1972年6月17日午前1時47分ごろ、ワシントンD.C.のウォーターゲート・オフィス・ビルから警察へ通報が入った。
通報したのは、夜間警備員のフランク・ウィルズだった。
ウィルズが見つけたのは、壊された金庫でも、割られた窓でもない。
地下駐車場から建物内部へ通じるドアのラッチ部分に貼られた、目立たないテープだった。
ドアは閉じているように見えても、鍵が掛からない状態になっていた。
いったんテープを取り除いたウィルズが再び確認すると、同じ場所にはまたテープが貼られていた。
そこで彼は警察へ連絡した。
建物内を捜索した警察官は、6階にあった民主党全国委員会――DNCの本部で5人の男を発見し、逮捕した。
しかし、この夜の侵入は最初の試みではなかった。
約3週間前の5月28日、同じグループはすでにDNC本部へ侵入し、盗聴装置を設置していた。
6月17日の行動は、うまく機能していなかった盗聴装置への作業と、さらなる情報収集を目的とした再侵入だった。
ウォーターゲート事件は、ここから始まった。
今回は後の隠蔽や大統領辞任ではなく、1972年6月17日の一夜に焦点を絞り、「誰が、なぜ、どのようにDNC本部へ入り、何を残して逮捕されたのか」を追う。
CASE FILE 31
ウォーターゲート事件 1972–1974|全10回
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第1回 ウォーターゲート事件とは?|侵入事件からニクソン辞任までの全貌
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第2回 1972年6月17日、何が起きたのか|民主党本部侵入事件の計画と5人の逮捕
[現在の記事] -
第3回 5人の侵入犯は誰につながっていたのか|資金・再選委員会・FBI捜査
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第4回 ホワイトハウスは何を隠そうとしたのか|口止め料・CIA・FBI捜査妨害
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第5回 侵入事件はなぜ政権中枢へ広がったのか|シリカ判事とマコード書簡
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第6回 上院公聴会は何を暴いたのか|ジョン・ディーン証言と録音システム発覚
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第7回 録音テープをめぐる攻防|特別検察官と「土曜夜の虐殺」はなぜ起きたのか
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第8回 大統領はテープ提出を拒めるのか|United States v. Nixonと最高裁判決
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第9回 「決定的な録音」からニクソン辞任へ|弾劾条項と1974年8月9日
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第10回 ウォーターゲートは何を変えたのか|刑事責任・選挙資金・情報公開改革
6月17日の侵入は「最初の侵入」ではなかった
ウォーターゲート事件について「1972年6月17日、5人がDNC本部へ侵入した」と説明されることが多い。
だが、この表現だけでは重要な前提が抜け落ちる。
6月17日は、グループにとって少なくとも2度目の侵入だった。
National Archivesの年表では、5月28日に民主党全国委員会本部へ電子監視装置が設置されたことが確認されている。
National Archivesが作成したウォーターゲート展示資料では、DNC委員長ラリー・オブライエンと、州民主党委員長組織の幹部スペンサー・オリバーの電話を対象とした盗聴工作が行われたと整理されている。
しかし、工作は期待どおりに機能しなかった。
オブライエン側の盗聴器は正常に機能せず、もう一方から得られた内容も政治的に有用な情報にはならなかったとされる。
そこで再びDNC本部へ入り、機器への作業を行うことになった。
National Archivesの公式年表も、6月17日に逮捕された5人について「監視装置を修理しようとしていた」と記録している。
つまり、6月17日の侵入は偶発的な窃盗ではない。
政治組織の内部へ秘密裏に侵入し、電子的な監視を継続しようとする計画の一部だった。
誰が作戦を動かしていたのか
侵入作戦の中心人物として後に起訴されたのが、G・ゴードン・リディとE・ハワード・ハントだった。
