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巨大投資銀行の内側――リーマンは何で稼いでいたのか

2007年のマンハッタン金融街と大手投資銀行の業務環境をイメージした編集的再構成。
AI-generated editorial reconstruction for REAL CASE FILE; not a historical photograph 出典 GENERATED_WORKFLOW_ASSET

2008年9月15日、リーマン・ブラザーズ・ホールディングスは連邦破産法11条の適用を申請した。のちに「リーマン・ショック」という言葉が世界的な金融危機の象徴として残ったため、現在から振り返ると、同社は最初から住宅ローンという危険な商品に極端に賭けていた会社だったようにも見える。

しかし、破綻前年の2007年度決算だけを見ると、その姿はかなり違う。

リーマンは2007年度に192億5700万ドルの純収益を計上し、純利益は約42億ドルに達した。会社自身は4年連続で過去最高の純利益、5年連続で過去最高の純収益を記録したと報告している。2007年11月末の従業員は約2万8600人。ニューヨークに本社、ロンドンと東京に地域本部を置き、北米、欧州、中東、ラテンアメリカ、アジア太平洋に業務網を広げていた。

つまり、2008年9月に倒れたのは、住宅ローンを専門に扱う小さな金融会社ではない。株式、債券、企業金融、資産運用、証券化、自己勘定投資までを抱えた巨大な投資銀行だった。

では、その巨大な会社は何で稼ぎ、どこに危険をため込んでいったのか。

先に答えを示すと、リーマンの問題は「サブプライム住宅ローンを大量に持っていた」という一文では説明できない。より重要なのは、証券やローンを組成して市場へ売る仲介者としての機能と、自ら資産を保有して値上がりや収益を狙う投資家としての機能が同じ巨大なバランスシートの中で結びつき、2006年以降、その後者の比重が大きくなったことである。

3本柱で動いていた投資銀行

リーマンが米証券取引委員会に提出した2007年度のForm 10-Kでは、事業は大きく3つに分けられている。

第一が「キャピタル・マーケッツ(Capital Markets)」、つまり市場部門である。ここでは債券や株式の売買、顧客取引、マーケットメイク、証券化、住宅ローンや商業用不動産ローンに関連する取引、プライム・ブローカレッジなどを扱った。

第二が「インベストメント・バンキング(Investment Banking)」である。企業の株式・債券発行、M&A、資金調達などを支援し、引受手数料や助言報酬を得る。

第三が「インベストメント・マネジメント(Investment Management)」で、資産運用や富裕層向け運用などを担った。2007年度末の運用資産は2820億ドルに達していた。

2007年度の純収益192億5700万ドルのうち、最大だったのはキャピタル・マーケッツの122億5700万ドルである。[1]全社純収益のおよそ64%に当たる。その内訳は、債券部門が59億7700万ドル、株式部門が62億8000万ドルだった。

投資銀行部門の純収益は約39億ドル、投資運用部門は約31億ドルだった。どちらも当時としては記録的な水準だった。

この数字から見えてくるのは、リーマンが単一商品で稼ぐ会社ではなかったということだ。住宅ローン市場が傷み始めた2007年にも、株式部門や投資銀行業務、海外事業などが利益を支え、会社全体としては好調な決算を維持できた。

実際、2007年度の債券部門の純収益は前年比29%減少している。米国住宅市場の悪化と信用市場の混乱がすでに収益を圧迫していたからだ。それでも株式部門の純収益が前年比76%増となり、全体の落ち込みを補った。

この「一部では明確に悪化しているのに、会社全体では過去最高」という構図は重要である。危機は、決算全体が赤字になった瞬間に突然始まったのではない。複数の事業を持つ巨大金融機関では、ある領域で進行している損傷が別の領域の好調さに覆い隠されることがある。

