committeeメンバーは、LJM取引についてDASHやLJM Approval Sheetを一件も要求・確認していなかったとされています。

つまり、

利益相反の存在を理由に特別な監督制度を設けたのに、その監督で個別取引の基礎資料を確認していなかったのです。

2001年のレビューもほぼ同じだった

2001年2月、Audit Committeeは2回目のLJM年次レビューを行いました。

今度は2000年中の12件のLJM取引がまとめられていました。

しかし資料はわずか2ページ。

内容も、

  • 案件名
  • 金額
  • 短い説明

が中心でした。

レビュー時間も再び約15~30分。

ここでもDASHやLJM Approval Sheetが詳細に検証されることはありませんでした。

レビュー 対象 資料 時間
2000年2月 1999年の8取引 約1ページの一覧 約15~30分
2001年2月 2000年の12取引 約2ページの一覧 約15~30分

上院PSIは、これらをsuperficial――表面的なレビューと評価しました。

「経営陣が確認した」という説明に依存していた

取締役会側は、個別取引を自らすべて監査する立場ではありません。

したがって実務では、経営陣、会計部門、リスク部門、外部監査法人から説明を受けることになります。

それ自体は異常ではありません。

問題は、重大な利益相反を抱える取引についても、取締役会が独立した検証より経営陣の説明へ強く依存したことでした。

上院報告は、LJM監督策について、取締役会が日常的な統制の設計・実行をEnron経営陣へ任せ、自らは頻度の低い一般的レビューに限定したと指摘しています。

つまり、Fastowの利益相反を監視する仕組みの多くを、Fastowと同じ経営組織の内部へ依存していました。

取引額は小さくなかった

これは数件の小規模な関連当事者取引ではありません。

2000年のFinance Committeeへの説明では、LJMがEnronに対して約20億ドルのfunds flowを提供し、Enronに約2億ドルのearningsをもたらしたとする情報も提示されていました。

別の説明では、LJM1がEnronへ約1億7500万ドルのgainを提供し、LJM2は21件の取引へ4億ドル超を投資したとされていました。

取締役会から見ても、LJMは周辺的な小規模事業ではなくなっていました。

それでもレビューの深さは、取引規模に比例して強化されませんでした。

Finance Committeeは四半期レビューを追加した

2000年10月、LJMの取引規模が拡大していることを受けて、Finance Committeeは追加の監督策を決めました。

それまでのAudit Committeeによる年1回のレビューに加え、

Finance Committeeが四半期ごとにLJM取引をレビューする

ことになりました。

さらに、FastowがLJMから得ている報酬について、Compensation Committeeが確認することも決められました。

ここだけを見ると、取締役会が問題を認識し、監督を強化したように見えます。

しかし実際に行われた四半期レビューは1回だけでした。

四半期レビューは1回で止まった

Finance Committeeによる最初の四半期レビューは2001年2月に行われました。

ところが上院PSIによれば、これもAudit Committeeとほぼ同じ2ページの一覧を用いた短時間のレビューでした。

その後、2001年5月には次の四半期レビューが行われませんでした。

Finance CommitteeのHerbert Winokurは、Enronから報告を受け取らなかったため、LJM取引がなかったと考え、確認しなかったと説明しています。