リディはニクソン大統領再選陣営に関係する情報活動を担当し、ハントは元CIA職員で、当時ホワイトハウス周辺の秘密工作にも関わっていた人物である。
National Archivesの資料では、5月の盗聴によって十分な情報を得られなかった後、リディらの側から再侵入が進められたと整理されている。
実際に建物内部へ入ったのは、リディやハント自身ではなく、別の5人だった。
| 人物 | 6月17日の位置づけ |
|---|---|
| Bernard L. Barker | DNC本部内で逮捕された5人の一人 |
| Virgilio R. Gonzalez | DNC本部内で逮捕された5人の一人 |
| Eugenio R. Martinez | DNC本部内で逮捕された5人の一人 |
| James W. McCord Jr. | DNC本部内で逮捕。ニクソン再選委員会の警備関係者 |
| Frank A. Sturgis | DNC本部内で逮捕された5人の一人 |
| G. Gordon Liddy | 侵入工作を指揮する側。建物内では逮捕されていない |
| E. Howard Hunt | 侵入工作を指揮する側。建物内では逮捕されていない |
この関係は、事件を理解するうえで重要である。
「ウォーターゲートで7人が逮捕された」とする説明は正確ではない。
6月17日の現場で逮捕されたのは5人で、リディとハントを含む7人が後に侵入事件をめぐって起訴された。
現場はウォーターゲートの6階だった
民主党全国委員会は当時、ウォーターゲート・コンプレックスのオフィス部分に入っていた。
ニクソン大統領図書館は、DNC本部が6階にあったことを確認している。
ウォーターゲートという名称から、ホテルの客室へ侵入した事件と誤解されることがあるが、侵入先は複合施設内のオフィスだった。
同じ施設群にはホテル、住宅、オフィスなどが存在しており、事件名だけでは建物構成が分かりにくい。
現在のウォーターゲート・コンプレックス。1972年のDNC本部は施設内のオフィス棟6階に置かれていた。現在のテナントや内部構成は当時とは異なるため、Google Mapは位置関係の確認用として使用する。
National Archivesには、後の裁判で政府側証拠となったウォーターゲート・コンプレックスと向かい側の建物を含む平面図・立面図も保存されている。
侵入グループは単に建物へ入っただけではなく、外部から状況を確認する役割と建物内部で作業する役割に分かれていた。
フランク・ウィルズが見つけた「テープ」
計画を崩したのは、高度な防犯装置ではなかった。
夜間警備員フランク・ウィルズが、ドアのラッチ部分に貼られたテープへ気づいたことだった。
National Archivesに残された警備記録と関連資料によると、ウィルズは地下駐車場側から建物内部へ通じる複数のドアで、ラッチが掛からないよう細工されていることに気づいた。
最初は清掃・保守作業員が残したものと考え、テープを取り除いた。
それだけなら事件は発覚しなかった可能性がある。
ウィルズが再び確認したところ、取り除いたはずの場所に再度テープが貼られていた。
誰かが意図的にドアを開錠状態にしている可能性が高くなったため、彼は警察へ連絡した。
National Archivesが保存する当日の警備員記録には、警察へ電話した時刻として午前1時47分が残っている。
後世の短い説明では「警備員がテープを発見して通報した」と一文で済まされることが多いが、実際には一度取り除いた細工が復活していたことが、ウィルズの判断を変えた重要な点だった。
警察が建物内部を捜索する
通報を受けた警察はウォーターゲートへ入り、建物内部を確認した。
その捜索によって、DNC本部内にいた5人が発見された。
ここで作戦側には致命的な問題が起きていた。
侵入そのものを秘密にして情報を持ち出す計画だった以上、警察が建物内へ入った時点で、目的を達成して静かに撤収する余地は急速に失われる。
約3週間前の5月28日には、同じDNC本部へ侵入しても発見されずに退出できていた。
しかし今回は、ドアへ施した小さな細工が警備員に発見され、そこから警察の建物捜索へつながった。
設備そのものが侵入者を検知したというより、人が日常的な状態との差異へ気づいたことで計画が崩れた点は、この事件の特徴の一つである。
DNC本部で逮捕された5人
警察が逮捕したのは、バーナード・バーカー、ヴァージリオ・ゴンザレス、ユージニオ・マルティネス、ジェームズ・マコード、フランク・スタージスの5人だった。
この中で、事件直後から特に重要な意味を持ったのがジェームズ・マコードである。
FBIの公式史では、逮捕者の一人が「Committee to Re-Elect the President」の警備担当者だったことが、FBI長官代行L・パトリック・グレイに早い段階で伝えられている。