住宅ローンを「貸す」だけではない

リーマンと住宅ローンの関係を理解するには、一般的な預金銀行と同じイメージで考えない方がよい。

投資銀行は住宅購入者に直接お金を貸して、その返済を30年間待つだけの会社ではない。住宅ローンや商業用不動産ローンを自社や子会社で組成したり、他社から購入したりし、それらを束ねて証券化し、投資家に販売することができる。

簡略化すると、流れは次のようになる。

住宅や不動産への融資を組成・購入する。 それらを一定期間、自社の在庫として保有する。 多数のローンをまとめ、住宅ローン担保証券(MBS)や商業用不動産ローン担保証券(CMBS)などへ組み替える。 証券を投資家へ販売し、手数料や売買益を得る。 場合によっては証券化した商品の一部や不動産関連投資を自社に残す。

市場が活発で、投資家が証券を買い続けている間、この仕組みは非常に大きな取引量を生み出す。

重要なのは、「住宅ローンを扱う」ことと「住宅ローンの信用リスクを最後まで全部保有する」ことは同じではない点だ。証券化によってローンを投資家へ移転できれば、投資銀行は資産を回転させ、次の案件へ資金を使える。

そのため、本来このビジネスは「作って、まとめて、売る」という流れと相性がよい。

ところが、リーマンでは2006年頃から、この回転型の性格に変化が生じた。

「動かす」から「保管する」へ

米国の金融危機調査委員会(FCIC)は、リーマン経営陣が2006年3月の戦略会議で、より積極的な成長方針を示したと記録している。

FCICの報告書で象徴的に使われているのが、「moving」と「storage」という表現である。

「moving」は、ローンや証券を組成し、市場へ流していく考え方だ。自社のバランスシートに長期間ため込まず、取引を回転させる。

対して「storage」は、長期間保有する投資を増やす方向を意味する。

市場が一時的に混乱しても、やがて回復する。価格が下がったところで資産を積み増せば、正常化したときに大きな利益を得られる。そうした逆張り的な成長戦略は、それ以前の市場混乱では成功する場合もあった。

問題は、2006年から2007年にかけて起きていた変化が、短期間で元へ戻る通常の市場調整ではなかったことだ。

米国住宅市場では在庫が積み上がり、販売が鈍化し、価格上昇も止まり始めていた。にもかかわらず、リーマンは住宅だけでなく商業用不動産を含む関連資産への関与を大きくした。

FCICは、住宅と商業用不動産を合わせたリーマンのモーゲージ関連資産が、2006年の約670億ドルから2007年には約1110億ドルへ増加したとしている。

この数字は、後で見るリーマン自身のForm 10-Kの分類と完全に同じ定義ではない。したがって両者を単純に足したり直接比較したりしてはいけない。

しかし方向性は共通している。

会社が住宅・不動産市場から撤退していたのではなく、広い意味での不動産関連エクスポージャーを大きく抱える会社へ変化していた、ということだ。

バランスシートに積み上がった不動産関連資産

リーマン自身の2007年度Form 10-Kを見ると、住宅と商業用を合わせた「mortgage and mortgage-backed positions」は、2006年末の522億4200万ドルから、2007年末には762億8200万ドルへ増えている。[1]

約1年間で240億ドル余りの増加である。

さらに、同社が「real estate investments」として開示した不動産投資は、2006年末の94億ドルから2007年末には219億ドルになった。

もっとも、その全額が自己資本だけで負担されていたわけではない。非遡及型の資金調達、つまり対象資産を中心に返済原資を限定する融資で賄われた部分もあったため、会社が示した純投資額は2006年末の59億ドルから2007年末の128億ドルへ増加した。

それでも1年間で2倍を超える。

こうした数字は、リーマンが単に顧客の売買を仲介して手数料を得ていた会社ではないことを示す。自らのバランスシートで資産を持ち、その価値変動から直接影響を受ける部分が大きくなっていた。

ここで重要なのが、商業用不動産である。

「リーマン・ショック」と聞くと、低所得者向けのサブプライム住宅ローンだけが問題だったように説明されることがある。しかしリーマンが抱えた不動産リスクは、それより広い。