8月には、FastowがLJMの持分を売却したため関連当事者問題はなくなったと説明され、レビュー自体が終了しました。

しかし「誰がFastowの持分を買ったのか」を確認していなかった

FastowがLJMを離れれば、確かにCFOと取引相手を兼ねる直接的な利益相反は消えます。

しかし、そのためにはLJMが本当に独立した第三者へ移ったことを確認する必要があります。

上院調査によれば、取締役会メンバーは、

「誰がFastowのLJM持分を購入したのか」

を確認していませんでした。

実際にLJM2の新たな所有者となったのはMichael Kopperでした。

KopperはFastowの元部下で、Enronの財務事情を熟知し、Fastowと長い関係を持つ人物です。

上院PSIは、この点を確認していれば、利益相反への監督を継続すべき理由になったと指摘しています。

FastowがLJMからいくら得ていたのかも確認されていなかった

LJM承認でさらに重要なのがFastow自身の利益です。

CFOが自社と取引する組織から巨額の個人利益を得れば、Enronとの取引判断に強い影響を及ぼす可能性があります。

2000年10月、Finance CommitteeはCompensation Committeeに対し、FastowのLJM報酬を調査するよう求めました。

しかし上院調査では、約1年後になっても必要な情報は取締役会へ届けられていませんでした。

Compensation Committee側も情報を受け取れなかった後、さらに追及して入手する行動を取りませんでした。

上院公聴会でCarl Levin議員が問題視したのは、まさにこの点です。

取締役会が「情報を要求した」というだけでは監督になりません。

情報が来なければ、なぜ来ないのかを確認し、入手するまで追う必要がある。

それができていませんでした。

2001年10月、ようやくFastow本人へ確認した

状況が変わったのは2001年10月です。

Wall Street JournalがLJM取引とFastowの利益について報道しました。

取締役会はFastow本人へ直接説明を求めます。

当時の取締役Charles LeMaistreの上院証言によれば、Fastowは取締役との電話で、LJM1から約2300万ドル、LJM2から約2200万ドルの所得を得たと説明しました。

合計すると約4500万ドルです。

これは、その時点でFastow本人が取締役へ説明した数字として扱う必要がありますが、取締役会が事前に想定していた規模を大きく超えていました。

翌10月24日、FastowはCFO職から外されます。

利益相反を認めた以上、報酬確認は中心的な統制だった

FastowがLJMからどれだけ利益を得ていたかは、単なる役員報酬問題ではありません。

FastowがLJM取引を推進すればするほど個人的に大きな利益を得られるなら、

Enronの利益よりLJMの利益を優先する経済的誘因

が強くなります。

だからこそLJMを承認した取締役会にとって、Fastowの外部所得を継続的に把握することは、利益相反管理の中心になるはずでした。

しかし、この重要な統制が実際には機能していませんでした。

取締役会は高リスク会計についても情報を受けていた

LJMだけが問題だったわけではありません。

米上院PSIは、Enron取締役会が同社の高リスクな会計手法について相当量の情報を受けていたと指摘しています。

1999年|mark-to-marketについて説明

1999年、Audit Committeeにはmark-to-marketやfair value accountingについて9ページの説明資料が提示されました。

Enron各部門でfair value accountingの利用が拡大し、資産と負債を継続的に再評価する必要があることも説明されていました。

2000年5月|より積極的な評価モデル

2000年5月には、エネルギー・デリバティブや契約をどのモデルで評価するかについて、Enron内部の部門間で意見が分かれていたことが取締役会へ示されました。

上院報告によれば、会社はより積極的な評価モデルを採用しましたが、取締役会はこれに異議を唱えませんでした。

2001年|自社評価でも23億ドルの差

さらに2001年夏、Finance Committeeへ提示された資料の一つには、Enronの国際merchant assetsについて、帳簿上の価値が当時Enron内部で見積もった市場価値より約23億ドル高いことを示す情報が含まれていました。

これは直ちに「23億ドルの不正会計が取締役会へ報告された」という意味ではありません。

しかし、Enronの資産評価に重大な不確実性が存在することを示す警告材料でした。

「高リスクと知っていた」と「不正と知っていた」は違う

ここは明確に区別する必要があります。

mark-to-market、fair value、SPE、デリバティブ、関連当事者取引などは、適切に利用すれば合法的な企業活動です。

したがって取締役会が、

「Enronは高リスクな会計手法を使っている」

と認識していたことだけから、

「取締役会は詐欺を知っていた」

とは言えません。

上院PSIが問題視したのは、

高リスクであることを理解していたなら、それに見合う強い監督を行うべきだったのに、十分な確認をしなかった

という点です。

Arthur Andersenが「問題ない」としていたことの意味

取締役会メンバーは、LJMや会計処理についてArthur Andersenの関与も重視していました。

Finance Committeeへは、AndersenがLJM2のgovernance structureを相当時間検討し、問題ないと考えているという説明も行われていました。