Committee to Re-Elect the Presidentは、ニクソンを1972年大統領選挙で再選させるための組織だった。
後に一般に「CREEP」または「CRP」と呼ばれるこの組織との接点が、事件を通常の侵入事件とは違うものにした。
逮捕された人物の身元を調べるだけで、大統領再選運動へつながる線が存在したからである。
現場から何が見つかったのか
「政治目的の侵入だった」という評価は、後から付け加えられただけではない。
National Archivesには、後の連邦裁判で政府側証拠として提出された実物・写真・図面が多数保存されている。
デジタル公開されている裁判資料には、侵入に使用された工具類、ロックピック、手袋、電子的な盗聴・監視機材、カメラ、マイクなどが含まれている。
特に、口紅ほどの小さな容器に組み込まれたマイクなど、秘密裏の録音・監視を目的とした装置も裁判証拠として残されている。
National Archivesが公開するGovernment Exhibit 8には、工具や盗聴装置などを運ぶために使われたバッグも保存されている。
Government Exhibit 133には、ChapStickの容器に収められたBell & Howell製の小型マイクが記録されている。
したがって、現場の状況は「夜中に政治団体のオフィスへ5人がいた」というだけではなかった。
所持品と設備から見ても、情報収集を目的とした組織的な侵入として捜査する十分な理由が存在していた。
なぜ発覚したのか|計画の小さな弱点
結果だけを見れば、侵入グループは大統領再選組織と関係する人員や監視機材を抱えながら、警備員が見つけたテープによって逮捕された。
非常に大きな政治事件へ発展したため、後世から見ると奇妙なほど単純な発覚経路に見える。
しかし、問題は「テープを貼るという稚拙なミスをした」の一言では説明しきれない。
5月28日の最初の侵入では、同様の秘密工作を行いながら発見されずに退出している。
成功経験があったからこそ、再侵入というリスクのある選択が可能になった面もある。
さらに6月17日は、単に新しい盗聴装置を置くための作戦ではなかった。
先に設置した機器から十分な情報が得られなかったため、再び危険を冒して建物へ入る必要が生じていた。
情報を得られない。
そのため再侵入する。
再侵入するためドアを開錠状態にする。
その細工が警備員に見つかる。
ウォーターゲート事件の入口だけを見ても、目的を達成できなかった前回の工作が、新たなリスクを生み、そのリスクが発覚につながる因果関係が見えてくる。
時系列|6月17日未明まで何が起きていたのか
6月17日の逮捕だけを見るより、約3週間前の最初の侵入から並べる方が、この夜に再びDNC本部へ入った理由を理解しやすい。
| 時期 | 確認できる出来事 |
|---|---|
| 1972年5月28日 | グループがDNC本部へ侵入し、電子監視・盗聴用の装置を設置する。 |
| 5月末~6月 | 設置された装置の一部が正常に機能せず、得られた情報も期待した政治情報にならなかった。 |
| 6月16日夜~17日未明 | グループが再びウォーターゲートへ入り、DNC本部で監視装置への作業を行う。 |
| 6月17日未明 | 警備員フランク・ウィルズがドアのラッチを無効にするテープを発見し、いったん取り除く。 |
| その後 | 同じ場所が再び細工されているのをウィルズが確認する。 |
| 午前1時47分 | ウィルズが警察へ通報したことが警備記録に残る。 |
| その後 | 警察がDNC本部内で5人を発見し、逮捕する。 |
ここでは、後世の再現記事などで示される分単位の細かな行動時刻を無理に採用していない。
一次記録によって確認できる1時47分の通報を基準にし、それ以外は資料の精度に合わせて記述する方が安全である。
FACT CHECK|6月17日の侵入について誤解しやすいこと
6月17日が最初の侵入だった?
いいえ。
National Archivesの公式年表では、5月28日にすでにDNC本部へ電子監視装置が設置されている。
6月17日は、その装置への作業を目的とした再侵入だった。
現場で逮捕されたのは7人?
いいえ。
DNC本部内で6月17日に逮捕されたのは5人である。
G・ゴードン・リディとE・ハワード・ハントを加えた7人が、後に6月の侵入事件をめぐって起訴された。
侵入者は単に書類を盗もうとしていた?
その説明では不十分である。
5月28日に電子監視装置が設置され、6月17日はその機器への作業を含む情報収集活動の一部だったことが公的記録から確認できる。
後の裁判証拠にも盗聴・監視用機材や工具が残されている。
フランク・ウィルズは一度テープを見ただけで警察を呼んだ?