住宅ローン、住宅ローン担保証券、商業用不動産ローン、商業用不動産証券、直接的な不動産投資などが、異なる形で同じバランスシートに存在していた。

住宅市場の問題が信用市場全体へ広がると、「住宅ローンだけ売ればよい」という単純な処理では済まなくなる。

FACT CHECK――サブプライム残高はむしろ減っていた

ここで一つ、よくある理解を修正しておく必要がある。

リーマン自身が2007年度末に開示した米国のサブプライム住宅ローン関連ポジションは52億7600万ドルだった。前年の68億4900万ドルからは減っている。

この数字だけを見るなら、「リーマンは2007年までサブプライム住宅ローンをひたすら積み増し続けた」という説明は正確ではない。

では、なぜ不動産リスクが拡大したと言えるのか。

理由は、サブプライム住宅ローンという一つの分類だけを見ると全体像を失うからだ。

サブプライムのホールローンや証券化後の持分だけでなく、より信用力が高いと考えられていた住宅ローン、住宅ローン担保証券、商業用不動産ローン、CMBS、不動産そのものへの投資など、リーマンのエクスポージャーは複数の形を取っていた。

つまり、

「サブプライム住宅ローン残高が減った」

ことと、

「不動産・モーゲージ関連リスク全体が縮小した」

ことは同義ではない。

むしろ2007年の数字は、危機の理解に必要な視点を示している。単一の商品名ではなく、会社がどの市場にどれだけの資産を持ち、その資産をどのような資金で支えていたかを見る必要がある。

6,910億ドルの資産を支えた資本

2007年11月30日時点で、リーマンの総資産は6910億6300万ドルだった。

これに対し、同社が開示した有形自己資本は231億300万ドル。開示上のレバレッジ比率は30.7倍だった。

単純化すれば、自己資本に対して非常に大きな資産を動かす構造である。

ただし、ここで「30.7倍だから即座に破綻する」と考えるのも早い。

投資銀行のバランスシートには、顧客取引に伴う証券、担保付き取引、短期で回転する資産などが大量に含まれる。資産の性質や資金調達方法を無視して、総資産を自己資本で割った数字だけで健全性を判断することはできない。

それでも、レバレッジが高いほど、資産価格の小さな変動が自己資本に与える影響は増える。

たとえば資産価値が数%下落しただけでも、その損失が自己資本に対して大きな比率になる可能性がある。さらに、その資産を短期の借入で支えている場合は、価格下落だけでなく「明日も資金を借り続けられるか」という問題が加わる。

この後者、つまり短期資金とレポ市場の問題は、シリーズ第3回で詳しく扱う。

Article 01で押さえるべきなのは、その危険が発生する前提として、リーマンがすでに非常に大きなバランスシートを持ち、そこに不動産関連資産が積み上がっていたという事実である。

好調な決算と脆弱な構造は同時に存在できる

2007年度のリーマンは、数字の上では倒産寸前の企業には見えなかった。

純収益は過去最高。純利益も過去最高。株式部門は急成長し、投資銀行業務と資産運用も記録的な収益を上げていた。非米国地域からの純収益は96億ドルに増え、全社純収益のおよそ半分を占めた。

このため、2008年の破綻を知っている現在の視点から「2007年には誰が見ても終わっていた」と描くのは適切ではない。

一方で、内部では悪化の兆候がすでに出ていた。

固定収益部門、特に住宅・信用商品に関係する領域では収益が減少していた。リーマンは2007年中に世界の住宅ローン組成事業の再編を発表し、関連して約1900人を削減したと報告している。

つまり、住宅市場の問題を会社が認識していなかったわけではない。

それでも、会社全体の戦略としては、不動産・モーゲージ関連資産を大幅に縮小するところまで方向転換できなかった。

ここに、巨大金融機関特有の問題がある。

業績が悪化すると企業は危険を減らす――という単純な動きになるとは限らない。ある部門の収益が落ちても、別の部門が利益を出していれば、全社としては余力があるように見える。市場の混乱を一時的と判断すれば、むしろ価格が下がった資産を買うことが「次の利益機会」に見える。