これは取締役会側にとって重要な安心材料でした。

会計の専門家である外部監査法人が確認している。

社内のChief Accounting Officerも確認している。

Chief Risk Officerも確認している。

経営トップも承認している。

この状態では、取締役が個々の複雑な金融取引を一から再計算する必要はない、と考えるのは理解できます。

しかし、LJMには通常の取引にはないCFO自身の直接的利益相反がありました。

それだけに、通常より高い水準の独立確認が必要でした。

外部監査法人への依存が適切だったのかについては、次回のArthur Andersen編でさらに掘り下げます。

取締役自身の独立性にも疑問が向けられた

上院PSIの調査では、取締役自身とEnronとの経済的・組織的関係についても問題が提起されました。

Enronの取締役会には多くのoutside directors――経営陣ではない外部取締役――がいました。

形式上、経営陣から独立した監督が可能な構成です。

しかし上院公聴会では、複数の外部取締役について、

  • Enronとのコンサルティング契約
  • 関係する慈善団体へのEnron側からの寄付
  • Enronと取引する別企業との関係

などが指摘されました。

これらの関係が直ちに取締役の判断を不正にしたと断定することはできません。

しかし、経営陣を厳しく監督する外部取締役のindependence――独立性が十分だったのかという企業統治上の問題を生みました。

取締役会には何度も「確認する機会」があった

Enron事件を後から見ると、取締役会には一度だけではなく、複数回の確認機会が存在しました。

時期 取締役会が直面した材料 確認できた可能性
1999年6月 FastowのLJM1兼務 利益相反の必要性そのものを再検討
1999年10月 LJM2承認 より厳格な独立監督を設計
2000年2月 最初のLJM年次レビュー 個別取引資料を要求
2000年10月 LJM取引規模の拡大 Fastow報酬と取引条件を詳細確認
2001年2月 12件のLJM取引 DASH等を用いた詳細レビュー
2001年5月 四半期報告が届かない なぜ報告がないか確認
2001年夏 資産簿価と市場価値の大きな差 評価方法を追加調査
2001年8月 FastowがLJM持分を売却 新所有者を確認

一つ一つだけを見れば、直ちにEnron崩壊を予測できたとは限りません。

しかし複数の警告材料が積み重なっていたのに、監督の強度がそれに合わせて高くなっていませんでした。

米上院PSIは取締役会をどう評価したのか

2002年7月、米上院Permanent Subcommittee on Investigationsは、The Role of the Board of Directors in Enron’s Collapseを公表しました。

報告書は、Enron取締役会が会社の崩壊に寄与したとして、複数の問題を指摘しています。

大きく整理すると、次のようになります。

  • 高リスクな会計慣行を十分に抑制しなかった
  • オフバランス活動を十分監視しなかった
  • FastowとLJMの重大な利益相反を承認した
  • LJMへの監督策を十分に実行しなかった
  • FastowがLJMから得る報酬を把握しなかった
  • 会社の大きな財務リスクに十分対応しなかった

つまり上院報告が描いたのは、

「秘密を一切知らされなかった被害者としての取締役会」

ではありません。

同時に、

「Fastowの秘密協定をすべて把握して共同で詐欺を実行した取締役会」

ともしていません。

重大な危険を示す情報を持ちながら、その危険に相応する監督を行わなかった取締役会です。

FACT CHECK|Enron取締役会についての重要な区別

確認できる

  • 取締役会はLJM1・LJM2を承認した
  • Fastowの利益相反を認識していた
  • 倫理規定に例外を設けた
  • 監督策を設定した
  • 高リスク会計について説明を受けていた

しかし

  • レビューは短時間・限定資料だった
  • 個別承認資料を十分確認しなかった
  • 四半期レビューは継続されなかった
  • Fastow報酬の把握が遅れた
  • LJM新所有者を確認しなかった