National Archivesに残る資料では、ウィルズは最初にテープを取り除き、その後再び同じように細工されていることへ気づいて警察へ連絡している。
この二度目の発見が、不審な侵入を疑う重要な理由になった。
逮捕された瞬間、すでに「普通の侵入事件」ではなかった
6月17日の時点では、ホワイトハウスによる隠蔽も、上院公聴会も、秘密録音テープも世間には知られていない。
ニクソン大統領が2年後に辞任することも、もちろん決まってはいなかった。
それでも、警察が5人を逮捕した時点で通常の窃盗事件とは異なる兆候はいくつも存在した。
侵入先が大統領選挙期間中の民主党全国委員会本部だったこと。
監視・盗聴用の機材が存在したこと。
そして逮捕者のジェームズ・マコードが、ニクソン大統領の再選組織と関係していたことである。
FBIも後年の公式史で、事件について「最初から普通の侵入事件ではないことは明らかだった」と振り返っている。
FBIにとっても、現職大統領の再選運動につながる人物が政治的対立組織への侵入で逮捕された以上、極めて政治的に敏感な捜査になった。
そして次の疑問が生まれる。
5人は、本当に現場だけで完結したグループだったのか。
誰が費用を出し、誰が指示し、再選委員会とはどこまでつながっていたのか。
その答えを探すため、捜査側は人物関係だけでなく「金の流れ」を追うことになる。
まとめ|ウォーターゲート事件は、小さな異変から発覚した
1972年6月17日の事件は、その夜だけを切り取っても計画的な政治工作だった。
DNC本部には約3週間前から盗聴装置が設置されており、十分な成果が得られなかったため、グループは再び建物へ入っていた。
その再侵入を発見したのが、夜間警備員フランク・ウィルズだった。
ウィルズはドアを開錠状態にする細工を見つけ、いったん取り除いた。
それが再び施されているのを確認し、午前1時47分に警察へ通報した。
警察はDNC本部内で5人を逮捕した。
現場と後の裁判記録には、工具、監視・盗聴用の装置などが残り、逮捕者の一人ジェームズ・マコードはニクソン再選委員会と関係していた。
この時点ではまだ、「大統領を辞任させる事件」ではない。
しかし、逮捕された5人を調べれば、彼らの背後に別の人物と組織が見えてくる状態にはなっていた。
次回は、警察が捕まえた5人から一段外側へ進む。
侵入犯は誰とつながり、活動資金はどこから来ていたのか。
FBIの捜査と資金追跡が、ウォーターゲート事件をニクソン再選組織へ近づけていく過程を追う。
CASE FILE 31|ウォーターゲート事件 1972–1974 全10回
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第1回 ウォーターゲート事件とは?|侵入事件からニクソン辞任までの全貌
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第2回 1972年6月17日、何が起きたのか|民主党本部侵入事件の計画と5人の逮捕
[現在の記事] -
第3回 5人の侵入犯は誰につながっていたのか|資金・再選委員会・FBI捜査
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第4回 ホワイトハウスは何を隠そうとしたのか|口止め料・CIA・FBI捜査妨害
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第5回 侵入事件はなぜ政権中枢へ広がったのか|シリカ判事とマコード書簡
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第6回 上院公聴会は何を暴いたのか|ジョン・ディーン証言と録音システム発覚
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第7回 録音テープをめぐる攻防|特別検察官と「土曜夜の虐殺」はなぜ起きたのか
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第8回 大統領はテープ提出を拒めるのか|United States v. Nixonと最高裁判決
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第9回 「決定的な録音」からニクソン辞任へ|弾劾条項と1974年8月9日
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第10回 ウォーターゲートは何を変えたのか|刑事責任・選挙資金・情報公開改革
出典・参考資料
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National Archives and Records Administration —
Watergate and the Constitution: Chronology
1972年5月28日の電子監視装置設置、6月17日の再侵入・逮捕、後の起訴日程確認に使用。
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National Archives and Records Administration —
U.S. v. Liddy Trial Records and Government Exhibits
ウォーターゲート・コンプレックスの平面図、侵入に使用された工具・バッグ・盗聴装置、ChapStick型マイクなど、連邦裁判で提出された実物証拠の確認に使用。
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National Archives and Records Administration —
Records of the Watergate Special Prosecution Force
1972年6月17日の警備員記録、裁判資料、ウォーターゲート関連公文書の所在確認に使用。
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National Archives —
“Wills on Duty:” The Guard that Discovered the Watergate Break-in
フランク・ウィルズがドアの細工を発見し、いったん取り除いた後、再びテープが貼られていることを確認して警察へ連絡した経過の確認に使用。
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Richard Nixon Presidential Library and Museum —
Watergate Break-in, 50th Anniversary
DNC本部が6階にあったこと、5月28日の最初の侵入、6月17日の警備記録、逮捕された5人の氏名確認に使用。
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Federal Bureau of Investigation —
Watergate
6月17日の逮捕直後から、逮捕者の一人がニクソン再選委員会の警備関係者と判明していたこと、FBIが政治的に極めて敏感な事件として捜査を開始した経過確認に使用。
本記事はNational Archives、FBI、Richard Nixon Presidential Libraryなどの公的記録を中心に構成しています。6月17日の現場で確認できる事実と、後の捜査・裁判によって明らかになった関係を混同しないよう分離し、再現記事などに見られる分単位の細かな行動時刻については、公的記録で十分確認できないものを本文の確定時刻として採用していません。