FCICが記録した2006年以降の戦略転換は、その判断を象徴している。

なぜ不動産は成長戦略と相性がよかったのか

住宅・商業用不動産関連のビジネスが拡大した理由を、単に「経営陣が危険を好んだから」と説明するのも正確ではない。上昇局面では、この分野は投資銀行の複数の収益源を同時に動かせるからである。

ローンを組成すれば融資関連の収益が生まれる。複数のローンを証券化すれば引受や組成の機会が生まれる。完成した証券を顧客へ販売すれば売買収益につながる。さらに一部を自社で保有すれば、利息や価格上昇から利益を得られる可能性もある。不動産案件を起点に、融資、証券化、販売、取引、投資という複数の機能を一つの会社の中でつなげられる。

2006年度についてリーマン自身は、債券部門の好調に寄与した分野として信用商品、商業用モーゲージ、不動産、プライム・ブローカレッジなどを挙げている。つまり、不動産関連業務は危機の直前まで「問題部門」としてだけ存在していたのではなく、実際に成長を支えた収益源でもあった。

この経験があるほど、2006年後半に市場が軟化し始めたとき、その下落を恒久的な構造変化ではなく、一時的な価格調整と解釈する誘惑は強くなる。安くなった資産を引き受け、市場が戻ったときに売却できれば、競争相手が縮小している間に市場シェアと利益を得られるからだ。

しかし、この戦略には条件がある。買った資産を必要な期間だけ保有できること、評価額が大きく崩れないこと、そして市場が回復するまで資金調達を維持できることである。どれか一つが崩れると、「安値で仕込んだ資産」は「売りたくても売れない在庫」へ変わる。

2007年のリーマンでは、この転換がまだ完全には見えていなかった。だからこそ、表面上の好業績と、不動産関連資産の増加を同時に見る必要がある。前者だけを見ると危機は突然に見え、後者だけを見ると経営陣が自明の破綻へ突進したように見える。実際には、直前まで利益を生んでいた仕組みそのものが、市場環境の変化で脆弱性へ反転していった。

「売る会社」から「持つ会社」への小さくない変化

証券化ビジネスでは、資産を長く持たず市場へ移すこと自体がリスク管理になる。

もちろん、証券化すればすべてのリスクが消えるわけではない。売却までの間はローンを保有する必要があり、売れ残りも発生する。商品設計上、一部の持分を保有する場合もある。

それでも、市場が機能していれば、資産を「在庫」として回転させることができる。

ところが、より大きな利益を狙って資産を長期保有すると、会社の性格が変わる。

仲介者として顧客取引をつなぐ会社から、自ら相場方向に大きなリスクを取る投資家としての側面が強くなる。

そして、その資産が流動性の低い商業用不動産や複雑な証券であれば、価格が下がったときに簡単には売れない。

ここで問題になるのは、損失額だけではない。

「いくらなら売れるのか」が分からなくなる。

市場価格が存在しにくくなる。

担保として差し出したときに、相手がどれだけの価値を認めるかが変わる。

それまで借りられた金額を借りられなくなる。

この連鎖が、後にリーマンを追い込む。

ただし、2007年末の段階ではまだ「破綻」という結果は確定していない。

だからこそ、この時点を正確に見る必要がある。

破綻を知っている現在の人間が、すべての数字を「破綻の前兆」として読み替えるのではなく、当時の会社がなぜ成長戦略を継続できたのか、なぜ危険と利益機会が同時に見えたのかを理解しなければならない。