断定しない

  • 全取締役が秘密協定を知っていた
  • 全取締役が不正会計を理解していた
  • LJM承認自体が犯罪だった
  • 外部取締役の関係だけが崩壊原因だった

企業統治の失敗とは「規則がなかったこと」ではない

Enronには規則がありました。

倫理規定もありました。

Audit Committeeもありました。

Finance Committeeもありました。

Chief Risk Officerもいました。

Chief Accounting Officerもいました。

外部監査法人もいました。

LJMを監督するための追加ルールまで設定されました。

それでも機能しませんでした。

これはEnron事件をSYSTEM型として扱う理由を端的に示しています。

制度が存在することと、制度が実際に危険を止めることは別だからです。

「年1回レビューする」という規則があっても、1~2枚の一覧を15~30分見るだけなら、複雑な関連当事者取引を検証する力は限られます。

「Fastowの報酬を確認する」と決めても、情報が届かなかったときに追及しなければ、統制は存在しないのと同じ結果になります。

「四半期レビュー」と決めても、1回で止まれば継続的監督ではありません。

Enron取締役会の最大の問題は何だったのか

一言でまとめるなら、

リスクの高さと、監督の深さが釣り合っていなかったこと

です。

通常の取引なら、経営陣の説明と外部監査法人の確認へ一定程度依存しても合理的です。

しかしLJMは通常の取引ではありませんでした。

CFO自身が取引相手を運営しています。

会社の会計結果に大きな影響を与えます。

取引規模も急速に拡大しています。

利益相反を理由として、わざわざ倫理規定の例外が必要なほど特殊な構造です。

それなら監督も通常以上に厳しくなければなりません。

ところが実際には、重大な取引ほど詳しく調べるのではなく、経営陣が用意した概要資料へ依存する状態が続きました。

要点まとめ

1999年、Enron取締役会はCFO Andrew FastowがLJM1を設立・運営することを認めました。

その数か月後には、さらに大規模なLJM2へのFastowの関与も承認しています。

取締役会はFastowの利益相反を見落としていたわけではありません。

利益相反を認識したうえで、Enronに事業上の利益があると判断し、倫理規定の例外を設けました。

その代わりとして、経営陣による承認、Audit Committeeによる年次レビュー、後にはFinance Committeeの四半期レビュー、Fastow報酬の確認など、複数の統制策が設定されました。

しかし米上院PSIの調査では、それらの統制の実効性に重大な問題があったとされています。

Audit CommitteeのLJMレビューは1~2ページ程度の一覧を約15~30分確認するものにとどまり、個別取引のDASHやLJM Approval Sheetを要求していませんでした。

Finance Committeeの四半期レビューも1回で途絶えます。

FastowのLJM報酬を確認するよう決めたにもかかわらず、取締役会が実際の金額を把握するのは2001年10月になってからでした。

取締役会は、Enronが高リスクな会計や評価方法を利用していることについても複数回の説明を受けていました。

それでも、それだけで取締役会が後に立件された不正をすべて知っていたとは言えません。

問題は、

危険を示す情報は存在していたのに、それを深く掘り下げる監督が機能しなかったこと

でした。

そして取締役会が判断を支えるうえで依存していた重要な存在の一つが、外部監査法人Arthur Andersenです。

Enronの財務諸表を監査し、LJMや複雑な会計処理についても関与していた世界的大手会計事務所は、なぜ問題を止められなかったのでしょうか。

次回は、Arthur Andersenの監査、Enronとの関係、文書破棄、刑事裁判、そして2005年の連邦最高裁判決までを追います。

CASE FILE 36

Enron崩壊特集(全10回)

  1. Enronはなぜ崩壊したのか|巨大エネルギー企業を破綻させた不正会計の全体像
  2. Enronは何の会社だったのか|ガス会社から「エネルギーを取引する会社」へ変わった仕組み
  3. Enronの利益はどう作られたのか|時価評価会計と「将来利益」を先に計上する仕組み
  4. Enronは負債と損失をどう見えにくくしたのか|SPE、LJM、Raptorの仕組み
  5. Enron取締役会はなぜ止められなかったのか|Fastowの利益相反と企業統治の失敗 【現在の記事】
  6. Arthur AndersenはEnronで何をしていたのか|監査、文書破棄、最高裁判決まで
  7. Enronは2001年にどう崩壊したのか|Skilling辞任から12月2日の破産申請まで
  8. Enronの不正はどう解明されたのか|Powers Report、SEC、FBI、Enron Task Forceの捜査
  9. Enron事件で誰が有罪になったのか|Lay、Skilling、Fastowらの刑事責任を整理する
  10. Enron崩壊は何を変えたのか|SOX法、PCAOB、内部統制と企業監査のその後

主な参照資料

※本記事では、Enron取締役会が「後に立件された不正行為をすべて知っていた」とはしていません。米上院PSIが確認したのは、取締役会がFastowの利益相反、高リスクな会計手法、大規模なLJM取引などについて情報を受け、監督策を設定しながら、その実行と独立検証が不十分だったという企業統治上の問題です。SEC訴状に記載された秘密協定や不正取引は、提出時点ではSEC側の主張として扱っています。また、FastowがLJM1・LJM2から約2300万ドル・約2200万ドルを得たとの数字は、2001年10月にFastowが取締役へ説明した内容についてCharles LeMaistreが上院で証言したものとして記載しています。