リーマンの弱点は、一つの商品ではなく構造にあった

ここまでを整理すると、2007年末のリーマンには二つの姿が同時に存在していた。

一つは、グローバルに展開し、過去最高の収益を上げる巨大投資銀行である。

もう一つは、高レバレッジの大きなバランスシートの上に、住宅と商業用を含む不動産関連資産を大きく積み増した金融機関である。

この二つは矛盾しない。

むしろ同じ成長戦略の表と裏だった。

市場が上向き、証券が売れ、資金を安定して調達できる間は、大きなバランスシートは収益力になる。顧客取引を増やし、在庫を持ち、価格差を取り、証券化し、投資を続けるほど利益機会は増える。

しかし、資産価格が下がり、買い手が消え、担保価値を疑われた瞬間、大きなバランスシートは同じ速度で弱点へ変わる。

その転換を理解するには、次に「何を持っていたか」だけでなく、「その資産の値段がどう崩れたか」を見る必要がある。

2007年から2008年にかけて、住宅価格の下落と証券市場の再評価は、リーマンが持つ資産にどのような損失を生んだのか。

そして、サブプライム住宅ローンの問題は、なぜ商業用不動産やより広い信用市場へ波及したのか。

次回は、住宅バブルの反転によって、リーマンのバランスシートのどこから損失が膨らんでいったのかを追う。

FACT CHECK

「リーマンはサブプライム住宅ローンだけの会社だった」?

違う。2007年度のリーマンは、Capital Markets、Investment Banking、Investment Managementの3事業を持つ世界的投資銀行だった。住宅ローン関連事業は重要だったが、株式、債券、企業金融、資産運用なども大きな収益源だった。

「2007年には会社全体がすでに赤字だった」?

違う。2007年度は純収益192億5700万ドル、純利益約42億ドルで、会社は記録的な通期業績を報告している。ただし債券部門は前年比29%減で、住宅・信用市場の悪化はすでに表面化していた。

「サブプライム住宅ローンを2007年まで増やし続けていた」?

その表現では不正確である。Form 10-K上の米国サブプライム住宅ローン関連ポジションは、2006年末68億4900万ドルから2007年末52億7600万ドルへ減少している。[1]一方、住宅と商業用不動産を含む広いモーゲージ関連ポジションや不動産投資は増加していた。

「レバレッジ30.7倍だから、それだけで破綻した」?

それも単純化しすぎている。高レバレッジは損失への耐性を小さくするが、破綻に至るには資産価格下落、資金調達、担保、取引相手の信頼など複数の要因が関係した。短期資金調達の構造は第3回で扱う。

FACT CHECK|出典・参考資料

  1. [1] U.S. Securities and Exchange Commission, Lehman Brothers Holdings Inc. Form 10-K, fiscal year ended November 30, 2007
  2. [2] Financial Crisis Inquiry Commission, The Financial Crisis Inquiry Report
  3. [3] Anton R. Valukas, Examiner, Report of Examiner — Volume 1 , United States Bankruptcy Court, Southern District of New York
  4. [4] Federal Reserve Bank of New York, Actions by the New York Fed in Response to Liquidity Pressures in Financial Markets
  5. [5] Lehman Brothers Holdings Inc., 2007 Earnings Release filed with the SEC
  1. 01 巨大投資銀行の内側――リーマンは何で稼いでいたのか
  2. 02 リーマン・ブラザーズ破綻|住宅バブルの反転――損失はどこから膨らんだのか
  3. 03 リーマン・ブラザーズ破綻|30倍のレバレッジ――短期資金依存はなぜ危険だったのか
  4. 04 リーマン・ブラザーズ破綻|Repo 105――見かけのレバレッジはどう下げられたのか
  5. 05 リーマン・ブラザーズ破綻|最後の一週間――買い手探しはなぜ失敗したのか
  6. 06 2008年9月15日――なぜリーマンは破綻したのか
  7. 07 リーマン・ブラザーズ破綻|連鎖するパニック――なぜ信用市場が凍ったのか
  8. 08 破綻後の世界――リーマン・ショックは何を変えたのか

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